とりあえず、いくつかのことを確認しておこう。
まず私は、どこにでもいる普通の大学生。本当にそれ以外の特徴がないんだから仕方ないと思う。
大して真面目に勉強をしているわけでもなく、休日なんかは一日中パソコンの前で過ごすこともざらで、くだらないSSなんかを書くのが趣味。
・・・・・・いや、それはまあどうでもいいだろう。
そんな私が今どんな状況に陥っているのか、それを理解するためにはまず今日起こった全てのことを順を追って考える必要がある。
今朝、ポストの中に差出人不詳の招待状が入っているのを見つけた私は・・・・・・いや、その時点で怪しいと気がつかないといけないだろうし確かに普段の私なら
ロクに読みもせずに捨てただろうが、なぜかその招待状を無視することは出来なかった。惹きつけられた、とでも言うべきか。
その日は学校もバイトも休みだったこともあり、私はいい暇つぶしくらいに考えてその招待状に書かれていたホテルに足を運んだ(それほど遠くは無かった)。
そして、指定されていた会議室に入った途端に強烈な匂いをかいで気を失ってしまった。
のだと思う。いや、自分が気を失った後のことなんかわかるわけが無いんだけど、前後の状況を見るにそうとしか思えないのだ。
そして次に目を覚ました時、私はまるでお人形さんのようにでっかいガラスケースの中に閉じ込められていた。
「ちょっと、どういうことよ、これって・・・・・・」
目の前に立ちはだかるガラスの壁を叩いてみたがびくともせず、大声で人を呼んでみたりしたものの誰の反応も返ってこない。
ここにいたって、ようやく私は自分がなにやらとんでもない厄介ごとに巻き込まれてしまったらしいことに気がついた。
一体、自分の身に何が起こったのだろうか。出来る限り冷静さを保とうと努力していた時に、右からがんがんとガラスを叩く音が聞こえた。
振り向くと、私の隣には私と同じようにガラスケースに入れられた、壮年の男がいた。
今時古めかしいトレンチコートすらも良く似合う、結構な偉丈夫な上に端正な顔立ちをしている。
その男は、外見から予想されるとおりの重低な声で喋り始めた。
「失礼。どうやらあんたは、俺と同類だと思ったんでね」
「同類・・・・・・ですって」
「まあまずは周りを見てみることだな」
その男の一言で、私は自分たち以外にも、そこには大勢ガラスケースに閉じ込められた人達が沢山いることに気がついた。
こんなことに気がつかないなんて、よっぽど動転していたんだと思う。
おまけに、そいつらは老若男女も服装も様々であったけれど・・・・・・その大多数が、私が今までどこかで見たことがある人たちだった。
とはいっても、知り合いばかりだというわけではない。私はそいつらを、漫画やゲームの中で知っていたのだ。
「ウソ・・・・・・こんなことって・・・・・・」
私は思わず声を上げた。小学生がいる。コスプレのような格好をした男たちがいる。顔がパンの男がいる。小動物がいる。着ぐるみもいる。
おまけに、歴史の教科書で見たことがあるような連中までがここに集っていた。
漫画やゲームのキャラクターが現実に出てくるなんて、まったくありえないことだってのはさすがの私でもわかっている。
でも、ここにいるのはどう見たってコスプレしたオタクではない。大体、ドラえもんののび太の先生なんてキャラのコスプレをする人なんかいないだろう。
「そんな・・・・・・本当に、キャラクターなの? 」
「もっと良く見てみな。こいつらにはもっと明らかな共通点があるぜ」
右にいる男が口を開く。もっと明らかな共通点?
私は再び周囲を見渡した。
私のそばにいる何人かは、右の男も含めて私と同じようなごく普通の人間だ。
少し遠くには、サムライのような格好をした男、やけに怒り狂っているおじいさん、大怪獣、某イタリアの配管工、獣の耳をした少女、いがぐり頭の少年、って・・・・・・
「まさか・・・・・・」
「ああ。そうとしか考えられない」

ここにいるのは、全て私にとっては身近なキャラクターだった。なぜなら、みんな少し前まで私が読んでいた、そして書いていたとあるリレーSSの登場キャラだったのだ。
「テラカオスバトルロワイヤル。あのSSに登場したキャラクターやら歴史上の人物の一部が、ここに集められているらしい」
「まさか!! そんな馬鹿なことがあるわけないわ!! 」
「それ以外に考えようがないだろう」
「でも、じゃ、じゃあ、私達は? 私達は、現実世界の普通の人間よ!? 」
男はあくまで動じていないのか、冷静な声で答える。
「おそらく俺の読みでは、俺やあんたはあのスレの『書き手』として呼ばれたんだろう」
「書き手・・・・・・? 」
私はまだ自分の置かれた状況を理解しているわけではなかった。だけど、今目の前にあることから想像できる事実を認識した途端、背筋を悪寒が走った。
それは、嫌な予感がした、などというよりは、ある意味でこれから怒ることを知っていたということだろう。
こんなふうに一箇所に集められた脈絡の無い連中が、この後どんな目に合わされるか。
そしてその最悪の予想は、すぐに裏付けられることになった。
「さてと、もうみんな目を覚ましたようだし、そろそろ始めようか」
唐突に響いた子供のものらしき声。その声のしたほうを見ると、昔のSFに出てくる宇宙服みたいなものを着た一人の少年が立っていた。
「セワシ!! 」
「セワシくん!! 」
二人の人物が即座に声を上げる。私達は彼らのことを知っている。野比のび太、ドラえもん。
子供の頃から大好きだったキャラクターに生で遭えるとは、感無量とでも言っておく場面だろうか。
「今日はみんな、集まってもらって申し訳ない。それというのも、みんなにはある重要な任務が課せられているんだ」
セワシは、記憶にある通りの声でガラスケースに詰められた全員に向かって語りかけた。
「これからみんなには、殺し合いをしてもらう」

会場に、悲鳴に似た沈黙が訪れた。
私の感慨は複雑なものだった。まさか、という気持ちと、ああやっぱりそうか、という感想と。
「セワシくん、何馬鹿なことを言い出すんだ!! 」
「ドラえもん、悪いけど黙っていてもらえるかい? これから僕は大事なことを説明しないといけないから」
セワシはドラえもんに冷たく言い放つ。その一言は、ドラえもんだけでなくこの場にいる全員を沈黙させるに足るものだった。
「さて、これからみんな、一人づつそのガラスケースから出てこの部屋の外に出て行ってもらう。ただし、会場のどの地点に出るかはランダムに決まる。
運が悪いと湖の上に出てそのまま溺れることもあるかもしれないから気をつけてね。あと、全員部屋を出る前にあそこにあるバッグを一つ持っていってもらう」
セワシが、部屋の片隅に詰まれたナップザックの山を指差す。
「バッグの中身は、三日分の水と食料、会場の地図、方位磁石、ここにいる参加者全員の名簿、そしてランダムで武器が一つだ。運が悪いとどうしようもない武器が当たるかもしれないけど、
まあ運だから諦めてね」


セワシは淡々と語った。私達が、知り尽くしていると言ってもいい設定を。
「そしてゲームのルールだけど、とにかく全員で殺し合いして最後に残った一人が勝者だ。勝者は自分の家に帰れるし、望むものをなんでも一つ与えられる。
まあ、この辺の事は説明しなくても、とっくに知っている人たちもいるはずだけどね」
セワシはそう言って、私達のほうを見た。
思わず、足が竦んだ。今まで何度と無く、インターネット上の小説で読んだ光景。それが、こんなにも近くにあったものだったなんて。
そしてふと、私はあることに気がついた。もしこれが、私達の知っているあのゲームと同じものであったとしたら。
私は恐る恐る、自分の首に手を伸ばした。それが存在しないことを願って。
しかし私の指は、かつん、とやけに大きな音を立ててそれに当たった。
「そうそう、みんなの首には爆弾つきの首輪が付いてるから。もし無理に外そうとなんかしたら、その瞬間に爆発するよ。触らないのが懸命と思うな。
あと、禁止エリアに立ち入った場合も30秒で爆発するし、もし24時間一人も死者が出なかったら全員の首輪を爆発させる。死にたくなかったら他人を殺すしかないからね」
嘘だ。
こんなのはリレー小説の中でしかありえなかったはずのことだ。
ある意味見慣れた光景とは言え、この場に自分自身がいるということがありえない。絶対にありえない。
「さて、何か質問はあるかな? 」
セワシのアニメ声に、いい加減耳を塞ぎたくなった時。
「ばっかもーん!! なにが殺し合いだ!! 」
「・・・・・・かみなりさんか」
右にいた書き手の男がつぶやいた。
「大体、なんでワシらがこんな殺し合いなんかに選ばれたんだ!! 」
「生憎、それは教えられない。というより、僕も完全には知らされていない。僕もあくまで、この計画の末端に過ぎないんでね」
「そんなこと。この俺が許さないんですが」
私の右にいた女性が、ガラスケースを何度も叩きながら大声で叫んだ。
「あれは、まさか・・・・・・」
「キャプテン。いや、ここでは生真面目小隊長というべきか」
「真面目にやりましょう。あほですか。少しは私の書いたSSを見習ってくださいよ」
相変わらずだなあ、としかいいようのない発言を連発する生真面目小隊長。もうこの後の展開なんか見えている。
「やれやれ。あんまり本番前に参加者を減らしたくないんだけど・・・・・・不安要素は取り除いておくか。
セワシはそう言って、指をパチンと鳴らした。
「や、やめ・・・・・・」
思わず、喉から声が漏れた。どうせそれは、誰にも聞こえなかっただろうほどの小さな声だったけれど。
そして次の瞬間。眼鏡の主婦・・・・・・野比玉子の首が飛んだ。
「マ、ママぁぁぁぁ!! 」
「野比さん!! 」
玉子の周りにいた人たち・・・・・・のび太やドラえもんや先生が、悲痛な叫び声をあげて崩れ落ちた。
「悪いけど、僕たちに歯向かったら容赦なくこういう処置を取らせてもらうから。いいかい? 」
なんら悪びれる様子もなく、私達全員を見渡すセワシ。
私は、その場にへなへなと崩れ落ちた。
今まで、SSの中で何人の人を殺してきたかわからない。
けれど、実際に人が死んだらどんな音がするのかなんて、血の色がどれだけ赤いかなんて、親しい人を目の前で殺された人がどんな顔をするのかなんて、知らなかった。
まあ、野比玉子だからこれで退場なんてことはないだろうけど・・・・・・
「ま、玉子さんはほっとけばそのうち復活するだろう。それじゃ、早速だけど一人目の人、スタートしてもらおうか」
そのセワシの言葉を合図に、沢山のガラスケースの中の一つが音を立てて開く。
一番最初に外に出されたのは、私だった。


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最終更新:2007年02月27日 16:04