パンが無ければ生首を食べればいいじゃない!

「パンです! パン! パンパン! そうパンです! あのふんわりもっちりとした食感!
ジャムをつけてよしくクリームをつけてよしお肉を挟んでハンバーガーにしてよしサンドイッチにしてよしのバリエーションの豊富さ! 私はパンが食べたいんです! ギブミーパン! パンプリーズ!」
「早苗が発狂した。助けてくれ博麗の巫女」
「帰れ」

昼時に博麗神社を尋ねてきた早苗と神奈子。
霊夢は彼女達を笑顔で蹴り飛ばした。


早苗がこのような惨状となった理由については、まず幻想郷と食料の関係から語らなければならない。
まず、幻想郷は完全な自給自足の世界ではない。
異世界という響きからは意外に思われるかもしれない奇妙な話だが、
外の世界――現代社会からの輸入に頼らざるを得ない食品も多いのだ。
どのような食材を輸入に頼るかと例を挙げると、まず魚類が上げられる。
幻想郷には海が無いのは周知の事実だ。
故に魚類――特に海水魚は幻想郷の外の現代社会で活動する食料係に頼らざるを得ないのである。
よって幻想郷の食料を賄う妖怪の食料係は妖怪の食料となる人間を調達するのみではなくむしろそれ以外の、
人間以外の食料品の方がある意味重要なのだ。
そして最近のことであるが、幻想郷に食料の輸入を行なっている係の者の不手際によって小麦粉が輸入されずにいた。
 それが冒頭の早苗の発狂に繋がる。

「ようするにパンを食べられなくなった早苗が駄々をこねていると」
「そういう事になるね……」

博麗神社の居間にて得心を得た霊夢が神奈子に頷く。
彼女達の傍にいる早苗はげっそりと痩せ細っている。

「早苗はパン派だったからね……。私と諏訪子のせんの――教育によってライスシャワーをスペカにするぐらいに米を食べるようにはなったんだけど」

ハンバーガーにサンドイッチにドーナツにクレープエトセトラエトセトラ――。
外の世界で女子校生であった早苗にとって、小麦を使ったパンなどのジャンクフードやスイーツ(笑)の味は忘れられるものではなかった。
早苗の中の臨界点が切れるのも無理の無い話だ。
そのためにかつて無いほど早苗のパン分は不足している。

「――で、それが何で私のところに来る理由になるのよ?」
「射命丸がこの間言っていたんだが、霊夢のところのゆっくりってうどん作りが好きらしいじゃないか」
「あ~、まぁね。何かうちのゆっくりってうどんを捏ねるのが凄く好きみたいなのよ。子供って泥遊びとか粘土遊びとか好きだし、そんな感じなのかしらねー」
「ふむ、なるほどね」

神奈子の脳裏にはゆっくりれいむがほっぺたでむにむにと粘土のようにうどん生地を捏ね、
『ゆっ♪ ゆっ♪ ゆっくり~♪』と鳴きながら楽しく遊ぶ姿が思い浮かんだ。
中々微笑ましいものである。

「そこで、だ。うどんの原料ってのはようは小麦粉だろう? 小麦ってのはパンの原材料。つまりここにくればパンを作る為の材料があるんじゃないかと思ってさ」
「お生憎様。ウチも小麦粉を切らしちゃってるの」
「そうか……」

神奈子は肩を落としてため息を吐いた。
早苗にいたっては口元からエクトプラズムがはみ出ている。
彼女達を見る霊夢はふと思いついた疑問を口にする。

「――というか早苗、奇跡を起こす程度の能力で何とかならないの? 錬金術みたいなの使ってぽーんってパン作れない?」
「それが出来ないんです……。ハガレンで例えるなら自然摂理の法則ってやつです」
「自然摂理の法則? 何よそれ?」
「石なら石が原料のものしか、鉄なら鉄が原料のものじゃないと変化できないような法則を言います。小麦なら小麦を原料にしないと駄目なんです。
ようは同じ属性のものじゃないと変化出来ないというか……それに反するのはもはや奇跡ですらない、神のルールへの反逆です」

原材料と錬成の生成物は同質の物質でなければならない。
水から石を作り出すことは出来ないのだ。
もしそれが可能ならとんでもないことになる。
極端な例えだが仮に誰かが錬金術で世界中の海を石に変えてしまえば世界が滅ぶ。
それはもはや神の領域。
『神』という言葉を聞いた霊夢がそれならばと神奈子の方を向く。

「んじゃ神奈子にやってもらえば? 神様だしそれぐらいのことは出来るでしょ? 神様は皿をパンに変えられるって話を聞いたことあるのよ。神だったら自然摂理の法則を捻じ曲げることも出来るかもしれないじゃない」
「そうだ! そうですよ! 身近すぎてすっかり忘れてました! 神奈子様、さっそくパンを作ってください! 私に力を貸してください!」
「へ?」

突然話を振られた神奈子がきょとんとする。

「パンが食べたいんです! そういうわけではいこれ!」

ごとんと早苗の目の前に置かれるのは一つのお皿。
神奈子はまだ事態を飲み込めない。

「え~と、どういうことさ?」
「こう、神様パワーでぽーんと、ふわ~っと作ってください!」

ようは皿をパンに変えてもらいたいらしい、キラキラとした瞳で神奈子を見つめる早苗。
見つめられる神奈子はとても気まずそうに首を横に振った。

「そういうのは私の能力の専門外だから……ごめんね…………」
「え~……最近読んだ漫画の神様は出来てましたよ。立川のアパートでバカンスしてる神様二人組。そのすぐに衝動買いする方。デップ気取ってるアレ」
「有休満喫してるからそう見えないけど、アレでも一応あらゆる世界で五指に入るレベルの神格を持った神だから。超チート能力なんだよ、皿をパンに変えることって」

立川の最高神→皿をパンに変えられる程度の能力。
すげぇ。

「…………戦うことが出来るヒーローはたくさんいるけど、人々を飢えから救うことの出来るヒーローは少ない。本当に、アンパンマンって偉大だったんですね。
今まで彼に対してその人間関係を腐った目でしか見ていなかった事を申し訳なく思います。
いや何げにそういうネタの宝庫なんですよねあの作品。アンパンマンがジャムおじさんにいいように頭の中を弄ばれるところとか凄く性的です」
「ふ~ん五月蝿い黙れ」

霊夢がうざそうに眉をしかめた。

「バイキンマンって本当にアンパンマンのこと好きですよね~かまってちゃんですよね~。でも彼は愛と勇気だけが友達なんです」
「報われない愛にも程があるわね」
「それなのにアンパンマンときたら自分をおいしく食べてもらいたいと都合のいいこと考えている辺りなんて、他人と友達や恋人になることは嫌がるのに都合のいいセックスフレンドは欲しがっているように思えてたんですよね~」
「いやそれ無いから!? 絶対無いからその発想!?」

得意気に語る早苗と聞き流す霊夢の間に、神奈子が涙目で入る。
大和撫子が何ていう会話をしているのだろうか嘆かわしい。

「よく言われてますけど登場キャラに犬がいて名前がチーズとか狙いすぎですよねー」
「言わないし! …………多分」
「ですのでそういうプレイの暗示なのかと妄想してました。てか今もしてます」
「やなせ先生に土下座しなさい早苗!?」

だがしかし早苗は神奈子のいう事をまるで聞く様子を見せない。
それも当然で、パンの一つも生み出せない神に対する早苗の態度は好感度最低時の藤崎詩織レベル。
信仰値に至っては冥府行き確定クラスであった。
もはやアイスソードをころしてでもうばいとるようなことをせずとも、冥府にいる邪神三兄弟の長兄に会う事が出来た。
眼前に神を呼ぶ、それはまさに奇跡の力。
早苗の目の前にはロマンシングな邪神一家長男が見えていた。

「あぁデス様、霊夢さんを生贄に捧げる代わりにメロンパンを下さい……」
「待てやオイ。せめて神奈子にしろ」
「どこの世界に自分の使える神を生贄にする巫女がいるんだい!?」

 そして律儀にも早苗の質問に答えるデス様であった。

「『死の鎧じゃなくていいの?』ですって? そんなものメロンパンの前にはゴミ同然です。
それよりも貴方が幸せそうな顔でほおばってるそのメロンパン下さいメロンパン。
何そのラスボスみたいなゴッツイ図体でラノベのヒロインみたいにカリカリモフモフ食べてるんですか?
その幸せ一杯な顔が物凄く癇に障ります。
ころしてでもうばいとりますよ。わたしすごぉくつおいんですよぉ。あらひとがみなんですよぉ」
「えと……早苗?」
「パンをよこせ! さもなくば核だ!」
「さなえー!!」

血の涙を流しながら妄想の邪神に挑みかかる早苗と、しがみ付いて早苗を現実に戻そうとする神奈子。
そしてポテチ片手に見物中の霊夢。
そんな折のことだった。

『ただいまー! ゆっくり遊んでいったよ!』
「あ、おかえりゆっくり。賑やかなところに帰って来たわね」
『ゆ? 霊夢お客さんきたの?』

博麗神社に居候中のゆっくりれいむはドシンドシンと騒がしい室内の様子に対し、来訪者がいることを悟る。
ゆっくりたる者、さぁまずは挨拶だと来客に対して向き合った。

『ゆっくりしてい――』

最後まで言い終わる前にゆっくりれいむは来訪者、早苗と目が合った。

『――かないでね!』

途端、ゆっくりれいむはその名に反するほどの脱兎の如き速さで一目散に逃げ出そうとする。
だがそんなゆっくりれいむに早苗は恐ろしい速さで駆け寄り、腕の中に収めた。

「へへ~、つ~かま~えた♪」
『ゆ゛~! ゆ゛~!!』

ゆっくりれいむは早苗が苦手であった。
客観的に見たらゆっくりれいむは早苗にとても可愛がってもらってはいるのだが、それが却って困る。
例えるならば年の離れた従兄弟。
物心付いた子供と、それをいじって可愛がる大人のような関係である。

『ゆっくりやめていってね!』
「やでーす」

キャッキャ。
早苗はゆっくりれいむを抱えて、そのほっぺたをむにゅむにゅと弄くっていた。
最初はくすぐったがっていたゆっくりれいむも、段々ウザそうな顔になってくる。

『ゆっくりやめていってね! ゆっくりやめていってね!』
「おことわりでーす」

むにむに。

『ぶち殺すぞヒューマン』
「人間じゃありませ~ん。現人神で~す」
「おい早苗、それぐらいにしてやりな――って! 早苗どうしたぁ!」

むにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむに。
ひたすらにゆっくりれいむのほっぺたを弄り続ける早苗。傍から見ても異常事態。
これはもはや微笑ましいやり取りどころではなく、麻薬中毒者が何かを弄っていないと精神の安定が図れない事に似ていた。

「マズイ! 早苗のパン分の不足による中毒症状だ!」
「聞いたこと無いわよそんなの!? 普段パンにヤバイもんでも入れてたんじゃないの!?」
『ゆゆゆゆゆっくりしたけっかかかがこれだよよよよよよ!』

ゆっくりれいむは命からがら早苗の腕の中から抜け出す。
そのまま『れいむっ! れいむー!!』と涙目になりながらぴょーんと霊夢に向かって飛び跳ね、彼女の胸元にすりすりと擦り寄った。


「どうしよう……ここが最後の希望だったのに……」

早苗は絶望に頭を抱えた。
このまま小麦が再び輸入されるまで我慢すべきか。
それは出来なかった。
今食べたいのだ。
狂おしいほどに、身体中の細胞という細胞が小麦の刺激を求めていたのだ。

『パンがなければおかしを食べればいいじゃない!』
「いや、それはそう言う意味の言葉じゃないんだけど……」

そんな早苗に、ゆっくりれいむは涙目で負け惜しみめいた言葉を告げる。
神奈子と早苗が苦笑する中、霊夢が何かを閃いたかのようにハッとする。

「――お菓子……小麦粉……饅頭……そうだ! 私にいい考えがあるわ! 二人ともちょっと待ってなさい」
「えっ、ちょっと待った――」

霊夢はすぐさま生首饅頭ゆっくりれいむを抱えて風呂場に向かった。


コシコシコシ。
霊夢は風呂場でゆっくりれいむを洗っていた。

『ゆ~っ、ゆ~っ』
「こら、動くなっての。シャンプーが上手く泡立たないじゃないの」

そうは言いつつも鼻歌交じりなノリのいい霊夢。
ゆっくりれいむも気持ちが弾み、それにつられる

「ふんふふ~ん♪ ららら~♪」
『ゆっくりうたっていってね~♪』
「どこかおかゆいところはありませんか~♪」
『みみのうしろですよ~♪ ゆっくりかいていってね~♪』
「アンタ耳無いでしょう~♪」
『わすれてました~♪』
「らら♪ らんららら♪」
『ゆゆゆ~♪』


「食え」

ボトッ(生首が皿の上に落ちる音)。

ゴロンッ(生首が皿の上を転がる音)。

ゴテッ(生首が止まる音)。

「……は?」
「綺麗に洗ってきたわよ、早苗」
『さぁ、おたべなさい!』
「………………」

皿の上に乗った生首一個。
そして添えられたレタスやミニトマト。
一見普通の一品料理のような周囲の付け合せが、却って中心にある生首の猟奇性を際立たせる。
その異常性を例えるなら、ここにひとつの女子校生達を主人公にしたほのぼの系ゆるふわ漫画があるとする。
彼女達がファミレスでだべっている時にこんなものが運ばれて来たら途端に漫画のジャンルが変わるであろう。
ゲテモノグルメ漫画辺りに。

≪わ~生首だよおいしそ~♪≫
≪いっただっきま~す♪≫

いや、どうやら最近の女子校生は中々逞しい様子である。
どうやら漫画のジャンルはこのままゆるふわ系漫画で変わらない様子だ。
ファミレスで生首が皿に乗せられて運ばれてくることぐらい日常茶飯事なのだろう。

≪おいしっ♪ 生首おいしっ♪ ん~でりしゃーす♪ 前歯サイコー!≫
≪へへ~目玉も~らいっ♪≫
≪あ、ずっる~い♪ じゃあ私は私のうみ――餡子もらうね~≫
≪やったなこいつ~♪≫

女子校生達は我先にと金切り声を上げながら皿の上の生首を平らげていく。
百合百合な彼女達の中心には解体されていく生首一つ。
何とも心温まりきゅぅんんとする光景である。

「いやそれサイコホラーそのものですから!?」

 だがしかし早苗が現実に戻ってきても、無常なことに生首饅頭ことゆっくりはあいも変わらず皿の上に置かれていた。

「食え」
「………………Pardon?(よく聞こえませんでした。もう1回言ってください)」
「食え」

あ、今生首と目があった。
こっちみんな。

「…………理由を教えてください。納得のいく理由を」
「ようは今の早苗に必要な物は小麦粉でしょ? うちのゆっくりも体の組織は小麦原産だし、食べて生物から無機物へと分解すれば、早苗の奇跡で小麦が作り直せると思うの。皿からパンを作るわけじゃないからそんなに難しくないでしょ?」
「いえ……あの……」
「そーゆーわけで丸囓りでどうぞ」
『ゆっくりたべていってね!』
「………………」
『………………』
「………………」
『………………』

みつめあーうとーすなーおにおしゃーべりーできーなーああいーいぃ……――

「じゃあ神奈子様お願いします」
「え!? ここで私に振るの!?」
「私給食のコッペパンとかもそうなんですけど、手で千切って食べるタイプの女の子なんですよ~。丸囓りなんてはしたないじゃないですか~」
「そっち!? そういう問題!? 違うよね適当な理由つけて私に押し付けようとしているだけだよね!?」
「神って生贄ばっかとってるイメージあるし、饅頭だし生贄には最適じゃん。はい神奈子、マヨネーズ」
「…………偏見だよちくしょー」

…………にゅるにゅるにゅる。
逃げ場を失いヤケになった神奈子はゆっくりれいむにマヨネーズをぶっ掛ける。
そのままいただきますと両手を合わせ、ええいままよとそのほっぺたに齧り付いた。

かぷっ。

『うぎゃああああああ(softolk)』

はむっ。

『我が死んでも第二第三のゆっくりが貴様を待ち受けている! 貴様が力尽きるその日を地獄で待っているぞ!』

もしゃっ。

『ふはははは…………ウボァー……』
「うんごめん、すっげー食べづらい」

どや顔をする頬の欠けたゆっくりれいむと困惑する神奈子。
だがこれで小麦粉(の元)は手に入った。
そして早苗がすぐさま神奈子の身体に宿ったものを触媒に奇跡を起こさんと、両手をパシンパシンと合わせ始めた。

「等価交換! 等価交換! しゃあっ! 来い! パンよ生まれて来い! 産まれてこい!」
「らめぇぇぇ無性生殖しちゃぅぅぅぅ!」

※イメージ映像。ピッコロ大魔王の出産シーン。

その場にいる誰もが「どうすんだよこれ……」と心の中で呟くのも無理のない事。
食欲減退して賢者モードとなった早苗。
彼女の脳裏に浮かぶのは昔TVで見た「この後スタッフが美味しくいただきました」というテロップだった。


その夜、守矢神社にて――。

「わーい、今日は久しぶりにパンだ~♪ あれ? 早苗と神奈子は食べないの?」
「……えぇ、まぁ。諏訪子様は気にせずに食べてください」
「……先に食べてきてお腹一杯でね」
「…………へぇ。ん~、そ~なんだわかった~。でもゴメンね~。ちょっと私も最近ダイエット中なんだよね~。そだ、うちのゆっくり達にあげよう。ゆっくり達おいで~。パン食べさせてあげるからさ~」
『『『ゆっ♪』』』

『『『む~しゃ♪ む~しゃ♪ しあわせ~♪』』』


『『『しあわせ~♪』』』


『『『しあわせ~♪♪』』』






『『『……ハァハァ』』』



おしまい

  • 一つのSSとして整っている
    ゆっくりを初めとしてキャラも立っているし、コミカルな表現の配置も綻びがない
    面白かった -- 名無しさん (2011-10-25 19:31:07)
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最終更新:2011年10月25日 19:31