682: 加賀 :2019/09/22(日) 17:10:45 HOST:om126193188174.23.openmobile.ne.jp
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「海軍は沖縄沖で消滅したよ」
「五艦隊と残存艦艇はいますけどね」
「それでも大掛かりな艦隊運用は出来ないし実質の消滅だよ」
「それで講和交渉は……?」
「連合国の主張は無条件降伏だとさ」
「あれだけ壊滅しておいてですか?」
「だがアメリカとは和平停戦は出来る」
「……まさか……」
「そのまさかだよ」



 4月27日、皇居にて古賀は陛下に上奏の時、ただ一言述べた。

「陛下、我が連合艦隊は本日を以て消滅しました」

 古賀は沖縄沖海戦の結果報告書を陛下に提出、それらを全て読んだ陛下は涙ながらに頷いたのである。一方、スイスでもアレン・ダレスと重光葵(吉田や下村も同行)が密かに和平交渉に動いていた。

「こ、これは……」
「全ては事実です」

 驚愕するダレスに下村がズイッと身を乗り出す。ダレスが持つ報告書の内容とは「米国のマンハッタン計画に関する基本情報及びソ連がそれを完成させるまでの時期推定」が記載されていた。しかも米国内に存在していた「レッドセル」、ソ連の協力者や情報提供者の名簿とその行動内容がその中には含まれているのである。

「……確認のための調査をしても?」
「構いません。ですが今はまず沖縄での現時点での戦闘停止です」
「うむ。プレジデントもそれについては承諾している。では5月1日で?」
「構いません」

 斯くして5月1日を以て日米は戦闘を停止する停戦協定が受諾されると同時にアメリカは直ちに調査を開始する。その間、米海軍も大鉈を振り回す事を始めた。
 即ち沖縄攻略ーー『アイスバーグ・オペレーション』を主導したキングらを予備役にして追放する事だった。
 沖縄沖海戦で米海軍は戦艦(新式)を全て喪失し残ったのは『コロラド』等旧式戦艦のみである。空母については正規空母7隻が残ってはいるが五航艦の攻撃で2隻が大破してハワイへ帰還途中だった。
 本来であればウルシー泊地を使用するはずだがウルシー泊地は『剣号作戦』の攻撃でほぼ使用不能でありまた潜水艦隊により通商破壊作戦が活発を増しておりそのためハワイへの直接帰還だったのだ。
 一応、英太平洋艦隊と金武湾で勢力を維持しているが英太平洋艦隊も第五艦隊との戦闘でプライドはほぼ消滅しているので口の悪い水兵等からは「ジョンブルは弾除けすらなれんのか」と罵倒すらしていた。

671: 加賀 :2019/09/22(日) 16:38:11 HOST:om126193188174.23.openmobile.ne.jp
それはさておき、キングが更迭されたのを皮切りに多くの海軍の高級官僚が更迭され表舞台から叩き出された。哀れだったのは臨時で機動部隊を率いていたミッチャーである。
 本来であれば機動部隊を率いていたマケインが責任を負うのだがマケインが心臓発作で死去した事で臨時指揮官にのしあがったミッチャーに白羽の矢が建ってしまったのだ。更にキング派と対立していた太平洋艦隊司令長官タワーズ大将も更迭された事で米太平洋艦隊は一時的な人事不省に陥るのであるがそれでも腹の虫が治まらないのは米陸軍と政界である。
 米陸軍はフィリピンに続き沖縄でも戦力を壊滅させられバックナー中将をも戦死させられているのだ。政界は政界でダレスからもたらされた紙爆弾(後にジュネーブ爆弾とも言われる)により親ソ親中で固まっていた政界グループが一掃される羽目になり和平派が浸透する事となる。
 そして5月5日、再び開催された和平交渉でアメリカは『無条件降伏』から『条件付き降伏』に変更し日本への進駐を求め日本もそれを受け入れる形で『日本は連合国ではなくアメリカに降伏をする』事になったのである。
 その報にイギリスのチャーチル達は激怒するも大統領のウォーレスにしてみれば「ほぼ太平洋で何も役に立っていないイギリス軍がしゃしゃり出たら日本の進駐計画が遅くなるだろう」と鼻で笑うのである。
 実際、イギリス軍はビルマにて反撃はしていたが直前でインパール作戦を中止していた陸軍第15軍は防衛に転じており転生者等の活躍でビルマに攻め込む英軍の輸送機を第五飛行師団が積極的に撃墜したりと逆飢餓状態にさせたりしていた。
 そのためビルマ方面はやや日本側が優勢だったりするのだ。なお、5月15日にワシントンにて条件付き降伏を宣言したワシントン宣言が発せられた事で日本も条件付き降伏を承諾するのだがそこに待ったをかけたのが陸軍強硬派だった。

「海軍は消滅したが我が陸軍は消滅していない!! 本土決戦にて米軍を叩きのめしてやるのが唯一無二の選択だ!!」

 5月20日、陸軍強硬派は後に『5・20事件』と言われるクーデターを決行、強硬派は近衛師団司令部を占拠するに至る。海軍は横須賀に帰還した『長門』以下の艦隊が出撃し三度に渡る降伏勧告後に近衛師団司令部を砲撃して強硬派をもろとも粉砕したのである。

「馬鹿どもが。地獄の鬼達と戦争ごっこをしていろ」

 『長門』艦橋で近衛師団司令部粉砕の報を聞いた栗田中将はそう呟くのであった。クーデターを鎮圧した日本はワシントン宣言を受諾、斯くして6月1日に日米はワシントンにて『ワシントン講和条約』が締結され日米の戦争は終わりを告げたのであるがそうは問屋が下ろさない国がいたのである。

673: 加賀 :2019/09/22(日) 16:42:30 HOST:om126193188174.23.openmobile.ne.jp
  • さらばキング。また会えたら
  • 日付は違うがワシントン宣言
  • 強硬派のクーデター(クーデター!クーデターですよP!)
  • 『長門』、近衛師団司令部を粉砕(全主砲、斉射!て――ッ!!)
  • 次回、Ураааааааа!!!!(答えじゃねーか)

683: 加賀 :2019/09/22(日) 17:16:09 HOST:om126193188174.23.openmobile.ne.jp
5月1日以降のは停戦協定に修正しました

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最終更新:2019年09月27日 12:41