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一回戦 第十一試合 発子・クリーシェ VS ジークリンデ・ハルトシュラー

作者 ◆KazZxBP5Rc

「はっちゃん選手、今のお気持ちをどうぞー。」
「そりゃあ私は家でテレビでも見ながらダラダラ過ごしたかったわよ?
でも“あいつ”が出るってんなら話は別。私のいない所で優勝なんてされたら何言われるか分かったもんじゃないからね。」
「そうですかー。ではではジークリンデちゃんは?」
「こんないーかげんな人にわたしが負けるわけないじゃないの。」
「なるほどなるほどー。では、会場のアンテナさんに返します!」
緊張感高まる試合前。緊張感の無いインタビュアーのあんてなたんが最初の試合の対戦者にマイクを向ける。
ジャージに身を包んだ五頭身の女神と、綺麗な軽鎧をまとった少女。
主役の彼女たちはまだスタンバイにも入っていないというのに、会場の熱気は最高潮だ。
観客席から見上げると目に飛び込んでくる特大のモニターには、対戦者ふたりのフルネームがでかでかと映し出されていた。
一回戦第十一試合、発子・クリーシェ対ジークリンデ・ハルトシュラー。
ちなみにこの十一という数字は順番ではなく番号であるらしい。

「あら、あの子は……?」
このトーナメントに出場する選手の一人である大魔女フーリャンは、戦いの準備に入る少女を見て興味を抱いた。
「ウインドウ嬢、説明くれる?」
フーリャンが画面下部にいる四角い人に話しかける。
すると四角い人は無機質なタイプ音を発しながら文字を表示しはじめた。
『ジークリンデ・ハルトシュラー――とある国の領主の娘。お転婆な性格。ジークフリードという名の弟を持つ。』
「そう。ハルトシュラーって選手と関係あるのかしら。」
『某国領主ハルトシュラーと魔王ハルトシュラーは全くの別人。今回トーナメントに参加しているのは魔王ハルトシュラーである。』
「ふーん。それにしてもあの子……」
「お主に似ておるな。」
近くの席の美青年が老人言葉でフーリャンの言葉を継いだ。
彼の名はサナバー。フーリャンの仲間の一人だ。
フーリャンからは普段「クソジジイ」などと呼ばれている。
彼が老人言葉を使うのは、彼が若返った老人である……というような事情は全く無く、単にキャラ付けのためである。
「気の強そうな子じゃの。自分に自信を持っておる。」
サナバーは、その後に続く「他人には容赦無さそうじゃ」という部分は飲み込んだ。

間もなく試合開始。
クリーシェとジークリンデはにらみ合いに入っていた。
観客席からは会場を二分するコールが巻き起こる。
「ジークリンデ! ジークリンデ! ジークリンデ! ジークリンデ!」
「は・つ・こ! は・つ・こ! は・つ・こ! は・つ・こ!」
「発子って呼ぶな!」
水を差すようにクリーシェは叫んだ。ファーストネームで呼ばれるのが嫌なのだ。
「……クリーシェ! クリーシェ! クリーシェ!」
「ジークリンデ! ジークリンデ! ジークリンデ!」
再び集中するクリーシェ。
審判がふたりに握手を交わさせる。
ふたりの手が離れ、両者が適当な距離をとったところで、
「ファイッ!」
試合開始の合図が告げられた。

「先手必勝!」
開始早々、ジークリンデが飛び掛かる。
初撃をひょいと避けたクリーシェにジャブや膝打ちを連打。隙を見てストレートパンチ。
クリーシェはというと、ガードや回避を駆使しながら、たまに両手を開いて伸ばそうとしては引っ込めることの繰り返しだ。

「姉さん、なかなか仕掛けませんね。」
観客席で試合の様子を見ていたクリーシェの妹・創発避難所の女神ひなのがつぶやく。
それに応えたのは、創発の魔王であり前回からの出場者である、見た目少女のハルトシュラーだ。
「大方、派手な投げ技でも狙おうとしているのだろう。相手に隙を生ませてこそ使えるものだというのに。」
ハルトシュラーはクリーシェと一応ライバル関係にある。
試合前のインタビューでクリーシェに“あいつ”呼ばわりされたのも彼女だ。
互いのことはよく分かっている。今、クリーシェが実力の一端をも発揮していないということも。
ハルトシュラーは続ける。
「それに比べて、ジークリンデはやはり戦い慣れているな。」
「彼女を知っているんですか?」
言ってからひなのは、白々しいかなと思った。
なにせ試合中のジークリンデとこの横にいるハルトシュラーとは、同じ名を持ち、姿までそっくりなのである。
「ああ。以前ある館で大人数で共同生活を送っていてな。彼女と弟もそこにいた。」
ハルトシュラーは戦いから目を離し、懐かしむような表情でどこというわけでもない宙を見た。
「彼女は親元から離れて一人で旅に出たことがあるそうだ。その時の話を色々と聞かされたよ。」
「そうなんですか。」
結局ひなのはそれ以上追及しなかった。

どちらも決定打を出せないまま、ふたりの体が離れた。
肩で息をしているのはジークリンデの方だ。
主に防御に徹していたクリーシェは、体の動きが少ない分、余裕があった。
突然、ジークリンデは懐から何かを取り出した。
丸くて、オレンジ色で、ちょうど掴みやすい大きさのもの。
何をするかと思ったら、ジークリンデはそれを空中へ放り投げた。
会場がざわめく。
「みかんっ!」
猫のような身軽さで大ジャンプしたクリーシェは、それがまだ空を舞っているうちに口でキャッチし、そのまま丸ごと飲み込んだ。
ぐずぐずしてると横取りされるといわんばかりの素晴らしい反応速度である。
しかし、ジークリンデはこの隙に攻撃するでもなく、ただ黙ってじっと成り行きを見ていた。

待つこと数秒、ジークリンデが思ったより早く効き目は現れた。
「くっ……!」
クリーシェが腹を押さえてしゃがみ込んだ。
「おおーっと、どうしたことでしょうか! みかんを飲み込んだクリーシェ選手が苦しんでいます!」
と実況のアンテナさん。
「毒物が含まれていたとすると、武器禁止のルールに抵触するかもしれないね。」
と解説者の柏木。
ここで初めて、ジークリンデは笑いをこらえるように口を開いた。
「あら、栄養補給にみかんを持ってきたんだけど、手が滑ってすっ飛んじゃったわ。
それにしてもそのみかん、たまたま腐ってたみたいね。危なかったわ。」
すると、観客席の誰かが言った。
「なんだたまたまか。じゃあ仕方ないな。」
それにつられるように声は増えてゆく。
「それは仕方ない。」
「ああまったくだ。」

試合はすぐに再開された。
いや、これはもう試合ではなかった。
では何かというと、タコ殴りである。
ジークリンデは、クリーシェがうっかりみかんを吐き出してしまわないように腹部だけは避け、ラッシュを掛ける。
クリーシェはじっと耐えるしかなかった。

一方的な攻撃が始まって五分ぐらい経っただろうか。
クリーシェが突然何かをつぶやいた。
それに気づいたのはジークリンデだけで、ゆえに、観客はクリーシェの目の前で突然止まった拳の意味を理解できなかった。
「今……なんて……?」
ジークリンデは耳を疑った。
それは、通常の人間が五分では到底なしえないことだったからだ。
「消化した、って言ったのよ。」
クリーシェは、自分に襲いかかる途中でポーズした腕を払い、立ち上がった。
そして息を大きく吸い込み、力の限り叫んだ。
「あー、もうムカツクムカツクムカツク!
ガキだと思って大目に見てたら調子に乗りやがって!
大体存在からして気に食わないのよ! あいつと同じ名字しやがって!
顔まで同じってどういうことなの! それにあいつみたいな汚い手使いやがるし!」
言いたいことを言い終えたクリーシェは、ぜえぜえと深い呼吸で息を整える。
それから、背筋を伸ばし、胸の前で手を組み、目を閉じた。
その瞬間、クリーシェをまばゆい光が包む。ジークリンデは思わず後ずさった。

光が引いた時、そこにいたのはジャージ姿のクリーシェではなかった。
水色のドレスで着飾った八頭身の美しい女性。蒼髪の女神・クリーシェの姿だった。
「初戦から本性を現すとは、少々気が早いのではないか?」
観客席のハルトシュラーが不敵に笑う。
「クリーシェ選手! なんと変身いたしましたっ! その実力やいかに!?」
実況のアンテナさんはワクワクが止まらないようだったが、対峙しているジークリンデはそんな気分にはちっともなれなかった。
オーラが違う。戦闘の熟練者は“気”を感じられるというが、そのとてつもない力は未熟な彼女にさえ分かるものだった。
しかし、今は圧倒されている場合ではない。彼女は空元気でもって立ち向かう。
「わたしはね! 弟を、お父様やお母様を、領民を、守らなきゃいけないの!
姿が変わったくらいで怯むわたしじゃないのよ!」
渾身の力を込めたストレートを繰り出す。女神はひらりとかわす。
「なんの!」
避けた方向にフック。しかしまたしても逃げられる。
そこへ回し蹴り。当たらない。
「私は創作発表板の全てを見守ってきました。そう、あなたのことも。」
クリーシェは、攻撃を次々に避けながら、まるで別人のような丁寧語で優しく語りかける。
「あなたの攻撃の癖も、全て見切りました。」
ジークリンデはハッとする。避けるだけだったクリーシェが、いつの間にやら自分の背後に回っていたからだ。
慌ててジークリンデが振り返ると、右掌を上に向けたクリーシェが立っていた。
次の瞬間、掌の上に蒼いエネルギー弾が作られ、見る見るうちに大きくなってゆく。
弾が人の顔ほどの大きさになったところで、クリーシェはそれをジークリンデの方へと飛ばした。
避ける間も無かったが、蒼弾は幸いにもジークリンデの髪をかすっただけで後方へと通過していった。
しかし、ホッとする瞬間すらくれず、蒼弾が飛んでいった先から轟音と悲鳴が巻き起こる。
見ると、観客席の前の壁がバラバラに砕け散っていた。
ジークリンデはぞっとするとともに、あることに気付く。
さっきの一撃は当たらなかったのではない。当てなかったのだ、と。
「あ……。」
ジークリンデはしりもちをついた。
何かに滑ったわけではない。恐怖で腰が抜けたのである。
あれが当たったら、死ぬかもしれない。
そんな彼女の様子をどう思ったのかは窺い知れない。ただ、女神は無表情に二つ目の弾を作りはじめていた。
無慈悲な弾はあっという間に完成し、女神はそれを持った手を今度こそジークリンデに向けて伸ばす。

その時、ひとつの人影がふたりの間に割って入った。
人影は大きく手を開いて、クリーシェと向き合っている。
ジークリンデが見上げると、その人影はよく知った弟の姿をしていた。
「お姉ちゃん、降参しよう? あんなの勝てっこないよ。」
弟・ジークフリードは、「勝手なことしないで!」なんて怒られるかも、と思っていた。
しかし、姉の言葉は違った。
いくら無鉄砲でも、意地を張るべきでない時くらいは分かる。
ただ、素直にうなずくのもしゃくなので、返事の代わりにこう言った。
「ジーク、足、震えてる。」
ジークフリードはゆっくりと姉のそばに近寄り、しゃがみこんで笑った。
「お姉ちゃんこそ。」
ジークリンデも薄く笑う。
ジークフリードが手を差し出すと、ジークリンデは一瞬戸惑ったが、結局その手を取った。
まだ足がおぼつかないのか、不本意にも弟に抱きついてしまう。
慌てて自分の体を引きはがした後、審判に向けて、ジークリンデは頭の上で大きくバツ印を作る。
その瞬間、会場は大きく沸いた。
「ジークリンデ選手、降参です! 二回戦進出はクリーシェ選手に決定されました!」

腕組みしながら戦いの様子を終始無言で見守っていた少年がいた。
彼は、終わって初めて、試合開始時から封印していた口を開いた。
「あれが俺の相手か。」
それに対し、隣にいた背の高いボーイッシュな少女がツッコミを入れる。
「いや、陽太、一回戦まだでしょ。……まああれじゃあしょうがないかもしれないけど。」
選手のひとりである少年の一回戦の相手は、一見普通のウーパールーパー・うぱ太郎だ。無視したくなるのも仕方がない。
ともかく、それに勝てば、二回戦の相手はこの戦いの勝者・クリーシェとなる。
「陽太の能力であんな攻撃に太刀打ちできるの?」
「今考えているところだ。」
どうやら、クリーシェの蒼弾を見てもまだ少年は勝ち目があると踏んでいるようだ。
戦いになるといつも発揮されるこの妙な余裕は何なんだろう。
小さな頃から一緒にいたが、いまだにそれが分からない少女であった。

「クソジジイ、あんた言ったわよね。」
大魔女フーリャンもまた、試合後すぐに言葉を口にした。隣にいるサナバーに向けて。
「あの子が私と似てるって。」
「あ、ああ、そうじゃったな。」
「そうね、確かにあのみかん攻撃なんかは、私と張れるくらいの狡猾さかも。」
「……そうかい。」
「でもね、あんた忘れてない?」
「なんじゃ?」
「私は大魔女フーリャンよ。だから私は一回戦負けなんて喫したりしない。それが私と彼女の決定的な違い。」
フーリャンは胸を張って自信満々にそう言い放った。

ジークリンデの控え室。
姉弟は大きなテーブルを挟んで向かい側に座っていた。
「はあ、負けちゃったわね。」
「しょうがないよ、魔法みたいな力使ってたし。」
「世界はまだまだ広いってことね……。」
ジークリンデはテーブルの上にうなだれた。
かつて世の中を見て回るために一人旅に出たが、それでもまだまだ知らないことはたくさんあるようだ。
当たり前といえば当たり前のことかもしれないが。
それはそれとして、ジークリンデはふと感じた疑問を口にする。
「ねえ、ジーク、あなたあの赤い薬飲んだ?」
赤い薬とは、彼女たちが大恩ある薬師からもらった秘薬のひとつである。
彼によると、その薬を飲めばジークフリードはもとの気弱な性格から父親の理想とする勇敢な性格になるらしい。
強力な力を持つクリーシェの前に立ちはだかった弟の行動から、ジークリンデはそんなことを思い出していた。
「ううん、飲んでないよ。」
だが、ジークフリードの答えは否定だった。
「お姉ちゃん、言ってたよね。『わたしは今のわたしが気に入ってるの』って。僕も同じ気持ちだよ。僕は今の僕が好きだ。」
それはジークリンデが旅に出る直前に父に向けて放った言葉の一部。
「ふーん。」
今回のことはジークフリードの持ち前の勇気から出た行動だったのだ。
ジークリンデは弟の成長を喜び、
「そうなの。」
ジークフリードに向けて微笑みかけた。

もう一方の控え室では、調子づいたクリーシェが、訪問してきたひなの相手に騒いでいた。
「よーし、この調子でハルトの野郎もけちょんけちょんにしてやるわよ!
決勝まで会わないみたいだけど、ふさわしい舞台じゃない! 望むところよ!」
タオルを振り回しパイプ椅子を揺らして遊ぶクリーシェに、ひなのは大きなため息をひとつ吐いた。

戦いは始まったばかりだ。

【一回戦第十一試合 勝者 発子・クリーシェ】

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