夜雀と亡霊のぬぎこたつ! 上

※ゆっくりSSに見せかけた、幽々子×ミスティアSSです。即ちゆゆミス。
幽々子「なでなで」 
ミスティア「やめてよ恥ずかしい」
この程度の会話を繰り広げる程度の仲の良さと考えて読み進め下さい。



夜雀の怪、ミスティア・ローレライは、彼女の人生の中でも、この上ない程の危機的状況に陥っていた。


厳かで落ち着いた内装の和室。
その中央に設置されている炬燵に座しながら、彼女、ミスティアは自身に迫る過酷な運命に怯えながら小さく肩を震わせている。
相対して炬燵に座しているのは、幽冥楼閣の亡霊少女、西行寺幽々子。
こちらは、ミスティアの様子と打って変わって満面の笑みで、何かを期待するように彼女のことを見つめている。

(なんで‥なんで‥)

その顔を正面から見てみれば分かるだろうが、ミスティアの頬は真っ赤に染まり、その瞳からは僅かに涙が滲んでいた。それこそ、幽霊に怯えおののく幼き人間の少女のように。
だが、ミスティアが、そんな風に肩を小さく震わせ、頬を真っ赤に染め涙目でいるのは、目前の亡霊に対する恐怖から来る感情の高揚から、だけではない。
何故なら、今、彼女の状況は‥、

(どうして‥こんなことになってしまったの‥)

その上半身の八割以上に、衣服が纏われていない状況だったのだから。
つまり、上着の一切を着ることなく、肌着のまま、炬燵に座している状況となる。少しでも気恥ずかしさを紛らわせるためか、彼女は自分自身の身体を抱きしめるように両腕を交差させ、幼い外見の割に果実のように大きく膨らんだ胸部を精一杯隠していた。
ちなみに、炬燵に座しているが故、拝見することが難しい彼女の下半身もまた、その八割以上が、空気に晒されている状況となっている。つまり、やっぱり着ているのは肌着のみ。

―ジュルリ。
彼女の目の前の亡霊が舌を舐めずり、とても朗らか笑顔でミスティアのことを見つめる。

「あと、二枚。あと、二枚ね」

二枚という数字が何の残数を表しているのか、あまり頭の良くないタイプの妖怪であるミスティアにもよく分かっていた。
いわゆる被捕食の危機という奴である。もちろん性的な意味で。
そして、その原因も、彼女には分かっていた。

(どうして、こんなものの為に、こんな目に合わなきゃいけないの‥!?)

彼女の目線の先にあったもの、それは、炬燵の上に、まるで積み木のように何段も何段も高く積み重なった、バスケットボール程のサイズの、丸い円い球い、不思議な不思議な物体‥、
否、

『ゅー』『ゆー』『ゆゆー』『ゆっくりー』『ゆゆーい!』

『『『ゆっくりしていってね!!』』』

“ゆっくり”という略称で呼ばれている、不思議な不思議な生物(なまもの)だった。





『夜雀と亡霊のぬぎこたつ!』



師走も終わりに近づいた、とある冬の日。
積雪と冷気で静まり返った、夜も更ける亥の刻。
冥界、白玉楼の居間。

その中央には、工芸作品のように黒光りする木枠に、彩色豊かな分厚い布団で覆われた、とても値の張りそうな炬燵が置いてあった。

「ゲームをしましょうか」

その炬燵に座していた一人の少女、この邸の主人である西行寺幽々子が、突拍子もなくそんな提案を掲げてきた時、同じ炬燵に座っていたもう一人の少女、ミスティア・ローレライは、その言葉の示す意図が分からず、ポカンとした表情で首を傾げた。

「芸舞‥?ゲームってなによ、突然」
「平たく言えば遊ぶこと、遊戯とも呼ぶわね」
「それは分かってるわよ。そうじゃなくて、突然ゲームだなんて‥、意味が分からないのだけど?」

今の今まで二人でお酒を飲みながら漫談していた最中に、突然思いついたように言い出してきた幽々子の提案。彼女との付き合いがまだ浅いミスティアに、その意図をうかがい知ることはとても出来なかった。

「いえいえ、ただの余興よ。折角二人きりで飲んでるっていうのに、ただお喋りするだけじゃ、余りにも興がないでしょう? だからね、何か二人で楽しいことできないか、色々考えてたの」
「べ、別に私は‥、二人きりで飲んでるだけでも十分‥ていうか、その‥楽しいし。そこまで気を回さなくても、別に‥」
「フフフ、怒らないで、ミスティア。私だってあなたと二人でお酒を飲んでお話して、それだけでも十分楽しいわ」
「お、怒ってなんてないよ!」
「だって顔が真っ赤なんですもの。 ああ‥、私が珍しく『折角二人きりで飲んでる』なんてのろけるような言い方したから照れているのかしら?もしくはデレ? デレみすちーなのかしら?」
「照れてもデレてもないよ! 顔が赤いのはお酒飲んだから!!」

ぷんぷんと顔を真っ赤にして訴えるミスティアだったが、幽々子に言われたとおり、その頬に溜まる熱がアルコールの所為だけでないことには、彼女自身も気が付いていた。
ただ、それを容易く認めると何となく負けたような気がするので、自分からは決して言い出せないだけで。

「まぁ、そういうことで。どうかしら?」
「ゲームって言われても‥、私そういう頭使うのあまり得意じゃないよ?」
「大丈夫よ、複雑な知識や戦略は必要ない単純なゲームだから。鳥頭でも大丈夫」
「そっかー。なら私でも大丈夫かも」

ミスティアはほっと胸を撫で下ろし、にこやかに笑う。
ミスティアの了承が得られたので、早速ゲームの準備に取り掛かろうと、幽々子は炬燵から抜け出して廊下へ出て行く。

「それじゃ、ちょっと必要なものを取ってくるわね」
「うん、いってらっしゃい」

部屋から出ていく幽々子を笑顔で見送り、幽々子がこれから持ってくるゲームは、いったいどんなものだろうかと想像を巡らして、

「鳥頭って言うな!!」

言われてから三分程経って、やっと気付いて、目の前にいない相手に対して文句を叫んだ。





「これが、使う道具って奴?」
「ええ、可愛いでしょ」

事前に準備してあったのか、幽々子はたった数分で、大きめの籠に“それ”を山ほど詰め込んで部屋に戻ってきた。
バスケットボール程の大きさの、綺麗な球形をした、ぷにぷにした感触の柔らかボディ。そして、純粋無垢ゆえか、こちらを舐めてかかっているからか、意見が真っ二つに分かれそうな無駄に真っ直ぐな瞳。

『ゆっくりしていってね!!』

それは、ゆっくりと呼ばれる謎の生物(ナマモノ)だった。
それが、一つの籠にぎゅうぎゅうに詰まっている。乱暴な子供が無茶に玩具を押し込めた玩具箱のように悲惨な光景だ。悲惨といっても、中に入ってるゆっくり達は、いつもと変わらず無駄に真っ直ぐな瞳で『ゆっくりしていってね!!』と声を張りあげているので、全然苦しそうには見えないが。

「なにこれ?」「ゆっくりですわ」

ミスティアの疑問の第一声は、朗らかな笑顔と、当然のように答えられた解によって返された。

「いや、それは見れば分かる。うちにも一匹居るし」
「そうよね。あなたゆっくりと仲良いですものね」
「で? どうしてあんたはこんなにもたくさんの数のゆっくりをギュウギュウに籠に詰めてもってきた訳?その意味がまるで分からないのは私の頭の悪さの所為じゃないわよね?」
「だから、言ったじゃない、ミスティア。ゲームをしましょう、って」

『ゲーム』。
幽々子が何度も口にしているその言葉から、やっとミスティアは目の前の亡霊がこれから何をしようとしているのか、僅かながら憶測を立てることができた。

「まさか‥、そのゲームに使う道具って‥」
「ええ、この子達よ」
「はぁ?」
『『『ゆっくり遊んでいってね!!!』』』

ぎゅうぎゅうに詰められながらも、声を揃えて元気良くテンプレ的な台詞を吐くゆっくり達。こんな状況でその元気が何処から来るのか、ミスティアの疑問は尽きない‥、が、今の彼女にとってそんなことは重要でない。

「でも、こいつらを使ったゲームって‥、こいつらただのよく分からない丸い生物だよ?」
「分からないかしら?ヒントは丸いこと。それでいて意外と重心が安定していること、かしら」
「それって、まさか‥」

ミスティアは幽々子の顔を見ながら、片手で口を押さえ青ざめた顔で言う。

「ゆっくり大食い競争‥」
「ミスティアミスティア、ヒント聞いてた? ていうかやっぱり私ってそういうイメージ?」
「違うの?」

ちょっと怖い想像をしてしまった為か、身体を小さく震えさせながら、ミスティアはちょこんと首を傾げる。
ついでに、先のミスティアの発言を受けた籠の中のゆっくり達は、

『う、うわぁああああああああ』『そういうつもりで私達を連れてきたのね!?』『最初からゆっくりの身体だけが目当てだったんだ!』『この鬼ぃ!』『悪魔ぁ!』『亡霊!』『死霊のはらわた!』『ピンクババァ!』『星のゆーびぃ!』『ろくでなし!』『いやぁあああああ』

阿鼻叫喚。
この世の終わりのような顔をしながら、皆ガタガタと震えていた。

「いや、違います違います。ちゃんと人の話は聞きなさい。もう少しヒントを出すわね。 ヒントは、川原で、小さい石ころがたくさん落ちてる場所で、子供達がついやってみたくなる遊びで‥」

ハッと、ミスティアは何かに気付いたのかのような顔をして、再び口を押さえ、青ざめた顔で言う。

「ゆっくり早食い競争‥!?」
「お願いだから人の話を聞いて。私に対するイメージだけで考えないで」
『早食いとかマジでやめてよ!』『せめてゆっくり食えよ!』
「饅頭どもはちょっと黙ろうか。もういいわ‥、ちゃんと一から説明するから」



「ゆっくりタワー?」
「単純に、積み木遊びと言ってもいいわ。三途の川の石積み、はちょっと縁起の悪い例えからしら。こんな風に‥」

幽々子は説明の為、ひとまず炬燵の端に置いた籠の中からゆっくりのうち一匹、

『ゆっくりしていってね!』

黒い帽子を被った金髪の普通のゆっくり、“ゆっくりまりさ”を取り出して、炬燵の中心に置く。

「そして、この上にもう一つ」

幽々子は更にもう一匹、籠の中から他のゆっくりより大き目のゆっくり、

『くろまくー!』

 “ゆっくりれてぃ”を取り出し、まりさの上に“ぎゅっ”と乗せた。

『むぎゅ』『重くてごめんねー』

 ゆっくりれてぃの重みでゆっくりまりさが半分ほど潰れてしまうが、二匹の会話に緊迫した様子はまるでない。さっきまでギュウギュウ詰めになって籠の中に押し込められていたのだから、この程度の圧迫などゆっくりにとっては大したものではない、ということなのだろう。

「とまぁ、こんな風に、私達二人でゆっくりを交互に積み重ねていくの」
「なるほど」
「なるべく大きいゆっくりが下段に来るように、身長かつ大胆にゆっくりを積み重ねていって‥」

喋りながら、幽々子はどんどん籠からゆっくりを取り出してその上に重ねていく。案外すんなりと成功するもので、ミスティアがポカンとその光景を眺めているうちに、気がつけばもう八匹ものゆっくりが炬燵の上に積みあがっている。
流石にそこまでの高さになると、ゆっくりでできたタワーはその自重でぐらぐらと不安定に揺らめくことになるが、不思議なことに倒れる様子は見えない。

「幽々子、凄いねー」
「いいえ、凄いのはこの子達よ。そして‥」

幽々子は高く積みあがったゆっくりタワーの中断辺りを、惜しむ様子もなく容赦なく“ポン”と手で押した。
縦に長い形は、側面からの衝撃に弱いものである。

『ゆわぁあああああああ』

そんな間抜けな叫び声をあげながら、ゆらゆらゆらゆらと、ゆっくりタワーは崩壊し、辺りにゆっくり達が降り注いだ。

「こんな風に、積み上げている最中に、タワーを崩してしまった方の負け。ね、簡単なルールでしょう?」
「うん、大体分かった」

 素直に頷くミスティアの横で、畳の上に落ちたゆっくり達は『楽しかったー』だの『大迫力ー』だの『もう一回、もう一回』だの、好き勝手にはしゃいでいる。唯一、一番下の段を担当していたゆっくりまりさだけが、『もうやりたくないー』としんどそうな顔してヘバってはいたが、基本的にゆっくりの心配は無用のようだ。

「それじゃ、私もやってみるー!」

高く積みあがったゆっくりの塔を見て好奇心が沸いてきたのか、ミスティアは子供のように目を輝かせながら、付近に落ちていた大き目のゆっくりれてぃを拾い上げる。

「あ、そうそう、一つ言い忘れていたわ」
「なにー?」
「負けたらペナルティで、『服一枚脱ぐ』という罰ゲームが‥きゃう!」

 ―ゆベシッ!
 台詞の途中で幽々子の顔面に、ゆっくりれてぃが容赦なくぶつけられた。

「また幽々子は変なこと言うー!」
「あぅぅ‥。ミスティア、これ地味に痛い。ゆっくりのもち肌が‥私の肌に吸い付くようにダメージが‥」
「そうやって誰彼構わず脱がしにかかるのは良くないよ!セクハラだよ!」
「あらあら、そんなに声を張り上げちゃって。そんなに負けるのが怖いのかしら? ぅ‥、これ本当見た目以上に痛い」

 幽々子はちょっと涙目になって顔を押さえつつ、挑発するように意地悪な微笑を浮かべた。

「別に怖くなんてないやい!」
「なら受けてもいいじゃない? 別に取って食おうていう話じゃない訳だし」
「そっちが一方的に得するルールだから気に入らないっての! 私は別にあんたの裸なんて見たって嬉しくないし!嬉しくないし!ていうか少しも見たくないし!」
「そこまで念入りに否定しなくても。これって逆に期待されているのかしら?」
「勘違いするな、馬鹿!」

 ミスティアは手近にあったゆっくり(れいむ)を、再び容赦なく幽々子の顔面に投げつけた。
 幽々子は“流石に二度も当たる訳には‥”と、最低限の動きでそれを避け、

『ゆっくり跳ね返るよ!』「きゃん!」

 真後ろの壁にバウンドして跳ね返って来たゆっくりにより、後頭部を強く打ち付けられた。

「痛い‥だから地味に痛い」
「それに、このゲームだって幽々子が考え出したんだから、幽々子が有利に決まってるじゃない!私こんなゲームやったことないし!」
「まぁ、それは確かに一理あるわね」

 後頭部を両手で痛そうに押さえながら、幽々子はもっともだと深く頷く。

「なら、私のリスクがもっと高ければ‥、そして、私への罰ゲームがあなたにとって喜ばしいものならば‥、あなたにとってプレイするのに値するゲームになるということかしら?」
「どういう意味よ?」
「そのままの意味よ」

まるで、そうなることが分かっていたかのように、落ち着いた笑みで幽々子は一つの提案を掲示する。

「私が負けたら、その数だけ、“あなたのお願いを何でも聞いてあげる”ていうのはどうかしら?」
「何でも‥?」
「ええ、何でも。いつもミスティアには迷惑かけていますものね。私にできることなら、何だってしてさしあげますわ」

 幽々子は、見た目はほんわかとした可愛らしい少女だが、その実体はこの冥界を統べる支配者だ。“何だって”と軽く言ってはいるものの、この世界限定で考えるなら、彼女にできないことの方が少ない。それは“罰ゲーム”というにはあまりに破格の“報酬”だった。

「もちろん、この身体をどうしようとあなたの勝手」

 そしてそれ以前に、幽々子は美麗なる容姿を持った亡霊だ。“お願いを何でも聞いてあげる”と言われて、ピンク色の妄想を少しも浮かべないでいられる者が、人妖性別問わずどれほどいられるものか。

「う‥」

 顔を僅かに赤らめたミスティアも、その例外ではない。

「あなたは、一回負けるたびに、纏った衣服を一枚ずつ脱いでいくだけでいい。それに対し、私は、一度でも負けたらあなたの言うことを何でも聞かなくてはならない。我ながら好条件過ぎるわね」

 幽々子の言うとおり、これはミスティアにとって破格の好条件。ロウリスク・ハイリターン、一害で、百の利を得られる申し立て。
 事故でも偶然でも、たった一回勝てさえすれば、ミスティアの望むものが何でも手に入る。最悪、その“お願い”を使ってゲームを強制終了させることだってできる。
 だが、だからこそ、ミスティアは思う。この亡霊は本気でそんなことを言っているのか、と。

「どういうつもりよ?幽々子」

そんな調子の良い話が、本当にあるのか‥、と。
 ミスティアにとってこの勝負、あまりにも、リスクが低すぎる。美味しい話にも程がある。うまい話には裏がある。そのしっぺ返しは、その話の美味さに比例して痛くなるのが通例だ。ミスティアは頭の回る方の妖怪ではなかったが、最低限の野生の本能として、そういう世の中の理は知っていた。

「あらあら、そんなに警戒しなくても。あなた、やっぱり恐がっているのかしら?」
「な‥!」

 だからこそ幽々子は、ミスティアのそんな心情を見透かして、嘲笑うかのような笑みを贈る。

「これだけ、私にとって不利な条件が出揃っているのに、まだ負けるのが怖い?たかだかゲームで、また私に負けるのが恐ろしい?」

 クスクスクス‥と、扇で口元を押さえ、まるで弱い哀れな生物を見るような、否、見下すかのような目で笑う。
 妖怪は、挑発というものに、極めて弱い存在だ。

「ふざけないで‥!陽気で暢気な亡霊なんて少しも怖いものじゃない。たかだかゲーム、恐れる理由なんて一つもないわ!」

 すぐに治癒される身体の損傷よりも、自身の存在そのもの、アイデンティティーを脅かす、精神の破壊を何よりも恐れる妖怪だからこそ、売られた喧嘩から、決して逃れることはできない。西行寺幽々子は、そういう妖怪の性質を良く知っていた。

「良いわ、その勝負受けて立つ。恐れて泣くのはあんたの方だ」

 だから、ミスティアが狙い通り愚直にその勝負を受けて立った時、

「そうよ、そうでなくっちゃ楽しくない」

 幽々子は満面の笑みで微笑んだのだ。嬉しそうに、とても嬉しそうに。すべて、自分のはかりごとの上で物事が進んだことを喜んだ。

『どーでもいいから早く始めろよ』『なー』『ですよねー』

 ついでに、話に挟まる隙がなかったゆっくり達は、ふて腐れるように下を向いてアンニュイな表情でそんなことを呟いていた。




 かくして、夜雀と亡霊と謎の饅頭の、衣服と服従をかけたゲームの幕は開く。

「ジャンケン」「ポン」

 ジャンケンにより、先行はミスティアに決まる。
 まず最初に炬燵の上に置くのは、タワーの一番下の段となるべきゆっくり。これから先高く積み上げる為の下準備。もちろん、この最初の一手で勝負が決まることはない。
 だが、彼女は真剣な表情で、慎重に台となるべきゆっくりを選び、

『くろまく~!わたしを一番に選ぶとは良いセンスだ』

 そのふにふにと弾力のある肌を両手で掴んで、割れ物を扱うような手つきで炬燵の上にそっと置く。

「そこまで気を使ってくれなくても、一手で詰む事はないのだから大丈夫よ」
「五月蝿いな、ほら、あんたの番だよ」

 もちろん、ミスティアにもそんなことは分かっている。だが、幽々子の挑発に乗ってこの勝負を受けて立った後も、彼女への疑念が晴れた訳ではない。必ず、この亡霊は何かしらの必勝の策を有しているという、確信に近い予感。
ミスティアは一回でも勝てればそれだけで十分過ぎる報酬が見込める、それは逆に考えれば、幽々子にはただの一度も負けないという自信と確信があるということに他ならない。
 故に、ミスティアは初手から気を抜くことがなかった。ゆっくりの積み上げ、一見シンプルで、バランス感覚と運の要素が強いゲームのように見えるが、その中には必ず幽々子の考える“絶対に勝てる方法”“絶対に負けない手段”が存在するはずだ。それを見極めない限り、ミスティアに勝利はない。

「それじゃ、私も」

 幽々子も適当なゆっくりを選び、流れるような動作でその上に積み上げる。そこに、何かを策を弄している様子はない。

『ゆっくり!』『まったり!』

 ぽよんぽよんと、ゆっくりが二匹積みあがって緩慢に揺れる。

「はい、それじゃまたミスティアの番よ」
「‥‥、分かってる」

 予断のない、緊張した様子で、ミスティアはまた、なるべく大きなサイズのゆっくりを掴んで、慎重に積み上げる。なるべく中心に置いて、重心を崩さないよう、緻密に、繊細に。

『ゆ』『ゆ』『ゆゆ』

 ゆっくりのタワーはまた“ぽよんぽよん”と、端から見ていて気の休まらない揺れ動きを見せたが、崩れることなくすぐに安定する。

「大丈夫、そんなに簡単に崩れるものじゃないわ」
「さー、どうだかね」

 対する幽々子は、やはり適当に、ゆっくりを掴んで単純に上に乗せる。動きが早い、というよりは、雑多で粗暴なだけの動き。それでもゆっくりのタワーはそのまま一段増えるだけで、崩落する予兆は見えない。

『この高さだとそろそろ怖いね!』『もともと炬燵の上だしね!』『うちも次はもっと上が良いな!』『わたしは寧ろなにも見えない』

 ミスティアの慎重さを笑い飛ばすかのように、ゆっくり達はどこまでも緊張感なく塔の形を維持したまま雑談を続けた。

 そして、
 その後も、幽々子とミスティアは交互にゆっくりを積み重ね、ひたすらにタワーの高さを伸ばしていった。
その間もミスティアは予断のない監視の目を幽々子に注いでいたが、幽々子はずっと何の工夫もなく、ゆっくりをゆっくりの上に乗せる、その単調な作業を雑多に繰り返していっただけだった。

(まさか‥、本当に何も考えてないだけなの?)

 そう考えてしまうほど、幽々子の動きに策謀めいたものは感じられなかった。
 やってみて初めて分かることだが、このゲーム、そんな策謀めいたものが介入する余地は殆ど無い。単純で簡単すぎるのだ。慎重にやろうが、繊細に行おうが、積み重ねた時点で、ゆっくりが自分でバランスをとって、最適な重心が得られるよう位置を微調整してくれる。よっぽど暴力的に重ねない限り、ぷよぷよと揺れ動くだけで、すぐにバランスを保ち直立し続ける。

『現在、ゆっくりタワーは13階~』『すげぇ、高い!』『こえええ!!』『ゆっくりできないぃい!!』『だが、ゆっくりせねば崩れ落ちる!』『気迫の勝負と言うやつだね!』『重力が勝つか、ゆっくりが勝つか‥』『重力だと‥、ニュートンが発見した宇宙の法則が相手か』『面白い!』『受けて立つ!』『そして分からせてやる!』『ゆっくりはこの世の摂理をも上回る存在だということを!』『ゆっくりとな!』

 流石に13匹目となると、もう少しで天井に届くほどの高さになるが、それでもゆっくりは能天気な会話を飽きることなく繰り広げ続けた。タワーから聞こえるやかましいはしゃぎ声もどんどん耳障りなものになってくるが、それでもこの塔は崩れない。驚くべきはゆっくり達のバランス感覚か、その長い塔身の重心をうねうねと調節して崩壊を防ぐ様子は、まるで一つの生物のようだ。
 それでも段を重ねるごとに揺れが不安定に大きくなっているのは確かであり、塔の崩壊は確実に近づいていった。
 そして、15匹目のゆっくりがミスティアの手によって積みかねられた時、それは起きた。

「あ」

 三段目くらいの高さから、座ったままの積み重ねは困難になる。そして八段目くらいの高さから、立って積みかさねることすらも厳しくなってくる。よって、それ以上の高さでは、亡霊と妖怪の二人は浮遊しながらゆっくりを積み上げることになった。
 宙をパタパタを浮きながら、ゆらゆらと危うげに揺らめく塔にぶつからないよう細心の注意を払いながら、ミスティアが塔の一番上に新しいゆっくりを置いた、
 その直後、

『ゆ、ゆぁあ!!』

 ゆっくりのタワーは、唐突に崩落した。
 いく段も積み重なったゆっくり達が、ばら撒かれるように部屋に散乱しながら落ちていく。一度始まってしまった以上、ミスティアは驚きながら宙を浮き、その様子を見守ることしかできない。

「まずは、一勝ね」

 ゆっくり達が『うぼぁー!』『ヤホー!』『重力め、今回だけは勝ちを譲ってやるー!』『だが、次はこうはいかないよ!』『覚えていやがれ!』とか喚きながら落ちていく中、幽々子は嬉しそうにそう呟きながら、天井近くに浮いているミスティアに向かって笑みを浮かべた。

「ということで、まずは一枚。どこから脱いでくれるのか‥いた、痛!」

 言ってる最中幽々子の頭にゆっくりが直撃しそれなりのダメージを与えたりしたが、何はともあれこのゲーム、その初戦は西行寺幽々子の勝利をもって幕を閉じた。

「あれ‥?」

 一方、浮いたままのミスティアは、腑に落ちない様子でそう呟く。腑に落ちないといっても、その表情に、突然の敗北に対するショックや憤りは見えず、

「こんなもん‥?」

 釈然としないような、随分呆気ないというような、拍子抜けした表情で崩れ落ちたゆっくり達と、幽々子を見た。







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最終更新:2011年07月05日 16:11