ゆっくり寝ようね

  ゆっくり寝ようね                        YT


 夜半、何かが跳ねる音で、うっすらと目を覚ました。
 べたん……べたん……という音に合わせて、声がする。
「ゆっ……ゆっ……ゆっくり!」
 ベッドのそばで、ゆっくりまりさが跳ねているのだ。
 コタツで寝ろと言ってあるのに、まりさはわたしのところへ来る。
 ああまたか、とわたしは夢うつつで思う。かすかなわずらわしさを覚える。
 布団を肩まで引き上げ、音に背を向けて横になる。
 そんなことをしても無駄なのだが。
 やがて、ボサッと音がした。マットレスの端が重みでへこむ。
「ゆゆゆゆ……」
 と声を漏らしながら、何かがにじり登って来る。
「そーろ、そーろ……」
 ささやきながら枕元を回り込んで、とうとう顔の前まで来た。
 ひんやりとした餅肌が頬に触れる。
 わたしの肩と掛け布団の間の、わずかな隙間に顔を突っ込んで、もぞもぞと中に入ってくる。楽しそうにつぶやきが聞こえる。
「ゆっくり! ゆっくり! ゆっくり!」
 そうやって胸元まで潜り込んでから、もぞもぞと中で向きを変えて、ゆふー、と体を扁平に伸ばした。
 そして最後に言った。
「ここはまりさのゆっくりプレイスだよ! ゆっくりさせてね!」
 この辺りまで来ると、わたしはほとんど目を覚ましている。
 いつもこうやって夜中に起こされてしまうのだ。よく眠れなくてイライラする。
「もおぉ……」
 つぶやきながら、目を開けて布団の中を見下ろした。常夜灯のオレンジの光がおぼろに届いている。
 そこにペットのゆっくりまりさがいる。ご自慢の三角帽子がぺしゃんこに潰れてもお構いなしで、ふてぶてしい顔で座っている。
 わたしと目が合うと、とぼけた仕草で首をかしげて言った。
「んー……?」 
 悪いことなんかしてないよ、と言いたげな顔。しかし自覚があるのはひと目でわかる。
 わかっていて、とぼけているのだ。小さな子供とおんなじ。
 その様子が、なんとも可愛らしい。叱ろうとした気持ちが、削がれてしまう。
 わたしはぼそぼそとつぶやく。
「まりさのベッドはおコタでしょ……?」
「まりさ、ひとりじゃゆっくりできないよ。おねえさんとねたいよ」
「一人で寝られるって言ったのに……」
「ゆぅ……ひとりはやっぱりさびしいよ……」
 わたしは叱る代わりに、まりさを抱きしめてやる。
 まりさは嬉しそうに目を細めて、わたしの胸に頬ずりする。
「すーりすーり♪ とってもやわらかいよ!」
 追い出したいのに、追い出せない。もどかしくて、ついギュッと力をこめる。
「ゆぐぐぐぅ、まりさがつぶれるよ! ゆっくりやめてね!」
 中にあんこの詰まったまりさは、けっこう抱きごたえがある。「むり゛ゅっ」という感じ。
 胸元を見ると、まりさは舌を突き出して涙目になっている。
 潰してしまったら大変だから、ほどほどで腕を緩めてやる。
 そして、そのままでは腕が当たって寝にくいので、いったん腕を持ち上げてからわきの間に挟みこんでやった。
「静かにしてよ、まりさ……」
「ゆっくりわかったよ!」
 柔らかいまりさを抱いたまま、わたしは再びうとうとと眠り込む。
 そのうちに、まりさのほのかな温かさと、わたし自身の熱が交じり合い、布団の中をぽかぽかにする。
 温かいけれどよく眠れない。それが、まりさの入り込んでくる夜だ。
 朝目が覚めると、わたしは片腕がしびれて痛くなっている。
 まりさを載せていたせいだ。男が腕枕をしたときになるっていうアレと同じ。
 そしてまりさは変な形になっている。
「まりさのおぼうしがああぁ!」
 くしゃくしゃになった帽子を前に、「あ゛あ゛あ゛」顔で叫ぶまりさ。
 帽子よりも自分の顔のほうが歪んでいる。まるで詰め物の偏ったクッションみたい。

 まりさを抱っこするのは好きだけど、睡眠不足でまともに仕事が出来ないのは困る。
 背に腹は代えられない。まりさを布団に入れないようにしなければ。
 そのために、ベッドの四本の足の下に古雑誌を積んだ。
 何も知らないまりさが、目をキラキラさせて聞いてきた。
「なにしてるの? ゆっくりできるあそび?」
 わたしは適当に返事をしておいた。
「ゆっくり寝るためよ」
 ごめんね、まりさ。嫌いになったわけじゃないんだよ。

 その夜も、音が聞こえた。
 べたん……べたん……。
「ゆっ……ゆっ……ゆっくり! ゆっくりぃぃ!!」
 まりさがジャンプしている。何十回も繰り返す。
「どぉしてとどかないのぉぉ!?」
 しまいには泣き声になった。かわいそうで胸が痛んだ。
 まりさ、ちょっとベッドが高くなっただけで届かないんだね。
 ゆっくりだから、わかんないんだね。
 ごめんね、我慢してね。
 胸を押さえていると、じきに静かになった。
 後には、部屋のどこかで、ごそごそと物音がするだけ。
 わたしはとろとろと眠り込んだ。

 翌朝、すっきり目が覚めた。体のどこも痛くない。
 幸せだ。一人分のベッドを、一人でまるまる使えることが、こんなに幸せだなんて。
 起き上がって、気持ちよく伸びをした。
「んううぅ~ん、よく寝たぁ。……うわっ、何これ」
 ベッドの横を見たとたん、思わず変な声を漏らしてしまった。
 そこにあったのは古新聞の山。配達員がすっ転んでばら撒いたようなありさまだ。
 その新聞雪崩の中に、しわくちゃの三角帽子の先端が見えた。
 手を伸ばして新聞を払いのけると、眠り込んでいるまりさがいた。
「ああ……そういうこと」
 何が起きたのかわかったような気がした。新聞で階段を作ってよじ登ろうとし、失敗したんだろう。
 わたしは手を伸ばして、大きなお饅頭のまりさを抱き上げた。
 金髪がくしゃくしゃだ。頬に涙のあとがついている。餅肌の体はすっかり冷え切って、ごわごわしていた。
「ゆぅ……ゆぅ……ゆっ、おねえさん……?」
 うっすらと目を覚まし、わたしを見上げた。その顔が、見る間にくしゃくしゃになった。
「ゆぅぅぅ、おねえさん、おねえさんだよ!」
「はいはい、おねえさんよ」
「まりさ、おねえさんにあおうとしたんだよ! ゆっくりがんばったよ!」
「そうみたいね」
「でも、とどなかったんだよ! ざざーってなって、うごけなかったよ!」
「そうだね、見ればわかるよ」
「ゆっくりできなかった! まりさ、ゆっくりできなかったよ!」
「うんうん、ごめんね」
「まりさ、まりさ……ゆわぁぁん!!」
 泣いているような、怒っているようなまりさを抱っこして、わたしはゆっくりと温めてあげた。

 結局、枕の横に電気座布団を置くことにした。椅子なんかに敷いて使う、六十センチ角のやつだ。
「まりさ、そろそろ寝るよー」
「ゆっ! ゆっくりはこんでね!」
 寝る時になると、まりさをそこに乗せてやる。
 まりさはゆふゆふと腹の下で座布団を叩き、ぐるりと一回転してから、どっしりと座り込んで叫ぶ。
「ここはまりさのゆっくりプレイスだよ! ゆっくり!」
 回るのも叫ぶのも、ゆっくり特有の習慣だ。人間の「どっこいしょ」なんかと似たような感じなんだろうね。
 場合によっては、何度か「ゆっくり……ゆっくり!」と叫びなおしてから、まりさはようやく落ち着く。
 わたしはその上にタオルケットをかけてやり、布団に入る。
「おやすみ、まりさ」
「ゆっくりしていってね!」
 手を伸ばして、電気のヒモを引っ張る。
 夜中に何度か、「すーりすーり……」と頬ずりされる。ひんやりしたもち肌が当たる。
 わたしのほうからも、むにむにと頬ずりしたりする。
 まだ起こされることは起こされるけれど、一晩中わきの下を気にして寝るよりはよくなった。

 お友達のゆっくりをもう一匹飼ってやろうと思っていたけど、それはしばらく延期。
 まりさのほっぺが気に入っちゃった。
「まりさ、すーりすーり♪」
「ゆゆっ、つよすぎるよ、おねえさん! ゆゆゆぅ……!」




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  • たまらんな。超可愛い。    -- 名無しさん (2010-12-01 03:29:26)
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最終更新:2010年12月01日 03:29