……いろいろごめんなさい。
PDAをPADと書き間違えた。何を言っているかわからないと思うが、純然たる事実だ。目の前のさくやさんには、ただのミスなんだから、どうでも良いと言っていた。
だが、目はこの野郎、どうしてくれようか。ブタの餌が良いのか、それとも鳥の餌が良いのか、どっちか選べ。
どっちも嫌ならば食卓に並べてやる、といわんばかりであり、実際上として、ぷっくりとやわらかそうな手に握られた柳刃包丁のぎらついた輝きは、その意思を雄弁に語っていた。
レバーのくさみを取るために、水につけていたのだが、その跳ねた赤い液体がエプロンにかかり、より一層脅威を覚えさせる。少なくとも目は本気だ。
「……フムン。とりあえず、柳刃包丁はしまってもらえるか」
「だがことわる。まだ研いでないのですわ」
なるほど、とりあえず研ぐために台所に行ってもらえたが、底冷えのする目は変わらない。意外なことに、その日はそれだけで終わった。
その日の夜。誰もが眠り、朝にそなえる時間に、パソコンの光で目が覚めた。時計の針は2時を指している。無論頭に午前が付く方である。
午前二時は夜なのか朝なのか、どちらなのだろうという気分にさせられる。ただし、そんな時間までさくやがパソコンを触っていることはめったとない。というより、パソコン自体触らない。
「……」
パソコンの前にさくやが座っている。まあ、それはまだいい。だが、USBケーブルにつながれているのはキーボードではない。PADだ。
そう、何を言っているのかさっぱりわからない。PDAをPADと書き間違えるぐらいにありえないというか、はるか斜め上ににぶっ飛んでいる。
「……みましたね」
ぎぎぎ、という音とともにさくやがこちらを向く。その瞬間、意識が飛んだ。
はて、ここはどこだろう、と考える間もなく、ふっくらとした曲線のPADが目に入る。なにか渇望が体のうちから湧き上がる。触れ、触るしかない。いや、他に何をするというのだ、という類のだ。
「……さわってもいいのよ?」
なにを、と聞くまでも無い。PADだ。シリコーン製なのか、ひどくやわらかそうである。にやにやと笑っているさくやは、どこか得意げだ。
「……おお」
なにこれ、やわらかいよ、すごく。ぷにょぷにょしてる。と言いたいところであるが、どこか硬い。
いや、硬いのはPADではない、むしろ周りの視線だ。
「ママー! へんなおじちゃんが変なもの触ってよろこんでるーッ!」
「しっ!みちゃいけないんだぜ!」
白々しく、ゆっくり魔理沙とゆっくり霊夢は言う。これが、さくやの報復なのか。というか、まわり一杯に生暖かい視線を注ぐゆっくりが勢ぞろいしていらっしゃるのはなぜなんでしょうか。
「呼んだからです」
さくやは、にやにや笑いを崩さずに言った。嫌味を言うどうの項の以前に、さいでございますか、としか返せなかったわが身の非才を呪ってしまう。
その日から、周囲のゆっくりから変態さん呼ばわりされる羽目になった。いっそ殺せ。
PADの脅威 おわれ
最終更新:2009年04月25日 10:15