ほーむらん

 注意書き

 野球判らない人ゴメンね!












「さあ8回裏となりました。ここからの流れ、どう見ますか?」
「そうですね、ここでピッチャー交代のようですが、今日の出来なら変える必要なかった気もしますね」
「そうですか。ではこの決断が両チームにとってどうなるか……」

 エアコンの効いた部屋。 
 1日の疲れを癒すように、ビールと枝豆をつまみに男が野球の試合に見入っていた。
 その隣――と言おうか、部屋の中では2匹のゆっくりが気ままにのんびりゆっくり。
 1匹はれいむ。
 鼻(?)歌など歌いつつ、座布団に座ってのんびりとゆっくりを満喫中。
 1匹はまりさ。
 こちらは時折床に置かれた皿から枝豆を頂戴しつつ、ペット用ボールを追い掛け回したりしてこれまた自分なりのゆっくりに勤しんでいた。

「あっと、ワンアウトをとった後制球が定まりません。これでランナー二人、HRが出れば一打同点の場面になりました!」
「ゆんゆふんふゆんゆ~ん♪ ゆゆんゆんゆ~♪」
「ゆんっ! ゆ! ゆっ! ゆふ~、まりさつかれたよ……むーしゃむーしゃ、それなりー」
「うるさい、期限切れ間近の特価品なんだ。文句言うなら食うな」
「ゆ……だったらしかたないね、むーしゃむーしゃ♪ ……やっぱりそれなりー」

 彼らのゆっくり具合に関わらず、試合はとどまる事無く進行していく。
 替わった投手の調子が上がらず連続フォアボール、塁上にランナーが溜まりだした。
 折りしも試合は終盤。
 攻撃側も防御側もファンのボルテージは一気に上がり、球場の空気はたちどころに真昼のような熱を帯び始める。
 スタンドの至る所から流れ出したチャンスマーチや応援歌、それらは次第に大きくなってうねる様な、独特の響きを形成していく。
 ホームと言う事もあり聞こえる音と声はあらゆる所から、グラウンドを飲み込むような轟きとなって夜空を駆ける。
 一方、守る側は必死の応援。
 圧倒的少数ながらもレフトスタンドに陣取った一団は、選手に己の存在を誇示するように旗を振り、あらん限りの力で声援を送っていた。

「さて、ここで4番を迎えますが……あっと、ここでまたピッチャー交代のようですね」

 アナウンサーの声に合わせる様に画面が切り替わり、マウンドに集まる選手達が映し出された。
 その様子に、攻撃側のファンは嵩に懸かってさらに声を強めていく。

「ここまで飛ばせー!」
「一発だけでもええでー! ピッチャーしょぼいよー!」
「ヒットでも構わんぞー! 次ホームランで逆転やしなー!」

 今まで劣勢だった鬱憤を晴らすかのように、飛ぶ声は皆景気が良いものばかりだ。

「わっしょい、わっしょい!」
「ゆ?」
「ゆゆっ!」

 統制の取れていなかった声は、陣取った応援団の導きによって次第に明確なひとつの流れを形作り始める。
 人が生む大音声。
 その声にれいむは座布団から飛び起き、まりさはボールを放り出して机の上に飛び乗った。

『わっしょい! わっしょい!』
『ゆっしょい! ゆっしょい!』

 テレビの真正面――要するに俺のド真ん前だ――に慌てて滑り込むと、マイクが拾う球場の音に2匹も同調し、

「わっしょい!」
「ゆっしょい!」
「わっしょい!」
「ゆっしょい!」

 観客の声を間に挟み、互い違いに声を上げわっしょいコールに参加する。
 いつの間にやらまりさもれいむもひょろ長い棒の上に乗り、ひょろ長い棒を振り回していた。
 いや、棒ではない。
 くの字に折れ曲がった棒に見えるが、2匹の動きと声に合わせて曲げ、伸ばされている。

『わっしょい! わっしょい!!』
『ゆっしょい! ゆっしょい!!』

 要するに、ひょろ長いこれはゆっくりの手足だ。
 この2匹とはそこそこの付き合いの男だが、いつ見ても不思議で不思議でたまらない。
 どう見ても体を支えられそうも無い足に、どう見ても指も何も無い手。
 いや、実際問題ほとんど役に立っていない。
 足があるなら、普段からつったかたーとバンザイダッシュでもすれば良さそうなものだと思うだろう。
 だが、実際は跳ねて動いた方がはるかに早いという無用の長物だった。
 スクワットやジャンプくらいは出来るようなので、某球団や某選手の応援くらいは出来るようだが。
 手は本当に指が無いので、片手では何の役にも立たない。
 箸も持てない、茶碗も持てない、メガホンも持てない事は実験済み。
 なら両手でフォークかスプーンでも持てば良いと思うが、残念な事に手先が細すぎて支えられないというしょんぼりな結果が得られただけだった。
 強いて言うなら、こっちはゆっくりサイズのハッピでもあれば袖を通せる事くらいだろうが……
 こいつらの手が役に立った時と言えば、ご飯を食べるときくらいのもんだ。



「ゆっくりごはんだよ!」
「ゆっくりたべるよー!」

 いつだかの夕食時、何を思ったか珍しく手足を出して2匹が待っていた。
 どうするのかと見ていたらば、茶碗に向かってそっと突き出したまりさの手、そこにはご飯粒が一粒ついていた。
 マジックハンドでもなんでもないので、粘着力があるものでないと手に取れないとか言う謎仕様。

「むーしゃむーしゃ……しあわせ~♪」

 そしてまた伸ばした手には、一粒のご飯。
 細すぎて、二粒以上だと支えられずに落としてしまうと言うダメ具合だ。
 右手をぱくり、左手をぱくり、右手をぱくり、左手をぱくり……
 普段の犬食いと違い、周りに飛び散らせる事もはふはふがつがつといった獣じみた音もない。
 が、とんでもなく遅い。
 一粒一粒、しかも1回ごとに幸せ発言、ゆっくりとか言うレベルを通り越して、正直イライラするくらい遅い。

「むーしゃむーしゃ、おいしー!」
「まだごはんさんたくさんあるね!」
「これならゆっくりごはんがたべられるねまりさ!」
「そうだねれいむ! たくさんたべられるね! もーぐもーぐ……」
『し あ わ せ ぇ ~~~~~♪』
「……おい、そろそろ飯片付けるぞ」
「ゆゆっ!? れいむまだごはんぜんぜんたべてないよ!」
「まりさもまだおなかぺこぺこだよ! おじさんじゃましないでね!」
「ごはんもゆっくりできないおじさんはゆっくりまっててね!」
「そうだよ! たまにはゆっくりしていってね!」
「………………まあ、別にいいがよ。ゆっくりし過ぎないほうが良いと思うがね」
「ゆゆ、ほっといてね! まりさたちはゆっくりするよ!」
「おじさんはあっちでゆっくりしててね!」

 まあ、役に立ったと言いつつ、案の定最後はご飯が乾燥しきって半分も食べられず、

『ゆっくりしたけっかがこれだよ!』
「……おじさんおなかがすいたよぉぉぉぉ!!!」
「もうゆっくりたべないからごはんくださいいいいいい!!!」

 それ以来、食事の際に手を使う所は見た事が無かった。
 ハムスターの尻尾じゃ有るまいが、一体何のためについているのやら。



「さあ、仕切り直しです。セットポジションから第1球。これは外一杯、スライダー決まってストライク……」

 完全にテンションが上がりきったのか、れいむとまりさはわっしょいコールが終わった後も手をシャカシャカ上下させている。
 ……まあ、テレビがちょっと見難いくらいいいけど。

「4球目をファールして2-2、バッター追い込まれました。どうですか、ここまでの投球を見て」
「んー、決して出来は悪くないと思いますが……今はバッター当たってますからね」

 画面下部にシーズン成績とここ数試合の成績が表示される。
 夏男と言われる選手だけあって、確かにここ数試合調子は良いようだ。
 これならばこいつらが期待しているシーンも見られるかもしれないな。
 そう思い、再び男は対決に目を戻す。
 2匹は寄り添いつつも忙しなげに身を震わせ、勝負の結果をひたすらに待つ。
 捕手が一旦タイムを要求し、バッターもその後に一度ボックスを外して間合いを取る。
 長い、長い間が過ぎて、

「さあ5球目、サインに頷いてピッチャー……投げた! バッター打っていって、高い、これは大きい! 右中間の深い所、伸びていきます!」

 バットが一閃、低めの変化球を掬い上げるようにして打ち返した。
 長打は間違いないコース。
 だが、方向はスタンドまでもっとも遠い位置だ、果たしてフェンスを越えるか――

「ゆーっ!! ゆううううっ!!!」
「ゆー! ゆしょーい! ゆっしょーーーい!!!」

 2匹は届け、伸びろとばかりに、足の上下も加えて激しく体を揺する。
 どっかで見たことあるようなAAの動きだなぁと毎回思う。

「行くか、届くか、ライト、フェンスに付いて……跳んだ! どうだ? 入ったー! 入りました! ここで主砲の一発、同点に追いつきました!!」
『ゆっくりぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!』

 アナウンサーの「入ったー!」に、2匹の『ゆっくりー!』が見事な具合でハモった。
 寄り添っていた2匹は、そのまま感動に打ち震えるように抱き合って互いの身をむにゅっとくっつけ合わせる。
 互いにぐいぐいと体を押し付け合い、終いには接触面がぴったり直線になってもなお伸び上がって身を寄せ合い続ける。
 もっとも、エロい事をしているわけではない。
 つい隣のオッサンとハイタッチしたり、抱きついたり――そう言った、歓喜の表現であるすりすりの上級表現、むにむにだ。
 そうやって寄り添う2匹が見ていたのは、ホームランの特権として、急かされる事も無くダイヤモンドを回る選手。 
 が、このチームのファン――と言う訳でも無く、この選手のファンと言う訳でもない。

「ゆっくり! おじさんゆっくりしてるね!」
「ゆっくりはしってるねー!」

 頬を上気させ、目を輝かせた姿は憧れの選手を見る子供のそれにも似ているが、2匹が待っているのはそれではない。
 バッターがサードコーチとタッチを交わし、走者と次打者の待つホームへと戻ってきた。
 さあ、これからだ。

「それでは今のホームラン、もう一度見てみましょう。 えー、フォークの様ですが、そんなに甘くは……」
「無いですねぇ。でも、8回で3点差、この場面で一番ダメなのが一発ですから。
 2-2でランナーはまだ2塁ですし、ワンバウンドさせるつもりで投げても良かったかもしれませんね。万一逸らしても……」

 画面にはリプレイが映され、元プロの解説が持論を展開する。
 そして次の瞬間、

「ゆ、ゆ、ゆっぐりいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!」
「ゆっぐり! ゆっぐり! れ、れ、れいむ、しゅっっっっっっっっっっごくゆっくりしてるよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 れいむとまりさが壊れたような叫びを上げた。
 2回目のリプレイ。
 それはハイスピードカメラによって映し出された、スーパースロー再生。
 数百、数千、数万分の1秒の、肉眼では見えていても決して認識する事の出来ないゆっくり。
 ゆっくりにしてみれば超常的なそのゆっくり加減は、「のんびり出来る」という意味のゆっくりを越えて「極度のゆっくりに対する陶酔からなる興奮・高揚状態」
 そういった境地に至るらしい。
 要は、普通では味わえないゆっくりを認識すると言う事は、ゆっくりにとって非常に心地良い気分になれるのだ。
 れいむとまりさは、俺と一緒にテレビを見ているうちに、ある法則に気が付いたんだと思う。
 「わっしょい」コールが聞こえた後は、この「極上のゆっくり」が味わえる可能性が高いと言う事に。
 まあ、それはそうだろう。
 チャンスマーチなのだから、抑えれば投手が、打てば打者が。
 今のようにホームランで無くともタイムリーヒットなら映すだろうし、クロスプレーになればそこもやるだろう。
 さらにイニングが終了したCMの入りにも、一回くらいは映す可能性はある。

「ゆう、ゆふ、ゆっくり! ゆっくり! ゆっぐり! ぼーるさんすっごくゆっくりしてるぅぅぅぅぅぅぅ」
「おじさんもすごいゆっくりしてるよぉぉぉ! うらやましいよ、まりさもれいむとこんなゆっくりしたいよほぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 狂ったように四肢をばたつかせて転がり、ゆっくりを堪能する姿は正直かなり怖い。
 あの棒足なんか、立ってる時点から既に折れそうで気が気でないし。
 まあ、慣れようとしても未だに慣れられないんだが、マタタビに弱い猫も喋ったらこんな感じだと思う。
 昔近所に住んでた猫にマタタビの粉かけたら、ゴロゴロ言いながら泡吹いてのたうち回ってなぁ。
 恐ろしくなって動物病院に連れて行こうかどうしようか、本気で悩んだ事があるし。

「ゆふぅ、ふぅ、ゆひぃ……まりさぁ……しゅごいゆっくりだったねぇ……し、しあわしぇ~~~~」
「ぜひ、ゆひゃ……そう、だねぇ……ひさしぶりの、すんごい、ゆっくりだったね……すっきりー、したよぉー……」

 確かに多かった。
 地元球団の主砲の同点ホームランで、かつ三度目の投手交代もあった所為か、待ち時間を潰すように映しまくるのなんの。
 くすぐりまくられた直後のような、息も絶え絶えの弛緩した表情で2匹は転がっていた。
 だが、疲労の色もあるその顔には、究極のゆっくりを味わいつくしたかのような、達成感と充実感に満ち溢れた笑みが浮かんでいる。
 そうこうしているうちにリプレイも終わり、ようやく2匹も落ち着いてきた――と、思った矢先。

「あ」
「ゆ?」
「行ったぁーーーー! レフト振り返って、諦めた、一歩も動けないぃーーー!! レフト中段、火の出るような当たり!!
 連発で逆転、8回裏、一発攻勢で一挙に逆転ーーーーーーーーー!!!!!!」」
「ゆっ!? ゆう゛う゛う゛う゛う゛っ!? ゆっぐりぃーーーーーーーー!!!」
「ゆ゛っ! ま、まだいいよ! ちょっとゆっくりさせてね……ゆ、ゆ、ゆ、ゆっくりいいいいいいい!!!」

 どうもハイスピードカメラのゆっくりはちょっとゆっくり過ぎて、マタタビどころか麻薬レベルの影響があるそうな。
 だったら見なければ良いだろうにとも思うのだが、ゆっくりの本能なのか、ゆっくりしてるものにはどうしても惹かれてしまうらしい。

「おっと、さすがにこれだけスロー連発されちゃ不味いか」

 流石に辛かろうとチャンネルを切り替えると、そこにはヒーローインタビューの光景。

「ゆ、ゆぅ……ゆ、このおじさん、ゆっくりしてないよ……」
「お、おじさん、もっとゆっくりはなしてね……ゆっくりできないよぉ……」

 お立ち台の上で無数のフラッシュに囲まれてインタビューに応じていたのは外国人打者。
 こいつらの感覚だと外国語は大体が「ゆっくりできないことば」になる。
 ま、日本語からしたら大体の言語は確かにゆっくりして無いと思うがね。
 逆に海外産のゆっくりが日本に来たらどうなるんだろうか。
 興味は有るが、海外在住の知人がいないのでそれはまた別の機会にしよう。
 ゆっくりしてない会話でさっきの超絶ゆっくりを中和させつつ、今日の試合の結果を携帯で調べてみる。
 最近は縦縞の背番号7が1軍に居ないので、あの内野ゴロでの疾走を見られないのはこいつらにとって損失だろう。
 詳しくは言わないが、それを気に入るというのはある意味スポーツマンとかスポーツマンシップに対する侮辱とか冒涜とかいう気がしないでもないが。
 残念ながら小宮山とTDNは今日は登板していないようだ。
 スロー再生しなくても充分スローなこの二人は、れいむとまりさが判別できる数少ないお気に入り選手。
 きっと星野伸之や今中慎二が現役だったら、間違いなく大ファンになってただろうな。

「さて、それでは今のサヨナラホームランの場面をもう一度……」
「あっ」
「ゆゆ?」

 リモコンに伸ばした手はちょっと届かなかった。

『ヘ ブ ン 状 態 ! ! !』
「……もうどうでもいいけど涎たらすんじゃねぇよ」










                                 終わり

                                 作・話の長い人




 れいむとまりさもそうだけど、ZUN帽に棒手足が生えたイラストの奴超可愛い


  • 気持ち悪いけど可愛いな この絶妙のバランスを醸し出すとは流石です -- 名無しさん (2009-02-01 11:18:44)
  • すりすりの上を行くむにむに・・・されてみたい!
    それと確かにスーパースロー再生はゆっくりできそうですね。 -- 名無しさん (2009-11-04 19:22:51)
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最終更新:2009年11月04日 19:22