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ビューティフル・ワールド 第三話 始動」(2010/02/03 (水) 23:50:50) の最新版変更点

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先程からコンロで熱されていたやかんが、蓋から蒸気を上げながら音を鳴らす。どうやら中の水が沸騰した様だ。 イスに座り、静かに新聞を読んでいたルガ―は立ちあがると、再び珈琲を入れ始めた。 珈琲を入れるのは四人分。二階の客室で寝ている、今だに正体不明の三人と、その三人の目覚めを健気に待つ遥の分だ。 全員分のティーカップに珈琲を注ぎ終え、甘くならない程度に砂糖とミルクを入れ、お盆の上に乗せる。 こうして見ると、ルガ―のエプロン姿は実に様になっている。正に喫茶店のマスターといった面持だ。 客室には、遥と一緒にライディースも入っている。あの三人は悪い人間ではないとは思うが、もしかしたら状況が理解できずパニックを起こすかもしれない。 その際、ライディースに遥と一緒に自分が着くまで場を収めて欲しいと伝えている。まぁ今の所、特にドタバタしている様子は無いから心配ないと思うが。 階段を昇り、いざ客室へと。ドアの前に立ち、ルガ―は軽くドアをノックし、言った。 「失礼、珈琲を入れてきたよ。少しは落ち着いたかね?」 もし三人が起きていた場合、なるべく緊張させない様、出来る限り温和な表情を浮かべてルガ―はドアを開けた。 「遥ちゃんの髪……良い香りね。食べちゃいたい」 「ひゃあ!? か、髪の毛の匂いを嗅がないでください! くすぐったい……です」 「眠気覚ましにちょっとだけ……」 「もう駄目だ……俺は会長と……俺は会長と不埒な夢を見てしまった……俺はもう……」 「……寝言くらい誰でも言いますよ。だから隆昭さん……そう落ち込む……落ち込む事ないですよ……多分」 客室へと足を踏み入れたルガ―を迎えたのは……色んな意味で反応に困る、何というか珍妙な光景だった。 悪戯っ気に満ちた笑みを浮かべながら、遥を抱き寄せてくんくんと髪の匂いを嗅ぐ女性と、逃げようとしても逃げられず、女性の成すがままにされる遥。 ソファーの上で落ち込んでいるのか、暗い表情で体育座りをしている青年と、正座し、どこか浮かない表情で青年を慰めている、銀髪のショートカットの少女。 そしてこのカオスな光景に、ただただ苦笑いを浮かべて壁際で腕を組んでいるライディースである。 ルガ―はライディースとアイコンタクトを取る。大体の状況は掴めた。掴めた、が……困ったな。 この三人、悪い人間ではないものの、一癖も二癖もありそうだ。そう……我々、やおよろずの様に。つまりそれは、一筋縄ではいかないと言う事。 一先ず、この三人の中でリーダー……代表者と話をするべきだな。ルガ―はそう判断し、遥を弄んでいる女性へと近づいた。 「その子はウチの大事な人材でね。そろそろ離してはもらえませんかな?」 ルガ―の発した言葉に、女性は一息吐くと遥をベッドから優しく解放した。よっぽど強い力だったのか、何故か遥は息を荒げている。 ルガ―に気付き、ソファーにいる二人が座り直した。二人ともその表情は硬い。恐らく初対面である事と、ルガ―の鍛え上げられた図体に緊張しているのだろう。 「珈琲を入れてきたんだ。そろそろ落ち着いた頃だろうし、一杯如何かな? お話でもしながら」 女性はルガ―が片手で持っているお盆の上の珈琲に目を向けた。そして含みのある笑みを浮かべて、ルガ―に返答した。 「有難く頂くわ。伊達男さん」                        ビューティフル・ワールド                     the gun with the knight and the rabbit ジリジリと肌が焼ける様な緊張感が、廃工場内を支配する。一瞬でも火花が付けば、すぐに爆発してしまいそうな、 そんな雰囲気の中でも、一人と一機に怯む様子はなど微塵もない。むしろ、そんな緊張感さえ愉しもうとする不敵な気慨さえ感じる。 驚異的な身体能力で、悪漢どもを瞬時に蹴散らした赤毛の男、リヒト・エンフィールド。そのパートナーにして、未知数の実力を隠し持つ白きオートマタ、ヘ―シェン。 雰囲気からして底知れぬ強さが窺い知れるこの一人と一機に立ち向かうは、前門のグスタフ・フレ―ンと後門の野良オートマタ軍団。 リヒトとヘ―シェンは背中合わせに、互いの倒すべき敵を定める。リヒトはグスタフ、ヘ―シェンは野良オートマタ軍団だ。 と、グスタフが懐から、悪趣味な装飾が成された、長い銃身が印象的なリボルバーを取りだした。 そして血管が切れそうなほどの大声で、リボルバーを思いっきり振り下げながら野良オートマタ軍団へと叫んだ。 「行けぇぇぇぇぇぇぇ! このクソッタレ共をぶち殺せぇぇぇぇぇぇぇ!」 リヒトは指をハッキリと響く程に鳴らすと、ヘ―シェンに向かって明快な声で伝えた。 「俺はグスタフを〆る。頼んだぜ、相棒」 伝えるが早く、グスタフの方へと走り出したリヒトに、ヘ―シェンはサムズアップしながら明るい声で答えた。 <あいあいさー!> かくして、グスタフの咆哮により闘いの火蓋が切って落とされた。 リヒトにグスタフを託し、ヘ―シェンは改めて倒すべき敵である、野良オートマタ達へと意識を集中させる。 先程まで囲っていた野良オートマタ軍団がほぼ一斉に、ヘ―シェンへと襲いかかる。奴らに作戦や戦略などという、高尚な物は無い。 ひたすら獲物となるオートマタを力押しで倒すだけだ。だが、例え一機一機は貧弱でも、それが束となると話は別。 どんな強いオートマタでも、腕や足等を掴まれて動きを封じられれば最早成す術なし。ハイエナにたかられる草食動物の如く、喰い殺されるだけだ。 しかしヘ―シェンに慌てる様子も無ければ、慄く様子もない。逆に、指を立てるとちっちっちっと左右に振って、余裕たっぷりに言った。 <あらあらうふふ。そんなガッつかなくても、美女は逃げませんよ~> 二機がヘ―シェンを抑え込もうと、左右から迫ってくる。かなり距離が近い。ぼやぼやしていれば、あっという間に抑え込まれてしまうだろう。 だが、ヘ―シェンは動かない。まるで……何かの期を伺っている様に。ふと、ヘ―シェンの両足が緑色に淡く発光している事に気付く。 二機の魔の手が伸びる。このまま……と、その時。ヘ―シェンは両膝を屈めた。そして、二機が目前まで迫って来た途端。 ヘ―シェンは勢い良く両膝を伸ばすと、天高く跳び上がった。その衝撃で、二機の両腕が原型が無くなる程に粉砕した。 バランスを失ってゴロンと動けなくなる二機。残りの野良オートマタ達が、飛び上がって姿を消したヘ―シェンを探す為に右往左往する。 <おーにさんこーちら> ヘ―シェンの声が響き渡る。探していた獲物の声がして、野良オートマタ達がその方向に体を向ける。 しかし何処を見ても、ヘ―シェンの姿は見えない。何処に居るのかと――――その時。 一機が妙な違和感を感じる。異様に頭部が重い。おまけに中のカメラアイが故障でもしたのか、周りの景色が緩やかにモザイクと化していく。 頭部を触り、異変を確かめようとした――――瞬間、その違和感の正体に、気付く。 何時の間にか、ヘ―シェンは野良オートマタの一機の頭部に器用に片足立ちしていた。それも両腕を組みながら。 しかしバランスを崩す様子は全く無い。その立ち方は、まるで曲芸の様に美しい。 ヘ―シェンは無言で周囲を軽く一瞥すると、次の瞬間、思いっきり自らが乗っている野良オートマタの頭部を踏み潰した。 踏み潰すと同時に飛び跳ね、空中で華麗に一回転すると、近くに居た野良オートマタの頭部目掛けて左足を思いっきり叩き落とす。 しかしそこでヘ―シェンの動きは止まらない。再び飛び跳ね、その後方に居る野良オートマタへと空転しながら右足で思いっきり叩き落とす。 信じられないような身軽な動きで、ヘ―シェンは左右の足を巧みに使い、次々と野良オートマタ達を破壊していく。 空中の敵に対応できないのか、ヘ―シェンの常軌を逸した機動力にあっけに取られているのか、野良オートマタ達に抵抗する術はない。 最後のオートマタの頭部を踏み潰し、へ―シェンはぐるりと月面宙返りをして、綺麗に着地した。 <お気の毒ですが――――貴方達は、すでに死んでいます> 着地と同時にヘ―シェンがそう言い放った瞬間、野良オートマタ達は一斉に倒れた。 頭部を完全に潰された機体、ピンポイントに動力部を破壊された機体等、各々の違いはあるが立ち上がれる野良オートマタが居ない事だけは確かだ。 圧倒的な強さで、ヘ―シェンはこの闘いを制した。勝因は至極単純である。強いのだ。ヘ―シェンは。 <さて、マスターの方はと……> 少し時間を戻し、リヒトの方に視点を向けてみよう。 ヘ―シェンがオートマタ達を挑発している頃、リヒトはまっすぐ走り出していた。無論、一切武器無しで、だ。 「何のつもりかは知らねぇが……止まれ! 止まんなきゃ殺すぞ!」 グスタフは向かってくるリヒトにそう言いながら、リボルバーの引き金を引く。銃弾はリヒトの頬を次々と掠めていく。 恐らく、グスタフはワザと狙いを外しているのだろう。この期に及んで、まだ自らが優位だと思っているからだ。 言動や態度は三流だが、腕はそれなりらしい。銃弾を掠める毎にリヒトの頬が削れ、コンクリートに生暖かい血がポツポツと落ちていく。 しかしリヒトは怯む事無く、グスタフの元へと疾走する。その目に迷いは無い。例えダメージを受けようと、リヒトの足は止まらない。 気付けば残り二発。グスタフの顔に、はっきりと焦りが見え、リボルバーを握っている手が若干震えだす。 「……くそったれが! そんなに死にたきゃ殺してやるよ!」 どうにか震えを押えながら、グスタフは狙いをリヒトの額目掛けて定めた。 そして――――引き金を引く。いくら化け物染みた身体能力があろうと、この距離だ。奇跡でも起きない限り避けられはしない。 避けたとしても、まだもう一発弾丸は残っている。どちらにしろ、俺の勝ちだ――――。必然的な勝利に、グスタフの頬が自然に緩む。 「狙うなら最初に狙えっての……だから三流なんだよ」 そう呟きながら、リヒトは右腕を顔の前に目一杯伸ばすと、手首を左手で掴んだ。予想だにしない行動に、グスタフが驚嘆する。 「何をする気だ!?」 次の瞬間、リヒトは飛んでくる銃弾を人差し指と親指で挟んだ。いや、掴んだ。勢い余ったのか、リヒトは体を右方向に回転させた。 まさかの防御行動に、グスタフの顔が青ざめる。銃弾を生身で、しかもほぼ至近距離で塞ぐなんて……本当に化物か、この男は。 「お返しだ。射撃の手本を見せてやる」 回転しながらリヒトは掴んだ銃弾を空中に向けて放り投げる。同時にグスタフの方へと向き直る。 慌てて、グスタフがリボルバーを向けた。あと一発。この銃弾を外せば、実質グスタフの負けが決まる。 早く、早くこいつを殺さないと、俺はあの人に殺されちまう! グスタフの額と手に大量の冷や汗が滲む。 狙いはリヒトに向かってまっすぐ向かっている。外す要素は無い。だが……だがだ。 本当に当たるのか? こんな無茶苦茶な事を平気な顔で行える男に――――いや、当たる。当たる筈だ。むしろ当たってくれ。 何が何でも殺すんだ、コイツを、コイツを殺すんだ! グスタフは覚悟を決め、引き金を引く為に指を掛ける。 グスタフが銃を構えると同時に、リヒトは目の位置まで両腕を伸ばし、右手を握り拳にして立てると、左腕で固定した。 銃弾が右手へと落ちてくる……瞬間、リヒトはリボルバーの銃口目掛けて、銃弾を親指で弾いた。 弾かれた銃弾は吸い込まれる様にリボルバーの銃口へと飛んで行き、一切ぶれる事無く、銃口へと。 その一瞬をグスタフは全く認知出来ない。引き金を引いた――――。 「ぐわぁっ!」 銃身内で銃弾同士がぶつかり、グスタフのリボルバーが暴発した。その衝撃に思わずグスタフはリボルバーを手放す。 「し、しまった!」 グスタフは拾おうとその場に屈むが、次のグスタフの目に映ったのは、あの男の、影。 恐る恐る、グスタフはその顔を上げた。あの男が、悪魔の様な天使の笑顔で、言った。 「次はちゃんとした銃を買うこった。ま、その前にお前は中身を伴え。1000年掛かっても無理だけどな」 瞬間、リヒトのローキックがグスタフの顔面を直撃した。と、言ってもだいぶ手加減しているが。 グスタフは勢い良くゴロゴロと転がると、壁に激突して仰向けになった。白目を剥き、口から唾液が零れている。 とはいえ死んだわけではない。あくまで気絶しているだ。しかし手加減でもこれほどの威力なのは恐ろしいが。 <何時もながらやりすぎです。マスター> 「良いんだよ。こういう連中は生易しくすれば図に乗るからな。徹底的にやれば懲りるだろ」 <どっちが悪役か区別が付きません> 「あんな戦い方したお前には言われたくない」 戦闘終了。野良オートマタ軍団はヘ―シェンによって全て沈められ、長であるグスタフ含め、悪漢は全員、リヒトの鉄拳により再起不能となった。 大型機械に隠れ、静かに息を潜めていた子供達が、恐る恐る出てくる。そして目の前に光景に、息を飲んだ。 あれほど恐ろしい存在だったグスタフ達と、凶暴なオートマタ達が見る影も無く撃沈しているのだ。 と、リヒトに話しかけられた男の子が、リヒトに気付いて走り出す。他の子供達は顔を見合わせると、頷き合い、男の子に続く。 <それで今回のクライアントは誰なんですか?> 「ちょっとした大富豪だよ。数週間前、旅行中に息子が居なくなって、警察を頼っても見つからないってな。  それで最近、こいつらの悪事を耳にして、もしかしたら何か絡んでるんじゃねーかなと思って探ってみたらビンゴ」 <……あぁ、それじゃあマスターが話しかけたあの男の子は> 「そう、クライアントの一人息子。俺の話をすぐ理解してくれる賢い子で助かったよ」 リヒトとヘ―シェンの周りに、子供達が集まる。 絶望的な状況から助けて貰った事で、感極まり泣いている子や、リヒトを羨望の目で見つめている子、反応は十人十色だが、共通しているのは助かった事に対する安堵だろう。 しかしこれほどの子供達を、奴らは……。リヒトは子供達を見つめながら、次第に苦々しい顔つきになる。 グスタフを倒した所で、何も変わりはしない。本当の悪人―――――益を得ている人間は、のうのうと生きていやがる。 奴らのコネクションはクモの巣の様に多岐に、かつ深く深く繋がっているのだろう。この状況を変える事は出来ない。その益を得ている人間を倒さない限り。 ――――と、リヒトは頭を振る。何を考えているんだ、俺は。俺達は正義の味方でも何でもない。何でも屋だ。俺達はクライアントの依頼を遂行する事だけを考えりゃいい。 余計な感情を挟めば、それだけ迷いが生じる。もし迷いが生じれば――――周りを傷つける事になる。それだけは、絶対にしてはならない。 <それにしても……クライアントの息子さん以外の子供達は如何に為さるおつもりですか?> 「心配すんな。そっちの伝手はもう付いてる。児童保護施設にな。指定の場所で合流して、クライアントに連絡を取って、この仕事はコンプリートだ」 そうして、リヒトは自分の前に立つクライアントの一人息子の髪を撫でた。一人息子は泣きそうな目をぐっとこらえる。 その様子に、リヒトは優しげに微笑むと、子供達に爽やかなイケメンボイスで言った。 「皆よく頑張ったな。けどもう少しだけ、俺に付き合ってくれ」 「ほえぇ……」 目の前の巨大な鉄の物体に、リタはただただ感嘆の息を漏らす。これほど巨大な物体だとは思いもしなかった。予想外です。 リュックを下ろすとドスンと重い音がして、地面が少しばかり凹む。ガチャガチャと計器等を取り出し、リタは早速調査を開始した。 リタの周りを玉藻が浮遊しながら物体を観察する。時折、リヒタ―に疑問に思った事を質問しながら。 <見れば見る程現実感が薄れそうだ……しかしリヒター、本当に何の衝撃音も無く、これが落ちてきたのか?> <はい。私達が移動している間、特に衝撃はおろか、墜落した音さえ聞こえませんでした> <そうか……> 普段はよほどの事でもない限り驚きもしない玉藻も、流石に今回ばかりは別だ。これほど謎に満ちた物体は、本当に見た事が無い。 その大きさ、形状、共にオートマタとは全く別の、言わば別次元の存在だ。共通しているのは、機械……ロボットという事だけ。 あの三人が何者なのかは知らないが、こんなモノを乗り回すとは……。一体、どんな世界で生きてきたのだろう。想像もつかない。 <リタ、何か分かったか?> 「むー……調べていますが、全く分からないです。材質も駆動系統も、オートマタとは全然違う事くらいしか」 <そうか……> 性格はともかく、メカニックとしては一流であるリタがお手上げとなると、悔しいがこれ以上詮索しても時間の無駄だろう。 それにしても……ウチには既にリヒタ―という、得体のしれないブラックボックスがいるが、まさかリヒタ―以上に訳の分からないモノが増えるとは……。 全く……一条遥、お前が来てから退屈しないよ。玉藻は人知れずふふっと微笑した。 にしてもこれをどうするべきか……こんな田舎だ、妙な連中が嗅ぎつけてくるとは思えない。 しかし、だ。万が一見つかった場合、我々の生活が脅かされる事は容易に想像できる。 かと言ってこの二体を隠せるような場所等、この近くには無い。それ以前にこの二体を運び出す方法などありはしない。 何にせよ、あの三人からこれについての話を聞く必要がある。もしも拒否すれば……その時は、その時だ。 <リタ、そろそろ日が暮れてきた。今日は引き揚げるぞ> 「えぇ~……けどもう少し……」 <ちょうどまどかも帰ってくる。調査はまた明日、ライディースも連れてきてだ。ほら、急げ> リタは玉藻にねだる様な眼をしたが、玉藻はそんなリタを露知らず、さっさと家へと戻っていく。 行動が早い玉藻に、リタは小さくため息をつくと、リヒタ―に顔を向けて言った。 「……帰りますか。ちょうど、お腹も空きましたし」 「それでは自己紹介をさせて貰おう。まず僕達の事だけど、端的に言えば何でも屋を経営しているんだ。名前はやおよろず。  依頼があれば、探偵業から機械の修理まで幅広く受持つのがポリシーさ。もちろん、法に触れる様な事はしないよ。あくまで健全な範囲で、ね」 ルガ―の説明に、女性は軽く頷く、ソファーに座っている二人も頷くが、青年の方は少しだけ首を傾げた。が、すぐに打ち消した。 「僕はルガ―・ベルグマン。仕事はそうだな……マネージャーを担当してる。いうなれば仕事の斡旋とか云々ね」 お盆を脇に挟み、ルガ―が自らの自己紹介を始める。三人と遥はそれぞれ、マグカップを手に持っている。 ソファーに座っている青年がだいぶリラックスしたのか、マグカップの中の珈琲を一口飲むと、小声でおいしいと言った。 「そこの壁に寄り掛かっている彼はライディース・グリセンティ。メカニック担当で、機械を修理したり、点検したりと機械関連の仕事している  後もう一人、メカニックが居るけど後々紹介させてもらおう」 ルガ―の紹介に、壁際に寄り掛かっているライディースが三人に向かって手を振った。少女と青年は軽く会釈を返す。 そしてルガ―が遥を紹介しようとした時、イスに座っていた遥は自ら立ち上がり、明快な声で三人に言った。 「私の名前は一条遥と言います。その……ここでは見習いとして働かせてもらっています。宜しくお願いします!」 遥の自己紹介に、ルガ―は言葉を付け足した。 「君達を見つけて、僕達に助けを求めたのは誰であろう、遥ちゃんなんだ。礼を言うなら、後で遥ちゃんに言ってもらえるかな」 「あ、いえ、私は特に何も……」 そう言って遥は赤面した。あくまで遥は三人を救いたいと思っていただけなのだが、こう言われると正直、照れる。 青年が遥の様子に人知れず小声で可愛い……と言おうとしたが、、隣の少女の生累を憐れむ様な視線に気づき、黙って俯いた。 女性はルガ―の言葉に何度かふむふむと頷くと、納得した様に掌をポンッと叩いてルガ―に言った。 「分かりやすい説明有難う、ルガ―さん。それと遥ちゃん、さっきは変な事してごめんなさいね」 「いえいえ。少しでも気持ちが落ちついたのなら……でもちょっとくすぐったかったですけどね」 「そう……それなら落ち着きたい時にはまた嗅が」 「丁重にお断りします」 眩しい程の笑顔で遥に断られ、女性は残念そうにま、しょうがないか呟くと一転、真剣な表情でルガ―に向き直る。 「それじゃあ私達の事も話さないとね。最初に現実味が無い事を先に謝っておくと……」 先程までの軽妙な雰囲気がピリッと締まる。女性の柔和だった目つきが、いつの間にか鋭い目つきに変わっている。 雰囲気を察したのか、ソファーの二人とライディースと遥も真剣な面持ちで、女性の話に耳を傾ける。 「私達三人は、貴方達のいる世界とは全く違う、別の世界から来たわ。貴方達が見た巨大なロボット同士で、戦争が起きている世界からね」 戦争と聞き、やおよろずの面々の顔に若干曇りが出る。女性はそれを察するがあえて、話を続ける。 「私達はその戦争を終結させる為、あの巨大ロボットに乗って戦争の火種を広げている人物を倒す為に、時空を移動していたの。  だけど移動している最中、見た事の無い機体から襲撃を受けた。圧倒的な強さだったわ……本当に手も足も出ない程に」 「……それでその機体との戦いに負けて、この世界に落ちてきた、と?」 「えぇ。ルガ―さんの言う通り、私達はその機体の攻撃で時空の狭間……。  説明すれば長くなるけど、簡単に言えば一度落ちたら何処に行くか分からない所に叩き落とされたのよ。  それで私達は落ちていった先が……」 「この、世界……か」 場に、言いしれぬ重い沈黙が流れる。その中で、遥はハッキリとスチュアートの言葉の意味を、理解し始めていた。 何故、スチュアートが世界を救う為と言っていたのか、何故、この三人を救ってくれと遥に伝えたのかという意味を。 「それで、その時に負ったダメージが深刻でね。多分動力炉には異常は無いと思うけど、駆動部やらに……ね」 「そこで本題に入るけど……あの二機の修理が完了するまで、私達をやおよろずで雇ってくれないかしら?」 女性の言葉に、ライディースが戸惑いの表情を浮かべ、遥が小さく驚いた。想定済みだったのか、ルガ―に変化は無い。 二人の反応も無理は無いだろう。助けてあげた人から雇ってくれと言われても、単純に反応に困る。 だが、あの巨大なロボットを目の当たりにした手前、無碍に断る気にもなれない。女性の言っている事に、嘘は無い事くらい分かる。 やおよろずの面々が何も言わないのに気付き、女性は目を擦ると少し声を和らげて言った。 「こう見えても機械関連に関してはかなり腕に自信があるの。元居た世界では技術者やってたから。  それに掃除洗濯炊事何でもござれ。雑用と呼ばれる事はほぼ何でもこなせるのよ、私」 そして女性はソファーのふたりに指を向けると、冷やかな笑みと目つきで続けた。 「そうそう、そこの二人を自由に使って貰って構わないわ。どんな事でもね」 女性の言葉に青年がお前は何を言っているんだといった表情で立ち上がろうとする。が、寸でで少女が青年の肩を押えて無言で首を振った。 青年は明らかに不安げな目をしていたが、少女と数秒見つめあうと、深いため息を吐いて大人しくソファーに座りなおした。 少女が対して女性に対して目配りすると、女性は小さく頷き、ルガ―の方に向きなおって、再び言葉を続ける。 「どうかしら? もちろん……決定権は貴方にあるから、もしも駄目なら私達はここから潔く出るわ」 女性がルガ―の目を真正面から見据える。どうやらルガ―が、この三人の行く末決断しなければならない様だ。 ライディースと遥、そしてソファーの二人の視線がルガ―に集中する。ルガ―は内心弱る。 どう返答するべきか、非常に迷うのだ。もしこの女性の言葉を聞きいれ、雇う事を認めれば今まで以上に出費が増えるだろう。 それに負担も増える。しかし、だ。この三人を追い出した所で、あの大きな機体はどうする? というか、この三人は女性自身も言っていたが、他の世界から来た人間だ。 この世界に適応出来るとは限らない。もしも酷い目にあったりでもしたら、この三人を助けた遥を傷つけてしまう事になるのではないか。そう考えると……。 5人の視線がルガ―に決断を迫る。ルガ―の額に一筋の汗が流れ、ルガ―の閉じていた口が開きはじめた。 「お話は全て聞かせて頂きました」 凛とした少女の声がして、その方向に6人の視線が集中する。 そこには、学生服を着た、肩まで伸びた美しい黒髪と幼い顔つきに似合わぬ豊満な胸が印象的な少女が、穏やかな微笑みを浮かべて立っていた。 黒髪の少女はゆっくりと、一歩一歩女性の方へと歩み寄っていく。そして女性の顔を見据えて微笑みからキリッとした精悍な表情になると、女性に言い放った。 「やおよろずのオーナーとして、貴方達を採用いたします。その代わり、しっかりとやおよろずの一員として、働いて貰います。良いですね」 黒髪の少女の言葉に女性はまっすぐ視線を返し、静かに目を閉じると、しっかりと黒髪の少女を見据えて、言った。 「ありがとう。ヴィルティックとルヴァイアルの修理が済むまで、やおよろずの為に身を粉にして働くわ。そこの二人も良いわね」 女性がソファーの二人に目を向ける。二人は無言で顔を見合わせると、答えた。 「はい!」 「は……はい……」 少女の後で答えた青年の声に、覇気は、全く無い。しかし何はともあれ、話は全て決まったようだ。 黒髪の少女は元気良くパンと手を叩くと、ルガ―に振り返って、明るい声で言った。 「それじゃあそろそろ、夕食の準備をしましょうか、ルガ―さん。リヒトさんとヴァイスさんが帰ってきますし、それに」 「遠くから入らした新人さん達も、お腹がすいてるでしょうしね」 その頃、子供達を指定の場所へと連れて行く為、リヒトとヘ―シェンは子供達を連れ、廃工場から立ち去ろうとしていた。 と、何故かリヒトは上部の誰もいない鉄筋で出来た通路を見上げている。まるで何かの気配を、察知しているかのように <マスター、どうかなされましたか? てきは ぜんめつ した 筈ですが> 「いや……何でもねえよ。さ、早く用事済ませて帰るぞ。美味い飯が待ってるからな」 リヒトの予感は外れてはいない。通路から地べたにペタンと座り、リヒトとヘ―シェンを冷やかな目で見ている少女が一人。 背中まで伸びた長髪は白く、野暮ったさを感じる半面、神秘的な雰囲気を発している。 淡い琥珀色の瞳は、何を映しているのかジトっとしており、髪の毛の色と相まって生気を感じさせない奇妙な感覚に囚われる。 と、少女は両手に自らの背丈ほどに長いステッキを握っている。 その先端には扇型の巨大な目を思わせるオブジェが付いており、目の部分には赤黒く輝く、野球ボール大の大きさな球体が嵌めこまれている。 少女の目は先程からずっと、ヘ―シェンを見つめている。と、少女が静かに立ちあがった。そしてステッキを――――。 「おいリシェル、駄目じゃねえか、勝手に奴を起こしちゃ」 何処からともなく男の声が聞こえ、腕が少女の肩を掴んだ。 「……駄目?」 「駄目だ。あれはまだ喰う時期じゃねえ。大体本気出してねぇ相手なんざ喰っても、美味くも何ともねえぞ」 男の言葉に、少女はステッキを握り直すと、再びぺたんと座った。そして男に顔を向けて言う。 「ねぇねぇ、ライオネル。リシェル、町に行ってみたい。この近くにあるでしょ?」 「町? あぁ……構わねえよ。その代わり、俺が呼んだら必ず来いよ」 男の言葉に少女は頷く。男は移動を始めるリヒトとヘ―シェンに目を向けると、静かに言葉を発した 「あのガキもデカくなったな……ヘ―シェン……盗らせてもらおうか」 その男の名は―――――ライオネル・オルバ―。                                  第三話                                                             始動                                 #back(left,text=一つ前に戻る)  ↓ 感想をどうぞ(クリックすると開きます) #region #pcomment(reply) #endregion

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