ゆっくりちぇんを飼ってみた その4

「わ゛、わ゛がらに゛ゃいよ゛~」
弱々しい悲鳴が狭い部屋のタイルに響き渡る。
ちぇんは、先ほどから絶望にゆがんだ目で、うるうると俺の目を見上げていた。
だけれども俺はそんなことにかまわずに自分の作業を続ける。
ちぇんは閉じ込められた狭い部屋を脱出しようと、唯一ある扉に向かって懸命にとびはねた。
だがそんな行動もむなしく、俺の手によって背中を押さえつけられる。
いつもはふさふさの二本の尻尾も、今は濡鼠となり見るも無残に成り果てていた。

ちぇんはお風呂に入れられていたのだった。
「さて、次はシャワーだ」
俺は三十分かけてちぇんに念入りにシャンプーを施し、泡泡になったちぇんにシャワーを振りかけた。
ここは慎重にやらねばならない。手つきはさながら淑女を抱くように。
ちぇんはわずかに悲鳴を上げた。弱弱しく、いやいやとかぶりを振ろうとしたが、俺にしっかりと押さえつけられているために身動き一つできない。
マッサージをかねた洗い流しで、ちぇんの尻尾の先まで丁寧になで洗い流した。
ようやくおとなしくなったちぇんに向かって適度な温度のお湯を流し、頭の毛並みを梳いていく。
これでようやくひと段落着いた。
後は蚤よけのオイルを塗り、ドライヤーで乾かすだけだ。
真っ白なバスタオルでざっと水気を取り、ボーダー商事で取り寄せたオイルを塗ってゆく。
うつろな目つきで俺を見上げるちぇん。

「もうすぐ終わるよ~」
俺はそういいながら、ちぇんにドライヤーを当てていった。
頭から尻尾に向かって、毛をいためないように丁寧に温風を当てていく。
ちぇんはドライヤーは好きなようで、
「わ、わかるょ~」と、弱々しく鳴いた。だが、全体的にぐったりとしている。
よし、終わりだ。
風呂場のドアをわずかに開けると、ちぇんはその隙間に向かって、天から吊り下げられた蜘蛛の糸を見つけたカンダタのように、わらにもすがる表情で走りよる。
まだちぇんが通れるほどの隙間になっていないのに、ドアの隙間に体全体を押し当て、ドアを無理やりこじ開け、リビングへと出て行ってしまった。

俺が後片付けをすませた後にリビングへもどると。
ああ、やっぱりやっちまったか。
ちぇんはリビング中を駆けずり回っていたようで、そこらにちぇんの抜け毛が飛び散っていた。
肝心のちぇんはというと、……どこだ?
……いた。
部屋の隅っこで、こちらを背中に向けていた。
その背中にむけ、声をかけてみる。
「ちぇん」
返事がない。相当機嫌が悪いらしい。

「ちぇんさんや」
「……」
四つんばいになってちぇんに近づき、首を伸ばしてちぇんの真正面を見る。見事に頬を膨らませている。
「ちぇんちゃん?」
「わからないよ!」
あ、そっぽを向いた。
びし、びし、と俺の腕にちぇんの二本のしっぽがあたる。痛くはない。
「ほら、おぼうし忘れてるよ」
ちぇんの頭にトレードマークの帽子を載せてやるが、そんなことではご機嫌は回復しないらしい。

しょうがないな。俺はおもむろにちぇんをひっくり返した。「わ、わからないよ~」
そしてちぇんの腹を人差し指でゆっくりとなでてやった。
「……」
相変わらずしかめっ面だが。お、わずかに顔がゆるんでるな。
ちぇんは必死に、不機嫌そうな表情を崩さないように懸命の努力をしているようだった。
腹を、円を描くようになでてやる。
さわさわ。
……パタパタ。
顔は相変わらずしかめっ面(この表情もたまらなくイイ!)だったが、尻尾は早くもうれしそうに揺らし始めていた。
顔はいつまでもつかな。
俺がそう思っているうちに、ちぇんはひとつ、大きなあくびをした。
そうか、眠くなったのか。

ひどい目にあって、つかれたもんな。
十分ほどなでてやると、ちぇんはすやすやと寝息を立て始めた。
起こさぬように、ちぇんをゆっくり専用のソファに抱いて運ぶ。
お気に入りの緑の毛布をかけてやるころには、ご機嫌にも寝言を始めてもいた。
「わ、わかるょ~」
ぴょこぴょこと左右に尻尾が揺れる。

おやすみ、ちぇん。
お昼寝が終わった後は、俺とおやつのバームクーヘンを食べような。


ゆっくりちぇんを飼ってみた その4
万年初心者

  • 可愛い…ちぇん可愛すぎる。 -- 名無しさん (2009-05-24 17:03:14)
  • ちぇん種が不機嫌なのって何か新鮮な感じがする……かわいいけど。
    身体を乾かした後に生ぬるくなった牛乳を与えるのを期待したのは多分私だけじゃないはず…… -- 名無しさん (2009-05-26 06:03:44)
  • ちぇぇぇぇぇぇぇぇんん!!
    仲良くバームクーヘン食べてる所を想像すると、たまりませんね -- 名無しさん (2009-05-27 06:22:20)
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最終更新:2009年05月27日 06:22