【2011年春企画】緩慢刀物語 地霊章微意 後編-2


 彼方は息を切らし走っていた。
体の至る所からは新鮮な血がどくどくと噴きだし、肩から腰にかけて一筋の切り傷が痛々しく残っている。
顔は恐怖に塗れ涙と汗がより悲痛に表情を彩り、心の中の希望を徹底的に駆逐していった。
 何故、何故自分はこんなことになっているのだ?一体何に斬られた?何で斬られた?
思考はより悪い方向へと向かい、もう彼方は逃げるように走るしかなかった。
「嘘だ、嘘だぁぁ………」
 疲れも溜まり彼方は走ることが出来なくなって彼方は仕方なく近くの岩場に体を隠す。
いくら覇剣があると言ってもそれは無敵の人間を生みだすわけではない、彼方の肉体も限界が訪れ始めていたのだ。
『ミィツケタ…………』
「!!!!」
 おぞましい声が背後から響き彼方は身をすくませる。
あれほど聞けて嬉しかった声も今では恐怖を与えるだけだ。もう郷愁も出会いも無い。あるのは憎悪と恐怖だけだ。
『お前が……お前が覇剣を奪ったから……俺は……死んだ………おまえのせいだ……』
 悪霊は呪詛を吐いてゆらりゆらりと彼方の隠れる岩場に近づいていく。
いくら誰かが否定してくれても悪霊の放つ言葉はどうしようもない事実。その負い目は彼方の心をずたずたにしていた。
「……ち、ちがうよ……わざとじゃない………わたしだってしんじゃったんだよ……だからわたせなかった……」
 理解してどうか憎しみを止めてほしい、その想いをひたすらに信じて彼方は悪霊に向かって弱弱しい声で呼びかける。
しかし言葉で憎しみを消せるのならさとりたちは苦労などしない。悪霊は刀を振りあげ、岩場ごと彼方を切り裂いた。
「……ぎゃあああああああああああッッッッ!!!!」
 刀は彼方の左腕に深く食い込み、骨を切り裂くと同時に肉を憎しみの炎で焼き尽くしていく。
それでも刀は引き抜かれることはなく、ぐちゃりぐちゃりと鋸のように動かされとうとう左腕は力任せに千切り落とされてしまった。
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
 体に激痛が走ると同時に憎しみの炎が自分と言う存在を焼き尽くしていくような灼熱の感触に襲われる。
悪霊の炎は魂すら残さず焼き尽くす。幽霊にするなど生易しいことはしない。
 彼方は恐怖に押されるがまま必死にその場から逃げだそうとするも熱気と瘴気で平衡感覚が狂いその場で転んでしまう。
悪霊はそんな彼方を前にあえてとり殺すようにゆっくりゆっくりと近づいていった。
『しね………しね………』
「う、うああ……もういやあああああああ!!!」
 過去は過去として割り切るべきだった。悔いなんて残さずに大人しくしているべきだった。
 彼方は絶望の末に破れかぶれに長炎刀を取り出し悪霊に向けて引き金を引いたが弾丸は最初から無く、引き金はただ空を切るばかりである。
それでも彼方は引き金を引き続ける。悪霊相手に覇剣は頼れずこれしか自衛の手段が無かったからだ。
「あ、あああ……なんで……は、ははははははははは……」
 刀の射程距離にまで近寄られ、彼方は涙を止め処無く流しながら渇いた笑い声を出す。
そして何を思ったのか彼方は自分の中指を食い千切り、その中指を弾丸として長炎刀に詰め込んだのだ!
「どうじでぇ……わがっでぐれないの!!!ごの‥‥…わがらずやぁぁぁぁぁ!」
 そして引き金を引くがやはり弾丸は発射されない。
長炎刀のような銃口から弾丸を入れる型で無い銃の場合、弾丸を発射する火薬と言うのは薬莢に含まれている。
いくら形が合おうともただの中指を入れてそれが発射されるはずがないのだ。混乱のあまりそれが理解できず彼方はまた繰り返し引き金を引き始める。
『しねい……死ね……死ね!!!』
「いやあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 炎の刀が振り落とされようとしたその瞬間、一つの戦輪が彼方の真上を通り炎の刀を弾いていく。
突然の状況に彼方は思考が止まりかけたが、彼女はその戦輪の持ち主を知っていて、本能のまま後ろを振り向いた。
 そこにいたのは一人のゆっくりみょん。西行国旗本、真名家当主、そして彼方を支え続けた気高きゆっくりだった。
「みょん……さん!!!」
「遅れてすまぬ!かなた殿!みょんが来たからにはもう一安心院なじみでござるよ!!」
 それは本当に安心できる安心なのか?と突っ込む暇なくみょんは悪霊に近づき円剣の鍔で足払いを喰らわせる。
悪霊はそれによって容易く体勢を崩し、その隙にみょんと彼方はある程度悪霊から距離を取った。
「ひ、酷い傷でござる……早く覇剣で治すでござるよ」
「うう……もう、何が何だか分かんないよ……」
 救援に来てくれたのはどうしようもなく嬉しいがこの余裕が彼方に考える時間を与えてしまう。
どうしてあんなに恨みを向けるのか、どうしてあんな姿になってしまったのか、
それが分からず彼方は自分の感情さえも何なのか分からなくなってしまった。
「あれが、ましらぎ殿でござるか……」
「……そうだけど……みょんさんは、見えるの?」
 悪霊だって霊の一種であり霊感の無いみょんには見えないはず。
けれどみょんのゆっくりした瞳にはあまりにも禍々しい念を発する炎の形がしっかりと映っていた。
「実体化してる……らしいみょん。これが悪霊でござるかッ……!!」
 みょんにとってこれが初・霊の目撃となるわけだが、初めて見た霊はまるで一夏の怪談に出てくるようなおぞましさを持っていた。
あの神の世界や地底の町で会った妖怪とは別の方向で怖い。これほどの憎悪の塊を感じたことはない。
「かなた殿、ここはみょんに任せて逃げるでござるよ」
「………………………………………………ダメ……私はここにいないといけない……」
 先ほどまで恐怖におびえていた少女の言葉とは思えずみょんは驚く。
彼方は知っているのだ、あの悪霊の狙いはあくまでもこの自分自身なのだと、だから逃げても意味などない。そして。
「真白木さんのことは……ちゃんとこの目で見ておきたい」
 自分があの人をあんな姿にしてしまった。その責任はしっかりと彼方の心の中に根付いておりもう覆しようがない。
だから彼女はこの事件の顛末をしっかりと見届けておきたかったのだ。
「………そう、でござるか。それじゃあ安全なところで見るでござるよ!!」
 彼方と真白木の関係を知っていたみょんはそれを了承し目の前の悪霊と対峙する。
先ほどの足払いが効いたところを見ると物質攻撃が無効化されるわけではないようだ。それが分かれば自分にだってなんとかできるとみょんは自分を鼓舞させた。
「ましらぎ殿、でござるな」
『何だ……ゆっくり?……邪魔を……するなぁぁぁ!!』
 悪霊はみょんを目にすると突然激昂したかのような声を上げ刀をみょんに向けて振り落とす。
みょんはすかさず羊羹剣を取り出しその刀を受けきったのだが、刀の炎は火の粉となってみょんの体にへと降り注いだのだ。
「おあっちゃ!あっちゃあああ!!!」
 火が体に燃え移りそうになりみょんは火をもみ消そうと地面を転がり回る。
その隙を狙って悪霊は転がるみょんに向けて刀を突き刺そうとした。
「沓破流!『鋸鋸』!!」
 だがみょんはその回転を生かし悪霊の刀を弾き飛ばしてすぐさま態勢を整える。
このくらいの力ならなんとか受けられるが問題なのは相手が炎の塊と言う事だ。
迂闊に近寄ることが出来ず、また刀も炎で出来ているためか防御するだけでも火が飛び散る。さとりと似たような状況だが形が無い分少々酷であった。
「折角の鎧も……溶かされてしまったみょん」
 さとりの時受けて固まった水飴が炎によって溶けてどろりとみょんの体を伝う。
このままゆっくりしていると逆に水飴によって地面に固定されてしまうと思ったみょんはすぐさま移動し水飴を振り払った。
 動きを見ていて分かったが、この敵の性質として暮内で戦った妖刀と非常によく似ている。
憎しみのまま戦っているせいか動きが非常に散雑となっていて非常に動作が分かりやすい。
これが怨念、これこそ憎悪、その思念だけで動く目の前の炎はみょんにとってまだ驚異的であった。
「……速いッ!」
『ウオリャアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
 みょんは防御よりも避けることに専念し、隙あらば悪霊の体に突き刺そうと羊羹剣を構えて飛び跳ねるがすぐに察知されて弾き返される。
反応があまりにも早い、隙を見せても即座に対応してくる。憎しみだけでもこれだけの力を出せると言うのなら生前は一体どれだけだったと言うのだ!?
 火傷は残るが膠着状態が続き、悪霊の憎しみは次第にみょんの方にまで向けられるようになった。
『ゆっくりのくせに……ゆっくりのくせにぃ……』
「……その言葉は聞き捨てならないでござる」
 みょんも一人の武士としてゆっくりと言う理由だけで舐められるのを激しく嫌っている。
この悪霊は強いゆっくりと出会ったことが無いのだろうか?まるで最初の頃の彼方みたいだ。
だがこの憎悪の念を聞いているうちに何かが違う事に気づかされる。まるで否定したいようなそんな意味合いが……
「………もしや」
 みょんは何かに気づいて再び悪霊に向かっていく。
悪霊は刀を振るって炎をまき散らすがそれらをなんとかかわしみょんは悪霊の足元に入り込んだ。
『!?』
 悪霊はみょんを見失ったように辺りを見回す。
やはり、と思ってみょんはそのまま羊羹剣を悪霊の足に突き刺した!!
『なッッ!!!!』
「……思った通りみょん」
 悪霊は自分の足元にみょんがいることに刺されてから気づきみょんに向けて刀を振り落とす。
しかしみょんは羊羹剣を引き抜くとすぐにその場で回転して炎の刀を紙一重でかわした。
「真名体術!影耶ッ!」
 自身の回転を推進力に変えみょんは羊羹剣で悪霊の足をなぞる。
しかし切れない物はほとんどの剣ではやっぱり斬れず、そのままみょんは刀の射程外まで飛び跳ねていった
「みょ、みょんさん……真白木さんの傷が…」
「うむ……」
 一応物理攻撃は効くのだが形がうやむやなためか羊羹剣で刺した部分はすぐに修復されてしまう。
これでは実質羊羹剣では倒せないのと同義だ。恐らく神性の備わった武器で無いとどうにもならないだろう。
「あ、あれ使ってよ!私が作った奴!それか円剣!またはこんぺーとー!」
「いや、その必要はないでござる」
 だがみょんは彼方の言葉をやんわりと拒否し、羊羹剣を仕舞わずじっと悪霊と見据える。
みょんには先ほどの打ち合いでこの悪霊の倒し方がおぼろげに理解出来た。そのためにみょんはエネルギー自体が無い純粋な武器で戦わなければならないのだ。
 そしてみょんは自分の体をぐにょんと伸ばし弾性を使って一気に悪霊に向かって突進した。
「人鳥流!弾映弾!」
 再び足を突き刺そうとしたのだが察知されたのか目の前に刀を突きつけられみょんは無理矢理に軌道を変える。
それでも敵に向かうことを止めずみょんは跳ねて敵の腰を狙ったがそれも軽くあしらわれてしまった。
「みょっ!?」
 先ほどまでなら容易に距離を詰められたのだが、相手は憎しみに捕われた悪霊、まさか学習されているとは思いもよらなかった。
しかし、それは相手の憎しみが減って対策できるほど心の余裕が生まれたと言う風にも解釈が出来たのだ。
 相手の憎しみを消すのと比例して相手の技量が上がっていく、とりあえず事はなんとか順調に進んでいるようであった。
「……いいことなんだが、悪いことなんだか……」
『………おのれ……この……ゆっくりが』
 今度は悪霊が自らみょんに向かって攻撃し始めみょんは剣の軌道から見切ってなんとかかわしていく。
しかしいくらみょんと言えど舞い散る炎はどうしてもかわしきれない。仕舞には髪に炎が燃え移って永夜の時の再現になりそうであった。
「うあちちっぃ!こ、このぉ!!」
 けれど炎の勢い自体は先ほどよりも弱まっているらしくみょんはそのまま打ち合いを続ける。
やはり悪霊としての力が弱まっているのだ。みょんの瞳に映る悪霊の姿も僅かに透け始めている。
「くっ!」
『……』
 それは同時にみょんに敵の捕捉を難しくさせる。早めに決着をつけなければとみょんの刀を振るう手も速くなる。
悪霊もその猛攻をしのぎきっていたのだが突然みょんから離れて片手で持っていた刀を両手で構え、神妙に呟いた。
『……赤十字・壊』
「みょ、みょんさんよけてーー!!!」
「!!!」
 彼方の叫びを聞いて本能的にみょんは羊羹剣を目の前に構えたが、その瞬間嵐のような勢いで悪霊の刀が突き進んでくる。
もし彼方の警告が無かったらみょんの体はズタズタにされていたであろう。攻撃自体は当たらなかったが羊羹剣にはヒビが入り衝撃を殺しきれずそのまま吹き飛んでしまった。
「みょおおおおおおおお!!!!」
『……………』
 みょんの体は地面を擦りそのまま力尽きたように仰向けのまま倒れてしまう。
悪霊はそんなみょんに向けてゆっくりゆっくりと近づき、とどめをさすように刀を振り下ろした。
「鍵山流『流し雛』!!!」
『!!!』
 しかし刀がみょんの体を切り裂くと言うその直前にみょんは寝返りを打ち羊羹剣で攻撃を流す。
そしてその刀の勢いを利用して宙に舞い、悪霊の刀の峰の部分に乗っかった。
「人間だったら動けなくなっていたかもしれないでござる。だが……みょんはゆっくりみょん!!!」
 骨や内臓と言った機関が無いゆっくりは人間と比べて衝撃には強く、それによってみょんは意識を失わずにいられた。
 炎の刀はやはり熱くじりじりと下腹部が焼けていくようだが、今こそ最大の好機。
心頭滅却すれば火もまた涼し、みょんは目の前の悪霊を討つことだけを念頭に炎の刀で出来た道を走り始めた!!
『キ、貴様ッ!!』
「うおりゃああああああああああああああああ!!!!」
 みょんは一心に飛び跳ね悪霊の頭に向けて羊羹剣を突きつけようとするが悪霊の反応は早く、刃を振り上げられみょんは咄嗟に羊羹剣で防御した。
「ッッ!!!」
 既に限界が来ていたのであろう。その防御によって羊羹剣のヒビが広がり、パリンと乾いた音を立てて羊羹剣は青紫色の破片となっていく。
長い旅のお供で、みょんのお気に入りだった菓子剣。しかしみょんはそれでも絶望せず、諦めることなく残りの意地を点火させた。
「……刀が……折れても、心だけは折れぬみょん!!!」
 例え刀の形をしていなくとも、ギザギザになった断面で悪霊を突き刺すことはできる。
そのまま悪霊の攻撃の勢いを逆に利用し、より加速を付けてみょんは悪霊の右目に羊羹剣を突きつけた!!!
『が、が、があああああああああああああああああああああ!!!!』
「ぐ、ぐぐぐぐぐぐぐ!!!!」
 みょんはそのまま悪霊に張り付き羊羹剣をより深く目に捻じ込んでいく。
憎しみの炎がみょんの残った生命力を焼き尽くしていくよう。だが倒したと判断できるまでこの手を放してはいけない。
 そしてみょんはとうとう羊羹剣の全身が瞳の奥にまで押し込んだが、気を抜いた瞬間悪霊に掴まれ地面に叩きつけられてしまった。
「ぐ、ゆ、ゆぅ……」
『ハァ……ハァ………』
 全ての気力を使い果たしてみょんはそのまま地面に横たわって動かなくなる。
悪霊に突き刺さった羊羹剣も炎によって焼き尽くされ、ボロボロと炭となって目から零れ落ちた。
 悪霊は残った左目でただじっと静かにみょんを見降ろした。

「う、うそ……みょんさん」
 まさか、まさか負けてしまうだなんて思わなかったと彼方は岩陰で戦いの一部始終を見て体を震わせる。
覚えている、あのとき繰り出した技は真白木さんの必勝の型、十字構えであった。
直撃こそ受けなかったもののみょんに多大なダメエジを与えたことだろう。その上みょんさんの最後の一撃はもう修復され始めている。
「あ、あのままじゃ……みょんさん殺されちゃう」
 体力切れによる衰弱死もあるがとどめを刺されるのがきっと早いだろう。
今から助ければ覇剣の力で直すことが出来る。だがあの悪霊、いや真白木さんの狙いは私なのだ。迂闊に出ていったらみょんさんの意志を無駄にすることなる。
「………」
 でも、見捨てるわけにはいかない。
真白木さんも今なら力を浪費して隙くらいは出来るはずだ。そう決意を胸に彼方は長炎刀と覇剣の鞘を両手に一気に走り抜けた。
「うあああああああああああああああああああ!!!!」
 傷つけられるのは覚悟の上だ。例え首を切られても覇剣さえあればすぐに戻る。
しかし予想に反して悪霊は彼方に何もせず、彼方は無事にみょんを回収出来た。
「みょんさん!みょんさん!起きてっ!」
「…………かな、た…………ど、の」
 彼方は悪霊からかなり距離をとってから何べんもみょんの頬を打って気付けを行う。
意識があるのを確認すると彼方はほっと安心した顔になり、覇剣を鞘から抜いた。
眩い命の光は闇の地底を満遍なく照らす、しかしそんなものは今は邪魔でしか無く今はただ治癒力だけが求められた。
「みょんさん!我慢してね!!」
「……え?」
「といやぁ!!」
 彼方は勢い良く覇剣を振りかぶるとそのままみょんの口の中に突っ込んだ。
突然の行為にみょんも驚きを隠せず、どんどん後から痛みが湧き始めてきたのだ。
まるで暮内での戦いのようではないか。ゆっくりだからと言って手荒に扱ってはしんでしまいます。
「ひぎゃーーーーー!!ひぎゃーーーー!」
「落ち着いて!傷が広がっちゃうでしょ!」
 刺しているうちに体全体にあった火傷は全て癒え、燃えた髪すらも元に戻っていく。
全ての傷が治ったと判断すると彼方は覇剣を引き抜き刃についた汚れを落として丁重に鞘に仕舞った。
「ハァ……はぁ……死ぬかと思った」
「情けないよ、みょんさん」
 彼方は呆れた風に言うが普通口の中を刺されると言うのはとてつもなく恐ろしいものだ。
そもそもこの子は因幡忍軍に追われていた頃自分の腹を自分で刺したことがある。それだけクレイジィな娘なのだ。
『…………そこに……そこに』
「う……」
 みょんの傷を治すのに専念していたためか悪霊の接近に気付かなかった。
いや、どちらかというと悪霊から放たれる雰囲気がずっと薄くなっていたのだ。体の炎も収まって見ても怖気を感じない。
『この……この……ゆっくり』
「……これ以上戦いを続けて、あんたは勝てるのかみょん?」
 彼方の腕の中でみょんは悪霊を見つめながらそう囁く。
それを聞くと悪霊はビクンと体を跳ねさせ、ただただ悔しそうに肩を震わせた。
『何故だ……何故!!勝てないのだ……あの時も……あの時もォォ……!!』
「あの時……?」
「……」
 ふぅと一息ついてみょんは彼方の腕から飛び出す。
口から剣を取り出すことなく今は素手で無防備だが、神妙な表情でみょんは悪霊に向かって言った。
「ましらぎ殿、あなた、ゆっくりとの戦闘経験は無いんじゃないかみょん?」
『……………そう、だ』
 思った通りとみょんは納得する。
この彼方も始めはゆっくりなんかあまり見たこと無いと言っていた。ならば同じ村に住んでいた真白木も同じようであると考えたのだ。
 悪霊からでたその音は、もう呪詛なんかではなくただの言葉であった。
「そして、あなたは恐らくゆっくりに殺された。そうでござるな?」
 無言であったが、歯噛みしているところを見るとほぼ肯定の意を示しているようなものだ。
そして、真白木はただただ己の内に秘めた思いを流すように言葉を口から吐きだした。
「そうだよ……俺は……ゆっくりと戦って殺されたんだ。あいつは素早くて、俺の構えがぜんぜん効かない………
 そして喉元を刺されて、俺は死んだんだ」
「ましらぎ……さん」
「……それなら、恐らく覇剣があってもあなたは負けていたかもしれないでござる。いや、今でもそんな炎の刀を持ちながらみょんに勝てなかった」
 右目に満遍なく刀を突っ込まれればまず生きてはいまい。先ほどの戦いは生身の戦いならまず間違いなくみょんが勝っていたのだ。
「それを………自分が死んだのを……かなた殿のせいにして!!!武士の名折れみょん!!」
 自分の想いをこめていたのかもしれないがみょんの決死の叱責は真白木の心に刺さり、とうとう真白木は自分の刀を落とした。
憎しみによって作られた刀は燃え尽きた木炭のように形を崩し、何も残さず空に消えていく。
よく見てみると頬の下の炎がいつの間にか消えている。その炎を消した原因は、言うまでも無い。
「………そんな、こと、分かっていたんだ」
「……そう……なの?真白木さん」
「……俺だって一人の武士だ……負けたことは潔く認めていた……だが、俺は死して幽霊になり、上の街にへと送られた。
 悔いがあったんだ。頭の中では割り切っていたのに心では何かが引っかかっていたんだ。
 そして俺は、同じように幽霊になった在処さんから覇剣の話を聞いた。
 覇剣は命の刀だと、恐らく自分の最高傑作だろうと、そしてその刀は彼方に持たせていたと」
「………………」
 彼方もみょんも、口を挟むことなく真白木の言葉を聞く。
折角ひねり出した本音を、今更邪魔するほど無粋ではない。
「いったい彼方はどこへ行ったんだろうと始めは心配していた、でもふと彼方は刀を持ち逃げしたんじゃないかと考えてしまったんだ。
 彼女は上の街にいなかった、だから今も生きていると適当な考えでな。
 始めは心の隅にあるだけだったが、時が経つにつれその想いは膨らんで妄想となり妄執となり、挙句意味の分からない憎悪にまで変わってしまった。
 さらにこんなことまで考えたんだ。覇剣があれば、あの最後の場面で死ぬことも無かったんじゃないのかと」
「間違って……ないよ、この刀があれば多分……」
「違うよ彼方、さっきこのゆっくりも言ってただろう?俺はゆっくりとの戦いに慣れていない。刀の差じゃないんだ」
 このことを理解していたから、みょんは自分の力だけがそのままの力となる羊羹剣で戦ったのだ。
下手に神性を持った刀で何か戦ったら、きっと真白木の憎しみは晴れることは無かっただろう。
「……そして俺は悪霊となってこの国に送られた。怒りは炎だ、憎しみは刃だ、俺はあんな姿になっていろんなものを傷つけた……
 彼方、この俺を許してくれ!!!俺は……俺はお前にあんな事を………ッ!」
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
 とうとう耐えきれず彼方は大声で泣き始め真白木に駆け寄る。
感動の再会、というわけにはいかなかったがようやく言葉と心を通じ合わせられた。
これで全て終わったのだ。真白木の体の炎は全て消え、ただの霊体に戻っていく。
「これ……これ……真白木さんに届けたかった!!でも私……死んじゃってたから……ごめんなざい!」
「……いいんだ、彼方、ありがとう、ありがとう……」
 彼方は覇剣を真白木に差し出すが幽体である真白木には受け取ることは出来ず、かわりにゆっくりと彼方の髪を撫でた。
数百年ぶりの会合、二人の眼には大粒の涙がポロリポロリと溜まり滝のように流れ始めていた。
「……………ゆっくりようむ……だったか?ありがとう。俺を止めてくれて」
「それだけじゃない、みょんさんは覇剣を治す旅についてきてくれたんだ。そして私をずっと守ってくれた!!」
 死の糸と影も、暮内の通り魔も、魔郷の妖怪たちも、吸血鬼の抜け殻も、邪の菓子剣も、地底の妖怪も、冥王星の牙も、幾度となく刃を交え色んなものを救ってきた。
一緒に語り合った日々、一緒にお菓子を食べたこと、そして色々笑いあって、彼方にとってみょんは真白木と同じようにかけがえのないものとなっていたのだ。
「やっぱり、みょんさんは最高の武士だよ!最強のゆっくりだよ!」
「…………い、いやぁ」
「ふふ、照れちゃって……紹介するね!真白木さん!この子は真名身四妖夢!西行国の旗本武士で!すっごく強いんだ!」
 彼方は満面の笑みでみょんを持ち上げ真白木につきだした。それが誇りであるかのようになんの迷いも無く。
「彼方の面倒を見てくれてありがとう。ようむ殿。私の名は真白木飾花。風華の武士だ」
「…………言い出しにくかったけど、すまぬ。今のみょんにはましらぎ殿が見えないのでござるよ」
 面倒なことになる前にと付け足してみょんは申し訳なさそうな顔をする。
元々みょんには半霊が無く、そのせいで霊感というものが全くと言っていいほどないのはご存知であろう。
先ほどまでは憎しみが形をとっていたからなんとか見ることが出来たが、普通の幽体となった今の真白木を見る事は出来ないのだ。
「そうか………彼方、済まないが、その覇剣で俺の体を切ってくれ」
「え、あ、ええと………………わ、分かった」
 真白木の想いを理解したようで彼方は覇剣の刃を取り出し勢いよく真白木の体を切り裂く。
刀から放たれる生命の力は織張金によって極限にまで増幅され、幽体に物質的な作用を催して真白木に新しい体を作りだしたのだ。
「うおっ!!!…………ま、マジで生き返らせおった……あなたが……ましらぎ殿でござるか?」
「ああ、ようむ殿。彼方の面倒を見てくれてありがとう」
「ど、どういたしまして」
 実際の真白木は彼方の自慢話ほど恰好良いというわけではなかったが、表情は引き締まっておりそれがささやかな魅力を振りまいていた。
好まれる顔つき、というのであろうか。しっかりと見つめる瞳にみょんも少しときめいてしまった。
「ま、真白木さん、抱きついてもいい?」
「あ、ああ、こうやって触れ合うのも久しぶりだな。何年振りだ?」
「そんなことはどうだっていいの!今がいいんだから全て問題なし!」
 微笑ましい二人の中に入り込む勇気は湧かずみょんはふぅと戦いの疲れを取ろうと体を緩ませる。
その時見覚えのある者が目に映り、すぐさまみょんは振り向いた。

「ゆっきゅう!『ようむ、お疲れ様でした』とゆゆこ様は喜んでいます」
「幽微意様、かおる殿、来ていたのでござるか!」
 薫に抱えられてゆーびぃがいつの間にかこの地霊殿最下層に来ていたらしくみょんはすぐさま体をしゃきんと戻す。
「ゆゆぅ!『ええ、地霊殿から連絡があってね。幽霊を一人迎え入れてほしいと』」
「……悪霊になっても憎しみを晴らせば……西行国にいる権利がありますからね」
「あ、さとり殿、無事だったのでござるか………」
 先ほど倒したばかりの地霊殿の主があまりにも早く現れたことでみょんは少し驚く。
てっきりあのまま炎に包まれて全身火傷を負ったのかと思ったのだが、意外と目の火傷以外はそのままゆっくり特有のもちもち肌のままであった。
「憎しみの業火に比べればうつほ達の炎は怖くありませんよ……」
「……いや、でも……」
 勝利の余韻に浸ったままでいたい、少女の涙の上になにか思い出を重ねたくない。けれどみょんはその目の前の光景について無視し続けることは出来なかった。

            
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          ,.>''"´::::::::::::::::::`"'ヽ、 ,
        ゝr ===============r::::::::::l' .:
       〈:r"v''ヽ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::く
       /::\/:::::::::::::::::::::::::::::::r::::::::::::::::::::_)
       〉::::::::::::::::::::人::::::::::::::::人::::::::::::::::::::::)
       (.:::::::::::ノ从⌒ノイノレ' レレヽ<:::::::::::<
        }:::::::::::ノ ====    ==== ハ::::.:::::._/
        `Y::::  ミ彡      ミ彡 : : : :ノ  
         ゝ::, \川   -  Ⅴ/ヽ : :/´ 
           \. >.,、 _____,.、< 


「……何か問題でも」
「………いや、なにも」
 とりあえず言いたいことは分かってるんだろうなとあえて口には出さなかったが、そこでみょんはとある事に気づいてしまった。
 暮内の時も、西行での時も、裂邪の時も、邪悪な菓子剣の時も、地底の街の時も、”あれ”が無かった。
そう、あれだ。ゆっくりの元祖であり、文字と記号で作られた……あれ。
「ほ、本編初AAが焦げ頭のさとりって………どういうことみょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!」
 みょんのわけのわからぬ叫びは、二人の触れ合いの邪魔をし、闇の世界に響いていくのであった。




~地霊章・微意~   終劇


















「……ゆぅ『さて、あなたが……真白木飾花ね』と幽微意様は尋ねています」
 呆けた表情で固まっているみょんをほっといてゆーびぃは薫に抱きかかえられたまま彼方と真白木の元に近づく。
真白木は肩に載せていた彼方を下ろし、真摯な表情に戻してゆっくりとゆーびぃに向かい合った。
「ゆゆっ『あなたは一度悪霊になりましたが幽霊として西行国に住むことが出来ます。ですが何か……悔いみたいなのはありますか?』」
 例え元に戻れたとしても、一度は悪霊になった身、下手に悔いを残すと再び悪霊に戻りかねない。
真白木は少し沈黙し、そのまま呆けているみょんに視線を移した。
「……出来れば、ですけど。あのゆっくりようむと再び戦わせてください」
「ま、真白木さん?」
「今度は本気で、憎しみなしの、武士と武士の真剣勝負です」





 つづく


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最終更新:2011年06月14日 19:32