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「パイプ」、「涙」、「頂点」②

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konta

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「パイプ」、「涙」、「頂点」②


627 名前:お題「パイプ、涙、頂点」 1/6:2009/01/27(火) 07:42:46 ID:dy5OffgV
 学校からの帰り道。
 俺は道端に転がっていた大きめの小石を思いっきり蹴飛ばした。

「痛っ!」

 小石には予想より重量があり、蹴った反動で痛みが走り思わず目に涙が滲む。

「くそっ、今日は厄日だな……」

 何をやっても上手くいかない、こんな日は早く帰って寝てしまうに限る。
 そう結論づけ歩くペースを上げたところで。

「ちょいなちょいな、そこのお兄さん」

 キャッチセールスか? と思い振りかえる。
 そこに立っていたのは見るからに胡散臭い服装をした女だった。

 昔のファンタジーに出てくる魔法使いのような黒いローブ。
 そしてその服装に似つかわしくない手に持った鉄パイプの存在。
 それらが見事に調和し、女からは関わってはいけない人のオーラが出ている。

「お兄さん、今日嫌なことあっただろう?」

 誰だって一日に一つくらいは嫌なことはあるもんだ。
 そうやって興味を引いて、壺やら絵画やらを売りつける。もしくは宗教の勧誘か……。
 なんにせよ、それが彼女の手口なのだろう。

 無視することを決定し、さらに歩くスピードを加速する。

「あぁ~ん、無視しないでくれよぅ。怪しいものじゃないんだよぉ」

 これで怪しくないんだったら、この世の何が怪しいっていうんだ。
 女は全力で早歩きする俺を必死で追いかけながら俺に話しかける。

「う~ん、その嫌なことは恋愛絡みかな?」

 ギクリ。
 ……いや偶然だ。俺くらいの年齢の男なら恋愛である可能性が高いという予想。
 そう、それが偶然にあたっただけだ。

「好きな娘の前でチャック全開、か。高校生だと手痛いミスだねぇ」

 そう言いクスクス笑う女、って待て。
 その事を知っているのは教室に残っていた数人のはずだ。

 その話が既に学外まで伝播している……ってそれはおかしい。
 いくらなんでもそんな些細な事が噂になるはずはない。

 そう思い足を止め女の方を見る。
 俺が止まった事が嬉しいのか、女の表情はニコニコと笑顔だ。 

「何故その事を知っている?」
「のど、渇いた」

 俺が歩みを止めたのは、ちょうど喫茶店の目の前。
 って事はつまり……。


628 名前:お題「パイプ、涙、頂点」 2/6:2009/01/27(火) 07:43:23 ID:dy5OffgV
「やっぱりこうなる訳か」

 そう、ぼそっと呟く。

 しかし目の前の女は俺の奢りの
 パフェとコーヒーに夢中になっていて聞いていなかったようだ。

「んで、あんたは何者なんだ?」

 今度は大きめな声でそう問いかける。

「んにゃ? 見て大体想像できんかいな?」

 女はローブをみょーんと引っ張ってみせる。

「いや、全然分からん」
「むぅー、ジェネレーションギャップって奴かな?」

 ジェネレーションギャップを感じるくらいの年齢差があるようには見えないんだがな。

「じゃあこれをば」

 そういって女は懐から一枚の紙を取り出した。

「魔法淑女、佐藤ちえ……?」

 肩書きの奇抜さ、それに似あわぬ名前の平凡さに驚く。
 が、この程度なら十分対処可能だ。

「で、その魔法淑女さんが何の用ですか?」
「おや、信じてくれる気になったのかい? お姉さん嬉しいよ」

 信じないといったら、信じるまでそれについて話されるんだろう。
 そんな不毛なことをするよりはさっさと要件に移ってもらった方が時間の短縮になる。

「いやね、街を歩いてたら嫌に負のオーラの出てる少年がいたからね。お姉さんが助けてあげようと思って」
「負のオーラって……」
「ふっふっふ、魔法使いはオーラが見えるもんなんだよ」

 誇らしげに笑う女……もとい佐藤さん。

「何でその内容まで?」
「上位の魔法使いになると人の心も読めるんだよ?
 私は一応この地区の魔法使いの頂点に立つ女だからね。それくらい朝飯前さ」

 本格的に危ない人かもしれない。
 警戒心を強めながら慎重に話を進めていく。

「それで、そんなキミにお勧めの商品がこちらだ!」


629 名前:お題「パイプ、涙、頂点」 3/6:2009/01/27(火) 07:44:21 ID:dy5OffgV
 とうとうきた!
 これでキャッチセールス確定だ!

 ゴトリ。
 そんな喫茶店には似つかわしくない音が響く。

「……鉄パイプ?」
「いやいや、これはただの鉄パイプじゃないんだよ」

 そうは言っても見た目はどうみても鉄パイプ。
 言われてみればさっきからずっと持ってたなぁ。

「これは嫌なことを忘れられる魔法の鉄パイプなんだ! キミにぴったりだろう?」

 誇らしげな顔をする佐藤さん(自称魔法使い)。
 はい、アウトー。

「どうして鉄パイプなんですか?」

 なるべく刺激しないようにしないと。
 下手すると目の前の鉄パイプで殴られかねない。

「さっきキミ、石を蹴ったときに、痛くて涙を流しただろう?」

 くそっ、そこまで見られてるんか。
 恥ずかしさで顔が真っ赤になるのを感じる。

「どうして痛いと涙が出るのか、不思議じゃないかい?」

 言われてみれば不思議ではある。何の関係もないような。

「それはね、涙には嫌な事も一緒に流して消しちゃう力があるのさ」
「はぁ……」

 素敵な話だとは思うものの、信じることは到底できない。

「つまり魔法の鉄パイプで思いっきり頭をブン殴られると……」
「いやいや」
「嫌なことを忘れちゃえるんだよ」
「それ、記憶喪失っていうんじゃ……」

 ちっちっち、と音を鳴らし指を振る。
 フィクションの世界ではたまに見かけるが現実でやられるとこの上なく腹が立つ。

「本当ならお金を頂くところなんだけどね、パフェ奢ってもらったし……」
「奢ってもらったし?」
「ただであげちゃおう、お姉さん太っ腹だなぁ」

 ビンゴ! これは催眠商法だ!
 ただでモノをプレゼントしお得感を煽ったのちに、
 割高な商品(布団、浄水器など)を売りつけるあの商法だ!

「はぁ、ありがとうございます」

 素直に受け取っておく。からくりが分かればこっちのものだ。
 ここから反撃開始……と?


630 名前:お題「パイプ、涙、頂点」 4/6:2009/01/27(火) 07:45:31 ID:dy5OffgV
「じゃあ少年、頑張ってくれたまえ」

 そういって佐藤さんは席を立つと、喫茶店を出て行ってしまった。

「え?」

 今度こそ本当にびっくりして動きが止まる。
 頑張るって、何を?

「本当に何もなし? え? え?」

 場所が喫茶店であることも忘れ、
 発信器でもついてないかと鉄パイプを調べる俺。

「ただの鉄パイプだな……」

 放心状態。あのお姉さんは何がしたかったのだろう。
 そんな事を考えこんでいると。

 コンコン、とガラスを叩く音。
 それに気が付きそちらの方を向くとそこには……。

「あれ? 遠藤くん?」

 俺の名前は遠藤修二であるからして明らかに俺に声をかけているのであるが、
 問題はそこではなく、その声の発生源が清水さんであることだ。

 清水さんとは、清水優子さんのことであり、
 俺が絶賛片思い中の人であり、本日チャック全開の姿を見られてしまった人です。
 なんでこんなとこになんでこんなとこに。

「ナンデコンナトコニ?」

 しまった内心がそのまま出てしまった。
 しかも緊張して片言になってるし。

「たまたま見かけたからさ、どしたのかなーって。待ち合わせ?」
「いや、違うけど……」
「ちょっと待ってて」

 どう説明したもんだろうか、と思っていると清水さんが喫茶店に入ってくる。


631 名前:お題「パイプ、涙、頂点」 5/6:2009/01/27(火) 07:46:41 ID:dy5OffgV
「う~ん、私ココアで」

 そうウェイトレスさんに注文し、俺の前、つまりさっきまで佐藤さんが座っていた席に座る。

「で、どうして一人で喫茶店に? ん? これ鉄パイプ?」

 あちゃー、やっちまった。そりゃ不審に思うよな。
 いい言い訳も思いつかなかったので正直に白状することにする。

「いや、キャッチセールスのお姉さんに魔法の鉄パイプだって売りつけられて」
「遠藤君流石だね! 普通の人にはその返しは出来ないよ」
「これがマジなんだよ……」
「マジならもっと流石だよ、うん遠藤君すごいや」

 なんだか微妙な関心のされ方をしているような……。

「で、いくら取られたんだい?」
「いや、パフェとコーヒー奢ったらただで譲ってくれるって」
「うん、やっぱり流石遠藤君だ」

 清水さんにとって俺はどんな奴だと認識されているのだろう……。

「しかしそれにしてはさっき見た時は凹んでた気がするんだけど?」
「そう?」
「こう、オーラ的なものが出てたよ」

 もしかすると清水さんは魔法使いなのかもしれない。
 佐藤さんの話のせいで一瞬そんなことを考えてしまう。

「何かあったのかい? もしよければ相談してくれないか?」
「いや、学校で、あの、チャックが……」

 何となくその場の空気に流されて口を滑らせてしまう。
 言った後でしまった、と思ったが時すでに遅し。

「なんだ、そんな些細なことを気にしてたのか!
 あっはっは、そんな不運なナイープボーイに何か奢っちゃる!」

 と笑い飛ばす清水さん。

「もうここまで来たら一人も二人も一緒だし俺が奢るよ。悩みも聞いてもらったし」
「そうかい? 悪いね。じゃあ今度何か埋め合わせをさせてもらうよ」

 といったところで清水さんのココアが空になる。

「うん、じゃあこの辺で私は失礼するよ」
「あ、俺も」

 会計を済ませ喫茶店を出ると、入る頃は明るかった空が暗くなっている。


632 名前:お題「パイプ、涙、頂点」 6/6:2009/01/27(火) 07:47:28 ID:dy5OffgV
「じゃあこの辺で……」
「ちょっと待った! かよわい女の子を夜道に放りだすなんて本当に男の子かい?」
「……送っていくよ」

 情けない話だが、清水さんから声をかけてくれて助かったというのが本音だ。
 送っていこうとは思っていたのだが、声に出す勇気はとてもじゃないがなかったし、
 そんな展開になったら何を話せばいいのかとか色々考えてしまって……。

「定食屋!」

 そんな事を考えていたら清水さんが突然叫ぶ。

「定食屋で奢ってやろう、今週末は空いてるかい?」
「土曜も日曜も空いてるけど……なんで定食屋?」
「前から気になってはいたんだけどね、女だけだとそういう場所は入りにくいもんなんだよ」

 なるほどそんなもんなのか。

「ん、ここでいいよ。このマンションだし」
「そう? じゃあ明日学校で……」
「だね。じゃあおやすみ!」

 マンションに入っていく清水さんの姿を見送る。

 今週末に会う? 俺と清水さんか? マジで?
 それってデートじゃね? ってか今の喫茶店も……。

 一人になってようやく俺の脳みそが回転を始める。
 とそこで手に持っている鉄パイプの存在に気がつく。

「嫌な事を忘れる鉄パイプ……か。あながち嘘でもないかもな」

 結果として今の俺は学校であった些細なこと(本人にそう言われたし)を忘れ、
 今さっきあったことと、今週末のことで頭がいっぱいになっている。

 これも元はといえば鉄パイプ、もとい魔法淑女佐藤さんのおかげではある。
 ……まぁ偶然だろうが。

 しかし魔法のおかげでこうなったと考えてもいいかもしれない。
 とりあえずこの鉄パイプは大切に保存しておこう、そう心に決めたのだった。




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