【2011年春企画】緩慢刀物語 双魔章 ~Devil May Be Slow~-3




「言わんこっちゃないみょん!」
「みょんさん!?」

呆然としている彼方の前に飛んできたのは、すでに羊羹剣を構えているみょん。
吸血鬼は余裕の表情を崩さない。

「…貴様は吸血鬼でござるか!?」
「…そうね、人や妖怪は私の事を吸血鬼と呼ぶわ」」

まさか本当に吸血鬼に遭ってしまうとは。
みょんは自分達の不幸な運命を恨んだ。

「貴様が…みょん達を呼んだのでござるか!?」
「えっ!?どういうこと!?」

彼方にとっては寝耳に水の話だった。
思わず驚愕の声を上げてしまう。

「そうよ」
「やはり…」
「え?え?どういうこと?私達が呼ばれた?」

みょんも確信を持っていた訳ではなかったが、ある程度は予想出来ていた。
勿論どういう原理でそうなったのかは全くわからなかったが。

朝一に発った村から次の村に行くまでは、街道に沿って一直線に向かえば良かったのだ。
迷う筈がないのだ。
…本来なら。

「処女の血なんて滅多に飲めないもの…ここに来てくれるまでどれほど私が楽しみにしていたか…」

吸血鬼は彼方を見てペロリと舌舐めずりをする。
その瞳はまさに肉食獣のようだった。

「あ…う…」

恐怖の表情を見せる彼方。
目の前の吸血鬼の威圧に押されたのだ。

「かなた殿、下がっているでござる」
「う…うん…」

彼方がみょんの後方に下がると同時に、みょんは吸血鬼を正面から見据える。
ただ正面から見据えているだけだというのに、その恐ろしさを肌で心で感じる事が出来た。

達人は対峙しただけで相手の力量が察するという。
そして、それはみょんも例外ではなかった。

「(…まさかこのような化け物がこの世にいるとは…)」

しかし、それは良いことばかりではない。
相手の力、それがわかれば嫌が応でも自身の力と比べてしまう。
もし相手の力の方が自身より上だった場合には…。

「(こういう時はかなた殿のようにもう少し鈍感だった方が良かったのかもしれないでござるな…)」

みょんは笑うしかなかった。
目の前の悪魔の恐ろしさに。


吸血鬼は地上では最速と恐れられる飛行速度、そして山を砕くとまで伝えられる程の強大な力を併せ持つ。
妖怪の中でも最高峰の身体能力を持つのだ。
まさに悪魔と呼ばれるに相応しかった。

「悪いけどゆっくりには興味がないわ。一緒にいたから一応呼んであげたけど、貴方だけは逃がしてあげても良いわ。どうする?」
「なめるな!か弱き少女を置いて自分だけ助かろうとは武士の名折れ!みょんはこの刀に誓ってそのようなゆっくりにはならないでござる!」

みょんは力の限り叫ぶ。
目の前の悪魔からの威圧に負けぬように。
必死に自分を奮い立たせる。

「…そう」

吸血鬼は夜空を見上げる。
そこにあったのは紅い紅い満月だった。

「こんなにも月が紅いから…」

吸血鬼は恍惚の表情を浮かべながら、翼を広げる。
おぞましい程に漆黒の翼を。

「楽しい夜になりそうね…」

そして吸血鬼は真っ直ぐにみょんへと向かって飛んだ。


吸血鬼は地面と平行の体勢のままに真っ直ぐにみょんに向かって突っ込む。
みょんの眼前まで迫る吸血鬼の右の拳。
それを軽くいなし、みょんは吸血鬼の胸へと羊羹剣を突き付ける。
確かに羊羹剣は吸血鬼の胸へと刺さった。

「やった!!」

みょんの後方から彼方の歓声が上がる。
彼方はみょんが吸血鬼を倒したと確信したのだ。

「凄い!みょんさん!凄い!」

彼方はみょんの元へ走ろうとする。
みょんを祝福する為に。

「来るな!」
「えっ!?」

彼方はその怒声に足を止める。
その怒声の主はみょんだった。
みょんは吸血鬼の胸に刺さっている羊羹剣を抜き、今度は吸血鬼の腹へ突き立てようとする。
しかし、その一撃は吸血鬼の左手で止められた。

掴まれたのだ。
羊羹剣の刀身を。

「へぇ…まさかゆっくり如きが…なかなか良い動きをしてるわね…驚いたわ」
「くっ…」
「えっ!?えっ!?どうして!?今、羊羹剣で刺したよね?間違いなく刺さったよね?」

彼方には目の前の光景が信じられない。
何故あの吸血鬼はまだ動いているのか。
今の一撃で間違いなく倒したと思ったのに。

「やはり…羊羹剣では…?」
「そうね、残念だけどこんな物では私は倒せない」

みょんの側頭部に吸血鬼の右の爪先がめりこむ。
蹴飛ばしたのだ。
サッカーボールのように。

「うああああああっ!!!!!」

みょんは悲鳴を上げながら吹き飛ぶ。
勢いそのままに何度も地面にバウンドする。
そして、地面に激突する度にその体に傷が付く。

「くっ…」

勢いが収まって来た頃、みょんは体勢を立て直し、その視界に吸血鬼を見据える。
今の一撃ですでに体は傷だらけではあったが、まだ心は折れていなかった。

吸血鬼はみょんを追撃をしようとはしない。
ただ、その場で笑っているだけ。

「私に傷を付けたければ神でも連れてくることね」

それは余裕の笑みだった。



「では、これでどうでござるか!?」

みょんは羊羹剣を口に仕舞い、代わりに口から輪投げの棒のような形状をした刀を取り出した。
吸血鬼は確かに言った。
『神でも連れてこい』と。
ならばこの刀…円剣『胴夏』の出番であった。

この胴夏は神が住んでいた結界の中で作った刀で、破邪の力が宿っている。
さらに神の力により、遠距離も攻撃できるという優れ物だ。
そして、この刀ならばあの吸血鬼にも傷を付けられる。
みょんはそれを確信していた。

「みょん!!」

そして、みょんは胴夏の鉄輪を投げる。
鉄輪は吸血鬼の体を斬り裂こうと言わんばかりに真っ直ぐに飛ぶ。

「ほう!?」

吸血鬼は驚き半分歓喜半分の叫びを上げる。
円剣『胴夏』は破邪の力が宿っていることは吸血鬼にも察する事が出来た。
この刀の鉄輪ならば自身の肌を傷つけることが可能だということも。
そして、目の前のゆっくりが自身と戦うに値する資格を持っているということも。

吸血鬼はその右手の中に紅い槍状の光を作り出す。
それは吸血鬼の最も得意とする武器だ。

「なかなか面白い物を持っているわね…」

吸血鬼は右手を横に一閃させる。
紅い槍状の光で胴夏の鉄輪を弾いたのだ。
弾かれた鉄輪はみょんの元へ戻っていく。

「本当に楽しめそうね…ならばこちらからも行くわよ!!」

吸血鬼は左の手の平をみょんに向け、その手の中に小さな紅い光弾を作り出す。
その光弾の一つ一つが燃えるように紅かった。
そして、その数は一つや二つではない。
まさに紅い弾幕と呼べる量であった。

「この弾幕…避けきれるかしら?」
「弾幕ごっこはみょんの得意とするところでござるよ!!」
「ならば…避けてみなさい!!」

その叫びと共に、弾幕がみょんの元へ向かって行った。



「みょん!みょん!みょぉぉぉぉん!!!」

みょんは弾の間を縫い、弾幕を華麗に回避する。
弾の数は多いが、要領は裂邪との戦いの時と変わらない。
みょんは弾幕を回避する合間に鉄輪を吸血鬼へ放つ。

「へえ…まさかゆっくりがここまでやるなんて…」

しかし、その鉄輪も右手の紅い槍の一閃に阻まれる。
吸血鬼は余裕の笑みを崩さない。

どちらも決め手を欠いたまま戦いは続いていた。
しかし、このままではどちらが勝つのかは火を見るより明らかだった。

「フフフ…いつまで保つかしら…」
「くっ…これではまたジリ貧だみょん…」

吸血鬼はその場からほとんど動いていない。
左手から紅い光弾を放ち、鉄輪が飛んでくれば右手の紅い槍でそれを弾くだけ。

しかし、みょんは違う。
みょんの動作は吸血鬼の弾幕を避けながら、鉄輪を放つ。
未だに光弾は命中はしていないが、やはり回避する度にみょんの体力は削られているのだ。
休んでいる暇などはない。
吸血鬼には隙らしい隙もない。
鉄輪を放っても槍に弾かれるだけ。

時が経てば経つほどみょんにとって不利になる。
それだけではない。
みょんは未だに吸血鬼の体に傷一つ付けてはいない。
さらに、裂邪の時とは違い、今は距離を詰めれば勝てるという話ではなかったのだ。
だからこそ、みょんは段々と焦ってくる。

shall we dance ?…今宵のダンスパーティーはまだ始まったばかりよ…」
「どうすれば…どうすれば良いでござるか…?」

戦いを楽しみながら余裕の表情を見せる吸血鬼。
活路を見出せず焦りの表情を見せるみょん。
その表情の差が二人の戦いの形勢を表していた。



「みょんさん!頑張って!」

彼方は、自分にはどうすることも出来ない…と、先程までは思っていた。
今の状況に気付く。
もしかしたら、今の吸血鬼は隙だらけなのではないか、と。

「まだ踊れるのかしら?」
「…みょんみょんみょん!!」

「そろ~り…そろ~り…」

盛り上がってる二人を他所に、足音を立てぬ様こっそりと吸血鬼の背後に回り込む。
さて、ここで彼方が取り出したるは長炎刀『しゅばるつあいん』。
鉄板をも突き破るという代物だ。

「さぁて…これなら外さないでしょ…」

彼方はゆっくりと長炎刀を構える。
狙いは吸血鬼の後頭部だ。

卑怯などと言うなかれ。
戦いは勝てば官軍とも言うのだ。
そして、目の前の吸血鬼は只者ではない。
正々堂々などと言っていたら確実に負けてしまうのだ。

彼方の指が引鉄へとかかる。
後はこれを引くだけだ。

「そこまでよ!!」
「えっ!?」

引鉄を引こうとしたその瞬間、彼方の足元に二つの丸い穴が開く。
その光景は見たことがあった。
そう、昨日の正午に。

彼方は上空を見上げる。
そこに見えるのは黒衣の銀髪の少女の姿。
そう、裂邪の姿があった。

裂邪は彼方の背後に着地すると、その流れのまま背中の大剣を引き抜き、剣の腹で彼方の背中を叩く。

「いだぁっ!!」

彼方の背骨が軋む。
その衝撃で、彼方はなす術もなく前方に倒れてしまう。

「いっだぁい…」

彼方は涙目になりながら背中をさする。
骨折はしていないようだった。

裂邪は全力で彼方の背中を叩いたわけではない。
もし全力で咲邪が彼方の背中を大剣の腹で叩いていたら、少なくとも彼方の背中の骨は折れていただろう。

裂邪は倒れてしまった彼方の腰から一本の刀を鞘ごと奪う。
その刀の名は覇剣『舞星命伝』。
彼方が他者に触られるのも嫌がる程に大事にしている刀で、裂邪が他者を傷つけてまでも求めている刀だ。

「悪いわね、彼方」
「さ、さくや…あんた…」
「尾けさせてもらったわ。…貴方は狙われると思っていたから」

裂邪は覇剣『舞星命伝』を持って前方へゆっくりと歩く。
その視線の先は…吸血鬼だ。

「う…うう!!」

彼方は両腕を地面に付け、力を入れて立ち上がろうとする。
が、背中の痛みで起き上がることすらできなかった。

「返せぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!私の覇剣返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

彼方に出来たのは裂邪に向かって叫ぶことだけだった。



「やっとこの瞬間が来たわ…」

裂邪は歩きながら胸躍らせていた。
この覇剣ならば元の生活をきっと取り戻すことが出来る。
そう確信していた。

ある日突然壊れてしまった裂邪の幸福な生活。
裂邪の瞳には在りし日の幸せな光景しか映っていなかった。
それ故に、ある決定的な事実に気付く事が出来なかった。
そう、覇剣の鞘の中の刀身がどうなっているのかを…。

「やっと見つけました…お嬢様!」
「裂邪…何故追ってきた」

吸血鬼は忌々しそうに答える。
その瞳はみょんを見据えたままだ。

「みょん…!…みょん!あれは…さくや殿か!?」

みょんは弾幕を必死に避けながらも裂邪の存在に気付く。
その動作は先程よりもわずかに陰りが見え始めている。
時間の経過による体力の消耗が招いた結果だった。

「お嬢様!この覇剣ならばお嬢様を生き返らせることが出来ます!」
「…ふざけるな!!私は生きている!!」

先程までの余裕の笑みが怒りの表情へと変化する。
先程の余裕など何処かに吹き飛んでいるかのようだった。

「お嬢様…私が生き返らせます…」

吸血鬼の怒声に意にも介さず、裂邪は吸血鬼へ向かって歩みを進める。
そして、想いのまま叫んだ。

「お嬢様!!一緒に帰りましょう!!私達の紅魔館へ!!」
「くっ…裂邪!!」

吸血鬼はここでようやく裂邪の方へ顔を向け、さらに左手を裂邪へと向ける。
光弾を放つ為に。
そこに…

「やめなさい!」



その瞬間、確かにその場の時は止まった。
いや、実際に止まった訳ではない。
しかしその瞬間、みょん、吸血鬼、裂邪の動作が止まったのだ。

「あ…あ…」

吸血鬼は上手く声を出すことが出来ない。
その顔は恐怖に引きつっていた。

「え…?」

裂邪は周囲を見渡す。
今の声はどこから聞こえたのか。

「む…?」

弾幕が止んだ事で、みょんも回避運動を止める。
そして見上げた。
そこには一人のゆっくりが飛んでいた。

「やめなさい…裂邪…そして私…」

その声はゆっくりれみりゃの物だった。


「…貴様…まだ…?」
「お嬢…様…」
「…みょん?」

吸血鬼と裂邪がれみりゃを見て驚きの表情を見せる。
みょんには目の前の光景の意味がわからない。
そして、あのれみりゃの事も。

あのれみりゃは朝はまだ満面の笑顔でうーうー鳴いていたはずだった。
しかし、今のれみりゃはどうなのか。
あの笑顔は消え、どこか悔しそうな悲しそうな顔をしている。

「何が起こっているみょん…?」

みょんもまた、今が吸血鬼の隙を突く絶好の機会だということも忘れ、呆然と立ち尽くしていた。
まるでそれが当たり前であるかのように。
そうなるように運命に導かれたかのように。


「裂邪…その覇剣を鞘から抜いてみなさい」
「え…?」

裂邪はその言葉に慌てて覇剣を鞘から抜く。
そして、ようやく裂邪は気付いた。
この覇剣の刀身が折れているということを。

「これは…!」
「その刀の状態では、エネルギーを外部に放出する事が出来ないわ」
「そん…な…」

裂邪は呆然とした表情で膝を地面に落とす。
幸福な生活を取り戻せると思っていたのに。
まさか覇剣がこのような状態になっているとは思わなかったのだ。

「そして、私の望みは蘇ることではない。それは貴方にもわかっているでしょう?」
「…お嬢様…私は…」

裂邪は呆然とした表情でれみりゃを見上げる。
その漆黒の瞳には涙が溜まっていた。


「貴様…貴様は…」
「…醜いわね…今の私」

吸血鬼は体を震わせながら恐怖の表情を見せたままだ。
れみりゃは吸血鬼へと紅の瞳を向ける。
その瞳が表しているのは…侮蔑。

「な、何だと!?貴様…!!」
「これが私の未練…出来ればこんなものを見ることなく逝きたかったわね…」

れみりゃは一つ大きな溜息をつく。
呆れ、侮蔑、自嘲…様々な意味がその溜息に込められていた。

「所詮貴方は私の抜け殻…私の全盛期の一欠片の力しかない」
「くっ…!!」
「もう終わりにしましょう、私…」

れみりゃは紅い瞳を閉じて念じる。
次の瞬間、吸血鬼の周囲に十二本の巨大な深紅の槍が生まれた。

「しまった!?」

自身の周囲には今か今かと自身の身を貪ろうとする深紅の槍が存在するのだ。
吸血鬼の悲鳴には絶望の色が混じっていた。

go to hell…逝きなさい…」

れみりゃが再び念じると、紅い槍の嵐は次々に吸血鬼の身体へと肉薄する。
戦場に次々と紅い花が咲く。
その中心にいるのは…吸血鬼。

「ぐああああああああああああ!!!!!」
「裂邪!今よ!」
「お嬢様!?」

吸血鬼の絶叫の陰で、れみりゃが必死に叫ぶ。
呆然と地面に座り込んだままの裂邪へと向かって。

「その銀の剣で奴を斬りなさい!」
「え…」

しかし、裂邪は動かない。
彼女はその場で戸惑うことしか出来なかった。

「早く!!」
「くそっ!!一度退く!!」
「みょん!?」

吸血鬼は黒い翼を広げ、上空へと舞い上がる。
その瞬間、みょんも我に返る。

「逃がさないみょん!!」

みょんは逃げる吸血鬼へと向かって胴夏の鉄輪を放つ。
しかし、一歩遅かった。
胴夏の鉄輪が吸血鬼の高度まで届かなかったのだ。

「逃げられたでござる…」

みょんが呆然としていなければ、あの吸血鬼を倒せたのかもしれない。
しかし、みょんの心の中では不思議と後悔はなかった。
あの吸血鬼は今は逃がしては良いのだ、と。
何故そう思ったのかはわからない。
ただ、そう思えたのだ。

「それより今はこっちの方が優先でござるな…」

みょんはそう言って振り返る。
そこにはれみりゃと地面に座り込んだままの裂邪の姿があった。

「全てを話さなければいけないでしょうね…」
「うむ、包み隠さず話してもらうみょん」

れみりゃは深紅の瞳でみょんを見据えて無表情のまま頷く。
改めてみょんはその表情に違和感を覚える。
笑顔または泣き顔以外のれみりゃの表情など滅多に見れるものではないから。

「裂邪…貴方も言うことはあるでしょ?」
「…はい…お嬢様…」

とても小さな裂邪の声。
まるでそのまま消えていきそうなくらいに。

「お~い…私の覇剣…返せぇ…返してぇ…」

倒れたままの彼方の声が妙に情けなくその場に響いた。



「彼方、大丈夫?」
「う~ん…まだ痛い…」

裂邪が彼方に肩を貸す形で彼方は立ち上がる。
彼方の背中はまだ痛みが取れていなかった。

「…って、覇剣は!?」
「貴方の腰に差してあるわ」

彼方は手で自身の左腰を探る。
そこには刀らしき物体の感触があった。
覇剣『舞星命伝』で間違いないだろう。

「良かった…私の覇剣…」
「…ごめんなさい」
「え?」

彼方は驚いて裂邪の顔を見る。
裂邪の頬に一筋の涙が流れていた。

「…あの…あの覇剣さえあれば…お嬢様との…幸せな日々に…くっ…戻れると…思ったの…」
「えっ、いや、あの?」
「ごめんなさい…本当にごめんなさい…」

裂邪の瞳からぼろぼろと涙が出てくる。
その勢いは増すばかりであった。

彼方は呆気にとられる。
まさか泣かれるとは思っていなかった。

「ああ、うん、泣かなくて良いから。もう怒ってないから」

彼方は今でも覇剣を一度は奪われたことに憤慨していた。
しかし、涙を流している相手に怒鳴る事は彼方には出来なかった。

「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「うん…うん…大丈夫だから…一度座ろう?」

彼方はまだ背中は痛むが、座ることに支障はなさそうだった。
彼方は裂邪を促し、その場に二人で座り込む。

「うわああああああああああああ!!!!!!!」

裂邪は彼方の胸に縋りつく。
乳を求める赤子のように。

裂邪の慟哭は止まらなかった。
彼方には今の裂邪がとても小さく見えた。



「さくや殿を放っておいていいのでござるか?」
「あの娘ももう小さな子供じゃない。それに私はもうあの娘と一緒にはいられないのよ…」

れみりゃは寂しそうに呟く。
みょんは普段のれみりゃとは違うその横顔に違和感を拭えなかった。

「れみりゃ…と、呼んで良いでござるか?」
「構わないわ。こういう外見だし」
「では、れみりゃ殿。本題はさくや殿が落ち着いてからにするとして…一つだけ教えていただけないでござるか」
「何かしら?」

みょんは一つ咳払いをしてから、ゆっくりと話し始めた。

「んん…みょん達は次の村へ進む為に街道を真っ直ぐ歩いて来た筈なのでござるが…何故か奴の元へ辿り着いてしまったでござる。これは一体?」
「…私にも…そして、あいつにも運命を操ることが出来るの。だからあいつに貴方達の運命を操られたんでしょう」
「…運命みょん?」

運命を操る。
あまりにもスケールが大きい言葉。
みょんにはいまいちピンとこない能力であった。

「運命論という言葉があるわ…未来は超越的存在によってあらかじめ定められている、とする考え方ね」
「…具体的に運命を操るとどうなるでござる?」
「そうね…具体的に言うと…仮に私が貴方の運命を操れば、貴方は私の思うがままに動くことになるのよ」
「みょん!?」
「これから起きる誰かの運命…行動、心を操り、その誰かの未来を決定する。対象は運命を操られている事も気付かないまま、私の思うがままに動きだす」
「なんて…なんて恐ろしい能力みょん…」

他者を操り、未来を思うがままに決定する能力。
しかも対象に気付かれない。
それが本当に可能ならば、これ程恐ろしい能力はない。

「私はあまり好きじゃない能力だったけどね…」
「…他者の尊厳を傷つけるからでござるか?」
「そうね…」

『運命を操る能力』
言うなれば、他者を操り人形にしてしまう能力だった。

「意思…私はそれが大事だと思うのよ」
「…同感だみょん」
「それを無理矢理捻じ曲げてしまうなんて、いやらしい能力じゃない?だから私はそれを使いたいとは思わなかった」

意思があって初めて行動が生まれる。
彼方は自身の覇剣を直したい、その為に刀鍛冶の村を目指しているように。
みょんは全国各地のお菓子から作った菓子剣を手に入れたい、その為に彼方と共に旅をしているように。
それは間違いなく彼女達本人による意思であった。

この能力はそれすらも覆す。
まさに人間を人間と、そしてゆっくりをゆっくりとは扱わない恐るべき能力だ。
れみりゃにもこの能力の行使がどのような事を示すかは重々承知していた。
しかし。

「そして、私はあなたに謝らなければならない」
「みょん?」

何の話だろうか?
みょんにはれみりゃの言っていることを察することが出来なかった。

「先程、貴方の運命を少しだけ操らせてもらったのよ」
「…何だと!?」
「…ごめんなさい」

みょんの表情が微かな怒りへと変わる。
一瞬でも他者の操り人形とされる。
それはゆっくりとしての尊厳が奪われることだ。
みょんには我慢がならないことだった。

「いつでござるか!?」
「…私が貴方達の前に現れた時…貴方は動けなかったでしょう?」
「…あの時か!?」

みょんは思い出す。
自身が呆然と立ち尽くしてしまった時のことを。
あの時は確かに自分の中であの行動に納得をしていた。
しかし、まさかそれが操られた末の意思・行動だったとは。

同時に、その能力の効果にみょんは恐怖した。
れみりゃの言うように、能力の作用に全く気付くことなく操られたのだ。
そして、それが当たり前のように発動できる能力。
考えただけでも恐ろしい話だった。

「ええ…私はあの時に操らせてもらったの。貴方の運命を…ね」

れみりゃは申し訳なさそうに顔を伏せる。

「…理由を聞かせてもらうみょん」
「…後で話すわ…裂邪が泣きやんだらね…」
「…わかったみょん」

一先ず話を打ち切る二人。
自身が気付かぬうちに操り人形にされてしまったことにみょんは唇を噛む。
それはやはり気分の良いものではなかった。

「…嫌なものね」
「みょん?」
「強ければ強い方が良いと言う奴はいるけれど、自らの手に余る力なんて邪魔にしかならないものよ」
「…過ぎた力を持つというのも考え物でござるな」
「ええ…」

と、ここでみょんは思い出す。
もう一つ聞かなければいけないことがあったのだ。

「もう一つだけ聞きたい事があったみょん」
「何かしら?今なら吸血鬼だけに出血サービスで聞いてあげるわ」
「あんまり上手くないみょん」
「それで?質問って何?」

みょんは大きく息を吐く。
自身の怒りを鎮めるかのように。

「みょんのことを白髪と呼んだり、みょんの髪に噛みついたのはお前みょん?」
「…違うわ、それはこのれみりゃ本来の意思よ。私は関係ないわ」

みょんは意外と執念深かった。



「…改めてごめんなさい。みょん、彼方」

裂邪はみょんの目の前までやって来て頭を下げる。

「…もう良いでござるか?」
「ええ…」

裂邪は大分落ち着いた様子だった。
頬に涙の跡は残っているが、その漆黒の瞳には光が戻っていた。

「大分落ち着いたみたいね」
「すみません、お嬢様…」
「私に謝る必要なんかないわ」
「…はい」

みょんにはこの二人の関係は分からない。
しかし、この二人は親子のように仲が良いということが、そのやり取りだけでも察する事が出来た。
それはさて置き。

「…では、そろそろ話をしていただけないでござるか?」

みょんが話を切り出す。
聞きたい事が山のようにあったのだ。

「そうね…何から話したらいいかしらね…」

眼を瞑って考えるれみりゃ。
その顔には相変わらず笑みはない。

「う~ん…見れば見るほど今朝のれみりゃと比べたら違和感あるなぁ…」

彼方もそんなれみりゃに違和感を感じるようだ。
それも仕方ない話なのだろう。
『うっう~』『うぁうぁ』…と、謎の言葉を口ずさみながら、いつも笑っているのがれみりゃの特徴だと一般的に思われているのだから。

「…お嬢様、彼方とみょんには私から話をさせていただけませんか?」
「…良いけど、何を話すつもり?」

れみりゃが裂邪を一瞥する。
その視線に裂邪は一瞬怯え上がる。
しかし、唇を噛み締め、はっきりとした口調で告げた。

「…お嬢様との出会い…そして、全てが壊れてしまったあの日の事を…」



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長そうなので回想を飛ばす  ※後ほど彼方さんによる要約があります。

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最終更新:2011年04月08日 19:07