月姫の床-1

※編注:容量制限のため分割

  • 蓬莱の茄の続き
  • 主人公も同じ

            『月姫の床』


   『緩慢輝夜』〈幻想郷妖怪縁起改め、幻想郷緩慢縁起第二巻一項〉
『緩慢輝夜は竹林に住む緩慢の姫なり。
 日暮床に伏し、緩慢永琳の庇護を受け兎をして働かせしむる。
 容姿は長き黒髪を携え、永遠亭の風太郎の如し。』著・稗榎十凪

 退屈だ。僕は久しぶりに黒字で大半を占めた帳簿と向き合ってそう思った。
あの日永琳さんから今奥で薬を作っているゆっくりえーりんを頂いてから
家計は何とか一日三食に戻せるほどに立ち直った。
散々酷くやつれていたと言われていた顔つきも今ではしっかりとしたうす肌色を取り戻している。
 それはそれで大変喜ばしいこと。否定できる要素はないのである。
「おくすりできましたよ~」
 その声と共にゆっくりえーりんが奥の部屋からぴょんぴょんと薬の袋を咥えてやってくる。
僕はそれを受け取り退屈で肩を落としながらも正面玄関へと向かった。
「……どうもお待たせしました」
「いえいえ、全然待ってないわよ」
 僕はえーりんから貰った薬袋をそのご婦人にゆっくり、ゆっくりと渡す。
普通に素早く手渡せばいいのかもしれない。僕はいつもそう感じ思い続けている。
でも、人を恐れる性分は完全には抜けきっていない。
 目を合わせられない。姿を見るだけでも身体が震え始める。
「ええとお代は……こんなものかしらね。それじゃあ」
 何とか僕は目を合わせずに薬を手渡し、それを受け取ったご婦人はお礼を言いながら
お代を置いてそのまま帰って行った。
 そんな礼を言われるような事はやっていないと僕は常々思う。
僕はただ人の病気を診るだけであるし実際に薬を作っているのは奥にいるえーりんだ。
えーりんは一切客に姿を現そうとはせず接客を全て僕に任せている。
恐らく慣れろと言う彼女なりの意思表示なのだろう。
僕にとってはそれが単なる苦行への道のようにしか思えてならないのだが。
 ああ、憂鬱だ。
「……………ふぅ」
全身の力が一気に抜け、僕は婦人が置いていった代金を掴みそのままふらつきながら
奥の部屋へと戻っていった。
「さて。」
 その代金を適当に財布の中へ入れ僕は机の上の帳簿にその代金の詳細を描き込む。
ほんの1行の数列を書いて僕は机の前で横になった。

 最後の客が来てから1時間、僕はただ静寂の中で天井を見つめ続けている。
いつも通りの日常であるならば今日の客はこれっきりであるのだろう。
 えーりんが来てから、赤一色の家計簿は黒と赤が混じり合うようになった。
それと共に永遠亭に行く必要もなくなったため僕は暇をもてあましているのだ。
どれだけ客が来ようともえーりんは刹那のうちに薬を作り上げる。そして僕は
ただ患者の病名をえーりんに伝えるだけだ。それはあまりにも早く終わる。
「暇なのは良いこと………か。」
「は・た・ら・け!」
 唐突に待ってましたかのような表情をしてゆっくりえーりんが襖を開けて部屋に闖入してきた。
最近のえーりんはこういう働かないとか暇とかそう言う単語があるとすぐさま反応する。
確かに余裕があることは大切なことだがこう毎回反応されては少々精神が抑圧されがちになる。
 故に僕はこの退屈が嫌だった。
「そうは言ってもどうしようもない。客は依然として増えない、いや回転率が良くなったから
 一日に来る人の数はむしろ減った。そんな中僕はただ患者を診てその病名を伝えるだけ……
 暇になるに決まってるじゃないか……」
「暇の使い方が下手なのよ。もっと趣味とかに時間をさけばいいじゃない。積極的に良い方向へいきましょう」
「…………趣味」
 ふと、学生の頃思い出す。
あの頃は当時読んでいた本の影響でいつも余った紙に雑文や散文、詩などを書き綴っていた。
それを古本屋の友人に毎度毎度こっぴどく貶されながらも楽しく意気込みながらも書き続けていた。
 それが今ではすっかり全ての精力が枯れ果てた大人となっている。
そんな大人になった自分にどうしようもない嫌悪感を覚え、自分の歴史そのものを変えてしまいたいと思うようになった。
「もう……書く気起きない」
「……そうですか、でもそうやって何もうちこむことの無いまま惰性にいきてると
蓬莱ニートになってしまいますよ。蓬莱ニートはきえさるべきね」
「…………じゃあ……どうすればいいんだ?」
 えーりんは見た事がない不敵な笑みを浮かべはじめた。
この時を待っていた、と言いたげに身体をくにゅくにゅ動かしている。
「実は………材料がたりないのです」
「………材料………もしかして薬のか?」
 えーりんはそのしゃくれた顔をより曲げるように頷く。
ゆっくりえーりんがその事を今まで一度も話題にしたことがなかったから
材料のことは気にしなくていい物だと思っていた。道理で家計簿が黒一色になるわけだ。
「なるほど、つまり材料を僕に探し回って欲しいと?」
「いえ」
 即座に僕の推測が却下される。ほんの少し虚しい間がそこにあった。
でもそうでないとしたら。ふと僕の脳裏に嫌な推測がよぎる。
「折角お金あまってますし、薬草とかだけじゃ全ての病に対応できないわ」
 まて。お前は、一体何を言おうとしているんだ。そして何故僕はその言葉の続きを予測することが、出来るのだ。
「この幻想郷は様々な物に溢れています。でも時として科学の力に頼らなければ薬はできません」
 ………………知っているくせに、知っているくせに、知っているくせに、知っているくせに!
「だから」
 止めてくれ。そう何度も何度も思っているが声が、声が出ない。いつの間にか噴き出た汗が目の中に入る。
「永遠亭にいきましょう」
…………………………………ああ。
 心の中で割り切っているのに。どうして。僕は。僕は。こんな一言で。脆く。弱く。揺さぶられるのだ。
またあの美しい瞳と向き合うことになるのだろう。それはえーりんが僕にしてきたどんなことよりも辛く、苦しい。
 僕はただ無気力なまま顔をうつむかせる。その表情に感情はとっくに消え失せていた。

「用意出来たよ」
 僕は倉庫の奥から様々な物をかき集めえーりんが待っている玄関へと赴く。
 この村から永遠亭まで意外と距離がある。走っても往復に半日、それに耐えられるだけの装備をしなければならない。
それに妖怪の問題もあるため防衛用の武器も必需品となるため必然的に荷物は多量になるのだ。
以前はこれらの荷物を運ぶために三輪車を使っていたが何処かに置いて行ってしまったようで影も形もなく、
置き場所を僕の劣悪な記憶能力を持って思い出すのは無理に近かった。
「これだけの荷物本当に一人でもてるの?もし良かったらこの筋肉超増強剤……」
「いいんだよ、慣れてるし」
 えーりんは謎の群青色の何かを持って心配していたが、学生の頃さんざん先輩の使い走りになったり
無茶ぶりに付き合わされたせいで、モヤシみたいな風貌の反面ある程度身体が鍛えられてしまっている。
「慣れてるも何もありません、身体をこわしたらどうするのかしら?」
「その群青色の何かを持っててもそう言い続ける気か……?」
 不敵に笑うえーりんを見て僕はつい笑みがこぼれる。
こうしてえーりんと向かい合うのは平気なのに人と向かい合うのはどうして恐いのか。
僕が今一番恐れているのは永琳さんと会うことであるのに。矛盾が僕の脳を壊さない程度に掻き乱している。
「一応武器はすぐ取れる場所に、えーりんの方の準備は出来てるのか?」
「まぁ持つ手もありませんし特に必要ありません。それでは出発しましょうか?」
 そう言ってえーりんは僕の腕の中へと飛び込んでくる。荷物を持たないだけでなく僕に運んで貰うつもりである。
降ろそうかと思ったがどうもこの魅力的な瞳に見つめられると言葉が出ない。自分は矢張り弱いなと心底思いつつ僕は荷物を背負った。

 村を出て、足が蹌踉めき始めた三時間後。
ぼくは両手にえーりん、背中に荷物を載せ、猫背ながらも一歩一歩彷徨くように動かす。
「本当に大丈夫……?」
「………………………」
 モヤシはどれだけ鍛え上げられようがモヤシだった。無くなって初めて分かる三輪車の偉大さである。
「もし良かったらこの体力回復剤はどうかしら?」
 疲れ切った僕の顔を見てえーりんは口の中から橙色と紅と蒼がマーブルに混ざり合った粘液が入った瓶を取り出す。
生理的嫌悪感が沸き起こるほど模様が渦巻いている。一目凝視しただけでも気が狂いそうになった。
「い、いい。大丈夫だから……」
 このナスは何か僕に恨みでもあるのだろうか。つい数時間前も同じ様な物を見せつけられて、同じ様な感覚を味わっていたような気がする。
僕がやんわりと拒否するとえーりんは無言でその薬を口の中に仕舞った。
「…………」
 それからえーりんはずっと黙り続けている。それを真似るかのように僕の口も自然と噤んでいった。
彼女の性格からして僕が断った事などあまり気にしていないはずだ、彼女の沈黙の意味が分からない。
「…………………」
 沈黙のまま僕達はそのまま足を進めていく。風のささやき、草木が揺れその音が静寂を彩る。
僕は全てを忘れてその音に聞き惚れていた。
せめて、ほんの少し先の未来を思わないように。あの瞳を思い出さないように。
「がぶっ!!!」
「ぎゃああ!!!!!!」
「がぶっ!がぶっ!がぶっ!!!」
「ぐがやああああああああ!!!」
 静寂に浸っている最中、そのまま効果音なセリフが発せられたかと思うと僕の手に急激な痛みが襲いかかる。
その痛みに我を忘れ僕はその腕を無我夢中で振り回した。
「がぎぎぎ!!!」
「がやぐううう!!!!な、え、えーりん!!!何を!」
 最初全てを理解できなかったが腕を振り回しているうちにえーりんが僕の手に噛みついていることを理解した。
腕を振るたびにその永琳さん譲りの美しい銀色の髪がたなびく。ただその歯だけはどうしても放してはくれなかった。
「かぱっ!」
 とそのセリフと共にえーりんはその口を唐突に放す。勢いに任せて手を振っていたせいか僕の身体はバランスを崩しその場で転んでしまった。
えーりんはというと器用にその髪で受け身を取り、転がりながら僕の身体に載ってきた。
「…………あなたというひとは……」
 ゆっくりに似つかわしくない表情が僕を見下ろしている。
そしてそのおぞましい視線を送りながらえーりんは跳ね続けて僕の身体をじわりじわりと痛めつけている。
「本当にっ!!」
 痛い。
「貴方って人は!!」
 痛い。辛い。
「こうも臆病なんですか!!!」
 何に怒っているのだ。何故知っているのだ。何故僕は、、、、、
「……………逃げてた……のか?」
「そうです!貴方は一体何処へむかおうとしているの!
 さっきから周りが森であることを良いことにぐるぐるぐるぐるして!そんなにあうのがこわいの!?」
 故意的に逃げようとする気はなかった。ただその言い訳をえーりんに話すことができない。
意識も無意識も僕そのものである以上僕は自らの意思で逃げていたという事なのだから。
「………言ってくれ」
「?」
「永琳さんに会いに行こうって言ってくれ……そうでないとまた、」
「……………「永遠亭」に行きましょう」
 永琳さんは優しいけれど、甘くはない。そんな事相手がゆっくりでも分かってたことなのに。
どうして僕は、大人なのに弱いのだろう。しかし恋なんて知らなければもっと強くなれたのかどうか、そんな事僕が分かるはず無かった。
 えーりんは冷めた顔つきで僕の身体から降りる。
「さぁ、おきあがって」
「…………うん。」
 差し伸べてくれる手など存在しない、僕は自分の力で起き上がらなくてはならないのだろう。
仰向けになっていた上半身を起こし、立ち上がろうと足を曲げ腕に力を入れた。
「………痛。」
「…………?どうしました?」
「………………………足、捻った……」
 さっき転んだ時であろうか。足を動かすたびに激痛が走る。
そしてえーりんはというと、ものすごく申し訳なさそうにこちらを見ていた。
「……………すみません」
「こっちも………ごめん」
 単なる反射反応のようであったがここで僕はようやくえーりんに謝れた。
こんな謝り方で許して貰おうとは思っていないけれど謝ることで自分を少し変えられそうな気がしたのだ。
とそんな心境風景はともかく。
「どうしよう………」
「困った時はこの…………筋肉増強剤を。」
 えーりんは切なげな表情を見せ口から謎の群青色な何かが入った瓶を取り出す。
この状況で筋肉増強は見当違いだし、その薬も有りもしない悪意が見えるほど生理的嫌悪感に溢れていた。
「…………怪我は………治せないんだね」
「なおせるわよ!ほら、炎症をおさえるすっごい薬よ!」
 そう言ってえーりんは口の中から[閲覧禁止]………………………………………………
…………………………………………………………………………………………‥……………
…………………………………………………………………………………………………………

                                        ……
         …………………         ………………
を取り出した。一言で言おうとしても言葉に出来ない。流石月の薬師のゆっくりだ、常識では計り知れない。
「い、い、いいいいいい!!!」
「………まぁ……そう言うとおもってたわ。でもどうするの?その足であるける?」
 そんな事自分の身体と相談するまでもなく無理であろう。
けれどここで座っているといつ妖怪が襲ってきてもおかしくない、かといって[閲覧禁止]に手を付けるなんて選択肢は存在しない。
「………………………ここで僕は死ぬのか?」
「……………人をよびにいってくるわ、それまで自分の身は自分でまもって」
 えーりんはそう言い聞かすように言ってぴょんぴょんと跳ねていき、残された僕は背負った荷物の中にある武器を確認する。
以前警察の旦那から押しつけられた脇で抱えなければいけないほど重く長い鉄筒。
使ったことはないが道具屋に見せて使い方だけは分かっている。だからいざという時には使えるはずだ。
「…………はず。なんだけど」
 持てるだけの腕力は持っている。ただ自信がない、引き金を引く自信と敵に命中させる自信。
そして殺した後その結果を見て自分を保っていられるか。そんな自信。
「……………少し、怖いな」
 この状況下で孤独であることが余計に恐怖心をかき立てる。日もいつの間にか暮れかけていた。
そう言えば、僕はいつから生きる事が怖くなり、いつから死ぬ事が怖くなったのだろうか。
些細な物音にも怯え、僕は孤独のままその場に座っていた。

「………………………………」
 静寂の森の中に一つの銃声が響き渡り鉄筒の先から煙が漏れだした。
 前言撤回。先ほど撃つ自信がないと言っていた僕だが妙な物音に反応してついうっかり引き金を引いてしまった。
なんと自分の言葉に自信がないのだろう。毎日思っていることだがあまりにも自分が情けない。
それよりも。
「な、何かに当たってない……よな」
 まだ存在するかどうかも分からない罪悪感に駆られ僕は不安になる。
引き金を引く自信は関係ないとしてもやはり何かを撃ち殺す自信は一つもない。
もし当たっていたとしたら。妖怪ならまだ自衛目的として自分を誤魔化すことが出来るが人間や動物だとしたら。
いや、例え妖怪だとしても相手が何もしていないうちに撃ってしまった事になる。
そんな事して僕のこの貧弱な心は耐えられるのだろうか。
「……………おい」
 ……………………やだ、銃弾を撃った方向からとんでもなくどす黒いオーラを纏った人がこちらを睨みつけてるんですけど。怖い。
一人称だから無闇に効果音による描写は書きにくいがイメージ的には世界が震えてると考えて欲しい。
「……そこの陰鬱メガネ、お前だよお前」
 何故あの人は僕の学生時代のあだ名を知っているのだろうか。
あの激しい形相ながらも容姿端麗の欠片を残している姿を見ると学生時代僕を散々こき使ったえの先輩のように見えるがそんなはず無い。
もしそうであったとしたら僕は先輩に武器を向けた不敬罪とやらで既にその命を散らせてる。
でも何故僕は今まで以上に身体を震わせているのだろうか。
「弁明は?」
「ごめんなさい」
 逃げてました。今目の前で僕を見下しているのはやっぱりえの先輩です。
人はこれを弱さと言うのかもしれませんがこの人の恐ろしさはこんな威圧だけにとどまりません。
「まったく、お前のようなチキンがこの僕に楯突いてくるなんてな……それ貸せ」
 そう言ったけれど先輩は僕の手から無理矢理武器を取り上げ砲身の方を握りしめる。
「せ、先輩。そっちの方を持つのは危険……」
「えいっ」
 先輩は鉄で出来た砲身をまるで飴細工のようにねじ曲げる。そしてその武器を遠き彼方まで投げ捨ててしまった。
相も変わらず末恐ろしい人である。
 えの先輩。傍若無人、天真爛漫、容姿端麗とこの三つの四字熟語の言葉がよく似合う僕達の先輩。
人間離れした力を持っているがかろうじて人間である。同じ様な性質を持つ人間として博麗の巫女がいるが
先輩は博麗と違い法力とか魔力とかそう言う幻想的な力を持ち合わせていない。
けど別の視点から考えると先輩は身体的ポテンシャルだけで超人になったと言える人だ。経験上そっちの方が実体的に恐ろしい。
「で、そんなところで座して何をしようとしているんだ?自分を囮にして夜雀でも狩ろうとしてたのか?」
「い、いやそんな事しませんよ、ただ足が………」
 基本僕は先輩の前では必要以上に萎縮し腰を低くして会話に臨む。
先輩は誰にでも平等になじるため出来るだけ被害を抑えようと下手に出るのだがあまり効果がない。
けど調子に乗ってタメ口なんてきいた日にはそれはもう詰りの嵐。ツンデレ、ゲレンデ、ボーゲン、暴言のオンパレードである。 
「…………そうか」
 詰りが来ると思って覚悟したが先輩は神妙な顔つきをして屈み込み僕の足を診始めた。
「………………なるほど。まぁお前にしては頑張った方だな」
「それってどういう事ですか」
「よし」
 先輩は僕の腕を取ってそのまま僕の身体を背中に回した。
「…………どうせ永遠亭に行くつもりだったんだろ、僕んちに来い。」
「…………………先輩?」
 一体この人は誰なのだ、と思わせる行動。でも僕はそれを安易に事実として容認した。
先輩は人を詰る、けど人を騙さない。先輩は人を殴る、でも殺さない。先輩は人を振り回す、でも優しい。
これは僕が先輩と関わり合って知ってきたことの一部だ。先輩は設定集なんかじゃ全てを表せない人間である。
「……そうだ、えーりん。えーりん呼んでこないと」
「ふむ、あのナスか。カモンゆっくりサーチャーズ!」
 先輩がそう叫ぶと周りの茂みや木の上、とにかく四方八方から沢山のゆっくりりぐるが現れた。
「ゆっくりさがしていくよ!」
 そう合唱するように声を合わせてりぐるたちはさながら虫の如く森の中を駆け巡っていく。ゆっくりとはいえこうも大量に密集している姿は見ていて気持ちの良い物ではない。
「いいか~ナスだぞ~ナスだからと言って食っちゃ駄目だからな」
「ナスなのは見た目だけだよ」
 そう言えばどうしてナスなんだろう。ナスのナース?いや永琳さんは薬師だ。じゃああのナース帽はなにさ。
「…………む、見つかったようだな」
「え、早いですね」
「ああ、虫の知らせだ」
 詰られるのは嫌だから僕は何も言わない。突っ込みませんよ。
「たいへんですえのちゃん!なすがさっちゅうざいもってあばれはじめたよ!」
「よし、こちらも除草剤撒いてやれ!ナスに良く効く除草剤」
「それはないでしょう!!!」

「ふうん、貴方がこの人の先輩という……」
「ああ、気軽にえのとでも呼べ」
 とりあえず除草剤がばらまかれる心配はなくなりえーりんもちゃんと事情を聴いて戻ってきた。
今僕は先輩に背負われながら頭の上にえーりんを載せている。こんなひん曲がったナス体型で良く落ちない物だ。
「で、だーいすきな人のゆっくりを伴侶にした気分はどうだ?嬉しいか?」
「………………………冗談は止めて下さい」
「そうです、わらえません」
「ふむ」
 全く反省の色を見せず先輩は足を進める。これだけの重量を抱えながらも全く歩みを遅くする気配は全く見せない。
そんなこんなで殆どそのペースを落とさずに数時間後、僕らは先輩が住んでいるという一軒家へと連れられてきた。
屋根の上にいるゆっくりみすちーが良い声で鳴いている。
「ま、一日くらいなら泊めてやっても良い。それまでに治せよ」
「………………………」
 確かに先輩が優しくしてくれるこの事実は容認できる。でも改めて考えるとその理由が不鮮明なことに気がついた。
先輩は今の僕のような卑屈で厄介な人間に対して優しさをかけるような超人ではないのである。
「なかなか鋭くなったじゃないか、それではご対面」
 そう不敵に微笑みながら先輩は玄関を豪快に開ける。半分くらい開いた時から中から溢れんばかりのゆっくりが流れ込み
先輩は片手で僕の身体を掴んだと思うと僕をそのゆっくりの山に投げ飛ばした。
「おこしやす~、ゆっくりしていってね!!!」
「うぎゃっ!」
 ゆっくりの弾力さ故に余計に怪我したり足の痛みが響くことはなかったのだが次々にゆっくりが被さってくるため
呼吸すらまともに出来ない状態になってしまった。
「いや~近くのゆっくり達が緋想天大会やるとかで集まってるからさ、一緒に楽しめ」
「そんな理由ですか……」
「むぎゅーむぎゅー」
「ゆっくりしていってね!!!」

 えーりんに包帯を巻いて貰い僕と先輩とえーりんの三人は居間でただ何となくのんびりしている。
ただ隣の部屋からは襖を挟んでもなお大量のゆっくり達の声が漏れ出していた。
「………まぁ一日やすめばおさまるでしょう、それまでゆっくり……安静にしていてください」
「ああ、ありがとう………」
「なんだよ、あっと言う間に画面酔いしやがって」
 ゆっくり達に埋められた後僕とえーりんは光る白い箱の前へと連れて行かれ何か「かくげー」とやらをやらされそうになり
その上その白い箱から発せられる光のせいでなんだか無性に視界が回り始め気分が悪くなってしまった。
 今は白い箱の光から離れ少し安静になったことである程度なんとか気分は落ち着いた。
「あ~あ~つまらん。見せたかったな、みょんの必勝パターン。それでボコられれば面白かったのに」
「…………先輩はやらないんですか?」
「僕は目が悪いんだ」
「だったらメガネかければいいじゃないですか」
「メガネのせいで目が悪くなったんだ!!!」
 あの拘束着メガネっ娘探偵め、と悪態をつき先輩はその場でだらしなく寝転んだ。
 先輩も学生時代青い所があって小説に出てきた探偵に酷く憧れそのまま幻想郷に唯一ある探偵事務所に弟子入りしたことがあった。
まぁ結果はと言うと、こうして目が悪くなってこんな人里離れた一軒家に住んでいるわけである。
「……………ふぅ」
「んんと、えのさん。でしたよね」
 流石にこの閑散として暇な空気に飽きたのかゆっくりえーりんは先輩に向かってそう話しかけた。
「何で貴方はこんなに多くのゆっくり達を?」
「かわいいから」
 一刀両断。即答だった。
ウザ可愛いことで有名なゆっくりなのだからその返答は何ら問題ではないはず。ただなんか釈然としない。
「柔らかいし話しやすいし殴っても平気な顔して跳ね返るだけだし」
「いや……殴るって」
「妖怪の方が弱く思えるほど張り合えるしな」
 ……………恐ろしいよ、この人。
えーりんも半分口を開けてぽかんと言う効果音を身体のどこからか発している。
「………………さて、そこのえーりん」
「?何ですか?」
「隣に行って遊んでこい」
 ほんの少しだけ沈黙が支配したがえーりんはその言葉に従うように襖を開け騒がしい隣の部屋へと向かっていく。
開けた途端喧しい声が溢れゆっくりの山が目に入ったが、襖を閉めればそれが嘘のように思えるほど静かでまた閑散とした風景に戻った。
「…………ああ、陰鬱臭いなぁ」
「二人きりにしておいてそれはないでしょう」
 ほんの少し憂鬱だ。こうして二人きりにした以上先輩はとことん僕を精神的に肉体的に追い詰めてくるだろう。
それを受ける覚悟はいつになっても培えない。
「………………で、大好きな人のゆっくりを伴侶にした気分はどうだ?」
 それは背負われている時にも尋ねられた質問。ただ先輩にとってはどちらも冗談で言ったのではないだろう。
「…………………少し……怖いですね」
「なるほど、怖いか。」
 あいつは永琳さんが作り出した自分自身のクローンと言っても過言ではない。
知識も知能も人格さえもほぼ同じでゆっくりであるということ以外は永琳さんそのもの。
だから、あの瞳が怖い。
「………………今更振られた事なんて追求しない。元々完璧不釣り合いだったからな」
「そんな事くらいわかってるさ」
「わかってるかぁ、そうなのかぁ。」
 先輩は急に僕との距離を縮め服の胸ぐらを一気に掴んだ。
「ま、そこんところはお前も分かってると思う。目つきも変わったしな」
 ………え、何で急に胸ぐら掴んだの?逆接の接続助詞もないのに?
だが先輩はその手を放すことなくこのままの体勢で話を続ける。
「……………嫌われてるわけじゃない。実際好意で今隣にいるゆっくりえーりんをくれているわけだ。
 ただその好意がお前を悩ませてる。意思として、物質としての二面でな」
 この体勢の上に先輩の言葉一言一言が威圧を持って襲いかかる。
「だけど好意は好意なんだ。お前何でそれが素直に受け取れない?」
「……………本当に………好意なのか分からないんだ」
 突き放すようにあのえーりんを押しつけた行為が好意に思えなかった。
突き放すようなプロポーズの条件を好意と思いたかった。
僕には、分からない。
「よし、莫迦は一回殴るか」
「……………え?」
「お前は莫迦だと言っている」
 先輩は一度僕から手を放すと僕の身体は力なく畳の上へと倒れていく。
「莫迦、莫迦、莫迦、莫迦、莫迦、莫迦、莫迦、莫迦、莫迦、莫迦、莫迦、莫迦、莫迦、莫迦、莫迦、莫迦
 馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿
 バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ」
 怒濤の罵倒ラッシュを浴びたかと思うと先輩は立ち上がって僕の頭を掴みそのままその信じられない握力で僕の身体を浮かせる。
「まずよ~く考えろ、そして思い出せ、何のためにここへ来たかを!」
「何のため………?」
 それはもちろん永遠亭へ行くためだ。けどそれはえーりんが薬の材料を切らしたから、いうなら突発的な理由だ。
「ド低脳!クサレ脳みそ!推理小説に一生出てくるんじゃねぇ!主役務めたら確実に殺してやる!」
 僕の頭を掴む指の力がどんどん強くなっていく。このまま本気で怒らせたら確実に僕の頭はリンゴのように粉々に砕け散るだろう。
比喩じゃないと思えるのが一番恐ろしい。
「あのな、薬の材料なんていずれ切れるだろ。それすらわからないか」
 …………………………
 これに気づくまで僕はどんなに無駄に悩んだのだろう。
僕は材料が切れるたびに永遠亭に行かなければならない。生きるために、永遠に。
永琳さんはこんな事も予測してこのサイクルを作り上げたのか。いやそれはあまりにも自意識過剰だろう。
「よし、お前は嫌われてない!わかったな!」
「わ、わかりまし」
 その言葉が言い終わる前に先輩はその腕を動かし僕の身体を縦横無尽に振り回す。そして背中から当たるように僕を壁へと放り投げた。
「ぎゃぶっ!」
 そして先輩はすかさず僕の前に立ちふさがる。不穏にも指をポキポキと鳴らしながら。
「よ~し、なぐるぞ~」
「な、何で殴るんですか!」
「いやさ、僕は人間妖怪ゆっくり神様平等に暴力振るうんだよ。けどさっきゆっくりも殴るって言っちゃって
 皆さんに悪い印象与えちゃったかなと思ってそれを払拭するために」
「で!僕を殴るんですか!」
 じょ、冗談じゃない。先輩の拳は岩を砕き、骨を砕き、剱さえも砕くのだ。
そんなので殴られたら。
「大丈夫、死なないから」
「や、やめて」
「掛け声は「ちぇすと」と「ちぇりお」のどっちが良い?」
「じゃ、じゃあちぇりおで……って!」
 まぁちぇりおのほうが、いきおいはすくなそうかな、と、ぼくは、おうじょうぎわ、それだけしか、かんがえることができなかった。
「いくぞ~」
「待っ」
「ちぇりおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 そこからさきはおぼえていない。

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最終更新:2009年06月14日 17:04