577: 弥次郎 :2022/04/29(金) 23:37:58 HOST:softbank126041244105.bbtec.net

憂鬱SRW アポカリプス 星暦恒星戦役編SS「さんざめく死者の声に」


  • 星暦恒星系 星暦惑星 サンマグノリア共和国 86区 西部方面 アマス級陸上艦艇「ケーロン」



 控えめに言って、その艦艇---全長250mクラスの標準的な陸上艦艇の一つであるアマス級陸上艦艇「ケーロン」の空気は最悪だった。
別にトラブルが起きたとか、誰かがうっかり最臭兵器「シュールストレミング」をダース単位で解放したとか、あるいはサンマグノリア共和国に何かされたわけではない。
 それは至極単純に、この場所が、このサンマグノリア共和国のグラン・ミュールの外である86区が、霊的に見てとんでもないほどに悪い状況だったためだ。

 地球連合軍の持ち物である「ケーロン」やその同型艦などは、多くにウルティマ・トゥーレの人員が乗り込んでいる。
その役目はただ一つ、この86区における膨大な数の死者を弔い、除霊し、霊的にこの地を鎮めることにあった。
 しかして、この惑星の地表に、サンマグノリア共和国領内に降りた時点から、艦内のオカルト関係者たちは一様に体調を崩した。
何しろ、あまりにも死者の念や声が染みつき、土地が丸ごと汚れ切ってしまっているからであった。
普通の人間で例えるならば、汚物や危険なガスが満ちている空間にいきなり放り込まれたに等しい。
霊的な個人防御礼装などは当然のことながら備えてはあるが、スケールが違いすぎるのである。

「うう……」

 そして、それはケーロンの自室で準備を進めているブレンヒルト・シルトさえも避けえないことであった。
 彼女はこの手のことに対する自前の耐性というものを持ち合わせている。けれど、それでもなお、気分が悪くなるのを避けられなかったのだ。
なまじ彼女は耐性があると同時に受信能力も極めて高かった。本来ならばプラスに働く能力が、ここでは逆に働いてしまっている。

「最悪……過去でもまれにみる悲惨さだわ……」

 地表に降りてからすでに何日か経過しているが、相変わらずなれない。
 礼装によって防御を固めることもできるが、それはそれで面倒でもあるのだ。
ほぼオカルト関係者で固めてあるとはいえ、この艦艇の運用については一部では表の人間もかかわっているのだ。
装備や装飾品をつけすぎているのを見られると、言い訳したりする必要があり、手間取ってしまうものなのだ。

(これでも先遣隊が除霊した後、というのだから恐ろしい話よね)

 ジャガーノートなる兵器が登場してからは毎年10万人以上、それ以前はもっと戦死者が出ていたという個の86区。
その四方のうちの一つであるので、理論上、ここにへばりついている魂は最低保証で20万人。当然、増えることはあっても減ることはないだろう。
連合から回されてきた共和国の資料によれば、少なくとも正規軍のほぼすべてが、後方要員も含めて武器を手に取り、戦地で散ったという。
そこから計上されていない死者を含めれば、いったいどれほどか。考えたくもない。
 そう、計上されていない、記録も、弔いも、慰霊もされていないままに放置されていたというのは、非常に悪い。
言い方は悪いが、こびりついた汚れを落とすのに苦労するように、土地に染みついた魂の除霊や慰霊は楽ではない。
土地の霊脈や地脈、あるいは龍脈とでもいうべき大きな流れの「型」に沿うように変質し、安定化してしまう。

(だからこそ、ワルキューレの伝承や、冥界を持ち込むわけね)

 どちらにしても、死者の魂のたどり着く場所、あるいは連れていく伝承上の存在だ。
 それが存在するかどうかは問題ではない。そういう伝承が語り継がれ、体系化され、信仰を集めていることが重要なのだ。

578: 弥次郎 :2022/04/29(金) 23:38:32 HOST:softbank126041244105.bbtec.net

 殊更に、欧州圏と酷似したこの文化圏での影響力は大きいだろうと分かる。
 地球上でその権能を振るうのと、別な惑星で振るうのとではコストや労力の面で大きな差が生じる。
それでも、文明的・文化的な共通項があるこの土地でやるならば、地球で行うのと大差のない効力を発揮できるだろう。

(まあ、あくまでは理論上は……だけれど)

 身を起こし、窓の外、グラン・ミュールの方を見やる。
 正直なところを言えば、あの大要塞群の向こう側も、こちら側と大差ないとブレンヒルトは睨んでいる。
あちらは生者の妄念・邪念・悪意・妄執、あらゆる負の感情が渦巻き、どこにも行き場がないままに、淀んで濃縮されているのだ。
 なまじ生きて活動しているだけに、それは死者よりも質が悪いのかもしれない。何しろ、その手の感情エネルギーが供給され続けるわけなのだから。
東洋でいうところの蠱毒と言う奴であろうか。命を犠牲に積み上げ、呪力を高めるというらしいが、あの国の要塞の中はまさにそれだ。
あの中からほとんど出ることもなく、外に視線も向けることもない人々は、本当に正気を保っているのか非常に怪しいところだ。

(ともあれ……)

 ブレンヒルトは、動かしていた手をやっと止める。
 厳重に封をしていた概念武装「鎮魂の曲刃」をケースから取り出す。
 その大鎌は、その刃に触れる魂を感じ取ったのか、身を震わせる。

「まだよ……落ち着きなさい……」

 まだ能力は完全開放しない。迂闊にやりすぎれば、この鎌の中に存在している冥界が表に飛び出してしまう。
言い方は乱暴だが、ある種の生きたブラックホールが収まっているのがこの武装なのだ。
魂を取り込んで収容するという冥界の権能や能力が暴走してしまうのだけは、避けねばならない。
下手をすれば死者だけでなく生者の魂まで強引に吸い込んでしまうことにつながりかねないのだから。

『助けて…助けて…助けて…助けて……』
『痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……』
『母さん、母さん、父さん、母さん、父さん、父さん……』

 不意に、鎮魂の曲刃を持つブレンヒルトの意識に、死者の言葉が届く。
 持ち主に死した者の魂と対話する能力も与える鎮魂の曲刃の力が自動で働き、戦場に残響のように残る声を再生したのだ。
 その声は、幼い声も、大人の声も、男も女も、垣根などないかのように響いていた。数えきれず、おまけに四方八方から飛んできた。
 一度体から刃を離し、しかし、持ち直し、鎮魂の曲刃を通じて語り掛ける。

「……大丈夫よ」

 それはささやくような、それでいて、しっかりとした声だった。

「大丈夫。あなたたちの魂は、連れて行ってあげるわ」

 そうしてしばらく、ブレンヒルトは異星の、異郷の、名前も知らない魂たちに語り掛け続けた。
 行き場をなくし、弔われることもなく、ただ嘆くばかりの彼らに、ちゃんとした救いを与えると、そうささやいた。
 大規模な除霊および鎮魂祭が行われるのは、あと数日後の話だ。
 その時までの、せめてもの安らぎになれば。ブレンヒルトは、涙の流れるままに任せ、言葉を紡いだ。


580: 弥次郎 :2022/04/29(金) 23:39:27 HOST:softbank126041244105.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
勢いで書けたのでこのままに。

ブレンヒルトさんの持つ鎮魂の曲刃は原作でも同じような能力を持っております。
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最終更新:2023年08月23日 23:24