参考にならなさ過ぎる冗談 後-1

※直接的に、冒頭グロテスクな表現があります
※東方原作キャラが登場します
※独自の解釈で書かれているので、そうしたものが苦手な方はごめんなさい






































 半日以上が経とうとしていました。
 やはり今までの教えは偉大で、危険な森の中でも、私は特に危険な目にあうことも無く
歩いておりました。
 もっとも、私が小さすぎるため、他の妖怪達が気がつかなかった事もあるでしょう。
 まだ、夕方になるかならないかくらいの頃―――――ひどく鈍い音を聞きました。
 若干奥まった茂みの中です

 「よしリグル。引っ張るからそっち押さえてて」
 「さあ、きなさい」
 「そいやっ」
 「せいやっ」

 木材とも石材とも金属とも違う、兎に角重い音でした。
 話には聞いておりました、ルーミアとリグルと呼ばれる妖怪2人です。
 お二人、私には気づいていません。体中にこびりついた液体が気になって仕方が無い様子でした。

 「明日、こんな格好で寺子屋に行けないじゃない」
 「―――何?通ってるの?」
 「隅っこでノート取ってるだけだけどね。慧音先生、やっぱり血の匂いなんかしてたら怒るかしら…」
 「頭突きかあ」
 「いや、それはもうやらなくなったわ」

 それは

 「もう頭突きはしない、ってこの前宣言したのよ」
 「クレームでもあったん?」
 「いや、自主的にやめたみたいでね」

 その背景は、とても解る気がしてしまいました。

 「教師って立場上、その分厳しくしないとってさ」 

 私は軽く泣き出しておりました。
 御二方は本当に予想谷しなかった様子で、肩をすくめてもの珍しげに、特にルーミアさんの方はちょっと
だけ嬉しそうにこちらを見ていました。

 「ゆっぐいじでいっでねええええ!!!」

 ルーミアさんはなんだかよく解らない大きな塊を抱えていましたが、リグルさんが私の様な「ゆっくり」では
なく、本物の人間の頭部を持っていたので、それがなんだか即座に解りました(本来あるべき突起が全て
無くなっていたのです)。
 服装から察するに、外の世界の住人で、うら若いですが、あまりガラの良くない人間だった様です。

 「君……ゆっくり?」
 「らんだよ!!!」
 「―――…一応聞いていい? どうして泣いているの?」
 「何でもないよ! 泣いてなんかいないよ!!!」
 「……いじめられたような顔してるわね」

 尻尾でごしごしと目の淵を拭い、私は、この時、すっかり狂いきっていました。何かが決壊して止まらなく
なっていたのです。

 「ルーミアざんは、なんてお名前の妖怪さんなの?」
 「―………えっと、河童とか天狗とか、そういう種族の話? 何だったかな?」
 「本当に知らないの?」
 「いや、考えた事も無かった。誰かしらに『宵闇の妖怪』って言われたから、調子に乗ってそれ使ってたら」
 「あれじゃないの? ペナンガランとか」
 「誰が、南の島の内臓むき出しの妊婦の幽霊か」
 「じゃ、確か『ノウマ』っていう黒ずくめで暗がりから人間をばりばり頭から食べる奴がいるわ。それにしたら?」
 「あーもー それでいいや。 ノウマね ノウマ」

 私は、昨日起こった事をそのまま再現し始めたのです。そうすれば怒った事をもう少し客観的に落ち着いて
見据え、この2人から何か言ってもらえるかと思ってしまったのでした。

 「ショートコント行きマース!!!」
 「「…………」」
 「『くいしんぼうは いやしんぼう』!」
 「「わー パチパチパチー」」
 「『どうもー! きよくただしい しゃめいまる でーす』」
 「「似てねえ……」」


 「『今日は、ご存知 養ノウマ場を取材に来ておりまーす!
  こちらは、ノウマ料理20年の職人・松木正志さん! 今日はさっそく、おいしそうなカブト煮をごちそうに
  なろうと思います
  いやーおいしそうな カブト煮ですねー』 
  『ええ、そうでしょうとも。丹精込めて育てたノウマでしたから』
  『油がのってていいにおいですー』
  『長年手塩にかけてたんです。 あ、ルーミア って名前なんですけどね』
  『へえ。そうですかー』
  『カワイイ子だった……』
  『――それでは、食べたいと思います。 いただきまーす』
  『おっといけない。ルーミアのリボンが入ったままだった』
  『……………』
  『さあ、どうぞ』
  『いただきまー……』
  『る……ルーミアぁ…』
  『――う~ん……』     ポカリっ!
  『痛い!』
  『さっきからなにやってるんですか! 殺しますよ!? 食べるのを邪魔して!』
  『ごめんなさい! 気を取り直して ―――』
  『うわ~ん! ルーミア!お父さん、酷いよ!』
  『こら、正子! 下がっていなさい!』
  『畜生! ルーミアを返せ!』
  『ダマらっしゃい!』  ビシビシビシッ!
  『………』
  『失礼しました。 さあ、どうぞ召し上がれ』  」

 「「………………」」

 夢中でここまでおおわらし、改めて御二方を見ると、なにやら蒼ざめているのはリグルさんの方でした。ルーミア
さんは、どちらかというと困った表情で眉をしかめています
 最後まで、私は再現しました。

 「『喰えるかーい!!』」

 呆れた顔で、こちらに何か言おうとする2人より先に、私は尋ねていました。

 「人間ってそんなに美味しいの?」
 「別に旨いって訳じゃないんだけど。他に良いものはさくさんある」
 「習性だから仕方がないわね」

 これは十分解っております

 「まあ何だ。久しぶりのエモノだから」
 「ウソ。いっつもこんなことばかりしてるんだね!?」
 「いつもって訳じゃないけど、これが仕事みたいなものなのよ」
 「悪い事じゃない」
 「――――いや」

 渋い顔で、応えたのはリグルさんです。

 「悪い事は悪い事よ。絶対にそんな事思っちゃ生きていけないけど」

 そう、考えてはいけないのです。

 「それにしても、悪趣味な冗談ね。どこで習ったの?」
 「外の世界の冗談だって!」

 元は、高名なコメディアンの発案した漫才だったそうで。
 養豚場へ行き、角煮をごちそうになる、というお話だったそうです。

 「昨日、霊夢殿が、 豚をゆっくりに  置き換えて教えてくれた冗談だよ!」

 今度こそ、2人同時に大きく顔を引きつらせました。

 「霊夢殿は、紫様に教えてもらったんだって!!!」
 「―――ウソつけこの女狐。巫女さんがそんな………」
 「豚を人間に、 人間を妖怪に置き換えて!!!」

 もう、目の前がぐしゃぐしゃになって何も見えません。恥ずかしさも捨て、ひとしきり泣き続けました。
ぼやけた視界から、どうやらルーミアさんが立ち去った事はわかりましたが、リグルさんは蔑むような
顔をしている事でしょう。
 ですが―――

 「その冗談」

 一声聞こえました。

 「元々、『豚や人間が可哀想』とか、食べる事が好きな奴じゃないと、思いつけないし笑えない
  冗談でしょ」

 何分何時間経ったでしょうか―――――泣き続けた私を、両手で抱え上げてくれた方がいました。
 忘れもしません

 「藍様…………」

 こんな形でまたお会いする事になるとは、神社に来た初日には全く想像もしていませんでした。
 今まで頑張ってきた成果も、真面目に働く様子もお見せする事ができずに、私は悔しくて恥ずか
しくて、更に咽びました。
 藍様は、私が泣いている事を咎める事もなく、無言で抱えて歩いていきます。
 時刻は―――もう、本当に夕暮れにさしかかる頃でしょうか?
 抑揚の無い声が、却って救いでした。

 「初めから、何があったのか話してごらんなさい?」

 そこからか―――そう、霊夢殿が、あの冗談を始めたところからです。
 突然の事に、声も出せない私に霊夢殿は静かに、これは紫様から教えてもらった冗談だと言い
ました。
 お酒の席で――――あの鬼辺りは慌てて制止しようとしたらしいのですが――――霊夢殿の神経の
太さへの期待と、付き合いの長さ、お酒の勢いともあったそうでして。
 紫様は、確かにその手のどぎつい冗談や、(それはもう妖怪そのものらしく!)他人の驚く様や不安な
様子、慌てふためく姿を見るのが大好きな方ですから、その場の情景はよく想像できます。
 そこまで話してくださった後の――――あんなに悔しがっている、同時に悲しんでいる霊夢殿は、
今まで想像できませんでした。
 霊夢殿は、その場で項垂れたまま性って欲しいとかの胸を伝えていた気もしますが、その前に私は
そこにいられず、神社にいるのも辛くて、逃げ出してしまい、今に至るわけです。

 「じゃあ、何でそんなに泣いているのか説明できる?」

 一つには――――やはり恐怖です。
 「恐ろしい」といわれる巫女さんの、また違った次元の狂気です。霊夢殿は、途中で笑いながら
あの冗談を話しましたが、どんな妖怪や神様よりも恐ろしく思えました。
 次に―――やはり悲しかったのです。
 冗談を受け入れられず、なんだか自分のその分身が切り刻まれたようで悲しい。―――そして、
霊夢殿がそんな冗談を、半ば自暴自棄に咲いた事も悲しい。 正直に、浅はかな私の感情を
吐露しましょう。
 そんな目にあった自分自身が可哀想と感じているのでしょう。全く情けない。
 そして何より―――霊夢殿が可哀想。
 驚きはよく理解できますが、私でさえここまで怯えてしまったのですから、霊夢殿の言い終わった
後の顔を思い出すと、私もこみ上げてくるのです。
 霊夢殿は、独り言としていっていました。


 ―――紫様の事は、本当は尊敬していたのに
 ―――あの冗談についていけなかった
 ―――やはり、違う生物なのだ



 「――――なるほど」

 いつしか、見知った場所に来ていました。神社の横手です、いつも、夕方の御散歩の時には、
正面ではなくここから出発するのでした。
 大きな石に、藍様は腰掛けました。

 「 紫様が憎い?」

 勿論そんな事はありません。今回の諸悪の根源はあの方にあるとは思うのですが、それで紫様
の印象の根源が変わったり、お慕いする気持ちが変えたりする訳にはいきません。変えたくありません。

 「霊夢は、何故にあんなに怒って、お前に八つ当たりまでしてしまったんだと思う?」

 直接の原因は、私が尻尾を食べてもいい、などと言ってしまったこと?

 「いや、違うよ。これだけは覚えておきなさい」

 静かに、藍さまは始めました。



 「霊夢も、紫様も、皆の事が、お互いのことが大好きだったんだ」



 ―――色々な事を忘れかけるほどに。

 「私も含めて、神社でよくやる宴会は本当に楽しくてね……お前はまだ連れて行った事はないが、
  人妖入り乱れて、いつもどんなに悲しいことや辛い事があっても―――人間でも妖怪でも神様
  でも――――皆関係なくなるのさ」

 そう、誰でも。

 「楽しくて―――かなり大切な事を忘れかけてた事に、紫様の冗談で気づいたんだ」


 人間と妖怪
 捕食するものと、退治するもの


 霊夢殿は、紫様の冗談を最初は普通に聞いていて、段々明らかに無理して笑おうとし――
最後は表情だけ変えずに、涙だけを流していたのだそうです。
 少し間を開けて、そこにいた妖怪の面々たちが沈黙している中、紫様が一言謝り、それに対して
霊夢殿は憤慨するかと皆は思っていました。

 「その後、ひたすら謝り始めたのは霊夢の方だった」

 『ごめん 今までごめん』と。
 最初は空気を読めなかったとか、そうした理由で自分を責めているのかと思われましたが、その後
『お互いのこと、何か忘れてた』といい始めたそうです。

 「あの娘は普段から『退治退治』と厳しい姿勢をとっていたんだがね。『実際はどうでもいいと思ってる。
  無過信だ』という言葉もウソではなかろう

  でも―――本当は――――宴に来てくれる面々や―――少なくとも紫様だけは」

 解ります。
 霊夢殿の、知り合いを話すときは、きわめて客観的に、そして時折見下した様に始まるのですが、
いつしか熱さも加わり、最後はこちらも気分が変わるほど、楽しく話すのです、
 どんな相手の話でも。

 「やっぱり、あの2人はやさしいよ!」

 紫様は、あくまでそれは外の世界の冗談を応用したもので、現実にそんな施設を作った訳ではないことも、
人間をそんな(勿論殺して食べる事は今まであっても)畜産物などには決して思っていないということを伝えた
のですが、霊夢が泣いた理由は、そんなことではなかったのです。


 「あの方は、もう人間は食べないと、皆の前で霊夢に誓った」


 少し前の、リグルさんの言葉が想いだされます


 ―――もう頭突きはしない、ってこの前宣言したのよ


 「霊夢は、『喰いたきゃ喰え。私が見てないところで』『無理すんな』『そんなに意地通すなら、せめて私が
  生きている間だけにしろ』って言ってな」

 紫様にお会いしなくなって、どれ程立つでしょう?

 「それからだよ。昼夜逆転はしてるけど、規則正しい生活で、そのままもの凄く真面目に仕事を紫様が
  し始めたのは。最近じゃ、大昔みたいに本当に恐ろしい雰囲気も常にまとって皆を怖がらせているから、
  ちょっとお前にはあわせ辛かった」


 ―――教師って立場上、その分厳しくしないとってさ 


 「あれだけ気ままに通っていた神社も、全然行かなくなったんだが、一日一回と決めて―――それでも
  心配みたいだから、一日一回、起きてすぐに、食事もとらないで―――そう、ちょうど今くらいの時間に、
  顔を出してはいるみたいだ」


 ―――それは、昨日の御留守番をしていた頃の、いつもお散歩に出かける時間?


 「おかげで、霊夢まで自分の本業を思い出して、活発に仕事をするようになってしまった。
  あの娘が悪い訳じゃないんだが、根が真面目なんだろうね。
  紫様が夜に仕事を頑張るように、日中はよく外出するようになった」
 「―――だから、らんが神社で働くことになったの?」

 あの鬼の一言が思い出されます。
 罪滅ぼしと言っていたのは、やはり

 「いや、そんな事ではなく――――実際に忙しそうだったのと、お前の修行も兼ねての事よ。
  そんな見え透いた償いは、却って霊夢の怒りを招くと紫様も解っているでしょう」
 「じゃあ――――………『復讐』って?」

 わすれらる筈もありません。
 藍様の私を抱える手の力が、少しだけ強まり、また薄れました。


 「霊夢殿に怒ってるの? 紫様もきずついちゃったし。人間サンも食べなくなっていそがしくなっ
  ちゃったから? 霊夢殿が、冗談で笑ってあげられなかったから?」
 「………………………」
 「もちろん、そんなことないよね? 霊夢殿に怒ってなんかいないよね?」
 「当然じゃないか」

 少しだけ力の篭ったお返事。

 「―――――そんな事、誓ってありえない。」
 「………………じゃあ?」
 「よく考えると、この件に関しては、霊夢と紫様の間の冗談は関係なかった。 私は、何一つ
  解決できない」

 私を持つ手が、震えています。

 「お前には、理数系の問題ばかり解かせて、私も教える事ができたけれど、それ以外の文系
  の教科は教えていなかった。
  あれは、私自身がそうした分野の学問が苦手だったからなんだが……………そうした学習は
  やはり何よりも大切なんだと解ったよ。
  いくら、三途の川の距離が計算できたって、こうした身近な間柄の事も解決できないのはね」
 「――――そんな事ないよ!!!」

 これは、時折紫様も藍様に指摘されていた点でした。
 理路整然とした思考で行う数学などの学問では大いに力を発揮される藍様ですが、国語や
社会学・倫理学といった分野は苦手な上、あれだけ優れた頭脳を持ちながら、先人が築いた
理論については完璧な理解を即座に示す一方で、自分から何かを発見したり開拓したりする
事は苦手であると。独創性に欠けるとの評価だったのです。
 文脈として、そこで例えばスペルカード戦を提案するなどした、霊夢殿を高く評価する時に
出る話題だったのですが、私は密かに疑問を持っておりました。
 確かに霊夢殿の発想力のある方とは思いますが、そうした学問の優位性を唱えるのは、本来
間違っていると思うのです。
 藍様は、ご自身が得意とされる事柄が、何の役にも立たないと仰いますが―――


 「たとえば、こんなのはどう? えっとね、 あのね………
  らん、『距離算』のところが、このまえおわったんだよ!!!」
 「うんうん」
 「でね でね………」

 同一直線上、お互いに離れている二人 AとB。
 仮に、それぞれがAの側に近い、同じCという方向を目指して進んだ場合、どちらかの速度が全く
同じだったり、Cに近いAの方が進む速度が速かった場合、両者は、決して出会うことがありません

 「でもね、でもね………」


 もしも、AとBが向かい合っていた場合。
 お互いの方向に向けて、進み始めたのなら。
 どんなに2人の速度が遅くても
 どんなに遠く離れていても


 「2人とも、いつかは出会うはずだよ!!!」

 私の頭に、何か雫が垂れていました。
 藍様には、あえてそのことについては反応しないでおりました。
 きっと、私になぞ見られたくない顔をしているに違いありません。
 今までで、一番優しく頭を撫でてくださいながら、藍様は仰いました

 「その場合、制限時間も考えなくてはならないな。 何時いつまでに、2人が再会するには、
  分速何㍍かを割り出さないといけない」
 「あー そうだった!!!」
 「今の言葉は―――――――」

 藍様は、何かを認識したように、すっくと立ち上がると、どこにも行かずその場で仰いました


 「あの娘にあげなさい」


 そこには――――顔を真っ赤にした霊夢殿が立っていました。
 心底安堵とも気まずさともなんともつかない表情で。
 ああ――――それにしても、何てやつれた顔。
 私が飛び出してしまったのが、半日と少し前。その間、どれ程の思いをしたのでしょうか?
 勢いで飛び出してしまった事を、全力で私は謝りたい気持ちに駆られました。

 「さっき、霊夢は私がとっちめておいたから、どうかお前は責めないでやってくれ」

 そんな事するはずもありません。

 「らんしゃま…! 本当に悪かったわ…………いや、他に言い様が無い…」
 「ほんとにおどろいたよ!!! でも、約束破っちゃったのはらんのほうだし…………」
 「改めて、よろしく頼むよ」

 藍様から、霊夢殿へ。
 私の顔を覗き込みながら、まだ気まずそうに霊夢殿は言いました


 「らんしゃま、もう一回やる?」


 勿論です!
 霊夢殿は珍しく藍様に一礼して―――――そして、搾り出すようにいいました。

 「アイツにもよろしくね。一応」

 その時。
 藍様は、声だけ聞いている分には、ずっと穏やかだったのです。元々穏やかな方ですから、
大抵柔らかい表情で笑っておられます。
 先程私を霊夢殿に預けてくださった時、顔を見ましたが、やはりいつもの藍様でした。
 ところが―――――

 「―――――そうだね。本当に、私の主人がよくない冗談を言ってしまったね。  でも」

 はっきりと、一瞬何かが表情に走ったのを、私は見てしまいました。
 すぐに戻りましたが、痛いのを我慢するような笑顔で、一歩踏み出しました。







 「私は、同じ直線に立っていないから」





 気づくと、私ごと、藍様は霊夢殿を力一杯抱いていたのでした。
 当の霊夢殿は、嫌がるも何も、何が起こったのか解らずにただ立ち尽くしていた様子でした。
 二度と離したくない――――という思いが、私にも伝わったのですが、名残も残さないように、すぐに
その体は離れました。

 「らんと、 紫様を頼む」

 その声がした時には―――――はや、あの方の姿はなくなっていました。

 「…………いきなり……」

 霊夢殿の表情は、中々伺う事ができません。
 確かに―――――よからぬ理由もあった訳ですが――――――私がここに来た理由の一つが解ってしまい
ました。
 それでも、また戻ろうとは露ほどにも思いません。
 霊夢殿は、改めて先程の冗談を謝り、それでも、一人で出歩いていた事はしっかりと咎めて下さいました。
そして、半日探していた事を聞きました。
 私も、途中で見聞きしたことや、(流石に死体を解体していた部分は省いて)ルーミアさんやリグルさんと会った
時の事をお話しました。
 歩きながら、私達は、少し前の状態に戻りかけていました。夕飯に何を作るかの話題に、持っていこうとすれば
持っていけたでしょう。このまま、また日常に帰る事ができるとの確信もありました。
 しかし――――それだけではいけないのです。
 私は、先程の藍様に言った事を反芻して、霊夢殿にどのタイミングで告げればいいかと考えました。
 時刻は夕暮れ。
 大体、私が御留守番の間に、もの凄く怖い気分になったのですが、それの少し前くらいの時間です。

 「―――――来てるかな」

 目の前に差し迫った事が、もう一つありました。

 「朝ご飯も食べないで、神社に来るって言ってたわよね」
 「そうだよ!」
 「――――――結局、不規則で不健康な事してるのね」

 林の中を通って、神社の横手。
 もう、境内も見える位置に来ておりました。
 霊夢殿は足を止めました。
 私でも、おそらくどんな妖怪ででも、ここで同じペースを保つ事はできなかったでしょう。
 上手く言えないのですが、脳天からその反対の下半身まで、氷か鉄の棒が貫通し、その冷たさを感じていると
言えば、想像がつくでしょうか?
 定量化できない話なので、例えは難しい。
 意を決して、私達は神社の境内に入ります。
 空も、ちょうど日中と夜の境界といった所。
 鳥居の、すぐ下の辺りでした。
 無視してそのまま神社の中に入る事はできる位置。


 紫様が、来られていました。


 洋装です。
 本人にお聞きした訳ではありませんが、あの長袖を着込む時は、割と幻想郷の代表としてのご自身の
立場を意識して、そして、あのワンピースを着ておられる時は、そうした公的な立場からやや距離を置いた
一妖怪として活動する時、と伺ったことがあります。
 私達は、驚きを表には出さないように努めつつも、そのまま何とか立っていられました。

 ―――妖艶  という言葉は、本当にこの方のためにあるのでしょう。

 大きく開いた肩口から見える滑らかな肌・精巧な細工のような手足
 整った顔立ちに、――――形の良い、かなり濃い目の口紅が引かれた唇 ――――吸い込まれそうな目
 どんな人間も妖怪も、その場で見入らずにはいられないはずです。

 しかし、それ以上に、私達の動きを止めていたのは、恐怖でした。

 理由や原理は説明できないのが残念です。
 ただただ、この方の前に立っているだけで、すくみあがるを押さえられません。
 改めて、この方は妖怪であり、妖怪の本職とは何か、ということを思い知らされます。
 私が昨日境内で感じたものは、この方がただやってきただけで覚えたものだったのでしょうか!?
 紫様ではなかったら、この場からすぐに退散していた所でしょう。
 いつもの綺麗な目は、見ているこちらが凍てつく程に冷たく、そして、悲しそうでした。

 距離にしてどれくらいでしょう?
 私は声も発せずいたのですが―――――
 ややあって、霊夢殿は、静かに私を地面においてくださりました。
 そして、紫様に向かって一歩を踏み出しました。
 そのまま止まってしまいましたが、先に口を開いたのも霊夢殿です。

 「久しぶりにね」

 これはあまりいつもと変
 長い沈黙が続いてから、紫様は、一言だけ仰いました。

 「霊夢」

 霊夢殿はもう一歩近づき、そのまま止まってしまいました。
 もうそのまま無理なのではないかと思うほど。
 目付きは変えず、紫様は静かに尋ねます

 「―――私が怖い?」

 本当に怖い。霊夢殿も同じはずですが――――

 「怖いわよ」

 でも

 「―――だけど、それ以上に」

 背中が小刻みに震えています

 「あなたって綺麗ね」

 握った拳は、昨日と同じ様に悔しそう。
 私はそれを、どうしても整理できない紫様への想いや、自分の職務・人間という種族の
自覚として生まれていると考えていました。

 ところが、それは違いました。



 「あんたは、私のために自分を曲げて、でも妖怪として頑張ってくれてる。なのに私は」



 霊夢殿も、そのために前以上に御仕事を頑張っています―――
 そう慰めたいのですが、私の入る余地などはありません



 「あんたには何も出来ない」
 「霊夢」



 一番否定したいのは、紫様でしょう



 「あの夜雀が、幽々子にしてあげられるみたいに―――――私は―――」
 「それ以上は許さないわ」


 立っているのもやっとというほど、悲しさを吹き飛ばして、凍てつくような目で紫様は睨み始めました。


 私は、改めて自分が無神経だったことを思い知りました。


 霊夢殿は、紫様を肯定したいに違いありません。
 ですが、相手を受け入れると同時に、人間と妖怪となら、本来は捕食と退治と役割が前提として
あるのです。
 人間は、どうにも脆い。
 相手に食べてもらったら――――「次」は無いし、そこに行き着くまでの恐怖は想像を絶するのでしょう。
 軽はずみに、自分の9本あってすぐに生え変わる尻尾の一つを、「食べてもいい」などとのたまった私に、
霊夢殿が怒ったのも無理はありません。

 2人は、そこから動こうとしませんでした。

 先程、距離算の問題を例えに、私は2人に助言を送るつもりでした。
 ですが、それは大きな思い上がりでした。
 私には、改めて付け入る隙などないのです。
 距離にして、ほんの数メートル。
 確かに向かい合っている2人です。
 ですが、その間は、本当に遠い!!
 きっとお互いに、こんなに同じ位置に立ちたいと想っているのに、この距離は一生縮まらないとさえ思えました。

 一体、どうすれば―――――

 もう一度私は泣きそうになるのをこらえました。声が漏れていたようです。


 「どうすればいいのぉ…………?」
 「うん、そこでだな」
 「うん。どうしたの?」


 霊夢殿ではありません。
 紫様でもありません。


 「それ」は、石灯籠の横でも光景でした。
 ずっと動かないのではないかと想っていたお二方も、そちらの方を見やりました。





 唐突ですが、私は始めて自分の同族というものを見ました。





 それも、同じ藍様に似ているのではなく、あの白黒魔法使いと――――あろうことか、霊夢殿を模した姿を
しているのです。
 子供が遊ぶ鞠程度の大きさの2人は―――
 白黒のゆっくりは、兎に角やる気がなさそうに、まごつきながら
 霊夢殿のゆっくりは、真剣そのものの表情で話しています。


 「えーと………そこで、私は、言ったんだ 『アリスの事は、れえむやぱちゅりーや、にとりや、神奈子と同じくらい
  大切で大好きだぜ』 ってな」
 「まりさの   ぶぁかっ!!!!!!」


 ポカリッ


 霊夢殿のゆっくりは、揉み上げ部分で、それはもう器用に――――― 白黒のゆっくりを、 殴りつけました。

 「ごはぁああ!!!」
 「うわ………なぐった……」
 「な、殴った……?」
 「あ……殴ったの?」

 3人同時に、思わず話していました。
 涙目の白黒のゆっくりに、流石に罪悪感を感じたのか、霊夢殿のゆっくりは、少しすまなそうな顔で何かを告げ、
更に続けました。

 「まったく解ってないね!!! アリスがあなたにとって、そうした『友達』という意味での『好き』じゃないってことくらい
  解るでしょ!!?」
 「あー……んー… まあ」
 「早く行って、謝ってきなさい!! きっと今ならわかってくれるはずだから!!!」



 とりあえず、演技ということはわかりますが、 恐ろしいほど迫真です。



 「解ったのぜ。ありがとう、れえむ」

 対して、いかにも嫌々ながら頬をグリグリと擦りつけ―――まだ先程のダメージが残っているらしく、ゆっくりとした
ペースで、白黒のゆっくりは、紫様の横を通り、階段を下りていきました。
 残された霊夢殿のゆっくりは、あらぬ方向の空を眺めながら、一人になってもまだ演技を続けていました。
 いかにも先程頬を擦り付けられた事に照れてるように

 「『友達』という意味での『好き』……か。 はは……… 何やってんだろ、私。今更こんな事に気がつくだなんて」

 今度は、揉み上げで両目を押さえています。
 更にそのとき――――

 「随分優しいのね」

 何という事でしょう―――――
 かなりおざなりといわざるを得ない規模の「スキマ」が、霊夢殿のゆっくりの前に開いたかと想うと――――


 紫様のゆっくりが現れました。


 私や他のゆっくりに比べると、ねっとりとしていると言いますか、これが人間や妖怪ならば「艶っぽい」と言っても
いいのでしょうが、節目節目で変に上がり調子になるような、おばさんくさいというか、何かスケベったらしさや 媚を
含んだような、まさしくオンナの声
 一言で言うと、イライラします。

 「一々見ていたなんて趣味悪いわね」
 「あら……本当は、あなたもまりさの事……」
 「う、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 ガップリと、霊夢殿のゆっくりは紫様のゆっくりに、頭突きを食らわしました
 恐らく、抱きついたのでしょう。殊の外ダメージだったようですが、震えながらも紫様のゆっくりは続けます。

 「泣きなさい……… 今日は一日、私の胸で」
 「う、ウワあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 胸、と言いますか顎ですが。
 この、「う、うわああああああ」を4回ほど繰り返した所で―――――
 2人は、霊夢殿と紫様を、交互に見ました。
 チラッ という本来ならばなるはずの無い音がなった気がしました。

 「え?何?」
 「…………?」

 紫様も、傘を畳んで、霊夢殿と一緒に少し屈んで覗き込もうとしています。
 そんな2人を横目で見ながら、2匹は小声で(まる聞こえですが)何かを話し始めました。

 「ちょっと何よ、まりさのあのやる気のなさ……! ちゃんと前払いしたんでしょうね?」
 「当然だよ!!! てかさあ、あんたの脚本もおかしいよ?」
 「王道でしょう、王道!! ジャスティス! 真実!」
 「いや、ぱちゅりー や にとり は解る。 なんだよ、神奈子って!!! カナマリなんて本当に見たこと無いよ!!」
 「いいじゃない、フランクじゃない相手って事のギャップよお」
 「せめて、ちるの とかならまだしも……」

 余程珍しいらしく、霊夢殿も、紫殿も、随分近くまで来て眺めていましたが――――
 唐突に、本当にそこまで近づいた事を気づいていなかった様で、驚いた2匹は言いました

 「「ゆっく(か)りしていってね!!!」」
 「は、はあ………」
 「どうも……」

 踏ん反り返るようにして、霊夢殿のゆっくりは流石に少し恥ずかしそうに言いました。

 「どう?仲直りできそう?」
 「えっ?」
 「何か感じ入るものがあったんじゃなあい?」

 私もよく解りません。

 「何だよ、そろそろヨリ戻しなよー」
 「人生短いわよお?」

 それはそうですが………
 私達は、どう反応すればいいものか解らずにいました。
 沈黙に耐えられなかったように、霊夢殿のゆっくりは、揉み上げで地面をバチリ、と叩きつけました。

 「くそうっ!!!  私等でラブラブっぷりを見せ付け、昔を思い出させて2人を仲直りさせる作戦は失敗だ!」

 なるほど。
 なるほど。
 確かに、それは一理あるかもしれません。藍様が、孤独や嫉妬に耐え切れず、少しでも愛しい霊夢殿と、
接点があればと、私を住み込ませる事を提案するきっかけを覚えたほどです。いわば、我々ゆっくりは元の
方々と切っても切り離せない何かがあるのでしょう。
 だから――――例えば、もしも幽々子様と妖夢様が仲違いされた際には、お2人のゆっくりが仲睦まじい
様子を見せれば、それとなく関係を元に戻すきっかけにはなるでしょう。
 しかしです。



 先程の三文芝居は、 紫様 ×  霊夢殿   ではありません。
 単純に アリスさん × 白黒 ← 霊夢殿 です



 大体、あんな見え見えの演出で、誰が元気付けられるというのでしょう?
 紫様も、反応に困っています。
 私との生活で、「ゆっくり」という生物がどういうものなのかある程度の知識や認識はあるらしく、霊夢殿は律儀にも

 「私、そんな過去は無いんだけど……」

 とつっこんでいます。
 ああ、なんと御優しいお方でしょう。

 「えっとぉ、 霊夢ちゃんもゆかりんも、何で喧嘩なんてしてるのかしら?」
 「あれだろ? ゆかりんも霊夢ちゃんももてるから、それでお互い意地張って『どうせお前遊びですしおすし』みたいな
  事言っちゃったとか?」
 「えっとね………」

 とりあえず、第三者の私が最低限の出来事をお話しました。
 当人達に語らせるのは酷過ぎる。
 聞き終わった2匹は

 「「めんどくせえ……」」

 と呻いていました。
 事もあろうに、面倒くさい、とは何事でしょうか!!?

 「何だっけ?この前あったルーミアちゃんは、人間を殺すのが面倒だし気分が乗らないって話だったわねえ」
 「その後のキスメちゃんが、人間の赤ん坊を過失致死させたトラウマを抱えてて」
 「厄介なことばっかり悩むな、ここら辺は……」

 霊夢殿は少し腹がたったらしく、紫様は苦笑しています。
 困った顔で、霊夢殿のゆっくりは続けました。


 「まあ、そういう事って確かに一度はぶちあたるよね。
  でもさ、霊夢ちゃんは、仕事もちゃんとやって、妖怪自体をちゃんと理解するようにもして、ゆかりんは人肉は食べない
  って宣言しちゃってるんでしょ?
  挙句の果てに、霊夢ちゃんなんか、自分の肉食ってもいい ってレベルにまで行きそうだし。
  別に、人肉喰わないと死ぬって訳じゃないよね?
  だったらいいんじゃないの?

  距離算の問題でさ

  同一直線上、お互いに離れている霊夢ちゃんと、ゆかりんがいて。
  仮に、それぞれが霊夢ちゃんの側に近い、仮にZという方向を目指して進んだ場合、どちらかの速度が全く
 同じだったり、Zに近い霊夢ちゃんの方が進む速度が速かった場合は、両者は、決して出会えないね

  だけど、霊夢ちゃんと、ゆかりんが向かい合っていた場合ね? 今がそうだけど
  お互いの方向に向けて、進み始めたら、どんなに2人の速度が遅かろうが遠かろうが、いつかは会うんじゃない?

  お互い、理解しあおうって頑張ってるんだし」




  それは―――


  それは――――


  それは―――――





     私   が   言   い   た   か   っ   た   ん   だ





 おぞましい事に、霊夢殿は多少なりとも納得した様子だったのです……!
 紫様が、少し首を傾げていたのがまだ救いでした。
 しかし、さっき藍様にも褒めていただき、何とかお役に立てると想って残しておいた言葉が、知られる由も
ありませんが、何で言ってしまうんでしょう。
 こんないきなり来たような――――――――

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2010年07月31日 21:30