エトリアの序盤

パラディンのココノエを主人公として物語を始めた。


 武門の家のただ一人の子。ただし、ココノエは女として産まれ、それ故に家に尽くせず生きてきた。
 それなりに武芸に長じ、一子として相応しい礼儀作法も身につけはしたが、男子でなければ家名を長らえさせることは出来ない。
 だから、家長が養子を迎え入れた時は素直に家督を譲ったし、まるで他所に放り出されるように組まれた嫁ぎ先にも唯々諾々と従った。

 夫は、さしたる名のない古き国の執政官。
 エトリアという国は、あらゆる外交から手を遠ざけた、深く古い森に閉じこもるようにして歴史を連ねている国だ。
 夫もそのような人柄だった。
 まだ若い時分に妻を亡くし、子もないままに寡夫を続けてきた。
 静かな婚礼の儀を済ませた初夜、彼はココノエに対してまず謝罪をしたのだ。

「――すまなかった。
 この縁組みは親類のほぼ独断によるものだ。血脈を絶やしてはならないと彼らはいうが、こんな偏狭の貴族の血だ。
 まだ若い君のような女性の自由を代償にしてまで執着をするようなものとは思えない。君は、形式上は私の妻だ。しかし形式以上のものではない。
 この地から離れることはもはや困難だが、それでも、どうにか自由に暮らして欲しい」

 懺悔に近いその言葉に、ココノエはたぶん、本人も気付かない程度に少しだけ、しかし確かに傷付いたのだと思う。
 ――ここでも私は不要なのだろうか。
 広さの割に、質素な寝室だった。不自然なほどに装飾品のないその室内に、婚礼の直前まで先妻の肖像画でもあったのだろうかと、ふと思う。
 邪推だろうか。その邪推が的を射ていたとしても、不快には感じない。むしろ彼の愛の深い人柄を好意的に感じた。
 返事として、言う。

「それでも、私はあなたの妻となるために来ました」

 その返答に、夫は微かに目を瞠り、俯いて、また「すまなかった」と謝罪をした。


それでも、妻として過ごした時間はごく短かった。


 一月にも満たなかったぐらい。その旦那さんはどうやら持病を抱えていたらしく、あっさりと病魔に屈してしまった。
 新妻・幼妻という言葉はあるけれど、新未亡人て言葉は聞かないよな。
 馴れない土地の、あまり裕福でもない貴族の名前だけ取り残されたココノエは、執政院に入るわけにも行かず、
 それなりに考えた結果として迷宮の探索を志願した。亡き夫の職務が迷宮の管理官だったので、形としてはそれを受け継ぐ形になる。
 迷宮で魔物から得られる資源を糧にすれば、生活に困ることもないだろう。
 武具の取り扱いも心得ているし、新未亡人が取る行動としては突飛に映るかも知れないけれど、それなりに合理的な選択ではあったのだった。


最初に、キマとらとれいとに出会ったのだろう。


 シリカ商店にて武具を見繕っていたところに、キマが人懐っこく話しかけてきたのだろう。

「初心者さんなら、とりあえず盾にお金をかけた方がいいよ? 鎧にお金を掛けちゃいがちだけど、
 盾なら受け流すことができるしから見た目ほど防御に力がいらないんだ。その点で鎧は受け止めるばっかりで打ち身が多くなっちゃうし、
 重いし熱いし蒸れるしで着てるだけで体力使っちゃうからね」とかなんとか。

「なんだったら、私とらとれいと一緒に行く? それだったら右手は手ぶらでいいよ。私らが武器の代わりになってあげるから」
 聞き方次第では不遜に聞こえる物言いではあったが、それ以上の気楽さがそんな気配を吹き払い、
 そしてその気軽さがかえって旅慣れた重厚な気配を思わせて、返答を誘った。
「わかりました。頼りにします。連れて行ってください」
「うん。連れてってあげる」
 と、歯をみせて笑う。


次に、アクルフィア。


 書物による叡智の共有を志す協会。略して「書智協会」だけど、これは「書痴」とひっかけてあるに違いがない。

 アクルフィアは、その協会員として招かれた立場にあった。
 世界樹の探索から得られた知識の照合と編纂のためである。
 それが成った暁には、エトリアに図書館を建造し、それの所蔵図書として協会所有の書物を分譲、というか分売して、
 それの儲けでもって活動資金を得る。という目論見だったのだけど、エトリアの執政院はどこか分裂気味でだった。
 迷宮をあくまで資源調達目的とするか、その謎を暴くべく注力するかの基本姿勢さえままならないし、
 そんななので当然、世界樹の探索はほぼ冒険者任せ。彼らは日銭を稼ぐべく訪れる無頼の徒であるので、
 あらゆる意味で貴重な標本・資料が多く介在する世界樹の探索を任せるのは気が気でない。

 執政院の煮え切らない態度に不満を抱き、それが蓄積されてった結果、元よりあんまし気の長い方じゃあないアクルフィアは、
 こうなったら自分が世界樹探索の先導となろうと一念発起。
 手早く実績を積み重ね、世界樹探索についての行政に発言権を得さえすればこっちのものだ。と、鼻息あらく有志を募るべく酒場へと向かった。

 その第一歩として、酒場で談笑するココノエとキマに接近したのだった。
 彼女らを選んだ理由は、彼女らが彼女らだったから。
 アクルフィアは使命感に燃える学究の徒ではあったけども、それと同時に理性的で、かつ乙女でもあるので、
 異性連中とだけパーティを組んで人倫の及ばぬ未踏の地に突入するほど向こう見ずにはなれなかったのだ。
 あんまし頼りがいのある二人にはみえないけれど、何、まずは実績だ実績。

 ということで加入して。
 その後にたまたま席を外していたらとれいが戻ってきた時には変な顔をしたけれど、
 キマのお手つきだと理解したのでまあいいかと納得をした。


そんであるは。


 世界樹とそれにまつわる行政に追われる執政院は、孤児の急増に対して後手の場当たりな対応を続けていたので、
 その保護はほとんど慈善団体によってまかなわれていた。
 街外れの教会はそんな慈善団体の代表的なもので、半ば孤児院と化していた。
 そちらに向かう乗合馬車は一日に一度しかでなくて、だから、それが出た後に迷宮の入り口にうずくまっていたあるはは、
 ココノエ達にそれに乗り遅れたのだろうと判断された。

 ココノエも、最初は拾うつもりじゃなかったのだ。
 一日だけ世話をして、翌日に乗り合い場所まで連れて行くつもりだった。
 けど、懐かれた。ココノエだけでなく、らとれいとキマにも思いっきり懐いた。やや子ども嫌いの癖があるアクルフィアにはちょいと距離は置いたけど。
 順番が少しでも前後していたらば、事態はもう少し違っていたに違いない。
 あるはが恐ろしく頑是無い利かん坊だと判明したのは、そうして懐かれた後だったのだ。
 乗合馬車には頑として乗らず、なだめてすかしておどかしておだてて、あらゆる手を尽くしたけれども幼心の暴力と大音声の鳴き声の前には無効。
 丸一日をその攻防に費やした後。
 慈善団体への寄付は貴族としての嗜みである。それならば、孤児の加護も貴族として為すべき義務の一つだろうか。とココノエは判断し、
 子ども一人ぐらいなら養えるだろうと、あるはを養子として迎え入れた。

 そこまではまあ、それでもまあ、良かったのだけど。
 問題は迷宮にまでくっついて来たがったことである。
 最後まで抵抗したのはアクルフィアだった。
 理性的な行動をまだ行えない子どもが相手であるのなら、理知の灯火を持つ私たちがその代わりに判断をし決定を下し導いてやるべきだろうとかどうとか。
 その点。逆にキマはあっさりとあるはの随行を許容した。

「私とらとれいは、あるはと同じか、もうちょっと小さいときから外で暮らしてたよ? それでも、ほら。こうして全然平気だしさ」

 ……なんだそれは。どういう出生でどういう暮らしをしてきたのだお前らは。
 というアクルフィアの絶句を、キマは勝手に承諾と解釈した。手を引いて、とっとと先に行く。


ココノエ。食えそうな果物に片っ端から手を出す。


 挙げ句、気分を悪くしてみんなに介抱される。
「……迷宮の探索も長期になれば、食料の自足も考える必要がでてくるでしょう。
 その時のために、何が食料に適していて、適していないのか。まだ街から遠離っていない今のうちに試しておくべきかと……」
「だから、自分一人で毒味をしてたの?」
 呆れた口調のアクルフィアに、少し青い顔でうなずく。
「いいひとだなあ。ココノエ」
 素直に感心した口調のキマ。


アクルフィア。迷宮の扉に興奮する。


「やっぱりこの迷宮は人の手による物なんだわ……! 今の人びとよりも先駆けた文明と歴史よ! この扉一つでも大変な発見になるわ……。
 それにこの扉の材質。いくらかの傷の他には経年のあとさえ判別できない。コケを退ける加工でも為されてるのかしら。
 これだけ緑の深い森なのに、埋もれることもなく扉として機能し続けてるなんて。この技術が解析できれば、多くの物に転用できるわ」
「なるほど便利そうだね。でも私としては、これを作った人たちがどこに行ったのかが気になる。迷宮の奥なのかな」
「確かに、この地を去ったのなら他の土地にも彼ら文明の痕跡が認められるはずですよね。それがないということは、そういうことなのかしら。
 それとも、この迷宮のような文明の後は他の土地にも存在する……?」
「そうね! それも重要なテーマね!」
 と、鼻息荒く。


レンとツスクルに出会う。


 アクルフィアは不満顔。
 施政に与する者にあって、しかもそれなりの力を持ちながら迷宮の解明に消極的な態度をとり続ける二人組。として記憶してたらしい。
 この上で追い返されて尚更たかまる不満。 


スノードリフトは、キマの大爆炎の術式とらとれいのチェイスファイアであっさり撃退。


 住処と呼ばれる場所に深く立ち入りすぎた。まともな準備が出来ていなかった一行は狼の群れに取り囲まれるが、
 キマとらとれいはそれらを容易くねじ伏せた。

 なんとか踏みとどまることの出来たココノエと、
 半ば昏倒する形で、戦闘の成り行きを眺めることしか出来なかったアクルフィア。
 助け起こしてくれるその手を包む篭手が生んだ、暴威と呼ぶに相応しい爆炎。そしてそれを物ともせず獣どもを薙ぎ払っていたらとれいの姿。
 無事に魔物を撃退できた安堵には、それらを目の当たりにした驚愕が綯い交ぜになっている。

 帰り道。
「助かりました」の一言で済ませたココノエがいる一方で、アクルフィアはいくらか釈然としない思いがあった。
 キマに訊ねる。
「ねえ。アンタたち二人は、今までどんな生き方をしてきたの……?」
「うん。まあ。色々」
 はぐらかしていることを隠そうともしていない素直さが、そう言う笑顔の中に苦笑いとして滲んでいた。
 それ以上は追求せずに済ませてくれるだろう、という信頼と、打ち明けてくれるほどには信頼されてないのだろうかという不安と、
 彼女からの信頼を欲しがっていた自分に気が付いた羞恥とが複雑に絡まり合った結果、
「ああ、そう」
 と、拗ねたような返事しかできなかった。


それはそれとして。


 ココノエはあるはの歌に不思議な力が籠もっているのに気が付いていた。
 たぶん、誤解ではない。
 あるはの声が耳朶から腕にまで浸透していく奇妙な感触。その後に振るった剣は、岩のように堅固なスノードリフトの毛皮を容易く切り裂いた。
 熱されたナイフがバターに自ずから沈み込むような感触で。

 あるはは、ただの孤児ではないのかも知れない。
 その予感は不安をともなうものではなかったけれど、まだしばらくは誰にも告白しないでおこうと決めた。

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最終更新:2010年04月01日 02:26