緩慢刀物語 妖夢章 微意 後編-1




「まず一つ目、初対面の人にいきなり喧嘩腰になったこと。きちんと話し合えばすぐに返してはずだったんだみょん」
「う、うう、でもほんとに返してもらえるかどうか分からないじゃん」
 あの騒動から時間が経ち彼方もある程度は落ち着きを取り戻したようで、今は葵とは別の部屋でみょんと二人きりで向き合っている。
流石の彼方もみょんには頭が上がらないらしく柳のようにしょぼんと頭を垂れる、しかし反省自体はしておらずに今も恨めしげな声を出していた。
「……まぁその心境は分かるみょん。でも二つ目、あんな小さなゆっくりを人質に取るなんて……恥と知れみょん!!!」
「…だって、だって、悪いのは……あっち」
「だから話し合えば返してもらえたはずみょん!! それなのにあんな手段に出て!! もうちょっと思慮を持つべきでござる!!」
 みょんの怒りのこもった強い物言いに耐えきれず、彼方は歯を食いしばりつつ一粒の涙を溢した。
自分は悪くないはず、でもみょんさんはこんなにもゆっくりらしさを忘れて自分を怒鳴りつけている。
そうやって色々考えを巡らせてようやく気付いたのだ。あれはあの時点ですべきことじゃなかったのだと。もっと良い方法があったのだと。
「……刀も返してもらって人質も返してもらって全員が幸せ……ってみんなが思うわけじゃないんだね……」
 あの脅迫は物理的な問題ならば全てが零となって何の問題も無い、しかしその交換には絶対に禍根と言うものが残る。
それに気付いた時彼方の表情は愁いを帯びるようになり、堪えていた涙も堤防が決壊するように次々と流れ落ちていった。
「………反省したでござるか」
「ごめん、やりすぎた」
「みょんに謝ってどうするのでござるか……ちゃんと後であおい殿に言うみょん」
 彼方は素直に頷き瞳に溢れていた涙を一気にふき取る。
そして謝りに行くために葵達のいる部屋へと向かおうとしたがその前にみょんに足を掴まれてしまった。
「ど、どうしたのみょんさん」
「まだ話は残っているみょん。そこになおれー」
 大体問題は無くなったのではないかと思ったがとりあえず彼方は言われるがままにみょんの前に畏まって座る。
先ほどの怒りの表情では無いがどこか今のみょんは不機嫌そうで、彼方の周りをグルグルと回り一周したところで彼方のとある一点を揉み上げでさした。
「何じゃそれ」
 そのもみ上げの先には一本の鉄柱、先ほど彼方が脅迫のために葵に向けた長炎刀が差さっていた。
「これはう゛ぃんと製対戦車用鉄鋼長炎刀『しゅばるつあいん』(注・長炎刀は銃器。この場合はライフル)だ!どうだかっこいいだろう!」
「名前じゃなくて!!」






 緩慢刀物語 妖夢章・微意 後編





「これはう゛ぃんと製対戦車用鉄鋼長炎刀『しゅばるつあいん』だ(注・長炎刀は銃器。一寸の鉄板を突き破る)! どうだ勇ましいだろう!!!」
「二回も言うなみょん!! そんなものいつ手に入れたでござるか!!」
 前編で何の伏線も無く登場したので驚いた読者も多いだろう。
『あれ?読み飛ばしたのかな?』とか、『え、まさか外伝とかあった?』とかいう声が聞こえてくるようである。大丈夫、異常なのはこっちです。
「というか気付かなかったの? 結構前から持ってたけど」
「え、ええと…………」
 この長炎刀は長さと言い色と言い、外見だけはあの覇剣と似ている。そして今までみょんは大体の時間彼方と並行して移動していた。
つまり覇剣と長炎刀を同時に見る機会があまり無く、みょんは今までこの長炎刀をずっと覇剣と勘違いしていたのだ。
「い、いや、でも……確か暮内の時には……」
 あの時が一番彼方と正面から向かい合った時期でその時にはまだ腰には一本しか差さっていなかったように思える。だとするとこの長炎刀を手に入れたのはそれ以降のはずだ。
けれど彼方と四六時中一緒にいたというわけでもなく色々可能性を考えても答えは出ないため、みょんは答えを出すのを諦めた。
「いやぁ暮内でさぁガンちゅりぃさんが掘り出し物のぱーすえいだーっていうからさぁ、ついつい手が出ちゃって」
「え、暮内? ちょっといつのことでござるか」
「えっと確か……その、蘭華さんが……」
 ああ、そう言えば。みょんはあの夜の彼方の不在証明が異常なまでに不鮮明だったことを思い出す。
あの夜彼方はこっそりと宿から出てこの長炎刀を買ったのだ。全くはた迷惑な小娘である。
「何故その時に言わなかったのでござるか? もしあんなものがあいつに奪われてたら……」
「あ、しまった……」
 ばつの悪そうな顔をしてみょんから目を逸らす彼方だが一体何がしまったというのだ。
そもそもそんな輸入品を買う金がいったいどこから出たというのだ。いくらなんでもあの時渡した駄賃では絶対に………
 そこでみょんは気づいてしまった。この話の根源の原因に、不都合な真実に。
「ま、まさか旅費が足りなくなったのって……それが原因じゃ!」
「ギックーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
 突然突拍子もない声を上げたかと思うと彼方は背骨が完全に直線を描くほどすくみあがる。
その後は冷や汗を垂らしたり目をみょんから逸らしたり無意味に口笛を吹いたりと明らかに図星と自分から言っているような仕草ばかりし始めた。
「か~な~た~ど~の~」
「……な、何だよぉ、旅において武器はいっぱいあった方が良いじゃんかよぉ」
「で、いくらだった?」
「××××円!!」
 妙に張り切った彼方の言葉にみょんは目の前が真っ暗になりそうだった。
というか円ってなんだよ、この時代の基本通貨は銭のはずだろ、それで四ケタってどういうことだよ、みょみょみょみょん。
「金返せ……と言いたいところだけど……みょん」
 こんなちんけな少女である彼方ではあのような金額弁償出来るはずがないだろう。
言っても無駄、対処も無駄、結局どうしようも無くなってやるせなさからみょんは深いため息をつき、その場にだらんと転がりこんだ。
「あの、行っていいかな」
「あーさいでがーよきかなよきかな」
 口癖やゆっくりらしさも無い言葉に送られて彼方は腰を重たそうにしてゆっくりとこの部屋から出ていく。
いったいどんな言葉で謝ればいいか、どんな想いで会えばいいかと悩んでいるうちに彼方はいつの間にか葵のいる部屋にまで辿り着いてしまった。
「…………………」
「……………………」
 正直心の準備が出来ていない。けれど葵の視線は容赦なく彼方に降り注ぎ、彼方は居た堪れなくなってつい思った事をそのまま声を出してしまった。
「あっ、あの……先ほどは済みませんでした」
「……………」
 しばらく葵は無言のままでいたがふぅと一息つくと不機嫌そうな表情で扇を仰ぎ、重々しかった口を開いた。
「………意外と早いわね、その心意気は評価に値する。でもそれだけじゃ私の感情をすべて消し去ることはできない」
「……」
「…ある程度許してあげる。もしまたあんなことをしたら怒るだけじゃ済まさないから」
 きつい物言いにほんの少し怖気づくがひとまず葵の許しを得ることが出来て彼方はほっと肩を下ろす。
そのまま気を楽にして彼方は葵の前にへたり込む、その際に葵が抱いているちぇんと目があった。
 謝らなければならない子がもう一人いる。
そう思って彼方はちぇんに謝ろうと声をかけたが、ちぇんは彼方が口を開くと同時に酷く怯え始めすぐに葵の陰に隠れてしまった。
「……はぁ」
 子供は怯えやすいから、いや、あれだけのことをしたのだからこの反応は当然だ。
しかしこれでは謝るのもままならない、せめて向き合いたい。
そう思って葵のもとへにじりよろうとした瞬間、突然彼方の頭に衝撃が走り重力のままに彼方は床に接吻をしてしまった。
「おんどりゃああああああああああああああ!!!うちのちぇんになにしてくれとるんんんんんんんんんんんんん!!」
「いてこましたるっぅぅぅぅぅ!!こましたるぞぉぉぉぉ!ころがしたるえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「な、なんなの……」
 何が起きたのか顔を上げて確認しようとするとなにかふわふわで温かいものに包まれて彼方はその気持ちよさについ動くことを忘れ紅潮してしまう。
だが次の瞬間首元と二の腕に激痛が走り、鋭い痛みに耐えきれず彼方はそこらを転げ回った。
「いっでえええええ!!!」
「たまもらん!きゃすこらん!それ以上は止めなさい」
「でもこいつちぇんをいぢめましたし……」
「ゆるさらん、ぜったいにゆるさらんしゃま!」
 彼方に噛みついているその謎の二つの球体は葵の扇に叩かれてころりと彼方の体から離れる。
もんぺを逆さまにしたような帽子、ふさふさとした黄金に輝く尻尾、二人のゆっくりらんしゃまは彼方に憎悪の視線を絶え間なく送り続けていた。
「うげえええ……上から来るだなんて……せめて『上から来るぞ気をつけろ!』とか言ってからにしてほしいよ!」
「んだとごらぁ! どのくちがほざいてやがる!」
「ろっぽんのしっぽで死ぬまでぶったたいたるぞぉ! のろったる!」
「二人とも……ちぇんが怖がってるわよ」
 葵がそう呟くとらんしゃま達は途端に口を閉ざし、彼方を睨みつけながらそそくさと他の部屋へと去っていってしまった。
「い、今のは?」
「口元がゆるいのがたまもらん、口からほんのちょっと八重歯が見えるのがきゃすこらん。どっちもちぇんが好きで好きでたまらないらんしゃまよ」
「そう、なんだ」
 恐らく彼方がちぇんを脅かしたからあの二人は彼方に牙を突き立てたのだろう。
しかしそれはらんしゃまによくある親バカとか過剰な愛情と言うほどでもない、至って普通の保護だ。
それだけのことを自分はした、だから甘んじて罰を受けるべきなのである。
「うちの子がごめんなさいね」
 ただ葵はそんな風にしょぼくれている彼方に対し一応訝しげではあるものの頭を下げた。
「……そんな何で葵さんが謝るんですか」
「あなたは謝ったから。これ以上の暴力は不相応だからよ」
 気に食わないのは変わりないけどねと最後に付け足して葵はちぇんを再び宥め始める。
彼方は葵の態度に何か釈然としない思いを抱きながらもらんしゃま達に噛まれた場所を摩りなんとか起き上がった。
「……そういえば葵さんとちぇんとさっきのらんしゃま達ってどういう関係なの?家族か何か?」
「ええ、そうよ。かけがえのない家族!」
 彼方が尋ねると葵は今までの不機嫌そうな表情が嘘のような晴れやかな笑顔でそう答えた。
正直あまりの豹変ぶりに彼方も思わずどん引きだが、葵はそんな彼方の反応など目にもくれずさらにはのろけまで始めてしまった。
「かわいい女の子のちぇん、ちぇんをちょっと甘やかし気味なお母さんのたまも、皮肉屋だけどいざとなったらちぇんを守るお姉さんのきゃすこ。
 私は……そうね…ま、こんな年だし皆を見守るおばあちゃんってとこかしら。みんな仲いい家族なのよ」
「はぁ、葵さんがババァですか」
 あまりのほんわかした雰囲気に彼方はすっかり呆れかえってしまい、つい茶化すようにそう言ってしまう。
しかし葵はその彼方の言葉を聞くと硬直して扇を落とし、言葉にしがたき雰囲気を全身から放って無言のまま彼方を睨みつけた。
「あ、あ! いやそう言う意味じゃなくて……何か見た目若そうなのに自分からおばあちゃんって言ったのが気になってぇ!」
「だからってその単語が出る!?」
 激昂こそはしていないものの葵は彼方を責め立て、再びこの場が険悪な雰囲気に包まれそうになる。
しかし倦怠感からなんとか抜け出したみょんが部屋に入ってきたことによって空気は変わり、彼方と葵の一触即発の危機は避けられた。
「みょみょみょん、かなた殿?ちゃんと謝ったでござるか~」
「あ、うん」
「あおい殿すまないでござる。かなた殿がそちらに迷惑をかけてしまって……」
「あなたが謝ることでもないわよ」
 二人の間にあった緊迫感もいつしか消え失せ葵と彼方はほぼ同時に溜息をつく。
何故だか分からないがこのみょんの表情を見ていると気が抜けてくる。ゆっくりとはそういうものなのかなと二人は妙なことを思ってしまった。
「先ほど他の人の声が聞こえたでござるが他に誰かいるのかみょん?」
「ええ、たまもときゃすこって名のらんしゃまがいるわ。三人とも私の大切な家族よ」
「家族、ねぇ」
 当たり前のことだが実際は血の繋がっていない家族なのだろう。
それでも彼女は自分とは違うゆっくり達を自分から家族と言ったのだ、そこには血が繋がって無くても絆と言うのが感じ取れる。
「……珍しいことみょん、それはともかくあおい殿、少し失礼な疑問があるのでござるが尋ねてもよろしいかみょん?」
「聞かれることは分かっているわ、遠慮なくどうぞ」
 まるでその質問が来るのを予期していたかのように葵はみょんに対して気軽にそう答える。
みょんは一度呼吸を整えてからゆっくり、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……あおい殿は……本当に『人間』なのかみょん?」

「違うわね」
「うええっ!!?」
 大声でそう叫んだのは彼方。それもそうであろう、目の前にいる人物が何の躊躇いもなく自分は人間でないと言ったのだから。
それに対してみょんはやっと疑問が解けたかのようにほっとした表情で口を開いた。
「あ~やはりでござるか、あんな事普通の人間が出来るはずないと思ったからみょん」
「そうでもないわよ? コツさえつかめば……えいっ」
 葵が軽く扇を縦に振るとその軌道上に再びあの異空間の入口が現れ、葵はその異空間の中に手を突っ込む。
すると彼方の真後ろに同じような異空間の入口が突然現れ、そこから出てきた手によって彼方の後ろ髪は引っ張られてしまった。
「いでぇ!!だ、だれじゃ!!?」
「ささやかなお返しのつもりよ、どう? これが仙術『次波』。三つ次元の世界を繋ぐ宙の技法よ」
「せ、仙術……つまりあおい殿は……」
 彼方の髪から手を放しその手を自分の元へと戻すと葵はみょんのその言葉に対し、扇を仰ぎながら悠然と語った。
「そう、いうなれば私は仙人、千年の生を経て理に選ばれ任された人のかたちよ」
 仙人と言う言葉に彼方はもちろんみょんも驚きを隠せなかった。
目の前の女性は人々が持つ仙人のイメエジとはあまりにもかけ離れている。みょんも今まで葵のことを幽霊の類と思っていたほどなのだ。
「は、初めて見たみょん……まさかこんな近場に仙人がいたとは……」
「不思議なものってのは否定さえされなきゃどこにもいるのよ? まぁ私としてはそう不思議なものっていう自覚は無いけど」
「おばあちゃんはすごいんだよ~すきまを通ったらどこにでもいけるんだよ~」
 葵の力についてうきうきと語っているところをみるとちぇんも葵が人間でないことを知っているらしい。
ちぇんはゆっくりであるからそれほど問題は無いように思われるが、どうもこの仙人とゆっくりと言う『家族』が珍妙なものに感じられ始めた。
「別にいいじゃないの、そうやって偏見で見てると怒るわよ」
「ちょっ! 仙術で人の心の中をのぞかないでほしいでござる!」
「仙術じゃないわよ、そういう目で見られてるの慣れてるだけ」
 すこし表情に愁いを帯びさせながら葵はそう呟くがすぐに元の落ち着いた表情に戻りそのままちぇんを両手で抱く。
例え種族が違っていても、家族である以上その隔たりは一切関係ない。二人は葵とちぇんの笑顔を見てしみじみ思った。


「……外の吹雪止まないわね……あなた達はこれからどうするの?」
「どうする……かみょん」
 みょんとしてはあまり(主に彼方の暴飲暴食によって)迷惑にならないよう吹雪が止んだらすぐにでも出発する心づもりだ。
しかし彼方の憤怒の表情をみる限りそう簡単にはいかないとみょんはため息交じりに俯いた。
「むろんあの刀を返してもらうまでだよ。あれが私達の旅の目的、というか早く返せ還せ反せ!」
「落ち着くみょん!! ちゃんと反省したはずでござろう!」
「反省したのは人質の事だけ! おらっ! 早く返せ!」
 みょんは必死に怒り狂う彼方を抑えようとしたが体格差もあってすぐに跳ね飛ばされてしまい、彼方はそのまま葵に向かって拳を振りかぶる。
しかし葵は体を動かすことなく目の前に次波の入口を作り、彼方は勢いを殺せず異空間の中に入ってしまった。
「か、かなた殿ーーー!!!」
「……はぁ、こういう子と相手するのは疲れる」
 葵が指を鳴らすと天井の方に次波の入口が開き、そこから彼方が真っ逆さまに落ちてくる。
幸い顔面から落ちたおかげで命に別条はなかったが、一応中の上と取れる彼方の顔は畳に擦りつけられ見るも無残な状態になってしまった。
「流石にまたそんな態度とられちゃ返すものも返したくなくなるわよ?」
「う、う、ううう返してよぉ」
「……あおい殿、流石に埒が明かないでござる。みょんからもお願いするみょん」
 またこの展開か、と葵は一息ついて頭を抱える。
流石に短期間で二回も似たような懇願を受けてしまうとその信用を疑ってしまうではないか。
 このみょんはもしかしたら自分が頭を下げれば良いとでも思っているのではないだろうか?
たとえそれが他人のためであっても、いや、他人のためだからこそそれを方便としている節をどうも勘ぐってしまう。
 けれど一回目の懇願の条件『彼方を謝らせること』はしっかりと果たされているため、その精神に免じて葵はこの二度目の懇願を聞きいれることにした。
「……けど、ねぇ。あ~困った困った。まさかこんな早く謝ってくるなんて思わなかったからねぇ」
「一体何のことでござるか?」
「いや、刀のことだけどさ……今手元にないのよ」
「ハァ!?!??!」
 彼方は顔を上げてずるずると葵に近づき、胸元を掴み上げてそのまま持ち上げる。
ほんの少し罪悪感があるからか葵は得意の仙術を使わずそのまま掴み上げられた状態で説明を始めた。
「あ、あの刀、折れてるでしょ?」
「そうだよ、それを直す為に私達は旅を……」
「それを直すことが出来る鍛冶屋を私は探しているの、だから今手元にないのよ」
 それを聞いて彼方は呆然としてしまい葵を掴む手を緩ませてしまう。
葵の体はそのまま床に落ち、はだけた胸元を直して葵はそのまま話を続けた。
「覇剣随一と呼ばれる『舞星命伝』……直せる鍛冶屋なんてごく少数だから斡旋に時間がかかって……」
「覇剣を………直す?あなたが?」
 それでは、そんなことを言ってしまったら、今までの旅は一体何の意味があったのだ。
色々な人と出会って、悪人どもと死闘を演じて、探求と苦難に満ちた旅だというのに、それで最後は人任せなんてあまりにも自分達が滑稽ではないか。
例えそれが一生分の運を使い切るほどだったとしても、彼方はその葵の行為に対し純粋に喜ぶことが出来なかった。
「ほ、本当でござるか!? ひゃー! よかったでござるなかなた殿!」
「オノォォォォォォレェェェェェェ!!!!」
 怒るべきでもなく悲しむべきでもなく一体どうしていいか、今の彼方には分からない。
その結果感情が変な方向へ暴走してしまい、不機嫌な表情で葵に背を向けずかずかとその場から去ろうとした。
「か、かなた殿!?」
「いいか!! 私はあんたの手から絶対にあの刀を取り返す!! ぜ゛っ゛た゛い゛に゛だ!!!」
 宣戦布告のように強く言い放ち、彼方は勢いよくふすまを開けるが段差に躓いて盛大に顔面を畳にぶつけてしまう。
それでも不屈の闘志を持って彼方は立ち上がり、葵達の視界から消えていった。
「ああ、もう。本当に本当に困った子ね、意地ばっか張って」
「………複雑と言うべきなのかみょん。しかしあおい殿、何時の間に鍛冶屋と? この近くに腕のいい鍛冶屋はそれほどないのでござろうか?」
「何言ってるの、私にはこれがあるのよ」
 そう言って葵は指を縦に振って次波の入口を作り出す。
みょんがその穴を覗き込むと異空間をはさんで奥の方にどこは分からないが工場のような場所が見えたのだ。
「………あ、あおい殿、あそこは……」
「藁木明の有名な鍛冶屋さんよ、色々と縁があってねぇ」
「藁木明!? それって博霊よりも東にある独立小国じゃないですかみょん! そんな遠いところまで通じてるのでござるか!?」
「本気を出せば海の向こうだって、もっと言うなら異世界にだって通じるわよ」
 異世界、その言葉を聞いてみょんの体はびくんと跳ね上がる。
あの少女、烏丸彼方は自分は異世界からやってきたと言っていた。月が一つしかないこの世界と異なるもう一つの世界。
 今まで二人はずっと覇剣を直すことだけを考えてきた。しかしそれに対し彼方を元の世界に戻す方法については全くの手つかずにしていたのだ。
一応直した後に考えるという態勢でいたのではあるが結局のところを言うと元の世界の戻し方が見当もつかなかったにすぎない。
でも、この目の前の仙人はその解決策をいとも簡単に提供してくれた。あまりにも簡単に。
「……でも、かなた殿納得してくれるでござろうか」
 一応みょんも先ほどの彼方の心境が全く理解できないわけではなかった。
命をかけて成し遂げられなければならないことは相当の困難が付きまとう、そんな当たり前に見えて実は偏見でしかない考えは誰にでもある。
そうでなければならない理由は一つもないはずなのに、そうでなければ納得が出来ないのだ。
 それに、幸せの青い鳥がすぐ近くにいただなんて、道化過ぎて涙が出る。
「……とりあえずかなた殿の様子を見てくるでござる。あと、これから色々お世話になるのでお願いするみょん」
「ん、分かったわ。とりあえず早めに返せるようこっちでも頑張るから」
「おやすみなさいだねぇ」
 いつしか日も暮れ、外は銀色に雪原だけが闇の中ほんのりと輝いている。
一つ大きなあくびとため息を一つついてみょんは寝室へと戻っていった。





 温かい布団に包まれ眠りに付き、今日は過去の夢を見た。過去と言っても所詮数ヶ月前程度の過去だけれど私にとってはそれすら愛おしい。
お世話になった人、お世話させられてる人、そして憧れの人。色々な人が周りにいた、裕福ではなかったけど私は幸せだった。
『彼方、私が遅くなったばかりにお前に世話をかける』
 いいんです、慣れてますから。寧ろ世話になっているのは私の方だ。
『彼方~今日疲れたからご飯自分でつくれ』
 姉貴め、私が遠くまで出かけると言うのにそれは無いだろう。もう、世話が焼ける。
『はぁ、彼方姉ちゃんに任せるのは不安だねぇ、私も一緒に行った方が良いかなぁ?』
 うっせええええ!!ばかよっちんめぇぇぇぇ!お前の手助けなんかいるかぁぁぁ!……いや、確かに少し心細いんだけどね。
『…………彼方』
 真白木さん、真白木さん、真白木さん………

「むちゅーーーーーー」
「た、たすけてみょおおん!!」
 日が昇り夜も明け、時刻はとっくに昼だというのに彼方は未だ眠りこけている。
みょんはそんな彼方を起こそうとしたが近づいた瞬間両手に掴まれ、ゆっくり、ゆっくりと互いの唇を合わせられそうになった。
「いひひひひ、真白木さぁん、やっぱり私のことがぁ……」
「うむーーーーっ! うむーーーーっ!」
 頭しかないゆっくりに取って接吻されるということはある種の貞操を奪われることを意味する。
みょんは必死に揉み上げで唇同士の接近を食い止めるが、平気で刀を片手で振り回す彼方の腕力には勝てず二人の距離は刻々と短くなっていった。
「ゆぎゃらーーーー!! ゆみゃあーーーーー!!」
「ひひ、今日は真白木さん積極的……ああ、頬がむにゅむにゅ…………んあ?」
 と、唇がぶつかる一秒前という時点で彼方は手の感触に違和感を覚え、目を覚ます。
しばらく無言が続いたが頭が目覚めるにつれこの状況を把握し、彼方は顔を一瞬で紅潮させて勢いよくみょんを障子に向けて投げつけた。
「ぎみょーーーーーーー!!!!」
「な、な、な、何しようとするのさ!乙女の柔唇に!」
 投げ飛ばされたみょんの体はそのまま障子紙を突き破り障子の枠に嵌る形になってしまう。
一応怪我は無かったがどうもみょんはこの状況に理不尽なものしか感じなかった。
「いやらしい!」
「ふっざけんなみょん」


 みょんが誤解のないように必死で説得したおかげで彼方も一応は納得し、二人は朝食を取るために居間にへと草臥れた様子で赴く。
しかし朝はとっくに過ぎており今は昼と呼ぶ時間帯なためか彼方の朝食は片づけられ、葵達一家は呑気にお茶菓子を食べていた。
「くそっ! また嫌がらせかっ!」
「起きるのが遅いからこうなったんでしょうが、それとお菓子でおなかを膨らませようだなんて許さないわよ」
 そう言うと葵は彼方とみょんに対して四枚のせんべいが入った受け皿と二杯の湯飲みを差し出す。
彼方は渋々ながらもその受け皿と湯飲みを受け取り、不機嫌そうにせんべいをバリバリと咀嚼し始めた。
「かなた殿~音を立てながら物を食べるのは行儀が悪いでござ……硬ッ! なにこの煎餅硬ッ! なにこれっ!」
 今まで体感したことのないせんべいの硬さにみょんは思わず困惑してしまう。こんな感触は刃を研ぐために真剣を咥えた時以来だ。
流石にこれでは食べられないと思いこっそりと口の中から出そうとしたが周りを見てみると皆はしっかりと硬いながらもそのせんべいを食べている。
 葵も、らんしゃま達も、子供であるちぇんも、彼方も……と思ったけどこいつは規格外だから気にする必要は無い。
そんなみんなの姿を見てると硬いといって食べないことが恥ずかしく思えみょんは煎餅を口の中に戻した。
「あ~お腹すくなぁ! キャオラッ! オラッ! いあ! いあ!」
「というか何でそのせんべいをそんな容易く砕けるのかみょん!?」
「ああもう!」
 自棄になり口の中にある煎餅を粉々になるまで破砕して彼方は最後にお茶を一杯飲み干す。
けれど朝食抜きではやはり足らないのかその強固な歯を音が出るほど軋らせいきり立った瞳で葵のことを睨みつけた。
「こ、こわいよぉぉ」
「そんな目したって駄目よ、全然懲りない子ね!」
 葵はちぇんを自分の後ろに隠し、その間にらんしゃま達が飛び跳ねて彼方の頭へと尻尾を叩きつける。
見事に息のあった攻撃だったがそれでも彼方は一向に怯まず睨みつけるのをやめなかった。
「ぎぃぃ~~~~~」
「かなた殿、ここは我慢我慢」
 そう言って彼方をたしなめるみょんであったが本心では葵の行動に対しほっと安心していた。
これならあの暴飲も少しは収まるだろう。この子には我慢というものが少し必要なのだ。
「じゃあお茶のお代わりくらいちょうだい!」
「お茶ならいいわよお茶なら、全く……好きなだけ飲みなさい」
「MYOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」
 もうこの世に神などいない、その想いと共にみょんの叫びは迷僻にゆっくりした声で響き渡った


「ぎゃああああああ!!! 折角きゃすこらんが遠くまで行って買ってきた玉露がぁぁぁぁ!!!」
「かえせぇ! かえせよぉ!」
「好きなだけ飲めっていったのはそいつだ! 私は悪くない! 悪くない! ほら! ほら! おかわり持って来い!」
「ど、どうしてこうなった……」
 案の定彼方の暴飲が始まり不機嫌さもそれを後押しして結果惨状とも呼べる事態にまで発展してしまった。
止められなかったのを悔いながらもこの場にいることが嫌になったみょんは辺りを見回して部屋の隅で震えているちぇんを見つけだす。
「ふええええん、みんなこわいよぉ」
「………」
 今葵は彼方を抑えるので手いっぱいでちぇんのことにかまっている余裕は無いらしい。
世話と称して逃げだすことも可能ではないだろうかと思い、これを好機と見たみょんはちぇんを抱き上げてこの場からそそくさと避難した。
「にゃ、にゃあん。おねえちゃんありがとぉ」
「いやぁそれほどでもないみょん」
 避難したのはいいもののしばらく居間に戻れる様子もないのでみょんはちぇんの世話をしてあげることにする。
正直子守りなんて一回もやったことは無いが彼方を宥めつけられるのだからなんとかなるだろうとみょんは妙な自信に満ち溢れていた。
「それじゃみょんと一緒に遊ぶみょん、何がしたいでござるか?」
「たかいたかいしてほしいんだねぇ」
「よっしゃ、任せるみょん」
 みょんは小柄なちぇんの体を揉み上げで掴み、そのままぽおんと優しく放り投げる。
人間の頭辺りまで飛ばし、まるで自分の力量を誇示しているかのようにドヤ顔をするみょんであったがちぇんの表情はどこか不満があるようであった。
「もっとたかくしてほしいよぉ」
「え?」
 よくよく考えてみれば葵さんならばもっと高くちぇんを持ち上げることが出来るはずだ。
それならこの自分だって負けてられないと異様に意気込み、みょんはちぇんを抱えあげて一気に飛び跳ねた!
「うおりゃあああ!!たかいたかいでぇぇぇぇぇぇ!!」
 本来ゆっくりみょんと言う種族は半霊半ゆっくりと言う特異な体質を持っており、それでいて通常のゆっくりと同じ程度の身体能力を所持している。
だがこの真名身四妖夢、このみょんは遺伝なのかその半霊に当たる部分が無く霊感が乏しい代わりに通常のゆっくりの二倍以上の身体能力を持つのだ。
 みょんはその力をこんな所で出し切り、一間(約1,8m)のところまで飛び上がってちぇんを天井ギリギリまで投げ飛ばした。
「みょおおおおん!!」
「にゃあああああん!!」
 高く飛び上がったちぇんの体をみょんは優しく受け止めそのままゆっくりと地面に下ろす。
ここまで高く上げれば流石に文句もないだろうとみょんは一息ついて床に垂れこんだ。
「すごかったよぉ、でもおばあちゃんはもっとたかいたかいしてくれたよぉ」
「…………は?」
 これより高いというと葵は外で高い高いをしたというのか。
いや、いくらゆっくりより段違いに背が高いといっても天井以上まで放り投げたら受け止めるのが難しいはずだ。
それにあの葵はちぇんを可愛がっていた。それなのにやたら高い所に放り投げるだなんて危険な真似をするだろうか?
「……これより高いってどういうことだみょん?」
「おばあちゃんのすきまのおかげでお空だって行けちゃうんだよぉ」
 流石にそれにはかなわねぇ。
「………はぁ、ちょっと得意げになっていたかもしれないみょん」
 色々な差別的なものもあったけれどみょんはこの身体能力で西行国の旗本までのし上がった。
それなのにこんな些細なことで無力と感じるようになるだなんて、純粋な生物と神秘を伴った生物との違いを思い知ってみょんはなんとなくちぇんを抱き上げた。
「ゆにゃぁん」
「…………煎餅のこともそうみょん……………ん?」
 と、そこでみょんは妙な違和感を覚える。
確かに自分は今回のことで己の無力さを思い知ったが、だからと言って身体能力が格段に上という事実はそう変わるものではない。
それなのにどうしてちぇんはあの煎餅を食べることが出来たのだ?いくらなんでもこの子は普通のゆっくりのはずだろう?
「………ちぇん殿。もしかしてあの煎餅ちゃんと食べてないんじゃ」
「ニャッ!」
 一瞬だけ毛を逆立ててちぇんはすぐに涙目になってしまう。
図星なんてもんじゃない。完全にクロだ、黒猫なだけに(うまい、いや、そんなにうまくない)
「ほらほらぁ、みょんにいうてみぃ。本当はあのお煎餅硬くて食べられなかったのかみょん?」
「ゆぅぅぅぅ……だって、だって、ちぇんのきばじゃかめないんだよぉわかんないよぉ」
「それじゃ、あのせんべいは口の中にしまってあるのかみょん」
 ちぇんがコクリと頷くとみょんは自分だけが食べられなかったわけじゃないんや!と妙な安心感を得た。
みょんもここらへんどうも俗っぽいところがあるものである。
「……しかしどうして隠すようなことを……? 食べられないのならそれはそれでいいじゃないでござろうか」
「…折角おばあちゃんがくれたのに食べないだなんていやだよぉ、でももしかくしてるのばれたらおこられちゃうよぉ」
「…………みょみょみょ」
 涙目のちぇんを目の前にしているというのにみょんは何か面白いことを思いついたかのように厭らしい笑みを浮かべる。
これはいわゆる後に彼方が『この瞳の時のみょんは自分のことしか考えていない状態』と称する笑顔である。
「ふぇ……? な、なに? わかんないよぉ」
「いやいやぁ……なぁに……そのしまってある煎餅をみょんにくれないかって話でござるよぉ、ゆっへっへっへ……
 それならちぇん殿もみょんもみんな幸せになるみょん、だからそう、大人しく差し出せば……」
「い、いやだよぉ、これはちぇんが食べられるようになるまでとっておくんだよぉ」
「はぁ、無理無理、このみょんだってもう32だってのに食べられないんだから、だから大人しく……」
 みょんが胡散臭い笑顔でじりじりとちぇんに詰め寄ったその瞬間であった。
天井から次波の入口が突然現れると同時にらんしゃま達と共に彼方の体が落ちてきてみょんは容赦なくその矮躯な体に押しつぶされてしまった。
「らんしゃまぁ! こわかったよぉ」
「あ、ちぇえええええええええええええええええん!」「ちぇえええええええええええええええん!!!」
「ちぇん! そっちにいたの!? 大丈夫だった!」
 彼方との喧嘩で相当激しく争ったのか葵は衣服が乱れた状態で隣の部屋からちぇんに一心に抱きつく。
そんな様子を異様な体形になりながらみょんと彼方の二人はのんびりと見つめていた。
「…………………ねぇみょんさん、私達………一体どこで間違えちゃったんだろう」
「知るか」



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最終更新:2011年03月24日 14:04