都合の悪い赤子 後

※ゆっくりの出番が若干少ないです
※直接的では無いですが、今回かなりグロテスクな表現が一部あります
※東方原作キャラが登場します
※かなり勝手な解釈と妄想で書かれているので、そうしたものが苦手な方はごめんなさい



 「ほーら、見てご覧。面白いよねえ」
 「おお、大量大量」

 鶏小屋は見ているだけで面白かった。

 「元々、鶏肉なんてそんなに食えないでしょ?だけど、ああやって飼育して、どんどん増やすから楽に肉も卵も
  食べられるって寸法さね」
 「うちでもやろう!」
 「そりゃ面倒だし、妖怪はそういう事をやっちゃいけないな」

 建設業はどうなんだ、と言いたかったが黙っていた。

 「こうやって、他人が努力して作ったものを掠め取るのも妖怪の仕事のひとつさね」
 「そうかなあ………」


 それが、初めて山内の人家を、軽く見学した時の最初の思い出だった。 









 立ち去る間際に、リグルは老人の変化に気がついていた。一応一言添えようとしたが、相手から先に口を出される。

 「感謝はしとるんだが」
 「うん」
 「蟲もより分けできんかの。ムカデばかりがどうしても馴れんのよ」
 「そりゃしんどいわね。でもある程度一塊になるのは仕方ないのよ。次からは工夫してみるから、まあよろしく」

 この独居老人が頼んでいる時刻は午前3時。仏の人間は最も起きていられない時間だ。
 貴重な得意先の一人だが、彼からその輪が広がっても、あまりリピーターはつかない。何故だ。
 今日は月に一度の回収日だった。
 キリがよいのでこのまま帰ろうとしたが、やはり気になりリグルは言った。

 「刺され過ぎじゃない?」

 無論、リグルの操る蟲によるものではない。多少隠す努力はしたのだろうが、浴衣から見える腕等は気の毒なほど
晴れている箇所があった。

 「いや、何と言うか」
 「……………」
 「見た目はアレだが、あんたは蟲のカタマリみたいな妖怪なんだろう?」

 薄皮一枚隔てた中には、筋肉ではなく無数の蛆や芋虫や羽虫が蠢いて位構成されている、とでも思われている
のだろうか。
 妖怪という以上に、蟲としてのリグルに気を使ったのか。

 「………殺虫剤の残り香位で死ぬほどやわじゃないいし、虫除けくらい私のいない所で使ったら?変に気を使って、
  そんな爛れた腕なんて見せないでちょうだい」

 この客の素性は実はよく知らないし、これ以上知る必要もないが、ふと、リグルは何故「落ち込んでいたり自殺しよう
としていたり、犯罪を犯している人間の肉の方が旨い」と言われるのだろうかと気になった。
 この老人はあまり旨くはなさそうだし、犯罪とも程遠い印象があった。
 リグルは片手で会釈しつつ、その場を後にする。
 あのまま、また虫除けも使わずに、次の料金の徴収時に爛れた腕を見せるのかもしれない。本人も鬱陶しいだろうに、
何度言っても聞かないのだ。






 「だからさ」

 焼酎を注ぎつつ、ミスティアはは自分が発想したつもりで話した

 「根本的な解決として、焼き鳥なんてものを作り出した人間自体を、全部食べちゃえばいいのよ」
 「………」
 「いやいや、これはちゃんと根拠があってね? 何も全員を殺せって言ってる訳じゃなくて、焼き鳥を普段食べないし
 これからも食べない奴は助けてあげて……」
 「色々言いたい事は山ほどあるが」

 客の一人が言った。

 「俺(人間)の前でそういう話を擦るってのは、何の嫌がらせだ?」
 「これは問題だのう。夜道での人攫い・詐欺行為・暴力行為はまあ一般的な事と諦めても、一種族の人間の
 殲滅を考えている訳だ」

 巫女さんに言うかねえ?
 いや、それ以上に紫様の方がいいような。
 ―――半分は冗談だったのに、  とミスティアは慌てて全員の杯におかわりを一杯ずつ振舞った。
 最近、麓の巫女さんの動かなさが目に余ってきて、仕事は山の神社の巫女さんに奪われている様子ではあるが。

 「こっちも意識して、鶏肉の話は厳禁にしてるし、猟の話すら自嘲してるのに、そういう言い分はないんじゃねえの?」
 「むしろ、こっちが妖怪に絶滅してもらいたいって思うことがあるぞ。こないだみたく、無意味に家畜が殴られたり、女房が
 巴投げをくらったりするとな」

 おいおい、と×が悪そうな顔で、横目でにらみつつ、河童が一気に一杯呷る。

 「妖怪がいなくなったらどんだけ困ると思って……」
 「ああ、そら解る。少なくともこの八目鰻の店が無くなったら、鳥目も治せずに困ってしまうわ」

 この場では最年少の青年に、一同憐れみの視線を送る。解っていて乗っている事と、知らずに乗っている事では話が違う。
 どちらにせよ、両者がいなくなることは、どうこう言う以前に想像が難しい。
 とくに、簡単に絶滅しそうで絶滅しない人間がなくなるのは――――

 「私達が一番困る」

 紅葉の髪飾りをつけた唯一の少女が、仏頂面で一杯呷っていたが、それが誰なのか思い出すのに、全員多少時間が
かかってしまった。









 「一体いつまでこんな事続けるんだろう?」

 山の頂上付近はやはりまだ寒かった。
 そういえば、あまりまともに麓の神社を観察したことが無い。夜が多かったし、裏手で
 何かをしていたばかりだった。
 だから、少し前にできたこの山の神社の比較対象が彼女にはないのだが、それでも
中々圧倒されるものがあった。
 これだけ離れているにも関わらず、妖怪退治に随分率先して呼ばれたほどである。

 「一度でいいから、ちゃんと御腹一杯になってみたいの」
 「でもさ。その何だ。これは何回も言ってきた事だけど、例えば人の肉ってそこまで味が変わるって訳じゃないんだ。
 確かに、そいつの死ぬ直前の気持ちによって味が変わるってことはあるみたいだけど、他のものでもいいわけだし」
 「何?怖い?」
 「いや………何故あんなに、凶暴な性格の巫女さんを驚かせる事倒す事にこだわるのかな?と思って」

 小傘は何やらわざとらしく膨れ面で言った。

 「あの人間は凶暴って訳じゃないよ」
 「いやいや」
 「とにかく、あの巫女さんを一度は打ちのめさないと、私の人生が始まらないの!」

 人じゃないだろうという指摘は置いておいて………聞くところによると、あの巫女にとって、小傘がかなり最初の段階で
倒した妖怪退治の相手だったのだという。
 逆に、あの巫女が小傘にとって最初に驚かした相手であるとか、小傘が生涯最初に退治された相手であるというのなら
話は解る。しかし、この場合は小傘が一方的に被害者であるし、相手にとって自分が初であるというのは、何やら目線が
相手に向きすぎている気がする。
 その山の神社の巫女に一矢報いることに拘泥しているのは、何の理由があるものか。

 「よほど酷い懲らしめられ方をされたんだね」
 「いや、だからあいつはそこまで悪い巫女さんじゃないよ」

 今でも思い出す。
 あの日、捕まえた人間をわざと麓の神社の裏手で食べようとしたら、緑が基調の、山の巫女がやってきた。――――
彼女自身のゆっくりと一緒に。
 「妖怪を屠るのにそもそも理由なんて無い」と笑顔で言い放つ巫女の前に立ちはだかったのは、最近できたお寺の
僧侶と、そのゆっくり(何故だかゆっくりの顔は異様に恐怖を感じた)。
 熾烈な戦いを縫うようにして、虎の妖怪と入道に保護されたと思っていたら―――その場で取り押さえられ、里の人間に
謝るように強制された挙句、こってりと説教を喰らった。
おかげで今何とか無事でいられる訳だが、あの寺の連中が、人間の妖怪の味方なのかいまいち少しわからなくなってきた。

「地味にきつかった………」

 お辞儀の角度がまだ高いだの、「すみませんでした」じゃない「ごめんなさい」だろ だの、 謝る声が小さいだの…………
しまいには、里の人間が実際に食べられた訳じゃなし、と

「それじゃ、行ってくる」
「うん。まあ気をつけてね」

 生きて帰って来い、と冗談を言う気分にはなれなかった。
 神社前の茂みから、元気良く戦いに向かう友人を見ながら、ルーミアは深くため息をついた。
 どうしてこうも、自分の周囲には自身の気持ちをコントロールできない奴等、折り合いをつけてうまくやれない奴等が多いの
だろう。

 殊更、地底のキスメ等はその代表だ。
 あれだけ人間を小ばかにしておいて、こちらの話は理解し無い上、いざ目の前に現れたら、すぐにすくんだ。
 しかも、赤ん坊(?)に対してだ。

 ―――ゆっくりれいむなら、あの小傘には何と言ってくれるだろう、と考えて、改めて思うと、あの饅頭がそこまで適切なアドバ
イスをしてくれた訳ではないことに気づく。
 そして、それがきっかけで行動しても、ロクな事にはならなかった。
 なのに、ルーミアは巫女さん同様、ゆっくりれいむの事をどこかしら基準にして考える癖ができつつあった。
 こうして、食べる訳ではなく、驚かせようと、毎晩自宅に挑みに来る妖怪に対して、麓の方ではどんな対応を取ってくるだろう?
 決して手心を加えてくれるような人間ではないが――――――

 「まったく」

 多分全力で戦うことになるだろけれど………この時、ルーミアは、何故か麓の巫女さんを比較して悪く言われる事や―――
―――小傘も、何かしら山の巫女さんを批判する事を、反射的に否定してしまう事に気がついてはいなかった。
 誰にでも、そういう相手はいるのだろうか?
 リグルとはそうした話はあまりしないが、ミスティアはたまにそうした事を漏らしていた気がする。どこぞの亡霊についてである。
 どんな種類の想いにしろ、必ずしも思いの方向は一致しない。大抵一方通行になるものだ。色々な思いを受けている二人の
巫女さんも、また別に他の誰かに対して想う所があるのだろう。
 世の中は、思い通りにいかないようにできすぎている。

 「あら、今日は早い…………」

 そんな事を考えている内に、顔を腫らして、小傘は本当に早々と神社から戻ってきた。
 いつも思うが、本当に生きて帰れるだけマシだ。

 「色々変えてみたんだけど………」
 「驚かし方に関しちゃ、傘開くだけでしょ? 掛け声が『バァ』から『とりゃあ』に変えたとかそんな所じゃ改良とは言えないね」

 そもそも普通に神様二人がいるはずなのだが………

 「お腹すいたなぁ……… なんか、早苗にも神様達にも、『また来てね』とかまで言われるし、馬鹿にされすぎ…/・・・」
 「鰻でも食べよう。ミスティアにおまけしてもらって」

 何か重要な事態になりつつある気がしたが、小傘の泣き顔を見ていると、ルーミアまで空腹になる。
 夜の山を、大きく闇をまとってゆっくり下りながら、小傘は泣きながら言った。

 「こんなに苦しいならさ」
 「うん」
 「思い通りにならないならさ」

 屋台はまだやっているだろうか?



 「最初から、早苗になんか遭わなけりゃいよかった  むしろ、あいつと最初から遭わなきゃよかったってごくたまに思っちゃうの」



 それが普通か?
 いやいや、妖怪としてではなく一個人の立場なら―――――と改めて小傘の身になって想像してみて、ルーミアは言った


 「すごく解る。  それ、皆同じだと思う」


 そして――――突発的に思いついてしまった



 「ちょっと地下に行ってくる」






 ヤマメの仕事というのは良く解らないが、割と彼女はよく動いている。
 色々な所に顔を出し、適当に話をしたり愛想を振りまいたりする。
 決まった何かがある訳でもないのだろうが、兎に角呼ばれる。能力に関係していない事は確かだ。よほどの事が無い限り、
地底の連中を感染症にした事は少ない。
 「アイドルってのはこういうもの」と一度だけ言ってたと思う。顔や佇まいを見せて、影響を与える事が重要なのだと。
 それとなく想像はつく。
 同様に勇儀も割と忙しそうだが、彼女は割と自分から、(多くは揉め事などに)出向いていく。時には思い切り戦闘になって、
力で周りを押さえつけて、解決してしまう。
 中でも一番勤勉なのは、パルスィだったりする。
 一見暇そうな仕事だが、橋の管理は勿論の事、地上からの来訪者・地底から外へ出る者達の送り迎えと、道案内や、
入り口付近の清掃など、ちょうど境目は彼女がいなくては相当見苦しいものになるだろう。
 おまけに、少し前の間欠泉の騒ぎで割りと地上とのやりとりが増えてしまい、彼女は最近あまりゆっくりできていない。
 皆、それぞれの仕事を持っている。
 正直、地底は想像以上に楽だ。
 仕事はしてもしないでもそこそこ暮らしていけるし、先程言ったヤマメも勇儀も、別段あれが決まった仕事という訳でもないし、
酒を飲んでいる時間のほうが多いだろう。
 皆、自分でそれとなく見つけたものだ。
 地上にいた頃はどうしていたかは、それとなく聞いた。
 ―――自分の意志で地下に潜った者
 ―――周りから追い立てられるように潜ったもの
 後者の場合、実際に迷惑をかけてそうした状況を作った者と、能力自体が危険すぎてただ嫌われていた者にも分けられる。
 キスメは、さしたる危険な能力はなかった。
 だが、彼女は自ら潜った。

 今、そんな隔離所において、旧都と地上の最後の境の橋から、最も離れた目立たない場所で、桶の中にすっぽりと入っている。

 (結局このまま)



 ちゃんと目を背けずにいたつもりだったが、いつしか思い出したくなくなっていたことが頭の中で鎌首をもたげている。



 (永遠に隔離されていた方がいいんだ)

 居場所なんてないのだろう。
 もう全然立ち直れないし、立ち直る気も無い。
 腹だけが減ってしまった。
 それでも、この桶から出たくはない。
 「地獄」が、跡地だが身近にある場所だから、死んだらどうなるかはそれとなく想像がつく。
 きっと恐ろしい所だろう。恐らく、地底のいかなる嫌われ者の妖怪達よりも、残酷な拷問に遭わされるのだ。一方で、怯えながらも
それを望んでいる自分がいることに気がつく。

 今まで、忘れて自分勝手にやってしまったのだから当然か。

 膝を抱えて座っていた状態から、横になって胎児の様な体勢になると、少し楽になった。
 こんな形で、じわじわ苦しいながらも、一人でゆっくりと朽ちるのなら、それもいいかと思うと、気分も楽になった。
 呼ばれたのは、その時である。

 「KISS ME!!!」

 似たような名前があるものだと思ったが、最初はヤマメとキスメ、よく間違えられたものだ。聞き間違いだろうと思って更に丸くなっていると、
声が近くなった。

 「KISS ME!  KISSSS ME!! KISS MEEEEEE!!!  ぷりーず」

 何やら変な節をつけて歌っているように呼んでいるので、段々イライラしてくる。しかも声は近づいてきていた。
 抑揚も感情も無い、機械のような声だったが、それが却って非常に非常にマヌケな印象をもたらしている。

 「キ・ス・ミィ ー !!!  どこなのー ゆっくり返事してねー。桶の中なの? 桶ごとどこかの中なの?」

 どうやら、キスメの事らしい
 しかし、出るつもりはない。

 怖い

 自分が酷い目に遭うのではなく―――――――
 「他人の痛みにならいくらでも耐えられる」という言葉がある。
 「妖怪と人間の違いは、他人の都合を考えるか考えないかだ」と旧友のルーミアが言っていた。
 それは多分ウソだ。
 少し前まで、キスメもそう思っていたが、地霊殿に来て、それだけでは妖怪も生きていけないようだと知った。
 だから、自分はここでずっと桶から出ずにいるのだ。
 その方がためになる。
 しかし、

 「キス ミー  ゆっくりしていってね!!!  ゆっくりしていってね!!! ゆっくりしていってよー!!!」

 これはイライラする。
 勝手に向こうから尋ねてきて、何故に「ゆっくりしていってね」などと言う。
 何事かと思って、ついに桶の外を見ようとしたら――――
 頭をぶつけた。
 蓋がある。

 ……………自分で蓋をした覚えはないのに…………

 仕方なく蓋をどけようとしたが――――――重い。
 何か漬物石でも置かれているのかと焦っていると、呆れた声が聞こえた。

 「れいむ………あなたが今乗っかっているのが、そのキスメの桶よ…………」
 「ゆゆっ! これは失敗した。身近に見えてないこともあるんだね!!!」
 「いや……知っててやってるでしょう」

 何か柔かく、重い物が動く音がして、いつ乗ったか解らない蓋が除かれると――――スキマから、見知った顔が
二つほど覗いた。
 ルーミアとヤマメである。少し離れてパルスィも。
 キスメが恐る恐る体を外に出すと、ルーミアは何か丸いものを慌てて背中に隠した。
 何だろう?もの凄く気になる。
 ルーミアは、少し嬉しそうにしていたが、イザあった時の言葉を考えていなかったらしく、口だけを動かしてもどかしげに
している。
 気分は悪くなかったが―――――こうした今のキスメを作ったのがきっかけを持ち込んだのがルーミアだと思うと、素直に
一緒にいることを喜べない。
 ややあって、ヤマメが気まずそうに見守る中、意を決したように、ルーミアは言った。

 「地上に出よう」
 「え?」
 「それで、人間を攫いに行って、一度退治された方がいい。あと、それから会わせたい巫女s」

 とんでもなく巨大な鬼火が、ルーミアの頭上に落下したのはその瞬間だった。




 「子供っぽい感情なんだけど」

 ルーミアの手当てをしながら、ヤマメも気まずそう

 「何かしら手に入らないと、辛すぎてそれが最初からなかったらよかったのにって思う事があるさね」

 建築など、途中で欠陥に気づいて土台からやり直す時もあるが、手を加える場合、本当に一から壊したくなる。
 建物はまだいいが、やり直しが利かないことが色々多すぎはしないだろうか?

 「とりあえず、キスメの事を心配してくれるのはありがとうね」
 「――――いや、こっちも悪かった」
 「今度は体は生やさないで来てあげたのにー  色々下が痛いよ!!!」

 途中まで浮遊しながらくればいいものを、「面倒だから」とわざわざ生首のまま飛び跳ねてきたゆっくりれいむだ。
 入り口の所で、待っていてくれた。
 わざとらしく痛がっている割りには、あまり下側(?)は傷ついていない。柔らかそうに見えて丈夫なのだろう。
 割とキスメは強かった。

 前に会ったあの時―――――――攻撃を喰らわなくてよかった。


 あの日。
 いきなり現れたゆっくりれいむに怯えたキスメは、そのまま桶の中からでてこなくなり――――桶ごと、どこかに飛んで
逃げていった。
 ヤマメ達も、探すのに苦労したという。
 あの時はまともに聞けなかったが、今なら聞ける。

 「一体何があったの?」
 「人間にこっぴどくやられたとか?」

 それならば、あの攻撃性も、実際見たときの恐怖も理解できる。
 ヤマメは頭を振った。

 「違う。人間を殺したのさ。当たり前の話だけどさ」




 当時、キスメはある林の非常に狭い範囲の樹上で活動していた。
 まともに人間を正面から襲った経験はなく、通りかかった者を、頭上から不意打ちにして殺していた。だから
人間についての知識はかなり少ない。
 そのままの生活をずっと続けていたら、いつか 人間=頭頂部 という認識だけで生きていたかもしれない。
 ヤマメと出会ってからは、割と色々な場所に連れられて見聞は広まったが、基本的に今も昔も世間知らず
である。

 ある日、遊びに林を訪ねると、何かを抱えて困っている。
 傍らには頭を打ち砕かれた死体があったから、何か変わった物でも強奪したのかと思っていた。

 「これ、初めて見る。何これ?」

 赤ん坊だった。
 不意打ちを喰らった人間が連れていたのだろう。そんな物騒な所を子供を抱えて通るのも問題だが、赤ん坊は
赤ん坊で暢気に寝ていた。

 「これは―――――人間の生まれたての状態さね」

 説明しても上手く理解してもらえず、樹上生活で鳥の巣なら見たことがあるのか、人間の雛 等と例えていくと
理解してくれた。

 「ほっへー 珍しい~」
 「里に行けばそこまで珍しくもないんだけどね」

 キスメは余程興味を持ったのか、キラキラとした目で、小さな椛のような手の平を玩んだり、ふくよかな頬をつつい
たりした。
 柔らかい感触が気に入ったらしかった。
 主に成人した人間を、それも死体ばかりを見ていたので、生きた子どもというものが何やら魅力的に映ったらしい。

 「どうすんのこれ?」

 生まれたての生物は、どんなものでも弱いという事くらいは誰でも解る。

 「このまま食べる?」

 それはそれで滋味のある生物もいる

 「おっきくする!!!」

 そこで、ヤマメは少し前に見せた鶏小屋の事を思い出したのだった。

 「このまま、『しいく』して、大人になったらたべる!!!」
 「そっちの方が食いでがあるからね」



 ――――その内、腹が減ってすぐに食べるだろうと思っていた。

 しかし、翌日経って行って見ると、赤ん坊は生きていた。
 元気に泣いており、キスメは心底困っていた。

 「どうすれば、これ泣き止むの?」

 煩い、というより、この状態を少しでも早くに終わらせたいという焦りがあった。
 ヤマメも詳しい事は知らないので、近場の妖怪達を呼び―――――割と事情に詳しい河童が何とかあやして
くれて、事なきを得た。
 キスメは、自分が桶の外に出て、赤ん坊を中に入れ、上から眺めてニマニマしていた。

 「よかったね」
 「うん」
 「育つのが楽しみだね」
 「――――うん」

 数日後、気になってまた来て見ると、今度は自分であやしていた。河童のを見よう見まねでやったのだろう。

 「元気だね」
 「うん」
 「食べる時は呼んどくれ。塩焼きがいいな」
 「――――……それはやめる」
 「つれないね。協力してるのに」
 「――――――――食べるのは、やめた」

 予想は多少していたが、まず無いと思っていた発言だった。

 「可愛い。食べるの辛い」
 「まあ、子供はねえ。でも大人になったらそうでもなくなるのよ?」
 「そんな事無い。この子、ずっとかわいい!! ずっとずっとキスメの子! 可愛いし!可愛いし!」

 ―――お前が殺して食べた人間の親も、そう思ってたんだぞ、と言ってみたくなったが黙っていた。
 そういう事もある。
 気持ちは想像できてしまう。
 だが、それでも人間を襲ってしまうのが妖怪だ。
 考えるべきじゃない。

 「キスメも、出来ることある! 人殺しだけじゃないの!何か !!!」
 「う~ん……キスメは人殺しだけ延々とやってたらふく食ってるのが似合ってる気がするけどねえ」

 まあ、頑張ってや
 ―――その頃は、今と違って、人里に軽い気持ちで買い物に行くなどという事はできなかったので、また河童や
その他、人間とある程度馴染みのある連中を辿って――――ヤマメは、育児についての本を買った。
 赤ん坊を食べる事も視野には入れていたが、キスメが、確かに何かを生産する様子は単純に見たくなったのだ。

 「妖怪らしくも無い」

 手に入れた翌朝だった。
 キスメの方から来た。
 桶から自分が出ると、その中から取り出して見せたものがある。

 「――――なおらないかな?」

 赤ん坊は事切れていた。
 死体などみなれたはずのヤマメでも、一瞬目を閉じるほどの状態だった。
 いや、赤ん坊だからか。
 キスメは前の様にうろたえも、半泣きにもなっていなかったが、不安そうに見つめている。
 妖怪は、四肢が四散しても時間が経てば元に戻る。
 しかし当然ながら人間は――――――――
 食べなければいいというものではなく――――――――

 「うん。直らないねえ、これは。木から落とした?それとも自分でやったの?」
 「――――ちょっと置いたままにしてて――――帰ってきたら」
 「そっか」

 キスメ自身の手によって、この状態になってしまったのでは無い事を、ヤマメは心底安心したのだという。
 犯人は狼か何かの動物か。
 殺した人間の生前の気持ちなど、考えられないし、考えてしまう事は妖怪にとって致命的な話だ。キスメはあの
赤ん坊の親の事も、同様に忘れていると思っていたが、そうではなかったようだ。
 桶の中に、丁寧に死体を入れて上から眺め――――キスメは落胆したというより、どこか納得した顔をしていた。
生気の消えた目で。

 「やっぱり無理だった。  キスメにはできなかった」
 「―――…………」
 「ごめんね」


 誰に向かってだろう?
 ヤマメか   赤子か
 今になって考えれば、赤子の親かもしれない
 搾り出すような――――心底自分を根元から全否定する気持ちでなければ、出せない 真の謝罪の言葉だった。


 何度か、キスメの住処を訪ねて、二言三言会話した後、キスメは姿を消した。
 再会したのは、地底でである。







 「この前、夜雀ちゃんやら蟲の奴に嫉妬してたのはそのためなのかもね。あの子達、妖怪なのに人間相手に
 商売なんてやってるんだから」
 「―――嫉妬は、手に入らないものにやるものだけど。ああ、私は関係ないわよね」

 何か見られなく無い顔になっているのか、パルスィは明後日の方向を向いている。
 ルーミアは、応えられなかった。

 「人間なんか絶滅してしまえ って口癖にしてるけど、あれは本当にウソさねえ。一々口に出すって事はそうは
  思ってないって事さ」


 多分、本当に人通りの無い、隔離された地底は、キスメにとって安住の地なのだろう。

 人間は何かしらのものを作り出す。
 寿命の長い妖怪は、文化の大きな担い手でも継承者でもあるが、その実大半は自分から何かを作っている訳
でも無い。キスメがその事に、いつからわだかまりを感じていたのかはルーミアも知らなかった。
 しばらく会っていない内に、人間の赤ん坊を育てようとしていたとは知らなかったが、当時の自分が気づいていたら
何ができただろう。
 ただ、ひたすら生活の目標も持たず、適当にその日暮らしで、人間を食べる事も面倒がったルーミアに言える事
は無い。

 「ま、これで解ったろう。キスメも一度ここに来て忘れかけてたんだ。『人間なんざ』って思うことでね」

 この地下道に、少なくとも幼児が入ってくることはもうあるまい。
 長い長い妖怪の一生
 本来相容れぬ人間相手に罪悪感をどうしても感じてしまったのなら、どうしようもできないのだから、あとは忘れるしか
ないだろう。
 ゆっくりれいむを連れてきた事で、そんな無意味に友人の傷を抉ってしまったのなら、ルーミアもこれ以上は何かできるとは
思わないほうがいい。

 (地上に出て、あの巫女さんに会わせたら何か変わる気がしたんだけどな)

 忘れる事が救いになることもある

 ―――そう思って―――――壁の端で、自分から桶に蓋をして篭っているキスメを見やりつつ、次に遭うのはいつだろうと
立ち上がった時
 ゆっくりれいむがいなくなっていることに気がついた。

 「あれ?」

 代わりにいたのは―――――

 「気に食わないな」

 ―――――鬼は、酔っていなかった







 蓋が外されたのは、二日後だった。
 人間なら衰弱しきっている所だが、キスメは割と平気にしている。
 これは妖怪としての悲劇かもしれないし、幸運かもしれない。
 開けたのは、勇儀だった。
 小脇に何か布を抱えている。
 集まっているのは、地底の界隈の連中だけではない。あの日、キスメとだべっていた面々だ。
 心配そうに見ている。

 「ここがどこかは解るよな?」

 忌み遠ざけられた能力の妖怪達が集いし地霊殿

 「ここは、嫌われてなんぼの奴等が集まる所さ。あんたもそうだろう」

 とりあえず頷くことしかできなかった

 「だったら、そんな事で、妖怪がメソメソすんな――――と言うべきだけど」

 片手で猫でも掴むように、軽々と勇儀はキスメを桶の外に持ち出した。

 「お前の落ち込みを、否定はしない。人間の赤ん坊を殺すなんて、過失にしたってあたしだって嫌だ」
 「………………」

 そう、過失だとしても、実際に殺したのはキスメだ。
 そして、あれ以来殆ど自分では人間を殺していないが、あの日親を殺さなければ、あの赤子も成長して長い人生を
歩み、また更に子供を作ったかもしれない。
 人間を食べる事はおかしくないはずなのに、こんな事を考えてしまっては、もう妖怪は生きていけまい。

 「それより何より、失敗した事をいつまでも覚えて落ち込んでる状態が嫌だ」
 「失敗って………」

 一度きりだ。
 もうあんな事は置きたくないし、人間が地確認いないから、もう一度育児をしようにも挑戦自体ができない。

 「だから、持ってきた」
 「え?」


 鬼の生業……………… それは


 「攫ってきたよ。入り口の近くでな」

 布の中には

 「あ、ああああ…………」

 キスメは震えずにはいられなかった。
 顔をそむけそうになったが、全員が見ている中、もう一度凝視した。
 涙が止まらない

 「こんな仕事何年ぶりだろうね。誓って言うが、無抵抗な赤子を攫うなんてこれがはじめてさ」

 中では、本当に満ち足りた顔で眠っている、本当に赤ん坊だった。
 鬼は人間の宿敵であり――――それは鬼の側からもそうだ。

 「私は、ライバルに将来なるかもしれない奴を、一番弱い時を狙って攫った。こんな卑怯な事はない。だから、
  絶対に今度こそまともな奴に育てろ」
 「え………っ?」
 「できないとは言わせんよ。また同じ気分になりたくなかったら、死ぬ気で、立派に育てて、親元に帰せ」

 基本的に勇儀はよくできた女だ。
 悪辣な事や卑怯な真似は決してやらないし許さない。強い相手や勝負事や何かに挑戦する事が大好きで、
どんな相手でも自分より弱いと解っている相手には基本的に手を上げない。そして、周りの者にはいつも明るく
気持ちよく接してくれる。
 「鬼」とは、非情さや残虐さを指す言葉でもあるが、それとは程遠い存在だと思っていた。
 しかし、その意味を初めて実感した。
 今は、真の意味での「鬼」の目をしている。

 「キスメ」

 古びた本を取り出して、ヤマメも言った。怯えているのは、勇儀に対してだけではないだろう。

 「今は、あんな不衛生な林じゃないんだ。ここには色々便利なものもあるし」

 何より―――――
 パルスィも、何やら気まずそうに顔を赤らめている。

 「今度は一人じゃないし、一人でやらせたりしないから」

 抱えたまま硬直しているキスメの腕の中で、ややあって、赤子はゆっくりと目を開いた。
 欠伸をして、本当に何も解っていない、そのぶん無垢な目をキスメに向ける。
 寝起きの良い子供なのか、攫われる前は余程良い親の元にいたのか、泣きもしないで、目の前の妖怪相手に、赤子は
小首をかしげ―――――にっこりと笑った。
 それはもう、気持ちが良さそうに

 「――――…………ああああああ………」

 恐怖で全身が痺れていたが、それを何かしらの新しい気分が押しのけていった。
 キスメはガタガタと震えながら、赤子を胸に、これ以上無いほど柔らかく抱いて、桶の中にうずくまった。
 うずくまったまま、桶の中で泣いた。

 「―――また桶の中に入ってどうする………」
 「皆でやれば、今度は上手く行くさ」

 ルーミアも緊張と呆れで顔を引きつらせながらも、赤子の笑顔を見て少し頬をほころばせた。

 「――――これ、今度こそ、大事にする」

 対して、めちゃくちゃな顔にひきつらせながら、キスメは顔を上げて泣いた。泣いて泣いて泣きじゃくった。






 「―――――………お前の八目鰻って奴は旨いな。焼き鳥ほどじゃないが。また今度持ってきてくれ」
 「はあ・・・・・・・」

 ミスティアが商売を始めた理由を、勇儀は当然知らない。
 実際羽の形はおかしいから、鳥の妖怪だと気づいていないのかもしれないが、それ以上に、鬼は憂鬱そうだった。
 体力的な問題もあるだろうが………

 「勇儀ぃー 助けて助けて!」

 泣きながらキスメが、奥のくらがりから飛んでくる。
 元気にもなったが、最近泣く事が多くなった。

 「これ、赤ちゃん!」
 「うん。赤ちゃんだな」
 「全然ごはんたべてくれないの! 寝てばっかりだし! 大丈夫?」
 「大丈夫だ……… 多分。 食事の時間とかちゃんと決めてるか?前から何時間経ったとかじゃなくて、ちゃんと
  何時に って予定を立てておいたほうが便利だぞ」
 「不安だよう……」
 「大丈夫。見たところちゃんと育ってるから」

 キスメは、桶から身を乗り出す事が多くなった。殆どの時間を赤子と一緒に過ごしているが、たまに身を乗り出し
すぎて落としてしまわないか、周りが一番不安である。

 「もうあんたが疲れすぎでしょう」
 「寝なさいな」

 心配以上に、赤子となるべく長くいたがるキスメに仮眠でもとるように伝え――――地下と地上の妖怪達は、顔を
見合わせる。
 今日も質問される


 「ねえ、やっぱりおかしいよ」
 「どこが」
 「赤ちゃん。首だけしかない」

 それは

 「成長すれば、人間は胴体ができるんだよ」
 「そう? 最初にキスメが拾った赤ちゃん、ちゃんと全部ついてた」
 「あれは、生まれて結構経ってたからさね。心配しなくても大丈夫だよ」
 「んー なんか変。 鼻ないし、丸っこすぎるし、変な事言うし」


 ―――ゆっきゅ ゆっきゅ!!!
 ―――ゆっきゅちちていってぇにぇ!!!


 「こういうもんだよ」
 「ああ。赤ん坊には間違いない」

 黙っているのは勇儀だけ

 「第一可愛いじゃない……」
 「――――そうだよね!!!」

 これを言うと、キスメは喜ぶ。
 自分の実子でもないのに、それは誇らしげに。
 憂鬱そうな勇儀とは対照的に、上機嫌でキスメは退室し、休憩に入る。
 深い深い鬼のため息で、場は可愛く妖怪達にじゃれつく赤子を中心に、一気に重くなった。

 「――――嘘をついてしまった……」
 「いや、そんな事ないですよ」

 本当に、入り口付近に親子で休んでいたから、里に出て悪さをした訳ではない。
 必ず返しに行くつもりでもある。
 しかしだ。

 「これ、人間じゃないよな」
 「人間とは言ってないよね…………」

 どうやら、「ゆっくり」という存在を知っているのはルーミアとパルスィだけらしい。

 「こいつ何なんだ?見たところ、首だけの生物で、赤ん坊のはずだけど丈夫だし……」
 「丈夫過ぎる。下手すりゃ妖怪以上さ」
 「育児の練習にはちょうどいいかもね」
 「何だろう、本当」
 「ゆっくち ゆっくり!」

 鬼はウソをつかないのに…… 方便だとしてもそういうのは嫌なのに………
 いつもならもっとここで呑んでいくのに、勇儀は項垂れて帰っていく

 「あの人も赤ん坊楽しそうにあやしてくれるのにね」
 「いや………しかし本当の問題は……」

 空気が読めるのか、勇儀が帰った後に現れる

 「お疲れー ゆっくりしていってねー」

 やってきたのは、例の、大元の生首………

 「あー ・・・ れいむさん……」

 れいむを見るなり、赤子はぴょこぴょこと跳ねながら寄っていく

 「ゆきゅう…… おねえたん だりぇ? みゃみゃは? れいみゅの、きしゅめみゃみゃは、どこにいっちゃの?」
 「あー、もう休憩中だから、ここでは仕事口調じゃなくてもいいんだよ」
 「あー そうっすね…… 煙草吸ってもいいですか?」

 何処に持っていたのか――――手の平大程の小ゆっくりは、器用に紙煙草を取り出すと、もみ上げを駆使して
ライターで火をつけ、さも旨そうに吸い始めた。

 「いやー この業界も楽に見えるけど、意外と気を使いまして……」
 「だよねー」

 真相は正直知りたくない。

 「姐さんが知ったらどう思うか……」
 「ルーミアちゃん、これって一体………」
 「いや、私にもサッパリ」
 「それにしてもさ」

 ミスティアが、キスメと勇儀が消えていった先を見ながら呟いた

 「なーんで、こんなに変な生物ばっかりいて、この赤ちゃんみたいに、都合のよいモノだけでできてないんだろうね、この世界は」

 リグルが、何かを諦めた口調で答える

 「そりゃあんた………都合のいいものだけ集まったら、グロいだけよ?」

 ルーミアも、煙草を一本もらい、吹かしながら言った。
 それは、本当にうまかった。





 「都合の悪いものが集まってくれなきゃ困るのさ」





                                                  了

  • テーマ性のあるとてもいい話に思いました。
    お茶目さのなかにどことなくニヒルさがあるルーミアや地底の皆やゆっくり達がとても魅力的でした。
    まさかここでこういったものが見れるとは思ってなかったのでちょっと驚きです。 -- 七氏 (2010-07-02 11:17:38)
  • 子役も大変だなw -- 名無しさん (2011-06-15 14:28:34)
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最終更新:2011年06月15日 14:28