ねことれいむ
薄暗いところで、にゃあにゃあと鳴いていた。はじめの記憶はそんなところである。
それにつかれ、隣を見てみれば、なにか良くわからない首のようなものが寝ていた。
人間の生首のようだ、だとか、饅頭だとか言われるゆっくりというものを見たのはこれがはじめてである。
もっとも、ゆっくりの下に体がついているという風に見える人間に対する違和感を、未だに拭えないのは、先に見たのがこちらである、という事に尽きるだろう。
同居人殿は不安ではないのだろうか、とつついてみたが、ゆっと寝言めいたことを言うばかりで、いっこうに目覚めない。
苛々としながら、もう一度強く押してみると、ころりと転がっていく。そこで、初めてそれは目を開いた。
「ゆっくりしていってね!」
ゆっくりしていってね、とは何だろう。
とそのとき自分はそんな事を考えていたように記憶している。ひとしきり考えながら首を捻るが、わからないので丸まって寝る事にした。
薄目を空けて、ちらとみてみれば、同居人殿は私を見ながらみょうに腹立ちを覚える例の笑顔を浮かべ、ふんぞり返っていた。
ゆっくりさせた、という満足感なのだろう。
今では分かるが、そのときは何故こんなに偉そうなのだろうか、という感想を持っていた。
ただ、その同居人殿は、こちらを見てふくれっつらをして跳ねている。
「そこはれーむのゆっくりぷれいすなの!ゆっくりどいてね!」
あくびをして無視を決め込むが、こんどは体当たりをしながらどいてね、ゆっくりどいてね!と言っている。
何の痛痒も覚えなかったので知らん顔を決め込んでいたが、終いには泣き出してしまった。
「どうじでどいでぐれないの゛―!」
どうしてと言われても、なんで動かなくてはいけないのだろうか。
ぼくは当時、かなり意地を張って、そう抗議していたように記憶している。
「ぼくはどく心算はない、そっちこそ、なんでぼくをどかそうとするんだ」
そう言ってしまったが最後、涙の勢いがより増し、わあわあと大声まで出す始末で、辟易した。
それがよかったのか悪かったのか、ざくざくという音とともに、人がやってきた。
いや、今ではそれが人ではなく、妖怪の類であったというのはわかるのだが、なにぶんそういうものを見たのがはじめてだった、というのもある。
やさしそうな目をしている。
初めて見たときはそういう感想だったが、なんでこの同居人殿と同じような形をしているのに、からだが有るのだろうか。
ひょっとして分離して移動するのがこの同居人なのだろうか、と益体も無いことを考えていた。
爾来、人には悪魔の館と言われるところに私は住むこととなった。
飼い主は優しい目をした妖怪の主人で、どうして白猫なんだ、とぼくの毛並みにしばしばけちをつける。
いささかむっとしたが、黒猫なら似合うのに、というのが主人の言い分らしい。勝手なものだ。
れーむとかいう同居人殿は、大層気に入られてほおずりされていたが、それに変な意図を感じ取ったらしく、あまり寄り付かなくなった事を主人は嘆いていた。
そりゃああんな変な目で見ていれば、近づきもしなくなるだろう。
と独り言を言ったところ、主人の向かい側で、紅茶なるものを飲んでいた魔女殿がむせていた。
どうやら、魔女殿はぼくの言葉が分かるらしい。どうでもいいことだが。
さて、れーむとやらはどこに行ったのだろうか、と考えた。
どうもあっちこっちをうろうろとしているのは分かるのだが、ああ小さくては踏みつけられないのだろうか、と自分を棚に上げて考えてしまう。
そう考えて、主人の膝から飛び降りて、あっちこっちをさがした。とちゅう、厨房の鼠に心惹かれるものはあったが、断腸の思いで諦めた。
メイド長とかいう御仁がその鼠にナイフを突き立てたから、というのも有ったが。
果たして、れーむは見つかった。ぼくとれーむが入れられていた段ボールというものの中で、ふんぞり返っていたのである。
「ゆっくりしていってね!」
なるほど、ここが元同居人殿が腰を落ち着けた場所らしい、という事は分かった。
ぼくの寝転がっていた場所で、その上でぴょんぴょんとはねている。悪いことをしてしまったものだ。
「ゆっ! しろいのはゆっくりできないねこだね!」
しろいのとは何だ、しろいのとは。まあ、確かによくシロと呼ばれているが、断固としてこれが名前だとは思いたくない。
白いからシロとはなんだ、シロとは。
「ぼくはゆっくりしてるつもりだ」
そういって寝転がる。疲れたのもあるが、なんとなくこうしなくてはならないと言う気分になったからだ。
「ここはれいむのおうちだよ! ゆっくりでていってね!」
「主人のうちだろう。それに、その箱はぼくのうちでもある」
「ちがうよ! れーむのおうちだよ!」
「ぼくのうちだ!」
「れーむのおうちだよ!」
にらみあう。
今から思えば、何を低次元の争いをしているのか、と思わないでもなかったが、ぼくにとっては一大事だった。
なにより、ぴょんぴょんと跳ねているれーむのふくれっつらが面白かったからだ。
ただし、ぼくは相手をなめていた。
爪も持っていないし、牙も無い。そんなものにどうこうされるとは考えて居なかった。だが、その認識は誤りだった。
「ゆっくりしね!」
泣きながらこちらに飛び掛り、ゆうう、などと言いながらこちらのひげを引っ張る。このときばかりは、真実悲鳴を上げてしまった。
思わず暴れたが、ぼくのひげをいつまでも離さないれーむは、いつの間にか一本、自慢の髭を抜いて、頭の上でふんぞり返っていた。
「痛いじゃないか! なにをするんだ!」
「ゆゆっ!」
けらけらと笑いながら、頭の上をぴょんぴょんと飛び跳ねている。
前足で跳ね除けようとするが、首の辺りをかくだけで、ちっとも届かない。今にして思えば、頭を垂れるだけで終りだとは分かるのだが。
諦めて、その場から退散するが、いつまでたってもれーむとやらはぼくの頭からどかなかった。はてな、と思って聞いてみる。
「どうしてぼくの頭からどかないんだ?」
「ここはれーむのゆっくりぷれいすだよ! すごくゆっくりできるよ!」
つまり、ぼくの頭の上でゆっくりする事に決めたらしい。
ぼくは、何度か下ろそうとしたが、そのたびに自慢の毛をむしられるものだから、辟易して諦めた。
それ以来、このれーむとぼくとは、ずっと一緒だった。
ものを食べる時に、ぼくの頭にぼろぼろとこぼすのだけは勘弁してほしかったが、それ以外の点では、いい遊び相手だった。
けんかもしたし、おやつをとりあったりもした。
どっちが主人に可愛がられるか、というしょうもない勝負をして、一緒にメイド長に怒られたりもした。魔女の膝の上で、一緒に内容も良くわからない絵本を読んでもらった。拾ってくれた門番殿にお礼を言いに言ったりもした。
そこで色々な人と勝負する門番殿の戦いぶりを見てともに心を躍らせたものだ。
だが、ぼくはともかく、だんだんとれーむの方は外に出るのをおっくうがるようになり、ゆっくりさせてね、と頭の上で寝ている回数が増えるようになっていった。
それが増え続け、れーむは動かなくなった。
憎たらしい笑顔も、ゆっくりしている時の幸せな顔も、涙を流してぼくと大喧嘩することも、無くなった。
だから、ぼくはいまもにゃあにゃあと暗いところで鳴いている。
ひょっとしたら、れーむがとなりで寝息を立てて、いつものあの台詞を言ってくれるかもしれない、そう思ったのだ。
『ゆっくりしていってね!』
そう言ってくれるのだ、と。
了
あとがき
なんとなく、れいむが猫の頭の上に乗って、自慢げな表情をしてたら可愛いだろうな、と思って書いてみた。
猫は悪戯でゆっくりを殺してしまいそうだって?いやいや、猫は甘みを感じ取れないんですよ、これが。
……むしろれみりゃとかのほうが危ないんじゃないか、などと無意味な危惧を抱いたり抱かなかったり。
.「^ヽ,ry'^i
,ゝ"´ ⌒`ヽ
<i Lノノハノ)」
λ.[i ^ヮ^ノi!/^l
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ヽ、,;' ・ ω ・ ミ
ミ====[==]=l==ミ
ミ ヽ) つ;;
';, ミ
;;,, ,;;
∪"゙'''"゙∪
AAが上手く貼れてるといいんだが……イメージとしてはこんな感じ。
- 異種族の友情物良いなぁ。ねことゆっくりの関係がいい。二匹の日常を想像して最後読んだら地味に涙腺に来た。 -- 名無しさん (2008-08-21 21:25:46)
- ねこたん、れいむたん イイ!! -- ゆっけの人 (2008-10-20 20:12:39)
最終更新:2008年10月20日 20:12