【リレー小説企画】ゆっくらいだーディケイネ 第18話-1

※容量制限により分割

 ディケイネが負けた。
ウィノス、レイチェル、大ケガレ、ファイク、てんこ、ゼットン、巨大ゆっくりと数々の強敵を倒してきたディケイネが最凶最悪の蜂によって。
いや、永遠に勝ち続ける者などいない。盛者必衰の理はどの世界にだって存在するのだ。ディケイネもその時が来たと言えよう。
 ただ、あえて言うなら負けた理由はたった一つ。『ディケイネはこの物語の主役ではない』からだ。
確かにこれは『ゆっくらいだーディケイネ』の話である。しかしそれと同時にとあるものの成長の物語でもあるのだ。
         0:この物語は悪意と妄想で構築されています。と言う見出しを付けた物語の………………



  ゆっくらいだーディケイネ  第18話 「誇り高き虫にも気高き魂を」


 あの鼻をやたら刺激するアルコールの臭いで私は眠りから覚める。
眠ってしまっていたのか。どうやらあの診療所の布団と布団のスキマにぴったり嵌るように私の体は寝かされていたようだ。
「…………………そうか、私は…………」
 私はあの微聞可燐に完全敗北した。その上私だけが傷つくならともかく私が恐怖に勝てなかったせいでれいむまで巻き込んでしまった。
悔いても悔やみきれず、私はれいむとまりさの安否を確かめようと起き上がろうとしたが腕に力が入らず動かすこともままならなかった。
「あ、起きましたか」
 えーりんの声がしてその方向へ振り向こうとすると激しい痛みが私を襲う。
体をあげてもいられず私はゆっくりえーりんと同じ目線で話すこととなった。ある種新感覚である。
「………………逃げ切れたのが不思議なくらい怪我をしてました。とりあえず今日一日安静にして下さい」
「…………………………ごめん」
「………………………村の皆は誰も失望していませんよ」
 それは誰も私に期待していなかったという意味なのか。私は唇を噛み締めながら悲しみと怒りを堪える。
床の硬さが余計に私を惨めにしていくように思えてならない。
「………………れいむ。そうだれいむは!!」
 私が選んだ道だから私の事はどんなに傷ついたって良い。でもそのせいであの二人が傷つくことはあってはならないのだ。
えーりんは私の包帯を取り替えながら私の後ろの方に視線を移す。
その視線の先を見ようとして体を捻ってみるとれいむが布団に寝かされている。とてもゆっくりした笑顔で涎を垂らしながら眠っていやがった。
「他の皆より症状は軽いようですが、毒に冒されたという点に変わりはありません…………」
「…………………………治療法は?……………医者でしょあんた」
 悔しさからほんの少し辛く当たるように言ってしまった。でもえーりんは淡々とした表情で私に言う。
「………………………………あの蜂を倒すこと」
「……………きっついわね、そりゃ」
 少し沈黙した後、私は笑いながらそう言ったが少しだけ怖気が走った。
あの針の輝きが未だに私の瞼の裏でフラッシュバックしている。
恐怖は乗り越える物だってれみりゃに言ったのに今の自分はどうだ。自分が情けなくてしょうがない。
「……………………………ね、私の傷、いつ頃治る?」
「う~ん…………………もって1382400秒ね」
「2週間、か。それにしても回りくどい」
 今まで一つの世界にそんな長く滞在したことはなかった、恐らく一番長かったのがゆイタニックの時だろう。
でも今回の異変は待ってたって解決されない。誰かがあの最凶最悪の蜂妖怪を倒さない限りは事態の進歩もないだろう。
「待つべきか……………?」
 体調万全の時に戦った結果があれだったのだ。せめて身体をちゃんと動かせるほどに回復しなければ敗北は免れない。
そう思いつつ私は辺りを見回し苦しんでいるゆっくり、そしてれいむを見つめる。
これ以上この子達を苦しめるわけにはいかない。
時間と勝利のジレンマだ。
「……………………医者なんでしょ、もっと傷の回復早くならないの?」
「…………………………………気持ちは分かりますけどね、まぁどうしても、と言うなら」
 そう言ってえーりんは奥の部屋に行き、タンスの中から二つの薬瓶を取り出す。
……………………………………遠目からその薬瓶を見ていたけど何だろうあれ。
一つはやたら群青色の何かが瓶の中で蠢いているし、もう一つは橙色と紅と蒼がマーブルに混ざり合った粘液のような物が入っている。
見てるだけで精神的に不安定になりそうだった。何故か目が回る。
「こちらは筋肉超増強剤、そしてこちらは体力回復剤です。かの高名な久波・巽・えーりんが創った物ですからぜひ」
「い、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいいやいや!!そ、そんなもの!」
「…………………………失望しました」
 こんなんで失望された!!!
 ここに来て新たなジレンマ登場。はたして飲むべきか飲まざるべきか。己の信念と理性が激しくせめぎ合っている。
「……『私が選んだ道だから私の事はどんなに傷ついたって良い』…………」
「ああもう!飲めばいいんでしょ!!」
 やけになって群青色の方の薬瓶の蓋を開けたがとんでもない異臭が鼻に入ってくる。この空間に漂うアルコールの比ではない。
私は腕の痛みを堪えながらその瓶を持ってそのまま見つめる。
飲め!飲めと私の心が叫んでいる。飲むな!死ぬぞ、と私の理性が囁いている。
「…………………………恐怖を……………克服するっ!!」
 決心した。私が私であるために時間はあってはならない。
この何とも言えない不快な気持ちを抱え込まないために私はすぐさまアイツを倒さなければならない!
 そう決心するとこの不気味な薬もなんて事はなく見える。すでに恐怖はなく、私は一気にその薬瓶の中身を飲み干した!!
「が、がっ!!ぐぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
 ………………………………………………………………………………………………
1秒当たり気絶したと思う。でもそんな事どうだって良くなるくらいの体の変化が私に訪れた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっしゃあああああああああ!!!!!
 すげっ!!!なにこれっ!!!わたしってばさいきょー!!」
 体の奥底から力が沸いてくるようだ。心も高揚してきて訳の分からない⑨なことも平気で口走れる。
そのまま私は調子に乗ってもう一つの薬瓶の中身も一気に飲み干す。
ブルーハワイとオレンジとトマトジュースが混ざって炭酸飲料になったような味がした。はっきり言ってゲテモノの味だが今の私にはそんな事関係なかった。
体中の痛みが全て吹き飛ぶくらいのエナジー!そしてパワー!!私はさいきょーとなった!!!
「今なら!!アイツをぶっ倒せる!!」
「それならこのスピード増加薬も」
「頂きぃ!!」
 えーりんから受け取った試験管に入った薬を飲み干して私は自分が人間を超えたような感覚に支配される。
いや!今なら変身しなくても異変なんてちょちょいのちょいよ!!!
 私はやたら無駄に!アクロバティックに!エレガントに!両腕だけの力で立ち上がりそして無駄に有り余ったエネルギーを
無駄に消費するように布団と布団のスキマを音もなく駆けていきそのまま外に向かって飛び出していった。
「オクレにいさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!!!!!!!」
 今、私は飛んでいる。I!CAN!FLY!!!!!!!!!!!!!!
このまま森の中へ突入してアイツの所へ向かおう。そして出会い頭きっついストレートをお見舞いしてやる!!
 そして私は空中でやたら無駄に華麗なパフォーマンスをしてそのまま地上に降り立った。

              てってれって てってれって てってんてん♪
 ……………着地失敗。とある最弱主人公がミスしたような効果音が流れ私は顔から地面にぶつかった。
調子に乗りすぎました。この貧弱さは薬の仕様ですか?



 顔についた泥を払い落とし私は肩を落としその場にへたり込んだ。正直言って体の節々が痛い。
「死ぬかとおもった…………」
 あれだけフィーバーしていた私の体も残機、と言うか命と引き替えのようにすっかり沈静化してしまった。
まぁ命あっての物種だし身体も大分動かせるようになった。体の傷も薬の効果で治りやすくなっている。
これなら一日で全快しそうだ。
「…………………ふぅ」
 …私は一度高揚しかけた精神を落ち着かせる。全快して必ず勝てると言うわけでもないのに調子に乗るのは良くない。
今後必要なのは相手の戦力と弾幕を解析する冷静さだ。あまりにも戦力差がある戦いではそれが要となる。
 だが一番大切なのは…………………恐怖の克服だ。
それさえ出来ればあの最凶最悪にも対等に戦えるはずだ。あのレイチェルの時だってれみりゃが恐怖を克服して勇気を出してくれたから勝てたようなものである。
「………………………今度は私が成長する番か」
 正義の味方にだってその時期は来るだろう。
私はたるみきった肩や背中を伸ばすため立ち上がって背伸びをする。
「………………………………」
 多くのゆっくり達が足元で私を見上げているのに気付いた。考え事している間に集まってきたのだろうか。
「ゆぅ……………おねーさん、大丈夫?」
「ああ、もう走っても大丈夫。………………………ごめんね、倒せなくて」
「きにしてないよ!!」「これからゆっくりがんばっていこうよ!!」「いつかたおせるよー」
「だっておねーさんは正義の味方でしょ!!」「あんな蜂とっととぶったおしてね!」
 なんて希望に満ちあふれた目だ。なるほど、失望してないとはこういう意味か。
だけどこの希望の瞳に見合う結果を出せるだろうかと私は少し不安になる。
「………………おねーさん」
「まりさ……………」
 多くのゆっくり達を掻き分けてうちのまりさが神妙な顔つきで私の近くへ寄ってきた。
「…………………次は………まりさでファイナルフォームライドしてね!!まりさだっておねーさんの役に立ちたいぜ!!」
「………それは……………れいむをあんな目に会わせたのにその上まりさまで巻き込んだら…………」
「まりさをなめないでね!!!れいむがいない今まりさががんばらなくちゃいけないんだぜ!!」
 ふと、まりさの瞳にダイヤモンドのような気高さを持った輝きが見えたような気がした。
これほど真っ直ぐな瞳をしたまりさを見た事があっただろうか。反語だが悪口のつもりで言ったわけではない。
 こんなに心が清々しく揺さぶられたのは久しぶりだ。これがギャップ萌えか。
「…………分かった。今度はまりさの力を借りる。逃げたら許さないからね」
「分かったぜ!!!」
 私には守る物がある。頼れる味方がいる。背中がかつて無いほど暖みを帯びている!
「……………勝つわよ、まりさ。もう退く為の道はないわ」
「ま、まりさは怯えて逃げたりなんかしないぜ!」
「「「「「ゆっくりがんばっていってね!!!」」」」」
 沢山の声援が私たちに希望と自信を与えてくれる。
先ほどまでの根拠のない自信とは全く違う。皆によって支えられた確固とした自信だ!
「明日戦いに行くわ、それまでゆっくりしててね」
「ゆっくりするよ!!」
 と、意気込んでふんぞり返るとまりさの体から腹の虫のような音が聞こえた。
皆で笑っていると私の方からも同じ音が聞こえた。
「………………………」
 そう言えば私どの位寝てたんだろう。というか逃げた記憶はあるのに何で寝てたんだろう。
寝ている間かなりの時間が経ったようで空を見ると太陽も西に沈みかけている。
「お腹すいたぜ!」
「また、稗榎さんの所でお邪魔することになるのか」
 何かこう、たかりに行っているようで申し訳ない。
でもあのカブト虫を食す勇気も自信もないので私たちはのんびりと稗榎さんの家へと向かっていった。


「あ~どうも、またお邪魔になります」
 のれんをくぐると稗榎さんがまた一心不乱に筆を動かしている。
よく見ると髪がほんの少し短くなっていたように見えた。多分インクで汚れた髪を切り落としたのだろう。
 今度は驚かさないように普通に声をかけるが反応はない。
背中をさすっても軽くこづいても怒ることない。軽くセクハラしてみるも私よりスタイルが良いという事を思い知らされて気が滅入っただけであった。
「ひ~え~の~さん。失礼します……………………ゆっくりしていってね」
「………………くすくす」
 まりさに嘲笑された。なんかこの世界に来て全くと言って良いほど碌な事がないような気がする。
しかしここまで集中力が高いと言うのも珍しい。どんな物語を書いてるのか気になり私は原稿用紙をのぞき見した。
「ひゃアアアアア!!姉さん!?」
 とその瞬間稗榎さんは驚き、いきなり私の頬にきっつい張り手をお見舞いしてきた。
瞬間、私の体は浮いた。
「どげえええええええええええ!!!!!」
 その張り手の勢いは意外にも凄まじく床に何十㎝ほど転がってようやくその勢いは収まった。
「あ、紅里さん……………ご、ごめんなさい」
 ちょうど寸分違い無く可燐に殴られたところを叩かれた。顔が余計に腫れて痛い。
一体!!!私が!!!!この世界で!!!何をやったっていうんだ!!!!
「すみませぇん………ついいつもの癖で………姉さんだったら平気で受け止めてくれるので………」
 喰らって分かる稗榎さんののハイスペック。一体どんな家庭で暮らしてたんだ?
「?れいむさんはどちらへ?」
「………………………れいむは…………ちょっと熱出ちゃいましてね」
 私は当たり障りのない事を言った。下手に嘘付くよりかはこうして事実を小出しにした方が心が痛まない。
ただしその方法は少し追及されると返答に困るという諸刃の剣でもあるのだが稗榎さんはそれで納得してくれたようだ。
「元気になると良いですね!」
「あ、ええ。えと、今日も…………」
「ふふ、分かりました。れいむさんのためにお粥作りましょうか?」
 とりあえず私はその心遣いを有り難く受け取ることにした。稗榎さんは原稿用紙を机の中に仕舞い
そのままくるくる回りながら奥の部屋に入っていった。
昨日と同じ様に部屋に残されたわけだけど昨日と違ってれいむがいない。まりさも隅っこで一人騒ぐことなく静かに本を読んでいた。
その表情は何処か物憂げ、少しだけ私も切なくなった。
 …………………………………こんな静かだと少し退屈だ。やはり少しくらい騒がしいのが性に合う。
とりあえず暇を潰すために私も本棚から一冊本を取り出した。
「……………タイトルからして………ラノベみたいなものかな」
「ぷんぷん!まりさ達が好きな本をラノベ扱いして欲しくないぜ!」
「そ、これ面白いの?」
「おすすめだぜ!」
 そう豪語するまりさ。なんか少しだけ信用できないがちょっとだけ興味が湧いた。
そう思って表紙を見てみると作者名が『稗榎 十紘』と書いてあることに気がついた。
「稗榎さんが書いたんだ、これ。ってじゃあ何でまりさ達がこの本の存在知ってるの!?」
「そんな事まりさは知らないし知ったこっちゃないぜ」
 無知と無関心ときたか。そんな事悩んでも仕方ないと感じ私はページをぺらぺらとめくる。
ジャンルはファンタジー&ミステリー(成り立つのか?)。文体は三人称と一人称が混ざったようなもので
適度にそれが切り替わっており結構読みやすい文体である。
特徴的だったのが物語の登場してくるキャラの人物像がいやにはっきりしていることだった。
まるで現実をそのまま書いたような緻密さ。ラノベ調でこれは流石に驚いた。
「る、る、るるる。紅里さん、まりささん。出来ましたよ~」
 ちょうど一巻を読み終わる頃に稗榎さんは奥の部屋から料理を持ってやってきた。
何とも香ばしい臭いが部屋中に漂い始めた。
「このにおいは………カレーだぜ!!」
「残念、ハヤシライス。それとこっちがれいむさんの為のお粥ですよ」
 そう言ってハヤシライスの皿とお粥の皿を置き、私たちはちょっと物寂しい夕食をすることとなった。


「あの本棚の本全部稗榎さんが書いたの?」
「そうですよ、結構大変だったなぁ」
「ま、まりさは大ファンなんだぜ!この帽子にサイン欲しいんだぜ!」
「えっと、帽子真っ黒だから修正液で良い?」
 食事も大体片付き食休み。
意外と稗榎さんと話が合い私はれいむのお粥のことを忘れ話に花を咲かせた。忘れちゃいけない事だけど忘れた。同年代と話すの久しぶりなんだもん。
「あ、そうだ。紅里さん。うちのりぐる見ませんでしたか?」
「……………………………ああ」
 私はあの後のりぐるの行方を知らない。知ってるのは連行していったまりさとれいむの二人だけだ。
「まりさ?りぐる何処に連れて行ったか知らない?」
「あの後泣いたままどっか行っちゃったぜ!」
「ですって」
 稗榎さんはそれを聞いて神妙な顔つきを浮かべるとともに一つの深い溜息をついた。
同居人が帰ってこないのが心配なのだろう。私の場合れいむ達が何日間帰って来なかろうとそうでもなかったが。
「………………………………りぐる………」
「そう言えば何で稗榎さんはりぐると一緒に?」
 外にあれだけのゆっくり達がいるのだ。それで二人暮らしというのもみょんな話である。
「……………………似たもの同士なんですよ。りぐるとは」
「どこら辺が?」
「…………………………………劣等感……っていうんですかね。
 私もりぐるもそう言うの持ってまして」
 稗榎さんは少し影を落として俯き始める。その時の稗榎さんはちょっとだけ生気の無いような顔つきであった。
「え、でも稗榎さんあんなに本出して凄いじゃないですか」
「そう言う事じゃないんですよ。私のは二つ上の姉がいるんですけれど、その姉さんが凄い人なんです。
 小説を書かせれば天下一品で、妖怪退治も何のその。私では遠く及びません。勝てるところと言ったら目の良さだけです」
「はぁ」
 そう言う力関係とは無関係な世界でのほほんと暮らしていたからあまり想像できない。
それに私は稗榎さんの小説はかなり面白いと感じた、だから稗榎さんの自分への過小評価が少し筋違いにも聞こえてしまう。
「りぐるは……………あの子苛められてたんです。あれとかあのあれとかメタルあれとか莫迦にされて…………綺麗な蛍なのに」
「一度張り付いたレッテルってなかなか剥がれないものよね」
「なにいってるんだぜ?GはGだぜ?」
 と、まりさがそう嘲るように言った瞬間、稗榎さんの腕が瞬時に伸びまりさのこめかみを掴んだ。
あまりに速すぎて私は何も出来ず数秒くらい呆然としてしまった。何が起きたの?ってな感じ。
「バカにしないで下さい。今度りぐるをあらぬ妄言で貶めたら、分かってますよね」
 稗榎さんの指がどんどんまりさに食い込んでいく、それと共にまりさの表情はどんどん苦痛の物に変わっていった。
「ご、ごめんなさいだぜ!!」
「もう一回」
「すみませんだぜ!もうりぐるをGだなんて言わないよ絶対!!」 
 そう涙ながらに言ってようやく稗榎さんの指が緩みまりさはぽてんと床に落ちる。すげぇ、跡がくっきり残ってる。
「…………………それで私とりぐるは意気投合して旅にいってここに至る。と言うわけです」
「へぇ……………………」
 あの森をよく抜けてきたなと思う。でも先ほどからの行動を見てるとさして苦にもならなかったんじゃないかとも思えた。
「……………………すると今書いている小説は…………」
「あれは小説じゃありませんよ。りぐるを自信つかせるためのおはなしです。決して人に見せられる物じゃありませんって。
 厨二病全開です。幻想をぶち壊すとか、○して○して○して○してとか……そんな感じの。」
 そう恥ずかしげに謙遜する稗榎さん。そう言われると余計に見たくなる、そしてまりさはそれを素直に体で表していた。
「そう言われると気になるぜ………………」
「だ、め、です(はぁと)」
 稗榎さんはそう意地悪そうに原稿用紙が入った机への道をその脚できちんと塞いだ。
…………少しときめいた。

 外も殆ど暗くなってしまったようだしそろそろれいむの所へ向かおう。そして明日のためにしっかりと鋭気を養わなければ。
「それじゃ、私たちはれいむの所へ行くから。二日もありがとね」
「いえいえ一人で食べるのって寂しいですし………………………」
 そう言って謙遜しているが本心寂しいのだろう。でも私はそれを慰めることは出来ない。
役割が違うのだ。脇役がラスボスを倒しちゃいけないし、主人公とくっついちゃいけないのと同じ事である。
 私はれいむの為のお粥を持ち、少し心残りであるけれどそのまま出て行こうとした。
「……………あ」
 のれんをくぐろうとしたときヤツはいた。
「りぐるっ!帰ってきたの!?」
「えのちゃん……………」
 稗榎さんはいち早く外にいたりぐるに駆け寄った。
りぐるはというと体中傷だらけで触角も半分くらい取れてしまっているなど凄惨な様子だった。
「かえってきたよ………」
「だ、大丈夫!?怪我!ええと」
「大丈夫だよ………もう寝るね」
 りぐるはそう言うとふらふらと足取りおぼつかない様子で奥の部屋へ入っていった。
「……………話、聞かせて」
 稗榎さんも少し呆然とした様子でりぐるの後を追っていく。途端に部屋が静かになり私は居たたまれなくなってそのまま外に出ていった。


「みぎひだり~ひぎみだり~」
「…………元気そうね」
 もっと苦しんでたりうなされているかと思ってたら呑気に歌なんか歌っていやがった。
顔全体はほんのちょっと紅潮してるがほんのり秋色でしかない。ほんとに病気なのかと疑ってしまうほどだ。
「はい、これ稗榎さんが作ったお粥。ちゃんと食べてね」
「ゆっくり食べてくよ!あとマンダム印のリンゴがたべたいよ!」
「そんな高級品持ち合わせていないわよ」
 まぁ元気であることは良いことだ。しかしそう楽観視できることでもなく周りのゆっくり達はれいむとは違って顔を真っ赤にしながら苦しそうにしている。
そう思いながらこんなある程度元気なれいむにお粥を食べさせていると奥からえーりんが寝ぼけ眼で現れた。
「あら、帰ってきたのね。貴方たちの布団も用意したからゆっくりしていってね」
「いいの?場所だって」
「寝相が良いのは知ってるからね」
 有り難くその好意を受け取るとしよう。と、その前にえーりんの言葉を聞いて一つの疑問が浮かんだ。 
「ね、まりさ。私二人を抱えて逃げたはずなのにどうして気付いた時にはここにいたの?」
「木の根にずっこけて頭から木にぶつかったことはまりさの網膜にやきついてるぜ……………」
「一生もののトラウマだよ………あの時のおねーさんの表情………」
 ………………こんな役割は私のキャラじゃない。でんこがやるべきなんだ……………


 外の風がのれんを素通りし緩やかに私の体に吹いてくる。
朝は静かだ。まりさもれいむもえーりんも他のゆっくり達も安らかな寝息を立てて眠っている。
そんな中なぜか私はいつもより早く目覚めてしまった。空気が冷たく二度寝する気にもなれないので私は風をもっと体で感じようと外に出た。
清々しい朝。この世界の朝は安心感という意味では宵闇とそう変わりはない。
 朝の散歩は意外と気持ちが良い。柵沿いに歩いて森の風を受けるのもなお一層良かった。
「……………………」
 森を見ているととある木に蜂の巣がついていたことに気がついた。
私はその時何を思ったのだろう。そのまま柵沿いに走っていき、門番が寝ている間に入り口を通って再び柵沿いに移動しその木を見上げた。
「…………………まだ、まだ足りない……………」
 怪我は治りきってはいないけれど体はもう稼働率100%だ。
この調子なら私とまりさは午後辺りにも戦地に赴く事が出来るだろう。だがそれだと一つ足りない。
「…………難しい……な。恐怖を乗り越えるって…………」
 ふと今まであった人々がどうしようもなく羨ましくなってきた。
 私はただ何もせずその蜂の巣を見上げている。
「………………………」
 いつの頃であっただろうか、とある夏の日私は友人に連れられて二人で森に昆虫採集へ行ったのだ。
運が悪かった、というより注意力が足りなかったと言うべきか。うっかり蜂の領域に入ってしまい私は蜂に追われた。
果てしない恐怖を味わって私は刺された。体中、皮膚という皮膚を、体という体を。
「………………う、ううううう」
 思い出すだけでも熱に魘されそうになる。でもこの恐怖は絶対に克服しなければならない。
私は足元に落ちていた石を拾いそれを蜂の巣に投げつけた。
石は見事に蜂の巣に当たりそして地面に落ちていく。
………………克服しようと、って思ったけど………何か今私物凄くバカな事してね?
「…………克服も何も…………やば………」
 落ちた蜂の巣からわらわらと大量の蜂が這い出てくる。ミツバチとかそう言うレベルの大きさじゃない。スズメバチ………だ。
「あわああああああ!!!やばっ!!にげっ!やべええええ!!!!」
 自虐なんてしてる暇も!後悔している暇さえない!大量のスズメバチたちは私目がけて一直線に突撃し私は必死に逃げた。
何で新たにトラウマ増やそうとしているんだろ、私!!!
「って考えてる暇さえないいいいい!!!」
 森から抜け出し私は無我夢中で柵をよじ登る。とは言っても柵は蜂が通れるスキマなんていくらでもあるから意味の無いことなのだけれど。
でもその判断は良かったと思う。蜂たちは柵の目の前に辿り着いた瞬間私を追うことを止めそのまま踵を返していった。
「…………………………はぁ……………………何やってるんだろ」
 私は安心感で腰を抜かし柵にもたれ掛かる。こんな事で恐怖なんて克服できるはずがないのに果てしなく自分に嫌悪感を覚える。
結局何もかもがいやになり私は地面に大の字になって寝転んだ。
 朝の空はあんな綺麗だったのか。いつもは太陽の光が邪魔をして全体を見回せなかった物だから分からなかった。
………はっ…………空が綺麗だなんて現実逃避も甚だしい。
そう思っても起きる気力も湧かない。この世界に来て蜂に負けてから私は心が折れてしまったのだろうか。
「…………………………雲」
 雲の動きがまるで今の私の心の風景のようだ。ふよふよとしていてとてもゆっくりと、ゆっくりと少しながら変わりつつある。
そんな心のまま私は雲の数をずっと数えていた。
「93……………94………………95」
「ゆっくりしていってね!!!」
「………………数え直し」
 村のゆっくりが私に挨拶したおかげで分からなくなってしまった。そう、具体的に表そうとしてもすぐに有耶無耶になってしまう、そんな私の心。
……………………本格的な現実逃避じゃないの。これ。
「…………………………………」
 でもその現実逃避ですら逃げられない。その状況から逃げるきっかけもなく私はただぼんやりと空を見上げていた。
昼まで横になるつもりだった。今見た雲が視界から消えるまで、ずっとずっと…………………………………………
   ぶううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううん
         ぶうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううん
       ぶううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううん
ぶーんぶーん。
「……………………………」
 この耳にずっと残っている羽音。あの耳障りな0.1ch。聞いてるだけでも怖気がするのにどうして今ここで聞こえるのだ。
そう思って私はようやく体を起こし辺りを見回す。
そして見た、あの蜂の巣が落ちた木の近くにヤツが。あの最凶最悪の蜂が。
「ぬけしゃあしゃあと………」
 あの姿を見ただけでも怒りがふつふつと湧いてくる。しかもあそこはもう村の近く、とうとう村を襲いに来たかと思い
私はいつでも変身できるようにペンダントを掴んで柵を乗り越えた。
「!!!」
 しかし乗り越えた瞬間に気付かれ私の真横に針が飛ばされる。私はその一瞬の恐怖に立ってもいられずその場にへたり込んだ。
「……………はぁ、あなたですか」
「………………あ、か、き、そ、そっちから来るなんて………村は………‥襲わせない!!!」
「まぁまぁ、別に村を襲いに来たわけじゃありませんよ。フルパワーじゃないし」
 よく見ると昨日会ったときよりも若干背が低くなっている事に気付く。髪もツインテールだ。
「…………分身体?」
「正解です」
 確かに今目の前にいる可燐はあの三枚目のスペルで現れた分身体の一人と全く同じだ。口調も全然違う。
「…………………なるほど。五人で5方向から襲いに来るわけね」
「…………全く、人を疑うのがお好きのようですね。」
 溜息混じりに呆れながら可燐分身体は私を見下す。
私はその高慢な態度に歯軋りさせ、ポシェットからメダルを取り出すが可燐分身体は何の警戒もせずにただ指を空に向かって突きつけた。
いや、空じゃない。見上げてみるとさっき私が落としたはずの蜂の巣が元通り木についていた。
「莫迦な事しないで下さい。あれ、あなたでしょ。小さくても私たちの帰る場所なんですから壊したら来世も来来世も前世も恨みますよ」
「…………………この巣を戻すために貴方はここに来たって………事?」
「ええ、ちなみにあの柵はしっかりと防護がしてあって私たち蜂が入ることさえも許しません」
 道理であの時蜂たちが踵を返したワケか。でも蜂の巣の中の蜂たちは未だに私を睨んでいるように見えた。
「弱い物イジメが好きなくせに仲間思いだなんて、傑作よ」
「………………仲間、じゃないです。私自身ですよ」
 てっきり『弱い物イジメ』の事で反論されると思ったが思わぬ返答に私は少し困惑した。
仲間でなく自分自身?その言葉の意味が少し分からない。
「…………………ふぅ、説明が必要ですね。私は微聞 可燐。最凶最悪の虫妖怪です」
「そ、そんな事分かってるわよ。この身で味わったし」
「………………でも虫が果たして『最凶最悪』になれると思いますか?」
 …………………………………………確かにその通りかもしれない、いやでも虫を人間大まで大きくすれば人間なんてひとたまりもないと聞いた事がある。
虫は自由自在に空を飛ぶ、自分の体重の何倍もの物体を運ぶ、自分の身長の何倍もの跳躍力がある。
そう考えれば最凶最悪の称号だっていとも簡単に手に入るはずだ。
「そんな強さなんて数の前ではひとたまりもありませんよ。あのティラノサウルスだって群れの前ではイチコロです」
「……………じゃああんたは何で『最凶最悪』………………」
 ………………………そこで私は理解した。今の可燐分身体の言葉が全てを物語っている。
「そう、私は世界で一番強い軍団、オオスズメバチの群れそのものが妖怪となった姿です。
 私が最凶最悪であるその性質は『軍団』にあるのですよ。」
 だからこうして分裂が容易に出来るのです、と言って可燐分身体は空を飛んで私の真上に降り立った。
それを振り下ろそうとして私は体を大きく振ったが、その前に可燐分身体は再び空を飛び私にシニカルな笑みを向けていた。
「正直言ってあの空気を凍らせるヤツが一番やばかったんですよ。凍らせること自体は弾幕じゃありませんからバリアも発生しない、
 あ、だからといってもう二度と喰らいませんよ」
 喧しい羽音を振りまきながら可燐分身体は空を舞った。別段力強くもなく、虫の儚さを表しているようなそんな動きだった。
「……………私には……………あんたが何を考えてるのか分からない」
「それはそうです。だって貴方はこの世界のことを何も知らないんですから」
 いつになく真剣な表情で可燐はそう答えた。それがこの世の真理であるかのように少し声を強めて。
「………………そ、そうだけど、それがあんたと何の関係が…………」
「名前も知らなければ理さえも知らない。そんなですから貴方は私に勝てないんですよ。
 まぁ知ってても勝てない物は勝てませんけど………敗因を履き違えないで下さいね」
 それは、昨日も言っていたような気がする。強さも絆も数も敗因ではないと言った。
では、一体何なのだ?
「…………………ふぅ、とりあえずもう二度とこんな事をしないで下さい。それではまた」
 そう言って可燐分身体は友人同士のような挨拶をしてあの喧しい羽音を立てながら森の奥へと戻っていった。
残された私は考えていた。言葉の意味を、この世界の理を。
ずっと握っていたペンダントから手を放し私は柵沿いに歩いて村に入る。門番のめーりんももうすっかり起きていて時間の経過を思い知らされた。
「…………………この森は、この村は、この世界は……………なんなんだろう」
 疑問はいくらでも湧いてくる。思えばこの村に来たときその疑問が最初に思い浮かんだはずだ。
悩んでいても答えは出ない。それだったら聞けばいいじゃないか。
稗榎さんなら何か知っているはずだと思って私は稗榎さんの家に足を進めていった。


「稗榎さーん……ちょっと聞きたいことが……………」
「うおォン 私はまるで人間火力発電所だ。」
 のれんをくぐってまず目に入ったのが何か野生児みたいな女性が焼きそばみたいな物を食べている光景だった。
もちろん後ろ姿から稗榎さんじゃない。と言うか思いたくない。
「しかしねぇ、この鬱なすってヤツはダメね。ジョジョパロばっかだし人間の独白ばっかでゆっくりちゃんの出番が少ないじゃないの!」
「いや、でも人の悪口は……それと物食べながら本読むのは………あ、おかえりなさい。紅里さん」
 奥の部屋から稗榎さんが顔を出して私はほんの少し安心する。
そしてこの野生児っぽい女性の声やゆっくりにちゃん付けをする性根に覚えがある。………………とうとう来たか。
「紅里?ん?あ、あんたもここに来てたんだ」
 このすっかりボロボロになっているこの少女は森定伝子、通称でんこ、私と同じゆっくらいだーでHENTAI道を司る一途な少女である。
あの広い凸もぼさぼさになった髪ですっかり覆われていてもう個人認識できるところが声しかない。
しかしこの荒れようは凄まじい。どれくらいあの森で迷ったのだろうか。
「あ~おいし~!しかもこんな森の中で『名探偵RYTHEM』の作者に会えるなんて!」
「ふふ、光栄です。そうだ紅里さん焼きそばいかがですか?」
「………………………………………」
 何だろう、何かがおかしい。八月が八回も続くことくらいの違和感を私は覚えていた。
「そう言えばあなたの所のれいむちゃんとまりさちゃんは?」
「…………………まりさは何処行ったかは知らない。れいむは………同じよ」
 とりあえず嘘をついた。いくら事実を小出しにしてもコイツはいくらでも追及してくる気がしたからだ。
でんこはそれを聞いてとても絶望に満ちた顔つきで大きく溜息をした。
「………今回の異変は誰かが空間をいじってるのよ。あの森はやばい、やばすぎるわよ!」
「何日迷ったか知らないけどあれ異変じゃないわよ………異変は別の所にあるから」
 あれだけ広い森の中にこうして村があることもまた不思議なことだがこれも現実。
改めて思うが自然は偉大だなぁ。
「今回の異変は蜂妖怪よ…………悪いけど手を貸してくれない?今回ばかりは勝つ自信があまりない」
「………………そんな凄い妖怪がいるの?蜂?蜂妖怪は一つしか文献に載ってないからいないって不吉な人が言ってたわよ」
「そんな事言ったらスキマ妖怪だって誰も知らないわよ。とにかく、お願い」
 私はでんこに向かって深々と頭を下げる。
こんなの私のキャラじゃないと言う人もいるだろうけどあれだけは本当に全力を持って掛からなければならない。そのために恥や外聞なんてどうでもいいのだ。
でんこは驚いた様子で私を見つめる。やっぱりよほどの衝撃があったのだろう。
「で、その蜂妖怪が…………何?」
「…………アイツは罪のないこの村のゆっくり達を毒に冒してる。それは邪悪と言わなくて何て言うの?」
 ゆっくり、と言う単語が出た瞬間でんこは痙攣を起こすような反応を見せた。まぁ予想はついていた。
そしてでんこは焼きそばを地面に置き、勢いよく立ち上がって血走った目つきで私に詰め寄ってきた。
「!!!ねぇ!!どこにいるの!?はやく!早く教えて!」
「ええと、やつは森の奥よ。でも不用意に近づかないことよ。それとアイツにはスペルカードが」
「そうじゃなくて!!!!ゆっくり達の事よ!!!」

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最終更新:2009年10月27日 20:29