【ゆイタニック号のゆ劇】ゆいたにっくゆくりーる 後半-1

 4月15日 5:35(天気は分かりません)


 空間固定でこのダンスホールに閉じ込められてから、一体何時間経っただろうか。
あの後ダンスパーティを再開したものの一日中ダンスを踊れるほどの猛者はこの場にはほとんどおらず、客の大部分はトランプとかで遊んでいたり床で寝ていたりしていた。
「ステップ!フィナーレ!次はコサックダンスか!?」
「にほんぶようも欠かせませんね!」
 さなえとおねーさんの二人はそんな猛者だった。
ダンスが出来て嬉しいのは分かるがこのままでは全世界の踊りをコンプリートしてしまう勢いだ。ほんと若さとは羨ましいものである。
「お肉~お肉をちゃんときりとるのですよ~」
「大丈夫なのか?またあんな風にならないのだろうか……」
「いや~こういうものって特定の部位を食べなきゃ大丈夫なのDEATHよ~そうでなきゃみんなへんになっていたのですよ~」
 こうやってりりーが客に食料を分け与えているもののいつ人々の怒りがわき出すとも限らない。
そのカギとなっているはずのミスティさくやは簀巻きにされているにも関わらず一向に目を覚まさなかった。
「………起きないなぁ、こいつ」
「そうですね……寝不足なんでしょうか?」
 流石に気になり始めたのか二人は組み合いながらダンスのステップでミスティさくやに近づいていく。
そして二人は様子を確かめようと身を屈めてミスティさくやの顔を覗き込んだ。
「!!!こ、こいつは……」
「え、ええと……」
 二人はミスティさくやのアイマスクの奥を見て思わず驚いてしまう。
その際二人はつい激しくステップを踏んでしまい、その振動と音のせいかミスティさくやはもぞもぞと動き始めた。
「ん、ん~~~ああ、そんな、わたくしのおむねが……さんにもまれて……うふふふふふ………!!!!」
「う、うええ、一体どんな夢をみてるんですか!?」
「…………………むにゃ……あ」
 さらに悪いことに目が覚めてしまったようだがその際おねーさんと目があってしまい、ミスティさくやは顔を真っ赤にしながらあたりを転げ回っていった。
「ああ、こんな顔が近くに!ぎゃっ!顔も見られてしまいました!?嘘、嘘!?」
「お、落ち着け!さなえ!いっしょに押さえつけてくれ!」
 荒れ狂うトラックのように転がり回るミスティさくやであったが、流石に二人がかりではどうしようもなく入口の近くあたりで取り押さえられてしまった。
「ううう……さあお殺りなさい!中身はプリンできっとおいしいですわよ!」
「いや、ちょっと協力してほしいだけなんだよ」
「…………………協力?」
「いや、この部屋の結界と言うか空間固定を解いて貰いたいんだ」
 本来ならこの部屋の結界を解くのはミスティさくやの義務、もしくは責任であろう。
なのにそれを『協力』という言葉を使うのはおねーさんの優しさなのかそれとも甘さなのか、ミスティさくやはそんなおねーさんに辟易している。
けれど本気で嫌いになれない。寧ろ好きでミスティさくやはそんな自分にも嫌気がさしていた。
「……分かりましたわ、でもこの状態じゃできません。いますぐこの簀巻きを」
「駄目だ。そのままでも出来るだろう」
「……ほんと、こう言う所はするどいですね……でも立たせることだけはお願いできますか?」
 ミスティさくやがそう言うとおねーさんは何の躊躇いもなくミスティさくやを立たせる。
所詮子供、やっぱり甘いですね。そう自分に言い聞かせるようにミスティさくやは呟き、おねーさんを蹴飛ばして出口の方へ逃げ去った。
「こ、こらっ!!!」
「ふん、今日のところはこれで勘弁してあげます。それではまた来週ぎゃああああああああああああああああああああ!!!!」
 両腕が使えないため下品にも足を使って扉を開けるミスティさくやであったが、突然入口から水が勢いよくなだれ込みそのまま流されてしまった。
「なッッッ!!!なんだぁぁぁぁぁ!!??!?!」
「なにがおこったのおおおおおおおお!?!?!??!」
 突然の事態に皆は対応できないままパニック状態となってしまう。
それだけならまだよかったが状況は急速的に悪化している。そうこうしている間に水は膝のあたりまで満たしてくるではないか。
「なんだ!?これはまたあのメイドのじょうちゃんがやったことなのか?!」
「ゆえーん!ゆえーん!がぷがぷ……」
 人間ならまだ余裕がある。しかしゆっくりはこの状況でも既に命にかかわる状態なのだ。もう時間は少したりとも残されていない!
「まりさあああああああ!!ありすにつかまってええ!!」
「なんでまだマッチョのままなんだぜぇぇ!?」
 さらには部屋さえも傾き始めるが、このパニック状態の中天使三人組は場馴れしているおかげかある程度落ち着いてホールの中央付近まで移動していた。
「さなえ!!!!このままじゃ皆が!」
「今こそこのわざです!!ミラクルモーゼ!!!」

ヤマ(ザナドゥ)ちゃん「こ、こまち!雨で洗濯物が!ああ!わたしのパンダパンツが!
            あ、せ、説明しよう!ミラクルモーゼとは奇跡の力をフルに使って海を真っ二つに割る大技である!
            ちなみに戦闘その他もろもろでは全然役に立たないので今回が初使用だ!」

 ユクリールの腕から星の光が放たれユクリールと入口をつなぐように水が割れていく。
人々とゆっくり達はなんとかもがきながらもその安全地帯へとたどり着くことが出来た。
「ふ、ふぅ、ふぅ……全員大丈夫ですか?」
「ええと一応全員集まってる。あのメイドのじょうちゃんも変なれみりゃもいるぞ」
「そうですか………ゆぅ」
 全員の無事を知って安堵するユクリールであったが、その気の緩みのせいで割れた海が再び元に戻り始めてしまう。
「ゆくぅ……!」
「お、おいさなえ……お前大丈夫なのか?」
「問題ありません!ミラクルモーゼ!」
 おねーさんの想い、皆を助ける使命を胸に受け止めユクリールは再び技を発動させる。
だが肩で息をし、足がふらついている様子を見るとそう長くは保たないことは自明だった。
「う、うううう……」
「さなえ………」
 戦ったばかりでエネルギーも消費していたはずなのに、さなえと踊りたいからと言って一晩中踊らせて休ませることが出来なかった。
こんなことになるとは思わなかっただなんて逃げ口上も甚だしい。全ては自分の責任だとおねーさんは後悔していた。
「これは一体何が起こったんだ!?船が沈んでいるのか?!」
「……………恐らく、その通りだと思います」
 根拠は全くない。けれど状況を考えるとそれしか原因がないのも事実である。
そのさなえの一言はダンスホールは再び騒然とさせるのに十分なものであった。
「またこのメイドの仕業か!」
「ゆっくりさせすぎたね!!今すぐ止めさせるよ!」
「う…………こ、これは私ではありません!」
 確かにミスティさくやのパワーで船を沈めることはまず難しいだろう。それはおねーさんもさなえもリリーも分かっていること。
当人のミスティさくやも必死に否定するが、焦りが頂点に達した客達は全く耳を貸さずミスティさくやの方へと集まっていく。
あれだけの騒動を引き起こしたこのメイドなら今の状況もきっとこのメイドの仕業だと皆思っているのだ。
 この身動きが取れない状況、人々やゆっくり達に囲まれてミスティさくやは今まで自分が経験したことのない恐怖を感じた。
「構ってるひまなんかないだろ!!みんな早く脱出しなくちゃ!!」
 けれど皆がミスティさくやに襲いかかる直前、おねーさんによる制止が入った。
「だ、だが………」
「そいつをやっつけたところで戻るとも思えないし、第一普通の事故だったら完全な無駄足だ!だからさなえが頑張っているうちに早く!!」
 おねーさんの必死な呼びかけのおかげで客達はミスティさくやから放れてすぐさま出口の方へと向かっていく。
一応身の安全は確保できたミスティさくやであったが、先ほどとは対照的にこの場にいる誰もがミスティさくやに無関心を貫き始めた。
「…………………私は?」
「ゆっくりしね!!!」
 そのれいむの罵倒を最後にミスティさくやはれみりゃと共にぽつんとダンスホールに残された。
先ほどまで迷惑をかけ続けて、さらにはこの状況の原因と思われているのならば当然のことだろう。
 ミスティさくやは見捨てられた。傾いた部屋の中ころりと壁にぶつかる。
「……………………ねぇ、ユクリール。正義の味方のあなたなら……」
「……………」
 ユクリールも廊下の方からミスティさくやを一瞥しただけでそのまま先に進んでしまった。
どうして助けてくれないんだろう。どうして、どうして。
私は、あの人を愛していただけなのに。
「ちっ、ここでこのミスティさくやも終わりかうー、けっ!」
「全てあんたのせいだ!!」
「あんぎゃ!!」
 なんとか動く足で諸悪の根源のれみりゃを蹴り飛ばしたミスティさくや、ただその行動とは対照的にアイマスクからは涙が零れ始めていた。
「いやだあああああ!!死にたくないしにたくないいいい!!!!たすけて!助けてぇぇぇ!!」
 必死に泣きわめき暴れ回るももうこの部屋には誰もいない。
部屋の傾きもどんどん急になっていき、ミスティさくやの体は水が割れていないところ、つまり海へと転がってしまった。
「ぎゃっ!が、が、がばばばばば!だ、だずげで、おどーざん、じつじざん!ぬげごさん!直………」
 これが、勝負をしていないのに恋に破れ、嫉妬のまま悪に操られたゆっくりの最後か。
どうしようもないほどの悔いが、棘となって心に突き刺さる。
死にたくない、死にたくない、死にたくない。
そして、肺に残った最後の空気がミスティさくやの口からぽこぽこと零れて、儚く消えていった。

「死なれると気分悪い」
 全てが終わったと思った。けれど次のミスティさくやの瞳に映ったのは今もなお想う少女の姿であった。
おねーさんの腕に抱えられてミスティさくやは命を取り留めることができたのだ。
「あ………な、お、さん?どうし、て、私を?」
「さっき言った。お前は人に迷惑かける嫌なやつだけどな。」
 嫌なやつと言われてミスティさくやはズキンと心が痛んだ。
でも事実、いくら本来のさくやが望んでいなかったとしても今の人格であるミスティさくやが積極的に行ってきたことだ。
ミスティさくやは何も言うことが出来なかった。
「遅いDEATHよ~!!さなえさんが待ってるですよ~!」
「すまん、すぐ行く」
「………そいつも連れていくんですか~」
 りりーはいぶかしむような目つきでじっとミスティさくやを見つめる。
いつもだったらりりーなど一笑で済ましているがすっかり心が弱ってしまったミスティさくやにとってこの視線は辛いものであった。
「ああ、それじゃ行くぞ」
 おねーさんはミスティさくやを背負い、転がっていたれみりゃをりりーに投げ渡した。
「これで悪魔も見おさめDEATHね~」
「うううう~~~~」
 りりーもれみりゃを体全体で抱えそのまま出口の方へと飛んでいく。
おねーさんも続けて進もうとしたが少しもたついて足を水の中に突っ込んでしまった。
「………もしかしてあなたも相当疲れて……」
「うるさいな、黙ってろよ」
 そのぶっきらぼうのもの言いにいい返す言葉もなくミスティさくやは素直にシュンと大人しくなった。
けれど本当はとても心配している。激励の言葉だけでもかけてあげたい。
でも、この私の激励なんて欲しくもないだろう。
「………………」
 この背中の温かさは私が手に入れたかったもの。でも、今の私には不相応。
そう思いながらミスティさくやは自分の身をおねーさんに委ねるのであった。


「さなえ!大丈夫か!?」
「は、はい!一応………あれ?その背中のは」
「ああ、死なれると気分悪いからさ、だから連れてきたんだ」
 その言葉に一度は沈黙したがユクリールは何の文句も言わずそのまま皆を引き連れて前へ進んでいく。
廊下は既に水没しきっていたようでユクリールが道を作っているといえどもそれ以外のところは既に天井まで水が達していた。
「沈没してから相当時間がたってたみたいですね……」
「こいつの空間固定のせいで気付けなかったんだな、とんでもないよ」
 だが空間固定がなかった、つまりミスティさくやが現れなかったとしても果たしてちゃんと避難できたのだろうか。
寧ろあの騒動を起こしてくれたおかげで皆も早々と状況をのみこんでくれたし、こうしてユクリールのままでいられたのかもしれない。
でも所詮は仮定の話、デメリットに目を瞑った単なる妄想だ。
 そうしてダンスホールから出てから20分くらいが経過した。
流石巨大客船ゆイタニック号と言ったところか、なんとか船の上部のあたりまで来ることが出来たが未だユクリール達は脱出できないでいた。
「くそっ!ドアがなんで閉まってんだ!後の人のためにちゃんと開けとけ!」
「そんな暇なかったと思うんDEATHけど~」
 それにもうこの船はほとんどが沈んだ状態、ユクリールの技で道が開けているとはいえ水の影響で通れない通路も多くある。
特に扉、電気式ならまず使い物にならないし、普通の扉でも水圧の影響で歪んでしまい開かないのだ。
今、ユクリール達はそんな歪んだ普通の扉の前で必死に頑張り続けていた。
「おらっ!おらっ!みんなもぶち壊すのてつだってくれ!」
「分かったよ!ゆっくりぶち壊れてね!」
 おねーさんを先頭に多くの客やゆっくり達が扉に体当たりしていく。
皆必死に頑張っているところを見ているうちにさなえもどこか申し訳なくなってきた。
「あ、あの……わたしの力ならすぐに」
「さなえはそこでゆっくりしてろって!大丈夫!」
 おねーさんはさなえを心配かけまいと希望に満ちた笑顔をさなえに向ける。
ずっとユクリールに頼り切って自分が情けなく感じたのだ。それにユクリールの役に立ちたいと意地にもなっていたのかもしれない。
 何度も体当たりを繰り返しているうちに扉もほんの少しずつ動き始め、皆の一斉の体当たりで勢いよく開かれていった。
「よ、よっしゃ!あと少しで脱出…………」
 技がちゃんと発動できていなかったのか扉の奥から水が流れてくる。
足元を濡らす程度の量だからよかったがその水流によってほぼ全員ほんの少し怯んでしまった。
「せ、背の低いゆっくりは背の高い人に捕まるように!そ、それと」
「おねーさん!!前!!!!」
 皆に忠告をしていたからかおねーさんは前方への警戒を怠ってしまう。
そのせいでおねーさんは前方から迫ってくる物体の存在に気づくことが出来なかった。
「え………」
 ふり向いた時にはその物体はもう彼女の足元近くまで来ていた。
流線形の美しいフォルム、小さくともこちらを狙っているつぶらなレンズ、全てを切り裂いてしまいそうな鋭利なヒレ、そして口の隙間から覗く尖った牙。
そう、海の恐怖を象徴する獰猛な魚類、全長六メートルほどもあるホオジロザメがジワリジワリと彼女に迫っていたのだ。
「あ、あ、あ、あ、ああああああああああああああ!!!」
 いくら悪魔との戦いで修羅場を超えているといっても、恐怖の塊ともいえるサメ相手では素面ではいられず、おねーさんは驚いてそのまま尻餅をついてしまった。
恐怖でどうしても足が動かない。サメはそんなのお構いなくじりじりと彼女に近寄り、大きな口を開いて鋭利な牙をむき出した。
「い、いやあああああああああああああああああああ!!!」
 らしくもない悲鳴をあげておねーさんは逃げようと必死にもがく。目に涙を浮かべ、いかにも普通の少女かのように。
そんな様子を見てユクリールはすぐさまおねーさんの元へ駆けつけ、自分の身長の何倍もあるサメに立ちむかっていった。
「ミラクルショットキック!!」
 勝負は一瞬で付いた。
ユクリールの標準的な蹴りが見事にサメの顎にヒットしそのまま奥の壁まで吹き飛んでいく。
サメは壁にぶつかって力なく床へと落ちていき、何回か跳ねた後二度と動くことは無くなった。
「ああああぁぁ………」
「だ、だいじょうぶですか!?ゆっくり出来ますか!?」
 恐怖から解放されてもなお動けないのだろう。さなえやりりーに肩を支えられてようやくおねーさんは立ち上がることが出来た。
「あ、ああ、こ、こけて、お、おしりが……ぬれちゃったぁぁぁ」
「……はぁ」
「いまさら濡れた程度で……あ、そういうことですか」
 誰もがそのミスティさくやの言葉に頭を傾げるがおねーさんは再び涙を流す。
かっこいい女の子がヘタレるのってなんか萌えるよね。うん。
「あ、おねーさん。あのサメ見てほしいのですよ」
「ふぇ?」
 騒ぎはおさまらない中、りりーは奥の方を指さし皆の視線がそこに集まる。
指の先には先ほどさなえが吹き飛ばしたサメがいた。ただその皮膚からは何故か電流が走っている。
「…………ええと、あれ本物のサメじゃなかったのか?」
「どうやらロボットのようですね」
 なんでそんなロボットがあるのかということはともかく普通のロボットなら襲われる心配もなかったはずだ。
玩具にあんなに怯えてしまったのだろう、おねーさんは今までの自分をとんでもなく恥ずかしく思った。
「それじゃ早く行きましょう!出口はもうすぐですよ!」
 安心しきって気が楽になったのかさなえは率先して前へ前へと進んでいく。
でも調子に乗って転んでしまい体中水浸しになってしまう。そんな愉快な様子を見て場の雰囲気も少しずつ明るくなっていった。
「はは、あ、あれ?うまくゆっくりたてません」
「………………」
 必死に立とうとするさなえを見ておねーさんは気づいてしまった。転んだ理由を、立てない理由を。
足元が水で分かりにくかったがユクリールのちびちびとして可愛らしかった右足が、踝のあたりからすっかり欠落していたのだ。
「おい!み、右足どうしたんだよ!!!」
「え?右足………」
「ゆぅ!?これは大変DEATHよ~~!!」
 もともとユクリールの体はユクーレというエネルギーを固形化して作られたもの。
だから体が傷ついてもさなえ自身にはあまりダメージがないが機能を回復するためにその分だけエネルギーを消費する。
 つまり体の部分が欠落して回復していない状態というのは、ユクーレエネルギーが完全に不足しているということを意味するのだ。
「さっきの攻撃でエネルギーを使っちゃったのか!?なんでそんな!」
「だ、だって……おねーさんが、きけん、だったから………」
 そう言われてしまっては否定しようがなくおねーさんはつい口をつぐんでしまう。
けれどそうも言ってられない。踝から昇るようにじわじわとユクリールの足が消えていっているではないか。
それと同時に割れていたはずの海も急激に皆に迫りつつあった。
「も、もし体が半分くらいまで消えたらこれだけの大技は維持できないのですよ~!!!」
「………ぼく………のせいか?」
「ち、ちがいます!」
 気落ちし始めるおねーさんを励まそうとさなえは必死に否定する。
けれどそんなことをしている間にもユクリールの右足はほとんど無くなってしまい水位も人間の膝あたりまで上がっていたのだ。
「うわあああああああああああ!!!たすけてえええええええええ!!」
「いやああああ!!しにたくないよおおおおおおおおおお!!!!」
「………………………………」
 おねーさんは全て自分の責任だと後悔しか出来なかった。さなえは自分の命を燃やして皆を助けようと必死にもがいていた。
人々は先ほど芽生えた危機感のせいでパニックに陥っていた。ミスティさくやは望んでいたはずの混沌とした状況に喜ぶことが出来なかった。
そしてりりーは、焦りながらもいつになく真剣な表情でこの状況を分析していた。
「………………この手しかないか、エンジェリックスプリングサプライ!!!」
 そう叫ぶとりりーは腕を桜色に光らせてユクリールに抱きついた。
絵的にはちょっと百合っぽい。りりーから放たれる光はユクリールの体に移り、そのままユクリールの右足を復活させていった。
「!!りりー………おまえ……」
「正直言ってそう長くは保ちません、でもギリギリ切り詰めれば問題はないです」
 最初から緊急事態だったんだからそれを早くやってくれればいいのに。
でも今のリリーも相当追い詰められている。普段のゆっくりフェイスから本気状態の天使フェイスにまでなっているのだ。
こんなことは初めて会って僕達を守ってくれた時、そして初回限定版のゲームを買いに行った時以来だ、滅多に見れるもんじゃない。
「あ、ありがとう、りりーちゃん」
「……りりーのGAMEGIRL DOS置いてきちゃった………あ、関係なしに進んでください」
 とはいってもやっぱりいつもの俗物だった。
でもそんな生々しさがどことなく安心をもたらしてくれる。そうしてある程度の緊張感を保ちながら人々は前へ前へと進んでいくのであった。


「よ、ようやく………」
「脱出出来たぞーーーーーーーーーーーっ!!」
 ちょうど長針と短針が一直線になる六時ごろ。
 紆余曲折ありながらもあのダンスホールにいた人々はなんとか甲板までたどり着くことが出来た。
船体はほとんど水没し脱出口も海中にあったことからか、海面ははるか高くに位置している。
でも海中から海面を眺めるというのは人生で見られるか否かの奇跡的な光景。人々は状況を忘れてこの光景に少し心奪われていた。
「……………で、どうしようか」
「きゅ、救命ボートを探そう!」
「ばかやろー!そんなのもうあるはず無いだろ!!」
 今彼らは事件の残り香の真っただ中にいるようなもの。この船に搭載されている救命用の道具はほとんど使われてしまっている。
全てにおいて遅すぎたのだ。いや、遅すぎてこうやって生き残っている方がおかしいのである。
「さなえさん!」
「ええわかっています!ミラクルクラフト!!!」

ヤマ(ザナドゥ)ちゃん「説明しよう!ミラクルクラフトとは超疎密度物質で構成された円盤を作り出す技である!
            その軽さは同じ体積でビート板の多分約1/10000倍程かもしれない!
            人が乗らなければ宙に浮いてしまうほどでベントラーと間違えられることがよくあるぞ!!」

 さなえはその技によって人が三十人ほど乗れるほどの円盤を作り出し、三分の一ほど海の中に突っ込んだ。
「皆さん!これにのってください!救命ボートの代わりにはなるとおもいます!」
 それを聞いた人々はすかさず円盤に乗っていく。
他の乗客が乗った後おねーさんとりりーが円盤に乗ると、ユクリールはミラクルモーゼを解除する。
それによって割れていた海は轟音とともに元の海へと戻り、円盤は乗客を乗せてそのまま海上へとせりあがっていった。
「………ゆイタニック号………沈んじゃったね」
 人々は海中に沈んでいくゆイタニックをしみじみと見つめる。
見る者をを圧倒するほど巨大な相貌で不沈艦と呼ばれたあのゆイタニック号が今では海の中。
辛うじて船の一部は沈み切っていないが今見ている光景が夢のように思えてならないのだ。
「このまま救助を待つしかないか……でも大丈夫なのかこれ」
「一応エンジェル的なバランサーもあるので大丈夫と、うわわっ!」
 突然海中から気泡が湧きだしてミラクルクラフトは大きくバランスを崩す。
恐らくミラクルモーゼによる船の中に残っていた空気が噴き出したのだろう。幸いにも誰も振り落とされずに円盤は安静を取り戻した。
「ふぅ、大丈夫……ということにしておくか」
「いいんDEATHか?」
 おねーさんはようやく緊張の糸を解くことが出来たのか、背負っていたミスティさくやを置いてそのままへたり込んだ。
「ふん…………………好きになさいませ」
「あれだけ泣いてたくせによく言うよ、したらしたで文句言う。絶対言う」
 ミスティさくやはそのおねーさんの言葉に何も言い返すことが出来ず、悔しそうな表情で海の方を向く。
誰とも顔を合わせたくない。悪魔として情けない。あとお礼参りマジ怖い。そんなこと思いながら簀巻きの中ではぶるぶると体が震えていた。
「エネルギーはまだ残ってるですよ~、あれさなえさん一体何を?」
「あ、ちょっときになることがありまして」
 りりーのエネルギー供給でなんとか今もユクリール状態を保っているさなえであったが今は円盤の端で海の水を掬っている。
何をやっているのかとおねーさんは人々がいるのをかき分けてさなえの元へ近寄った。
「ミラクルサーチ!」
 さなえがそう叫ぶと掬った水に何かが映り始める。
見る限り何か断面図に様なものに所々紅い光が輝いている。まるでゲームとかに出てくるエネミーレーダーみたいであった。
「なんだそりゃ?」
「えっといわゆる生命探査レーダーです。もしかしたらまだ中にいるかもしれないので……」
「僕達がダンスホールが出たときにはもう船は沈んでたんだぞ。みんなここにいる以上船の中にいるわけないだろ」
「………でも気になるんです。えっと範囲をゆっくりと人間に狭めて。」
 さなえがそう念じるとレーダーに映る紅い光が次から次へと消え去っていく。消えている光は魚介類と考えてもいいだろう。
さなえはほっとしてその様子を見つめるが、なぜか最後に残った一つの光はいつまでも消えないでいた。
「……………………あれ?」
「どうしたんだ」
「そ、その、もう一回やってみます!」
 何か間違ったのかと思ってさなえは再びサーチを始める。けれど結果は一緒。四回ほど繰り返したあたりでさなえは事の重大さに気付いた。
「ひ、一人生存者が船の中に残っています!!!!」
「え……………そんなはずないだろ!」
 だが現実にも紅い光は今もぎらぎらと輝いている。位置的にそこは今まで皆がいた場所、ダンスホールを指し示していた。
「ダンスホールにいた人は今全員ここにいるよな!?ぼっちのやつとかいないよな!?」
 事の状況を把握しようとおねーさんは声高く客達にそう尋ねる。
何かの間違いであってほしい。それだけをただ願って。
「い、一応いると思うが……」
「最後に出たのはおねーさんだったね!」
 そう、一番最後にあの部屋を出たのは他でもない彼女だ。
彼女はちゃんと部屋の中に誰かいないか確認した。あの水浸しの状況で人やゆっくりを見逃すようなことはないはずである。
「じゃ、じゃあダンスホール以外……それもない!どういうことなんだ!」
「………通風孔」
 ふいに聞こえた呟きに全員の視線が声の方向に集まる。
ただ顔を合わせることはできなかった。彼女は人々を恐れて海を見つめていたから。
「部屋一つの酸素じゃいきぎれしますから、通風孔も空間固定していました。いるとしたらそこでしょう」
「…………それは本当か?ミスティさくや」
「………嘘だと思うのですか?」
 その問いかけにおねーさんは軽く首を横に振った。
実際さなえのレーダーは生存者がいることを物語っている。その可能性しかない以上疑う余地は全くなかった。
「それじゃ今助けに」
「待つデスよ~!!!」
 早速海に飛び込もうとするさなえであったがりりーはそんなさなえを止めようとのしかかるようにさなえを取り押さえた。
「ミラクルモーゼは相当エネルギーを消費する技なのですよ~!せめて安静にしてなきゃだめなのです!!!」
「でも見殺しなんて出来ません!!!」
「変身が解けたらこのミラクルクラフトだって残っているかどうかわからないのですよ!!そうしたらみんな……」
 そのりりーの言葉を聞いてさなえはシュンとなってしまう。
助けに行きたいのに、助けに行ったら皆を危険にさらしてしまうことになる。
一か十か、正義の味方を貫いたユクリールにその選択は少々酷だ。
「へ、下手したら一秒先にあの人は死んじゃうかもしれないんですよ!?はい死んだ!今溺れて死んだよ!」
「だ、駄目です~常識を忘れかけているのですよ~」
「じゃあどうしろっていうんですか!!!!」
 ジレンマに悩み過ぎて激昂してしまいさなえはりりーを無理やり振り払う。
けれど海へ飛び込む直前におねーさんによって再び取り押さえられた。
「今お前が行ったらここにいるみんなを見殺しにすることになるんだぞ!わかってるのか!」
「分かってますよ!でもわたしは命を数で計りたくありません!」
「おい!りりー!なんとかならないのか!」
 ゆっくりと言えどユクリールはそこらの人間より強い。このまま取り押さえ続けることは無理だと悟りおねーさんはりりーに解決法を求めた。
「ミラクルモーゼを出すのなら出来るだけ安静にした方がいいのですよ、でも羽根で飛ぶ必要だってあるだろうし……」
「………じゃあ僕が行けばいいじゃないか」
 え?という符抜けた声を上げてさなえはおねーさんに対する抵抗を止める。
その発言にはさなえやりりーだけでなく他の乗客たち、ミスティさくやさえも驚いていた。
「さなえはここでゆっくりしてるんだ。それなら問題無いだろう?」
「で、でも!」
「でもじゃない!!その人だって下手したら一秒先に死んでしまうかもしれないんだぞ!はい死んだ!今溺れて死んだよ!」
 さなえはその提案に必死に反対しようとするが、その反論が全く思いつかない。
確かにそれならば皆を助けられる。でも、さなえはおねーさんを危険なところに行かせたくなかった。
大切な人として、頼れる存在として、恋人として。
 でも彼女は声が出なかった。その代わりぽろぽろとゆっくりな瞳から涙を流していた。
「大丈夫。絶対帰るって。だからお願い」
「……分かりました」
 これしかないのなら、せめて祈らせてくれ。この人が無事であるようにと。
そう思いながらさなえは海中の船に手を向けて腕から光を発した。
「ミラクルモーゼ!!」
 奇跡の力が豪快に海を割り、かつての不沈艦を再び空気に触れさせる。
おねーさんはさなえににっこりほほ笑むと甲板へと向かって大きくジャンプした。
「おねーさん!!頑張るのですよーーーー!!!!」
「そうだ!!頑張れーーー!!!」
「ゆっくり頑張っていってね!!!」
 おねーさんが傾いた甲板から内部へと入っていくのを見てさなえは肩で息をし、そのまま寝ころんだ。
せめて危険がないように、海を慎重に割る。それが私に出来る唯一の事だ。
だからゆっくりゆっくりと、みんなのために今は休んでいよう。

 おねーさんが出発してから五分くらいたっただろうか。
安静にしてりりーの供給を受けたおかげでユクリールのエネルギーもそれなりに回復していた。
「スプリングサプライ!もう、無茶しないでほしいのですよ」
「ごめんね、りりーちゃん………でもみんなを助けるためには………」
「………はっ!よくそんなことが言えますね」
 そのような悪意が籠った声を聞いてさなえは視線を動かす。
さきほどまで海を見ていたはずのミスティさくやがこちらを睨みつけていた。アイマスクの下からでも強烈な悪意を感じ取れるほど。
「どういうことですか。そんな簾巻きなすがたになって」
「すまきもすきまも関係ありません。このひとごろし」
「ひ、ひとごろし!?なんでそんなことあなたにいわれなくちゃならないん…………ですか」
 いつものように、威勢よくいい返すことが出来ない。
自分でも分かっている。自分が、自分が恋人を死地へとみすみす送ったのだと。
「あの人はただの人間、声が低いせいで男の子として見られて………でも普通のかわいい女の子だった!!
 それを、それをあなたがッッ!」
「…………………………私は」
「本当に好きなら……本当に恋人なら………命をかけても護りたいと思うのが当然でしょう!
 所詮あなたとあの人の仲はそんな程度だったのですかッッ!?」
 いつも人に迷惑をかけているミスティさくやであるが、今日だけは全ての感情をこめてそう言い放つ。
今まで彼女はおねーさんを殺そうとしたことはなかった。それっぽいことは全て悪役アピールのつもりだった。おねーさんの死を恐れていた。
だから、今の彼女はいつもと違い全ての感情をユクリールにぶつけていたのだ。
「あ、あああ、で、でも、でも!」
「助けられる命を助けるため?そんな理想は他人に押し付けるべきではありません。
 あなたが行けばよかったのに……わが身惜しさで人をころした………」
 ミスティさくやの悪魔の言葉がユクリールの心をずきずきと刺激する。
そしてたたみかけるようにミスティさくやは恨みのこもった呪詛をユクリールに吐き捨てた。
「今のあなたは寝てるだけ、たいそういい御身分ですこと!!これだから天使は唾棄すべき存在なのよ!!」
「う、うううううう、うわああああああああああああああああああああああああん!!!!」
 ミスティさくやの強い言い攻めに耐えられなくなってさなえはとうとう大きな声で泣き叫んでしまう。
けれど他の人々には、何故この悪魔がこうも激昂しているのかその真意が分からないままであった。
「も、もういやあああ!!助けに行きます!とめないでくだざああああい!!」
 後悔の念を抑えきれなくなってさなえは己の感情のままに船の方へと向かっていく。
りりーは止めようとしたが、捕まえたときには既に空中で、そのまま船の甲板に向かって落下していった。
「お、おい!天使さんが行っちまったぞ!!」
「ありすたちだいじょうぶなのかしら………」
 今まで心の支えだったユクリール達がいなくなって客達の間で不安が湧き始める。
それに残っているのはこのさくやとれみりゃの悪魔タッグだ。簀巻きにされているとはいえいつ暴れ出すか分からない。
「…………………………………」
 その当のミスティさくやはあれだけ悪魔の所業をやったにもかかわらず船の方を呆然と無言で見つめていた。
「まさか………本当に行ってしまうだなんて……」
 心が傷ついて死ぬほど落ち込んだりする程度だと思っていた。
あれだけみんなを救いたいと言っておきながら一時の感情に身を任せて責任を放棄してしまうだなんて。
これが今まで自分と戦い続けた天使の姿なのだろうか。あまりにも愚行。あまりにも愚直。あまりにも愚の骨頂。
 ………でも、彼女は自分を愛する人を助けに行ったのだ。自分の命を顧みずに。
そう言ったことが私に出来るのか?こんな恋するだけの悪魔の私に。
 やっぱりあの二人はれっきとした恋人なんだ。そう思うとミスティさくやは悔しくて、悔しくて、悔しくて悔しくて、くやしくて、嫉妬して、
ただ一筋の涙を流した。やりきれなくて、悲しかったから。
「…………う、う、うううううう………」
 ミスティさくやはその悲しげな表情を見せまいと決して人々の方へ向くことはなかった。
私は完璧で瀟洒な悪魔、泣く姿など人に見せられるはずがない。



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最終更新:2010年08月07日 21:05