緩慢捜査網 前編

 神秘と妖怪がはびこる幻想郷。
 そんな幻想郷にはまるで似つかわしくない長方形の古ぼけた建物が人里近くにあった。
表札代わりなのか古くなった看板がその建物の入り口に掲げられている。
     「幻想郷警察」
看板にはそう書かれてあった。


 陰鬱な部屋の中に二人、机を挟んで睨み合っている。この二人は仲が悪いわけではないが如何せん
二人とも目つきが悪いのでその様な状態になってしまうだけであった。
部屋の中には紫煙とアルコールの臭いが不穏に漂っている。二人は互いにその臭いを嫌悪していた。
「ああもうくせぇ……喉がおかしくなりそうだ」
 男は座ったまますぐ近くにあるコーヒーポットへと手を伸ばすがあと数㎝届かない。
 男は舌打ちして仕方ないと言わんばかりに立ち上がる。そしてコーヒーポットが置いてある台の
所へ行こうとしたが、足を動かすのも難しいほど床はやたらゴミゴミとしていた。
「たくっあのアマ……」
筆記用具、ペン立て、書類など辺りに散在している。それどころかこの場に似つかわしくないような
装飾品や粗大ゴミまでもが床に平気で置かれている。
最早ここは人間が住む場所ではない。男はそう思い物を蹴散らしながらコーヒーポットに向かった。
「あ、私にもお願いするよ」
「さっきまで酒を飲んでた奴が言うな」
 向かい合っていた一人、ゆっくりすいかの提案を無下に断り男は椅子に戻る、しかし椅子の前まで
来たところで男は何かに躓いてコーヒーを辺りにぶちまけた。
「私の願いを断るからだ」
「関係ねぇだろ」
撒き散らかされたコーヒーのことなど目もくれずに男は自分をつまずかせた物の方に目を動かす。
そして男は不思議そうな顔をしてその物体を持ち上げた。
「おい、こりゃあ一体何なんだ?」
「見る限りしゃれこうべだな」
 男の手には普通の職場にはあるはずもない白色の頭蓋骨が掲げられている。
存在してはならない物が存在しているわけだが何処かこの二人の表情は淡々としていた。
「またあのアマが拾ってきたのか」
「そうアマアマ言うな、あんなでも一応私達の上司だろう」
 男はゆっくりすいかのこの紳士的な口調がどうも気にくわない。ゆっくりという物はもっと
無邪気にしてるような物だと思ったし、この殺伐とした雰囲気を纏ったこの部屋には
到底似合わなかったからだ。
どれも偏見だ。男はそう分かってはいながらも感情や根付いた思考はどうしようもないと思っていた。
「で、これは一体何なんだよ。よもやこの警察のど真ん中で死体発見なんて冗談じゃねえ」
 男は髑髏を片手に持ち全体を見るためにくるくると回した。
「どうやら武御名何とかという神様の骨らしい」
「なんでそんな神様の骨がこんな所に、証拠品か?」
 どうやら湖で拾ったらしいと言うゆっくりすいかの言葉を聞き男は無性に腹が立った。
どうしてこうも無駄な物ばっかりこんなにあるのだろうか。それもこれもこの二人の上司である
女性がやたら滅多に拾ってくる蒐集癖があるからだ。
捨てても捨ててもその倍以上に彼女は変な物を拾ってくる。男達はそのいたちごっこにほとほと
呆れ、ある程度女の蒐集癖を容認することになった。
それでも不満は募るばかりである。
 男はその髑髏を冷蔵庫の上に目立つように置き、再びコーヒーポットの元へ向かった。
「で、あのアマはどこへ行ったんだ」
「いつものように捜査だろう」
 この部屋には五つ机があり現在そのうちの三席が空いている。男には二人ほど部下がいるが
今この場にいないという事はこの男の上司にでも着いていったのだろう。
 この建物の中には男とゆっくりすいかしかいない。
「いい加減職務中に酒飲むのはやめろ、俺はこの臭いが嫌になった」
「それを言うならそっちの煙草も止めて貰おうか」
 男とすいかは互いに睨み合う。先ほどまでの只の見つめ合いとは違い今度は視線に悪意と恨みが
籠もっている。その時二人の硬直を解くかのように電話が鳴り響いた。
 男の方が電話のある場所に近いためか男は仕方なく電話の元へと向かう。足元の物は避けるのが面倒なので
全部踏みつけていった。
「はい、こちら幻想郷警察……なに?怪盗ゆっくり?」


 幻想郷警察24時!緩慢捜査網 前編

 男は薄く曇った空を見上げながらコートから煙草を取り出し口にくわえる。
そしてマッチで火をつけようとしたが擦れども擦れども火花を散らせるだけで発火はしなかった。
「ちっ湿気てやがる」
 毒を吐きマッチ共々煙草を捨てようとしたが隣ですいかがこちらを睨んでいる。
男はこれを恥と考えたのかマッチと咥えていた煙草をコートの中に仕舞った。
「警察官たる物ポイ捨てなど良くない」
「ふん」
 男とゆっくりすいかは同期の仲である。ただそれだけの関係でいつも啀み合っているが不思議と
互いの忠告は良く聞くものである。
腐れ縁かな、そう思い男は隣のゆっくりすいかを見る。しかしまぁ顔は潰れているわ
身体をオナ○ールに入れてるわでこいつは本当にゆっくりなのかと疑いたくなる。
「軽々しくオナ○ールとか言わないで欲しい、TE○GAだ」
「変わらねぇよ」
そう淡々と会話をしながら二人は目の前にある和洋が織り混ざったような建物を眺める。
警察署と違い小綺麗でしっかりと配色センスがありしかも立地条件が良い。
悲しくなるほど二人はこの建物が羨ましくなった。
「ここが被害があった店なのか」
「ああそうだ」
とは言っても男もこの店がどんな店であるかはよく知らない。ただ電話を受け取り事件のことを
聞き流してここまで駆けつけただけである。
「しかし怪盗ゆっくりとは……」
「大方ゆっくりまりさだろうに」
男はゆっくりまりさの元となった人物のことをよく知っている。努力家だが如何せん蒐集と
窃盗が癖であるため常に警察はマークしている。窃盗しないだけ男の上司の方がまだマシだと男は思う。
「いや、そうとは限らない。先入観で物を考えるのは警察として失格だぞ」
へいへいそうかいと言って男は一歩踏み出して店の中へ入っていく。それに続くようにゆっくりすいかも
TEN○Aに入ったままぴょんぴょんと跳ねていった。

店内は客が不快に感じないほどなかなか掃除が行き届いていて床もすっきりしている。
床はこうあるべきだと男は思いつつ周りを見回してみる。それでも第一に感じる感想は
「綺麗だな」と、これしか思いつかなかった。
二人はそれしか感想が出ないわけがすぐに分かった。あまりにも物がないのだ。
一番大事であろう商品を陳列する棚が無く、有るのはカウンターとたった一個のショーケースだけだった。
「ちーんぽ!」
カウンターにいるゆっくりみょんがいきなり卑猥な言葉を叫びだした。接客態度最低だ。
「しかし何の店なんだぁ?こんなチンケな店に泥棒が入るかっての」
男は唯一商品を陳列しているショーウィンドウの中をのぞき込む。中には博麗霊夢と霧雨魔理沙を
模した人形が飾ってあるだけである。人形屋かそれとも衣服屋かのどちらかであると男は推測した。
「よくきてくれたね!ゆっくりしていってね!!!」
 と店の奥からデフォルトの二人、ゆっくりれいむとゆっくりまりさが現れた。
すいかは未だTENG○に入りながら二人に近づいた。
「君たちが被害者だな、一体何が盗まれたんだ?」
「わたしたちのだいじなしょうひんだよ!」
「だからその商品ってのは何なんだよ」
「みればわかるよ!」
 そうは言っているものの男は推測は出来るのだが断定するにはあまりにも情報が足りなかった。
結論を早急に得ようと思い男はもう一度ショーケースの中を見た。
「……おい、なんだこれは」
「?何って……」
「いや、物自体は分かったさ…だがな」
どうしてゆっくりが売られているんだと男は真摯な声調で言った。
「不思議なことでもないだろう。この世には不思議なことなどないのだよ」
「てめぇ……こんな事許されて良いのか?」
男は低く曇った声を放ちながら一歩踏み出す。そしてショーウィンドウに手を掛けて中のゆっくりを見つめた。
「こいつらはお前らと同じゆっくりだろうが。それがこうして金品で取引されることに何の疑問も持たねぇのか?」
「……君はゆっくりについて何も知らないな」
「……どういう事だ」
 すいかは男と同じ様にショーウィンドウに手を掛けその奇異な目で男の方を向いた。
「体つきのゆっくりれいむとゆっくりまりさは通称「かわいいれいむ」「かっこいいまりさ」と
 言われている。このゆっくりは他とは違った特性を持っているんだ」
「なんだってんだ」
「この二人は買われたり売られたりすることで自分の存在を維持しているような物なのだ」
 男は声が出せなかった。驚愕とか言う感情ではなく唯意味の分からない理屈をぶち込まれた衝撃が
あまりにも巨大だったためである。
数秒間男は虚ろな目で呆けたがすぐに理性を取り戻してすいかに詰め寄った。
「おいおいおい、そんなのって」
「人間の常識でゆっくりを測ろうとするな、バカになるぞ」
 確かにゆっくりのことなど男は些細なことしか知らない。その些細な情報でさえ確証があるとも
言い難い物である。それを否定することが出来ず男は苛立ちを募らせていった。
理解しようとすればするほど情報が掻き混ざり思考が停止して言ってしまう。
「まぁ気持ちは分かる。だがそう言う社会だって有るのだよ」
「同じ社会で暮らしてるだろうが」
 男はまたショーウィンドウの中をまじまじと見つめる。この中に入っているゆっくりは売られることで
存在を維持できるのかと男は奇妙な感じに包まれた。
 でもなんか変だ。男はゆっくりを見てそう思った。
「と、店主殿。つまりはこのかわいいれいむとかっこいいまりさが何者かによって盗まれると言うことだな」
「そうだよ!わたしたちのかわいいれいむと!」
「かっこいいまりさが!」
「「ぬすまれちゃうんだよぉぉ!!!」」
 そう涙ぐみながら互いに肌を寄せ合っている店主達。その後ろにバカみたいにちんぽちんぽ
言っているみょんがいたため緊張感や悲壮感は一層に薄まっていった。
「とりあえず事件のあらましを、店長殿」
 ゆっくりにはゆっくりと言うべきだろうか、すいかは呆然と立ち尽くしている男を尻目に
着々と事情を確認している。店長達は重々しくその口を開いた。
「そうだね…あれはいっかげつまえのことだったよ…」

 その事件は草木も眠る丑三つ時頃に起こったそうだ。この幻想郷では夜は妖怪が闊歩する時間
であり、村人も外に出ている者などおらず店主達もゆっくりと眠っていたようであった。
そんな深夜に事件は起こった。
 朝起きて店主達が店に来るとショーウィンドウが割れていて中にあったかわいいれいむと
かっこいいまりさが忽然と消え去っていたそうだ。
店には窓はなく扉もこじ開けられた形跡が有ったため店主達は正面玄関から入って盗んだものと
断定した。しかし犯人の足取りを掴むことは出来なかったようだ。
店主達も防犯として様々な河童印の機械を買ってその日のうちに店中に取り付けた。
そして安心してゆっくり眠ったが朝起きてみるとまた盗まれていたそうだ。
それならショーウィンドウに飾らなければいいのではないかという話もあるが
飾らないと客は不審がり店の売り上げも落ちてしまうそうだ。
 今度は村人に呼びかけ夜通し警備に当たった。妖怪を恐れ村人の殆どは参加しなかったが
勇猛な者や命知らず、もしくはただのバカが店の前で不審者がいないか確認してくれた。
 しかし犯人は村人がいなくなる時期を待ち、その隙に盗んでいってしまったらしい。
幸い村人の一人が犯人の姿を目撃していたそうだ。
ロングスカートで、人相は丸っこい。しかしその様な風貌の者は村人にはおらず
手がかりは掴めずじまいに終わってしまった。
「それで、やっと俺たちに通報した訳か」
遅すぎだと男はぼやきポケットから煙草を出しまた口に咥えた。
「つまりこれまで三回盗難に遭っている。泥棒は夜にしか出ないというわけだな」
「のみこみがはやくてうれしいよ!」
まぁ昼間から盗む度胸のある奴はとある一人を除いていないだろう。
「それでは捜査を始めるぞ、まずは聞き込みからだ」
「言われなくたってする」
そう言って男はすいかの後を追うように店を出て行く、歩きながら燧火を擦っていたが
矢張り湿気ていたのか付く気配がないので男は再び燧火をポケットに仕舞った。

「え?あのゆっくり屋の……ああそう言えばそんな事有ったわねぇ」
「知ってるぞ、あの怪盗ゆっくりとかいう……」
「警察?そんなのあったっけ」
村人から得られる情報は店で得た以上のものではなかった。それどころか警察の知名度が著しく
低いことを改めて思い知らされ余計に心が傷ついた。
とりあえず分かったことは犯人はゆっくりを盗んでいくから怪盗ゆっくりと呼ばれていること。
身長は約163センチ、帽子を被っており歩きは遅いがいつの間にか逃げられてしまうとのことだ。
そんな奴に逃げられるとは、矢張り人は未だ闇を恐れているのだろうか。
「……ほとんど日が沈んでいるな」
村全体を聞き込みしている間に時間は過ぎていき魑魅魍魎の時間刻一刻と迫ってくる。
二人は聞き込みを終わらせ店へと足を向けた。

「おつかれさまでしたちーんぽ!」
店員のみょんが荷物を持って店の中から出てきて二人の姿を見かけると礼儀正しくお辞儀をした。
「おおもう閉店時間か」
「けいさつのみなさんおねがいしますちーんぽ」
「……ああ、それにしてもその卑猥な言葉どうにか出来ないのか?」
「ひわいといわれてもわかりませんちーんぽ」
「だから深く気にするな、⑨になるぞ」
 やりきれない思いが男の胸の中で渦巻いている間にみょんはとっとと何処かへ行ってしまった。
 そうして二人は店の前にただ漠然としながら立ち尽くしていた。

 何の変化もなく、煙草を吸おうとしても相変わらず吸えず、そうしているうちに日はとっくに
沈んでしまった。街灯も行灯も灯籠もないこの村で夜は深淵の闇を意味していた。
「おい、そこにいるよな」
「ああ」
 お互いすぐ隣にいるのだがこの闇の中ではどうも輪郭や存在をつかみ取ることが出来ない。
男は無性に心細くなる。それをまぎわらそうとして燧火を擦るが火花が自分の顔を照らしただけであった。
「まぁなんだ、座って酒でも飲もうじゃないか」
「てめぇなぁ」
 酒を受け取りはしなかったが男はすいかと隣り合って座った。
男の肌には○ENGAの感触しかなかったが不思議と心の安定感があった。
「ふぅ、おまえいつまでそれに入っているんだよ」
「生まれたときから死ぬまで、だな」
「本当に訳わかんねぇな、お前らゆっくりは。そう言えば店主達ももう帰ったのか?」
「ん?店員も帰ったし既に帰ったのではないのか?」
 しかしこの店の入り口に戻ってきてから一回も二人は彼女らを見ていない。
「けれど普通店員を残して先に帰るとは思えないな」
「じゃあまだ残っているのか………?」
 不吉な予感が男の頭の中によぎり男は不意に立ち上がって店の扉に手を掛けた。
あまりにも呆気なく扉は開き完全に光のない世界が男の目の前に姿を現した。
「鍵が壊れてるじゃねーか!」
「まぁ店長達の経済状況も考えた方が良い」
 仕方ないと思いつつも警察の血がたぎってしょうがない男はそのまま店の中へと入っていった。
闇の中長時間屯していたのかすっかり目が闇に慣れて周りの情景も掴めることが出来る。
とは言ってもあまり形があるようなものはこの店の中になかった。
「一応確認しておくか」
 男は記憶の中の情景と今見える情景を照らし合わせてショーウィンドウの元へと近寄って
中にいるゆっくり達の様子を見た。
「よし、まだいるな」
 昼間のあの清々しい笑顔は既に無くなっている、しかし安らぎに満ちたような笑顔を浮かべながら
中のゆっくり達はゆっくりとすやすや眠っていた。
「喋らなければこいつらゆっくりも可愛いもんだけどなぁ」
 男はゆっくりの寝顔を確認してカウンターの奥へと入っていく。店の奥はそう広くなく
人がギリギリ通れるぐらいの廊下に三つのドアがあるだけであった。
「おい、店主達いるか?」
 返事は無い。男は真横の二つのドアを開け中の部屋を見渡したが人やゆっくりの気配もない。
そして一番奥の扉についている窓から微かな光が漏れていた。
「………裏口かよ」
 男は一番奥の扉のドアノブに手を掛けるが男の力を持ってしてもスムーズに回らなかった。
 鍵は掛かっているのか、男は微かながらも安心した。
無視できるレベルだと男は判断しそのまま店の前まで戻っていった。
「店主達はもう帰ったようだ」
「そうか……冷える夜こそ酒がよく似合う」
 頬を桃色に染めながらすいかは左手に瓢箪、右手に杯を持って酒を飲んでいた。
そして白い息が上がるごとに二人の間は酒臭さで充満していった。
「あってめぇ勤務中に……」
「酒は良いぞ、怨恨も全て洗い流してくれる」
 男は溜息をついて扉にもたれ掛かり煙草を再び取り出した。
出来るだけ湿気てなさそうな燧火棒を選び、男は燧火に火をつけた。
「俺は酒が苦手だよ」
そう言って男は煙草に火をつけると今度は煙草の煙が闇を白く彩っていき
二人の間に異世界ー死後や黄泉のような情景を映し出した。
「私は煙草が苦手だ」
「そうかいそうかい」
 そうして他愛のない会話をしていた二人だが不思議な物音が二人の耳に届いてきた。
二人は慌てたように立ち上がり辺りを見回してみたが人の気配は一切なかった。
「なんだったんだ?」
「妖怪でもいたのだろうな」
 安堵の息をついて二人は再び扉の前に座った。
しかしその瞬間急に扉が倒れ二人は扉の下敷きになってしまった。
「ぎゃあああああああ!!!煙草の火があああ!!」
「なんだ!?一体!!」
 急に倒れ煙草の火が足に直撃してしまった男の目に一つの影が映る。
それを目にした瞬間男は火傷の痛みを忘れ、覆い被さっていた扉を一気にはね飛ばした。
「おい!あれは!」
 ロングスカートが異様に揺れ嫌でも目に付く。それは村人達が言っていた犯人の容貌と
ぴったり重なっている。そしてその犯人の両手にはあのゆっくり達が抱えられていた。
「おい!犯人だ!奴ら今まで店の中に隠れていたんだ!!」
「わかったがこれではTENG○から手が……」
「ええい!!」
 男はすぐさますいかの上に乗っていた扉をはぎ取りすいかを抱えて犯人を追っていった。
例え姿が朧気でも影と風さえあれば追跡するのは可能である。その上すいかを抱えたままでも
男の足は犯人より速かった。
 男と犯人との距離は次第に縮まっていく。
「どんだけ曲がっても逃げ切れると思うなよ!!」
 犯人は男を振り切ろうとやたら角を曲がっていく。しかし男は既に闇に慣れている為か
見失うことなく犯人の姿を追っていった。
 そしていつの間にか闇に対する恐れなど無くなってしまっていた。
「私も走る」
「そうかい!」
 そう言って男はすいかが入っているTENGAを前の方に投げ飛ばす。TENGAは勢いよく転がり
流れるように立ち上がった。そしてすいかは跳ねながら男の横に付きながら走り始める。
「器用だなお前!それに何でそんな速く跳ねられるんだ!」
「ゆっくりは跳ねるものだ!」
 そうして二人は犯人の影を追って路地裏へと入っていく。
一人しか入れないような狭さであったが男とすいかは互いに口に出さずとも伝わるのか
押すこと詰まることなく路地裏を駆けていく。
だが路地裏を出た時、二人は何故か互いに背中を向けて走り出した。
「!おい!こっちだぞ!」
「いや!こっちにも人影が!!」
 複数犯の可能性もある、そう男は考え別方角へと進むすいかを無視し目の前を走る犯人を追っていく。
男はもうこの先曲がるような所はないと判断し一気に加速をつけていく。
 手を伸ばせば届くような距離にまで近づき、捕まえる直前となり男は笑みを浮かべた。
だがその油断が命取りとなった。男の目の前に巨大な影が迫ったのだ。
「あぐお!!」
 男はその影をもろに顔面に喰らい倒れはしなかったものの一瞬視界が奪われ仰け反ってしまった。
そして視界を取り戻し前を見るも影は既に遠くに行ってしまっている。
男は慌てて追っていったが曲がり角に辿り着く頃には既に影は無く、ただ静寂だけが残った。

「………ざまぁねぇな……こりゃ」
 男は踵を返し空を見上げる。空は雲で覆われ星は見えず、ただ微妙な気温が男の肌を包んでいった。
あれだけ意気込んでいたのにこの様、空回りした気力が男を余計に惨めにしていく。
その上余計に男を惨めにするかのように男の平たい顔に一撃を与えた影が転がっていた。
 男は惨めさが心に満ちあふれていたが何の気無しにその物体を持ち上げた。
「……この、このぉぉぉ!!!」
 惨めさが怒りへと変わり、男は天の雲に向かって叫び持っていた物体を勢いよく叩きつけた。
犯人を捕まえられなかった悔しさは無いと言えば嘘になる。けど男は市民達の財産を守れない
自分に憤りを感じていた。警察官という自分が情けなく思えた。
 男は気晴らしに煙草を吸おうとしたが男の意思を拒絶するかのようにマッチの火は灯らない。
挙げ句激昂して男はマッチ箱を地面に叩きつけ踏みつけた。
「荒れているな」
そんな男の元にゆっくりを抱えたすいかが戻ってきた。
「……取り返したか」
「ああ、だが犯人には逃げられた。私も情けないな」
「けっ」
 慰めの気持ちは分かるが今の男にはどんな気持ちすらも潜り込めない。
男は黙って取り返してきたかわいいれいむとかっこいいまりさの顔を見る。
今の男にとって安心はここからしか得る事が出来ないのだ
「…………はて」
男はどこからか疑問がわいてくる。走っているときは一生懸命だったが自分は手が届く距離まで
犯人に近づいた。それなら姿もある程度特定できたはずだ。
しかしそれがどうも男の頭の中で引っかかっている。
「全く、結局ポイ捨てか」
 すいかはそんな男を尻目に足元にある無残なマッチ箱を拾い上げた。
「……所で、これは何だ?」
 足元にあるもう一つの物体も持ち上げすいかは男に尋ねた。
男はすいかの尋ねに気がつき二人でその物体をまじまじと見つめる。
「これは犯人が俺の顔にぶつけたモンだよ……」
「君の四角い顔にか……これは何かの球体のようだな……」
 男はその物体に顔を近づけ何であるか確かめようとする。
赤と白であることがこの闇の中分かったが全体像は良く掴めない。
 しかしその刹那男の記憶の電光が走った。
「脇だ」
「脇?」
突然発された言葉にすいかは疑問の顔を浮かべた。
「おい!すいか!!今すぐ行くぞ!!」
「ちょっと待て、怒濤過ぎて訳が分からない。それにこの子達を返さねばならないぞ」
「ああ、分かっている。だが俺は犯人の姿を見た」
「それは本当か、どこへ行くと言うんだ?」
男は遠くの山の方を向いた。

「博麗神社だ」






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最終更新:2009年03月25日 10:08