人間とゆっくりの境界2

 あらすじ。

 ゆっくり拾った。 頭と腕が痛い。 終わり。




 明けて翌朝。
 腕が痛い以外は爽快な目覚めだ。
 その前がほぼ徹夜だったとは言え、夕方まで寝ておいて夜は寝られるだろうかと思ったが、色々な問題が片付いて安心したのか家に戻ってきてゆっくりの様子を確認した後の記憶がほとんど無い。
 俺が思う以上に、疲れや心理的な負荷があったのだろうか。
 肝心の左腕は青くあざが浮かんで腫れており、曲げるとかなりの痛みが走る。
 ……本気か休みの建前か判らんが、どっちにしてもやりすぎだあのジジィは。
 しかし、これほど目に見える怪我の跡があれば大手を振って休めるのは間違いないだろう。
 仲間連中に何を言われているかと思うとあまりいい気分ではないが。
 さて。
 それじゃ、この原因を作ってくれた連中に会いに行くか。
「ゆっ、おじさんゆっくりしていってね!! でもごはんははやくちょうだいね!!!」
 朝っぱらから元気だな、こいつ。
 餡子圧とかあったらきっと高い奴なんだろう。
「おう、おはようさん」
 それはさておき、今の発言には聞き捨てならん所があるな。
 挨拶代わりだ。
 叩いたりすると頭上の蔦が気になるので、こめかみをぐりぐり。
「ゆっ゛!? いたいよおじさん!! どうしていきなりれいむにそんなことするの? ちゃんとあやまってよね!!」
 なるほど、昨日の今日でもう忘れやがったか。
 ……まぁ状況が状況だったから仕方ねぇのか?
 いや、それ以前の問題だな、この態度の図々しさは。
「おい、ゆっくり。お前、ここが誰の家だかわかってんのか?」
「ここはれいむのゆっくりポイントだよ! そんなことよりおじさんさっさとれいむにあやまってよね!!」 
 ああそうだな、その座布団の上においてやったのは俺だな。
 この部屋だけなら使わせてもいいとも言った。
 確かに言ったが……
 朝から疲れるなぁ。
 眉間辺りへ膝での押さえ込みも追加してまたこめかみをぐりぐり。
「もう一度聞くぞ? お前がゆっくりしている場所は何処で、ここは誰の家だ?」
 今度は質問の間も止める事無く3点を責め続ける。
「ゆぎぎぎ!! ごっ、こごはれいむの」
「よし。次はもう少しきついのいくぞ」
「ごめんなざい!! こごはおじさんのおうちでれいむはゆっぐりさせてもらっています!!! だからごはんくださいおねがいします!!!」
 手段はさておきとりあえずの謝罪は得られたと判断し、拘束を解いてやる。
 謝罪のケツに食事の事が混じっているのはどうかと思うが、基本的にはそういう生き物らしいからな、と納得しておく事にする。
 礼儀の話はそれくらいにして、またまりさの傷の手当てだ。
 傷を埋めてる小麦粉が取れたら怖いので布を包帯代わりに巻いているが、止めた方がいいのか。
 巻くなら巻くで、乾かないよう適度に湿らせておいた方がいいのか、やっぱり饅頭相手に水気が無いに越した事は無いのか……ぜんぜん判らんな。
 犬猫ならまだしも、何で俺こんなの拾っちまったんだろう?
 だが、思った所で過去は変わらず、目の前のゆっくりが居なくなる事も無いのでさっさと取り掛かる。
 まだ意識は戻らないようだが、治療中にうめく回数が昨日よりは多い事に気がついた。
 若干は回復しているのだろうか。

 片手がうまく使えない割には、昨日と同じくらいで処置終了。
 こんな作業になれちまっても全然うれしくもねぇな。
 いや、ありがたいことが一つあった。
 さっさと飯だ、腹が減った。

 痛みで不自由な腕と格闘しながら、手早く飯を炊いて朝食を作る。
「おじさん、たまにはもっとおいしいものたべさせてね!!」
 そのうち何割かはお前らの所為なんだが。
 まぁ物言いに腹は立つが俺も同感、だが地味な食事ともこれでおさらばだ。
 そもそも今日は、食材の事を抜いても町に出るつもりだ。
 酒やら頼んである家財やら、他にもまぁ色々ある。
 あぁそうだ、ついでに饅頭でも買ってきてやるか。
 餡子で治療が出来るとか抜かしてやがったし。
 しっかしあれだけの大きさの中全部餡子かよ。
 想像するだけで胸焼けしそうだぜ。
 歩き詰めには堪えるので腕を三角巾で釣り、昼くらいには戻ってくる、と言い置いて家を出る。
 まるで学習能力が無いのか昨日と同じ様に「おいていかないで」と騒いだが、「食糧も買ってくる」で大人しくなった。 
 あまつさえ、「はやくかえってきてね! れいむごはんゆっくりまってるよ!!」と来たもんだ。
 一見可愛いように見えて良く考えると図々しいことこの上ない。
 さて、帰ってきたらどうしてくれようか。

 外に出た男を襲ったのは、遮る物の何も無い青空と真夏の太陽。
 その陽気を通り越して熱気と呼ぶべき空気の中を男は町へ向かって歩いていく。
 それにしても、何かに思い悩むことも無く出歩くのは久しぶりだ。
 町までは男の足でも30分近くかかるものの、慣れてしまえばそれも季節の移り変わりを味わえる道のりへと変わる。
 自宅と町までのほぼ中ほどにひとつ大きな川があるが、おおよそその辺りが自然の風景と人の手が入った風景との境だ。
 その橋までの風景は、移動時間や天候の影響などを差し引いても見るに値するものだろう、と男は思う。
 照りつける太陽の下、草木はその彩をいっそう濃くし、セミが一瞬の生をけたたましく主張している。
 獣も、草木も、花も、人も、全ての命が生の輝きを謳歌する季節。
 やがて道程の中ほど、橋を抜けた辺りから周囲の景色はがらりと変わり、青々とした水田や畑を中心とした農地や農場の姿が目に付き始める。
 見渡せば、早くも色とりどりの実りを付け始めた作物や、その中に混じって働く人達の姿。
 これもまた、ひとつの自然の風景だ。
 その中を大粒の汗をかきながら、男はゆっくり町へと向かっていく。
 だが、もう町に着こうかという所で男は進路を変えた。
 自分が通ってきた町の中心へと続く大きな道を外れて、わざわざ遠回りになる横道へと入ったのである。

「どーせ行かなきゃならんが……どうしたもんだかなぁ」
 迂回したのには理由がある。
 この道をまっすぐ行けば商店街へと続いているのだが、そこまでには自分の作業現場があったのだ。
 この時間ならもう作業は始まっているだろう。
 事情はどうあれしばらく現場から抜けるのだ、自分で謝罪と説明をし、一応の筋は通さねばならない。
 しかし、だ。
 俺が休みを取る事を棟梁は皆にどう説明したのだろうか。
「説明も無しに休みをくれと言ったので殴り倒したらやりすぎた」
 馬鹿正直にありのままに言ってくれたならばそれはそれでいい。
 だが、妙に歪曲されたり捏造されたりしていたらば、仲間にどう茶化されるか判ったものではない。
 そこら辺は意地やら面子やら、男にとっては守るべきものがある。
 それに、「本当の事情」を説明しろと迫られたらどう答えるか。
 まだ男は迷っていた。
「怪我したゆっくりを拾ってしまったんで、その看病で休みます」
 最初にそう言えたならば、どれだけ楽だっただろうか。
 だが、個人が気軽に「ペット」として所有する、そういった空気はまだなかった。
 金持ちなどに道楽で飼ってみたりしている者が居ない訳ではないし、存在そのものが一般的でないという訳ではない。
 しかし、たいていの認識はバカな害獣ないしは食品原料で、飼うのは一部の変わり者程度のもの。
 子供がその実態を知らずにネズミを見て「可愛い、飼ってみたい」と言う、それに似ていると言えなくも無い。
 その現実もまた男の気を重くした。
 ゆっくりを飼っているなどと言った日には、間違いなく変人認定されてしまう。
 さりとて、怪我の所為にするにしても、馬鹿にされないような説明をする必要がある。
「棟梁が上手く言っててくれりゃいいんだがなぁ……なんか上手い言い訳ねぇかな…………」
 ぼやいていても仕方が無い。
 板ばさみの状況にうめきながらも、男は先に買い物を済ませてしまう事にした。
 荷物自体は決して多い訳ではない。
 幾つか整備を頼んでいた家財を引き取り、酒を買う。
 食料だけは、普段なら仕事帰りにその日の分だけでも買って帰れば済むのだが、今回は事情が事情なので少し多めに買っておく。
「饅頭、か」
 別に買ってやると言ってもいないが、あれば餡子は傷の治療に使えるという。
 懐の財布を確認する。
 大金を持って来た訳ではないが、家財の事もあったので余裕はそれなりにある。
 それに、手土産の一つも持っていけば仕事仲間も喜ぶだろうし、追及の手をそらせるかもしれない。
「……よし!」
 悩んでいてもどうにもならない、自身に気合を入れる声を上げて男は手近な店で饅頭を購入する。
 店の者に腕のことを聞かれるが、「ちょっと家でヘマこいちまって」と笑って言えば、「そりゃまあお大事に」とそれ以上の追求はされなかった。
 よし、いける。
 案ずるより産むが易し。
 そんな言葉を思い浮かべながら、今の勢いが萎える前に早歩きで現場へと向うのだった。

 そこには、音がある。
 そもそもたとえ人の居ない荒野であったとしても、そこには人以外の生き物が生じる音、風の音、様々な音がある。
 だが、これは人間の音だ。
 木材を叩く音、削る音、切る音、加工された木材同士がこすれあい、組み合わされていく際の音。
 そして、その中で様々な声を上げて働く人間達。
 人間の営みの音だ。
 その中を男は棟梁の姿を探して歩く。
 ここへ来て最初に声をかけられた時には緊張した。
 しかし、仲間からかけられたのは景気の良い挨拶と怪我を気遣う言葉だった。
 棟梁はどうやらうまくやってくれたらしい、と判断する。
 途端、急に気が楽になった。
 我ながら現金なものだとは思うが、歩みが軽くなるのは仕方が無いと思う。
 鼻歌が出そうになるのはさすがに堪え、目的の人物を探して歩くと一際大きな声が聞こえてきた。
 見つけた。
 そちらに目をやれば、歳の癖にデカイ声を上げるジジイ、じゃねぇ、うちの棟梁。
 クソ暑いってのに元気なもんだぜ。
「おはようございまーす」
 さすがに棟梁相手にだれた挨拶は出来ない、頭を下げつつそちらへと向かう。
 周りの視線が一斉に俺へと向かうのが判った。
「おーう、遅い出勤だなぁ、大将?」
 腰を下ろしていた木材の山から立ち上がり、ニヤけた笑いを浮かべる棟梁。
 こちらは負い目だらけなので、どう言われた所で下手に出るより他に無い。
「すんません、ヘマやらかしてしまいまして」
 これ取っといてください、と先程買ってきた饅頭を袋ごとまとめて手渡す。
「……酒はねぇのかい?」
 ちらりと中を覗くなり、棟梁は次の手を放つ。
 俺は一瞬答えに詰まる。
 確かに、背負い袋の中に酒はある。あるにはあるが。
 だが、これは俺のものだ。
 このジジィ、俺が酒好きだと知っててとりあげようってのか、冗談じゃねぇぞ。
「バカ野郎、冗談だっての。幾らなんでも自分で殴っといてそこまでは言わねぇよ」
 周りには聞こえないようにやや声を潜めた後、豪快に笑い飛ばす。
 冗談か。
 ……ジジィ、俺の心でも読んだんじゃねぇだろうな。
 それはさておいて。
「あの、棟梁。ひとつ聞いておきたいんですが、皆には何と説明したんで?」
 俺は一番気にかかっていた話を切り出す。
 俺から説明しなおす事があるのなら、一応理由は合わせておかないとならないだろう。
 昨日適当に言って置けばよかったが、思いつかなかったのだから今更だ。
 まぁ、皆の様子を見る限り妙な説明はしてないだろうが……
「で、どうなんです?」
「ううむ…………」
 待った。
 何だその反応は。
「いや、それがなぁ。思いつかんかったからとりあえず怪我したとしか言ってない。面倒だから手前で説明しろ」
 えーと。

 疲れた。
 恐ろしく疲れた。
 人間いざとなればどんなバカだって演じられるものなんだなぁ。

 背中の荷物がやけに重く感じられる。
 行きは楽しみながら歩いていた道も、まるで苦行の様だ。
「暑い。疲れた……」
 一度声に出してしまうと、それらがさらに重くのしかかる。
 堪えきれずに背中の荷を置き、田んぼの脇に腰を下ろす。
 来る時に見た青々とした稲は、間近で見るとさらに瑞々しい命の強さを持って天へと伸びている。
『けろけろー』
 げろげろという蛙の鳴き声に混じって聞こえる、妙に人間臭い鳴き声はゆっくりすわこのものだ。
 カルガモやアヒルなどと同じ要領で扱えるため、田畑に住み着かれても駆除される事はほとんどない。
 同じゆっくりでもれいむ種やまりさ種などとはえらい扱いの違いだ。
 生活形態が蛙と似ているため、田畑を離れてあまり遠出しないのも原因のひとつだろうが。
 しばらく眺めていても、あのにやけ笑いも無く、ニコニコしながらじゃれあったり歌を歌い、虫を追いかけているだけだ。
 その無害さと鳴き声から「ケロちゃん」とも呼ばれ、比較的ゆっくりの中では好かれている方だろう。
 まだ成体ではないのだろう、微妙におたまじゃくしっぽい尻尾が残っている姿は確かに可愛いと言えなくも無い。
 なんで水に入っててもふやけたりしねぇんだろうな。
 ふと疑問に思い、手近な奴を一匹捕まえてみる。
「あーうー」
 適当に手を伸ばした割りに、あっさりと捕まった。
 この辺のトロさはあまり他のものと変わらない。
 ひっくり返したり色々してみるが、特に変わった所は無い様に思える。
 そうやっているうちに、すわこは少しずつ顔を膨らませていた。
「っと悪い悪い、嫌だったか」
 大体生き物が体を大きく見せようとする時は、威嚇か怒りを表す時だ。
 そのまま田んぼの中へ戻してやる。
 しばらくはふくれっ面でこちらを睨んでいたが、ほかのすわこが来ると歌いながらどこかへ行ってしまった。
 ……これに住み着いて欲しかったなぁ。
「じゃあな。好きなだけゆっくりしていけよ」
 俺の田んぼでもないので気楽な声をかけて腰を上げた。
 背後からは、俺の言葉が通じたのか『ゆっくりけろけろー♪』の大合唱。
 疲れも少しだけ癒されたような気がする。
 帰れば昼食にはちょうどいい時間になっているだろう。
 行きと同じ様に、またゆっくりと男は歩き始めた。

「帰ったぞー」
 もう挨拶を返す家族も居ないが、一度身についた習慣というのはそう簡単に変わるものではない。
 一人になって10年以上経つが変わらないという事は、この先一生変わらないという事なのだろう。
 だが、今は不本意ながら同居している相手が居る。
 その相手に帰宅を伝えたつもりだったのだが、予想外に何の返事も返ってこない。
 背中の荷物を降ろし、いぶかしみながらもゆっくりが居る部屋の襖を開ける。
「おーい、戻ったぞ。飯にしよ」
「おじさんおそいよ!! れいむあつくてぜんぜんゆっくりできなかったんだからね!!! のどもかわいたし、はやくつめたいおみずのませてね!!!!」
 むっとした熱気とゆっくりの非難がセットになって俺に襲い掛かる。
 座布団の上には縦に潰れたと言おうか横に伸びたと言おうか、とにかくべったりとなったゆっくりが2匹居た。
 確かに雨戸を閉めきっていた部屋は暑い。
 とは言え、俺の家を空き巣などから守るためでもある。
 そもそも開けっ放しにしておいて、野生の獣に見つかりでもしてたらどうするつもりだったんだろうか、こいつは。
 多分考えてないんだろうな。
 仕事場でそれとなく聞いてみた話と自身の経験から合わせて、男にもある程度ゆっくりの思考は予想がつくようになっていた。
 いちいちマトモに取り合っていては身が持たない。
 それが、今の所の男の結論だ。
 れいむと茎に触って肌触りを確かめる。
 伸びてはいるが、あまり乾いているようには思えない。
 しかし、繊細だろう子供には確かに悪かったかも知れない。
「騒ぐな、と言ってあるよな? 水と飯は持ってきてやるから、もぎ落とされたくなかったら静かに待ってろ」
 事前に触ったのと合わせて恫喝だと思ったのだろう、途端に黙り込む。
 やり方は好きじゃねぇが、とりあえず実利重視で行くと、こうするのが一番手っ取り早いらしい。
 というよりも、そうした所であの餡子脳では学習能力も何も無いから、本気でしつけるつもりなら殴り倒してでもやらねばならんとまで言われたものだ。
 言動は確かに一々癇に障るが、そこまでやらねばならないものかとも思う。
 まぁいい。
 あのまりさが治ってから、自分で確かめればいい話である。
 結局は、人間自分で確かめた事を一番正しいと思うものなのだ。
 とすると、あのれいむには少しきつく言い過ぎたか。
 ……先に水だけ持って行ってやるか。
 俺のそんなささやかな心遣いも、「はやくごはんももってきてね! おじさんはゆっくりしすぎだよ!!」の一言であっさり決壊したのだった。
 前言撤回、厳し目で行くことにしよう。

「よーし、おいしかったか?」
「おいしかったよおじさん! またれいむにおいしいごはんつくってね!」
 笑顔の中にも少し涙の跡が残った顔でれいむが言った。
 涙の理由は、先程の発言に少しばかり忍耐の糸が切れてしまったので、さんざん頬を縦横斜めに引っ張り倒してやったからだ。
「ん、そうかそうか。だが別にお前一人のために作ってるわけじゃないからな? そこは間違えるなよ」 
 だが、おいしかったと言われた事はやはり不快では無い。
 自然と俺の頬も緩む。
 そして食後は毎回恒例、まりさの手当ての時間だ。
 だが、今回は今までとは少し違う。
 今までは完全にまりさの体力任せだったが、今度は「これ」がある。
「おじさんなにそれ? たべもののにおいがするよっ!!」
 この鼻の無い面のどこで感じているのかはわからんが、れいむが匂いに反応する。
「ん、これか。これはだな、お前の待ちわびたものだよ」
 ある意味ではこいつだけではなく俺も待ちわびていたものかも知れない。
 俺はれいむの前で、もったいぶってゆっくりと箱の蓋を開けていく。
 やがて姿を現したのは、10個入りの饅頭だ。
 棟梁に渡す前に、ちゃんと1箱だけ背中の方に移しておいた奴だ。
「ゆっ、おまんじゅう! おじさんありがとう! れいむゆっくりたべちゃうね!!」
「アホかお前は」
 思わずツッコミを入れ、さらにこれまた思わず顔面に拳でもツッコミを入れてしまう。
「…………~~~ッ! いだぁぁぁぁぁぁぁいい!!! どうじでええええええええ!?!?」
 顔面の中央を打ち抜かれた痛みにれいむがわんわんと泣き出す。
「いや、今のは俺も悪いかも知れんが、お前にだって絶対責任はあるだろ……」
 ついついこぼれる弁解じみた発言。
 だって、普通さ、身重とは言え健康な自分とな、死に掛けの亭主?を天秤にかけたら、相手の方優先するだろ?
 …………………………ああ、そうか。
 ゆっくりを人間の常識で量っちゃいかんという事か。
 これが餡子脳の真髄という奴なのか。
 なんとなく悟りの境地に近づいた俺は、泣き喚くれいむを無視してまりさの包帯を外していく。
 ん、朝よりも傷口が乾いているな。
 単に俺が部屋を閉め切って出て行った所為かも知れない。
 どこと無く気まずさを感じながらもれいむに呼びかける。
「おい、れいむ。お前この前餡子があれば治療に役立つって言ってたよな? どうしたらいいんだ、教えてくれないか」
 だがれいむは未だに膨れたまま泣き続けている。
 ええい、面倒な。
 しかし、俺にはゆっくりと違って多少なりとも知恵がある。
 それにこいつらの反応を見ていれば、ある程度効果的な行動というものも予想がつき始めていた。
「れいむ、この饅頭をひとつやるから、俺にまりさの治し方を教えてくれないか?」
「ゆぐううう……う? おまんじゅうくれるの!? おしえてあげるからおじさんはやくちょうだいね!」
 その言葉に、れいむは一瞬で泣き止むとたちどころに饅頭の催促を始めた。
 ……交換条件とは言え、饅頭と同程度の命って認識なのは悲しいよなぁ?
 なんとなく隣のまりさに俺は同情してしまう。
 多分、やるまで喋らないんだろうな。
 恐らく下手な人質解放の交渉より難しい事になるのは見えていたので、先に饅頭を口元へと持って行ってやる。
「むーしゃむーしゃ……おいしー♪ おじさん、もうひとつちょうだい!!」
「なぁ、治す気無いならこのまりさもお前も捨てて来ていいか? 出て行かないなら邪魔なだけだしよ」
 半分以上本気でれいむの体を持ち上げる。
「う、うそだよおじさん! おこっちゃいやだよ? だからまりさをちゃんとなおしてあげてね!」
 慌てて媚びた笑顔を作るれいむ。
 だからその方法を聞いているんだよ……
 いかん、頭が痛くなってきた。
 言動にイライラさせられ、人間の常識も通じない。
 人語を解するからってコミュニケーションが取れるとは限らんのだよ、全国の子供たち。
 ネコとか犬とかとお喋りしてみたいなんて夢は捨てた方がいいかもしれない。
 こいつらが特別バカなだけだとしても、根本的に常識が違う相手とはあんまり分かり合えそうに無い気がしてきたから。
「あんこがあればれいむたちはすぐげんきになるよ! だからまりさにもあんこをいれてあげてね!!」
 餡子を入れればいいのか、なんだ、簡単じゃないか。
 それならそうとさっさと…………何?
「なぁ、餡子を入れるって、この饅頭の餡子を、そのまままりさの中に詰めれば良いって事なのか?」
「いまそういったでしょ! おじさんはもうわすれちゃうようなばかなの!? ぐずぐずしてないではやくまりさをたすけてあげてよね!」
 おい、俺今バカにバカって言われたのか?
 しかも饅頭持ってきたときの態度はどこへやら、今になって相方の事を気遣うのかよ。
「ああ……判った判った。もう何でもいいから好きにしてくれ……」
 こいつらを家に上げたときと同じ様に、俺は思考を停止させる事にした。
 これが一番楽だ。
 餡子脳のお前らと違って人間それなりに繊細なので、まともにやりあっても多分先に神経が切れるのは人間の方だろう。
 もういい。どうなっても知らんからな。
 まりさを転がして、一番大きく開いている傷口を探す。
 おあつらえ向きに、後頭部にそれはあった。
 痛むだろうが、朝に埋めてやった小麦粉ペーストを慎重に取り除いていくと、傷の周りには空間があり少し奥になって中身の餡子が見えた。
 人間で言えば、はらわたとか脳みそなんだよなぁ、これ。
 なんとも得体の知れない気持ちの悪さを感じながら、二つに割った饅頭の餡子をスプーンに載せ、傷口へと近づけていく。
 ええい、ままよ!
 スプーンを返して餡子を落とすと、なるべく強くなりすぎないように中へと押し込んでいく。
 押さえている左腕に伝わる痙攣するような動きと、口からもれる「ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ」という呻きに、一瞬で心が折れそうになる。
 思わず助けを求めて隣のれいむに振り返った。
「それでいいよ、どんどんあんこをいれてあげて! まりさもゆっくりがんばってね!!」
 俺を見て一度強く頷くと、まだ意識の戻らないまりさへと声援を送る。
 そうだ、もうこいつらには頼りになるのは俺しか居ないのだ。
 だったらやるしかないだろう。
 腹をくくると一気に餡子を入れるペースを上げる。
 5個目を入れた所で、最初に合った空洞はほとんど埋める事が出来た。
 再び小麦粉ペーストで傷を埋めると、次に大きな傷を探す。
 今度はその下、ほぼ裏の部分だ。
 まりさには悪いがひっくり返した姿勢で、同じ様に埋めて、戻す。
 支えたりする左腕が痛いが、こいつはこんなもんじゃないだろうと思えば我慢も出来る。
 その傷も埋め終わると、饅頭の残りは1個になった。
 治りかけとは言え皮を剥ぐ負担って奴もあるだろうし、これでは少なすぎてどっちがいいか判断できない。
「おい、1つ余ったけどどうする? お前もうひとつ食うか?」
 どうせ俺は饅頭は食えないので、隣で見守っていたれいむに聞いてみる。
「ううん、れいむはもういいよ。おじさん、まりさがおきたらたべさせてあげてね!」
 意外にも自分が食うとは言い出さなかった。
 やはり、こういった状況を目の前で見せられるとそういう感情は出てこないか。
「ん、そうか。じゃあこいつはまりさのためにおいといてやろうな」
 いつ目覚めるかは判らないが、ちゃんと置いておいてやろう。
 悪くなったら買いなおせば良いだけの事だ。
 蓋をかぶせた後に重しを載せ、虫が入らないようにして戸棚へとしまう。
 朝の出来事に加え、暑い部屋で慣れない事をしたので酷く疲れた。
 れいむとまりさに砂糖水を飲ませてやると、遅めの午睡を取る事にした。

「おじさーん、おじさーーん」
「どうしたれいむ、なんかあったか?」 
 外はもう茜色も薄れ、夜の色が取って代わりつつあるような時間。
 やや長めの午睡から目を覚ました男は、軽く体を動かしてから夕食の準備に取り掛かっていた。
 れいむが男を呼んだのはそんな時だ。

 鍋を火から避け、男はゆっくりを置いてある部屋に向かった。
「近くに人は居ないが一応対面ってモンがあるんだ、あんまり騒がないでく、れ……?」
 部屋の中に居るのは相も変わらずゆっくり2匹。
 だが、その中に見慣れない色彩がある。
 金を帯びたような茶色、それが2つ。
 半分ほど開かれたまりさの瞳の色だ。
「お、おい、起きてるのか? 生きてるのか??」
「まりさ、しっかりしてね? ゆっくりおきてね?」
 呼びかけるが、反応は無い。
 れいむの呼びかけでも同じだ。
 えーと。
 とりあえず食べ物持って来よう。
 なんとなく最近の感覚で、ゆっくりで困った時=食べ物で何とかなるという図式が俺の中に完成されているようだ。
 気がつくと、あの饅頭を傍らに置いて砂糖水をまりさに飲ませていた。 
 こられいむ、さっき自分でちょっと良い事言ったんだから饅頭を凝視してよだれを垂らすのはやめておけ。
「ゆ……ゆぅ……ゆっくり、ゆっくり……」
 かなり濃い目に作った砂糖水を飲ませていると、次第に目が開き焦点がしっかりしてくる。
 ほら見ろ、当たりだ!
 ダメだ、ゆっくりに詳しくなっても全く嬉しくない!!
 水差し一杯分の砂糖水を飲み終える頃にはまりさの目は完全に開かれていた。
 そして口の周りについた砂糖水を未知舐め終えると高らかに復活の雄たけびを上げる。
「ゆっくりしていってね!!」
 ああそうだな。
 ここ俺の家だからな。
 大体ゆっくりしてるけどよ。
 この程度ではもう癇に障る域にも達しない。
「まりざぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!」
「れいむぅぅぅぅぅぅぅぅう゛う゛う゛!!!!!」
 そんな俺の事など目に入っていないように、2匹は体を密着させて喜びの涙を流す。
「待てれいむ、頭の上が大変だ。それにまりさ、涙と振動で小麦粉がボロボロ落ちて行ってるぞ」
 だがやはり2匹は完全に2匹だけの世界に入り込んでしまっている。
 ま、いいや、ほっとこう。
 水をさすのもアレだし、どうせしばらくしたら腹が減ったって喚くだろうしな。
 そう結論付けて、男は台所へと戻る事にした。
 腹は勝手に減るが、料理は勝手には出来上がらないのだ。



                                           続く。




  • あらすじwww -- 名無しさん (2010-06-08 23:27:42)
  • まりさが治って良かったね! -- 名無しさん (2010-11-28 02:19:20)
  • ゆっくりに詳しくなってうれしくないだと!?どうかしてるぜっ!! -- 名無しさん (2012-12-13 07:19:16)
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最終更新:2012年12月13日 07:19