【2010・11年冬企画】控の女王と一服

【12月31日】


「えぇ、ノルマは達成しました ……ここでのノルマはね」



 そう言って、突然あの優秀な部下は去っていった。
 経営はまだきついが、これは彼女が突然辞めた事だけが原因ではあるまい。BORDER商事のゆかり社長は、
気を取り直して、目の前のライターに言った。

「私は、少なくとも一日百回は自分に言い聞かせる事があります」

 真面目そうなゆっくりあやの記者は、さらさらとメモをとっていく。
 この言葉に嘘はないつもりだった。
 しかし同時に、部下の目に見えるほどの心労に気を使う事がほとんどなかったし、寧ろそうして激務に
漬かり切っている状態が、あの部下には幸せだろう、と都合の良い解釈をしていた。

「わたしの精神的ならびに物質的生活は………」

 大切な駒が無くなって初めて分かったこと―――――何とも安っぽいが――――――初めて分かったこと
―――――そう、「適当な九尾の狐」なんて、普通はそこら辺にはいないという事。
 ちょっとしたアメだけで、過ぎたムチは、普通は補えないという事。

「他者の労働の上に成り立っているということを」

 最後まで言えない。
 言葉に詰まる。
 ついに、まぶたが熱くなって、色々滴ってしまい、ゆっくりあやの手を止めてしまった。

「あやややや… どうされました?」
「いえ、ちょっと前を思い出しまして」
「苦労されたのですね」

 いや、逆だ。
 少し前まで楽をし過ぎて、今苦労している。
 この状況も後年良い思い出となる可能性もあるが、実際に今は辛い。部下をこき使っていた頃、周りから
「真っ黒」と言われていた腹も、今は真っ赤かもしれない。
 ――――本当に赤いだろう。元々ゆかり社長は胴体がないのだが――――

 「うーん………」

 そうこうしている内に、意識がとんだ


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 この仕事に着いてから早6年。
 「家庭崩壊を望むのならば就くがいい」
 と言われて就職したマネージャーも、板についてきた。
 人形たちを駆使して、小さな体でよく駆け抜けてきた、と他人には言われる。

 「いや、そこまで頑張ってきたわけじゃないけど………」

 とは一応言っておくけれど、実際辛かった。
 ――――舞台女優のマネージャーとして必要なものとは何か?
 例えば、①舞台そのものとか、②女優自身そのものとか、③仕事の内容とか、④女優のファンとか
 これらどれか一つにでも、大きな愛着を持ってしまっては、マネージャーは務まらない、と言い張る人も
いる。
 ゆっくりありすは、上記①~④のすべてに対して均等に愛着があった。
 その他、現場の人間やプロから見ても必要な資質は十分に持っていたと言える。
 それでも、そろそろ限界が近づいて来ていた

 「――――ぱちぇさん………」

 ホテルの一室。
 入口の前で、体育座りをして怯える女優のぱちぇさん。
 公演で訪れ、グランドホテルに泊まったまま年を越そうとしているが、最近精神的にまいり過ぎている。
理由は解っていた。
 人気が落ち目過ぎる。どうしようもない。
 慈しみと嘆きを込めたまなざしに、怒りは含まれていない。

 「何が怖いの?」
 「むきゅ―――……何もかもが…」

 女優自身がここまで追い詰められているとなれば――――できる事と言えば
 人気の低迷に対しての策は、ありすなりにあらかた打ってきたつもりだった。しかしそれはマネージャーの
範疇では無かろう。

 「最初に舞台に立って、客席を見るでしょ?で、その少なさに絶望するの」
 「意図的に見ないって事は?」
 「いや、できないでしょ。大体音で解るし」
 「目耳を手を使わないでふさいだら………」
 「どうしても半端に聞こえる」
 「無心よ無心。そして自分のペースでやるの」
 「それはもうやった」
 「そうか。ごめん」

 一流の舞台の人達は、常に周りにとらわれずに己が道を行くと思っている人がいるが、全然違う。客席の反応を
見ながら、適切な間の取り方をその場で臨機応変に変える事が出来なければ、生き残る事はできないだろう。
 ぱちぇさんは本当の実力派だし、今のままでも十分に食べていける。
 しかし、いかんともしがたい人気の落ち目は、確実に彼女の心を圧迫していた。

 ――――気の毒なぱちぇさん!

 女優自身に愛着を注ぎ込むべきではない、という話の意味が身に染みて解る。こうした辛さを共有し過ぎては、
仕事も上手く回らないだろうし、身を滅ぼすばかりだ。
 それはぱちぇさんも解っているだろう

 「む……しばらく一人にさせて……………」

 寝室のドアに寄りかかって、隙間から雪崩れこむように、ぱちぇさんはポヨンポヨンと寝台に転がっていく。
 こんな状況を、どう説明したものかと、涙目になりながらありすも扉を閉じた。
 ここは良いグランドホテルで、食事もおいしいし、どこも暖かく、実にゆっくりできるが、二人とも全然
眠れない。
 ソファの上で、思わず体育座りをすると、自然と顔が……


      :  _,,.. --─- 、..,_ :
    :  ,. '"´ ___,,,,....、,,,_   `ヽ.  :
   :  ,:'´,.- ''"´ ̄ ̄`"''ヽ:ヽ,   ':,  :
    / /' / ,   i   ,ハ  Y ヽ.  ',  :   なめるなあのクズ評論家ども!!!
 :  ,'  i  !/{  ハ /  ヽ _,ハ  ',  i :
 :  i   !  ' (◯),  、(◯) `i !ハノ ,' :
 :  !ヘ ,ハ ノ    ,rェェェ、  .イ/ i   〈 :
 :  ヽ ヘi     |-r-r,|   ハ〈   ハ :
  :   ) | ヽ、  .`---´    / /  ノ :
    / ノ ノ ,i>: 、.,,__ ,,.イ/ ン' イ ノ
     '〈r'k' ,!>イ'トー‐ァ'i∠、_! /_ン


 親不孝になる。
 こんな事ではいけない………、少なくともぱちぇさんの前では笑っていたい。



       . +゚。¨ ‘ + o        _,,.. --─- 、..,_       。x ∝ +  、
      。             ,. '"´ ___,,,,....、,,,_   `ヽ.            ゚ ×
   (⌒'⌒)               ,:'´,.- ''"´ ̄ ̄`"''ヽ:ヽ,   ':,             ○
     \/           / /' / ,   i   ,ハ  Y ヽ.  ',             ℃。
   x :             ,'  i  !/  ハ  /  ヽ _,ハ  ',  i             ' :
   .                 i   !  'ー-  レ' -― .Ti !ハノ ,'
   ゚+ .                !ヘ ,ハ !r=ミ    r=ミ ).イ/i   〈              ゚x がんばりましょ?
   ,                 ヽ ヘハxxx  ,___, xxx ハ〈   ハ             。
                      ) | .l、   ヽ _ン   / /  ノ              +
  O。    ☆         / ノ ノ ,i>: 、.,,__,,. イ/ ン' イ ノ
   :         \    く`_ー-、〈r'k' ,!>イ'トー‐ァ'i∠、_! /_ン              .゚
   x          _, -―‐ }   ヽ ン´  ゝ'=ニ=r'"  `ヾ            r ⌒)
   : r‐⌒l    {r――   '⌒ヽ lrくヽ、/__,/:.ナ:.:.:|_  ',  _`ゝ.            | /
    \ノ 。     ̄ ̄ ̄ ̄`}__|`''ァヘr-/:.:.:ナ:.:.:レ、_,.ヘ,_rヘ,_ン        . x ゚
      ゚+ ,         i"---`i,' `i:.:.:;ハ:.:.:.:.:.::._',    ':,         。÷
        % 。     i    i.  ァ'>lコ--‐'"_ハ     ':,       ,∞
          ‘  o    i    i  /:`7''トl ̄i.:.:.:.:.:.:.':,  、 _,〉   o



 これはわざとらしすぎる、もっと自分らしい笑いと言えば



              ,,. ' "´ ̄`"'' ..,
           , '´ _,,-======-,, `ヽ、
           r´ r´,、 i´ `ヽ、 、',   ',
          ノi  レ'-ルi λ ,-i-ノi  '、i
          レi ,.イ ,r=;,レ´ V r;=;、iイル' .i
           i i イ ! ヒ_,!    ヒ_,! ! i iイ i
           イ!/i ""  ,___,  "" i iレ' ゝ
            ノ i iヽ   ゝ‐´  / i ゝ'i
          〈/レル/´|:::::::::::: l |ルレVノ〉



 この笑顔がもっとも自然にしっくり来るのだが、一度なるとしばらく声も出せなくなるうえに長時間元にも
戻らないのが困りものだ。
 ややあって、花瓶が目の前で倒れ、机の上のコンパクトが、前触れも無く、ひび割れた。
 誰もいないのに、何故ひび割れたかは彼女にも解らなかった。それでも割と昔からよくおこる現象だった。
 腹がしくしくと痛む。
 中にはクリームが詰まっているらしいが、多分真っ赤だろう。そうしたことを考えていると―――ふっと
意識が途絶えた。


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 「あだだだだ」
 「どうされました?」
 「おお、それが持病の、余命2か月の発作とか!?」
 「多分違うけど、腹は、何か痛い」
 「ポップコーンの食べ過ぎですかね?」
 「いや、そうじゃないと思うけど。痛い」

 グランドホテル、休憩室にて。
 いくつかの娯楽施設もある中、シンプルにゆっくりする事だけを優先した白い部屋の中、隅っこのテーブルで
大人しくジェンガで遊んでいた面々がいた。
 人間女性一人と、ゆっくりようむとゆっくりにとり。
 首だけの状態のゆっくりにとりの、どこら辺が腹痛なのかとかという疑問を、人間の女性は特に投げつけなかった。
こうした事は慣れているのだろう。

 「さすってほしの?」
 「できれば」
 「どこら辺?」
 「あ、やっぱりいいよ。病院に行く」
 「いや、さするわよ。だからどこら辺?色々進行してさり気なくアレな部分も触れろとかそういう事言っても
  気づかないと思うから」
 「――――……そういう冗談とか言えないほどきつい マジで」
 「マジで?」

 すぐにジェンガを片付けると、3人は1Fの診療所に向かった。


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 「ここはNASA……いや、竹林4000年の秘術を受け継いだ医療を行っているんです。この前、頭から一刀両断
  された人間――――人間ですよ? ゆっくりじゃありません―――を普通に救ったくらいですから、大抵の
  事はできちゃうんですよ」
 「先生、最初に『死亡確認』なんて言っちゃう癖がありますけどねえ」
 「だから、大丈夫」

 診療所には、てゐともレイセンともうどんげともつかぬ、兎の耳をしたゆっくりが務めていた。
 てゐではないので、言っている事を一々疑うつもりはないが、せめてえーりん辺りがそういう事を言うべきだと思う。
 しかし、


       : ,ヽ./{   }ヽノヽ :
       : ノ ノ ヽ / )   } , :
     : 'ヽi ')ヽ oOoノ /{ V } :
      : ) ''V 'o. '''' .oノ ノ ノ :
      : ,>-' '-/ヽ__ノ.-:''::ヽ'ヽ :
     : /..-''':r ';' { . '     'ヽ. :
  : 、_/.::'' r  '{::{ \::ヽ ':. ヽ ヽ {ヽ :  怖い動物に部屋で会ってしまいました……
  : ' -{./ /:: 人::::ヽ ヽ::ヽヽヽ:} } (::':ノ :
   : ノ( (:(::( ノ )ノ '')/ ''\:、ノ: ノ:  入 :
    : ノノ>)::i ( >|:::::::::::|< ) ノ.:) < :
      : ノノi:| \ ,___, U/ "|:ノ入 ) :
      : )/'人.  | i i⌒ー' |  イノV '' :
        : ノ> |i ___ ,. イヽ :






 みたいなのがゴロゴロいたから、腕は確かなのだろう。
 逆に言うとグランドホテルで何でこんなに怪我人が出るのか不気味だった。
 餡を頭からかぶって火傷している奴らも多い。

 「食べ過ぎと、ストレスですね、これは。 何か大量にスナック菓子とか食べませんでした?ポップコーンとか」
 「ああ、はい」
 「しばらく安静にすれば大丈夫」

 ベッドはちょうど満杯になってしまったらしく、先程の星と、あとゆっくりゆかりと整形アリスが入っていくの見えた。
整形アリスは、やはり顔が怖かった。

 「―――…いやもう、すぐに休めるならどこでも」
 「じゃあ、お部屋に」
 「ちょっと上まで移動するのが面倒くさい…」
 「―――…それならば」

 兎のゆっくりは、古びた後ろのドアを開けた。
 グランドホテルの外観を考えると、どう見ても計算が合わないが、とても古く長い木造の廊下が広がっている。

 「この先に、従業員用の『保健室』がありますからら、そこでお休みになられますかね?」
 「ええ」
 「お運びいたしますよぉー」

 手に包帯を巻いたゆっくりおりんが、いつのまにかニタニタと笑いながら手押し車を手に立っていた。
 普段なら遠慮するところだが、本当に休みたかったので、渋々そこに乗る事にする

 「よっと」

 車は、何だか水でふやかした紙粘土かパンのたねをビニールに詰め込んだような柔らかい感触がした。
 不快でも恐怖でもなかったが、何だか運ばれている間は生きている実感もわかず、廊下も信じられないほど
長く感じた。
 廊下にはずっと大きな窓が張り巡らされていてる、

 その間――――にとりは、そこから見える、ある光景に釘付けになった

 「従業員用・保健室」と書かれた扉にも、ゆっくりすいかの絵が掛けてあって、にとりは少し身震いした。
ゆっくりにとりは、ゆうぎやすいかが苦手なのだ。

 「もう、ここでいいよ」
 「ではお大事に~」

 中に入り、丁寧に両手でにとりを車から降ろすと、おりんはすぐに踵を返して廊下を走っていった。
 窓のやや少ないグランドホテルだが、ここからも外の駐車場が見える。
 ―――寝台は10個
 うち一つは、カーテンもかけず、めーりんによく似た人間の女性(?)が深い眠りについてたいた。
 残りは

 「………まさか」

 手間のカーテンをかえると、先客がいた。



                 r' ̄i             )フ
                 ゙‐-  ウ--,,          ノ フ
               , - 、   フ   ̄ ̄ヽ...--.../  フ
               {   }   フ    ......ヽOノ.............フ___
               `‐-‐  フ  /::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ/   r'⌒',
                ◯  >ノ:::::::::::::::::::::ノ  ヽ:::::::::::::::::ヽ  !、_丿
                   クノ_ノノ_ノ/ゝ、   /ヽ:::_ヽ_ヽ
                  __ノ::::::::::r ( ヒ_]      人::::::)  ○
                /:::::::::::::::     ,___, ヒ_ン ) :::::::::::)-‐、,,
             ,,r-─(_)       ヽ _ン  "".ノ !.; ヽ ヽ `,
            (                        ,r‐″
              ̄つ                 ,r─‐‐''
               (´              ,r──'
                ̄ ゙̄'───--------‐





 ゆっくりうつおが、ゲル状になってベッドに横たわっていた。

 「―――代わる?」
 「――………いや、いい」

 一つ横のカーテンを開けると


         /´`8-‐''" ̄`"''`ヽ8- 、
         │ ,'  , ,  、 、 ヽ  ',.
          リi  ,'./-λル-i-イ i_.ハ
         -=iルLirr=-::::::r=;ァ`/=-
          ||`T======T´| |
          || |  |     |   |  | |
          ト、 |  |     |   | ,.〆)
         ト、`゙' ‐'‐----┴ '"´,. イ'!
         || | ̄Tー---t‐ ''´|  |.|
         || |.  |     |   |  |,|
          `' ‐-.,|,,___|__,,.. '‐



 その横のその横も


         /´`8-‐''" ̄`"''`ヽ8- 、
         │ ,'  , ,  、 、 ヽ  ',.
          リi  ,'./-λル-i-イ i_.ハ
         -=iルLirr=-::::::r=;ァ`/=-
          ||`T======T´| |
          || |  |     |   |  | |
          ト、 |  |     |   | ,.〆)
         ト、`゙' ‐'‐----┴ '"´,. イ'!
         || | ̄Tー---t‐ ''´|  |.|
         || |.  |     |   |  |,|
          `' ‐-.,|,,___|__,,.. '‐


 ―――正直こいつらだけはベットを使う必要を感じなかった。
 とにかく布団に横になりたくて、にとりは順番にカーテンの中を覗いたが、いずれもキスメが寝て(?)いた。
 残りは1台。
 と――― 一人で開く。

 「新入りが………ここに来るのはまだ4年は早い。」

 中途半端な年数だ。
 寝台には、どう見ても病んでも疲れてもいる様子の無いゆっくりヤマメが座っていた。
 エプロンからして、メエドだろう。
 枕を座布団代わりに、頭部の手すりに体を預けて足を組みふんぞり返っている姿は、なかなか貫禄があった。
 ――……とても下劣で低俗なタブロイド誌を足元に広げてさえいなければ

 「あの、新入りって?」
 「この診療所は確かに居心地がいい。だが、仮病は長年勤めたあたしレベルじゃないと使えない高等技術さ」
 「仮病?」
 「気づいていたか? そっちのキスメ36号はここにこもって3時間。キスメ428号は半日。144号は
  そろそろ24時間目に突入さ」
 「ま、まる一日?」
 「驚くのはまだ早い。さっき運んできたおりんだって、その気になれば一日の実働は20分で済ませる技くらい
  身に着けているんだよ」
 「……………」
 「このベッドをわがものにするのに必要なものは何だと思う?」
 「き、既成事実と気配の消し方とか?」
 「YES 良いセンスだ。しかしそれだけだと消極的だね。こっちのおくうをごらんよ。 風呂場掃除中の
  火傷はたいしたことなかったのに、このリアクションと、現実に第3者からも嗅ぐことのできる『リアル死臭』
  で、もう三日はこのままさ!」

 そういえば、ちょっと煮崩れした上に古いゆで卵の様な匂いがすると思ったら、(原理は解らないが)オポッサムと
同じことをしていた訳か。
 そしてゲル状になっていたのは火傷の演技のつもりか。
 というか、従業員を三日間もゲル状にしたまま放置してしまうのか、このホテルは。

 「そして」

 やまめのメエドは、ゆっくりと見せつけるように足を組み替えた。
 ―――濃い沼の様に、底の見えない誘うような深い半眼
 ―――気だるげな首の傾げ方
 ―――誰かを堕落させようとしているような口元
 ゆっくりらしからぬ、思わず腰が砕けそうな、ねっとりした妖艶なしぐさだったが、妊婦の様に下半身がぶかぶかと
膨らんでいる服とエプロンのため、よく解らないが―――

 「25日に、よく解らない髭のおっさんに猿轡をはめられたのがきっかけ。言っておくけど、あたしはメエドの
  副リーダーさ。以来ずっとここにいる」
 「それは」

 それは―――すごい、。そんな責任もまあそこそこはあるであろう立場にいながら、6日間も。
 すごいが

 「私は、従業員じゃないんだ」
 「…………………………」
 「…………………………」
 「…………………………」
 「…………………………」
 「…………………………」
 「診療所が混んでたのでここで寝たいただの客なんだよ」
 「…………………………」
 「…………………………」
 「…………………………」
 「…………………………」
 「あの寝たいんだけど?」
 「ももももももも申し訳ございません、お客様」
 「ただ今整えますので、少々お待ちくださいませ」

 メエドの副リーダーが雑誌を放り投げ、姿勢を正すのと、キスメ達が桶から飛び出すのはほぼ同時だった。
 キスメ達は体が無かったが、にとりがなおも気になっている駐車場を見て目を戻す頃にはもう、結婚式を
連想させる程ベッドは美しく整われていた。

 「お待たせいたしました」
 「ささ、どうぞ」
 「御見苦しい場面を大変失礼いたしました」
 「「「「「「ゆっくりくつろいでいってね!!!」」」」」」

 ぞろぞろと、折り目正しく私語も一切なく診療所という名の安息の地から従業員達は去っていく。
 その全員きちんと伸ばされた背筋は、行き届いた社員教育を感じさせたが、そこには
 『だりい』
 と叫ぶ、これから職場に戻る者たちの哀愁が貼りついていた。
 しかしここだけを表面的に切り取ってみれば確かに一等級のサービス。
 感心したにとりは、先程の咽かえるような色香をまき散らしながらも不躾だったやまめ副リーダーの態度を
忘れ、慌てて声をかけた

 「ねえ!」
 「は、何でございましょう?」
 「お願いがあるんだ………」

 出来る事なら何でも、と自信に満ちた笑顔で、従業員達は振り返った。
 窓の外を指さす。

 「あそこの駐車場で、じっとしてる犬らしい生物がいるだろ?」

 全員こぞって覗き込んだ。

 ―――灰色の空の下
 同じくコンクリの駐車場は、それを反映したように同じ色。取り囲む周囲の美しい林とは別に、そこだけが
空に囚われて続いている様だ。
 そこに、ポツンと自動車に交じって、大きな生物が佇んでいる。


        _,,.. -‐ァ'"´ ̄`7ー 、.,_
    ,ト、_/|___>-‐ァ7"´  ̄`ヽ、 `メ、
   く  \/|>-‐──- 、., /| \_ノ\
    />''"´:::::´ ̄ ̄`"':::、:::\|   \_,ノ 、
  /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\::::':,  ∧ ,ハ:!
  /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::∨ハ ./ |ハ   ',!
 ,'::::::::::/:::::__/:::/|:::::::::i:::::::::::ヽ;::::::|:::::! \.| .|_/|
 |::::::::;ハ/トゝ /  '、::::/_::::i::::::::';::::::::::'、/| |   |
 |:::::/:::::| (ヒ_]    ヒ_ン )_;ハ:::::::|::::::::::::::ヽ/ |_/|
../∨::::::7,,   ,___,  U"" |/!:::/::::::::::::::::::ハ|   |ヽ、_  ,,
..!:::::::|::::ト、   ヽ _ン    '/レ'::|::::|:::::::::::::::| |_/|    ~ヽ
..∨´|\|::へ、      /:::::::/:::/:::::::::::::ノ /  /      ヽ.
  |/|  レへ::`>r-‐,∠::__;:イ/|::::::::;:イ/_,/       ヽ.
  \_ \ /´ カナこン´  `  /レ'´ /_,/         i
   \_ \__________/_/             i
     \/_/_/_/_/_/_/___/ ,; ノ         ヽ
      |  ー 、          ,r',.:'"  '/~~`ヽ、    :|
      |   ;:|`ヽ、__ヾ   , /;;;;;;;:::"/!     ヽ   |
      i   ;:|     ヽ    ,| ヾ、   `)     \  !、
       !   ;|      |    |   ヽ  :/       ヾ  :i!
       |  ;:|       !  ,:,i    / .:|        |  :|
       |  :|       |  ,/,i  ,.-'",;、 ,/         !  ;|
     _ノ  :|         /   ,!  `ーー'"         ノ  i;
    /rrrn ノ      /   /               LLL,,,ノ
             (,rrn_,,,ノ



 一般の乗用車とさして変わらないであろう大きさだが、「ポツン」という擬音がよくあてはまる。

 「何と……」
 「雄々しい……」
 「だけど、この寒空の下!」
 「そ、そうだろ?」

 どれだけ、ああして立っているのだろう?慣れているのかもしれないが………

 「あいつを、しばらくこの中にいれてあげられないかな?」

 きっと、飼い主(?)に当たる者は、このホテルの中にいるのだろう。
 かなり大きい生物だ。
 だが、ここはグランドホテル

 「ペットも入れるよね?」
 「もちろんでございますとも」
 「―――そうだな、飼い主はいつごろ戻ってくるか解らないけど、事情を聴いて、あの場所で待ち合わせ
  してるなら、割と近い距離の、この部屋で待機させてほしい。 だって、あんな所にずっといるのは
  寂しすぎるよ。 飼い主が来たらすぐに解ると思うしね」

 冷たく、孤独な職場ににとりはいた。
 人が少ない事は気楽さにはつながらず、重くのしかかる重圧に耐えて、長年戦った。
 そうして、その先に、結局体を取り返しがつかないほどに壊してしまったのだ。
 心と体を蝕んだのは、振り返ると労働以上に、色々な孤独感だったと思う。
 もう少し暖かい場所だったら、にとりの運命は変わっていたかもしれない。
 寒空の下、ようやく一息つけたグランドホテルで、凍えているような大型動物を放置するなんて、今の
にとりにはできるはずもなかったのだ。

 「「「うう……なんとお優しいお客様…」」」

 素なのか演技なのかわからないが、やまめ副リーダーとキスメ達は、すすり泣き始めた。前者ならちょっと
不気味ながらも素敵な話だが、まあ確実に後者だろう。

 「うにゅー それじゃ、わたしが話してくるよ」

 そういって、ずっとゲル状になっていたうつほは、ヌラヌラとそのまま床にしたたり落ち、更に地を伝って
壁を登り、窓の小さな隙間から外へとにじみ出て行った。
 15秒ほどかけて全身を外へ出すと、一気に液体が集合して、元のうつほを形成した。
 そのままトタトタと元気よく駐車場を走っていく。
 実際にゆっくりが接近することで、その大きさが解る。
 二人は何かを細々と話し、ややあって移動を始めた。
 この部屋に―――とは言ったものの、果たして入れるか?と不安に今更なる。
 2匹は直進し―――――別の方角へと向かっていった。

 「「「あれあれあれ~?」」」

 やまめ副リーダーと、にとりが窓から身を乗り出すと、早、2匹の姿は見えなくなっていた。
 その直後に、ロビーの方角から絶叫が聞こえた。



_人人人人人人人人人人人_
> や、野獣だあああ!!!<
 ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄_人人人人人人人人人人人_
                    >  ゆっくりできない!!!<
                     ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
                               _人人人人人人人人人人人_
                               > たーすーけーてー!!!<
                                ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄



 「まさか……」

 部屋の全員はドタドタと部屋を飛び出してロビーへ向かった、にとりは何かもう腹の痛みを忘れていた。
従業員達もだるさを忘れているだろう。



_人人人人人人人人人人人_
> ひいいいいいーー!!!<
 ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄_人人人人人人人人人人人_
                    >   うわー  こえー   <
                     ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
                               _人人人人人人人人人人人_
                               > おーおーきーいー!!!<
                                ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄


 阿鼻叫喚と化した1階。だが、その声は楽しそう。
 所謂遊園地の「絶叫系」と言われる乗り物のそれだ。
 屋内に動物が入ると、ただでさえ異常な程楽しく盛り上がれるのに、それが大型ともなれば……


_人人人人人人人人人人人_
> 地下に行く気だぞー!!<
 ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄_人人人人人人人人人人人_
                    >  かーわーいーいー!! <
                     ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
                               _人人人人人人人人人人人_
                               > あれ?何か泣いてない?<
                                ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄



 一同、フロントに集まると、件の獣の姿はなく、受付にゆっくりぱるすぃが不機嫌そうにしているだけだった。
他の受付の連中も、興奮してどこかへ行ってしまったのだろうか?
 地下がどうこうという声も聞こえたが――――
 一同はエレベーターで、B1Fへ…

 「おや?」

 階段からも行けるが、地下には基本温泉しかない。
 野次馬たちがまだいたが、皆首を傾げている。

 「浴室も調べてみよう」

 中はギリシャ神殿をアメリカ人の富豪が大きく誤解して模倣すればかくや、という造りの大浴場である。
 女湯のみ見渡したが、あの生物はいなかった。

 「すごい、ドキドキしたのに……」
 「ドキドキしましたねー」
 「………………」
 「………………」
 「………あら、お客様すごい汗……」
 「う、うん………」
 「もう一汗、お風呂でかきません?」

 そう言うやまめ副リーダーも、元々タイトで薄い上着だが、汗で、まるで一つの皮膚の様にそれが体に
貼りつき、丸っこいラインをくっきりと浮かび上がらせている。
 にとりの方を向いて、体を曲げると、それが窮屈そうに………

 「ええと。本当は寝ていたかったんだけど」
 「ここのお風呂、色々な効能があるんですよお? 芯から温まって、とっても気持ちいいんです……」
 「へえ」
 「ええ………とってもね……」

 腹痛は消え失せていた。

 (このメエドさん、なんて声出してくるんだよ!)

 と、先程のうつほが、掃除道具を持ってふらりと訪れた

 「お前何やってたんだ」
 「あ、それよりメエド副リーダー? 上で後片付けやってるから、それそろ戻ってよ」
 「―――仕方ないねえ」

 副リーダーはにやりと意地悪そうに笑ってから、にとりに恭しく一礼して、浴場から出て行った。
 にとりは一人取り残されたままだ。

 「何だい全く……!」

 色々な汗やらで、とにかく体中が熱く、何か水に飛び込みたい気分だった、
 自販機で手ぶらセットを購入し、にとりは念入りに念入りに体を洗い、チャプリ、と思い切り頭から
浴槽に飛び込んだ。

 良い湯だった。

 適温というよりはやや高めだったが、それでも火照った体は中々元に戻らなかった。
 しかし本当に体にはいいのだろう。
 痛かった腹も、元々持っていた不治の病も、じんわりと無くなっていくかのよう。
 気が付けば、周囲にはゆっくりも人間も集まって、同じ様に目を閉じている。





      r' ̄i
   , - 、 ゙‐- ',
  {   }
  `‐-‐'                                                                     r'⌒',
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          ,'   ヽ_rゝゝ-' ー',.-、- 、イ、   i       ,.-'ァ' 7 i ヽ`ヽヽヽ、    / ,rァ'´          `ヽ!:::ァ'    ,ハ
          i  ,.へ_トー'"____,.ィ !  ハ、___ イヽ、イ      / / /'!  i  ハ  Y ',iヽ   | '7   / ナト /!   ハ  i `O      |
          r'⌒ r´γ   /__,.i i / V__ハ   ゝ     /  i ハ_ ! ハ r'r=;ァ'ヘi', ヽ   ヽ|  ! /--  |_,/--ト /!  |     イ
           i  i .レイl' "   ,___,   " ! ハ/ヽ   .ノi.ヽ !/ rr=-'  '"    / ! ハ    |__|,.イ ⌒ ,___, ⌒   ト、_ハ、     \
           〉.  i  i '     ヽ _ン    从 (      ハ. !.'´´  ー=‐'     ハ i !     /`|//// ヽ_ ノ /// | |  \ ヽ   ヽ
           i  /〈  lヽ,         ,.イノ Y    _イ_.ノ_7"         /,イ i/      !/i、          ,ハ/  ノ´`ヽ!  
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 ありすも、 整形顔ではなくなっていた。
 ちなみに、この風呂―――― 一遍8m程の正方形なのだが、中央は水深30mあるそうな。
 そこまで泳いで行ってみると、本当に底も見えない位の闇が広がっていて―――――そこには、
目を鈍く光らせた何かこれまた巨大なものがゆっくりと蠢いているのが解る。
 もちろん、注意の立札もあって、あまり近づく客はいない。

   ――― 神隠し
   ――― 地下室か、屋上か、このホテルは目に見えない「何か巨大なもの」を飼育してるとか

 泊まった初日に、Barでゆっくりこいしから聞いた噂話を思い出したが、そんな事はどうでもよかった。
 それだけ、気持ちがいい。
 全てを許せる気になる。
 他の客たちも、そこだけは同じ気持ちだろう。
 近くに泊まっている、あのゆっくりまりさと、ゆっくりあやの記者も呼ぼう。
 一緒に遊んでくれたあの人間とゆっくりようむも。
 ――――……あのメエド副リーダーは、もう忙しくなっているみたいだけど………
 横では、診療所で寝ていたあのめーりん似の人間(?)の女性が、少し憂鬱そうな表情を浮かべながらも
太平楽に漬かっていた。その横で、知り合いらしい幼女が尋ねる。

 「お嬢様はお風呂に入らないの?」
 「いや、気に入ってたんだけど、―――もう帰っちゃんたんだよね」
 「そんなあ………お屋敷に?」
 「そう、お屋敷に。――――……私が診療所で寝ている間にいつの間にか………」

 ブクブクブク………
 最後の言葉は文字通り泡になり、めーりん似の女は浴槽に沈んでいった。
 人間とは思えないほど、長く沈んでいる。
 ――――年を越すまで、あのままか?

 考えてみれば、大晦日

 にとりは――――自分の生きられる正確な日数は解らなかった。
 しかし、グランドホテルで、こうして年をまたぐことがとても素晴らしい事に思えてきて、そしてそれを
もう一度体験したいと思ってきていた。
 それは無理な話なのだが、その事を意識しても、今だけは、悲しさよりも今の幸せの方が勝ってしまった。
 この事を、一緒にいてくれる連中にも伝えようと思う。
 風呂からあがったら、お酒でも皆に買っていこう。



 30分後、気持ちよく出たにとりは、部屋でまりさやようむ達と飲みながら、窓の外をふと見た。



 あの大型の生物は、まだ駐車場にいた。





                        了

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最終更新:2011年01月15日 10:20