ゆっくりスクープ

※東方キャラメインです。
※ゆっくりはあまりでてきません。





「現像、終わりましたよー」
 暗幕の向こうからの年若い声に、写植の手を止める射命丸文。
 続いて、暗幕から犬走椛がゆったりとした仕草で姿を表す。
 その手には、文が今日一日とり溜めた写真の数々。
 慎重に、文の元へと運んでくる。
 いつにも増して真剣に縮こまって歩く椛は可愛らしくて、ついつい文の口はしに浮かんでしまう微笑。

「悪いね、椛。手伝ってもらっちゃって」

 それでも、文の口をついたの労りの言葉だった。
 もちろん、椛にそれを言われるだけの理由は十分にある。
 新聞製作は犬走椛の仕事ではなく、義務もない。巡回という本来の勤務の合間をぬって、こうして手伝いにきてくれる。
 上司と部下という関係のせいだろうか。
 文の謝意を受けてほころぶ椛の表情に影はない。
 純粋に椛の好意によるものなのだ。

「大丈夫ですよ。好きでやっていることですから」

 満面の笑みで白くふわふわの尻尾を振りながら、現像したばかりの写真を並べていく。
 紅魔館、魔法の森、香霖堂、守矢神社。
 写されている風景は様々だが、共通する要素が一つだけあることに椛は気づいていた。
 文は、何か言いたげな椛の人懐っこい眼差しを受け止めて、小さな頷きで言葉を促す。

「あの、どうして全部に『ゆっくり』が写っているのですか?」

 ゆっくり。
 椛の知る限り、いつの間にか幻想郷界隈に出没して、謎の生態のままあちこちでゆっくりしている存在。
 出没当初は新しい異変かと注目されたものの、霊夢が縁側で「どうでもいい」とごろごろすることにより
異変とは認められず、結局はいつのまか幻想郷の風景に馴染んでいた。
 巨大な膨れ饅頭に人の顔がはりついたようなゆっくりの造形は確かに異様であったが、生き物のようでいて
食事や生殖といった生物的な特徴がなく、他人にゆっくりするよう呼びかける以外の目的もないために
害にも益にもならず、今では妖精やそこらを浮かんでいる幽霊のように放っておかれている。
 どれぐらい放っておかれているかというと、いつの間にか家に入り込んでゆっくりしていても
「なんだゆっくりか」と放っておかれるほどである。
 よって、ゆっくりが悪魔の館にいようが、魔法の森にいようが、宴会の度に妖怪百鬼夜行状態の博麗神社にいようが
不思議ではない。いつのまにか、そこにいただけだ。
 ただ、一連の写真全てに載るには撮影者が意識して写し取る必要がある。射命丸文がなぜ被写体にゆっくりを
選んだのか、椛には理解できなかった。
 その疑問を受けた文は、何となくはにかんだ笑顔を浮かべていた。

「ええとね……」

 いつもは文花帖に記事を書きとめる指先で、手持ち無沙汰に頬をかく。

「ええとね、新聞大会ってこの前あったんだけど」
「はい。鴉天狗様たちの新聞の評論会ですね」
「そう、それで私も出たんだけどね……」

 言われなくても、敬愛する上司の結果を椛は知っていた。
 今年のテーマは人里を揺るがせた凶作について。
 射命丸文の記事『どこにいったの秋の神様?』は落選。賞を獲得した『農民救済への諸方策を上白沢慧音に聞く』や
『貸付米の利率を巡る対立構図』や『蔵米供出拒否と米問屋との談合に迫る』を前に、例年通り完膚なきまでに
叩きのめされた。おまけに、頭に葡萄を載せた神様に泣きの大抗議を受けるはめになった。

「そんなわけで稲田姫様に叱られたから、ちょっと自分の活動を見直そうかなと。今まで特ダネを追い続けて
記事の質がゴシップ気味になっていたわ。まずは初心にかえるつもりで日常の些細なことを記事にしたのよ」

 些細なことの代表として、ゆっくりですか。
 それもどうだろうか、もしかして先輩は根本的に着眼点がおかしいのではと椛の心のどこかが囁いてはいたが、
何やらふっきれた様子の文を見ていると言葉に出すのははばかられた。
 椛は思い直す。大丈夫ですよ、例え落ちぶれたとしても大切な先輩ですから。そんな想いをにっこりとした微笑に
隠して上司に向けていた。

「さて、後は写真を記事に配置してと……」

 こうしている間にも、記事は文の手馴れた手つきで完成へと向かっていた。
 そのお手並みに感心する椛の視界に、ちらと記事が目に入る。
『いつの間にか住み着いてました』 
 その題字の隣には、ゆっくりれみりゃ、ゆっくりふらんと呼ばれる空を飛ぶゆっくりを胸元で抱え持つ紅魔館の
メイド長、咲夜の写真。れみりゃたちに懐かれて、なんだか困ったような、幸せそうな表情が印象に残る。
 記事はどうやら、咲夜の談話を主に掲載されているようだ。

『最初はお嬢様も追い払いなさいとおっしゃってましたが、この子たちの仲睦まじい様子を見てからは
何も言わなくなって……昨日、自ら地下に下りていくお嬢様を拝見いたしましたわ』

 それは、きっといい変化なのだろう。
 背景で居眠りしている門番さんの幸せそうな寝顔を見つけながら、心からそう想う。

「校了おしまい!」

 次の記事を読む直前に響いた文の声。
 相変わらずの最速振りだった。
 見上げる文の表情は、自信満々で満足そうな笑顔。

「椛もお疲れさま! ありがとうね」

 文は開放感で若干ハイになった文が椛の頭をわしゃわしゃと撫で回す。
 あうあうと可愛らしくうめきながらこねくり回される椛。
 毛並みを台無しにされながらも、椛にとって何よりのご褒美だった。

「お疲れさまです! の、飲み物もってきますね!」

 真っ赤になりながら奥へ引っ込む椛を横目で見つつ、文は手元の校了した記事に目を落とす。基本、校了まで
済んだ原稿は後は印刷するだけ。いまさら手直しすることもないが、これまでとは違った視点で作成した
自分の記事を眺めるように読んでいた。

 香霖堂。
 店主でゆぴーゆぴーと眠っているゆっくりまりさの横で、店主の森近霖之助がいつものように珍説を唱えている。
「これは頻発する異変をおさえるよう幻想郷が生み出した云々。ゆっくりしていってねとは、異変を抑える
意思の現われで云々。ために異変を解決する人物を模して云々。となると、一番怪しいのは幻想郷の維持に
関わる八雲紫で云々」と、メモをとるのもやっとの勢いでのたまわれた。
 お前がゆっくりしろと、取材中に何度いいそうになったことか。

 魔法の森。
 人形遣いのアリスの邸宅に向かうと、アリスと魔理沙、そしてゆっくりたちが暢気にティータイムを
楽しんでいた。ゆっくりたちは食事を必要としないが、お茶などのゆっくりに繋がる要素があれば
それを通じてゆっくりを味わう。まるで魔法使いと同じですねと思わず正直な感想を口にしてしまったが、
アリスは生真面目に頷いていた。何でも自律人形を志すアリスにとって、生物として生命があると
思えないゆっくりが動き回っているのは心底興味深いらしく、人形たちと遊ばせながらその様子を
観察していたらしい。
 どうやら、独り言の相手にもなっているらしく、「夜中に人形に語りかけるよりは、ゆっくり相手の方が
見た目がいいしな」とは居合わせた魔理沙の弁。「はいはい、そうね」と、うるさそうにあしらうアリスを
撮影しながら、地の底に向かう途中、魔理沙もまさにその状態だったことはつっこまないことにした。

 守矢神社。
 東風谷早苗がゆっくりれいむを胸元で抱いている。早苗は「可愛い可愛い、気持ち悪くて可愛い」と
論理的に破綻したことをしきりに繰り返していた。外の世界で暮らしていくには常識に捕らわれて
いてはいけないのだろうか。幻想郷で常識に捕らわれていたい射命丸文ですが。
 ともかく、後ろに控えている神様二柱の苦笑いが印象的だった。神奈子様も諏訪子様は仕切りに「猫可愛がり
するもんじゃない」と諭し、「早く、その妖怪つるべ落としを地底に帰しなさい」「そうだよ、代わりに飛頭蛮を
連れてくるから」と、よくわからない懐柔を提案しては「これはゆっくりです!」と拒絶されていた。
中々微笑ましい光景だったが、個人的には神様たちの方が間違っている気がするのは気のせいだろうか。
 取材が終了した後の帰り際、神奈子様の最後の言葉が印象的だった。
「いやあ、無理にアレを元の場所に帰そうとしたときがあったんだけど、早苗に『私かられいむを奪わないで!』
『れいむはわたしのすべてなの!』『れいむと離れたくない!』と騒がれてしまって……まあ、それは
いいんだけど、それを聞いた妖怪たちがアレな誤解をしてしまったようで……山の妖怪である天狗が何をすべきか、わかるね?」

 わかりすぎたので、もちろん訂正記事をのせました。

 紅魔館。
 悪魔の住む館と呼ばれ、かつては異変の中心地として恐れられていたこの館も最近では近づく人間が多い。
原因を求めるなら、門番の紅美鈴の親しみやすさと、おどろおどろしい蝙蝠に代わって、うーうーと飛び交う
ゆっくりれみりあとふらんの微笑ましさによるところも多いだろう。
 取材を受けた咲夜はそれを疎ましく思っているのか、仕方なく思っているのかはっきりと口にはしなかった。
ただ、自分の造園した花畑が多くの人の目に触れてあの子は嬉しいかもしれないわねと、優しげな視線を門の
方向へ向けていたのがその答えだったと思う。

 紅魔館図書館。
 咲夜の機嫌がよかったおかげだろうか。そのまま図書館内に住んでいるというゆっくりの取材で
図書館に招待され、日陰の知識人、パチュリー・ノーレッジの取材に成功する。相変わらずの本の樹海。
その苔むす木々の根元のような、平積みされた本に囲まれて、ゆっくりたちと図書館の主がいた。
 図書館に住んでいるゆっくりは、ゆっくりぱちゅりーとゆっくりまりさの計二体。ゆっくりぱちゅりーは
本棚の影に丸い体を埋めながら、開いたままの図書を前に動かずじっとしている。主の話では一週間に
1ページ読み進むとのこと。パチュリーの続いた言葉「一冊の本をあれだけ長く楽しめるのは少し羨ましいわね」という
言葉は本気か冗談か、私には判別することはできなかった。
 ゆっくりまりさの方は、ゆっくりぱちゅりーの取材中にぽよんぽよんと丸い体を弾ませてやってきた。
が、驚いたことはゆっくりまりさの後を追ってきた人物だった。

「つーかまえた!」

 抱え込むようにゆっくりまりさを抱きとめる、あどけない声。振り向けば、紅い瞳と、幼い体つき。
そして宝石を実らせたような一対の節くれた羽をもつ少女がいた。フランドール・スカーレット。
直接会うのはいつぞやの取材以来だ。当時の彼女は少し拗ねて、姉に対して挑発的な印象を受けていたが、
今日のフランは無邪気な見た目相応の少女に見えた。ゆっくりまりさを幼子のように抱きしめて、
その弾力を楽しんでいるからだろうか。
「ゆっくりしていってね!」
 身を投げ出すようフランの重みに少したわんでいるではいるものの、ゆっくりまりさはいつもの
ように余裕の表情。まあ、ぷちっと弾けても瞬きほどの時間があれば元通りになる不思議物体だから
生死の恐怖はないのだろう。フランドールにここまでまとわりつかれて恐れないのは、魔理沙と
こいつぐらいのものだ。
 何でも、ゆっくりまりさはフランのちょうどいい遊び相手らしい。495年の日常で、ごく稀に大切な
何かを見つけれてはいつの間にか壊してしまって落込み、狂気に触れていく心。それが、このゆっくりまりさは
でたらめな存在なので、間違って壊してしまっても「ゆっくりしてね!」と一瞬で再生し、何事もなく
傍らにいてくれる。躊躇いなく関われる他者というのは、フランにとってこれまで存在しなかった。
 特にゆっくりまりさは、最近ご執心の人間のお友達と似ている部分があって面白い……そうだ。
そのせいだろうか、最近のフランは落ち着いて、姉とも折り合いがついているらしい。もしかしたら、
薄暗い曇りの日には館の外で遊ぶフランに出会えるようになるかもしれない。



 まあ、こんな感じにまとめた記事を見ているとパンチ不足はやっぱり気になってしまう射命丸だった。
確かに新聞というよりゆっくりの広告のような内容になっている。
 とはいっても異変も何もないなら、刺激のない記事になるのは当然かもしれないと思い直す。
 まあ、無理やり記事を盛り上げるとしたら……この没になった写真を使って……
 文の手が紙片に走り書きを始めたときだった。

「お待たせしました。すいません、お茶の葉がどこかわからなくて」

 流しに飲み物を支度しにいった椛が申し訳無さそうに入ってくる。
 文の手が止まり、ペンを置く。

「遠慮しないで聞いてくれればいいのに」

 立ち上がって、恐縮する椛の元へ。
 自らの茶碗をとると、指先に温もり、鼻腔にゆったりとした緑茶の香りが漂う。
 机作業で強張っていた全身も、ゆったりとほぐれていくようだ。
 ゆっくりたちが言う「ゆっくり」って、こんな感じなのだろうか。

「さて……」

 一息ついたら、後は校了した原稿を山伏天狗の元にもっていって印刷するだけ。
 文がそういいかけたときだった。
 バサバサバサと騒々しい羽音とともに黒い小さな影が編集室に飛び込んでくる。
 飛び込んできたのは、相棒の鴉、文々丸だった。

「え、空に大きな船ですか!?」

 そして文々丸がもたしたのは、新たな異変の兆候。

「なるほど、巫女も動き出したんですね……」

 巫女が動いたとなれば、すでに異変は兆候から次の段階へ動き出しているのだろう。
 今、まさに進行していく異変という巨大なネタを前に、文の躊躇はほんの一瞬だった。

「射命丸文が大異変を見過ごすのは、ありえませんね!」

 書きたいものを書き、つくりたいものを作る。
 それだけの単純なことが、強く射命丸を突き動かしていた。

「椛、後はお願い!」

 言いながら、窓の向こうに飛び出していく文。

「……先輩らしいです」

 青空に小さくなっていくその姿を見送って、椛はぽつりと呟く。
 取り残されたものの、文らしい行動力が蘇ったのを見るとなぜだか嬉しい気持ちになるのだった。
 後は任されました、がんばります。
 心の中で文に語りかけながら、原稿の置かれた机に目を落とす。
 そうして、気がついた。
 机の上に無造作に置かれた紙片と写真。
 拾い上げてみると、紙面には文のものらしき可愛らしい文字で文案らしきものが書き込まれていた。
写真にはフランドール・スカーレットと、その両腕に抱きしめられた何か……背後からの角度では、
フランの肩越しに見慣れた黒い帽子だけが見える。
 しばし、紙片の文章とにらめっこをしていた椛だったが、指定された「写真」を見て納得する。
 ああ、なるほど、この通りに編集しなおすんですね。
 記事にこれまで椛は手を触れたこともない。記者であり文責を持つ射命丸しか、書いてはならないからだ。
 それが今、こうして後を任されたのは信頼してくれているからだろうか。
 だったら、頑張らなければ!

 椛は、渾身の気合で記事の「訂正」に挑む。



 こうして苦労の末に発売された「文々。新聞」 
 一面を飾るのは、肩越しにまりさの帽子らしきものを抱きかかえるフランの写真。

 そして紙面に躍る見出しは、見るもの全てを凍りつかせた。



『またもや熱愛発覚!』

「知る人ぞ知る、数々の浮名を流すM・Kさん(職業:泥棒、年齢不詳)の新たな熱愛が発覚した。
お相手は紅魔館のF・Sさん(職業:無職・495歳)。本日、仲良さげに体を合わせている決定的瞬間を
激写された。
 情報筋によると、二人いはM・Kさんがいつものように空き巣に及ぼうと紅魔館に忍び込んだ際に出会い、
弾幕遊びを通じて親しくなった模様。

(関係者の談話)
友人のR・Mさん
「まったく魔理沙も困ったものね。素敵な賽銭箱はあちらだけど、また一悶着ありそう。
うちはとてもご利益があっておみくじも販売しているのだけど、巻き込まれるのはごめんだわ」


 他にも数々の浮名を流すM・Kさん。この恋の迷路、果たしていかなる出口へたどり着くのか、
それともクランベリー・トラップにひっかかり年貢の納め時となるのか、今後も目が離せない。

 以上、射命丸文でした」





 後日、上空で繰り広げられた幻想郷一、二を争うハイレベルな追いかけっこが、
各新聞の紙面をにぎわせたのは、いうまでもなかった。





(終わり)





書いた人 小山田

あとがき

お久しぶりです。
今回、東方にゆっくりが入り込んだらどうなるかを考えて書いていました。
東方にゆっくりを混ぜるという、これまで行き場のなかったものが投稿できる場所があるのは嬉しいですね。
最後のオチは蛇足だったかも知れませんが、形だけでもオチてないとすわりが悪いので……

あと、東方星蓮船は体験版なので、後々本編に合わせて修正するかも。

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最終更新:2009年03月09日 16:39