「夜雀たちの歌 ~結~」

※ゆっくりSS439 「夜雀たちの歌 ~転~」の続きです。
※引き続き東方キャラ登場注意、独自の解釈を含みます。
※スペルカード独自解釈だらけ。





     ・伏・  ~その頃の白玉楼~


「‥‥ほっけが冷める」

 某冥界の某白玉楼。
 居間で今日の晩御飯と思われる、ちゃぶ台に乗ったホッケを見つめながら、半人半霊の少女がそう呟いた。

「ああもう遅すぎです、幽々子さまぁぁアアアアアア!!!!!!」

 バンっ、と全身全霊、ちゃぶ台をぶっ叩き、苦悩の全てを吐き出すように大きな叫びをあげる。
 普段からストレスの溜まりやすい職場で働いていることが伺える。

「ちくしょう何でいつもこうなんだこの屋敷はていうか世話がかかるのは別に構わないだって私使用人だし寧ろ世話だったらいくらでも焼きますよ使命だから」

 頭に手を当て心情を吐露吐露語る。どうやら臨界点突破仕掛けている様子。普段からストレスの溜まりやすい(ry

「でもなぁ!その私の苦労をふいにするのだけでは我慢ならないってのよ!!!」

 周りに誰も居ないからか、普段使わないような口調で見えない主人に対し怒りを露に啼き叫ぶ。
 流石に限界か。少女はすくっと勢いよく立ち上がった。

「もういい‥こうなったら自分で呼び戻す」

 その瞳に燃えるは強い決意。さっさと夕飯を片付けてしまいたいという強い願望。
 そして、願わくば怒り猛る自分の姿を見て主人がこれからの行動を改めてくれるよう。
 少女は二本の愛刀を腰に備え、玄関に出て黒色の靴を履く。

「ええと、どこに行ったんだっけか‥」

 そして、ふと玄関先で眠りこけているソレに目が向かった。
 バスケットボールくらいの大きさで、どこかで見たような顔をしている、少女の理解からかけ離れた謎の物体。

「そうだ、お前にも着いてきてもらうぞ。元凶」

 少女はその丸いのを、片手で掴み持ち上げ、脇に抱えた。






        夜雀たちの歌 ~結~




    幽曲「リポジトリ・オブ・ヒロカワ -幻霊-」 



「う、うわぁあああああああああああ」
「だから耳元で騒がないでぇ!!」

 いきなりだった。
 勝負が再開した途端、幽々子はまたあの微笑でにんまり笑いながら夜空へ上昇し、上級のスペルカードを突然発動させて来た。
 ちょっと忘れていたが、相手はものすっごい格上の存在だった。
 このレベルのスペルカードを乱発できるほどの力の持ち主だった。

「←と→と↓と↑から来るぞ気をつけろ!!」
「全方位かい!!」

 天井より幾本もの光の柱が降り注ぎ、それら一つ一つが地上に落ちるにつれ散らばって、
 いくつもの細かい弾幕の嵐がものの数秒で出来上がった。
 初見で耐えられるレベルではない。
 戦々恐々しながらミスティアは頭の上に乗っかっている元ゆっくりれいむ、現ゆっくりみすちーの指示を的確に把握し、何とかぎりぎりのタイミングで弾を避けていく。
 ゆっくりみすちーの身を削った回復アイテムのおかげで体力はある程度回復したが、それでも消耗していることには変わりない。
 このまま馬鹿正直に相手のスペルを避けているだけでは依然勝てる見込みは0だ。

「あんたぁ、よく分からないけど進化したんでしょ!?何かすっごい必殺技とか習得してないの!?」
「そんな都合の良いものはないよ!!みすちーの特技は歌を歌うことだけだよ!あ、→と→↓からも来るぞ、気をつけろ!!」

 やたら偉そうにゆっくりみすちーは断言した。こういうところは本当に変わっていない。ミスティアは少しげんなりした。
 いや、分かっていはいたことだが。

「うおわっと」

 桜色の弾がミスティアの顔面すれすれを通り過ぎる。気合避けもそろそろ限界になってきた。

「ああもうどうしよう。どうすればいいの!?」

 頭を抱えたい衝動に駆られながら、いっぱいいっぱいになりつつある集中力を何とか維持しつつ、ミスティアは弾を避け続ける。

「お姉さん、お姉さん」
「ん、あに!?」
「実はみすちーはここに戦いに来たんじゃないんだよ!」
「今更何を‥?うわ、あっぶな」

 ゆっくりみすちーは回りに溢れる弾幕の中、真っ直ぐな瞳で簡潔に答えた。

「みすちーは、お姉さんと一緒に歌いに来たんだよ!!」
「はぁ…、はぁ?」
「つまり、やることは一つでしょ!!」







       放 歌 高 吟

    鳥符「ミステリアスソング」



 幽々子の居る天空へ向かっていくつもの、いや、何匹もの鳥状の妖しい光の塊が、弾幕をがむしゃらにばら撒きながら浮上していった。
 先ほどから幽々子が放っている弾幕ほど濃度は濃くないが、それでも多くの弾同士が互いに打ち消しあい、彼女の弾幕を半壊させる。

「あらあら」

 幽々子は流れるような動きで敵の弾幕を避けつつ感嘆の声を出した。

「そろそろ反撃されちゃうのかしらね?」

 その目は既に大地を見下ろしてはいない。
 幽々子のいる中空より、更にその上空、
 自身のスペルカードの発動と共に再び空高く舞い上がったミスティアを、愛おしそうに見つめている。
 ミスティアも幽々子のことを睨みつけながら、1枚のスペルカードをかざして見せた。

「さっきのボムで、私のスペルカードはほとんど打ち止め、これを除いたらね。一応数はもうちょっとあるんだけど、
 それ以上は私の妖力と体力が持ちそうに無い」

 敵へ告知した上での、最後の攻撃。LAST SPELL。
 わざわざ手の内を曝け出し幽々子へ知らして見せたのは、これ以外にミスティアの勝つ手段がないためだろう。
 先刻ミスティア自身が宣言したように、著しくミスティアの体力が削られた今なら尚更、長期戦はひたすらに幽々子に利がある。
 時間をかけて闘えば目の前の夜雀はあと半刻も持たずに力尽きるだろう。
 だから、わざわざ真正面から立ち塞がってきた。
 幽々子が逃げずに受けて立つことを、幽々子自身の意思で強要させるため。
 もちろん幽々子はそれに乗って出る。
 ここまで本当に良く闘ってきた、挑戦者の奮闘に答えるために。

「つまり、貴女のその最後のスペルカードを打ち破れば、それでもう私の勝ちね」

 そして、その最後の足掻きを真正面から叩き潰してあげるために。

「違うよ、全然違うよ!!」

 声を返しその企みを全面否定したのはミスティアの頭の上の鎮座しているゆっくりみすちー。
 そしてミスティアは頭上の相棒と共に、自信と誇りに溢れた笑顔で声高く宣言する。

「このカードであんたを倒して、それで終わり」
「みすちー達の勝利だよ!!」


 ぴょん、とゆっくりみすちーはミスティアの頭から跳ね上がり、そのままその小さい翼を広げて、ゆっくりと思えぬスピードで夜空の闇へ溶け込んでいく。
 それを見送ってから、ミスティアは右手を高く上げ、幽々子を見据え、

「まずは、観客席のライトを消しましょうか」

パチンっと指を弾いた。

「あらら、またなのね」

 幽々子の視界が突然闇に覆われた。言うまでも無く、夜雀特有の他者を鳥目にする程度の能力の発現である。
 視界のほとんどを闇で覆われたのにも関わらず、幽々子は変わらぬ笑みで相手の行動を待ち構える。
 彼女はあくまで挑戦を受ける側、どんな状況に立たされようと、その高みが揺らぐことはない。

「みすちースタンバイOKだよ!!」

 鳥目でなかろうと見ることができないであろう宵闇の向こうから、ゆっくりみすちーは元気良く合図する。
 ミスティアはそれに呼応して、一枚のスペルカードをマイクのように構え、声を出す。

「おーけー、オーケー。あー、アー、アアーー、テステス」

 透き通るような声が夜雀の声が、森と夜空全体に響き渡った。
 いつも通り、流れるように言葉と台詞が流れていく。オーケー、本日も私の声は良好ナリ。
 それじゃ始めよう。


『みんなー!!今日はミスティア達のライブに来てくれて本当ありがとー!!ミスティアはすっごく嬉しかったよォ!!』



 まるでドームのステージに上がったアイドルのように、ミスティアは元気良く、目に見えないファンに向かって声を高くして、自分の喜びを叫び伝える。
 それと同時に、背中に生えた二つの翼を緩やかに、だが力強く震わせ始めた。

「あらあら、可愛いじゃない」
 姿は見えずとも、何をやっているかは声を聞けば大体理解できる。
 突然のマイクパフォーマンスに、幽々子は何が始まるのやらと、口に扇を当ててにこにこしながら待ち望む。


『残念だけど、このライブも次の曲で最後です。ミスティアも、とっても、とーっても残念だけど‥、その気持ちも含めて、最後まで全力で歌わせてもらうね!!』


 そして、ニヤっと口を歪ませて、獲物を狙う捕食者の目を、ただ中空に浮き待ち構えているだけの亡霊に向ける。
 そしてミスティアもまた夜の闇へ自分の姿を溶け込ませ、暗闇の中で声高らかに吼えた。


『それでは聞いて下さい、私たちのラストナンバー。我らが『夜雀たちの歌』!!』



  真夜中来符「ソング オブ ナイトバーズ」  !!!







 幻想郷、現界の夜の森を半身半霊の少女はひたすらに走る。
 自らが仕える主人を捜し、方角確認さえままならない夜の深き森林を右に左に奔走し続ける。
 手がかりは、脇に抱える丸いのだけ。

「ええい、どこに居るんだ幽々子様は!!本当にこっちの方角で合ってるんだろうな!!!」
「zzzzz」
「‥‥えいや」
「ゆ‥なぁにぃ。抓らないでよー!ぷんぷん!!」
「今の私はちょっとしたことで切れてあんたをなます斬ったりするような精神状態だから気をつけてね?」
「ゆっくり理解したよ!じゃ、邪魔しないようにまた寝るね」
「えいやぁああああ」

 取り敢えずブン投げた。

「だから何をするのぉ!?」
「ええい、膨れあがるな!!かえってむかつく」
「そんな生理現象にむかつかれてもマジ困るんですけどぉ。種族差別ぅ?」
「この‥!いや、もういい。それより本当にこっちの方角で合ってるんでしょうね!!」
「ああぁ、うん。多分だいたい。何かそんな気がする、フィーリング的に」
「ううう‥本当にコイツを当てにして大丈夫なのかなぁ」
「嫌なことあった?まぁ元気出してね」
「お前だ」

 そこで、ふと少女は気が付いた。
 静寂を包む夜の森、その静けさが若干崩れている。
 森の遥か遠方、僅かだが何かの音が聞こえた。
 いや、よく聞けばそれは音では無い。

「‥歌?」




  『歌い始めた 長き孤独の夜♪』

「歌‥ね」

 それと同時に、暗闇の向こうから幽々子に向かっていくつもの光の筋が降り注いだ。
 それらは彼女の周囲を取り囲み、いくつもの細かい光の粒子として拡散していく。
 球状に構成されたそれらの粒子はまるで巨大な鳥かごのようにも見えた。


  『独りぃ! 口ずさぁむ♪』


 そして歌が進むに連れ少しずつその粒子は数を増やしていく。
 その一つ一つは本当に細かな光の塊に過ぎない。
 だが、その細かな力もこれだけの数があれば幽々子に多少のダメージを与えることができるだろう。
 なまじ細かいばかりに、その『鳥かご』から無傷で通り抜けるのは不可能そうだ。
 幽々子を取り囲むだけで自ら動き出そうとしないのが幸いといったところか。


  『そのッ歌 誰がためどこ届いてく?』


 だが、それでも着実にその粒子は数を増やしていく。
 今や濃霧のように濃くなっ粒子が幽々子を取り囲んでいる所為で、鳥目に関係なく彼女の視界は大幅に封じられてしまっていた。
 そして、それだけではない。本当に少しずつだが、最初のうちに出来上がった粒子の一粒一粒は、目で確かめられるくらい大きくなってきている。


  『歌い始めた 暗き静寂の宵♪』


(歌が進むのにつれて、ね)

 今はただ静かに幽々子を取り囲んでいるだけの、粒子鳥かご状の弾幕もどきだが、何時までもそこに留まっている保障はどこにもない。
 寧ろ、敵の最後の大技であることを考えると、確実に幽々子に致命的なダメージを与え得る攻撃性は秘めているはずだ。
 恐らくは、きっかけになっているのは歌。
 夜雀の最大の特徴にして、最強の武器は翼でも爪でもない、その種族特有の歌声だ。
 聞く人を惑わせ、付近の妖怪を呼び集め、時には霊魂さえも魅了するその歌声が、今対峙している弾幕に何らかの影響を与えていることは想像に難くない。


  『どれだけぇ 叫びィ!』


(弾幕の集合具合、拡大具合のペースから見て、十分に必殺攻撃足り得る大きさ・数に成長するまでの時間は、
 ちょうどこの歌の1番目の歌詞が歌い終わることかしら?)

 その時間内までに、何らかの方法でこの弾幕を突破しなくては、その先に待つのは激しい弾幕の雨嵐。
 幽々子とは言え、鳥目の状態で避けきれる自信は流石にない。
 だから、幽々子はミスティアが歌いきる前に、その弾幕の完成を阻止しなければいけないないことを理解した。


  『伝えッ!!♪ 歌いッ続ければァ♪』


(方法は二つ。この粒子状の弾を私の弾幕で掻き消して安全地帯を作り上げるか、直接にあの夜雀を攻撃して歌を中断させるか)

 確実なのは前者。幽々子の実力と弾幕があれば、取りあえず今自分を取り囲んでいる分の弾は確実に避けきれるレベルまで数を減らすことができる。
 だが、それらは粒子状に拡散しているため、消し飛ばすのに必要な体力が、得られる安全地帯の有用性に見合っていない。
 何より、それは一時凌ぎの手段に過ぎない。第一波を防いでも、このラストスペルがいつまで続くのか、分からないでただ避け続けるのは得策とは言えない。
 一方、今歌っている夜雀を撃ち落とせば、歌は止まり、この弾幕の成長も止まるだろう。
 幸い、この攻撃は完成まで時間がかかる上に、その完成途上の粒子には敵の攻撃を防ぐ壁としての効果は殆ど期待できない。
 通常弾ですら容易に濃霧を突破できるだろう。攻撃力と範囲性を強めすぎて、防御が疎かになりすぎている。
 一度でも攻撃を直撃させることさえできれば、歌は止まりこの弾幕も無事では済まないだろう。
 そして、相手が体制を立て直す前に、確実にトドメを刺すことができる。そうなれば今度こそ決着だ。
 幽々子はお腹が空いているのだ。早い決着は勝負が始まった頃から望んでいたこと。


  『目耳をぉ見開かせロ!!!』


(サビに入った。では、そろそろ)

 幽々子は懐から扇を取り出し、目前に広げ、力を集中させる。自分の渾身の一撃を夜雀に対し直撃させるため。
 だが、この方法には一つ致命的な問題があった。
 今の幽々子の鳥目の状態では、夜の闇を飛び回っている夜雀に確実に攻撃を当てることが非常に難しいということだ。
 動き回る見えない的に、撃った弾が当たる確率は極めて低い、というより当たらないのが当たり前だ。
 それを狙って、ミスティアはこのタイミングでもう一度幽々子を鳥目にしてきたのだろう。
 薄い防御力は、自分の機動性と相手の命中率ダウンで補っているという訳だ。
 ならば目を使う必要は無い。
 幽々子は目を瞑り、夜雀の歌に聴覚を収集させた。


『歌えッ 歌えよッ 果てしなく歌え♪』「ュ―」


(‥‥声がするのは2方向‥ということは先に姿を消したゆっくりみすちーも一緒に歌っていたのね)

 少しでも音源を多く置き、自分の位置をかく乱させる作戦だろうか。
 これではもう少し聞き入らないとどちらが本物のミスティアなのか分からない‥。


  『叫べッ 叫べよッ 際無く叫べ♪』『ゆゆ!ゆゆ!ゆっくりゆゆー♪』


(とか思ったけどそんなことはなかったですわ)

 そういえばゆっくりの歌声ってば「ゆーゆーゆっくり」で統一でしたわね。と何となくどうでもいいことを思い出す。
 まぁいい、もうサビが終わるまであまり時間はないだろう。
 大体の位置さえ掴めれば、後はこちらの勝手。思いのまま思い通り。

『喉が裂けて声すら出ずとも!!♪』『ゆゆゆゆゆ!!ゆゆゆゆゆゆッ!!♪』

「最後の一撃は、手厚く優しく心を篭めて」

 確実に厚く濃くなっていく濃霧状の弾幕に怯むことなく、幽々子は手に持つ扇を声のする大体の方向へ向ける。

「それでは今度こそ、さよなうなら」


    華霊「ディープルーティドバタフライ」


 五つもの純白色の光の筋が幽々子の扇から弾丸のような速さで飛び出していった。
 弾幕の濃霧もものともせずに目標へ走り向かう。元々この粒子状の弾幕それ自体に弾を掻き消すような威力はほぼない。
 幽々子のスペルは威力を殆ど失うことなく歌声のする方へと、鋭いカーブを描きながら近づいていく。
 ディープルーティドバタフライはオートで敵を見つけ出し追跡する弾幕。
 幽々子の視力に関係なく、一度目標が設定されれば、自身か相手かが消え去るまで地の果てまでも目標を追い続ける。


  『私の歌は途切らせ』


 そして、その目標を十分に射程圏内に捕らえた後、


          『な』


 その5つの光は目標の眼前で一つに集結し、


                 『いんだ‥うひゃぁ!!!』


 ハナビのように大きく爆ぜた。

「番組の途中ですが、作者急病のため予定を変更してみんなの歌の時間はこれにてお仕舞。臨時ニュースにご期待ですわね」

 パチン、と幽々子は扇を閉じた。
 それと同時に白く輝く花火は消えた。その光に包まれた者の姿もまた見えなくなる。
 響き渡る花火のような爆発音によって、それまでその森林の静寂を支配していた夜雀の歌は跡形もなく消え去った。
 これでもう歌の続きも聴けなくなった。
 そして、幽々子はにんまりと笑った。





 だが、幽々子を取り囲む弾幕の濃霧は消えなかった。





 幽々子の表情から初めて笑みがカケラも残さず消え失せた。


『ゆゆゆー♪(そして)』


 夜雀の歌は確かに消えうせた。だが、まだこの森は完全に静寂に包まれてなどいない。
 歌はまだ一つ残っている。幽々子が無視した、ゆっくりの歌が。

「そんな馬鹿な」

 だが、ゆっくりみすちーに弾幕を作る力など無いはずだ。幻想郷屈指の実力者である幽々子が相手の力をそう簡単に見誤るはずがない。
 しかし、事実として弾幕は消えず、


『ゆゆゆー♪(いつか)』


 目の前の弾幕もその濃さと大きさを増している。

(嘘‥。だってさっき確かに私は倒したはず。いや、倒しきれていなくても、確かにあの歌は打ち破ったのに‥!)

 その時、白い花火の跡地から、何か小さい生物が飛び出した。
 少し、焦げ付いた後の残る、丸い小さな不思議な生物。

「死ぬかと思ったよ、ちんちーん!!」

 ゆっくりみすちーが。


  『ゆゆゆゆ♪ゆゆゆゆ♪(どこかで誰かに)』


 その饅頭はどう見ても、歌なんてもう歌っていない。
 なら、現在進行形で流れているこの歌は何だ!?

 幽々子は気付いた。自身の致命的な間違いに。
 手に持った扇をすぐさまに開き、今なお止まない歌声に向かって掲げる。


      華霊「ディープルーティドバタ‥


 だが、全てはとうに手遅れだった。


  『ゆゆーゆっゆッッ♪(謳われろ)』


 『ゆ』くらいしか音の無い奇妙な歌詞で、それでも夜雀の歌、その1番は確かに完成した。

「ふぅ、この変な歌い方妙に肩がこるわー。ゆゆゆゆって」

 ゆっくり特有の『ゆ』しか音のない変な歌を歌い終わった、夜雀ミスティア=ローレライは、疲れを隠さずに溜息をついて呟いた。

「逆‥さかさま‥そういうこと‥!」

 幽々子の呟きは、掻き消される。
 弾幕の濃霧は、既に濃霧でなくなっていた。
 例えるなら流星群。至近距離から幽々子目掛けていくつもの弾が同時に襲い掛かる。
 容赦なく襲い掛かる光の塊は、幽々子の叫びも驚愕も焦りも後悔も、全てを飲み込み埋め尽くしていった。

 ミスティアの位置からは、幽々子が存在した位置で、いくつもの光が次々と爆ぜていくのがよく見えた。


 ミスティアの『中れいむ』がゆっくりみすちーに進化したことによって得たメリットは大まかに二つ。
 翼が生え空が飛べるようになったことと、更にミスティアのように歌が歌えるようになったことだ。
 毎日のようにミスティアと共に歌を歌っていたことが幸を成したのか、それとも只の『ゆっくりみすちー』としての特性なのか。
 その歌声は本当にミスティア本人の声質に似ていた、いや、ほとんど同じものと言えた。
 そして、歌うことを日常とし、自分の歌を聴いて日々を過ごしていたミスティアは、ゆっくりみすちーに出会ってすぐ、その声質が自分と殆ど変わらないことに気付いた。
 そこで、短い打ち合わせの中、歌を歌うミスティア本人を護るため、ゆっくりと夜雀の歌を取り替えて歌うという、この最後の防衛線を貼ることができた訳だ。



「フフフ‥よく考えたわね‥さっすがぁ」

 弾幕の跡地からすれるような呟きが聞こえた。

「ち、ちーん!?」
「慌てないで、私だってこれで終わるとは思っていなかった。でも‥」

 長き弾幕の集中砲火も漸く治まり、そこから這い出てきた幽々子の姿は見るも無残なものになっていた。
 ところどころ破けた着物、肌蹴た白色の皮膚からは幽霊のものとは思えない赤黒い血液が流々と流れている。
 先ほどのミスティアと同じくらい満身創痍だ。
 見るも痛々しい姿。だが、その姿を見てミスティアの心に沸きあがった感情は歓喜だった。

「ハ、ハハ‥凄いや。私‥やれたんだ。私が、私がやったんだ!!あんたを、ここまで追い詰めた!!」

 全力で挑みかかっても穏やかな微笑とともに簡単にこちらの切り札を相殺、粉砕してきた恐ろしい敵、1年前自分を恐怖と痛みのどん底へ叩き落した許すまじ敵、
 それが、今自分の目の前でボロボロに傷ついている。それが、嬉しくてたまらない。
 ざまぁみやがれという見下した感情ではない、長年の鬱憤が晴れ上がったという卑しい感情でもない、
 自分の中で遥か高みに存在したいた強敵を、今、自分の力で叩きのめしたという事実が、ミスティアにかつてない達成感を与えていた。

「はぁはぁ…じゃ、満足できて?」
「まさかぁ、まだまだ天井には程遠い。あんたはまだまだ私に倒され足りない」
「フフ、やっぱりそうか」

 幽々子はがっくりとうな垂れる。
 流石にもう余裕も尽きてきたようだ。当たり前だ、先ほどのスペルカード一発でいくつ残機を失ったか分からない。
 恐らくもう後はないだろう。
 だからこそ、ミスティアも休憩する隙をそれ以上与えずに、畳み掛けることを決めた。
 ミスティアは引き続き片手のスペルカードを口元へ運ぶ。
 同時に目配せをしてゆっくりみすちーに合図を送った。


『どうせもうシャッフルも意味ないし。一緒に歌うわよ』
『了解だよ!!』

 幽々子は傷だらけの表情で苦笑しながら空を見上げる。
 本当に覇気覇気と元気良く、激しく戦うものだ。

「本当ならその歌、もっと聞いてみたかった‥けれどね」

 彼女たちの姿はもう夜の闇に溶け込んで鳥眼状態の幽々子ではもう視認できない。
 そして、追尾弾幕である華霊「ディープルーティドバタフライ」も2回使ってしまい、後一回撃てるか撃てないかという状況だ。
 それでは、例えまた歌を聞き分けて狙いを絞っても、互いが互いの歌を自由に歌えるという相手の現状では、本命に当たる確立は半々。
 確実に勝利はもたらされない。
 もう本当にこれ以上後がなくなってしまったのだ。
 だからこそ、幽々子は大きな溜息をつく。

「私ったら、最低かもね」

 だが、しょうがない。
 あれだけ喜ばせたんだ。手を抜く訳にもいかない。


『それじゃ聞いて下さい、夜雀たちの歌2番!!』
「いいえ、終わりよ」

 幽々子は本当に済まなそうな顔をしながら、扇に1枚のスペルカードを乗せ放った。






         LAST SPELL
        宴会「死して全て大団円」      





























 そして
 光の全てが彼女たちを襲った。
 理屈は分からない。
 何が飛んできたのかも。
 ただ、その攻撃は前後左右容赦なくミスティアを飲み込み包み込んだ。
 それはもはや弾幕とは呼べない。
 ただ殺傷性のある大津波。避ける隙間なんてありはしない。
 これではいくら飛び回ろうが、相手が鳥眼であろうが関係ない。周りの全てを破壊しつくすだけだ。
 それには彼女自身の存在だって含まれる。

 だが、それでも彼女は、

『‥歌い、続けた‥ぁ♪』

 歌うのを止めようとはしなかった。
 この程度で止められる訳が無い。ここまで来たら本当に身体が亡くなってしまうまで歌い続けるまでだ。
 命がどうこうという話ではない。妖怪として、一人の夜雀として、その誇りを今度こそ護り通すため。
 波は避けられない、だが、弾のような決定力はない。
 ただ痛みに耐え忍び歌い続けることはできる。

(これがあいつの切り札だってんなら、最後まで歌えれば私の勝ちだ)

 彼女の決意は決して揺るがない。本当に命が尽きるまで歌い続けるかもしれない。


『長き‥孤独‥の夜‥ぅ♪』


 そして、幽々子の弾幕の波が一旦途切れた。
 波の出ていた時間はほんの数秒ほどだったが、その間ミスティアに与えたダメージは計り知れない。
 こうして周囲全体に霊気の大津波を飛ばし、周りのもの全てを容赦なく蹂躙する大技なのだろう。
 だがミスティアは耐え切った。

『一人ぃ 口ずさぁ♪‥ あ‥ え‥?あれ?」

 しかし、彼女は気付いた。気付いてしまった。
 激しい攻撃の最中、意識を途切れさせることなく歌い続いた、だからこそ、彼女はそれに気付くことができた。
 今歌を歌っているのは、自分一人だけと言う事実。

(ああ、そっか。だってあいつは)

 気付けば簡単な上に残酷な現実。
 妖怪であるミスティアが意識を保つのに必死な程の高い攻撃力をもった弾幕に、彼女の友達のゆっくりは果たして耐えられるのか?
 答えがYESであるはずがない。



 力なく、ボロボロに傷つきながら、夜の闇の中を堕ちて逝く丸い物体が、鳥眼でないミスティアにはよく見えた。
 そして、幽々子が再び扇を広げ、力を解き放とうとしている姿も。

「あ‥」

 そして、もしこのままさっきの攻撃の第2波があのミスティアの友達を襲ったら、どうなるか、想像するのは難しくなかった。


 夜雀にとって何より大事なのは歌うこと。
 だが、彼女の名はミスティア=ローレライ。ゆっくりみすちーの友達の夜雀だ。

 だから、天秤にかけるまでもなく、彼女はその選択肢を選んだ。いや、選択肢すらなかったのかもしれない。
 翼をがむしゃらに羽ばたかせ、全速力で友達の元へ向かった。
 さきほどのダメージで翼がきしみ悲鳴をあげる、だがその程度のことは本当に些細なことだ。

 間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、間に合え、

 そしてミスティアは闇の中へ手を伸ばす。

 届け、届け、届け、とどけ!!

 届いた。
 堕ち逝く彼女の身体を優しく抱え、抱きこんだ。
 まだ、暖かい、ぬくもりがある。
 まだ、こいつの命は尽きていない。
 彼女は本当に安心したという表情で、意識無いその友達に笑いかけた。



 幽々子が無言で扇を振り落とした。
 容赦ない光の波が彼女達を襲った。












 そして、ミスティアは堕ちた。

 深い深い夜の森へ。

 それでも今度は、彼女自身の意思で。


 今度こそ、歌は聞こえなくなった。
 静寂、静寂、静寂。

「嗚呼、本当に、ごめんなさいね」


 静寂の中、死が独り勝手に呟いた。


 かくして、真夜中の弾幕バトル、その決着は西行寺幽々子の勝利によって幕を閉じた。




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最終更新:2009年04月27日 20:22