486 :名無しさん:2013/11/15(金) 19:07:06
二二三氏の二番目男がオデュッセウスに拾い上げられたルート。
オデュッセウス新皇帝戴冠式の一コマ。
487 :貴族には自由など無い:2013/11/15(金) 19:07:51
貴族には自由など無い
「オデュッセウス・ウ・ブリタニア陛下、この度の第99代皇帝御即位、真におめでとうございます。
我らナイトオブラウンズ一同、オデュッセウス皇帝陛下に剣を捧げ、変わらぬ忠誠をお誓いすることをここに宣言致します」
「大義である。余は神聖ブリタニア帝国第99代皇帝として諸卿が捧げし忠義と剣、喜んで受け取ろう。これからもブリタニアの発展と平和の為、各々が力を尽くして尽力してほしい」
「イエス・ユア・マジェスティ!」
新皇帝即位に伴い前皇帝の直属騎士であったナイトオブラウンズは、ナイトオブワン、ビスマルク・ヴァルトシュタインを除き、皆次代皇帝であるオデュッセウスの下で再びラウンズとして就任していた。
ビスマルクの引退に伴い空席となった第一席には次席であったベアトリス・ファランクスが就任、その他の席次は変わらずそれぞれが新たに任命され、厳かな雰囲気の中戴冠式は進められていく。
東南アジア諸国や南ブリタニア諸国等、ブリタニアの友好国、保護国代表による挨拶。
何よりも大切な片割れである大日本帝国とユーロブリタニア首脳によるオデュッセウス新皇帝就任への祝辞。
今や世界勢力と言っても過言ではない程の成長を遂げた、日本・ブリタニア・ユーロブリタニアの連合によって構成される、世界の半分にも及ぶ巨大勢力圏。
その筆頭であるブリタニア新皇帝の戴冠式は、ブリタニア皇帝と同格である日本の皇家戴冠の儀・ユーロブリタニア代表ヴェランス大公家新当主戴冠式と並び、その場に立ち会い参列できるだけでも大変に名誉なこと。
友好各国の参加者は皆首脳級、勢力圏を率いる三大国家は首脳以外では大貴族や名家の当主ばかり。
そのような場において平民出身者が立ち会えるというのは非常に希有なことであり、その数少ない平民出身の参加者である男は戴冠式に続く祝賀会にて、ある女性に話し掛けられていた。
「お久し振りですね※※卿」
その透き通るようなソプラノボイスを耳にした瞬間、吐き気が込み上げてきた。
聞きたくない声だ。出来る事なら死ぬまで耳にしたくなかった声。
振り向くと、そこには黄緑色のマントを着用した長い金糸の髪と碧い瞳の美しい女性、想像通りあの女の姿があった。
「これはっ・・・お久しゅう御座いますクルシェフスキー卿」
驚き、そして笑顔を浮かべながら感激し頭を垂れる。
完璧だ、いつも通りの完璧な自分を出せている。
今すぐにでも唾を吐きかけてやりたい顔を目にしても微塵も揺らがない彼の態度。
誰に聞いても人格者であると褒め称えられる彼の仮面は鉄壁の硬さを誇り、崩れることはないのだ。
「この度は先帝陛下より引き続いてのナイトオブトゥエルブ御就任、真におめでとう御座います。かつて卿と同輩であった身として大変誇らしく思います。卿の益々の御活躍を期待せざるを得ませんよ」
崩れぬ相好は常に好感を持たれる笑顔。
「ありがとうございます。しかし卿もオデュッセウス陛下の親衛騎団長に抜擢なされたとお聞きしました。私もトゥエルブであると同時にロイヤルガード指揮官ですから
これからお世話になる事も多いと思いますので、宜しくお願い致します」
すっと差し出されたモニカの手に、完璧な彼の表情は一部変化を示した。
瞼がぴくぴくと痙攣する。相手からは分からない程度の微々たる変化ではあったが、感情コントロールが人一倍巧みな彼をここまでさせるのは大した物だと言えよう。
彼は欠片ほどの逡巡も見せず差し出された彼女の手を握り返す。
「こちらこそ、クルシェフスキー卿の下でお仕事ができるような機会が訪れるなど光栄ですよ」
488 :貴族には自由など無い:2013/11/15(金) 19:08:26
(手が・・・汚れる)
洗わなければ、心中で呟く彼の耳にもう一人別の声が入って来た。
「こんな所にいたのかモニカ」
知っている顔だ、何年か前にオデュッセウス陛下から「君も出席しないか?」と誘われた、この女の結婚式のニュースで見た顔だ。
体調不良で欠席したがコイツの幸せそうな笑顔に一日中部屋の壁に死ねと書き殴っていたのを思い出す。
「シゲタロウ」
シゲタロウ・シマダ。日本の元首相でブリタニアでも通じる大日本帝国伯爵位を持つ先帝陛下の御友人。
そして、この女の夫君。
「急にいなくなるから心配したよ・・・サクラもこんな大きな祝賀会は初めてだから萎縮してしまっているし君がいないと泣き出しそうで・・・あ、これはどうも初めまして、繁太郎・嶋田といいます」
「存じ上げております。元大日本帝国宰相シゲタロウ・シマダ閣下、お会いできて光栄です。私は※※と申します、以後お見知りおきを」
この女の夫君シマダ卿の側には小さな女の子が手を繋がれていた。
前髪を瞼の上で切り揃えた金髪ストレートのロングヘアに黒い瞳。目の色を除けばこの女にそっくりだ。
「おかあたま・・・」
「サクラ。騎士の子が泣いてはいけません」
(コイツの娘なのだろうが、まだこんなに小さいというのに騎士の子も何もないだろうが)
モニカのやること全てが気に入らない彼は娘に同情的であった。
年端もいかない子供がこんな知らない人が大勢いる場所で母親とはぐれたら泣くくらい当たり前だろうと。
489 :貴族には自由など無い:2013/11/15(金) 19:09:02
「う゛う゛~~~・・・」
「泣くのですか? 泣きたいのでしたら泣きなさい、ですがここで泣けば貴女は弱者です。弱い子はクルシェフスキーに必要有りません」
(馬鹿じゃないのかコイツは? まだ幼年部くらいの子供に家名を持ち出して泣くなとは非常識な・・・俺がこの子くらいの歳の頃は転けて泣いたりなど普通だったぞ)
見るとシマダ卿もその様子を黙ってみている。
妻が妻なら夫君も夫君か。似た者同士お似合いだ。
金持ちはみんな揃って馬鹿の集まりなのだろうか。
「御自分の名を名乗ってみなさい」
「・・・グル・・ジェフ・・ズキィ」
子供は涙を堪えて己の名を口にする。
「サクラ・・S・・・クルシェフスキィっ・・・」
「そうです、貴女はクルシェフスキー。私の後を継がなければならない身です。知らない人が沢山いる場で私とはぐれたというくらいで泣いてどうするのですか?
貴女は私の子です。このくらいで泣いたりするような弱い子ではないでしょう?」
「は・・・い・・・」
(このくらいで泣いたりするのが子供なんだよ。金持ちのお貴族様はそんな世間の一般常識さえ知らないのか?)
「あの・・・クルシェフスキー卿、失礼かとは存じますがお嬢様くらいの歳の子にそのような・・・」
たまりかねて口を挟んだが。
「いいえ。この子は嶋田の名とクルシェフスキーの名を持っている以上、子供だからと甘えられる立場ではないのです」
クルシェフスキーがそんなに偉いのかと苦言を呈しそうになったが、所詮は他人の家庭だとそれ以上口を挟むのをやめた。
490 :貴族には自由など無い:2013/11/15(金) 19:09:48
※※※
「ふぅ、」
男は一度会場の外に出て一服煙草を吸っていた。一応皇宮は禁煙なのだが、喫煙スペースは設けられている。
そもお偉い人達と毎日顔を付き合わせていれば、ストレスも溜まるし喫煙者になっても仕方がないという物。
「お偉いお貴族様たちの話には付いていけないな」
ああ言う賑やかなのは嫌いではないのだが、金持ちに隔意を持っている彼の場合、いつまでもいたら息が詰まりそうだと逃げてきたのだ。
と、一服吸って落ち着き始めた所で。
「そういう君も今では一応貴族なんだけどね※※子爵」
ぽんっと肩を叩かれた。
「へ、陛下っ!」
肩を叩いてきたのは、つい今し方即位したばかりの99代帝オデュッセウスであった。
「やあ、私も抜けてきたよ」
「抜けてきたって・・・主役である陛下が祝賀会を抜け出すなど列席者に対して示しが」
「まあまあ、そう硬いことを言わないでくれ。私も賑やかなのは好きだが、ああも次から次へと挨拶ばかりされていてはゆっくりできないからね」
おどけて笑うオデュッセウスに「この方も確かに先帝陛下の血を引いている」と思わずにはいられなかった。
こと、抜け出すに冠しては、先帝シャルル以下、ユーフェミア殿下、コーネリア殿下、ルルーシュ殿下、ナナリー殿下、マリーベル殿下と、皇族関係者はプロ級の腕前を持っている。
オデュッセウスもまたそんな彼らの家族であるという証なのだろう。
クルシェフスキーに敗れて腐りかけていた自分を拾い上げてくれた恩人でもある彼だけには、お金持ちがどうという隔意を持ってはいない。
「卿には悪い事をしたね」
「は?仰って居られることが良く分かりませんが」
「無理しなくて良いよ。君がクルシェフスキー卿に隔意を持っている事は先刻承知だ」
「!!」
491 :貴族には自由など無い:2013/11/15(金) 19:10:29
「その上で、ああいう場にいれば同輩という事もあって声を掛けられる可能性があるというのを考慮しておくべきだった」
「・・・」
「君が彼女に隔意を抱いているのは、言いにくいが妬みだろう?」
答えない。答える必要など無いから。陛下に対して非礼ではあったが、奴のことだけは別だ。
奴のせいで二番に甘んじてきたのだから今更この妬みは消えやしない。
「別にそのことを責めたりするつもりはないよ。血の滲むような努力の果てにラウンズまで後一歩の所を結果的には蹴落とされる形になったのだからね
ただ、それは彼女も同じだ」
「同じ?」
聞き捨てならない。
金持ちお貴族お嬢様な奴が、何も持たない貧乏平民の自分と同じだというのが。
「同じだと!?全てを持ったアイツと俺の何処が一緒だと言うんだっ!?」
思わず陛下を怒鳴りつけていた、本来ならば極刑物ではあったが、彼とはある種の信頼関係にある以上、時に素の自分が出てしまう。
それでいて、彼はその非礼な態度をいつも許してくれているのだ。
「も、申し訳ありません・・・」
「いいよ。私はそういう君の内面を知った上で登用しているんだ。
それと彼女の事だが、君と同じというのは確かだ」
「・・・」
「君は小さい頃自由に外で遊んでいただろう」
小さい頃外で遊んでいた。子供は何物にも縛られない自由の身。
そんな当たり前のことを聞かれても「そうだ」としか答えることができない。
「はい、まあ・・・」
伝えられたオデュッセウスは「さぞ楽しい幼少期だったんだろうね」と笑う。
492 :貴族には自由など無い:2013/11/15(金) 19:11:09
「確かに君の言うとおり、クルシェフスキー卿は大諸侯出身でお金持ちのお嬢様だ。平民のように生活面で苦労もなければ飢えることもない、貧乏とは無縁の存在だよ。
だけどね。彼女に自由なんて物は無かったのさ」
「自由が・・無い?」
「ああ。君も知っての通り、クルシェフスキー卿は生まれた瞬間からクルシェフスキー侯爵家の次期当主という立場だった。
私も同じ様な立場だから分かるんだが、それはもう辛い毎日だよ。朝から晩までしたくもない勉強と鍛錬の繰り返しでね、精神も肉体も毎日ボロボロになるまでやらされた」
「・・・」
「私の場合は父があんな感じで過保護だったから母と教育係がそうだったが、甘えることも許されなければ個人の自由なんてのも欠片ほども無い地獄の日々だったよ」
遠い目をして語るオデュッセウスは真剣だ。
そこに嘘など微塵も入っていないと窺わせるには充分なほどに。
「考えてほしい、遊びたい盛りの幼少期に、大人でも頭がおかしくなりそうな量と内容の学問を、毎日毎日叩き込まれる。弱音を吐けばきつい罰が待っているんだよ。
時には反省させる為に全身傷だらけになるような折檻の末に座敷牢みたいな部屋に押し込められて食事を食べさせて貰えないこともあった。
これが一年三百六十五日、年を負うごとに苛烈さをまして、何年もの間続けられるんだ。
加減なんて物は無い。実の子だろうとそうでなかろうと、皇族や大諸侯の後継者となった者は例外なく課せられている。
私も当時思ったよ。皇帝なんかになりたくない。平民の方が良い――ってね」
「平民が・・・良い」
「うん。平民には帝王学なんて課せられない。外で自由に遊び回ることが許される。使用人の子供達に今日は何をしたとか、どこで遊んだとか聞かされる度に妬んだよ」
「平民を妬むのですか?」
「妬むよ。時には妬みを通り越して憎しみさえ抱いた・・・僕はこんなに苦しいのに、自由に遊び回れる平民様はなんて良い身分なんだってね。
きっと、クルシェフスキー卿も同じだよ。やりたくもないことをやらされて、子供の権利である自由を全て奪われて、大人になってからも自由なんて物は与えられない。
私――僕には、ブリタニア臣民十億の命が、クルシェフスキー卿には将来西海岸貴族の盟主として自領を含む地域一帯、恐らく五千万は越える人達の命を預かっている。
本当の意味での自由なんて・・・欠片も無いよ」
「・・・」
「だからといって、君にクルシェフスキー卿への隔意を無くせとは言わない。ただ、彼女も君と同じ様に苦労の連続、辛い毎日を送ってきたんだというのはわかってほしい。
決してお金持ちだから、大貴族だから、何もかもを与えられて努力してないなんてことはないんだ」
そこまで聞いたとき、ふと思い出す。奴が我が子にしていた泣くなという強要を。
今聞いた話が本当なら・・・あのサクラという幼子にしていたあれは、後々始まる後継者教育とやらの走りではないのか?
(アイツも・・・同じ事をされてきた・・・・)
「それでも・・・・今更・・・隔意は、消えませんよ」
「わかっている。人はそう簡単には変わらないというのはね。ただ、嫌いでも良いから知っててほしかったんだ。同じ国を護る同志だから」
それでも消えない嫉妬。だが、一つ分ったことがある。
俺から全てを奪っていった、常に俺を蹴落とし一番であり続けたアイツは――二番であり続けた俺以上に、辛く苦しい日々を過ごしてきたのだと・・・・。
それが分ったとき、アイツと握手した手を見て感じたのは。
(なんだ・・・汚れてないじゃないか・・・・)
という、至極当たり前のものであった。
493 :名無しさん:2013/11/15(金) 19:12:48
終。
二番目男は実力はあるはずだからな。
ただモニカさんと同期なのが悪かった。
最終更新:2013年11月16日 12:42