胸ポケット

ある夏の昼頃、僕は本屋に行くために外に出かける準備をしていた。そこに跳んでくる一匹の饅頭
「おにいちゃんどこにいきゅの?いっちょにゆっきゅりちようよ!」
僕が飼っているゆっくりだ。ゆっくりれいむの赤ちゃんだった。大きさは野球ボールより少し小さい程度、
触ってみると簡単につぶれそうになってしまうくらい柔らかい。
僕が以前飼っていたゆっくりれいむの子供だった。この子を産んだおかあさんれいむは数日前に夏の暑さのために体調を崩し、
子供を生んですぐに死んでしまった。子供達は友達にもらわれて散り散りになったが、この一匹だけは僕が引き取ることになった。
それ以来親代わりになっている。
「ちょっとでかけるね。いっしょにいこうか?」
僕は尋ねる。この子はまだ赤ちゃんだ。一匹だけ家の中においていくわけには行かない。
「うん!おでかけたのちそう!」
ゆっくりは僕のところに跳んでくる。僕はゆっくりをつかむと、シャツの胸ポケットに入れた。
「ここでゆっくりちてるね!いっちょにおでかけ!」
ゆっくりはここがお気に入りだ。そのため僕の服はここのところ胸ポケットの空いたものしか着ていない。




「あ、おばちゃんこんにちわ!ゆっくりちていってね!」
ポケットから顔を出して近所のおばさんに挨拶をするゆっくり。本当に暢気だな。
それから本屋に行って目当ての本を買う。
胸元ではゆっくりが絵本に興味を示していた。赤ん坊は本当に好奇心旺盛だ。
ゆっくりはポケットの中を回転して、こっちを向いておねだりしてくる。
「えほんよんで~♪あそんで!あそんで!」
「今はだめだよ。お家に帰ってからな。」
ゆっくりはぷくーっと不機嫌そうに膨らんだ。わがままはだめだよと軽くでこピンをする。
結構痛かったのか、ゆっくりはぺこりとしぼんで空気だけではなく、目から大粒の涙を流した。このままでは脱水にでもなってしまいそうだった。
しょうがない、甘やかすのはよくないけど、一冊くらいなら絵本ぐらいいいか。最近の絵本はアニメ絵のやつが多いから読んでて楽しいし。
店員さんにはゆっくりが読むことを暗に見せ付けておこう。こうすれば誰も僕が読むとは思わない。




「ちょっと涼みに行こうか?何か食べたいものある?」
「おにいちゃんあいすかって!あいちゅかって!」
本屋からの帰り道、コンビニによることになった。
今日は暑いので、アイスはとてもおいしいだろう。パピコを買って、ゆっくりと僕とで半分に分ける。
片方をゆっくりに食べさせる。パピコの形から、赤ちゃんに哺乳びんでミルクをあげている気分だった。
「ちべたくておいち~ね♪」
「うん、本当だね。」
分けて食べるパピコはおいしかった。



帰り道、僕はゆっくりをこれからどうやって育てていこうかぼんやりと考えた。
以前僕が飼っていたゆっくりれいむは子供の頃から一緒にいた。ぼくが一人暮らしを始めるときも一緒についてきてくれた。
あの子がいてくれたからずっと寂しくなかった。そんなあの子が子供を生むと知ったときはうれしかった。
家族が増えるのが本当にうれしかった。けど、実際はあの子は死んで、世話をしきれないから、
うまれた赤ちゃんゆっくりたちは、僕のゆっくりれいむの相手のゆっくりまりさを飼っていた友達や、他の友達にもらわれた。
僕に残ったのはこの子だけだった。本来のお母さんではない僕に、この子を立派な大人に育てられるだろうか。
甘やかしすぎてはいないだろうか、厳しすぎではないだろうか。
本当にぼくなんかでよかったのか・・・・。



「どうちたの!?どこかいたいの!?」
ゆっくりが心配して声をかけてくる。胸ポケットに入ったゆっくりと僕の顔はとても近い。
悩み事をしていることぐらいすぐにわかるであろう。
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。」
いけないいけない。赤ん坊まで心配させるなんて親失格だな。今度から気をつけよう。
安心させるためにゆっくりを手のひらでなでる。きゃっきゃっと、くすぶったそうな声を上げた。
そして段々ゆっくりが刺激になれて落ち着いてきた頃、人差し指であやす様に軽くなでる。
ゆっくりがポケットの中で目をとろんとさせた。もうすぐおねむの時間だ。
「ゆぅぅ・・・・。ゆっくりさちぇてね・・・・」
「いいよ。ゆっくりおやすみ・・・・・・」そういうとゆっくりは寝てしまった。よっぽど安心できるのか、すやすやと眠っている。
カンガルーにでもなった気分だった。カンガルーっていいな。赤ちゃんとこうやって一緒にいられるなんて。



ゆっくりが小さい声で寝言を言ってくる。この距離だ。どんなことを言っているかわかった。
「おにいちゃん・・・ゆっくりさちぇてくれてありがとね・・・・・。れいむがおおきくなったらたべていいよ・・・・・・・」
残念だけど、そのお願いは聞けそうにない。僕は餡子があまり好きではない。むしろ嫌いな部類に入る。
そんな僕がお前達を食べておいしいといえる自信がない。それに、目の前でゆっくりが傷つくところや死ぬところはもう見たくなかった。
僕にできることは、この子を大人になるまで育てて、誰かと子供をつくってもらって、
家族を作って幸せになってもらうことだけ。この子のお母さんができなかったことを二度と繰り返して欲しくないだけ。
だからお願いだから、僕のために自分を粗末にして欲しくはなかった。

  • 可愛いけど少し切ない。胸ポケットにゆっくりが収まってる様は非常に微笑ましいな -- 名無しさん (2009-06-15 16:43:04)
  • こりゃ最高だな -- 名無しさん (2010-03-21 02:50:18)
  • ゆっくちできたよ!
    -- 名無しさん (2010-11-27 16:33:50)
  • ゆっくりの未来に幸あれ! -- 名無しさん (2011-02-15 16:42:50)
  • 鼻の奥が鉄くさいのだが。 -- 名無しさん (2012-12-12 17:07:42)
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最終更新:2012年12月12日 17:07