東風谷さなえのロックバンド! 出会い

歓声は止まず、最高潮を迎えようとしています。休み時間も残り1分、皆は今の演奏の感想を口にして共有しています。
ズンズンと地面から頭のてっぺんへと登り込む様に響く感触、今思い出すだけでも心臓がバクバクする…。ぱちゅりーちゃん、あなたは一体!?

「…わかったかしら? クズはクズなりにクズだからいつまで経ってもクズなのよ。私は追い抜かせない」

二人は激昂することもなく、ただ唖然とその場に立ち尽くしていました。
まりさが、ぱちゅりーちゃんから黒色のベースを渡されて受け取ります。受け取りに応じた腕は、どこか震えていました。

「…ジミー・ペイジね。三大ギタリストだっけ。ベースのネックに彫ってあったけど、ジミーはベースでは無くてギターよ」

まりさの顔色が瞬く間に紅潮します。居ても立ってもいられなくなったのか、まりさは教室を駆け出して出て行きました。
後ろから『おい、待てよ!』とれいむがまりさの後を追いかけます。…まりさの瞳の端には、涙が溜まっていた様に見えました。
れいむたちが教室から出て行った後、さらに歓声が起こりました。皆はぱちゅりーちゃんの所へと駆け寄り、ぱちゅりーちゃんは質問攻めにあいます。

「すごいね! 今の演奏、どうして!?」

「別に。いつの間にか、弾けるようになっただけ」

「弾ける様になっただけ、いいねえ! ぱちゅりーにとってベースって何か教えてよ」

「それも別に。ただ、長く続いた趣味よ」

「転校生だよね! 転校してきてから1ヶ月くらい経ってるけど、目立つのは嫌じゃなかったの?」

「目立つこと自体はそこまで嫌いじゃないわ。ただ、機会が無かっただけ」

…クラスの皆の質問にひょうひょうと答えるぱちゅりーちゃん。なんだか失礼ですが、その! …思わず、嫉妬してしまいます。
私がぱちゅりーちゃんに見入っていると、さとりちゃんがそっと、私の肩を担いでくれました。そのまま、教室の引き戸にまで連れて行って貰います。
私は一人で大丈夫だよと言ったのですが、さとりちゃんは断固譲らない様子で、せめて保健室までは一緒に行くと言ってくれました。
…ありがとう、さとりちゃん。

「…ざまあみやがれ。大丈夫、さなえさん?」

『さなえ』と言う単語が出た瞬間、クラスの空気が凍り付いてしまいました。
皆は一斉にドア近くの私を見ます。その目つきは、歓迎されたものではなく冷たい、…とても、とても白い目付きでした。
ぱちゅりーちゃんは、やってしまったとばつが悪そうにうつむきます。

「…ひ、…うええ」

「行こう、さなえちゃん。不快だわ」

手に温く柔らかい感触が伝います、そのまま、教室を駆けて行きました。
どこに向かっているのかはわかりますが、今どの場所にいるかは、視界がぼやけてしまい、よく見えません…。
…なんでだろう。なんで私は、こんな目に遭うのだろう。
私が悪いのだろうか。わからない、私は無意識の内に悲劇のヒロインを気取っているというのか…。
なんだか、どうでもよくなってきました。

「…ついた。先生は、外出中みたい」

さとりちゃんが私の方を振り向かず、保健室のソファーへと誘導してくれました。
手馴れた手付きで何やらいろいろ入っている棚から氷嚢の袋、アイスボックスから氷を取り出し入れてくれて、何も言わず私の頬に当ててくれました。
…さとりちゃん、なんでそんなに、私によくしてくれるのだろう。さとりちゃんは、膝に置いてある私の手を空いているもう片方の手で握ってくれました。

「…ふえ、え、ええん」

視聴覚室で我慢していたもやもやが、一気に溢れ出してきました。私の頬から、膝元のスカートへと伝います。
私だけではありません、さとりちゃんの手にも、ぽろ、ぽろと涙の雫が掛かってしまいました。それでも、さとりちゃんは気にした様子も無くただ静かに私の手を握ってくれています。
私は、さとりちゃんに本音を呟きます。

「…もう、やだ。学校なんて、行きたくない」

「…」

「私が何をしたっていうの!? こう叫ぶのも私の高慢、自業自得だと言うの!? なんでよ、どうしてよ! なん゛で゛み゛ん゛な゛、み゛ん゛な゛…」

再びぼやける視界に、さとりちゃんの手が離れ手にひやっとした感触。何か顔全体と背中に、温もりを感じました。…さとりちゃんが、私を抱きしめてくれているみたいです。
無言のまま、時間は過ぎて行きます。もう何分くらい経ったのでしょうか、ずっと、抱きしめて貰った状態で、…私は心地良さを感じています。
さとりちゃんの体から甘いシャンプーの香り。お母さんというか、気の置けるお姉さんという感じがして、…本当に、ありがたい。
顔を見上げます。さとりちゃんはただ、『落ち着いたのね』と一言私に告げて微笑みかけるだけでした。
また、胸の奥からジンとしたものが込み上げて来ました…。






「先生、帰ってこないね」

視聴覚室から保健室に向かったまま、私たちはずっと保健室にいました。
腫れた右頬が氷嚢に当てられて、気持ちいいような不快な様な。微妙な感触と気持ちです。もう、2時間目の業間も終わり3時間目に入ろうとしています。
保健室にずっと居る理由は、先生から報告書を貰わないとサボった事になるから…、と、言うのは建前。…本当は、クラスに行きたくないからです。
さとりちゃんにその旨を伝えると、やはり何も言わないままでした。しかし、こうして残ってくれています。
本当に、ありがとう。

…クラスでは、今頃ぱちゅりーちゃんが大活躍しているのだろうな。先ほどに引き続いての質問攻めはもちろん業間や、授業中だって。皆の、中心になっているんだろうな。
なんだか、嫉妬しちゃうなあ…。

「…むきゅ。探したわよ、さなえさん。全く、この学校の構造はどうなってるの?」

無音の保健室に、ふとドアがキイと開いた音がしました。
先生がきたのかなと思いソファから保健室のドアに注目すると、紫色の髪とまだまだ真新しいをした、…ぱちゅりーちゃんが保健室に入ってきました。
お見舞いなのでしょう。…こんな私に、ありがたいですが、…なんか、一緒に居たくないなあ。
嫉妬、しちゃうからなあ…。
そう思っていつつ壁に掛かっている丸時計に目をやると、ちょうど授業開始の時間に長針が重なっていました。

『キーン、コーン、カーン、コーン』

「授業のチャイムが、なりましたよ」

…我ながら、なんて嫌な言い草。追い返したいからって、陰湿だと思います。こんなことやってるから、何時までもクラスに馴染めないんじゃ…。
ああ、だからか。私は、最低だからか…?

「別にいいわよ。さっきの授業も、出てなかったし」

私が自己嫌悪をしていると、ぱちゅりーちゃんから爆弾発言が飛び出しました。
…授業に出てないって、へ?

「あれから、すぐにあなたたちを追い掛けたのよ。でも見つからなくて、多分保健室行ったんだろうなって思って歩き回ってたの。探したのよ? 本当、この学校はどうなってるの! 保健室に行くまで、1階を30往復くらいはしたわ!」

…話が本当かどうかはわかりません。でも、事実ならぱちゅりーちゃんはずっと私の事を探していてくれていたという事です。
…ぱちゅりーちゃん、優しい嘘をありがとう。いや、自分の立場をよくするための嘘かな? まあ、どっちでもいいや。嬉しかったことには、変わりがないからです。
それに、ぱちゅりーちゃんが学園に転校してからそこそこ経ったと思っていたのですが、まだ校内図を覚えきれていないのでしょうか?
保健室は一階にあります。一階の構造は職員室や進路相談室をクルクル回るようになっていて、進路相談室の角を真っ直ぐ行って曲がった所に保健室はあるのですが…、…まさか?

「ぱちゅりーちゃん。ずっと、職員室と進路相談室のところをクルクル回っていたの?」

「…曲がり角が見つからなかったのよ!」

ぱちゅりーちゃんが腕を組み、そっぽを向きながら顔を紅潮させて答えます。…ぱちゅりーちゃん、あなたの事をあまり知らなかったけれど、そんなおとぼけさんだったなんて!

「あっはははは!」

「む、むきゅ…。笑わなくたっていいじゃない、人には得意不得意があるの!」

私とぱちゅりーちゃんは笑いあいます。さとりちゃんは、声には出していないものの、その表情はニコニコというより堪えているものの表情でした。
なんだか、拍子抜けしたなあ! 勝手に嫉妬したことの罪悪感もあるけど、それを上回ってぱちゅりーちゃんが案外気軽な人だってわかったから!

「いやあ、あはは! ぱちゅりーちゃんさっきは凄かったね、目立って、嫌じゃなかった?」

「別に。騒いでいる人たちにも言ったけど、目立つことは嫌いではないわ。ただ、機会がなかっただけ」

そういえばさっき他の人が質問していたっけなあ、忘れていました…。
私は続けて話を続けます。

「あ、そういえばさっき言ってたね。ごめん。でも、さっきのぱちゅりーちゃんは本当に『格好よかった』よ! なんというか、嫉妬しちゃうくらい!」

「…ふふ。ありがとう、とても励みになるわ。お世辞では無く、その様な感想を貰える方が、下手にコメントを貰うよりもずっと、ずっと」

「…え、そうかなあ? 皆、思ってる事だと思うよ。さとりちゃんも、そうだよね?」

「…ええ。私も、そう思ったわ」

さとりちゃんが柔和に、しかしどこか尖った返答をします。
どうしたの、だろう? …私の、思い過ごしかな。

「ふふ。もちろん、そうだと思うわ。自分の演奏には自信を持っているからね。ただ、その。巷で、流行ってるじゃない、音楽? ロキノン系だとか、雑誌とかで」

「…ふえ?」

思わず、気の抜けた返事をしてしまいました。

「あはは。いくらすぐに反応できなかったからって、ふえって。可愛いわね、さなえさん」

「え、その、あうう…」

言葉攻めはどうも苦手です、早く会話に戻らないかなあ…。

「…いわゆる、ロックとか。そういうちょっと本格的といえば本格的な音楽が趣味の人が多いのよ。騒いでいた人たちの殆どがちょっとはかじっていると思うわ。でも、本当にちょっと。『中途半端に知識をひけらかす』と言うのかしら、『私の演奏の感想』というより『同じ立場をアピールするような感想』ばかりでね、嫌気が差すのよ」

「…」

「もちろん感想をもらえるだけでも本当に嬉しいわ! けれど、なんというか、ね。
だから、さなえさんの様な純粋な感想が、とても嬉しい。下手に飾り付けない、本当の意味での感想だからね」

「…なんだか、凄いなあ」

「ん、何が?」

「ぱちゅりーちゃんがそんな意見を持てるという事は、いっぱい経験を積んだということだよね?」

「…まあ、場数を踏んだからね。色んな所を渡り歩いていれば、なんとなく浮かんでくるの」

「…渡り歩いたって、バンド!?」

「…まあ」

ぱちゅりーちゃんははぐらかす様に答える。でも、きっと査定の意味ではぐらかしたのだろう、…凄いなあ!

「…そんな、輝かんばかりの瞳で見ないでよ、恥ずかしいわ…」

「でも、でも! 凄いじゃないですかっ!」

「…どうして、バンドは凄いのか」

「へ?」

「さなえさんは、なんで皆がバンドを羨むのだと思う? もしくは、なんで活動するのだと思う?」

ぱちゅりーちゃんが変なことを聞いてくる。私は、思っている事をそのまま答えました。

「うーん、単純に格好いいからかな? なんで活動するのかは、人によっては何かを伝えたいとかあるのかも知れないけど、私は格好がいいからだと思うかな。
…だって、歌で何かを伝えるだなんて、」

「だなんて?」

「馬鹿らしい。いや、…あっ」

失言。口が滑ってしまったというものではない、どう考えても故意的に、実際私は考えて発言していた!
しかし、ぱちゅりーちゃんが活動しているということを失念して。…本当に失言、なんて失礼なことを!
…謝らないと!

「ご、ごめんねぱちゅりーちゃん! えっと、その、…ごめんなさいっ!」

頭を下げる。…ぱちゅりーちゃんが、『謝る必要は無いわ』、と、顔を上げてと言ってくれました。

「そう、その通り。私も格好いいから始めたの。なんか、示しになるじゃない? いいじゃない、格好付けでも。
でも、現実は私の様な考えを持つ人はごく少数だった。…突き止めていけば、皆楽器を始める動機は『格好いいから』になるのだけれど、建前を建前で塗りつぶした、なんというかな。その、…あまり好きではないタイプ。

『人に伝えたい!』とか、『俺たちは特別!』『格好なんてどうでもいい、楽しもう!』とか。
どーでもいい。そもそも楽しむだなんて当たり前の当たり前じゃない! 『格好つける事が楽しむこと』、私はそう思うわ! もちろん、演奏すること自体の楽しさとかもあるけれどね。
『格好よさをかなぐり捨てて楽しむ』だなんて、あさましい考えな気がしてね。本当にそう思っているのなら、他の誰にも言わず自分で実行しているでしょう? むしろその発言こそが格好つけな気がしてやまないのよね、私。
『周りが格好付けるから俺もしなければならない』だなんて、そいつの勝手な考えでしょ。依存よ、依存」

ぱちゅりーちゃんは、吐き捨てる様に喋ります。

「そうよ、『歌で何かを伝える』って言うのは、素晴らしいことだけど! …このロックというジャンルに置いては、馬鹿らしいと思うわ。一つの趣味で美味しいどこ取りだなんて、虫のいい話なのよ。
素直に小論文とかにして書いた方がよっぽど早いし需要もあるわね。…意識していなかったのでしょうけど良く言えたわね、本当に『格好付けたくてたまらない』奴だったらそんなこと言えないわ。そういうのは大抵恥ずかしい、頭沸いている事をいいだすのですもの」

「…へ、へえ」

「だからこそよ。本当に格好付けたい奴だからこそ、変な信条抱えて素直なやつを馬鹿にするの。そういうやつらこそ、指をさされている事に気付いていないのだけれどね。さなえちゃんみたいに、素直な人の方が、私はとても素敵に思うわ。
…本当に、そう。出来ることなら、活動している時にあなたの様な人と逢いたかった」

「そ、そうかな。えへへ…」

まくし立てられて圧倒されていましたが、いつの間にか褒められたようなので左頬をかいて照れをごまかします。
最後の方は何か言っていたようですが、良く聞き取れませんでした。

「…さっきも言ったけど、私はあなたと友達になりたい。もちろん、後ろのさとりさんとも。改めて、私はぱちゅりー・のーれっじ。ぱちゅりーでいいわ、宜しくね」

「私は東風谷さなえ。さなえでいいです、よろしくね!」

「…古明地、さとり」

私たちは挨拶を交わします。すると、ぱちゅりーちゃんが尋ねてきました。

「…私の勝手な事情だけれど。一緒に、楽器をやらないかしら? いずれ、セッションをしてみない?」



NEXT,To Be Continued!



  • このぱちゅりーってマチョリーの誤植なんじゃないか? -- 名無しさん (2009-04-28 22:24:00)
  • 誉め言葉として、受けとります。 -- 作者 (2009-04-28 23:42:37)
  • いや、純粋に面白いです。ぱちぇさんの台詞一つ一つに激しくうなづきつつ。
    この後他のパートのメンバーも加わるのかな?どんな顔触れになるかかなり楽しみ -- 名無しさん (2009-04-29 12:03:55)
  • さとりはドラムかな? -- 名無しさん (2009-04-29 12:25:35)
  • ロックの音楽の事は、よくわからないのですけれど、なにやらたのしそうです。
    たのしみになってきましたよー!!! -- ゆっけのひと (2009-05-12 23:58:26)
  • ぱちゅりーのそうるに乾杯 -- 名無しさん (2009-05-26 14:48:06)
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最終更新:2009年05月26日 14:48