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「パイプ」、「涙」、「頂点」①

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「パイプ」、「涙」、「頂点」①




621 名前:創る名無しに見る名無し:2009/01/23(金) 20:56:03 ID:gPgW+RXF
 ああ、なんだい? あんたから話しかけてくるなんて珍しい事もあるもんだ。
酒の勢いを借りてでも、言いたい事がある? なんだい、これから俺に告白
でもしようってのかい? はっはっは、物好きもいたもんだな。
 ま、やめといたがいいな。こんな奴に惚れたっていい事なんか何もないさ。
俺もあんたが涙を流すとこなんか見たくない。だから、そういう話をしようって
んなら、ここで話は打ち切りだ。俺はもう寝る。おやすみ。あんたもいい夢を。
 なんだ? 不服そうだな。じゃあ、どんな話ならいいのかって? ……まあ、
そうだな。あんたみたいな物好きになら、俺の身の上話くらいならしてやっても
いいかもな。なんせ、明日はあんな所に行くんだ。誰か一人にくらい、俺が戦う
理由って奴を知っておいてもらいたい……そういう気分なんだよ、俺は今な。
 俺がこんな気分になる事なんか、滅多に無い事だからな。あんたは運がいい。
 さて、何か俺のことで聞きたい事はあるかい? あ? 俺に好きな奴がいるか?
あんたなぁ……そういう話するならこれで打ち切りだ、っつって言ったよな?
 あー、まったく残念だ。せっかく俺の事を色々知るチャンスだったのにな。
自分でそれを見事に無にしやがって。勿体無い事するよなぁ、お前も……って、
何情けない顔してんだよ。冗談だよ、冗談。でも、その質問は無しだ。そういう
話をする気分じゃ、残念ながら無いんだよ、俺は今な。
 で、何が聞きたい? ん? ああ、それか。確かに気になるだろうな。
そうだ。俺は別にこいつを燻らせる趣味はねえ。肺悪くするだけだからな。
そう、あいつにもいつも言ってたんだよ……でも、あいつは聞きゃしねえ。
その事で何度も喧嘩したりしたな。でも、あいつは絶対にこれをやめなかった。
そうだよ、このパイプは、そいつのもんだ。そうだな……何て言ったらいいかは
わかんねえが……一言で言うなら、形見、かな。ああ、そいつはもうこの世に
いねえ。だから、あんたがそんな泣きそうな顔をする事は無いよ。まあ、あいつが
いようがいまいが、あんたにゃその芽は無いんだが。……だから泣くなって。
あんたの涙は見たくないって言っただろ? ったく……そんな涙もろくて、よく
俺達の盾が務まるな。ま、戦いになった時のあんたの凄さは、誰よりも俺が
一番よく知ってるが。
 ……まあ、そうだよ。これが俺の戦う理由だ。敵討ち、って事に、一応は
なるのかな。……はっきりしないって? そりゃそうだ。だって、俺には、あいつ
の仇をどうにかしてやろうってつもりは、これぽっちも無いんだからな。俺の
敵討ちは……仇を討つ事で成し遂げられるんじゃない。結果的に、仇を討って、
その結果が、仇を討った事になる。そういう類のもんなんだよ。
 わかんねえか? えっとだな……明日、あの場所で、俺達が目的を成し遂げ
たら、それが俺の敵討ちに繋がるんだよ。
 ……ああ。あいつは、“頂点”に挑んで、そして死んだ。だから、その敵討ちと
して、俺があいつに代わって“頂点”に挑み、そして、勝つんだ。
 “頂点”には、別に恨みはねえから、普通の敵討ちとは違うんだよな。そこら辺が
ややこしいところなんだけど。でも、“頂点”が居座る、“頂”を獲る為には、
“頂点”に勝つしかない。だからまあ、しのごの考える必要自体ねえのかも
しれねえ。どっちにしろ、“頂点”に勝つ……奴を殺る事でしか、仇は獲れねえ
わけなんだから。
 ……明日、俺達、勝てるよな? ………………なんだい、その不安そうな
顔はっ!? ここは嘘でも男が女を勇気付ける所だろうっ!? 全く、あんたは
いつもいつもそうやって糞真面目で……はぁ。こんな時でも、あんたはあんた
なんだな。緊張とか、してないのかい? 俺は……まあ、わかるだろ? あんたに
こんな話をしてるって時点で察せよ。
 あ? 身の上話って言ってたのに、全然見の上は聞けてない? なんだよ、
俺の戦う理由を聞けたくらいじゃ満足できないのか? まったく、変な所で
贅沢だよな、あんたは。


622 名前:創る名無しに見る名無し:2009/01/23(金) 20:56:12 ID:gPgW+RXF
 ……そうだな……じゃあ、こうしよう。あした、あんたは俺を絶対に生き残らせろ。
んで、あんたは絶対に生き残れ。まあ、できれば他の奴らも生き残ってもらいたい
けど、一先ずは俺とあんたとで生き残ろう。そしたら、俺がどうして俺に
なったのか……そこん所を話してやるよ。
 ……ああ!? あんた最初から死ぬ気かよ!? そんな根性じゃ、“頂点”にゃ
デコピンでのされてしまいだぞ! 気合入れろ気合! あんたが生き残って
なきゃ、俺が生き残っても話する相手がいないんだからな! 絶対生き残れ!
 ……とにかく、今日はもう寝ようぜ。ちょっと話しすぎて、疲れたし。明日に響くと
不味いからな。あんたも寝ろよ、もう。ああ。おやすみ。
 ………………行ったか。
 はぁ……ったく、何なんだよあんたは。せっかく明日で終わる覚悟が出来てたのに、
その為に俺を覚えておいてもらおうとこんな話もしたのに……すっかり、死にたく
なくなっちまったじゃねえか。
 ま、責任取って、俺が私に戻ってからも、あんたにゃ付き合ってもらうとしようか。
 ……その為にも、明日は、死ねなくなったな。
 あいつの敵も討って、その上で俺も死なないで、そしてあんたも死なせない。
 ……奇跡でも起こらにゃ無理だが……起こしてみせようか、一度くらい!


「……なんなんだよ、はこちらの台詞なんだがなぁ」
 彼は、苦笑いを浮かべながら一人ごちた。
 密かに――と思っているのは彼だけで、みなその事実は知っているが――想いを
寄せる、男勝りな女剣士に決戦前夜呼び出されたと思ったら、自分の想いを拒否された
上、彼女の心の中にいる、いまはもうどこにもいない男の存在を延々語られた……まったく
もって、話に聞くだけならばとんだお笑い種である。
 だが、それで良かったと、そう彼は思っていた。
 経緯はどうあれ、話し始めた時に彼女の中にあった死の影が、話が終わる
頃にはなくなっていたのだから。
「お前が生きてくれていれば……何度だってアタックできるからな」
 戦いの中においてそうであるのと同じように、粘り強く執拗にアタックすれば、
あるいは彼女を振り向かせる事だってできるかもしれない。彼女も、生きて帰り
さえすれば、色々自分の事を聞かせてくれると、そう言ってくれたのだ。
 死者に勝つ事はできないまでも、死者に並ぶ事ならば、できるかもしれない。
 その為にこそ、自分は生者として、彼女と共に帰ってこなければならない。
死者として死者と並んでも、意味などないのだ。
 それは、彼女にしても同じだ。彼女が死者として死者と並ぶような事があれば、
それは彼にとっては敗北だ。これ以上無い、完全なる敗北だ。
 それだけは、嫌だった。
「……こんな邪な決意で、明日大丈夫かな?」
 そんな事を思いながら、再び苦笑いを浮かべる彼の目には、空の頂点に
浮かぶ満ちたる月が映っていた。そこにいる存在の事を思い浮かべながら、
それでも彼は、笑いの形を変えた。苦笑いから、不敵な笑みへと。
「俺とお前の未来の為に……奴には、踏み台になってもらうとするか!」
 夜明けと共に、戦いは始まる。
 その結末がどうなるか……それは未だ、夜空に浮かぶ月すらも知らない――

                                                  終わり




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