645:陣龍:2023/07/15(土) 19:07:19 HOST:124-241-072-209.pool.fctv.ne.jp

『あの日の軌跡をもう一度』


――――ホンマに出遅れしとる!一体どういう事や!?


 実況席の一部では某宝塚記念を彷彿とさせる悲鳴が響き、スタンドでも群衆のどよめき騒めく声が覆っている中、
当事者であるカナリハヤイネンは混乱の極致に有った。


――――故障か?いや、そんな素振りは全く無かった。疲れで反応が?アイツがそんな事するタマな訳無いやろ!


 逃げウマ娘ではないにしても先行型であるゴーストウィニング。サラブレッド時代からスタートに関しては、
ロケットスタートこそ殆ど無いが兎角安定していた。ウマ娘となった現在でも、カナリハヤイネンの記憶の中で
出遅れと言う事は一度も見た事も聞いた事も無かった。


――――ヤバいで……想定が完全に狂った、今回は完全にバ群に閉じ込めて最終直線勝負で
脚を溜めまくるハズやったのに、ゴーストは今何処に居るんや!?しかも皐月ん時のプレッシャーも全く感じられへん!!



 度々視線を後方に向けては、後ろを走るウマ娘達に阻まれ全く姿形も確認できないゴーストウィニングの事ばかり
脳裏を占領し、実況では『掛かっているようですね』、スタンドのチームメンバーからも『切り替えろ』と言う声が飛んだような様相である。



――――…なら、話は簡単や。ゴーストが何考えてるんか分からんなら、ウチはウチの走りをするだけや!!


 スタンドや実況席の声が聞こえる訳でも無いが、数瞬の逡巡の後、既存の作戦案を放棄し常の走りに切り替えた
カナリハヤイネン。ゴーストウィニング相手には負け続けているが、彼女も成程、トレセン学園有数な一角のウマ娘である。



「…え?え!?えぇぇぇー!?」
「……うーん、これは…」
「ゴーストちゃんどうしちゃったの!?鼻血出ちゃったり!?」
「レース中止して居ませんし、体調に問題は無いと思われます、タンホイザさん」
「……何を考えている、ゴースト」


 時は少し遡り、レース直後のスタンド席。周囲のどよめきに負けず劣らず、トレセン学園のウマ娘勢もまた騒然としていた。
余りに異次元の無敗街道に苦言や恨めしい気分を向けていた様な手合いも、破竹のG1六連勝を続けていた
ゴーストウィニングの出遅れと言う【凡ミス】を想像していたウマ娘は誰も居なかったのだから仕方が無い。

 現にこの場に居るカノープスメンバーも、ツインターボはトリプルターボやカナリハヤイネンのロケットスタートよりも
ゴーストウィニングの出遅れに衝撃を受けて立ち尽くし、ナイスネイチャは何事か考え、
マチカネタンホイザは自身に照らし合わせ体調不良を危惧してはイクノディクタスに突っ込まれ、
先程相方に絞められたブリッツカイザーはそんな事は無かったかのように神妙にレースを見定めていた。

646:陣龍:2023/07/15(土) 19:08:42 HOST:124-241-072-209.pool.fctv.ne.jp

「……あっ!?トリーとカナが前に出始めてる!!よしいけー!頑張れー!!」
「いやターボ、切り替え早っ」
「ターボさんの言う通りです。今は二人の応援をするのが先決かと」
『レース中止する様な事態でも無い様なので、推移を見守るべきで御座る』


 ゲートから一気にスタンド前まで多数のウマ娘達が通り過ぎようとした頃に再起動したツインターボの応援を切欠に、
その他観客たちの騒めきもそれぞれの応援や歓声に変化していった。この場に居る観客は皆須らく
ゴーストウィニングの応援者と言う訳でも無く、転生者でもあるトリプルターボやカナリハヤイネンであったり、
その他の出走ウマ娘の応援をしている者も少なからず存在していた。




「……ん?あれ?あ、居る」
「どうしたの、キタちゃん?」
「うん……一瞬【ゴーストさんが何処に居るのか分からなくなって】」
「え?」



「……まさか……」


 一瞬の違和感に気付いたキタサンブラックの呟きを聞き逃さなかったのは、すぐ傍にいた親友のサトノダイヤモンドと、
考え込んでいたが故に聞こえたその呟きで、全ての疑問点が【線】に繋がったナイスネイチャのみであった。




「ふーむ……」
「スカイさん?どうしたのよ、嫌に真剣な顔をして」
「キング、私だって真面目に考える時位あるよ」
「そう…一体何を考えているのかしら、ゴーストさんは」
「何だろうねぇ……」


 所変わってスタンドは黄金世代組。周囲並びに同期がゴーストウィニングの出遅れに衝撃を受けたり混乱する中、
セイウンスカイとキングヘイローは一歩引いた所で冷静に観察していた。


「ケェェェェェェー!?一体何が起きたデース!?」
「初歩的なミスか…それとも何か、別の要因か…」
「ゴホッゴホッ、ゲホゲホ、ゴホッ…」
「ツルちゃん、落ち着いて。ゆっくり息をして、そう、ゆっくり…」



 その同期組は何だか約一名が大変な事になって日本総大将に介抱されているが、レースはスタンド側の事情等に関係無く進み、
あっと言う間に第一コーナーを通過しスタンドの反対側を、出走ウマ娘は疾走していた。少なくとも、スタンドから見た限りでは、
レースは恙無く進行していた。


「……はぁぁー……御免、スぺちゃん。もう大丈夫だから」
「ホント?なら良かった……アレ?ゴーストちゃんは?」
「えっと……何処かな?」
「ケッ?ゴーストなら……ケ?」
「……スぺちゃんとツルちゃんは兎も角、【一瞬目を離しただけ】のエルもどうして見失うのですか……」




「……策士、いや唯の力技、って事かな?」
「スカイさん?何かわかったの?」
「いやー?」


 同期組の言葉を聞き、合点が言った様な声色で両手を頭の後ろで組んだセイウンスカイに、真意を聞くキングヘイロー。


「……やっぱり、ゴーストは規格外だなーって」


 バ群から【突如出現】したウマ娘を見ながら呟かれた言葉は、周囲の怒涛の歓声で掻き消された。

647:陣龍:2023/07/15(土) 19:11:24 HOST:124-241-072-209.pool.fctv.ne.jp


――――もう最終コーナーに来とるで!振り返ってもゴーストの姿は見えん!



 隣にトリプルターボと並走しながらバ群を引き連れているカナリハヤイネン。度々後方を瞬間的に確認するも、
彼女の視界にゴーストウィニングらしき存在を確認する事は出来ていなかった。



――――あと少し!ゴール板まであと僅か!!


 視界の左側でコーナーを形成している柵の曲線が途切れ、直線となるその刹那、本能的に、
今まで貯めに貯めた脚が更なる力強さと速度を、そしてある種の凶暴性を増す。


――――ウチの勝ちや!ゴースト!!


 未だ存在を確認できない強敵を振り返り確認する事無く、カナリハヤイネンのゴール板に向けた最後の加速で
一気にトップスピードへと突き進み、後続を、そして隣のトリプルターボも突き放しに掛かる。
思わず口から出かけた勝利宣言も、ある種当然と言える想定されていた『勝ちパターン』。






【イエスタディ_ワンスモア】



「……は?」



『音も無く』『気配も無く』そして『前触れも無く』『瞬きする間も無く』……カナリハヤイネンの視界の右端から
ゴーストウィニングが飛び出したのは、その直後であった。




――――無我の境地、或いは【ゾーン】の形成


 完全装備のジェット戦闘機がカタパルト発射したかの如き勢いで抜け出したゴーストウィニングを、
両眼を見開き半ば茫然と見送る形となったカナリハヤイネンの驚愕を他所に、トリプルターボはただ一人、
奇妙な感覚を味わっていた。



――――全ての風景が加速し、だが自分の思考は冷静に働いている


 今までに経験した全ての公式、模擬問わずのレース。そればかりか今では『過去の記憶』と化した
競走馬の時代から含めても初めての感触であり、視界であり、感覚。知識だけは知っていたその【領域】を踏み込んだ事を、
トリプルターボは何処か他人事な思考で理解していた。



――――創作物なら、これが勝利の決定打になったんだろうけど


 身体は熱く必死に走り、されど反比例して氷塊の如く冷静な頭脳と精神は、自らの横に留まる事無く突き進んでいく
『ターフの亡霊』の姿を見定めていた。




――――……これは、勝てない…誰も、あのウマ(馬)には……!!


 今現在、誰もが幻視、幻覚と断じるであろう視界に映るその存在を、トリプルターボは決して幻とは認めなかった。



――――どこまで……一体……一体、何処まで行くつもり、ゴースト……?



 【亡霊】の背に、横に、前に……幾多の『影』が、彼女を導くように、守る様に、走っていた。



『最早敵なし!最早敵なし!……どれほどまでに強いのか!!』



 『挑戦』、或いは『思慕』、『復讐』、それとも『願望』か、『無念』か……。いずれにせよ、トリプルターボが理解したのは、
幾多の消え去った、忘れられた思いが集い、昇華した『過去からの宣戦布告状』。

 それこそが、ターフの亡霊『ゴーストウィニング』の本質で有る事だった。

648:陣龍:2023/07/15(土) 19:14:09 HOST:124-241-072-209.pool.fctv.ne.jp

「……どんなカラクリや、ゴースト……」
「……カラクリ?」
「とぼけんなや!!最終コーナー、あっこを抜ける時!お前は一切、ウチに気配を気取らせもせんかった!!
一体どんな手品を使ったんや!?」



 日本ダービーの決着が付き、出走者各々に割り振られた待機室。そのゴーストウィニングに割り当てられた
一室に唐突に押し入って来たのはカナリハヤイネン。帰り支度を終えたゴーストへ息も語気も荒く詰め寄るその姿は、
余裕がある様には見える筈もない。



「何とか言ったらどうや!?」
「……もし」
「あ!?」
「……もし、今の自分達が『ウマ娘』では無く『馬』だったら、間違い無くカナリハヤイネンとトリプルターボの仕掛け所は、
きっと違えていなかったよ」
「…………あ?」


 余りにも想定外、予想外に返された返答に、カナリハヤイネンは出て行ったゴーストを無言のまま見送り、
トリプルターボに連れられたカノープスメンバーが来るまで呆然と立ち尽くしていた。






「視界の紛れ…?」
「うん」
「ケ!?若しかしてゴーストには魔法が使えるって事デスカー?!」
「そう言う事じゃ無いと思うんだけど……」
「まぁー、ある意味間違いじゃ無いかもねー?」
「ケェェェェェェー!?」
「はい、揶揄うのもそこまでにして、そう思う理由を言って貰えますか?」



 カノープスメンバーの方ではナイスネイチャがゴーストの出現劇に対する推論と言う名の正解を出し、
カナリハヤイネンがあんまり過ぎる内容に卒倒して軽い騒ぎになっている頃。
黄金世代組も唯一正解に辿り着いたセイウンスカイの簡単講義が行われていた。



「先ずさ、ウマ娘と馬の視界の違いって分かる?」
「え?えっと、私達は顔の正面に二つ付いていて、馬の方は顔の横の両側に付いていて…」
「そうそう。だから、私達ウマ娘や人間の視界は、正面に集中していて、馬の方が横の視界が広い代わりに、正面はそこまで強くない、
見たいな感じ」
「それと今回のレースがどう関わって来るのかしら?」
「急かさない急かさない、順番に推論話しているんだからさー」


 そう言いながら、グラスワンダーの様に人差し指を立てるセイウンスカイ。


「多分ゴーストがあのやり方を思い付いたのって、【人と馬の視界の違い】に付いて強く認識していたから何だと思うんだよねー。
馬の視界だと側面の殆どを見れるんだけど、人の場合だと側面や後方を見たかったら首を捻って見るしかない」
「うん、確かにそうだけど」
「それで、私達の【観る目】って、案外いい加減で見落としやすいんだよねー。ほら、この前テレビでやってた画面の一部が
ゆっくり変わっていくアレとか、アレでも意外と分からなかったでしょ?」


 ニッコリ微笑みながらの指摘に、各々頷き納得する黄金世代組。固定された画像の変化でも中々気付かないのだから、
激しく視界の映像が変動し、尚且つ後方の確認も一瞬か秒単位しか許されないレース中ともなれば、
見落としが出て来るのも至極当然に思えた。



「……ケ?でもおかしくないですか?」
「何がー?」
「仮に気配を消した上で視界から逃れられたとしても、『音』までは消せないデスヨー?」
「そりゃまぁ、【道中ずっとバ群とか先頭のウマ娘の足音と一緒に走れば】一気に駆け出す最終直線迄なら中々気付かないと、
セイちゃんは思うなー」
「!ウィ!なら納得…………出来ないデスヨー!?いやなんなんですかその理屈!?」



 事も無げにセイウンスカイの言った言葉に思わず流されそうになるも、母国語を忘れてセイウンスカイに指差し突っ込むエルコンドルパサー。
希代の名ウマ娘な怪鳥も、流石に常識外れ過ぎると感じたようだ。



――――それが、ゴーストが【ターフの亡霊】と言われた所以なんだけどなぁー


 セイウンスカイの言葉を受けて真顔かつ本気でゴーストウィニングの対抗策をこの場で考え出すスペシャルウィークとキングヘイローに、
グラスワンダーとツルマルツヨシに受け入れるよう諭されたエルコンドルパサーが特徴的な叫びをするのを横目に見ながら、
セイウンスカイは出口に向かって歩き出していった。

649:陣龍:2023/07/15(土) 19:15:20 HOST:124-241-072-209.pool.fctv.ne.jp


「無いんですか!?ゴーストウィニングの弱点は何にも無いんですかー!?」
「あー、弱点じゃ無いけどゴーストが全く駄目なコースは知ってるよ」
「ケ!?ホントですかセイちゃん!?」






「…せ……忙し、なさ…過ぎ……む……む~り~……ガクッ」

「わぁー……大丈夫ですか、ゴーストさん?」
「いや…私、短距離とか適性殆ど無いんだけど、その私よりゴーストが遅いってさ……」
「シチーさん……ウマ娘も千差万別、こう言う事も有るって事だ?」
「ステータス『衝撃』を確認。ゴーストウィニングさんのスプリント適性は致命的に不適と判明」


「……ナンデスカ、コレ」
「にゃははー…言ったでしょー?『弱点じゃ無いけど全く駄目なコース』って」
「ゴーストはスプリンターじゃ無いデース!!」
「スカイやい……はぁ、全く」



 衝撃の日本ダービーから暫く経ち、トレセン学園にて、発言者から順にアストンマーチャン、ゴールドシチー、
ユキノビジン、ミホノブルボンと実行された模擬レース『1200m』は、企画立案者のセイウンスカイと
それに付き合う事になったナイスネイチャ、そしてそれどころでない当事者を除いた、
出走者と観戦者全員が驚きポカーンとしてしまったほどに、本来スプリンターでは無いゴールドシチーにも
数バ身差を開けられて最下位に撃沈して倒れ伏したターフの亡霊の姿が存在していた。
恰好は例の『止まるんじゃねぇぞ』であるのがギャグ成分を掻き立てているが、
レース中の表情からして決してふざけてなどいない事は、この場に居る者全員が分かっていた。



「……で、『ヒント』は十分?」
「そうですねー。まぁこれ以上は別に要らないかと」
「まぁ、そもそも秋華賞も菊花賞も相当距離が有るから、この『ヒント』が有っても活かせるかは分からないよねぇ」
「そうですねー。……それに、見ているだけってのも、流石に飽きて来ましたしね。ネイチャさんは?」
「まぁねぇ……偶には、一泡位は吹かせたいよね。フフッ」


 幸か不幸か、どんな時でもアストンマーチャンであるマーチャンがゴールドシチーやゴーストウィニングを巻き込んでの
撮影会等をおっぱじめた事に観客の注意が集中している中交わされたこの二人の会話は、誰にも聞かれる事は無かった。

650:陣龍:2023/07/15(土) 19:19:40 HOST:124-241-072-209.pool.fctv.ne.jp
ゴースト|д゚)「あ、因みにクラシック中に宝塚記念は出ませんのでご了承をば。流石に無理は禁物ですし」

ネイチャ|-ω-;)&スカイ|・ω・)『…霊障云々の心配やその他は大丈夫だね、うん』

と言う事でゴーストウィニングの日本ダービーでした。トリーとカナーはまぁガンバレ(他人事)
それと目のハイライトがブラックホール化する師匠もガンバレ(他人事)

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最終更新:2023年08月04日 23:04