緩慢刀物語 風神章・微意 後篇-1

 この話には戦闘・暴力・残虐・濡れ場シーンなどがあります。あと酷い表現もあります。



 かつて日元が葦中漆日元国呼ばれていたころ、日元国には一人の軍神がいました。
名はタツミナカタノカナ、腕っ節はもちろん英知も優れた神様でした。
 タツミナカタは自らの国民達とそれなりに楽しく暮らしていましたが、そんなある日一人の神様がタツミナカタに国譲りを迫ったのです。
その神の名はタケミカグツチノミサカ、雷神、剣神と呼ばれ、まるで武力そのものを象徴化したような神様でした。
もちろんタツミナカタは国譲りなど了承するはずもなく、二人は睨みあい、ついには取っ組み合いが始まってしまいました。
 しかしタツミナカタがタケミカグツチの腕を掴むとその腕は無数の氷針や剣となりタツミナカタは思わず怯んでしまいます。
けれどそれごときで逃げるタツミナカタではありません。
タツミナカタはタケミカグツチから一歩距離を置いて射程距離外からのアロハリテを何べんも何べんもタケミカグツチにぶち当てたのです。
これにより戦いは激しさを増し、タケミカグツチは影一文字、タツミナカタは大激怒岩バン割りと最強の技を互いに繰り出しました。
 しかし一週間にもわたる戦いを制したのはタケミカグツチでした。
タツミナカタは結局信濃国まで敗走し、タケミカグツチは既に土着神のいるその場で信仰を得よとタツミナカタを鎖でその土地に縛りつけたのです。
こうしてタケミカグツチは国譲りを成し遂げ、タツミナカタは信濃国に祀られることとなりました。
 このタケミカグツチとタツミナカタの戦いが元となって出来た競技が、そう、SUMOUなのです!!
                                          ~民明書房刊『レティ・イヤウケア YOKODUNAへの道』より抜粋~


 緩慢刀物語 風神章・微意 後篇


 二人がこの神域に迷い込んでから数時間が経った。
あの後どうやってこの神域から抜け出そうかと全員で色々話し合ったが、そのためには色々な手段が必要でなおかつ神域の端まで行かなければならないそうだ。
「問題は奴らだ。私達神の糧は人の信仰だが、奴ら妖怪の糧は人の肉だ。逃すまいと待ち伏せしてるはずだ」
「……で、でもタツミナさんが本当に神様だったら私達の手伝いを……」
「神として頼ってくれるのは嬉しいが私は生憎動けないんだ。この建御火紅槌御坂の鎖のせいでな」
 タツミナの腕や首に嵌められている鎖は真後ろの神棚から繋がっており、その長さはおよそ二尺(約60㎝)程度しかなかった。
この長さでは外出するどころが居間から出ていくことすら出来ない。だがこの神はこの狭い移動空間で気の遠くなる時間を過ごしてきたのだ。
「まぁいづれなんとかなる。それまでこの社でゆっくりしていけな」
 そう気さくに笑うタツミナであったが二人は先ほどのタツミナの叫びがどうしても頭にこびりついて離れなかった。
妄執のような、悲哀のような、感情を込めた精いっぱいの叫び。今の笑顔からは到底想像できない。
「……神の恵みに感謝するみょん」
 こうして二人はタツミナの好意に一応甘え、この社に泊まることとなったのであった。


 いつしか日も暮れ、二人は美苗に連れられて寝室らしき場所へと移動した。
所々畳が荒れてはいるものの部屋の造りはしっかりしており、隙間風が入ってくる心配もなさそうだった。
「…この社は神通力で守られておりますので化物が入る心配はありません。二人の分の布団もありますよ」
「みなえ殿ありがとうでござる」
 友達が出来たかのように美苗は優しく微笑み、そのまま二人の分の布団を押入れの中から取り出す。
ただかなりの年季が入っているのか外装はボロボロ、中の綿は萎みいかにも寝心地悪そうな布団であった。
「うえぇ、その布団いつの~?」
「ほこりとかついてないだけましだと思うみょん!」
「…すいません。私も来たばかりだし洗う機会とか無かったものですから…」
 誠心誠意頭を下げる美苗だが、彼方は不機嫌な顔つきのまま美苗から手渡された布団を敷いてその上にぺたんと座った。
その彼方の表情を見て美苗は申し訳なさそうに寝室から出ようとするが、彼方の微妙にとんでもない力で堅い布団の上に寝っころがされてしまった。
「……?」
「いや、なんか会った時から寂しそうな顔してるから話でもしたいなぁ、と思って」
「ぶきよーでござるなぁ…」
 そのまま彼方は美苗の体を持ち上げ布団の上で向かい合う。
ついでにみょんを傍らに置いて、馴れ馴れしく、けれど楽しげに美苗に向かって話し始めた。
「さっき来たばかりって言ったけど、美苗さんってここ生まれじゃないの?」
「…そうです…みょんさん…彼方さん…どうなつのことを知っていたということは……」
「みなえ殿はあの村の巫女なのでござるね?」
 美苗はその質問に対し嘘偽りなく真摯な表情で首を縦に振った。
守矢国に入ってから一番最初に立ち寄り、みょんが憎悪の血の涙を流したあの村。美苗はその村の巫女だというのだ。
「いやぁ運が良かったねぇみょんさん!こんな所でどうなつが食べられるだなんて!」
「そうでござるな!ああ、忘れられぬあの味わい!あの村に戻ったらもう一度作ってほしいみょん!寄り道してもいい!送ってってあげるでござる!」
 和気藹々と今後の展望を語り合う二人であったが美苗は悲しそうな顔で首を振ってみょんの提案を断った。
「……ダメなんです…私はここから離れることが出来ません」
「ど、どうしてさ!あの村でやなことでもあったの!?」
「…違います…あの二人のためです」
 あの二人と言うのはタツミナカタとスワコのことだろう。
美苗が来る前も生きていたのだから大丈夫ではないかと思ったがそうではないらしい。
 神は信仰を糧にして生きている。しかしこの閉じられた世界に居座っていては人との交流も無くなり次第に忘れ去られてしまう。
美苗が初めてこの世界に迷い込んだ時、二人は目も当てられぬほど衰弱しきっていたそうなのだ。
「…タツミ様はこの社から出ることが出来ません…だからせめて私が二人を信じていかなければならないんです」
「いい子でござるな。かなた殿なんかよりずっと」
「酷いことをいう~。あ、でも村の人たち多分心配してるよ?」
 一応美苗のことを心配して彼方はそう言ったものの美苗は俯いてふるふると声を殺し唇をかみしめている。
様子が尋常じゃないと思って二人は声をかけようとしたが美苗はすぐさま立ち上がり一目散にこの寝室から出ていこうとしたのだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「……………一つ聞きたいです…私の両親は…元気にしてましたか?」
「…それは分からないみょん」
 それだけを聞くと美苗はとても寂しそうに戸を閉めてこの寝室から出ていった。
きっと彼女も寂しいのだろう。けれど優しい性根からか神二人を見殺しに出来るはずもなく、その寂しさを心の奥底に押し込めてずっと耐えているのだ。
「……難しいね」
「なんとかしてあげられないかみょん……」
 色々考えてもその方法は思いつかず、疲れも残っていたので二人は灯りを消して堅い布団の中に包まった。
けれど何もできない気苦しさがまるで感覚として表れるかのように、布団はとても寝心地が悪く二人はしばらく眠りに就くことが出来なかった。


「やっぱり眠れん!デコボコ岩の上で眠ってる気分だよ!」
 とか言いながら彼方は目を真っ赤にして真夜中に跳ね起きてしまう。
ぜんぜん寝付ける気配すらないので歓談とか猥談とかして暇をつぶそうかなとみょんの方を向いたが、みょんはぐっすりといびきをかきながら涎を垂らして熟睡しきっていた。
よくこんな布団で眠れたもんだと羨ましくもありまた呆れたものだと彼方はつくづく思う。
「枕にでもしちゃおうかな」
 そう思ったが涎が汚いので彼方は暇をつぶす為にこの社をこっそりうろついてみることにした。
美苗や神様たちを起こさないように抜き足差し足で進むけれど廊下が古くどう歩いても音が出るため彼方は開き直って普通に歩き始めた。
「しかし神隠しも二回目か、せめてここからは戻れるようにしたいよ」
 こんな化物たちがいる場所なんて金輪際お断り。
美苗さんを置いて行くのは忍びないけどとっとと戻って刀鍛冶の村に行きたいもんだと思って彼方は渡り廊下に腰掛けて空の双子月を見上げた。
「……会いたいよぉ真白木さん……在処さん……お姉ちゃん」
 夜の空を見上げるたび、その月の数の差異から彼方はいつも故郷のことを思い出す。
覇剣が届かなくて困っていたりしないだろうか、あの漆日随一の剣士と呼ばれた真白木さんのことだから死んではいないと思いたい。
色々考えているうちにため息が出て彼方は寝室に戻ろうとしたが、ふとこの神社を訪れた時に覚えた疑問を思い出した。
「あっちの布団の方が眠りやすいかも」
 美苗さんの気遣いは嬉しいがやっぱり安眠が一番。
彼方は厭らしい笑顔を浮かべながらこっそり、こっそりと影に隠れるようにして左側の社へと侵入した。
「お、こっちはまだましだね。さてさてお布団どこかに無いかなァァ…?」
「あ~う~」
「ひぎゃァァン!」
 唐突に闇の中から声をかけられたので彼方は全身が逆立つほど驚いてしまう。
慌てて口をふさぎ、何者か確かめようと窓を開くと月の光に照らされスワコの姿が現れた。
「なんだ、スワコじゃない。驚かさないでよ」
「あう~ここはスワコのおうちなんだよ」
 スワコのお家と言うことはつまりこの左の社はスワコを祀っている社と言うことなのだろう。
社が二つあるのは最初変だと思ったが何のことは無い、神様が二人いるのなら社も二つあるに決まっている。
 そうは言っても彼方は未だにこの目の前の小さなゆっくりすわこが本当に神様なのか信じがたいと思っていた。
「なんてったってゆっくりだもんねぇ」
「ゆっくりでも神様だよ~」
「まぁいいや。ねぇスワコ、どっかにお布団ないかな?」
「あっちの押し入れにあるよ~」
 比較的新しい社なら布団もあっちのよりかは新しいだろう。
その彼方の読みは当たり、それなりにふかふかした布団が押入れの中にあって彼方はそれを引きずり出した。
「んしょっ。何かあっちに持っていくのめんどくさいな、いいや、ここで寝よ」
「スワコも一緒に入っていいかな?」
「ん、いいよ~胸の中に飛び込んでけ~」
 にししと笑いながら自慢するように豊満な胸を前に突き出す彼方であったが、スワコはすぐに布団の中にもぐりこまず神棚の前でじっと目を瞑った。
「?神様なんだからお祈りする必要なんて……」
 と、思ったがよく見るとスワコはお祈りしているというわけではなかった。
神棚には一枚の絵が飾られていてスワコはそれに向かって何か思いを馳せているように見えたのだ。
「……何だろうその絵」
 布団から這い出てその絵を近くで見てみると一人の女性が描かれていることが分かった。
スワコと同じような帽子をかぶり、静かな笑みを湛え、絵でありながら真に美しいと思わされてしまうほどの容貌を持った女性の絵だった。
「誰なのかな……?この人」
「すわこのおかーさん!」
「お、おかーさん!?」
 どっからどう見ても人間のようなこの人がこのゆっくりすわこの母だというのか。
つまり人間がゆっくりの子を産んだということとなるけれど、はっきり言って自分には信じられないし理解も出来ない。
彼方の頭では思考が追い付かず、回路が焼き切れるかのように熱が蒸気のようになって放出されていった。
「え、ええと人間とゆっくりの子って、ありえないありえないありえないありえない」
「あう~このお家はもともとおかーさんのものだったんだよ!」
「え?あなたのお母さんも神様?」
 人間とゆっくりとの子は流石にあり得ないが神とゆっくりとの子ならまだ信憑性がある。
とりあえず考えても絶対に結論は出ないし眠る前にあんまり頭を使いたくなかったので彼方はそれで納得することにした。
「……おかーさん、スワコは元気でやってるよ」
「……いないんだ、お母さん」
「スワコが生まれた時すぐにゆっくりしちゃったんだよ……」
「私もそうだっけな……いる家族はお姉ちゃんだけ。早く帰りたいよぉ」
 余計に郷愁を募らせてしまい涙ぐんで布団に包まる彼方だったがスワコが胸の中にもぐりこんでくれたおかげで気が少し楽になった。
その柔らかさに夢心地の気分を覚え、少々堅い布団の中彼方はすんなりと眠りに落ちていった。


「「「「「いただきま~す」」」」」
 星が澄み渡って見えた夜も終わり、彼方達はこの世界で初めての朝を迎えた。
会ったばかりで添い寝だなんていやらしいとみょんに散々口うるさく言われたが口論に発展すること無く、二人はいつもの感じで朝食を取ることとなった。
「……あ、これが精進料理ってやつでござるか。初めて見たみょん」
「ただ少ないだけのような気がするんだけど」
 朝食は非常にこじんまりとしたものでタンパク源となるものが無く、野菜も大根などの味気のないものであった。
とりあえず食べては見たものの味も薄く、二人はものの三分程度で膳に載せられた料理を全て食べ終わってしまった。
「お、お腹すいたぁ」
「やっぱり神前にいる以上精進料理で体を清めると言うことでござるな、だから我慢するみょん」
「…すみません…精進料理じゃなくてただ単に量が少ないだけです」
 みょんはズコッとみょんな効果音をたてて倒れ、彼方は知ったかぶりのみょんを指さして爆笑した。
それでもおなかの音が鳴り、笑う気力もなくなって彼方は気だるげに肩を落とした。
「なんでこんなに少ないの~」
「…すみません。この神社に貯蔵してる食料が底を尽きかけているんです。ここに入ってきたときに持っていたものでなんとか凌いでいたのですが…」
「じゃあ狩りとかでもして…あ、難しいか」
 外には肉を求めて彷徨う化物たちがうようよしており、狩りに行ったもんなら逆に狩られるなんてこともありうる。
けれどいずれこのままでは神社で朽ち果てるのがオチだ。美苗のためにもなんとかしなきゃと彼方はあまり無い頭を捻って考える。
「神様~なんとか出来ないの?」
「私の力なら奴ら化物を一掃くらいできるさ。だがこの鎖がそれを邪魔をする」
「……チィッ」
「神様に舌打ちしやがったな!!」
 叱責されたことを反省する様子もなく彼方はふてくされた表情でスワコを抱える。
どうやら昨日の件ですっかり仲良くなったみたいでスワコは妙にうきうきとした表情で彼方の体を登ろうとしていた。
「いやぁ可愛いね、スワコちゃんは。ゆっくりとはいえあのお母さんの血を継いでると言っても信じられるよ」
「……あいつのことを知っているのか?」
「ん?スワコちゃんに教えてもらっただけ。あの人について何か知ってるの?」
 タツミナは彼方の質問に対し物憂げな表情で溜息をつく。
その反応から知らないということはなさそうだがどうもことは単純でないように思えた。
「……あいつの名前は守矢 信乃子。もともとこの地に住んでいた土着神さ。
 まぁ分かってると思うが隣の社は信乃子を祀ってる社だ」
「だから社が二つあるのかみょん」
「まぁもともと一つの社で二人と言うことも出来たが信乃子が気を利かせてくれてな……
 本当に良い神だった……私とは大違いだ」
 信乃子のことを語っているときのタツミナは本当に楽しげで、それと同時にどこか切なげであった。
想い人亡くしても想いは尽きないというのだろうか、タツミナとシノコの二人はただならぬ関係であったことが予想できた。
「理想的な恋仲だったんだねぇ……あ、でもスワコちゃんのお父さんって……」
「………………………………………」
「あ、ご、ごめんなさい。流石に無神経すぎました。改めたいと思ってるけど全然治んないです」
 無言でこちらを睨みつけているタツミナを見て彼方は早急に謝ったが、どうしてかその視線は彼方ではなくスワコの方に向いているように見える。
「どしたのスワコちゃん」
「おとーさんだよ」
「え?」
 今、スワコはもみ上げでタツミナのことを指しながら『おとーさん』と言った。
それが何を意味してるのか彼方は一応理解出来た、しかし理解が出来たからこそ昨日の比で無く信じられない。
「ひ、ひ、あ~~~~っはっはっはっはっははっはっははっはっははは!!!ねーよwwwww」
「あ~う~!うそじゃないよ!おとーさんなんだよ!」
「だってwww人間の形したかみさまとwww人間の形した神様がwww結婚してwww生まれたのがwwwゆっくりってwwwありえん(笑)」
「かなた殿!確かにそうかもしれないけどそんなに笑うことないで」
「ありえないんだッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」
 突然タツミナの怒号が響き渡り、笑い転げていた彼方も泣きかけていたスワコも含めて全員言葉を失ってしまう。
タツミナの言葉は彼方を制しようと放たれたものではない、だが彼は一体何に対し怒り、悲しんで叫んだのか誰も知ることは無かった。
「…タツミ…様…」
「…あり得ないんだよ……」
 目元に涙を浮かべながらタツミナは神棚の方を向いて座り、自意識喪失したかのように力無く俯いた。
何に対して感情を爆発させているのか分からない以上四人はタツミナを慰めることが出来ない。
だから四人はその寂しげな背中をじっと見守ることしか出来なかった。
「一体何があったんだろうね…」
「…シノコ様についてはタツミ様もあまりお話にならないんです」
「まぁ人の、いや、神の事情にあんま頭を突っ込むべきじゃないみょん」
「だね。さて今日はどうしようか……」
 と、言いつつも彼方は今日何をすべきか腹の底で決めている。
美苗に向かって露骨に視線を何度も送っているあたりその魂胆が如術に表れていた。
「…………ふぅ」
「ね、美苗さん。食料が足りなくなってるなら…一緒に狩りに行こうよ」
「…え…えぇ!?外は危ないですよ!」
「へへん、神様がいなくたって二人なら大丈夫だよ!」
 この提案は彼方の空腹によることもある。けれど純粋に彼方は美苗のことを心配しているのだ。
自分達はいつかこの世界から出ていくけれど昨日の様子からみると美苗は確固たる意志で残り続けるだろう。
だからこそ、自分が何かできることが無いだろうかと彼方は久しぶりにそんな健気な意志でこの提案を持ちかけたのだ。
 流石の美苗もこの食料事情に危機感を覚えているのか、そう反論できず彼方に押し切られてしまった。
「…そうですね…じゃあ準備しましょう」
 そう言って美苗は食器を片づけ、狩りの準備をしようと壁に立てかけてあった弓を取ろうとしたがスワコにまとわりつかれてしまう。
恐らく心配しているようだと思われるが逆に美苗もスワコを置いて行くことに心配を覚えていた。
「あ~う~みなちゃん危ないよぉ」
「…スワコ様…私は人間なのです…狩りに行かなければご飯が食べられません」
「ううう~」
 幼いながらも美苗の状況を知っているためかしぶしぶながらスワコは美苗の足から離れる。
けれどこれで心配がすべて無くなったわけじゃない、狩りに行った美苗達を一人で追ってくるという可能性もあったのだ。
寧ろそっちの方が危険度が高く、美苗はなんとかしなければと対策を考える。
「…そうだ、みょんさん。スワコ様のこと見張っておいてくださりませんか?」
「みょ?あ、ああ、いいけど…みょんはついて行かなくていいかみょん?」
「…はい…スワコ様がどうも気がかりなので…」
 本来ならみょんは護衛にもってこいと言わんばかりにかなり強い、並の実力を持つ人間相手でも一瞬でのしてしまうほどの実力を持っている。
しかし見た目はどうあがいても人間よりもひ弱にしか見えないゆっくり。だからこそ美苗はみょんを護衛に連れていくという考えを思いつくことが出来なかった。
 そして、こうしてスワコのお守りを任されてしまった以上みょんも自発的に護衛すると言いづらくなってしまったのだ。
「みょんさん……」
「むむ、とりあえず頑張ってくるでござるよ。危なくなったら出来るだけ大きな声で叫んで。みょんが颯爽と駆けつけるみょん」
 一応の保険としてそう言って、かなりの不安を抱えながらみょんは狩りに行く二人を見送った。
その際スワコがみょんの脇をすり抜けて二人を追おうとしたがみょんは美苗のお願いにしたがって咄嗟にスワコを止めた。
「あ~う~」
「はいはい、スワコ殿、お家でゆっくりするみょん~」
 みょんはスワコを抱えてそのまま居間へと戻る。
タツミナはというと今だ神棚の前に座っていてぶつぶつ何か呟いていた。
「タツミ殿、いつまでそうしているつもりでござるか?神としての威厳はどこ行ったみょん」
「ぶつぶつ……ん、二人は……どこ行った?」
「狩りに行ったみょん」
 そう遠くない距離で会話したというのに全く聞こえていなかったほど虚ろだったというのか。
タツミナは顔を片手で抱えながらみょん達の方へとふり向いた。
「おと~さん、いつまでいじわる言わないでよぉ」
「………ウルサイ、お前なんか……お前なんか私の子で、子であるはずが……」
「じゃあスワコのおと~さんはだれなの?」
 スワコがそう言うとタツミナは歯で強く唇を噛んで今にも泣きそうな表情を浮かべる。
全身を強く震わせ、タツミナは掠れそうな声でみょんにこう尋ねた。
「…なぁ、半霊の無い珍しいゆっくりみょん……人間と人間が付き合って……ゆっくりが生まれるということは……あるのか?」
「知らぬ。聞いたことが無い」
 このみょんのように半霊の無いゆっくりみょんが生まれることは稀にある。けれどそれも隔世遺伝の範疇であり、完全に生物学から外れたことなど起こるはずがないのだ。
みょんの答えを聞いたタツミナは追い打ちを受けるようにその場で苦悶の表情を浮かべて床に突っ伏してしまった。
「……無粋だとは思う。けれど一体どういう事態があったのか聞きたいでござる」
「……………誰にも話したくはないと思っていたが、な。もう考えても結論は出ん。」
 タツミナは体勢を立て直してみょんとスワコと対面し姿勢を正す。
そしてその口から遠い遠い昔からほんの少しの昔までの過去の話が語られたのであった。


『や、や、や、やめてくれえええ!!!殺すんじゃねえええ!』
『ふん、あれだけ威勢はっていたのに命乞いか……幻滅だよ』
 神々が跳梁跋扈していた古代の時代。
建三名方奏と建御火紅槌御坂の国譲りから発展した戦いは、この信濃国において決着を迎えようとしていた。
結果はタケミカの勝利に終わり、今まさにタケミカの刃がタツミナの首元を滑ろうとしていた。
『いやだあああああああ!!死にたくねええええ!!』
『これだけ私に傷をつけておいて無事で済むと思うな!!』
『………あの』
 刃がタツミナの肉に食い込む瞬間、木の陰からひょっこりと一人の女性が現れたのだ。
頭には目のついた珍妙な帽子を被り日元国の人のはずなのに金色の髪を携え、体中に金属の輪を幾重にも鎧のように着こなしていた。
『誰だ…?お前』
『わ、私はこの信濃国の土着神守矢信乃子と言います。あなた達は一体……』
『信濃?私達はそんなところにまで来ていたのか……』
 二人とも死に物狂いで戦っていたため自分達がどの辺りにいるのか全く把握できていなかったらしい。
タツミナはシノコが現れた隙にゆっくりこっそり逃げだそうとしたが、タケミカはそれを許さず四肢を針に変えてタツミナの四肢を地面に張り付けた。
『イギャああアァァ!!!』
『!!そ、その、その人が一体何やったっていうんですか!?』
『はん、こいつはただ負けただけ。敗者はただ散るのみさ!』
 まるでそれが真理であるかのようにタケミカは言い放ち、目から螺旋状の針を生やしてそのままタツミナの頭を抉り取ろうとする。
しかしその時シノコがタケミカの体を突き飛ばしたおかげで、四肢に刺さっていた針は抜け、タツミナはようやく自由を取り戻した。
『女!!一体どういうつもりだ!』
『…確かにその人は負けたかもしれません。けれど傷をつけられた恨みで殺すというのはあまりにも恥ずかしいことではありませんか。
 そんなことで私達の国を汚さないでください』
『………………ちっ、恥ずかしいとか言われたら本当に恥ずかしく思えてきた』
 タケミカは全ての武器を元の体に戻し、いらついた表情でタツミナの上にふんぞり返る。
未だタツミナをふんづけて痛めてはいるけれど殺意自体は無くなったようでシノコはほっと胸をなでおろした。
『このまま見逃す、と言うのも癪だ。何かこいつに対して嫌がらせになるようなこと思いつかないか?』
『え、で、でもそう言うのは~何というか~』
『殺すなと言ったのはお前だろ、人のいざこざに首を突っ込んでそのままおさらばなんて許せるものか』
 そう言って威嚇交じりにタケミカは腕を剣に変えてシノコの前に突き付ける。
けれどシノコは物怖じ一つせず、ただ単にそのタケミカの質問に対し必死に頭を捻らせているだけであった。
『私が引き取る、と言うのはどうでしょうか』
『………それのどこが嫌がらせだ?』
『元の国に帰れないというだけでも十分でしょう』
 はぁと溜息をついてタケミカは剣を腕に戻し、訝しげにこのシノコを見る。
この女は一体どういう理由でこの無様の男を庇おうとするのかタケミカにはいまいちそれがよく分からなかった。
 ならばその答えを得よう。その欲求の下にタケミカはとある考えを思いついた。
『その体中についている輪……何個かくれないか?』
『あ、これですか?いやぁみなさんが一生懸命作ってくれたから全部付けちゃって、少しくらいならならあげますよ』
 そう言ってシノコは首や腕にに付けていた鉄輪を外してタケミカに手渡す。
するとタケミカはその鉄輪に自分の何本かの髪の毛を鎖のように繋げ始めた。
『お、おい!キサマ!一体何を……うげっ!』
『敗者は黙ってなさいな、よし、これをっと……』
 四尺程度まで髪の毛を繋ぎ終えるとタケミカは勢いよく鉄輪をタツミナの首に振り落とす。
すると鉄輪はタツミナの首にすっぽりと嵌り、さらにタケミカの力によって髪の毛はその形通りに鎖へと姿を変えた。
『!!!』
『こ、これは!!お、おい!俺は奴隷じゃないぞ!!』
『誰がキサマなんかを奴隷にするか』
 次々とタケミカは鉄輪をタツミナに嵌め合計五つの鉄輪がタツミナの自由を奪う。
そして最後にタケミカは鎖の端を一つに集め、腕を変化させて出来た剣でその鎖を地面に固定したのだ。
『!!!!』
『ふん、これでお前はもうここから動くことが出来ないわけだ』
『で、でもそれではあなたまで…』
 剣が腕そのものにである以上タケミカも地面に固定されていることと同じことだ。
しかしタケミカはもう一つの腕を剣に変えると容赦なく地面に固定されている腕を肩から切り落としたのだ。
『!!!!あ、あ、あ、あ、ああなたはははは』
『こんな面白そうなことに腕の一本や二本犠牲にしたところで今後に何ら変わりはない。おい、タツミナカタ』
『………な、なんだ』
『ふふ、お前の命だけは助けてやる。しかしこの土地から一歩も出ないという約束でな、まぁこの土地どころかあそこの木に辿り着けさえしないだろうがな』
『ぐ、ぐぐぐぐぐぐぐぐ!!!』
『それが敗者の罰、そして俺なりの嫌がらせだ。元々神がいる場所でキサマはどうやって信仰を得るのかな?ではな』
 この場から去ろうとするタケミカを殴ろうとタツミナは拳を振りかかるが、鎖に引かれて空回りしその場で転んでしまう。
起き上がった時には既にタケミカの姿は無く、タツミナはただただ怒りのまま地面を拳で殴りつけるのであった。
『ちくしょう!この剣さえ抜けばあぎゃばばばばばばばばばばばばばばばばばば』
『だ、大丈夫ですあばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば』
 どうやらタケミカの残した剣には高圧電流が流れているらしく、抜こうとして触ったタツミナ、そしてタツミナの体を触ったシノコまでも感電してしまった。
しばらく森の中に雷電が走った後、その中心には二柱の神が黒焦げで大の字になって横たわっていた。
『………すみません。私があの人に鉄輪を渡さなければ……』
『あんまり変わりなかったと思うぜ。どうせ別の方法で嫌がらせしたにきまっている』
 口調では強がっているもののタツミナの目には涙があふれ、焦げた肌にしとりと垂れ落ちる。
その涙を誰にも見せないようにシノコとは逆の方向に寝転がると今度は鎖が首を痛めつける。
 命があるだけでも嬉しいと自分に言い聞かせるタツミナであったが、その痛みはどうしても屈辱で、辛く、寂しいものであった。
『俺……これから一体どうやって生きていこう……』
『………大丈夫です。なんとかしますよ』
 根拠もなく、シノコは妙に笑顔でそうタツミナにほほ笑んだ。


 これが一番最初の物語、私とシノコの馴れ初めであった。


『おいモリヤ』
『何でしょうかカナデさん』
『カナデと呼ぶな……これは一体どういうことだ?』
 今、二人の周りでは大工らしき人々がいそいそと土台作りに勤しんでいる。
そして二人の遥か目の前には紅き境界の象徴が雄々しく立てられていた。
『何って、神社を作っているだけだけど』
『……誰のだ』
『私とあなたの!』
 その発言に対しタツミナは大きく吹き出し咳ごんでしまう。
一応自分の社であることは薄々予想できたが、まさか二人供用の神社とは予想だにして無かった。
『折角神様が二人いるんだから一つに集めちゃった方がいいじゃない?まぁ社を二つくっつけた感じになるけど』
『ぐぅ……しかし余所者の俺のためにこいつらはよく新しい社を建てる気になったな』
『みんなこう言ったら喜んでくれたのよ。新しい神様は誰の犠牲なしでみんなを救ってくれるって』
 単純すぎないかとタツミナは思ったがシノコの妙な物言いに違和感を覚える。
その言い方だと自分はまるで犠牲が無ければ人を救えないという意味に聞こえるではないか。
 しかしそんなタツミナの考えを読み取ったのかシノコは少し物寂しそうな表情でタツミナに呟いた。
『……私、いわゆる祟り神なんです』
『タタリガミ?それにしては随分慕われているようだが』
『みんなに逃げられないようにと人当たりを良くしただけです……私誰かの犠牲が無いと生きていられませんから……』
 そんな自分の生き方に嫌気を感じているようでシノコは目に涙を浮かべてその場に蹲ってしまう。
タツミナは慰めようとするが、ただ単に信仰を糧にし、そう言う生き方を知らないタツミナに慰めの言葉は思いつかなかった。
『あ、その……』
『かっぱっぱー!でもシノコ様はやさしいよ!こどもたちの世話もしてくれるしね!』
『そうですぜ、だからあんま気に病まないでください!人身御供になった人たちもあっちで上手くいってますさぁ!』
『…みなさんありがとうございます』
 まごまごしているうちに大工の人々やゆっくり達に先を慰められてしまいタツミナは激しい自己嫌悪に陥る。
折角世話になるというのに気遣いの一つできないのか、タツミナは申し訳なさそうにシノコを見るがシノコは心地良い笑顔で返してくれた。
『私と一緒に、これからみんなとよろしくお願いしますっ』
『………あ、ああ』
 曖昧に返事をするタツミナであったがこのシノコの笑顔を見てとある決意をすることとなった。
シノコは誰かの犠牲なしに神として力を使うことが出来ない、ならば自分がこの社の神として頑張ればシノコも力を使わずに済むのではないだろうか。
そうすればシノコもできるだけ悲しまずに済む。何よりそれがタツミナにとって唯一の恩返しのように思えた。


 簡単に言ってしまえばそれはあまりにも甘い見通しだったとしか言えなかった。
『争いとか全然ないな……』
 元々軍神と呼ばれていたタツミナカタノカナの力は主に戦争などで発揮される。しかし信濃国は全くと言っていいほど戦争が起きる様子が無かった。
もちろん個人同士の諍いくらいはある。けれどそんなもので神の力を使うわけにもいかずタツミナは社の居間で不機嫌そうに佇んでいた。
『戦争なんか無い方がいいですよ~人がいなくなっちゃいますし』
『お前は自分の社に帰ってろよ、全くこの輪もなんとかならないものか』
 得意の怪力で首の鉄輪を捻じ切ろうとするも首が痛むだけで全く歪む気配すらなかった。
以前だったら簡単にできたはず、やはり信仰が減っているのだろうとタツミナは深く肩を落とした。
『富士裾野から貰いうけた鉱物で作った自慢の鉄輪ですから……』
『くそっタケミカグツチめっ!鎖も短すぎてまともに動けん!』
 忌々しいものを見たくないという意志なのか現在タツミナを縛りつけているタケミカの剣は神棚の真下に配置されている。
ただ地面と社の床の高低差もあって鎖も短くなり、タツミナの行動範囲も半分に減ってしまったのだ。
『……こんな私を誰が頼るというのか』
『えっとカナデさんは例えば何が出来るのですか?戦うこと以外で』
『カナデ言うな……強いて言えば風を巻き起こせる。風神と呼ばれたこともあったからな』
『じゃ、台風とか撃ち消せるかもね。花の粉も満遍なく広げられるしイナゴの群体も追い返せるかも!お願いね!』
『お、おい……』
 そう告げて、シノコはにこやかな笑顔でタツミナの社から去っていった。


 彼女の提案に半信半疑に載った私であったがその不安を吹き飛ばすように瞬く間に人々の信仰を得ることとなる。
作物を吹き飛ばす台風を打ち消し、種が出来ない植物たちに花粉を届け、村々を襲うイナゴの群れも全部吹き飛ばしてやった。
 私は幸せだった。この地で生きるのも悪くないと思い始めていた。
シノコの力の消費も以前より少なくなったそうだ。だが、それも”以前と比べて”の話、彼女は依然人身御供を必要としていたのだ。
 その人身御供の儀式が行われた日、私は社の窓からその儀式の様子を見つめていた。
人身御供となる子どもは、冷淡な表情の仮面を被りつつ酷く怯えていて、それを見据えていたシノコの表情は、酷く悲しげであった。


『人々も変わったな』
『ええ、いつの間にか「守矢」なんて国になってるし……ふふ、栄光だわ』
『私の国は一体どうなったんだろうな……』
 タツミナがこの地に縛りつけられてから約400年。
葦中漆日元国も名前を変え、それに呼応するかのように新しい国々がこの島に出来始めた。
そして神のような怪しい存在も時代を経て、名前を変わりこう呼ばれるようになった。
 「妖怪」と。
『……愁いているのか?』
『確かに私達神と妖怪は似たようなものだけど……全く同じものと思われるのは心外です』
 そう言ってシノコはタツミナにもたれかかり深いため息をつく。
昔のタツミナだったら寄りかかるシノコから離れようとしたかもしれない、けれど長い年月はこの神々に深い感情を芽生えさせたのだ。
『奴らのほとんどは人を救わない。それでいて生きていられるんだからズルイとしか言いようがないな』
『……でも……私達もいつああなるか……』
 時が移り変われば地も海も街も人も全て移り変わる。
神が生まれ神が生きた時代の人々はもういない、神に頼らず人が人として生きていく人々が集まる国がこの島に出来始めたのだ。
そしてそんな世情を表すように、以前に比べこの守矢国でも神々に対する信仰は減少していた。
『私は信仰が無くても生きていけるんです……ただ人の犠牲が今より何倍も何倍も増えていくだけで
 私……怖い。死ぬことを恐れてあの妖怪どもと同じようなことをしたら……』
『……そんなこと、させるものか』
『え?』
 タツミナはシノコの両肩をしっかりと掴み、体を向かい合わせ視線を合わせる。
何時に無くタツミナの真摯な顔つきにシノコは思わず赤面してしまった。
『シノコはそれが嫌なんだろう?だったら私がお前を守る!絶対お前を妖怪なんかにしてやるものか!』
『……カナデさん』
 シノコは目に涙を浮かべて真っ直ぐタツミナに抱きついた。
その際骨が折れるような妙な破壊音が聞こえたが、タツミナは安らかな表情で両手をシノコの背中にまわし、抱き合う形となった。
『やっぱり……カナデと呼ばれるのは恥ずかしいな』
 互いに想い合った仲であっても、彼は照れくさそうにそう言った。


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最終更新:2010年12月15日 22:30