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楽園と守護者

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楽園と守護者


乾いた風が吹いている。空には灰色の雲がのしかかるように広がっているためか周りが薄暗い。
何も無いひび割れた大地には樹の根っこのようなものが這っているだけだ。
樹の根っこの行方を辿ると巨大な竜巻に当たる。竜巻はそこにある何かを守るように動かない。
「今回は大物だ」
「みたいだな」
竜巻の中から感じる無限桃花の気配は今まで感じたことがないほど強い。
ハルトシュラーは既にいない。自力で進入するしかないようだ。私は意を決して竜巻に近づき、中に入る。。
時間にしたら十秒にも満たなかっただろう。渡っている間、体が風で飛ばされるということはなかった。
最初に聞こえたのは声だった。大人の女性だと思う。その後、また別の声がと次々聞こえてきた。
目を細めているだけなのに見たこと無い景色が見えてくる。町の中だったり山を眺めていたり海で泳いでいたり。
これは誰かの記憶だということに気づいたのは声や景色がなくなってからだった。
竜巻の内部は外と同じようにひび割れた大地が広がっている。ただ風は吹いていない。
ひとつ違うのは大樹があることだ。根っこはそこから出ている。幹しか見えないが恐ろしく大きいものに見える。
大樹に近づく。見上げても天辺は見えない。星の外まであると言われても疑わないほど大きい。
一人の少女が大木を見上げていた。いつからそうしていたのかはわからない。
「もうすぐ世界は生まれ変わります」
私は足を止めて得物を構える。背中を見せていた彼女が振り返る。
生物じゃない。彼女の瞳を見たと同時にそう直感する。姿かたちは桃花のそれであるが中身は全くの別種。
その中身までは見極めることが出来ない。
「シカ・ソーニャさん。あなたも楽園を見に来たのですか?」
「いや、お前を殺しに来た」
彼女が微笑んだ。いや、それが微笑むという感情であったかはわからない。
ただ顔を動かしたらそうなっただけなのかもしれない。
彼女が再び背中を見せた。私は躊躇いなく間合いを詰めて、彼女の背中に剣を突き立てる。
肌に当たる寸前で剣が壁にぶつかる。魔法の障壁だ。
「神はなぜ我々を楽園から追放したのでしょう。この苦しみに満ちた世界に」
一度後ろに下がり、間合いを取る。彼女はまるで何事もなかったかのように語る。
「苦しみはやがて悲しみに変わり、悲しみから怒りが生まれ、再び苦しみへと廻る。
 終わらぬ輪廻の中でただ人々は僅かな喜びと引き換えに多大なる苦しみを背負います」
角度を変えるために彼女の横から攻撃を試みるがやはり阻まれる。彼女は手を下ろしたまま
目の前の大樹を見上げているだけだ。こちらに一切の気を払っていない。
「私もまた多くの悲しみを経験し、それは激しい怒りとなって恐ろしい憎悪と共に心を蝕みました。
 その時、私の運命は……いえ、それもまた運命どおりだったのでしょうか」
正面などからも攻撃を試したが相手には届かない。試しに獲物の一部を小さい玉にして
投げつけるが相手にくっ付くことなく手元に返ってきた。
「怒りから覚めた後も私の悲しみは消えませんでした。これから私は死を迎えるまでこの悲しみから
 逃れることが出来ないのかと深く絶望しました。私がこの世に生まれたのはただこの悲しみを
 見るためだったのかと。妹は……」
言葉尻が小さくなり最後まで聞き取れなかった。それはいいとしてどうしたものかと悩む。
どれだけ攻撃しても彼女は微動だにしない。魔法で防御しているならば攻撃してればいつかは魔力が
尽きるかもしれない。そんな可能性を信じてとりあえず攻撃し続ける。
「そして私は目覚めました。この世界を縛る悲しみの連鎖を絶つために。全てを救済するために」
視線がゆっくりと降りていく。しかしまだまっすぐと大樹を見ているだけだ。
「悲哀も苦難も憤怒も苦痛も人々の負を全て私が取り除きます。その背負いし罪も私が全て赦します。
 人々がただ幸福の中にいる世界を私は創ります」
「神にでもなるのかい」
あまりにも壮言大語な話に思わず突っ込む。
すると彼女はゆっくりと私を見て、また微笑みに似た表情を浮かべた。
「神は楽園から人を追放し苦しみを与えた存在。
 ならば私は神を殺し、地上に楽園を創り守護者となりましょう」

彼女は私に右手を差し出す。
「あなたの背負いし罪も私は赦します。
 あなたの満たぬ心の空白を私が満たします。
 あなたの求める最高の一瞬を私が見せてあげます」
差し出された手には傷一つない。白く滑らかな肌だ。作り物のようにも見える。
この手を握れば私は幸福になれると彼女は言う。それを信じるならば握らないという選択肢はない。
私は得物を左手に移し、右手を彼女に伸ばす。
この手を取れば。
「……それがあなたの答えですか」
触れる前に彼女が手を引く。彼女には私の魂胆がわかったようだ。
掴むことができれば殺すことも出来るかもしれない。そう考えたのだ。
「お前の理想郷はつまらなそうだ。与えられるだけの幸福に価値はあるのかい?」
「努力をしてその先に結果という実りとともに得られる幸福の味。
 私はそれを凌駕する幸福を与えられると約束できます」
「詐欺師はいつでも更なるものを約束するよ」
左手に移した得物を右手に戻す。試しに斬ってみるがやはり壁に弾かれた。
彼女は残念そうな表情を創る。
「それならば仕方ありません。元の世界へとお帰りください……というのもダメなんですね」
「お前だって自分が寄生されていることがなんとなくわかるんじゃないか?」
彼女が信用出来ない最も大きな理由は寄生の影が出ているからだ。
この世界の現状は世界を食らうという寄生の影響とも十分に考えられる。
「確かに私は寄生されています。やがて私は世界を滅ぼすでしょう。
 ならばその後で滅びた世界を生き返らせればいいのです」
彼女が大樹に視線を戻す。大切なものを見るような眼だ。
「そのためにこの樹はあるのです。寄生が成長する上で必要とする世界の力を
 樹が先回りして全てを吸い尽くすことで枯らすことであなたとは別の方法で寄生を取り除きます」
なるほど。寄生そのものを殺すのではなくその栄養源を断つことで仕留める。
思いついたとしても私には実行できないことだ。
「ま、殺すことは確定してる。嫌なら私を殺すんだな」
「そうですか……」
悲痛な面持ちを浮かべる。
この桃花は本当に心から人を救うために能力を発現させ、数々の障害を取り除き、ここまでたどり着いたのだろう。
世界をもやり直す救済の能力。その果てに彼女は人や桃花という枠すらも超越した何かになった。
「仕方ありません。これを神が科した試練……いえ、下した試練だと言うのならば
 越えて見せましょう。全ての人々の幸福のために。全ての未来を安息にするために」

彼女が手を突き出す。それに斬りかかるがやはり障壁に阻まれる。
胴体を何かが貫通していく。それに引っ張られて私の体も後ろへと吹っ飛ぶ。
腹を撫でるが怪我はしていない。痛みも無い。ただ距離が取りたかっただけか?
風が音を立てながら吹き荒れる。囲っていた竜巻が白い渦巻く煙となって上っていく。
空が晴れていく。雲が消えた先にあったのは大樹の枝だった。青空が見えぬほど広がっている。
まるで星の傘だ。
「一つ忠告を忘れていました。私は剣や魔法による攻撃は効きません。
 楽園が誕生するまで私は死ぬことが出来ませんので」
どうやら魔力切れだとかそういう問題ではないようだ。彼女に害を成す全ての影響を防御するとしたら
これはちょっと勝てる見込みがない。
突き出していた腕を横に振るう。枝だらけだった空が光に満たされる。嫌な予感しかしない。
腕を下ろしたと同時に光は矢となって降り注いできた。身を覆う盾を作る。
雨が注ぐように光が注いでくる。弾けるような音が私の世界を満たす。どうにか防御は出来るようだ。
音が鳴り止んだと同時に走り出す。近づかなくては殺せない。途中で石を拾い、得物に入れる。
一直線に走ってきた私に彼女は地面を沿う刃を放ってきた。この戦いは昔やった巫女との戦いに似ている。
あの時は相手の体力切れを狙ったがこいつ相手にはそれは無理だろう。
刃を避けながらタイミングを見極める。相手が刃を放つ瞬間。弾を撃ち出す。
魔術を同時に二つ展開できないかもしれないと踏んだのだが残念ながら普通に防御された。
続けて何個か撃ちこむが当たって砕けるか弾かれてどこかへ飛んでいくかだ。
ある程度距離を詰めたら今度は彼女の周りを回り始める。後ろは平気とかないだろうかと思ったが
そういえば彼女がさっき話しているときに全方位から攻撃したことを思い出した。
だがこれは攻撃をするためにやっているのではない。ある検証をしているのだ。
私が撃った弾は弾かれて彼女の後ろ、つまり大樹へと飛んで行った。彼女の周りを周回することで
大樹との距離が近くなる。悟られぬように耳を澄ませながら石に混ぜて飛ばした得物を回収する
バリと樹を裂く音が聞こえる。これで私は自分のなすべきことがわかった。
彼女を殺すことが出来ないならこの樹を破壊しよう。
魔法を展開し続ける彼女の魔力の元がこの樹に関係するのならば破壊すれば彼女も殺せるようになる。
得物を回収した後、走る方向を変える。今度は大樹を周回するのだ。
離れていく私を最初は追わなかったが目的に気づいたのか先ほどと比べものにならないほどの魔法が飛んで来る。
得物を傘のように広げることで背中からの直撃を防御するが全ては防ぎきれない。地面に当たった光は
先ほどと異なり跳弾するようになっててランダムに飛んで来るそれを手で防御するしかない。
肉の焼ける匂いと手を切り落したくなる痛みに耐えながら根っこの一つに近づく。。
攻撃が心なしか少なくなった。大樹を傷つけるのはやはりまずいからだろう。確信を持って得物を剣に変える。
この瞬間を狙われても困るので大樹の影に隠れる。幸いにも根っこだけで私の体はだいたい隠れる。
竜と戦ったときはこんな太いのは切れなかったが鱗のついたあれと樹はだいぶ違う。
振り下ろした得物はめきめきと音を立てながら樹を破壊した。切れた場所から妙な匂いがする液体が漏れだす。
「それ以上はさせません」

攻撃が飛んで来ないと思ったら自分の頭上に彼女が飛んでいた。右手に光が集中している。
転がって避けて起き上がり様に得物を伸ばして攻撃する。すると彼女は初めて防御姿勢を取った。
だがまだ足りない。私は再び走り出す。先ほどと同じように背中を得物で防御する。
この追いかけっこが続き、私が四つ目の根っこを壊したとき、限界が来た。
私の両腕はもう得物が握れないほどひどく焼きただれ、体もかなり焼けている。
彼女は飛んで追いかけていたのがやがて地面を走りはじめ、攻撃の頻度も明らかに少なくなった。
お互いに肩で息をしてにらみ合う。ここで勝負を決める。残り僅かな体力を使って走る。
間合いを詰めるつもりだったが足が言うことを聞かず、そのまま体当たりをする形になった。
彼女は避ける体力がなかったのかわざと避けなかったのか巻き込まれて地面に倒れる。
ただ倒れるだけではない。得物を動かしてしっかり腹に差し込む。ずぶりと肉体に入っていく。致命傷だ。
覆いかぶさるように倒れているので彼女の顔が目と鼻の先だ。だから彼女の呟きが聞こえた。
「ごめんなさい」と。
まるで人間のように涙を流しながら誰かにずっと呟いている。
それは自分が救えなかった人間たちにだろうか。それとも自分自身に対してだろうか。
得物を腹から抜き出し、彼女の首に降り降ろした。返り血が私の顔を染めていく。
体を得物で動かして仰向けになる。大樹にはまだいくつもの根っこがあるだろう。しかし
根っこから漏れ出す世界の力とやらは想定以上に漏れ出すのが早かった。故に大樹を維持し
世界再生の魔力を残すためには彼女の魔力を減らさざるを得なかった。真相はわからないがそうしておこう。
木の枝が大きく揺れているように見える。上空では強風が吹いているのだろうか。
いや、あれは枯れているのだ。見る見るうちに先から色が変わり、木の葉が落ちていく。
途中まで舞っていた木の葉は風に吹かれて消えていった。大樹が自身を維持できなくなってきたようだ。
枝の先のほうから消滅していく。風に吹かれて木の葉が舞うように、波に飲まれ砂が形を変えるように。
静かになくなっていく。この世界の希望と言えたものが。隣を見ると彼女もいなくなっていた。
これで全部消えたのだろうか。そう思っていると上から何かが降りてきた。
だんだんと近づいてきてその正体がわかった。大きな果実だ。ただし中に人が入っている。
果実はそのまま私の隣に降りて、蕾が花を咲かせるように綺麗に割れた。優しい風が一緒に出てくる。
それを中心にひび割れた大地に緑の絨毯が広がっていく。まるで生命があふれ出すかのように。
気づいたら両手の痛みもなくなっている。見てみると元の傷のない肌だ。
そうか。大樹は既に実らせていたのだ。世界を蘇らせる果実を。なら私の隣で寝ている彼女は?
声をかけながら揺り起こすと彼女はゆっくりと目を開けた。

「あれ……ここは?」
上体を起こして周りを見渡している。私も周りを見る。
どこまでも草原が広がっている。地平線の先まで何もない。
「わたし、起きたの?」
「頬でも抓ればいいんじゃないか」
言われたとおり抓っている。痛い、と頬をさすりながら恨めしそうに見る。
「何も覚えていないのか?」
「ずっと寝てたから……。長い夢を見てたの。お姉ちゃんが私にごめんなさいってずっと謝ってて
 お姉ちゃんのせいじゃないよって言いたいけど手足も声もなにも出来なくて……。
 そうだ。お姉ちゃんは?」
「死んだよ」
彼女に問いに私はにべも無く答える。しかし思ったよりも彼女は悲しそうな表情をしない。
むしろ知っていたような風がある。
「お姉ちゃんが言ってたの。この世界を、人々を、彼方を絶対に救ってあげるって。
 絶対に無理だよって止めたかったんだけどやっぱり止められなかった。
 やっぱり無理だったんだよ。あんなこと」
「自分の姉を信じなかったのか」
「だってわたしのお姉ちゃんだもん。絶対どこかでどじっちゃうよ」
そう言って彼女はにっこり笑った。屈託のない可愛らしい笑顔だ。
彼女が立ち上がり、服を払う。私もそれに倣う。
「ねぇ白い騎士さん。お姉ちゃん最期になんて言ってた?」
「ごめんなさいと言っていた」
「そっか」
彼女が地平線のほうに目を向けている。だがその目に何が映っているのだろうか。
風が吹いていた。背の低い草しか生えてない草原を撫でるように。
青い空には白い雲が浮いて、太陽は穏やかな温かみのある日差しを降り注がせている。
こんなにもこの世界は美しい。これがあの桃花の求めた世界なのかもしれない。
でもそれを享受出来るのは私と彼女しかいない。人間どころか虫一匹すらいない。
ただいないだけなのか。本当にいないだけなのか。それは私にもわからない。
果実に彼女が含まれていたのはたぶん一番に妹にこの景色を見せたかったとか
そんな理由なのだろう。
「君はどうする?」
このままこの世界で生きていくとして一人でどのくらいのことが出来るだろうか。
もしかしたら地平線の向こうには既に村があって人々が集まっているかもしれない。
でも私はその可能性を、散っていった桃花を信じることが出来なかった。
だからもしも彼女が望むなら私はここで彼女を殺そうと思ったのだ。
「信じてみます」
思わず彼女の顔を見る。自分の心を読まれたのでないかと錯覚してしまう。
不安や恐怖。そういった負の感情が見えない穏やかな表情。
「お姉ちゃんの遺した世界を信じてみます」
私は彼女に姉が何をしたかは言っていない。眠りながらその光景を見ていたのだろうか。
姉妹なら直感でわかるのか? そんな馬鹿げたことを考える。
私は彼女に頷く。何か言おうかと思ったがかける言葉が浮かばなかったので笑いかけた。
「変な笑顔」
彼女は笑い声を上げる。私もつられて笑った。
迎えに来たハルトシュラーは彼女は見れなかった。言葉で説明するがあまりよくわかっていない様子。
そして手を振って私たちは別れた。彼女の手を振る姿を眺めながら柄にもないことを私は願った。
願わくば彼女に幸福があらんことを。



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