513: 加賀 :2020/03/07(土) 14:25:16 HOST:softbank126209030131.bbtec.net



 1939年の幕が開けた。1月は第一次近衛内閣が総辞職をして平沼内閣が成立するが5月12日、満州国とモンゴル人民共和国との国境線を巡って遂にノモンハンにて紛争が勃発した。
 後に言われるノモンハン事件の事である。31日まで続いた第一次ノモンハン事件は史実通りに行われ東捜索隊は壊滅、一旦は第23師団は後退したが第二次ノモンハン事件のために戦力の増強が成された。即ち、第23師団の他にも第7師団から抽出された二個歩兵連隊、戦車第三連隊と戦車第四連隊の二個戦車連隊、砲兵、工兵等々であった。
 だが特記すべきは二個戦車連隊だろう。二個戦車連隊はチニ車が主力のため果たして満足にソ連戦車と戦えるかが不安だった。

「……此処が死に場所かもしれんな……」

 唯一、75ミリ砲を搭載する四両のチハ車を指揮する戦車第四連隊長の玉田大佐は無意識にそう呟いた。だが史実と異なるのはこの第二次ノモンハン事件に海軍航空隊が参戦していた事であろう。

「いやはや……まさか僕がノモンハンに来るなんてなぁ……」
「それなら自分もですよ岩本さん」

 新たに編成された第三連合航空隊(各基地航空隊や母艦飛行隊で編成)に転属となった岩本徹三 二空曹と坂井三郎二空曹はそう言い合う。坂井は戦後夢幻からの転生者だったが岩本は何と史実からだった。

「岩本さん、是非とも空戦技術を教授してください」
「僕ぁそこまで技術は無いんだけどなぁ……」

 懇願する坂井に岩本は苦笑しながらも技術を教授する姿がノモンハン事件が終息するまで航空隊の滑走路や食堂、待機室等であちこち見られたらしい。それは兎も角、6月30日、戦車第四連隊の九六式中戦車『チニ』と九五式軽戦車『ハ号』の混成中隊がソ連軍第11戦車旅団の対戦車砲と初めて交戦した。

「アゴーイ!!」

 ソ連軍の45ミリ対戦車砲はチニとハ号を遠距離からでも十分に装甲を貫通させる事に成功、この攻撃で戦車第四連隊はチニ車三両とハ号二両を早々と喪失してしまうのである。
 7月2日、吉丸大佐率いる戦車第三連隊は歩兵支援のため1615頃からソ連軍砲兵陣地へ向けて前進を開始するがチニ車の速度が遅いために発見されソ連軍砲兵隊は2000頃に第一中隊が砲兵陣地に突入するまで断続的に砲撃をしチニ車13両を喪失する羽目となる。なお、日本側も砲兵団(合計82門)を投入していたが日華事変の影響で砲弾不足(29130発のみ)とソ連軍砲兵陣地は日本側より高台に位置しておりその全てを砲撃で破壊する事は不可能だった。
 結果として二個戦車連隊は九六式中戦車39両 八九式中戦車17両 九五式軽戦車19両を完全喪失してしまうのである。壊滅状態で後退を命じられた二個戦車連隊だが玉田大佐はチハ4両とハ号16両を率いて臨時戦車大隊を編成、第23師団司令部に「残存戦車隊を率いて友軍の突撃を支援する」と返信しフイ高地に陣取ったのである。
 8月20日0615、ソ連軍は大規模の総攻撃を開始した。兵力は狙撃兵四個師団、騎兵二個師団、戦車七個旅団、重砲三個師団、他多数であった。ソ連軍は最初にフイ高地を攻撃した。フイ高地は上記の玉田戦車大隊の他にも井置捜索隊約800名が守備していた。

『ypaaaaaaaaaaa!!』

 ソ連軍は雄叫びをあげて突撃をするもそこに立ちはだかったのが四両のチハであった。

「弾種榴弾!! 撃ちまくれェ!!」

 チハ四両は完全破壊されたチニ車を分解してチハの前面に追加装甲を施していた。更には車体を前に置いて砲身だけを見せるように擬装を展開、この時に撮られた写真が世界に出回り、各国から「狙撃兵のようである」と評されるのである。
 兵士を吹き飛ばされたソ連軍は戦車を前面に出したがチハはそれを嘲笑うかのように砲戦を展開した。

「馬鹿な、奴等の戦車は今までのブリキの戦車ではないぞ!?」

 報告を受けたジューコフは予備隊の二個旅団をも投入したがチハ車の猛攻と上空からの航空支援によって一時的な後退を余儀なくされた。

「味方の飛行機だ!?」

514: 加賀 :2020/03/07(土) 14:26:04 HOST:softbank126209030131.bbtec.net
 フイ高地に現れたのは海軍の母艦飛行隊ーー『飛龍』飛行隊だった。母艦である『飛龍』は7月に竣工したがノモンハン事件の航空隊増強のため母艦を空にしてノモンハンへ移動していたのだ。なお、他にも蒼龍の母艦飛行隊も参戦していた。彼等ーー九六式艦戦、九六式艦爆、九六式艦攻は腹に搭載した250キロ、60キロの爆弾を容赦なくソ連軍に叩きつけた。護衛の九六式艦戦は地上のソ連軍を機銃掃射しつつ駆けつけたソ連軍戦闘機と格闘戦を展開する。

「今のうちに後退しよう」

 母艦飛行隊がソ連軍を攻撃している最中にフイ高地の守備隊は後退を開始した。もう彼等に戦うための弾薬や食糧が無かったのである。事実、海軍の母艦飛行隊がフイ高地に行かなければ損害は更に多かったと予測されている。それでも玉田戦車大隊は弾薬の補充を何とか済ませるとバルシャガル高地に向かった。ノロ高地や第23師団司令部は史実通りに壊滅しており、戦車大隊の他に井置捜索隊や合流してきた残存部隊(約二個大隊)と共にバルシャガル高地を攻めていたソ連軍へ突撃を開始したのである。

「味方の突撃だ!?」

 ソ連軍に押し込まれていた重砲隊はこの突撃で救われたに等しかった。事実、重砲隊を攻撃していたソ連軍戦車隊は玉田戦車大隊に立ち向かうために反転していたのである。玉田戦車大隊はソ連軍第九装甲車旅団と死闘を繰り広げた。

「弾種徹甲!!」

 チハの75ミリ砲が吠える度にソ連軍戦車は吹き飛ばされていく。それでも負けじと撃ち返しハ号を破壊する。更に戦車大隊に随伴していた歩兵達はサイダー瓶にガソリンを入れて火炎瓶として使用、他にもアンパン地雷を駆使して撃破する猛者が続出していた程である。このため、両軍はバルシャガル高地で膠着状態となったのである。
 そして航空戦も日本側に有利となりつつあった。第一次ノモンハン事件では日本陸軍航空隊の圧倒的勝利がなっていたがソ連軍はスペイン内戦のベテランパイロットらを投入して航空戦の打破を狙っていた。事実、陸軍航空隊は連日に渡る航空戦で予備機材が枯渇、複葉の九五式戦闘機が投入されるまでになっていたが第二次ノモンハン事件では海軍の第三連合航空隊が投入され日本陸海軍の戦闘機がノモンハンの空を駆けたのである。

「クソッタレ、奴等はベテランか」

 機銃掃射を交わされた坂井は舌打ちをしつつ後方から迫り来るI-16戦闘機をかわそうとしていた。

「まだまだ甘いね坂井君」

 そこへI-16の下方から忍び寄ってきた岩本機が一連射で撃墜した。

「助かりました岩本さん!!」

 坂井は大声で叫びながら岩本に手を振る。手を振る坂井に気付いた岩本も手をあげて答えるのである。

「だが奴さんらの戦闘機は装甲板を敷いてるから撃墜するのに苦労するよ」

 そうぼやく岩本であった。

515: 加賀 :2020/03/07(土) 14:31:25 HOST:softbank126209030131.bbtec.net
てなわけでのノモンハン事件でした。
チハ無双チハ無双チハ無双(大事な事なので三回言いました)
海軍航空隊参戦。二航戦が投入しやすいかなと。
次回、サラバつじーん。サラバ関東軍。あの人が目覚めてチト生産のために動き出す。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2020年03月15日 18:35