【ゆイタニック号のゆ劇】幸せな部屋 上

 「今回も乗るのかい?乗らないのかい?」

――今回も?
出港前に、港で背後から声をかけてきたのは、あまり見かけない、赤い髪のゆっくりだった。
しかし、天下の豪華客船ゆイタニック号。 こんな船に何回も乗れるような身分ではない。
ゆっくりは大儀そうに目もあわせず、短い子供のような腕を後頭部で組み合わせている。

 「乗りますよ。乗ります」
 「本当に?ドロップアウトしないの?」

何がだろう?しつこい。それに言うに事欠いて、「ドロップアウト」とは何事か。初対面なのに、
人違いだろうと踵を返して向き合うと、今度は方を掴まれた。

 「当然乗りますよね?」

同じく、あまり見かけないゆっくり―――こいしだったろうか。
気持ちの良い笑顔だった。
何か、それを見ているだけで、この船に乗らなければならない気がしてきた。

 「勿論」

背後で、大きく嘆息する声を聞きながら、無視して乗り込む。
周りにも乗客は多くいたのに、なぜかそのゆっくりの声が届いた。

 「ドスマリーサカンパニーは堅実な会社さ。教育も行き届いてるから、今までダブルブッキングなんて、
 一回も起きなかったんだ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「今回はどうしたんだかね。ボートは半分だわ、望遠鏡は忘れるわ」

それは大事だろう。関係者だろうか?
振り返って何かを言おうとしたら、既にゆっくりはその場から姿を消していた。

首を捻りつつ船内へ進むと、こいしもいなくなっていた。





実際に、ダブルブッキングしていた。

あのゆっくりは、乗る前から何故そんなことを知っていたのだろう。

船員とすったもんだした挙句、元々予約していた部屋へ向かうと、中ではゆっくりみのりこが、
ソファーの上で既にゆっくりしていた。

 「どーすんだこれ」
 「どうしますかと言われても……」

みのりこは、表情一つ変えず、ゆっくり特有の―――自分と同じ種類のゆっくりのやや成人向きの
写真やコラージュ画像も見付けた時等に良く見せる―――半眼の、呆れとも哀れみともつかない顔
でこちらのやり取りを見ている。
調べた所、先に予約したのはみのりこの方だったため、彼が別の部屋へ行くという事が当然の筋となった。
どの様なミスで、チケットが重なってしまったのか?今までに無かった事態だそうで、船員の対応は恐ろしく
遅れた。

 「秋れた………こんな間違いが起こるなんて」

二等のルーム。
とは言えダイニングだけでも、彼が努めるフロアの、与えられたセクションより広い。

 「他に部屋は無いんですか?「別に、幽霊が出るとか、そんなでも!」
 「そんな言伝えはありませんよ………」

船員は露骨に嫌な顔をした。これだけのスケールならば、怪談の一つでも残っていそうなものだが、そんな
遊び心も許せないのか

 「実際に今開いている部屋がございませんで」
 「一室も?」
 「何とか今探しているのですが」

だったら、船員の一室を空けてもらっても――――などという気にすらならなかった。
―――部屋のみのりこが気になって、実を言うと少しだけここにいたい気もしたが―――
疲れていた。

 「だったら下りるか……」

あのゆっくりが言ったとおりである。出港までは少し時間があった。
どうせ、自分の金ではないし―――このまま乗っていても―――行く行くは、下りた後は、ろくなことにならないのだ。
船員が驚いて何かを考えようとしている時

 「秋らめる事もないでしょう」

割って入って来たみのりこは、もうあの半眼ではなくなっていた。普通のゆっくりらしい―――むしろ、れいむやまりさと
違って眉を吊り上げたりしかめたりしていない分、非常に愛くるしい表情でこちらを見上げている。

 「よければ、よければだけど、この部屋に相部屋でもかまわないけど」
 「………と仰いますと……?」
 「そのままよ。ここに泊まってもらえばいいじゃない。嫌なら構わないけど」
 「よろしいのですか?」
 「大丈夫」

朗らかに笑って

 「連れが死んじゃったから、気持ち沈んでたの」
 「は………」
 「――冗談よー」

―――本当に、乗りかけた船。
上司への言い訳を考えていたのだが、それは中断。今度は、ここの事故も含め、レポートの構成を頭から練り直しつつ、
僕は引き受けることにした。
第一、確かにこの部屋はゆっくり一人には広すぎる。
まずはみのりこに丁重に礼を言い、手続きを済ませると、荷物を部屋の端へ置かせてもらった。
みのりこは、疲れてゆっくりしていたいので、このまま外に出ないと言っていた。
僕は、そのまま、早足で退室する。
ゆイタニック号のサービスを、侮ってはいけない。事前に調べた立てた予定通りに動かなければ――――


まず、レジャー施設から。
「花の里」に入って、「神社」に行って、「キノコの森」を見て、遊戯室に行って――――

昼食に、「Night sparrow」に入ろうとしたが、混み過ぎていたので、隣の「KUNERI GURU」に入ったら、玄関を越えた瞬間クラッカーを
鳴らされ、26人目の客だと喜ばれた。

食後に、ショッピングモールへ行った。


部屋に戻ると、みのりこは何かを読みふけっていた。戻ってきたのを見届けると、ソファーに座るように促す。
ちびちびと昼間から何を飲んでいるのかと思ったら、エナジーへネスィーで、一杯振舞われた。部屋の備え付けらしい。
少しほろ酔い加減になったまま、お互い黙って気まずい雰囲気に。
読んでいた―――手紙だろうか?―――をしまいつつ、みのりこは少し下膨れ気味の更にゆっくりとした体制になって、へたりこむ様に
その場から一切動かずにソファへ少しだけ沈んだ。 よくあんなにゆっくりできるものだと思う。

 「どうだった?」
 「楽しかったですよ」
 「嘘でしょ」
 「はい」

気持ちは変わらない。
小学校の社会科見学で、パン工場を回った時も、楽しくなかった。何と言うか―――義務だったから。
今回も同じだ。
楽しむのも才能だとか、「できる人間は遊び上手」とよく言うが、それでは僕には、その才能が無いし、「できない」のはそのためだ。
少し気まずそうに、みのりこは額に汗をかきながら聞いた。

 「どうしたの?」
 「秋ちゃったんですよねえ………色々な事全てに。 もう、秋秋」

―――相手が秋姉妹の芋うとなので、わざとイントネーションを変えて言ってみた。無論冗談だった。冗談にも気付かれないと思っていた。
が、みのりこは目を輝かせながら―――その内、ヘヴン状態!!! にでもなるんじゃないかという笑みで、エネジー・へネスィーをもう一杯
注ぎ、次いで帽子の葡萄を何粒か渡した。
美味かった。

 「ちょっと良い店を知ってるんだけど」

と、連れられて再び今度はお菓子売り場へ。
着いた先は、「プリズムリバー」 妙にポジティブそうな店員が作り、妙にネガティブそうな店員がレジを売っている。 「今日のお勧め」を頼む
と、「りんごプリン」が出てきた。

 「美味いです……」
 「でしょう」
 「詳しいですね………」
 「結構前から乗っているから」
 「ほお、それじゃあ、 秋 ません?」
 「秋 そう だったけど、誰かと一緒にいると、そうでもないわ」
 「あー、僕もですよ。寧ろ、他の部屋に 秋 が無くてよかったかも」





 このやりとりを30分ほど続け、僕達は友達になった。






それからは、楽しかった。
既に義務ではなく、みのりこに案内しもらい、楽しんだ。一度行った場所にも行った。
回る予定は決めていたが、それは、もう、無視した。
それだけ楽しかった。
ショッピングモールも、広すぎて全部は見て回れないが、共に物色する相手がいるだけで楽しいものだ。
気がついたが、ドスマリーサカンパニーの運営だけあって、ゆっくりにも基本設計がどこも優しい。だから、連中がそこら辺に溢れている。
ちょっとそれに意識を向けるだけで、かなり面白い。
変に、歩きづらいと思ったら、やたらと目付きの悪い、思いつめた顔のらんしゃま達が大所帯で闊歩していたためだった。

夜は、「河城飯店」で食事をとった。
ここまで本格的な中華料理など、何年ぶりだろう。しかし、それ以上に

 「「【え?】」」
 「なんのこと?~・・・・・・」
 「そうだぜ。まりさたちは~……~~~………」
 「罠、やね。」

―――と、まりさ、きもんげ、てんこ、ありすという、何関係かよく解らない4人が、やや不穏な会話をしているのが気になった。
何が起こっている?

 「これだけ、人やゆっくりが集まると、何が起こるかわからないわ」
 「本当に………どんな事考えてるかわからない。それにしても、あのらんしゃま達なんか怖かったなあ………」
 「あんまり無い事よね」
 「そう。非日常も重なりすぎると、怖い」

耳慣れない声に振り向くと―――いつの間にか、横の席に、こいしが座っていた。
勝手に料理を食べたりはしていないが、お冷まで持っている。

 「あの時の……?」
 「あら?初めましてですけど?」
 「いや、乗船する時に」
 「私はこの船から出た事は一回もないよ」

そんな事あるか

 「入り口の近くには、今日は行ってないよ」
 「?」
 「だって、ずっと〇〇〇号室にいたんだもの」


みのりこと僕が泊まっている部屋だった。


 「そうなんですか?みのりこさん?」
 「――知らないわよ?」
 「ごめん。嘘冗談」

真っ赤な火の様な舌を出しつつ、ぐびリとお冷を飲み干して、こいしは馴れ馴れしく身を乗り出した

 「『板子一枚、下は地獄』っていうでしょう」
 「漁師の諺?」
 「海は、本当は怖い所です。魔界です」

それはそうだろう。

 「船でも飛行機でも列車でも、『旅』は『非日常』」
 「ここで仕事している人もいるけど」
 「永遠じゃないでしょう。日常に見えて、船の上も、外泊もやっぱり『非日常』」

後ろの4人のゆっくりは、もう身支度を始めている。

 「魔界の上を、通常ありえない程の『非日常』の塊を乗せた物が走ってるんだよ!!!」
 「おお、こわいこわい」
 「何か不思議な空間にならない方がおかしいと思わない!!?」

怪談話はあるか、と聞いたら、露骨に怒っていた船員を思い出した。あれがもし図星だとしたら――――

 「何か怖い話でもあるの?」
 「怖くは無いよ!!!」

こいしはすっくと、椅子の上に立ち上がった。それでも、人間の学生くらいに満たない高さ。
所謂一つの、「荒ぶるグリコのポーズ」をとって、少し大きめの声で言った。




 「この船には、『泊まると幸せになれる部屋』がありまーす!!!」




周りの客は少し驚いてこいしを見ている。
ウェイターが、知っているのか、少し微笑ましげに頷いていた。

 「『泊まっただけで』?」
 「泊まっただけで!!!」
 「あら、都合の良い話ね」
 「ただし、一部屋だけ。世界を一周するたびに、ランダムで変わるよ!!!」
 「くじみたいなもの?」
 「そうだよ!!! その分、運良く泊まれた人は、すさまじく幸せになれるよ!!!」

「凄まじい」、は、本来良くない状況についての形容詞なのだが……

 「誰かそれで幸せになった奴でもいるのかい」
 「いるよ!!!」

こいしは、何人かの長者番付をあげた。

 「永遠に幸せにだってなれるよ!!!」

それはちょっと怖い響だ。

 「『永遠』だってよ。みのりこさん、知ってる?」
 「…………全然」

きめぇ丸の真似をして、ぶるぶると首を振るみのりこ。
ふと見ると、もう――――こいしはいなくなっていた。
お冷だけが残っていた。

辺りを見回したが、見つからなかった。

少し思う所があり、会計時にレジ係に聞いてみた。


 「この船って、『泊まると幸せになる部屋』とか、ゆっくりこいしが昔死んで、その幽霊が出るとか、そういう伝説ってあります?」
 「あるような無いような」

最近、牛とも蛸ともつかない生物が船の周りで目撃されたとか、何かあるとオルトロスがやってくるとか伝説とかはあるそうだが……



部屋に戻って  二人でまた雑談して   一杯やって
レポートを書いて

その日は寝た

楽しかった。
いや、そんなレベルではなかった。    幸せだった    怖いほどだった

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最終更新:2009年06月07日 20:33