【ゆイタニック号のゆ劇】YuCrysis

※作者より:Crysis分が多分に交じってますが、仕様です。

 久々に酒を口にした、これがまずく、ひどく悪酔いして、昏倒するように眠った。
そして、それが銃を持った斡旋屋(と言う名前のビッグブラザーの犬)に脅しつけられるという、常にない間抜けな事象の原因だった。


 ゆタイタニック号の悲劇 YuCrysis


1.Big Brother


 殺してやる、初めに思ったのはそれだった。
普段ならどこかのバカがスパスパやっている奇妙に甘ったるいマリファナの匂いがしており、さらには隣の男が連れ込んだ女の悲鳴交じりの嬌声が聞こえているが、彼女が起きた場所では匂いも無く、また不自然なまでに静かだった。

 しかし、突き付けられたM3ベネリショットガンの、ひんやりした銃身の感触が、悪意を口の端に乗せることを憚らせた。
もっとも、殺せば殺したで厄介なことになるのは言うまでもなく、追っ手にケツを追いかけられる羽目になるだろう。
顔にはコンクリートのひんやりとした感触が伝わっている。拉致されたらしい。悪酔いしていたとはいえ、間抜けにもほどがある。

 殺しを行うような奴は、だれからも恨みを買っている。
仕事が順調に行っているのであれば武器や弾薬を売ってもらえるだろうが、あいにく斡旋屋を殺すような間抜けがうまく行っていると思われる保証は無い。

「おい……いい加減そのくせぇケツを退けろよ、それか、さっさと引き金を引いて終わりにしたらどうだ?」

「ゆっくりしていってね!!! ……とは言わないんだな、え? ГРУ崩れの悪党め」

「すわこ、この状況で言う奴が居たら、そいつはただの馬鹿か、既知の外に居る頭が愉快な奴だよ。だいいち、お前が言えた義理じゃないでしょ、クソッタレの現役め」

 すわこは、獲物を前にして舌なめずり、という風情ではなく、要はよっぽどヤバい仕事をやらせようというわけだった。
そもそも、殺すだけであればすわこが出張って来る必要は無く、爆弾の一つでも仕掛けている。

 ショットガンは向けられたままだが、しかし背にかかっていた重みは消えうせている。要はすわこが立ち上がったのだ。

「立ってもいいね……?」

「ゆっくり立ってイってね!!!」

 発音がおかしいのはこの際無視して、立ち上がり、手のひらをすわこの側に向けて上げて、顔を上げる。そこには、全裸にショットガンのすわこが立っていた。

「まりさ、おかしな顔をしてるけどどうした?」

「お前の頭が一番おかしいよ! なんで全裸なんだよ!」

「裸になって何が悪い! 裸になって何が悪い!」

 左右にステップを踏みながら、何か良くわからない事をすわこは喚く。
組み敷かれていた当人、つまりはまりさからしてみれば、もう本当に何が何やらだ。しかし、それでも何か言わねばならぬ、というわけで、言葉を発する。

「……もう許してやれよ」

「……あ、うん」

 芸人でもないのに全裸、という伝説を築いた人物をまりさが知るのは、後のことである。なぜこういう反応をしたかといえば、何らかの芸能人ネタでのウケ狙いか、と想像したためだ。

「……で、何をすれば良いの。始末? ていうか服着ろよ」

「だが断る。ま、ありていに言えばそうだね」

 なるほど、だれぞ都合の悪い人間ないしはゆっくりを消せ、ということだろう。だが、そんな依頼であれば、このような手荒な手段に出なくとも可能である。

「……で、どこへ? ロンドンか?」

「いや、日本だよ!」

「……は?」

 何を言ってるんだ、このバカは。そうまりさは言いたくてたまらなくなった。冗談でなかったというのが恐ろしいところであるが。



2.Zero In


 アクアラングのごぼごぼと言う音が、ヘドロまみれの海に響く。空の青さと、日の照りようとは裏腹に、海はひどく薄汚れていた。

『クロォク、起動』

 野太い男の声が、耳に響く。すわこによれば、強力若本で勇気百倍らしいが、いささか理解しがたい。
着用しているのは、米軍が導入を進めている強化外骨格『NANOスーツ』である。
-200℃以下という極限環境での動作をすら保障し、被弾しても弾丸のエネルギーを浸透させないアーマー、
脚力を強化し、走ればトラックにも追いつけるスピード、片腕で楽々と人を絞め殺せるストレング、
そして現在使用している強力な光学迷彩、クロークといったモードを搭載した優れものだ。だが、スーツボイスがなぜか若本という男の声で、そして自分の声まで若本声に加工されて出力されるという凝り様だ。

 渡された銃器は、米軍採用だった45口径拳銃と、折りたたみストックつきの H&K G36K で、グレネードランチャーやサウンドサプレッサーといったアクセサリまで手渡されている。
確かにありがたいが、単なる暗殺にしては過剰火力であるし、そもそも船などという逃げ場の無い場所で消せ、と言われる理由が不可解だ。

 しかし、消す対象の写真を見て、その不可解さは氷解した。

 それは、北朝鮮の独裁政権を支援する、バナナ共和国に籍を置く企業の首脳陣の一人であり、象を素手で殴り殺せるだの、弾丸がまるで効かないだのといった、数々の伝説がくっついている、ゆっくりぱちゅりーであった。
いや、その筋骨隆々の上、3mを超えようかという体を見れば、むしろまちょりーと呼ぶべきやも知れない。
何度その拳で暗殺を退けてきた、と言う時点で既にまさしく伝説的な人物であった。その上、行動自体はいずれも違法ではないため、司法も手の出しようが無いのである。

「……」

 どうやら、表舞台に顔を出すのは久々らしく、この瞬間をずっと狙っていたらしい。
律儀なことだが、しかしヘタを打てば、こちらが消される。これは現実であるし、否定しようとしたところで無駄であった。

 海から誰も居ない桟橋に上がり、体にへばりついた海草らしきものを海に放り込むと、搬入が中止されているらしき木箱に身を隠した。
というのも、クロークはエネルギーをかなり消費するため、長時間駆動に向かないのである。アーマーモードに戻そうとした瞬間、スーツから声が聞こえる。

『エネルギィ、クリティカル』

 ち、とまりさは舌打ちし、密封した袋からライフルと拳銃、それらの弾薬を取り出す。
本来ならば零点規正を行いたいところであるが、さすがにここで銃声を響かせるのは憚られる。顔をひょい、と出し、標的が乗船する予定のゆタイタニック号の監視を開始する。

「目標ぉは、どぉこだ」

『いやもう、本当にいやがらせだよね。いつか殺してやるから覚悟しててね!!!』 という言葉をまりさは飲み込む。スーツに付属するズームモードでゆタイタニック号の渡し板を監視するが、姿を見せる様子が無い。
一瞬、自分を釣るための罠かとも思うが、世界最大級という謳い文句がついた豪華客船の周りで銃撃戦をした挙句、捕らえられるのは子ねずみ一匹である。であれば、ありえない。

「……?!」

 そう考えているうちに、小山のようなゆっくりが表れた。目標のまちょりーだ。ここでは消すな、というお達しのため、お預けを喰らった犬のように歯噛みする。

 渡し板に足をかけ、乗船する際、一瞬こちらをまちょりーが見たような気がした。その目は冷たく、無感動である。
路傍の石を見るような目だった。だが、本来着目すべきはそうではない。まちょりー一人が渡るにしては、板のたわみ方がおかしいのだ。5人がいっぺんに乗ったのであれば話はわかるのであるが。

 なるほど、NANOスーツを支給するわけである。恐らく、最近花火を打ち上げた北の国から護衛が派遣されているのだろう。まりさと同じく、NANOスーツを身にまとった。
加えて、あのまちょりー自信も相当厄介である。M500を片手で平気な顔をして撃てそうな怪物ぶりだ。
あの腕を振り下ろされただけで、常人の頭蓋は陥没し、ことによると、ばっくりと割れるやも知れない。ぞっとしない話である。

「……まぁったくもって怖い話だ。おおこわぁいこわぁい」

 また若本声か。畜生すわこめ、いつか殺してやる。そうまりさは呟き、時刻を確認する。
出港準備が整うまで、どうにかして身を隠す必要があるのだ。あと小一時間はあるのが問題であった。
というのも、NANOスーツの対アイボールセンサーMk1に対する対処能力はきわめて高いが、しかし視覚的には黒い筋肉の塊が歩いているようなもので、桟橋という環境下では不審きわまるというより、まさに不審人物そのものだ。

 ともかく、一時間だ。それさえ経てば、もぐりこむ場所には事欠かない。
スーツにエネルギーが溜まったことを確認すると、クロークモードを起動し、再び移動を開始する。一瞬まりさの周りがぶれ、そして同化した。そこには誰も居なかったかのように。



3.FUBAR



 まりさはHUDに映る監視対象の映像を見つめながらキャビアを乗せたスモークサーモンをもしゃもしゃとやりながらパンをかじっている。
これで黒パンがあれば、サーモンの脂のいささかきつい味と、黒パンの独特の酸味が打ち消されてちょうど良くなっているのだが、あいにく白パンである。むろん、決してまずいわけではないというか、かなり美味い。

 とはいえ、その出所はどう言い繕っても船内の宴席で出た残飯なのだが。
これで舌が凍るほど冷たくした、とろりとした舌触りのウォッカがあれば最高なのだが、しかしともかくも仕事中であるからアルコールは厳禁である。

 金持ちはやっぱりいいものたべてるね!!! ああ妬ましい妬ましい。
とぱるすぃの真似事の一つでもぶってやりたくなるが、ただ飯を食らってうえ、残り物をかすめている身としてはあまり文句も言えなかった。

「……」

 監視対象たるまちょりーはたまに宴席に出ては歓談しては居たものの、あまり食べず飲まずという風で、その巨体に似合わぬ小食ぶりであった。
もっとも、自室に帰ってからは目も覆わんばかりの行為をしていたのだが。
なるほど、あの筋肉は日々の努力で維持されているのであった。銀色のアタッシュケースより取り出されたプロテインを飲み干し、本当にまずいよね、とぼやいていたあたり、同情を禁じえない。

 まりさは巧みに隠された配管にもぐりこみ、上手く相手の警戒網をかいくぐっているつもりではあった。ともかく排除の手が伸びていないのは確かであったから、そう判断するほかは無い。

「……ん?!」

 ひどい衝撃を体が感ずる。とっさに配管にしがみつくが、集音機がそこから金属の捻じ切れる音を感知した。

 何か様子がおかしい。そう考えているうちに、カメラが一瞬紫電めいたものを捉えた。
 クロークを行っていた際に投影していた像がリセットされる際、このような揺らぎが生じることが多い。そして、三名の北朝鮮製NANOスーツ兵がそこから現れる。
いずれも重武装で、Ak74のライセンス生産バージョンであるFY-71を切り詰めたタイプにグレネードランチャーをつけた銃を装備した兵が2名。
最後の一名は、どこから手に入れたのか、OICW計画で開発していたXM-29の20mm砲弾発射機を含めた、各種オプション装備型のコピー品まで持っている。
塹壕掃除でもやるつもりか、と思うが、実際のところはまりさのようなNANOスーツ兵対策だろう。

「……なに? この騒ぎは」

「……甲板を監視していた班によると、氷山に衝突した模様。規模については不明」

「で、船長は目下対応中、ってこと?」

 イエス・マムと朝鮮語訛りの英語で男は答える。

「……例の貨物は?」

「安定しています。しかし、民間船に積んだのは失敗でしたな」

「そういうことは、あなたの上官に言いなさい。私はあなたが粛清されないよう、聞かなかったことにしておいてあげるわ」

 まちょりーはそういうと、またしても銀色のアタッシュケースからプロテインをさらに取り出し、ぐいと飲んだ。
眉間にしわがより、飲み込むのが辛いのか、はたまた飲み込みたくないのか、顔がリスのようになっているのは間抜けではあった。

「……さぁて、どぉうしようか」

 まりさは、もう自分の声が若本声なのは気にしないことにした。気にしたところでスーツを脱ぎ捨てればNANOスーツ兵にやられるし、第一XM-29の発射する榴弾の破片にやられてしまう。
クロークモードを再起動し、ダクトからどうにか降りる場所を探す。部屋の中であれば、バスルームは音が漏れづらくなっているし、換気口も存在する。
まあ、ドアから閃光手榴弾を投げ込み、光と轟音で目をやられている間に、ストレングスモード、つまりは筋力を最大化するモードに切り替え、まちょりーをぶっ飛ばせばすむ。

「……よぉし」

 通路の側から、閃光手榴弾でやろう。まあ、三人のNANOスーツ兵をどうするのか、と言う問題もあるし、音で注意を引きすぎてしまうが、この際はこの事故は好都合だ。
まあ、さすがに沈みはしないだろうが、あとはクロークでうまく隠れればそれで何とかなるだろう。そうごく楽観的に考えたのは、どうせ降りたところで、ヘタを踏めば殺されるからでもある。

 ずりずりと後退し、ダクトのカバーをストレングスモードでこじ開け、着地する寸前にまたクロークを起動する。若干音が聞こえづらくなるのが難点ではあるのだが。

「……ショットガンがぁ、あればなあぁ」

 しょうがない、ストレングスでこじ開けよう。そう判断し、G36Kにダットサイトを装着して、ぐっとドアの前で踏ん張り、ストレングスモードで扉を蹴破る。
蝶番が跳ね飛び、ごりごりごりという金属のねじ切れる音とともにドアが倒れ、その瞬間に閃光手榴弾を部屋に投げ込み、体をさっと隠して目をシャッターで覆う。

「何だっ?!」

 隊長らしき男が、まちょりーに覆いかぶさろうとするが、その瞬間に閃光と轟音が生ずる。
そして、そのショックで天井やダクトの類から埃が噴出し、二人のNANOスーツ兵は、目のあたりを押さえ、発砲しようと安全装置を外そうとするが、埃の中から突入してきたまりさのG36Kの弾丸が、猫を絞殺したような声を立てて撃ち出され、片方の顔面にめり込む。
NANOスーツのマスクが変形し、衝撃を吸収しようとするが殺しきれず、頭から倒れこみ、もう片方はぐるりと回転したまりさの裏拳が頚椎の辺りに入り、スーツ側のショックの吸収もむなしく、ごぎりという骨の砕けるごく鈍い音が響き、回転しながら倒れこんだ。
頚椎の辺りを狙うのは、可動性の関係から、他の部分に比べてスーツのチタニウム合金製装甲が多少薄いためだ。

「まぁぁぁちょりぃぃぃぃ!」

 隊長がふらふらとしながら立ちふさがるが、それを踏みつけ、顔を手で覆い、うめいているまちょりーに飛び掛る。
拳を顔面にめり込ませ、やった、と考えるが、まりさが口の角をゆがめた瞬間、彼女は宙を舞い、通路の壁にしたたかに背を打ちつけかけていた。
スーツの衝撃吸収モードに、エネルギー限界から切り替わっていたことが幸いしてか、衝撃がうまく全身に逃げ、ぶるん、と装甲が震える。

 激しく咳き込み、顔を上げると、そこにはまちょりーが立っていた。
G36Kは衝撃で取り落としてしまったため、足のホルスターから45口径を引き抜くが、まちょりーの拳で強固なはずの銃身がぐにゃあと曲がり、薬室に入っていた弾薬が、衝撃で破裂する。
くそ、化け物か、と毒づこうとするが、しかしその言葉はまりさの口からは出なかった。
代わりに出たのは、顔面をしたたかに地面に打ちつけ、吸収し切れなかった衝撃によって肺から押し出された空気で発される、無様なうめきのみだ。吐気を催し、胃腑の中身を吐き散らさなかっただけ、まだしもましと言えよう。

「そのスーツ……西側の犬ね? 誰に雇われたの?」

 ぐい、とまりさの腕をまちょりーは掴み、吊り上げる。各種スーツ機能を封じる事ができる物が無いのか、幸いにしてその程度で終わった。幸いではないのは、まりさの腹に拳がめり込んだということである。
 肺の空気が押し出され、悲鳴に近い声が出るが、マスクを着けた状態で胃の中身を吐く訳にもいかず、必死で吐気をこらえるため、魔理沙は咳き込む。
膝を突くこともできず、暴れても蹴りが応えた様子も無い。そのころには、幸いにして悪態程度は出せるようになっていた。

「クぅソでも食ってろ、このアぁカのおーフェラ豚ぁ……!」

「え、なにこの若本声。ステキなのが微妙にムカつくわ!」

 もういいよ畜生、若本じゃないよ、私はまりさだよ! といいたいが、しかし言った所でどうなるわけでもないのだが。
スーツは確かに優秀だが、相手の身体機能の方が遥かに優秀である、というのは想定外である。なるほど、まりさというロシアのアンダーカバー崩れのゴロツキが、捨石として投入されるわけであった。
ぶつけても惜しくはないし、第一吐かれたところでシラを切れる。信義の観点からは大問題であるが、場合によってはロシアに責任をなすることが出来るというおまけ付である。

 そうしているうちに、閃光を直接浴びて昏倒しかけていた隊長格らしき男が銃を構えながら現れる。トリガーに指こそかかっていないが、XM-29のグリップを握り、まちょりーに大して目配せしている。

「まあいいわ、からだにたっぷり聞いてあげるから、ゆっくりしていってね!!!」

 ゆっくりしたくないよ! ていうかさっさと話せよこの筋肉ダルマ! と罵りの声を上げたかったが、首筋にめり込む指が、ぜいぜいという音以外を発させてくれない。
 まちょりーがまりさの腹にこぶしをめり込ませようとした瞬間、轟音が響いた。
それとともに、艦が大きく傾ぐ。いまだ、と判断したまりさは筋力を最大限増幅し、まちょりーの手首を力いっぱい握りしめ、そしてみぞおちに膝をめり込ませる。

「ぶるぅあぁぁ!」

「わたしのセリフだぜ!」

 そして、同じくバランスを崩している隊長格に向けられた銃口をぐい、と力任せに上に向け、顎にこぶしで一撃を見舞い、銃を奪い取って、ストックで頭をもう一度殴りつける。ふらついていた男は、もう動きもしなかった。

「まさか……」

 まちょりーはそう呟きながら、こちらの銃を見て舌打ちして全力で駆け出す。さすがに20mmは至近を通っただけで体がねじ切れ、命中すれば跡形もなく消し飛ぶというものであるから、あの怪物級の肉体でも耐えられないようである。

「まぁぁぁてぇぇぇぇッ!」

 XM-29のトリガーをまりさは引き絞る。サウンドサプレッサーを付けていないため、銃口につけられたマズルサプレッサーから四つの火が発せられ、そして銃弾が打ち出される。
榴弾が装填され、さらには着発森閑だったためか、角を曲がったまちょりーにかすりこそしなかったものの、大量の破片を豪奢な絨毯にぶちまけ、そして彼女の体にいくつもそれが刺さる。

「くそ、やったの?!」

 いや、スーツの反応は消えていない。いまだに元気に走り回っているが、下の階層、それも船倉に向かっていることがわかる。
ゆタイタニック号に重要な貨物が積んであったのか、と考えるが、しかし答えなど出なかった。まりさは舌打ちし、脚力を強化するスピードモードで追いかける。
 くそ、なんて早いんだ。そうまりさは反応を見て驚愕する。
スピードモードのエネルギーを使った全力疾走をしても、それでもなお追いつけない。これほどとは、さしものまりさも予想外であった。

「なんにせよ、当たればやれるんだ!」

 帰還はスーツがあれば何とかなる。こいつはなにせ、パラシュートなしでの500m以上の降下にすら耐えきる耐衝撃性能をもっているのだから、モードの節約さえ行えば、なんとか救助まで耐えきることはできるし、銃もある。
寒さに震えなくとも大丈夫だ、というのは安心であった。それが、彼女の足を速めている。

 船倉に行くまでに、銃をぶっぱなしているらんに遭遇したり、あっちこっちでの乱痴気騒ぎを通り過ぎ、へんたいだーッ!などと叫ばれながらもまりさは走り続ける。
うるさい、好きでこんな格好してるんじゃないよ!!!と叫びたいのをよっぽどこらえながら。どうせ出るのは若本声である。

 船倉の水密扉が壊れているのを確認する。おそらくはまちょりーの仕業だ。あの野郎、野郎じゃないけどなんて腕力だ、と舌打ちしながら、まりさもストレングスモードで筋力を増強して、扉をけ破る。

「おいついた……ぞ……?」

 そこには、怪異が存在した。ぬらりと青く光る体、下卑た歌があちこちから響く。
まちょりーは舞踊している。下劣な舞踊だ。フルートの音がどこよりか響く。まるでコーラスのよう。

「あ……あ?」

 悲鳴。野太い悲鳴。己の声帯から響く声とも思えぬそれを発しながら、その怪異に向けてトリガーを引き絞る。XM-29は、弾丸を忠実に打ち出した。
そのマズルファイヤこそが、現実を保証していたものだった。

だが、その青い怪異は、その爆炎を浴びても存在し、あまつさえは船倉をぶち破って外に飛び出す。そこから入ってきたのは、大量の海水だった。
鉄砲水に体を流され、パイプに頭を激しく打ち付けて、まりさは昏倒する。あれはいったいなんだったのか、それはよくわからない。



 だが、この世のものではなかったことだけは、まりさの乏しい経験からも明らかであった。彼のものは、何かを呼んでいたのだろうか。



4.After Mass


「……ここは」

 ほの暗い船倉ではなく、体が地についていることを意識する。どこかに流されたのだろうか。そう考えていると、どこかから響いてきた筒音に我に返る。

「しっぱいしたみたいだね!!!」

 すわこが戦車の車長席から顔を出し、こちらに12.7mm機関銃を向ける。銃は、ある。
 牙があるのならば、生き残ったのならば足掻かねば。XM-29のグリップを握り、まりさは脚力を強化するスピードモードで戦車に向け、駆け出した。

「ゆっくりしんでいってね!!!」

YuCrysis 了

あとがき

実は昔の企画ものの時に書いたは良いけど、投下するのを忘れてたよ!やったねノーマッド!ってな感じです。というわけで、多少増補改訂をしつつ。ゆっくりと動物の人でした。
後半はクトゥルフっぽいものです。Crysis原作では、軟体生物風の宇宙人が登場するのですが、それではちょっとなあ、と思って。あと、作中で人3人ほど死んでますが『乗客名簿では死んで無い』という屁理屈だったり。
各機能がなになんなのかわかんね、って人向けの参考

  • ss中から醸し出される雰囲気がFPSっぽいなと思ったら案の定ですね
    まりさってやつ修羅の道 -- 名無しさん (2009-11-29 19:49:30)
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最終更新:2009年11月29日 19:49