ゆっくりもんすたあ 第三話前半

 戦い終わって日が暮れて、疲れを癒して夜が明けた。
始まりはれいむとの出会い。旅の一日目はれいむとの信頼。
これかられいむと共に歩んでいく道を僕は不安に思いつつも、楽しみである想いが心の中で溢れていた。
昨日みたいな辛いことだってあるだろう。命にかかわるバトルをまたさせてしまうかもしれない。
でも、れいむ自身がこの僕に『ゆっくりしていってね!!!』と言い続ける限り旅はずっと続く。どうしようもなく続いていくのだ。
それが昨日僕が思い、感じたこと。れいむもそう思ってるかな、と僕は少しほくそ笑んだ。

 次の町は倫敦の如く霧が陰る町『コウマシティ』。そこに僕らが目指すゆっくリーグの第一歩である『ジムリーダー』がいる。
 バンダナを外し、ガーゼを取り替え僕はメディカルセンターを朝一に出発した。
朝風が髪を吹きつけてとても気持ちがいい、昨日の疲れが風に吹き飛ばされていくようだった。
「さて、行くか!!」
「…………………」
 僕はそう意気込んでれいむを見たが、れいむは何かプラカードみたいなものをもみ上げで持って無言でこちらを見つめている。
そのさわやかとは程遠い妙な状態に僕は疑問を持ち、れいむの持っているものを覗き込んだ。
『労働条件改善求ム!!ゆっくりノ人権ヲ守レ!!!』
 と、拙い文字でどでかく書かれていた。これ父さんが持ってるの見たことある。
「………………あの」
「メーデー!メーデー!」
 ゆっくりに人権があるのかとか、たった二日でこんなことほざくのかとか、色々言いたいことがあるけれど。とりあえず言葉よりもまずため息が出た。
こんなれいむで本当にやっていけるのかなぁ………



 ゆっくりもんすたあ 第三話 『新たな出会いと新たな仲間!』

「がんばれがんばれ~」
 カザハナタウンとトキハシティをつなぐ道、れいむの気の抜けた応援を聞きながら僕は草むらをかき分けていた。
色々思考錯誤した結果れいむのわがままを聞き入れるには新しいゆっくりを捕まえることが一番だと考えたからだ。労力を分散すれば一人ひとりの負担は軽減できる。
幸いボールは昨日子供たちからお礼として三つほどもらってある。準備の方は問題ない。後は捕まえるだけだ。
「ゆっくりがんばってね!!!」
「お前も頑張れよ………」
 ただれいむはというとどっかのニートのように働きたくないらしく今は僕の腕に収まっている。
正直意外とこれが重くて辛い。頭の上に乗ってくれたらまだ楽なものの僕の髪がちくちくすると嫌みのように常時文句を言ってくるから仕方なく腕に抱えてるのだ。
傷もあるからバンダナを付けるわけもいかない。せっかくの朝のさわやかな気分が台無しだ。
「さて、どんなゆっくりが出てくるかな」
 とりあえず気持ちを切り替えて僕は昨日の朝孫子に教えてもらったことを何回も反芻する。
ゆっくりの体力を削り、ゆっくりボールを当てる。そうするとゆっくりがゆっくりボールの中に入るがしばらくはゆっくりボールが動き続ける。
ゆっくりボールの動きが止まったら捕獲成功。中からゆっくりが出てしまったら捕獲失敗。
 うろ覚えだがそれでよかったはずだ。何回も確認しながら僕は右手にゆっくりボール、左手にれいむを携えて草木をかき分けていく。
そして、人間の生首のような一頭身が視界に入った。
「見つけたァ!!」
「ちーん!見つかったァ!」
 やせいのゆっくりみすちーがあらわれた!
またみすちーか、とつい僕は舌打ちしてしまう。この辺はみすちーの生息地なんだろうか?
とはいえ選り好みなんてしてられない。まず始めにやることはゆっくりの体力を削ること!
「よしっいけっ!れいむ!」
「…………………………んあ?」
「……いけっ!」
「…………」
 あれ?なんで反応してくれないの。
「あ~わかってるよ、やっぱりしゅんおにーさんにはれいむが必要なんだね、今の見ておもったよ」
「そうだよ、だから今だけでもいいからあのみすちーを追い詰めてほしいんだ」
「…………れいむは愛されてるね、信頼されることがこんな気持ちいいなんて思わなかったよ
 分かった、おにーさんの気持ちが言葉でなく心でりかいできたよ」
「れいむ……………」
 先ほどとは打って変わったような反応だけど、信頼してくれて気持ちいいという言葉を聞いて僕は少し嬉しくなった。
れいむも、やっぱり僕と一緒にいたいのかな。
「でも断る」
「はあ!?」
「そうはいかないよ!!!このれいむをダマそうっつうんだなァァアーーーーーッッ!!
 れいむは頭がいいからまた働かせようとしてるのがわかっちゃうんだよォォ!!ボケッ!!」
「お、お前……………」
 昨日の戦いで頭を打ってどこかイカレちまったのか!?
とにかくこれじゃあ戦闘ができない。戦闘ができなきゃゆっくりも捕まえられないし悪質な循環にのめり込んでしまう。
「とにかくめんどくさいから代わりが来るまでれいむはなあんにもしないよ!とっととボール投げて捕まえちゃってね!」
「え、ええと。大丈夫かな……」
「ピッチャービビってるぅ!?ちんちんちーん!」
 とりあえず不安なまま僕はゆっくりみすちーにボールを投げつける。
みすちーはやけに素直にボールに当たってくれてそのまま光となってボールの中へ入っていった。
「よ、よしっ!一応入ったぞ」
 一応第一段階は成功だ、そして動きが止まるまで、止まるまで………
「ちんちーん!!」
 だがそんな聞きなれた卑猥な言葉がボールから上がり、みすちーはボールから出てしまった。
やっぱり、ゆっくりをちゃんと捕まえるためには体力を削らないといけないのか。
 なられいむを捕まえたときのように僕自身の手で体力を削ってやろうと思ったがゆっくりみすちーはそのまま発声練習した後リズムを取り始めた。
「や、やばっ!歌は聞いちゃいけない!」
 なぜだか知らないけど歌を聴くと眠くなるんだ。僕はとっさにれいむを抱えるのを忘れて耳を塞いだ。
「あぎゃん!」
 その際れいむが地面に落ちたが気にしてられるかぁ!イカレちまったれいむなんてもう知ったこっちゃねえ!
「あ、1,2,1,2,3,4!もう戻れない~この真宵の細道に~蠢く~うずめく~忍び迫りよる夜雀の音~♪」
「ううう~」
 持ち歌の『もう歌しか聞こえない』をベースにしてゆっくりみすちーは陽気に歌いだす。
ダメだ、聞いちゃいけないということはわかってるけど、何気にいい声してて聞かずにはいられない!
「く、くぅ!こ、こんな、こんな………」
「ゆぅぅ…………」
 れいむも苦痛の表情を浮かべながら僕と同じように耳(?)をもみ上げで塞いでいる。
人間の僕でさえこんなにも影響があるんだ。なら同じゆっくりであるれいむはどれほど苦しいことか!
「ゆ、ゆ、こんな2ボスの曲なんかで……少女綺想曲のほうが……いい曲だね!」
「ちんっ!?」
 れいむの言葉を聞いた途端みすちーの歌声が止み僕はようやく耳から手を離すことができた。
貶されてショックを受けたから歌を止めたのだろうか、個人的にはミスティアの曲の方が好きだけどな。
「ゆぅ、こんな腋巫女にばかにされちゃったよぉ!」
「やーいへたっぴへたっぴ!すずめはおとなしく鰻でも焼いてろ!」
「ちんちーん!!!バンドけっせいしてやるぅーーー」
 れいむの罵倒に耐えかねてみすちーはこの場からとっとと逃げ去ってしまった。
一応ピンチは脱出できたことになるけれど……肝心の目的は達せないままだった。
「次からはがんばれ!」
「応援は嬉しいよ、手伝ってくれればなおも嬉しい」
 手持ちのボールだって限りがある。さっきのみすちーを捕まえかけたボールも開閉部分がバカになってもう使えそうもない。
所詮量産品か。でも一回限りなんてひどすぎるやい。

 やせいのゆっくりナズーリンがあらわれた!!
「よし!いくぞ!」
「ゆっくりがんばってね!!」
 色々歩き回ってようやく二回目の挑戦、れいむの応援を背に受け僕は腕を大きく開き捕獲の態勢に入る。
大丈夫、僕のゴッドハンドを信じるんだ。
「え、ええと………そちらのゆっくりはたたかわないので…………?」
 ナズーリンはれいむでなく僕が前に出てきたことに困惑してるようだ。
こういうのってやっぱゆっくりから見ても変なのかな?
「今日は僕が相手するので、よろしくお願いします、ぺこり」
「やなこった!!」
 と、ゆっくりなずーりんは僕が一礼している隙に踵を返して逃げ去ってしまった。
ジロウとの戦いでナズーリン種は足が速いということを知っている。それを裏付けするかのようにナズーリンの姿もすっかり遠く、小さくなってしまった。
「人間とたたかうなんてそんなリスクの高いことはしないよ!さいならさいなら」
「あ、こら!」
 僕はれいむを連れていくのを忘れて逃げているナズーリンを追っていく。
いくら足が速いといっても名前の通り『ゆっくり』を信条にしているゆっくりだ。
離されこそはしなかったが、如何せんタイムラグが大きく距離を縮めることができなかった。
「くうう!待ちやがれ!」
「まつかいな!」
 このまま走り続けていたらいつか草むらに足をからめとられて転んでしまう。そして足があるのは僕だけだ!
でもこう走り続けていたらあいつの体力も浪費していくだろう。ある種、今が最大のチャンスだ。
「よしっ!」
 僕はすかさずバッグの中から二個目のゆっくりボールを取り出す。
こんな状況のためかあまり近づいて投げることができないけれど、逆にいえば互いの距離があまり変わっていないということだ。
 近づけなくても十分狙いが定められる。
「うおりゃああああ!!」
「ちゅーーーーーーーーー!!!」
 逃げるナズーリンに向けて僕は足をしきりに動かしながらも構えて大きく振りかぶった。
だがその瞬間突然視界が地面の方向に移行し始め、顔面に衝撃が走った。
「あぎゃぶうううう!!!」
 額がこすれる!!傷がひらいちゃうううううらめえええええ!!!あ、血ぃ出た。
「いでええええ!!こけたぁぁ!!」
 ガーゼを抑えながら顔をあげて前を見るがナズーリンの姿はすでになく、僕は肩を落として重々しく立ち上がる。
その時右足に妙な違和感を覚えた。
「げえっ!草結び!逃げながらやってたのか!?」
 完全にしてやられた。ナズーリン達のホームであるこの森で追いかけっこなんてするべきじゃなかったんだ。
とりあえずこの足に絡みつく草をほどこうと両手を動かし、そこで右手に納めていたゆっくりボールが壊れていることに気がついた。
転んだ時の衝撃で壊れちゃったのか………この量産品めェェェッッ!!
「このっ!このっ!なんてもろいものくれやがるんだよ!!」
 僕は怒りにまかせて壊れたゆっくりボールをとにかく踏みつけまくる。
壊れたゆっくりボールがボロボロのぐちゃぐちゃの破片へと変貌していく。ざまぁみやがあればーかばーか!!
「いや、流石ににげられた腹いせでものにあたるのはどうかと」
「やかましいわい!」
 いつの間にか追いついてきたれいむを一喝し僕はようやく怒りが収まる。
これで残りのゆっくりボールは一個を残すのみ。もう引くことができない。
「というわけだ」
「なにがさ……どうせれいむにちゃんとたたかってほしい、ってわけでしょ」
 れいむはふてぶてしい笑顔をふてぶてしい呆れ顔に変えてため息をつく。
理解してくれるのは嬉しいけど、やっぱり戦ってくれないんだろうなぁと僕もため息をついた。
「わかる、わかってるよ。おにーさんだって苦労してること……
 昨日だってみんなのためにふんこつさいしんがんばってくれたもんね」
「それは……お前が……」
「れいむはおにーさんの手持ちゆっくり、おにーさんのためなら頑張るよ」
「じゃ、じゃあ次こそは僕のために………?」
 れいむは目を閉じ、大きく息を吸って、口を開いた。
「だがこと…うぷぷっ!!!」
「そうかぁ!!僕のために戦ってくれるというんだな!!ありがとうれいむ!ありがとう僕のゆっくり!」
「ゆぐぅーー!!ゆぐぅーーー!!」
 断るなんて言わせるものか!!!
この血塗られた手、れいむを捉える事が出来ずボールも投げられなかった手だけれどこうしてれいむの口を塞ぐことだって出来るんだぞぉ!!
「あっはっはっは、頼もしいなぁれいむは!ほんとほんと頼もしい頼もしい!流石というべきだね!」
「ゆがぁーーー!ゆがぁーー!」
 れいむも手伝ってくれるようだし!次こそはがんばるぞぉ!あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!はぁ。


「あ~あの少年もいっちゃったわね……」
「きっともうもどってこないわよ、だから姉さん秋らめてこのもりでふたりなかよく暮らしましょう?」
「あまい、あまいわ!みのりこ!もしかしたら忘れものイベントとかお使いイベントで戻ってくる可能性があるわよ!」
「………姉さんのそのチャレンジ精神は秋れるほどたくましいわね……でもあの子が次行くとしたらジムのあるコウマシティよ……姉さん、じしんある?」
「なによ!一面中ボスだからってなめないでちょうだい!私のメイプルストーム(狂いの落葉)さえあればどんな新参だろうが古参だろうがちょちょいのちょいよ!」
「……さきほどおっきいゆっくりを目の前にして木の上でぶるぶるふるえてたのは?」
「あんなの現れたらだれだって……ぐすん」
「………ね、姉さん」
「そうよ、所詮私は一面中ボスよ。その上弱点の多い草タイプよ…………こんなわたしをいったい誰がつかまえてくれるっていうのよ!」
「…………姉さんのバカァッ!!」
「アボォォッッ!」
「他人から秋られても、1面中ボスだからって秋れられても、草タイプだからって秋らめられても!チャレンジ精神をなくさないのが姉さんのはずよ!」
「みのりこ…………」
「草タイプなら水や地面タイプをあいてにすればいい!一面中ボスなら番外編にでればいい!種族値が低かったらきたえればいいだけの話じゃない!」
「…………そうよね、秋らめないからこそのあきしずは。みのりこ!いまからわたし適当にきたえてくるから!あの少年が来たらすぐよびなさい!」
「あ、ね、ねえさん………」
「こらぁそこのみすちー覚悟しなさい!」
「ちんちん!こっちは歌をけなされてきがたってるんだよ!あっちいけあっちいけ!」
「きゃーー!つつかないでぇ、飛行タイプの技はにがてなのよぉ」
「姉さん……………………あ、いっちゃった…………」
 結局しずははみすちーに追われて森の奥に行き、みのりこは陽気が照りつける森の中ぽつんと残されてしまった。
というのが今僕が木の陰からこっそりと覗いた様子である。
「初めて見るゆっくりだなぁ……調べるか」
 僕はゆっくり図鑑を開き、その頭にブドウを乗せたゆっくりについて調べてみた。

                _ __
         ,.. -――C○ィ )     ̄ ̄\
      // ̄ヽ    ゝ○o _      ヽ
    Y   //\ /    \`L_       ',
   .,'   /    ゝ、__,..-、\  ̄`i う) i
   |  / i   イ ,ヘ  ヽ  \ `  し' |
   ゝ、| 斗jナ ル  ヽ、ナ‐- ',ヽ、 ハ !  \
      T{∧{ (ヒ_]     ヒ_ン ) i} リ   `T ‐ヽ
    _ノ  ム!""  ,___,   ""/     !_」
    ゝ._ノ人   ヽ _ン   ∠ノ     |
     `ー‐ >, 、 _,. <_Z_  /ノ/
      / ̄_ヽ`ー-一'イ==≠二
                          ゆっくりNO、105 みのりこ
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ふうじんろく いちめんにでてくる あきしまいのいもうとのほう
あねを さしおいて いちめんのおおぼすなものだから なかがわるいとおもいきや いがいとそうでもなかったり
ちかづけば やきいものいいにおいが するけれど あねにまけず こっちもじこしゅちょうするから きをつけよう

「やきいもかぁ……」
 三年生の秋、お母さんと一緒に食べたことが今でも思い出す。なんとなくだがあの匂いをもう一回だけちょっと嗅ぎたくなった。
「よしっ!いくぞれいむ!」
「………分かったよ………これで失敗したらみかぎってやる」
 れいむも戦ってくれるようで準備は万全。やっぱりゆっくりにはゆっくりだと僕は改めてその言葉を胸に刻みつける。
一度深呼吸して僕は木の陰から飛び出しそのゆっくりの前に勢いよく立ちふさがった。
「神妙にお縄につけぇ!」
「せりふちがうって!」
「え!あ!えええと!?」
 ゆっくりみのりこは僕たちの突然の登場に困惑している。いわゆる先制攻撃のチャンスだ!
「れいむ!たいあたり!」
「ゆぅーーーーーー!!」
「ゆぅきゃああん!」
 れいむの体当たりによってみのりこは大きく吹き飛んでいく。
そのまま逃げられても困るので僕はすぐさまれいむを抱えみのりこのすぐ近くへと持っていった。
「続けてオウレイフウカノン!」
「……あ、えっとわかったよ!」
 起き上がる隙さえ与えずれいむのリボンから送られる風がみのりこの体を再び吹き飛ばした。
「きゃううううん!」
 なんか一方的な気もするがそんな日もたまにはあるだろう。
みのりこは仰向けになっていて、何故かは知らないが気だるそうにぼんやり空を見上げていた。
逃げるだけの体力はもう残ってないのか。今がチャンスだ!!


 唐突に現れ攻撃された時は焦ったけど、よくよく見てみるとこれは姉が言っていた少年ではないのだろうか、とみのりこは横になったまま思う。
とげとげした赤髪、子供にしては長身、そしてゆっくりれいむ。
さまざまな特徴からみのりこはその目の前の子どもが噂の少年だと確信する。
 それならば早く姉を呼ばなければとみのりこは思ったがそれと同時に邪悪な思いが芽生えた。
今この少年はおそらく私を捕まえようとしているのならば、何故ゆっくりトレーナーの手持ちとなることで人気者になる機会を姉に譲らなくてはならないのか。と。
表にこそ出さないけれど、私だって人気者になりたい、オリキャラと呼ばれたくない!
「さあ!お投げなさい」
 気が付いたらそんなことを口走っていた。姉への裏切りとも取れるその言葉を。
「言われなくても、投げてやる!うおりゃあああああああああああああ!!!」
 シュンは最後のゆっくりボールを右手に持ち、大リーグさながらに足を上げ投げる体勢に入った。
(ああ、姉さん。わたしが、わたしは勝者となったのよ!)


「そりゃあああああああああああああああああああああああ!!!!」
 最後の一個だからか、これで失敗したら見限ると言われたからか自然と緊張していたのだろう。ボールを掴む力も強くなっていく。
そのせいで掌が熱くなった、そのせいで汗をかいた、そのせいでボールと指の間の摩擦が減っていった。
そのせいで、そのせいで、ボールは離す前に指から滑り抜け、
狙いを定められず勢いだけついたボールはみのりこを狙うはずもなく、みのりこの後ろ側にあった木に大きな音を立ててぶつかった。
「……………………………」
「……………………」
「…………………………」
 僕もれいむもみのりこさえもこの状況に声を出すことができない。
えっと、何?最後の最後で、ミスった?ウソだろ?ウソだろ?ウソだろ?ウソだろ!!!
「れ、れいむ。その、ぼくをみすてないで、おねがい、おねがい」
「ぐだぐだいってないでもう一回やれぇぇ!」
「はいぃぃぃ!」
 れいむの一喝によって僕は少し正気を取り戻し、僕は地面に落ちたゆっくりボールを取りに行く。
だがあまりにも力を込めて投げたためか、最後のゆっくりボールは全体に亀裂が入っていて使えるような状態ではなかった。
三回目だとこの量産品め、と怒る気にもなれない。それに今回は僕に非がある。
「…………は!あ、ええと、つぎのやつなげてもいいのよ!」
 ようやく正気に戻ったのかそんなことを言うみのりこ。
なんだろうか、もしかしたら僕たちの仲間になりたかったのかな。
すっごく楽しみにしている顔してるけど事実を伝えたらどう思うのだろうか………。
「………ごめん、もうボールないの」
「ゆがーん!」
 帽子を吹き飛ばすほどみのりこは驚き、数秒の無言の後僕に背中を向けて物寂しそうに空を見上げた。
春真っ盛りだというのに、その後頭部には秋の憂愁が漂っている。
「ああ、やっぱり姉さんを裏切ることなんてできないのね……しょせんおりきゃらはおりきゃら……」
 気の毒な事をしたと思う。せめて一番最初にこのみのりこと会っていれば捕まえてあげることができたかもしれないのに。
今の僕はその寂しい背中をじっと見つめることしかできなかった。
「それでは………りんごやぶどう、くりとかすききらいしないでちゃんとたべてね……」
 そう言い残しみのりこはとぼとぼと森の奥へと去っていった。
「……おにーさん」
 ぽつんとれいむが呟き僕は身を震わせる。きっと愛想を尽かしたんだ。もうチャンスはないんだ。
「その………こんな僕だけど……‥…行かないでくれぇ…」
「なにいってんの?べつにれいむはおにーさんと別れるつもりはないよ!」
「!!!」
「いっしょにいるだけだけどね」
 お前ってやつは、こんなへぼくて情けない僕に優しい言葉をかけてくれるのか。
こんな、こんなお前のわがままのために新しいゆっくりを捕まえようとして失敗した僕に。
「でもチョークスリーパーX!」
「グェーーーーッ!!」
「最初からお前が働けばこんな苦労はなかったんだよ!こんにゃろっ!」
「やめろっ!ないくびをしめないでぇ!」
 やっぱ働きたくないからって甘やかすもんじゃないや。
そもそもれいむが傍にいなくたってちゃんと僕は生きていける、れいむは僕の中でそれほど大きな存在でもない。
でも技を掛けられてもなおノリノリなれいむを見てると、どこか楽しそうで僕もつい笑ってしまった。
「…………………ああ、ふゆがおわったのに、切ない」
 と、木の陰からさっきのみのりこがそんなこと呟いたものだから驚いた。
もうどこか行っちゃったのかと思った。なんか楽しそうなところ見せちゃって申し訳ないなぁ。
「……わかった、あきになるまでひっこめばいいんでしょ……」
「あ、いや、その……いつでも待ってるからね」
 みのりこは哀愁漂う背中を見せて再び森の奥へと向かっていった。
あの背中を見ていると大好きだった秋が終わって冬が訪れたときのことを思い出してどこか切なくなる。
どうにかならないものか………
「…………使えるかな………?」
 僕は手に持っていた壊れたゆっくりボールを見てそう思った。
一応亀裂が入ってるだけだから、本質的な部分は壊れていないのかもしれない。
僕はその希望を信じてゆっくりボールを狙いを定めてみのりこに投げつけた!
「アギャッッ!」
 ……………下手な妄想は希望とは言わない。
投げられたゆっくりボールはみのりこの頭に直撃し、みのりこを吸い込むことなく地面に落ちて完全に壊れた。
その上狙いを付けて勢いまで付けてぶつけたためみのりこが昏倒してしまうありさまだ。
「……………」
「…………」
 本当に、済まない事をしたと思う。
だがその瞬間みのりこの体が光になって、みのりこのいた場所にボールらしきものが残された。
「!?え、え、え」
 突拍子のない事態に僕とれいむは戸惑う。
今のみのりこの反応はゆっくりがちゃんとしたゆっくりボールをぶつけられたときのと同じ反応だ。
ということは、えっと、どういうことだろう。
「あのボールがなおったのかも、きっとおにーさんの思いが奇跡をおこしたんだよ!」
「そ、そうか!くぅ~~~~!!」
 僕は感激のあまりに身を震わせ、その微かな奇跡に全力で感謝した。
これで、あの子の思いも、れいむのわがままもすべて叶えることが出来るんだ。
そこらのトレーナーと同じことをやっただけだけど、僕はやっぱりなんか嬉しかった。
「され、みのりこげっと……あれ」
 嬉々として取りに行こうとボールに近づいた僕だけど、よく見ると地面には二つのゆっくりボールが転がっていた。
一つはみのりこを捕まえたゆっくりボール、そして草陰に隠れて見えなかったもう一つは全体に亀裂の入ったボールだった。
何だろう。もうひとつの奴どっかで見たことあるぞぉ。
「うにゃーーーーーーーーーーーー!!!」
 そんなこんなで現実逃避していううちに叫び声とともに側頭部に激しい衝撃が走った。
なんで昨日今日とでこんな頭部にダメージが来るんだろう。なんて分析してる場合じゃない、痛い。
「うぎゃあああああああああああああああ!!!」
「ひとのゆっくりをとったらどろぼうだよ!めっ!」
 側頭部を抱えて転げ回る僕にそんな十代女性特有の高い声が上から聞こえてきた。
とりあえず昨日の額ほど痛くはなかったからすぐに立ち上がることが出来た。そしてその声の主をこの目で確認する。
「うにゃあ」
「えっと君は………」
 濃い蒼色の髪が肩のあたりまで伸びていて顔立ちは全体的に整っていて小柄、僕の目から見ても可愛い女の子だ。
服装は蒼色全身タイツの上に膝の上の裾を切ったジーンズ、前の部分を大きく開き胸を強調した半袖のジャケットと目立つが意外とそれを着こなしていた。
身長は僕より数センチほど小さいくらい。孫子とそう変わらないだろう。
「あたし?あたしの名前は氷蛹 深月(ひさなぎ みづき)、めんどいときはミヅキって呼んでいいよ。あなたは?」
「えっと僕は相次 瞬……っていきなり人の頭に飛び蹴りすんな!」
「ツッコミおそっ」
 いつの間にかれいむも近づいてきていたみたいで足元で冷たい目をしながら僕を見上げていた。
僕はその視線からかわすためにれいむを持ち上げあえてミヅキさんの前に突き出してみる。
「あ、れいむだぁ。でもふっつーのれいむだね」
「いやふつうとかって言われても………」
「かわいいなぁ、にゃあん」
 ぷにぷにとミヅキさんはれいむのほほをつついたりなでたり、でも荒々しくなくゆっくりとの付き合い方をちゃんと理解しているようにも見えた。
最初は嫌がっていたれいむもいつしかゆ~ゆ~と嬉しそうな顔になっていった。ちょっとパルパル。
「んにゃ、でもまったくシュン君ったら人のゆっくりを取ろうだなんてはなはだしいね」
「ちょ、ちょっと待ってよ、僕がいつ人のゆっくりを取ろうとした?」
 そんな悪辣非道なこと僕はした覚えがない。むしろそういうのは許せないタチだ。
と思っていたら美月さんは先ほどみのりこを捕まえたゆっくりボールを拾い上げて僕に見せつけるように突き付けた。
「これ、あたしのボールなんだけど。シュン君取ろうとしたよね」
「ごめんなさい」
 最初っからこのボールは僕のじゃないって分かってたんだ。つい魔がさしたんだ。
さっきまでの自分は本当の自分じゃないんだ!
「邪気眼のつもり?」
「ごめんなさい」
 こんな可愛いのに精神を攻めてこないでよ。こっちだって我儘なゆっくりのせいでいろいろ大変なんだから。
「ちょっとまってごらぁ!」
 と、僕が限界まで収縮しているとその我儘な僕のゆっくりがいきなりミヅキさんに向かって怒鳴り声をあげた。
「その……あきなんとかはこのれいむがよわらせたんだよ!それを横取りなんてひとのこといえないね!」
 ……………確かにその通りだ。お前いいこと言った!
まぁだからって僕が悪くなくなるわけじゃないけど。
「…………横取り?」
「そうだよ!つかまえる権利はこのシュンおにーさんにあるんだよ!それをよこから」
「ボールなくなっちゃったみたいだけど」
「………………」
 そうなんだよな、いくらあのままバトルを続けてもボールが無い以上捕まえることは出来なかったんだ。
捕まえる権利なんて無意味に近い。後は倒すか逃がすか、どっちにしたって今と変わりなくミヅキさんがみのりこを捕まえていただろう。
「でも!こっちが捕まえられないからって……ええと、その……」
 れいむも反論できる要素が見当たらなくなっていたのであろう、だんだんしどろもどろになっていく。
困った顔が少し可愛いが流石にゆっくりに任せては人間として顔が立たない。こっからは僕の仕事だ。
「確かに、僕はあの時点では捕まえられませんでした。しかし横取りみたいな行動はやっぱ悪いとおも」
「壊れたボールぶつけられてるの見ちゃったら……ねえ、かわいそうだから早く助けてあげなきゃって思わない?」
「ごめんなさい、捕まえられるかなと思ったんです、決して悪気はないんです」
 もう駄目。僕らに100%非がある以上もう何を言ってもこっちの心が痛くなるだけだ。
僕はため息交じりにれいむを抱えあげてそのままミヅキさんに一礼した。
「そのみのりこ……捕まりたがってたから大事にしてください」
「うん、見てたから知ってる。言われなくても当然にゃうん」
 その時のミヅキさんの姿は、どこか見知った顔と重なった。
あっちが気の強いイメージに対しこちらは軽快なイメージであるが、ゆっくりに対する思いは同じなのかも。
僕は一瞬の光景だけでそんなことを思ってしまった。
「それじゃ、また」
「にゃおーん」
 そんなこんなで別れのあいさつをして、僕はゆっくりとトキハシティに向かう道へと足を進めていった。
結局最初の目的を果たせないまま、いや最初の目的さえも忘れたまま。


「はたらきたくねーーー!!」
 トキハシティに戻ってそこらの飲食店で昼ご飯を取った後、れいむのその叫びで僕はようやく最初の目的を思い出した。
そうだそうだ、れいむが働きたくないから新しいゆっくりを捕まえようと思ったんだっけ。
「でもゆっくりボールがないんじゃどうしようもないじゃないか」
「……この町とおにーさんの町、違うのはなーんだ?」
 え、えっとトキハシティとカザハナタウンの違い?
僕は精いっぱいカザハナタウンのことを思い出しそれと窓の外の風景と比較してみる。
まずカザハナタウンはあまりビルのようなものがほとんどなかったけどこのトキハシティだと名物のようにビルが二、三軒建っている。
それとここは結構新しい。カザハナタウンは全体的に古ぼけた店が多かった。
けれどそれらの差異がいいこと悪いこと、なんて僕にはわからない。住めば都、蓼食う虫も好き好き、人によって評価は変わる。
「いや、完璧悪いところあるじゃん」
「……なんだっけ」
「しょっぷだよしょっぷ!」
 そういえばカザハナタウンにはフレンドリィショップが無かった。
その施設の不備のおかげでゆっくりボールが買えず僕は素手でれいむを捕まえる羽目になったんだ。
「あ、そうだな。ここのショップで買えばいいんだ」
「わかれ!」
 元々れいむのわがままが原因だからいつの間にかモチベーションがダダ下がりしちゃったんだよなぁ……
先ほどのこともそれに拍車をかけている。正直今は気乗りしない。
「ほら!さっさと行かないとれいむもどっかいっちゃうよ!」
「………………働きたくないならそんな急かさなくてもいいのに」
 とりあえず会計を済ませ、僕はのんびりとフレンドリィショップへと向かった。場所はメディカルセンターのすぐ近く、走ったから、覚えてる。

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最終更新:2010年10月18日 13:34