【2009年冬企画】間に合うかもしれないパチェさん(SS758)

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12月中旬某日


「間に合わせますから……お願いですからあと少しだけ待ってください……締め切りまで待ってください……………ハッ」







~間に合うかもしれないパチェさん~






「しまったわ……うっかり寝ていたようね…………」

紅魔館にある大図書館の一室にて、
魔女パチュリー・ノーレッジは冷や汗を浮かべながら呟いた。
すぐさま壁に立てかけている時計を見ると10分も寝てしまったようだとわかり、思わず呻き声が漏れる。
不眠不休で執筆していたしわ寄せとして居眠りをしてしまったらしい。

「まさかここまで切羽詰るとはね……泣き言を言う暇さえも無くなるなんて……」

このような事態となったことには複雑な事情があった。
年末に人間の里で開かれる個人製作の本や小道具を扱ったお祭りにて、パチュリーは自作のグリモワールを出品しようと考えていた。
彼女がこれまで書物を読み学んできた魔法や儀式の実践方法(主にサバト)を漫画形式でわかりやすくまとめ、即売会会場にやってくる歴戦の大魔法使い達も満足できるように、というコンセプトで描かれたものだ。
いや、『描かれた』という言い方はまだ正しくない。
何故ならば未だ執筆中であり、先行きの見えない状況であるからだ。

「疲れた……原稿がぜんぜん進まない……やり直しはやっぱりきついわ…………」

こうなってしまった原因はパソコンという外の世界の式神にある。
骨董品屋に流れ着いたものを妖怪の山の河童が修理・改良し、本来必要な電力というエネルギーを必要とせずに動作させることが出来るようにした一品。
作業効率が高まるかと思って導入したことが完全に裏目に出た。

「何でパソコンってあんなに壊れやすいのよ……」

HDDとやらの故障によってこれまでの作業がパー。
データも何もぶっ飛んで、それどころかパソコン自体動かなくなる始末。しょうがないので紙とペンを使いひたすら書き殴る他無い。
やり直しを余儀なくされ、ほぼ無休で執筆を続けた紅魔館メンバー。
開始当初は6人いたそれも一人また一人と過労と睡眠不足によって倒れ、今残っているのは小悪魔とパチュリーのみ。
このままでは印刷所に間に合うどころか原稿の完成ですら危うい。

「小悪魔、原稿進んでる? 小悪魔~。…………小悪魔ったらこの修羅場にどこ行ったの?」

パチュリーが寝惚け眼を擦りながら室内を見回す。
アシスタントである小悪魔の姿が見当たらない。トイレにでも行ったのだろうか?
そういえば小悪魔も一週間で合計休憩時間が3分という状況でよく頑張ってくれていた。
ちょっとばかし働かせすぎたけど、十数秒のトイレ休憩ぐらいなら大目に見よう。
そんなことをパチュリーは考えながら、小悪魔の作業がどのぐらい進んだのか、彼女が座っていたあたりまで歩く。
すると小悪魔が先ほどまで作業していた机の上に何か書いてある。なんだろうと覗き込む。










『労働組合に訴えてやる』

ご丁寧に血文字で書かれていた。どうやら魔界に逃げ還ったようだ。





「はい再召喚そしておかえりィィィ小悪魔ァァァァァ!! さぁこれから楽しいタノシイ『趣味』の漫画描きの始まりダヨォォォ!!」
「やだああああああああああ!! 私もう寝たいの~! 両目をつぶりたいの~!!!」

呼び戻された小悪魔の顔は絶望で染まっていた。
ちなみに趣味の漫画描きは仕事ではないので労働基準法に触れない。
毎日毎日24時間ぶっ続けで絵を描き続けても趣味ならばしょうがない。

「ルーラ! テレポ! 煙玉! こあぁぁぁぁ! 助けて大魔王様!! この魔女からは逃げられないぃぃ!」
「はい小悪魔、アナタのGペンと鉛筆とカッターと筆はこれよ♪ 四刀流ねすごいわかっこいいわ~♪」
「もう無理です間に合いませんよ! 冊子で誤魔化すしかないですよ~!!」
「そんなみみっちぃこと出来るわけないじゃない! ねぇ小悪魔、何が不満なの? 休憩したいのなら片目ずつ交互に瞑らせる許可をあげてるじゃない。右脳と左脳を交互に休ませてあげてるわよね。睡眠ってようは脳の休息でしょ」

【忙しい人必見! 眠らなくても仕事が出来る裏技!!】

① 右目だけを瞑り、左脳を休めつつ仕事
② 左目だけを瞑り、右脳を休めつつ仕事
③ ①~②繰り返し

「ほぉら、全然問題ないでしょ♪」
「体を休めてないですよ体を! 不満どころじゃねぇですよ! 大体脳なんて下等な器管に頼らない私達悪魔にとっては、睡眠っていうのは脳の休息じゃなくて体と心の休息なんです!」
「ウルセェこの脳なし! 黙ってこっちにきなさいよああもうこのやりとりで2分過ぎたぁぁぁ!」

本来だったらこうして揉めている時間でさえも惜しい。パチュリーは必死の形相で小悪魔を誘う。

「いいから早く戻ってきなゲッホゲホゲホ!」

先ほどまでまくしたてるように喋っていたツケがやってきたのか、決壊したダムのように咳が止まらなくなるパチュリー。
そしてそんな隙を小悪魔が見逃すはずが無い。

「今だ!! こああああああああ!」
「ゲホガホッ! しま、った! ゲホッ!」

パチュリーが発作を起こし吐血したために拘束作用が弱まった。
小悪魔は召喚用の魔方陣を滅茶苦茶にかき回してすぐさま脱出。
パチュリーが連れ戻そうとしたときにはすでに遅し。魔界に帰ってしまった。

「クソッ逃げやがったあの小娘! 鬼! 悪魔! ゲホゲホッ! ま、間に合わなくってもいいの!?」

パチュリーは親指の爪をガリガリと噛みながらイラつきを露にする。
再召喚は出来るのだろうが、冷静になった頭で考えてみると小悪魔を呼び戻したところで揉めて時間を浪費することになるだろう。
今はそんな時間も惜しい。諦める他ない。

「小悪魔め……アンタは今執筆中の本に出てくる女の子のモデルにしてやるわ…………とりあえず生やしてやるゲホッゲホッ」

今後の方針が決まったことは嬉しいが、必要な人員が欠けてしまった事が頭を悩ます。
ストレスのせいか、喘息だけでなく頭痛までする。

「ゴホッガホッ、あぁ……どうしよう…………」

最後の戦力であった小悪魔がいなくなったせいで残るはパチュリーのみ。
その事実を前に、ストレスと疲労によって体調が芳しくないことが絡み合ってパチュリーを不安にさせる。
アシスタントが欲しい、労働力が欲しい、一人では間に合わない。

「……そういえば妖精が寝ている間に本を作ってくれるって話が外の世界の童話にあったわね。ハッ、そんな都合のいい話あるわけないっての。ここの妖精メイド達は仕事すら満足に出来ないしやる気は無いわで遊んでばかり――」

その独り言がパチュリーの脳内を駆け巡った。

「妖精……妖精……小人…………ゴーレム………………そうか!」

光明が見えた。
これほど重要なことを何故忘れていたのだろう、余裕がないときは大事なものを見落とすものだと思いつつも、パチュリーはこの危機的な状況を打開する方法が閃いた。

「私にはアシスタントを作る魔法が使えたじゃない!」




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「えぇと、泥……はちょっと足りないわね。しょうがない、捏ねて形を変えることができるからお正月の餅つき用の餅米を合挽きに代用して…………」

以前、パチュリーと魔理沙は図書館の本を巡って幻想郷の少女達を象った小型の泥人形――ゴーレムたちを用いて激闘を繰り広げたことがある。
もっとも最近の魔理沙はそのような小細工を行なう事もなくなって自らの体で直接図書館に侵入してくるために、
パチュリーもそれに応じて低級なゴーレム達は制作しなくなっていたため、すっかり忘れていた。

「まさかあのときのゴーレム作りの経験がこんなところで活きるなんてね……魔理沙、それに関しては感謝するわ」

ゴーレム達は単純な命令しか受け付けず、複雑な行動が取れないがアシスタントくらいは出来るだろう。
それだけでも効率が全然違う。

「よし、泥――じゃなくて餅人形のベースとなる体は出来た。あとは知能を与える触媒として髪の毛ね」

パチュリーは部屋に落ちている紅魔館の住人の髪の毛を拾っていく。
執筆活動の手伝いをしていた彼女達の髪の毛を手に入れることは容易かった。


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ゴーレムの材料であり触媒でもある餅と紅魔館の住人の髪の毛を載せた魔法陣。
それに向かってパチュリーは呪文を唱える。
はやる気持ちを押さえ、けれども出来る限りの高速で。
儀式を始める前、パチュリーは心の中でアシスタントを作るのに時間をかけるくらいならその時間を執筆に当てたほうがいいのかもしれないと少しばかりの躊躇があったが、
目の前で繰り広げられる餅の変化を見ているとその躊躇も吹っ飛んでしまった。
呪文が進むと共に魔法陣からは煙が立ち上り、餅がシュウシュウと音を立てながら形を変えていく。
もうすぐだ、もうすぐ完成する。パチュリーはその手ごたえに昂揚感を得る。
そしてパチュリーが呪文を終えたそのとき、バフンと煙が立ち上り、魔法陣を覆い隠した。

「キタキタキタァー! さぁ来い私の愛しい愛しい奴隷達!」

パチュリーが煙の中にいるであろう自らの下僕達を呼び起こした。
けれども煙の中からは何の反応もない。一体どうしたのであろうかと一瞬不安になる。
しかしパチュリーはあせることはないと思い直し、アシスタントとなるゴーレム達が出揃った後の事を妄想する。
きっと自分が眠っている間に作業を全て終えてしまうに違いない。
なにせ自分が作ったゴーレムなのだ。それはそれは優秀なものになるだろう。
けれど、パチュリーのそれはあまりにも楽観的かつ甘い考えだった。
煙が晴れゴーレム達の姿が露になったそのとき、彼女は膝を落とし絶望した。

「失敗だ……」

レミリア、フランドール、咲夜、美鈴、小悪魔、パチュリー。
確かに顔つきこそ紅魔館の住人達の面影があった。
けれど、その者たちは持っていなかった。

Gペンでペンいれをする右手も――

鉛筆で下書きをする左手も――

カッターでトーンを削る右足も――

筆でベタ塗りをする左足も――

それどころか――

「人の形を……していない…………」








『『『『『ゆっくりしていってね!』』』』』『うー♪』
「オワタ」

ぷにぷに、むにむに、もちもち。
そんなファンシーな擬音を生じさせながらじゃれあう、紅魔館の面々の顔を持ったゴーレム達。
いや、ゴーレムなどという剛健な存在を連想するような響きとはかけはなれた物体がそこにはいた。
その姿を現すならば饅頭顔、生首、一頭身。
ようするに首から下、正確には顔から下が無く、その顔さえも弾力性のあるタイプのスライムを連想させる柔らかさを持った6体――いや6頭――はたまた6匹のナマモノ達だった。

『ゆっくりしたけっかがこれだよ!』『ゆっくりしなくてもこれだよ!』『ゆ~♪』『zzz(サクッ)』『ねるなみすず』『う~♪』
「私の……私の時間が…………」

パチュリーは目の前が真っ暗になった。
どうやら泥ではなく餅を使ったことに問題があったらしく、増してや体調が普段よりも優れない状態で作った。
そのためにクオリティが下がるのも無理のないことだった。

「あぁ……せめて、せめて頭だけじゃなくて、マドハンドみたいに手だけだったらよかったのに…………」
『げんじつがつらかったらにげてもいいの』『しかしまわりこまれてしまった!』『げらげらげら』
「うざっ」
『なんでうちらてがないの!』『しんりのとびらをひらいたよ!』『もっていかれたあああ!』『てをあわせるだけでれんきんじゅつができるようになったよ!』『しまった! てがない!』『う~♪』
「…………ハァ」

ため息も出ようものだ。せっかく時間をかけて作り上げたゴーレムが失敗。
制作にかけた時間は戻ってこないで、さらにこのゴーレム達はアシスタントとして用いることは難しそうだ。
まさに骨折り損のくたびれもうけ。

『ゆっくりしていってね!』『ゆっくりしていってね!』『ゆっくりしていってよー!』『ゆっくりしろ!』『ゆっくりしね!』『う~♪』

パチュリーは頭を抱えながら、椅子にもたれ掛かるように力なく腰を下ろした。
その横でゴーレム――ゆっくりゆっくり五月蝿いからゆっくりと仮称するが、そのゆっくり達を見て絶望した。

「駄目だ、絶対こいつらじゃ仕事になんない。何でこんなことになっちゃったのよ……」

頭を抱えて涙目になるパチュリー。そんなパチュリーの姿を見たゆっくり達。
ゆっくり達は円陣を組んで何かを話し合い、再度パチュリーに向き合った。
皆が皆眉をキリリと吊り上げ何かを決意したかのような表情だ。

『ごしゅじん~』『ゆっくりみていってね』
「何よどうしたのよ?」

パチュリーの特徴を持ったゆっくり。
ゆっくりパチュリーとでも言うべきか、その物体は一応は主人を認識しているようだ。
そしてゆっくり達は互いに何か示し合わせたかのように頷いたかとおもえば、

な、なんとゆっくり達が……!


ゆっくり達がどんどん重なっていく。





『『『『『かがみもち!』』』』』『うー♪』
「私に年越しを意識させんなぁぁぁ!」
『だめだったよ!』『おしょうがつはゆっくりできるのにね』『かわいくってごめんねー』

ゆっくり達はイヤアーと片目をウィンクしながら申し訳なさそうに見えない顔で反省した後、
再び重なっていき――

『『『『『トーテムポール!』』』』』『うー☆』
「同じだろうグハアァァァ!」

ゆっくり達は二度パチュリーに対してネタが受けなかったためか、少しばかり俯いた。
それも当然、パチュリーからしてみたらこのような物体に構っている暇なんて無い。
しっしと追い払おうとするが、ゆっくり達の様子がおかしい。
ジタバタ、ウネウネ。ゆっくり達は何故か離れない。

『『『『『やべ、くっついた!』』』』』『う~……』
「何やっとるか餅どもゲハァ!」

パチュリーは律儀につっこみを続けるあまり吐血。
あぁ私って長く生きられないなぁと思いつつ、薄れ行く意識の中で三途の川が見えてきたパチュリー。
よく見るとスカーレット姉妹と美鈴がバタフライで三途の川を逆走している。
吸血鬼って本当は泳げるんだ、スゲェ!

『あきた!』『とって!』『むああんむあふああん』『う~……う~……』
「あ~! うざったい! 外してやるから黙りなさいよ!」

くっついているゆっくり達を無理矢理外す。
柔らかくて癖になりそうな触感だと思ったことにパチュリーは若干の悔しさを感じた。

『とれた!』『じゆうだ!』『あんがと!』『かんしゃ!』
「ど~いたしまして……ケホッ……」

パチュリーは疲れた。突然変異を起こした魔法生物ほどタチの悪い存在は無いと痛感する。
寝惚けて作った自分が一番悪いんだろうなと自嘲するが、そうなるまでに自分が肉体的にも精神的にも追い込まれていたのだと改めて感じた。
自分は満身創痍。頼りになる労働力はない。締め切りは迫っている。
それらの重い事実を改めて実感し、体の奥から力が抜けていくのがわかった。
そして心が弱くなったとき、思い出したくも無いあのときの記憶が蘇る。




――うそ! 嘘よ! こんなのってアリ!? 何でパソコンが動かないの!?――

――う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん! わだじの、げんこ……う! わたじ……だぢの――

心細いとは、このような気持ちを言うのだろうか。

――寝ちゃ駄目よフラン……寝たら死ぬわ……――

――眠い……眠い…………いつもシェスタばかりしているツケが…………――

――咲夜さん、能力の使いすぎですよ。もう休んでくださ――咲夜さん!? 誰か、誰か担荷を!――

自暴自棄になるとはこういうことなのだろうか。

――もう無理ですよ間に合いませんよ――

そして、全てがどうでもよくなった。




「あ~もう、やめよやめ」




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『ゆ?』と、ゆっくり達が何があったのかと目を合わせる。
パチュリーはそのまま独り言を続ける。

「どうせ間に合わないし作っても出来の悪いものしか完成しないだろうし――」
『ごしゅじん~どしたん?』
「もうどうでもいいや。本当は間に合うはずだったけど、事故があったんだからしょうがないわ。そうよね私悪くないもん」

パチュリーはその場にごろんと寝転がり、ふて腐れる。

「私一人だけで頑張って、馬鹿みたい」

彼女は全てを諦め、緩慢なる破滅を選んだ。
そしてそんなパチュリーの持つ雰囲気を感じ取らずに擦り寄るナマモノが6つ。
まるで年端もゆかない子供達が新しい友人を歓迎するかのように。

『ごしゅじんもゆっくりするの~?』『やっとそのきになったんだね!』
「ゆっくりだろうがさっくりだろうがどっちでもいいわよ。あ~もう知ったこっちゃ無い。私知らな~い」
『なかまがふえるよ!』『やったねたえちゃん』
「勝手にしなさい。もうあんた達見てると羨ましくてしょうがないわ。気楽でなんも考えてなさそうだし」
『じゃあなかまにいれたげるね♪』『ゆ~♪』

ゆっくり達はパチュリーの両手両脚のそばに散った。
そしてパチュリーの手足に頬を擦り付ける。もっちりとした柔らかさに加え、微妙に温かくって心地よい。

「きゃっ、ちょ、ちょっとあんた達くすぐったいわよ」
『むきゅ~♪』『こぁ~♪』『じゃおん♪』『ゆ~♪』『う~♪』『う~♪』
「悪い気はしないけど、何かこそばゆいわね――ん? あんた達何大口を開けてるのよ?」
『とりあえずねー』『りょうてりょうあしをー』『ざくざくきりおとしてー』『だるまにしてー』
「やめんか一頭身共!」
『『『『『だめ?』』』』』『う~?』
「駄目に決まってるでしょうが! ゲホッゲホッ」
『ゆっくりできるのに……』『ゆっくりするにはてあしはいらないのさ』『ただあたまだけあればいい』
『ないすぼーど♪』『う~♪』
「こいつら人畜無害そうな顔してとんでもない奴らね……」
『おもったんだけど』『なにさ』『くびをきればすぐだよね!』『そっか!』『あたまいいね♪』『あたましかないけどね♪』
「納得してんじゃないわよ生首共。いい加減に黙らないとあんた達に足を生やしてタンスの角に小指ぶつけさせまくるわよ」
『ざんねんだね!』『むねんだよ!』

パチュリーはもう反応をすることさえも疲れてきた。パチュリーはゆっくり達を振り払い、ゴロンと寝転がりゆっくり達に背を向ける。
そんなパチュリーを見て、ゆっくり達は母を怒らせてしまったのか不安になった子供のような様子でおずおずと心配そうに顔を覗き込んだ。

『ごしゅじん~』『う~』
「なによ。私は今から眠るんだから静かにしなさいよ」
『なんでごしゅじんはゆっくりしないの?』『さっきからゆっくりしてないね!』『いまもゆっくりできてないよ!』
「………………」
『おしえてー』『ゆっくりきかせていってね!!』
「…………私が眠くなるまでの間よ。眠くなったらすぐに話は打ち切るから」










「ことの始まりは本当に普通。人里で年末に即売会があると小耳に挟んで、ちょっぴり興味があったから応募しただけ。会場に足を運ぶ気も無かったし、適当に薄い冊子を作って後は代役に売りに行ってもらおうかと思ってたの。だけど――」




――パチェったら即売会に参加するの!? 面白そうじゃない私もやるわ!――

――私もやる~♪ 面白そ~♪ いいでしょお姉様♪――

――私もいいですか? 門番なためか外勤ばかりなんで、たまにはデスクワークもやってみたいなって――

――陵辱系なら得意ですわ――

――どれどれ…………咲夜さん、マニアックすぎるどころじゃないですよこれ…………――

――これは確実に発禁になりますよね…………――

――ふふん、美鈴も小悪魔も大袈裟ね。そんなまさか(パラパラパラ)アグネ○早く来てくれー!!――

――お姉様、ア○ネスは召喚獣じゃないのよ(パラパラパラ)助けて○グネス~~!!――

――咲夜、貴方一人で描くと暴走の恐れがあるから、描く時は時を止める程度の能力の使用は禁止ね――


「――ってな感じで一気に賑やかになったわけ。そうなると当然規模も大きくなるわけで――」


――紅茶とお茶請けをお持ちしましたわ。少し休憩してはどうでしょうか?――

――やたー♪ 咲夜大好き~♪――

――ねぇパチェ、休憩前に言っておきたいんだけどここのシーンあるでしょ? このドロワーズの書き込みが甘いんじゃないの?――

――お嬢様、なんだかノリノリですね――

――美鈴、私のことはチーフって呼びなさい。いいわねチーフよ――

――お姉様ったらまた外の世界の漫画の影響受けてる~――

――でしたら私は編集長で。素晴らしい雑誌を作って見せますわ――

――咲夜さん、出版社ごと発禁になりますよ――

――むぅ…………――

――あははっ、咲夜さん拗ねないでくださいよ~――


「――とまぁ、皆で一緒にワイワイと描いてた。忙しかったけど悪い気はしなかったわ」

それは今となっては決して戻らないであろう楽しかった思い出。懐かしくて懐かしくてどうしようもない。
そしてその話を聞いたゆっくり達はというと目を輝かせている。

「どうしたのよ?」
『おもしろそー』『ちょっとやってみるね!』『ゆ~♪』
「あ、コラ。勝手に紙とペンを使うんじゃないわよ」

ペンを口で咥え、使っていない紙に向かって絵を描くゆっくり達。
どうやら好奇心旺盛な奴らのようで、人の話を聞いて真似しようとしているらしい。
ミミズが這いずり回ったような線はお絵かきと呼ぶことすらはばかられるが、その姿はとても楽しそうだった。

「見てると何か複雑な気持ちになるわね」

ゴーレムは大なり小なりそのモデルとなった人妖の性質を持つ。
今回のゆっくりと名づけた突然変異のゴーレム達は特に情緒が発達している。
そんなゆっくり達は、モデルとなった紅魔館の住人の「楽しく頑張っていた頃の思い出」を強く受け継いだのかもしれない。

「そうそう、丁度あんな感じだったわ」

ゆっくりレミリアはとても楽しそうだ。一番楽しんでいたノリのいいレミィのことが思い返される。
ゆっくりフランは意外にも上手い。レミィに褒められるとすごく嬉しそうにはしゃぐところが妹様みたい。
ゆっくり美鈴は常に眠そうだ。その代わり器用で姉妹への面倒見もいい。
ゆっくり咲夜はサポート係だ。秘めたるポテンシャルを持つがために援護に回った咲夜のように、常に皆が全力を出せるように細かい仕事をやり続ける。
ゆっくり小悪魔は不器用だ。だけどそれを補うかのように一生懸命に頑張っていた。こき使っていたのはちょっと申し訳なく思う。
そして、ゆっくりパチュリーはむっつりとした顔をしながら作業していた。
自分は傍から見たらあのような顔をしていたのかと苦笑する。
気になったので傍によってみる。

「アンタ、楽しい?」
『それなり~』
「素直になりなさいよ」



「…………ねぇ」
『どーしたのさごしゅじん』
「アンタ達に聞くのもおかしな話だけど、私って今から頑張れば間に合うかな?」
『『『『『『むり♪』』』』』』
「満面の笑みで言ってるんじゃないわよ! それとレミィみたいな奴、アンタ喋れるんじゃないの!」
『う~?』
「しらばっくれてんじゃないの。――まぁ、アンタ達がどう言おうと諦める気はないけどね」
『さっきはあきらめるとかいってたよ!』
「やっぱなし。私達が苦しんでる一方で、アンタ達だけ楽しそうにしてるのはなんか癪だし」
『ひねくれてるね!』

ゆっくり達はケラケラと笑う。口元が半開きになった妙に腹たたしい笑い方だが、どこか愛嬌がある。

『ごじゅじん~』
「何よ」
『ゆっくりをあいするこころをわすれないでね』
「忘れないでって、それ以前に愛してるなんて言ったことはないし――それに今は修羅場だから無理。ゆっくりしてる暇なんて無いわ」
『おーまいごっど』
「だけど――やらなきゃいけないこと全部が終わったら思い出すわよ」
『ぐらっちぇ!』

ゆっくり達の姿を見ていて思う、紅魔館の面々での作業はパチュリーが描こうと言い出さなかったらありえなかった。
それに締め切りなんてなくても本なんていくらでも自分達で描けるが、どうせだったら皆に見て欲しい。
この自己満足の塊のような、私達の思い出のアルバムを。


――そうだ、みんなで即売会に参加してみるのも面白いかもね~――

――お嬢様ったらそう言いつつも面倒ごとは私達に押し付けるんですから。どうせ会計は私達にやらせるんでしょう――

――私コスプレってやつやりたいな~♪――

――でしたら私がコーディネイトして差し上げましょう――

――咲夜さん、目が血走ってますよ――

――そういえばさ~――

――パチェは参加してみたい? それとも描ければそれで満足?――

――…………そうね――

――私は――

「さて、私もこれからみんなをしょっ引きに行こうかしら」
『『『『『『ゆっくりがんばっていってね!』』』』』』
「そうそう。ひとつ聞きたかったんだけど」



「ここってどこかしら? 私達が作業していた部屋じゃないわよね」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ん……」

顔に感じる冷たく固い机の感触と、肩に感じる温かく柔らかい毛布の感触。
パチュリーはぼんやりとした頭で現在の状況を推理する。
その意味することはワトソンですらホームズの助けを借りずに理解出来るほどに簡単なものだ。

「夢……だったの……?」

先ほどまでの賑やかで五月蝿くて暢気で陽気なナマモノ達は夢幻の存在だったのだろうか。

「だとしたら、これは一体……?」

机の上には、あの半開きの妙に腹の立つ顔で固まったままのゆっくり達。まるでゼンマイが切れたブリキのおもちゃのように動く様子が無い。
そしてゆっくり達のすぐ傍には、ゆっくり達が描いていた線を載せた紙があった。
相変わらずグチャグチャとしていて、何を描いたかわからない。
だがしかしこれらが先ほどのゆっくり達とのやりとりが現実であった出来事だと証明する証拠にはならない。
パチュリーのゴーレムは普通これほどすぐに動かなくなったりしない。最初から動いていなかったということも考えられる。
またゆっくり達が描いていた線に関する説明はもっと単純だ。パチュリーが寝惚けて紙に描いたという可能性がある。
結局のところゆっくり達とのやりとりや夢だったのか、それとも現実だったのか、それはわからなかった。
ハッキリしていることは、数時間経過しているということと、だるさが残りながらも体力が回復しているということだった。

「………………………………」

パチュリーは眼前のゆっくり達の動かない姿を見て、脳裏にゆっくり達の動き回っていた頃の姿を浮かべる。
思わず笑いがこぼれる。夢にしても実際あったことにしても、奇妙にもほどがある存在だった。
そして気が付く。自然に笑うことが出来るほどの余裕が自分に生まれていた事を。

「よし、ギリギリだけどこれから頑張るかな」

まずはみんなを無理矢理連れ戻しにいこう。嫌がられようが死に掛けていようがかまうものか。
全てが終わった後、仲間はずれにしたことに対して文句を言われるよりはましだ。
そしてやるだけやってみよう。気力だけは充実している。






◆◆◆◆◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




ガリガリガリガリガリガリガリガリ。

「あ~まさか復活してから即原稿を描かされるなんてね。いくら吸血鬼がアンデットとはいえ扱いが酷いわよ。三途の川は冷たかったわ~」
「ほんとだよねお姉様~。いたいけな吸血鬼をこんな目に会わすなんて~キャハハハハ。あ~なんか私今テンション高いすっごくテンション高い。今だったらずっと寝ないでも大丈夫な気がする」
「フラン、気を抜いたら駄目よ。ちょっとでも気を抜いたらガクンと眠気が襲ってくるわ」
「へ~気をつけないと。それにしても、飽きっぽいお姉様がよくこんな辛いことを投げ出さないでいるね~」
「あら、吸血鬼が飽きっぽかったら何百年も毎日毎日血なんて飲めないわよ。吸血鬼はこの世で一番根気溢れる種族なの」
「へ~495年吸血鬼やってるけど初めて聞いた」
「そうね、例えるなら人間達は栄養があるからって500年間毎日3食欠かさず青汁を飲んだりするの? しないわよね? どんな人間でも100年くらいで飽きちゃうでしょ?」
「なるほどね~。人間って飽きっぽい生き物なんだねぇぇぇそれに比べて吸血鬼って凄いなぁァァ」
「そうよねそうよねぇぇぇ」

ガリガリガリガリガリガリガリガリ。
レミリアとフランドールが原稿に筆を走らせて、その隣で美鈴が昼寝を求めながらベタを塗り、すぐ横で咲夜がトーンを削る。

「眠い……眠い……眠い……眠い……シェスタしたい…………」
「美鈴しっかりしなさい。寝たら殺すわ」
「普通そこは『寝たら死ぬわ』ですよ咲夜さん!? 何でそんなに殺る気満々なんですか!?」

美鈴の眠気がバッと醒める。殺気とは眠気と酔いを醒ます一番の特効薬だ。

「背水の陣よ。貴方は追い込まれることで力を発揮するタイプだから」
「咲夜さんってば私の事を追い込むっていうか追い詰めてるじゃないですか!?」
「ちなみに背水の陣とはいうけど、貴方の場合後にあるのは川じゃなくて崖ね。場所は千尋の谷」
「そんなライオンか何かじゃあるまいし!?」
「よく言うじゃない、獅子は我が子を千尋の谷に叩き落とすって。厳しい親ライオンならではの野性味溢れる愛情なのよ」
「『叩き落す』じゃなくて『突き落とす』ですよ! 親ライオンってば殺意満点です!」
「『クックック、これであの邪魔なライオンの血筋は途絶えた。もう俺を止められる者はいない』」
「ライオンキングで似たようなシーンありましたよ!?」

そんな二人が冗談を言い合えるのは元気な証拠だ。たとえそれが瀕死の状態での空元気でも、元気は元気。
冗談を言うことが気力の充実につながり、残り少ない体力を補うのだ。
そしてその更に隣では、つい先ほど無理矢理連れ戻された小悪魔に対して、パチュリーが道具を差し出している。

「はい小悪魔、アナタのGペンと鉛筆とカッターと筆はこれよ」
「………………………………………………………………」

小悪魔が逃げ出したことについては無理もなかった。前回逃げ出した直前は紅魔館の皆が倒れて精神的に折れそうになった状態で、魔界の悪魔達でさえも過酷さのあまり逃げ出すような修羅場。
そんな状況に一度は追い込んで、更にまた地獄に舞い戻らせるのは鬼畜の如き所業に違いない。
けれど、パチュリーはそれでも小悪魔を連れてきた。
前回本当に体力も精神もギリギリになるまで描き続けてくれた小悪魔。そんな彼女と原稿完成の瞬間の喜びを分かち合えないのは御免であった。
そんな我侭で自己中心的な考えをしていることをしている自分を自嘲する。

「…………パチュリー様ったら、本当に悪魔使いが荒いですね」

小悪魔は怒っているとも泣いているとも笑っているとも言える複雑な表情で道具を受け取った。

「………………逃げてごめんなさい」
「気にしてないわよ、ほらさっさと仕事しなさい。それとこっちも悪かったわね」

あの時ギリギリまで手伝ってくれてありがとう。一番言いたかった一言が喉でつっかえてしまった。









彼女達は円状のテーブルを囲みながら作業をする。
一人だったら60分掛かる仕事も、2人だったら30分で済む。6人ならば10分だ。
実際にはそれほど単純ではないが、気力の充実した者達が必死に頑張れば不可能ではない。
けれども遅れていたという事実は変わりない。これから先は今まで以上の地獄となる。文字通り血反吐を吐きながら描き続けることになるであろう。
体力と気力が枯れ尽きても。


「咲夜」
「はい」
「熱いコーヒーを頼むわ」
「かしこまりました、今ここに用意しております」
「ありがとう、さすがね」

パチュリーは熱いコーヒーをぐぃっと煽る。苦い。けれども目が冴えてくる。

「まぁゴーレムに仕事を全部やらせようとした私が甘かったのかもしれないけど」

パチュリーは帽子を脱ぎ、その長い髪を紐で一括りにまとめる。髪が作業の邪魔をしないために。

「目的と手段を間違えていたら世話ないわね」

パチュリーはそのふわふわとしたローブを脱ぎ捨てる。少しでも手足を動かしやすくするために。

「自分達の本を作る。だから絶対に作り上げる。間に合わせる」

パチュリーはふわっと宙に浮いたかと思うと、右手に万年筆を、左手に鉛筆を、右足にカッターを、左足に筆を持った。


七曜の魔女パチュリー・ノーレッジ。
先ほどまでは体力が落ちていたが故に出来なかった、彼女の持つあらゆる属性の魔法を組み合わせ同時に操る技術を今こそ活用する時だった。

右手はGペンでペン入れを行ない――

左手は鉛筆で下書きをして――

右足はカッターでトーンを削り続け――

左足は筆でベタ塗りをやり続ける――

「キシャアアアアアアアアアアアアア!!!」

両手両脚が蜘蛛のようにシャカシャカと蠕き、四肢を蛸のようにクネクネと躍らせる。
エクソシストという外の世界の映画で背面返りのままベッドを降りてきた悪霊のような姿勢だ

「私達もパチェに続くわよ!」
「「「「おう!」」」」

パチュリーに続き少女達が両手足に文房具を持って宙に浮き、同じ姿勢を取って金切り声を上げながら漫画を描き、6体の背面返りがベッド上で踊る。


6人で6分の1、更に両手両脚を使うことで更に4分の1、掛け合わせることで24分の1。
女達は丸一日掛かる仕事を1時間で終わらせる。








◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






悪魔の住む屋敷、紅魔館。

「う~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」

その一室にて一生懸命に執筆し続ける少女達。

「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハアァァァァァァ!!!!」

彼女達は円卓を囲んで必死の形相で描き続ける。

「あちょおおおおおおおおおおおおお!」

汗だくになり、目は涙を浮かべ、指先からは血をにじませながら。

「WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY」

考えてることは皆同じ、絶対に間に合わせる。

「こぁ~~くまくまくまくまくまくまぁ!!」

そして長い長い余生でいつの日か、このような馬鹿があった日のことを思い出そうと。

「ゴホガホゲハガハグハゲハァゴハアァァァァァァ!!!」


そんな円卓の中央に位置するは、彼女達を一頭身にディフォルメしたかのような物体。
ミミズの這いずり回ったような線が引かれた紙を囲み、ペンが口元に差し込まれている。
まるで、皆で楽しそうに絵を描いているかのようだった。

  • 脳を休める方法を思わず試しそうになってしまったレポート中の自分。
    休まるかぁ!!!
    ああ、ゆっくりしたい……もちもちぷにぷにしたい…… -- 名無しさん (2010-01-31 00:59:13)
  • アグネスのくだりで爆笑したw 咲夜さん普段どんだけ自重してないんすか。 -- 名無しさん (2010-02-07 03:58:50)
  • ちょwwwwwwwwwww
    PADIOwwwwwwwwwwwwwwwwwww
    -- 名無しさん (2013-05-02 22:10:46)
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最終更新:2013年05月02日 22:10