人間とゆっくりの境界4

あらすじにはネタを仕込めない事に気がついたので以後割愛







 時刻は夜。
 あれほどにぎやかだったセミ達もほとんどが眠りについている。
 所々でこの時間にも鳴いている間抜けなものも居ないではないが、おおむね静かな夜だ。
「まりさ、おきてる?」
 小さな声でれいむが囁いた。
「ゆっ、おきてるよ!」
 目を閉じてはいたが眠ってまではいなかったらしく、まりさからは返事があった。
 普通のゆっくりならばとうにゆっくり眠りについている時間だ。
 ここは男の部屋の隣、元は空き部屋だった所らしく、家具は机と箪笥しか見当たらない。
「ゆー、ゆ、ゆ……」
 れいむは頭上の蔦をなるべく揺らさぬよう、体の底面だけで器用に向きを変えた。
 まりさも同じ様にして向きを変え、座布団の上で互いに向き合う形になる。
「れいむ?」
「まりさ、いつまでゆっくりするの?」
 それは、自分も考えていた事だった。
 ここの人間は珍しく優しい。
 怖い事を言ったりもするが、少なくとも目が覚めてからはさほど酷い扱いは受けていない。
 れいむに確かめてみれば、自分が戻ってこなかった間にれいむを家に上げてくれ、自分の治療までしてくれたと言う。
 少なくとも、そんな変わり者の人間の話などまるで聞いた事が無い。
 だが、れいむが気にしている理由と自分が気にしている理由は違う、と思う。
 あの夜、危険を冒しても帰ろうとしたときよりはマシだが、まりさは男の事を完全には信用していなかった。
 自分の過去を思い出す。
 それは、いつまで経っても消えない記憶だ。
「ゆ~~~~~……」
 餡子脳をフル回転させて必死に考える。
 一番怖いのは、子供が生まれた後にまとめて面白半分に処分されてしまう事だ。
 しかし、どうやってもれいむが動けない以上、それまではここにいるしかない。
「あかちゃんがうまれるまでは、ゆっくりさせてもらおうよ」
 その考えを読んだかのようにれいむが言った。
「ゆっくりごはんもたべさせてもらえるよ」
 それは確かに抗いがたい魅力だ。
 ゆっくり食べても男は怒らなかった。
 ゆっくりづてに聞いた話からすれば、ここの環境はありえないくらい恵まれていると言う事になる。
「……しばらくゆっくりしていくよ!」
 信用はしていない、さりとて他の手が無い。
 やっぱり人間に裏切られたら、その時は自分が囮になってでも赤ちゃんとれいむだけは逃がそう。
 そう強く心に決める。
「れいむ、はやくゆっくりねよう? あかちゃんにわるいよ」 
「まりさもだよ? きょうめがさめたところだもんね」
 互いが互いを気遣う暖かい空気がここにあった。
 今日の再会を祝う様に、最後にゆっくり体をすり合わせて、2匹はそのまま眠りについた。



『ゆっくりしていってね!!!』
「うぉっ!?」
 次の日の朝。
 男の睡眠は突然の大声によって破られる事となった。
 2匹セットで音量2倍、久しぶりの再会効果でさらに倍、そんな大きさだ。
「な、何だ、どうした!?」
 未だ覚醒しきらぬまま、巨大な音にとっさの動きだけで男は襖をはたくようにして開ける。
「ゆ?」
「おじさんどうしたの?」
 そこに居るのは2匹のゆっくり。
 部屋の中を眺めてみるが、特に異常は見当たらない。
 いや、異常は無いが何か違和感があった。
 あるのは判るが、それが何なのか男には判らない。
「……? あー、お前ら、今なんかあったか?」
 男も半ば夢うつつであった為、自分の行動が上手く説明できない。
 それ以前に、自分が何故飛び起きて何故襖を開けているのかすら良く判っていなかった。
「ゆ? ゆっくりめがさめたよ!」
 とれいむが言えば、まりさはれいむの後ろからわざわざ男の目前まで跳ねて来て
「なんにもなかったよ! おじさんめがわるいの?」
 と、例のふてぶてしい表情であからさまに馬鹿にした。
 こいつら、揃って飯の食い方も汚いわ口も汚いわと来たか。
 酷い事を言われているのは判ったが、脳が目覚めきっていないのか感情がまるでついてこない。
 今も何か違和感を感じたのだが、やはりそれを掴めない。
「……まぁいい。顔洗ってくる」
 どうにも腑に落ちない気分で男は台所へと立った。

 朝。
 夏場とは言え、まだ太陽の熱を持たぬ水道水の冷気は目覚ましには十分。
 左手に負担をかけぬように桶に溜め、頭から浴びるようにして一気に被る。
 徐々に覚醒していく意識の中で男は考えていた。
 ゆっくりの口悪さについて、ではない。
 そこはもう、口の悪さ以前に頭が悪い所から来ていると半ば諦めていた。
 今、頭にあるのはそれではない。
 先ほどあの部屋の襖を開けた時の違和感だ。
 その正体が判らない。
 別にもう一度部屋に入り、確かめれば済む事だ。
 しかし、ゆっくりに馬鹿にされた記憶がそのゆっくりの目の前で答え探しをするような行動を拒否する。
 アレは、一体なんだったろうか。
 もう一度、思い出せる限りの映像を脳裏に描く。
 そもそも、あの部屋にはほとんど物が無い。
 箪笥と机。
 後は窓に襖くらい。
 今は、それにゆっくりが居る。
 この中で動くものと言えばゆっくりだ。
 こいつらが原因だろうか?
 2匹の姿を良く思い出す。
 まずはれいむ。
 良く覚えていないが、蔦の実の数は減っていない、はずだ。
 減っていたら今頃大騒ぎになる、はず、だろう、と思いたい。
 基本的に動かないし、実際座布団の上にいたままだったので、こちらは除外して良いだろう。
 とすると残りはまりさだ。
 はっきりと違うものと言えば、まず包帯が無くなった事。
 無くても良い、というより餡子が止まっていれば押さえたりせずともとりあえずはそれでいいらしい。
 どうしても邪魔だと言うのでしぶしぶ外してやったのだ。
 しかし、それではない。
 そんな程度の違いではないのだ。
 朝一番に見た映像を必死で手繰り寄せる。
 れいむ。
 その後ろに隠れるような位置にまりさ。
 ん。
 なんか今引っかかったぞ。
 で、その後はまりさに馬鹿にされて……
「お?」
 ぽよん、ぽよん、ぽよん。
「なんにもなかったよ! おじさんめがわるいの?」
 わざわざこっち来てまで言いやがったな。
 今考えれば、殴り倒しても良かったかもしれないと思う。
 あの跳ね具合からして、さぞかしいい殴り具合だろう。

 …………?

 おう。
 動いてたんだ。
 飛び跳ねるってのは動くって事だ。
 動ける元気があるのは、無いよりは良いことだろう。

「…………何?」



「おいまりさ、そこを動くな!」
『ゆ゛っ!?』
 男の突然の大声に2匹のゆっくりは飛び上がった。
 自分達は何かしただろうか。
 いや、何もしていないはずだと餡子脳が結論を出し、アイコンタクトで互いに伝え合う。
 ならば、ゆっくりの餡子脳が指示する行動は、開き直れ、だ。
 やがて男が頭から水滴を流しながら部屋に入ってくる。
「まりさ! お前昨日の今日で大丈夫なのか!?」
 言うが早いか左手で押さえるようにしてまりさを持つと、ぐるぐると床の上で回し始めた。
「ゆっ、やめ、おじさんやめ゛、めが、あんごがっっ!!」
「ま、まりさ! おじさんやめてね!! ゆっくりまりさをはなしてね!!!」
 しかし男は眉根を寄せながらまりさを撫で、回し続ける。
 まりさが完全に目を回した頃、男はようやくまりさを手放した。
「ゆ、あんこ、ゆぅ、ゆぅうゆ~~~~~~~~~~」
「まりさ、まりさ! おじさんどうしていきなりこんなことするの!?」
「あー、いや、悪気は無いんだが……こいつ昨日まで全然傷も塞がらなかったのにいきなり動いて大丈夫なのかと思ってだな」
 男か感じた違和感の正体、それは「まりさが動いている事」だった。
 昨日の昼、餡子を詰めるまでは意識も無く、小麦粉で埋めた傷も治らないような状態。
 その後、どれほど餡子の効果があったのかは判らないがようやく意識が回復した、それが昨日の夕方の話である。
 そして今。
 男が触ってみた感じでは、小麦で埋めた部分は流石に感触が違ったが、完全に粉が剥がれ落ちると言う事も無かった。
 昨日までの状態からは考えられないほどの回復ぶりだ。
 これがゆっくりの生命力、なのだろうか。
 いや、身体能力と頭の出来を考えれば、これくらい無いとどうやって大自然を生き抜くのかまるで見当も付かない。
 しぶといとは聞いていたがこれほどまでとは。
「ゆ、ゆ゛、う、お、おじさん、まりざにあやまっで、ね、うっぷ」
 良く判らない感慨ににふけっている内、まりさも復活したようだ。
 いや、これは別の意味で危ないかもしれない。
「あ、ああ、今言った通りだったんだが、いきなり、済まん」
 どうしたら良いか判らないが、とりあえず背中をさすってみる。
「あれ、これは寧ろリバースさせる方だったか?」
 男は記憶のあやふやさにそこで止めようと思ったが、手に伝わる感触の心地良さがそれを押し止めた。
 すべすべしつつも適度にもちもちした皮の感触。
 それに、餡子か皮か判らないが、この手を押し返す弾力。
 柔らかいが、決して潰れるだけではない密度。
 試しに軽く叩いてみる。
 叩いた手にも、押さえた手にも、ぺちん、ぶるぶる、と伝わる振動。
 あ、これは、と男はさらに叩いてみる。
 ぺちん、ぶるぶる。
 ぺちん、ぶるぶる。
 べち
「いいかげんにさっさとゆっくりはなしてねっ!!」
 半ばタックルのようにしてまりさが飛び出した。
 まりさはたちまち膨れ上がり、特大サイズの饅頭になる。
「……重ね重ね悪い。お前の感触が面白かったと言うか、気持ちよかったというか」
 気持ちよかった、の部分で一瞬頬が緩むが、すぐにまた元のふくれっ面に戻る。
 ゆっくりの場合のふくれっ面というのは、文字通りに膨らんでいる所がまた微妙な印象だ。
「……で、もう一度聞くが、お前本当に動き回って大丈夫なのか?」
 どう考えても有り得ない。
 自分の知識が無いだけだとしても、流石にこれは非常識にもほどがある。
 男の餡子脳に対する評価は今の所最底辺に近い。
 動けると思って動いたら死んだ。
 こんなバカげた話も、ゆっくりでは起こりかねないと踏んでいた。
 故に、今の問いかけも半分は心配からだが、残り半分はゆっくりの自己認識に対しての疑念からだ。
「まりさをばかにしないでね! もうごはんだってとりにいけるよ!!」
 まりさは言外に含まれた嘲笑を察したのか、真っ赤な顔で飛び跳ねて反論する。
 俺に対しては常に上から目線なのだが、自分が軽視される事は我慢ならないらしい。
 ゆっくりどころか全てを含めた食物連鎖の最底辺辺りに居そうだが、何でここまで頭に乗れるんだか。
 しかし、そんな個人的な感想はさておいて、表面的にはゆっくりの認識どおりと見えなくもなかった。
「ゆっくりりかいした? わかったらさっさとおそとでゆっくりさせてね!」
 正直信用ならないが、ゆっくり自身の発言以外に頼るものが無い。
 自分にはゆっくりに対しての詳しい知識など無い。
 無いが、有り得ないと思いつつもそのゆっくり自体の非常識っぷりはここ1月ほどでずいぶんと身につまされている。
 「もうどうにでもしてくれ」
 これがゆっくりに関しての偽らざる本音だ。
 しかし、幾らやたらめったら負の感情を刺激するような生き物であっても、自分が言ってしまった事には責任を取りたい。
 そうすると、自分が言える事は限られてくる。
「昨日まで死に掛けてた奴の言う事なんざ信用できるか。飯はやるからとりあえず今日はここでゆっくりしてろ」
「ゆ、ごはん! そういえばまだたべてなかったよ!」
「おじさん、ちゃんとおいしいごはんにしてね! まりさゆっくりまってるよ!!」
 ご飯、と言う単語に反応してあっさりと態度を翻した。
 やはり単純。
 しかしその単純さが印象として良い方向に働かないのは何故なのだろうか。
 単純で考え無しって奴はろくな奴がいねぇからだな。
 男は自分の人生経験からそう結論付けると、常よりやや早い朝食の準備に取り掛かった。

「ご馳走様でした……っと、しまった」
 肉体労働を生業とする男だが、朝の食事は軽い。
 正確に言えば1回目の食事は、だ。
 移動時間があるために同僚と比べても朝は早く、のんびり飯を食う時間も作る時間も無い。
 そのため、自宅では目覚まし代わりに野菜中心の軽い食事を取り、仕事場へ向かう間に握り飯などを食べる。
 移動距離がある事を逆手に取った食事方法だ。 
 しかし、よくよく考えれば今は仕事に出る必要は無い。
 無いのだが、挨拶と同じく習慣と言うものはなかなか抜けないものである。
 飯を炊けるのを待っている間に、いつものごとく野菜や漬物をついつい摘んだ挙句にご馳走様まで言ってしまった。
「ゆゆっ、おじさんこれだけなの!? これだけじゃちっともおなかいっぱいにならないよ!」
「そうだよ! れいむにはあかちゃんのぶんまりさよりもたくさんちょうだいね!!」
 野菜などがある分、量も質も煎餅やお菓子だらけの昨日までよりはマシなのだが、まりさにつられるようにしてれいむまで文句をたれる。
 群れると強気になるなんざ、まさしくそこらの考え無しなチンピラと同じじゃねぇか。
 それに、今すぐ何とかしろと言われても飯が炊けるまではもう少しかかる。
 そこら辺の順序を丁寧に説明してもどうせ理解できないだろうな、と男は今までの経験から察する。
「別に文句たれるならそれで良いぞ。言われたって出せる物しか出せねぇからな」
 ペットにしたつもりも、ペットにするつもりも無い。
 面倒くらいは見てやるが、甘やかす気はさらさら無い。
 男自身は、少し様子を見て本当に大丈夫そうなら、近いうちにまりさには餌を取りに行かせるつもりだった。
 提供するのは住処だけ。
 それが約束だ。
 今の状態はアクシデントがあったからに過ぎない。
 人間には人間の、ゆっくりにはゆっくりの生き方と領分がある。
 冷たいようではあるが、それもまたひとつの正しい考え方だろう。
「とりあえず人様の家でぎゃあぎゃあ騒ぐな。食える飯も食えなくなるぞ」
 あまり真面目に相手をしても疲れるだけだ。
 そこまで付き合っていたら、飯が炊けるを通り越して炭になりかねない。
 そもそもこの飯が上手く炊き上がらなかったら俺だけではなく、ゆっくり自身の食事もなくなるのだ。
 だが、これも言っても判らんだろうなぁ。
 なんとも深いため息が男から漏れた。
 早くも先ほどの発言を撤回し、やっぱり今日から飯を取りに行かせようかと思いながら、男は台所に向かった。

 そんなこんなで、男とゆっくりの1日はゆっくりと過ぎていく。
 腕は痛みはするが、日常生活ならばさほど支障は出ない。
 なるべく使わないでいるのも、痛みのためと言うより回復を早くしたいがためだ。
 若者らしく飲む、打つ、買うをやらない訳ではないが、働きもせずに昼間から遊びにうつつを抜かそうとは思わない。
 そう言った所は硬い男だが、そうなると結局家で本でも読んで時間を潰すくらいしかない。
 だが、それも真夏の空気の中では案外困難な作業だ。
 肌や本に汗が滲む不快感や、暑さで失われる集中力。
 結局、昼食後には何事かをやる気も無くなり、ゆっくりの部屋と自室の前の縁側でぼーっとしている居る始末。
 風通しを良くするために、ゆっくりの部屋も縁側の戸と自室との戸は開けてある。
 他の部屋の戸には全て桟に棒をはめ込み、侵入防止の対策はしたつもりだ。
 場所をわざわざゆっくりの部屋が見える位置にしたのは、それでもゆっくりを自分の目の届く範囲に置いておきたかったためである。
 そして、ゆっくりたちも、出るなと言われた事、そして食事もちゃんと用意されている状況に満足しているのか、部屋の中で会話に終始していた。
「おじさんのどがかわいたよ! おみずのませてね!」
 こう言えば、男が水を持ってきてくれる。
 今までのように砂糖水でないのは不満だったが、この環境は、ゆっくりにとってはある意味理想的なのかも知れなかった。
 だが、ゆっくりにとっての理想が人間にとっての理想とは限らない。
 そして、男にとっては当然理想的などではなかった。

「なんでこんなに態度がでかいんだろうなぁ……」
 別に水を持って行ってやるくらいはいい。
 しかし、持って行くたびに「遅い」だの「ぬるい」だの、少しずつ要求と物言いが酷くなっていくのは何とかならないものか。
 それを、蚊取り線香用の豚を模った陶器に向かってぼやいている自分は、傍から見ればどうなのだろうかと想像してしまい、慌ててそれをかき消す。
 何も尊敬語や謙譲語、丁寧語を覚えろとまでは言わない。
 ただ、頭に乗った発言を止めてくれればいいだけなのだが。
 やはりしっかりと言った方が良いのだろうか。
 だが、いずれ野生に返すつもりでいる以上、人間の文化に染めてしまっても良いものかと悩む。
 適当な餡子脳相手なのだから、適当に付き合えばそんな苦労はしなくても済むのに、男の律儀さが妙な所でそれを阻んでいた。
「おじさん!」
「どうしたー、水かー?」
 今日何度目かのれいむの声に、男は振り返る事も無く慣れきった反応を返す。
 しかし、今回は様子が違った。
「おじさん、おじさん! はやくきてね!! あかちゃんが変だよ!!」
 今度はまりさだ。
 子供が変。
 嫌な想像が頭を過ぎり、男は慌てて2匹の部屋に飛び込んだ。
 だが。
「よんでみただけー☆」
 飛び込んだ男を迎えたのは、下手糞なウィンクを決めて見せたまりさだった。 
「ぷぷっ、ひっかかったよ、れいむ!」
「おもしろいね、まりさ!」
 まだ事態が飲み込めない様子の男を見て2匹はさらに笑い声を上げる。
 どうやら今度は自分をおもちゃにする事を思いついたようだ。 
 その事が少しして男にも理解できた。
 だが、男は拳を振り上げたり、怒鳴ったりはしなかった。
 無言のまま部屋を後にする。
「だまってでていったよ! ゆっくりにだまされるなんてみっともないおじさんだね!!」
 その耳にまりさの更なる嘲笑が届くが、男は気にする事無く台所へと向かう。
 それから数分すると、男はいつものように水をいっぱいにたたえた丼を2つ持って戻ってきた。
「水、持ってきてやったぞ。氷も入れてある冷たい奴だ」
 男は穏やかな笑みを浮かべている。
 普通の人間なら、先ほどの件と関連付けて、その笑みの奥にある剣呑なものを感じたろうが、そこはゆっくりだ。
「ゆゆ、おじさんちょっとはきがきくね! ほめてあげないこともないよ!!」
 男が自分に謙っている。
 物事全てを都合の良いようにしか解釈しない餡子脳は、男の行動をそう結論付けた。
 自由に動けるまりさが疑う事も無く男に近寄り、丼の水を一口飲む。
 途端、まりさの表情が変わった。
「おじさん……なにこれ……? なんだか、しゅっごく……」
 確かに水は冷たかった。
 だが、普通の水の味ではなかった。
 無論砂糖の味でもない。
「うん? 不味かったか? 汗水流して働く男特製濃口塩水だぜ?」
 何事も無いかのように笑顔で塩水を口に含む。
 男は先ほどとは違う種類の笑みを浮かべていた。
「暑いと汗をかくだろ? で、汗がしょっぱいのは塩の所為だそうだ。だから、その無くなった塩は補給しなきゃならん。と、慧音先生がおっしゃってたんでな」  
 男はひざ立ちの体勢からまりさを手で押さえつけた。
 浮かべている笑みは、人間であれば底冷えのするような笑顔とでも言ったろうか。
「餡子を作るときにも塩を混ぜているから、お前らにも塩がいるだろう、って思ったんだよ」
 ここまで言われれば、流石の餡子脳でも自分が何をされるか理解したまりさは、口を閉じ拘束から逃れようと必死に暴れる。
 しかし、怪我をしているとは言え人間とゆっくり、食い込む指からは逃げられず、底を摩擦熱でさらに暑くするだった。
「どうだ、ちょっとは気が利くだろ? 褒めなくて良いから感謝しろよ」
 どうすればこの危機から逃げられるだろうか。
 まりさは餡子脳から必死で答えを導こうとする。
 どうすればいい。
 謝罪だ。
 今謝罪があれば。きっとお互い上手くいくだろう。
 ここまでは普通に思いつく範疇だ。
 だが、ここから先が餡子脳変換。
「いまならゆっくりゆるしてあげるよ、はやくあやまってね!!」
 男が反論せずに去っていった=自分が勝った=自分の方が強い。
 すなわち、男が自分に非礼をわびるべき。
 都合の良いことだけを記憶する餡子脳ではそういう風に変換、出力されるようだ。
 自分至上主義のゆっくりには、もう取り返しがつかない所に来るまで降伏と言う選択肢は無い。
「色々アホだろお前」
 せめて黙ってりゃ良いのになぁ。
 面倒が無くていいけど。
 声には出さずにぼやきながら、男は「ね!!」でふんぞり返って開いたままの口に、冷え切った塩水を流し込んだ。
「ゆ゛びゃぁぁぁぁあああ!? げへ、ぺっ、からいよ! がらい!! おぐちがいだいよぉぉおお!!!」
 流石に口を塞ぐまではしなかったが、それ故に絶叫と塩水を吐き出しながらまりさは部屋中を転がりまわる。
 れいむはその光景を見て、蔦を揺らさぬよう、音を出さぬよう、足裏の動きだけで必死で遠ざかろうとしていた。
 あんな事をされたくない。
 それにあんなに転げまわったら、きっと頭の上の赤ちゃん達が死んでしまう。
 しかし、普段の跳ねている速度ですらその気になれば楽に追いつけるものだ。
 たたみ1畳分ほどを移動した所で、あっさりと捕まえられた。
「ゆ、ゆゆゆゆゆゆゆゆ…………」
「なんか、言いたい事はあるか?」 
「ゆ、ゆっくりやめてね! ゆっくりはなしてね!!」
「ゆっくりやめて、ゆっくり離してね、か。おう、さっさとやって、ゆっくり離してやるから安心しろ」
「ゆ! ゆゆ、やっぱりゆっくりしないではやくしてね! はやくはなしてね!?」
「うん? 今度は早く、か。注文が多いな。じゃあ、さっさとやるから我慢しろよ?」
「ゆ!? ゆぐ、ゆ、ゆっくり、はやく、ゆうううう!?」
 ここまで来ると、大人と子供の屁理屈対決の様相を呈してくる。
 そして、子供は大人の屁理屈には勝てないものだ。
 ただの屁理屈と、屁理屈を叩き潰す理屈を持った屁理屈では格が違う。
 なんにせよ、れいむがどう言い変えようとも男がやる気である事だけは変わらない。
「ゆ……おじさん、れいむのあたまにはかわいいあかちゃんがいるからひどいことしないでね!!!」
 やがて、散々うなった果てにれいむは返答にこだわる事をやめて、最後の札を切った。
 生き物全てにとっての切り札。
 男も自分の赤ちゃんの事は気にかけていたようだ。 
 それならば、赤ちゃんの事を持ちだせば男は自分に手を出せないに違いない。
 れいむは自分の考えた策に絶対の自信を持っていた。
 絶対の自信を持ち、ふんぞり返って男の敗北宣言を待つ。
「おう、安心しろ。ひどいことはしないぜ」
 男はたっぷりと汗をかいた丼を見せ付けるようにれいむの前に持ってきた。
「お前さんはなかなか日陰に逃げたりできねぇだろうから、ゆっくりと冷やしてやろうと思っただけだし」
 こちらは暴れないように全体重をかけて押さえながら、茎にはかけぬようにして宣言どおりゆっくりと冷水をかけていった。








 中書き


 いやぁ、時間のかかることかかること。
 話の整理してたらいつの間にか当初の予定が延びるわ延びる。
 簡単な時系列表とかプロットじみたものまで書く羽目になったよ!
 長引いたのは、書きたい事全部詰め込んだら1から展開再構築と、ここの部分が最初は「面倒になったので、雨戸を閉めて昼寝してる間ほうっておく」
 という、リアル拷問のような状態になってたのを書き直してたからです。
 我慢大会とかほざいて学生時代にやった事あるから書いてみましたが、普通に死人が出てもおかしくない行為なので自重。
 みんなはそんな事絶対にやっちゃ駄目だよ!
 今やったらリアルゆっくり確定とか言われちゃうからね!
 ⑤へ続く。



  • ゆっくりも犬畜生も人間も甘やかすとつけあがる -- 名無しさん (2010-11-28 02:33:09)
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最終更新:2010年11月28日 02:33