70 :Fateはやてルート62:2008/06/11(水) 01:31:58 ID:2/s9b31J
士郎に肩を預けながらも鋭く言峰を見据えるはやて。
その表情は出逢った頃の、切嗣に辛くあたっていた姿を思い起こさせた。

「はやて…」
「どうして、私のその名前知っとるか聞いてもええか?」

鷹揚に言峰は答える。

「十年前、冬木市で身よりのいなくなった子等は教会で一時期預かった。
そのリストの中には当初、後見人を亡くし孤独の身となっていた近隣の街の娘もいた。
足に原因不明の病を患っていたその娘はもう一人の子と一緒に衛宮切嗣に引き取られた。
ということが記録に残っている」

神父の答えに失望とともに視線も柔らかくもどる。

「そやったんですか…あ、神父さん、クロノって名前のイギリス人に覚えはありません?」
「私が最近知っているその名前は、黒野智和という日本人くらいだが」
「はは、そうですか。すいません、忘れて下さい」

はやての言動に一番意外な気がしていたのは士郎だった。
はやてを引き渡せと言った念話の男クロノ、はやてから出たクロノという名。
あの男が念話ではやてと接触したのかもしれない、ただ、神父にその名を尋ねるのは解せなかった。

「さて、衛宮士郎、お前と会えたのは主の導きかもしれん。
ほっといたらルールを話す機会もなかったろう」
「ルールだって?」
「そう、そこのセイバーを喚んだのなら聞いてもらいたい話だ。
お前を含め7人すでに集まり、それぞれが動き始めている。
その中には住民への被害を出すことも厭わない輩もいるようだ」
「な…なに!?」

言峰自身と突然の言葉の内容に驚く士郎。

「待て、士郎。言峰綺礼、何故お前はそんなことを知っている?」
「ああ、そこから話さねばならないな。
あの日、私が普段通り、この泰山で昼食を採っていると、平日だというのにラフな格好をした女が
自信たっぷりな様子でを注文した。私はその様子をただ、眺めていた。
その女は一口、口を付けると美味しさのあまりか涙を流したようだった。
すると女は横で眺めていた私に何故か難癖をつけ、そのまま店を出て行ってしまった。
その後私は―――」
「――っ端的にだ!端的に話せ!」

顔を羞恥で赤く震わし言峰に詰め寄るシグナムを言峰以外は
不思議そうに見たが、すぐ、合点がいったのか、それぞれに頷く。

「という話があった夜だ。ちなみにその女の代金は私が払っている」
「ぐ…」

シグナムは再び――敗北を喫した。


71 :Fateはやてルート63:2008/06/11(水) 01:34:45 ID:2/s9b31J
「その夜、第五次の兆候を確認し、バチカンに報告した。
次いで送られてきた命令によって私はこの度の監督役に任命された。
つまり私はこの冬木に害をもたらし、一般人を危険に晒す可能性のある7人の者達を指導する立場にある。
負けを認め、命の危険を感じたのならば教会に逃げてくるといい。
それがルールだ。衛宮士郎、お前が――」
「士郎君、会計終わったわよ」
「一成はあたしが背負うのか?シグナム頼むよ」
「わかった、一成をよこせ」
「ルールもあんたのことも理解した。詳しい話はまた後日だ。今ははやてを休ませる。桜、いくぞ」
「え?は、はい」
「し、士郎ええの?今大事な話の途中なんや…」
「病人を休ませる以上に大事な話なんてあるか。ちゃんとつかまってろ」

セイバーが最後尾となり、泰山を一同は足早に後にしようとする。
セイバーは言峰綺礼を訝しげに見つめつつ、皆に続いて店を出た。
店に残されたのは男一人。彼のお楽しみのフルコースは
それを目の前にしながらついぞ、手をつけることはできなかった。

「…………」
「マーボーお待たせアルネ~~」

男は楽しみをマーボー豆腐を食すことに、切り替える…

帰り道、日曜日という休日を多少のトラブルがあったものの、それなりに謳歌した一行の間には笑いが尽きない。

「ヴィータは元気が有り余っていて、本当に困ったぞはっはっはっ」
「でも、シャマルが本当に一成が困ってたのは体力の面じゃないって言ってたぞ。本当は何に困ってたんだ?」
「はっはっはっそれよりヴィータももうすぐ中学生になるのだな。勉強はしっかりしておるのか?」
「まぁ、それなりに。でも、制服ってだるそうだよな」

と、ここで、シャマル。

「ヴィータちゃんは優秀よ。もちろん頭も制服の着こなしも。
あっちの勉強もそろそろした方がいいのかしら」
「なっ!?シャマル殿は何を考えておるのだ!
このような年端のいかぬ子にそのようなこと吹き込もうなどと許す訳には!」
「へー一成君は知ってるのね。お姉さんに教えてくれる?」

朗らかな笑みを浮かべるシャマルを前に一成は固まる。

「あ、う…それは…」
「ふふ、冗談です。でも、見たいわねヴィータちゃんの小学校卒業と中学生入学」
「ちゃんと来いよ、式には」

遠い目をするシャマルにヴィータが囁くとシャマルは頷いた。


72 :Fateはやてルート64:2008/06/11(水) 01:37:58 ID:2/s9b31J
「言峰綺礼、あの男は危険です。信用はしないで下さい」
「何故そう思う?確かに煮え湯を飲まされた身としてはいけ好かない男ではあるが
職務には真面目に取り組むような男に見えたが」
「…あの男は前回、マスターであり、聖杯を求める一人でした。
ならばこの度も聖杯欲しさに介入してこないと考える方が不自然です」

セイバーの言葉にシグナムは思案する。

「マスターでなければだがな。最後に願いを叶えさせてやってもいいのではないか?
どんな願いかにもよるが、私達だけで独占するものでもなかろう。
それより前回の争いは六十年前ではなかったのか?あの男はそんな歳には見えん」
「いえ、魔力の溜まりが早かったのでしょう前回から十年で今回の聖杯戦争は始まっています」
「十年か…」
「…あの男に聖杯を使わすのは賛同できません。
何やら爽やかにも見えますがやはりいいものは感じない。何故、そんなことを?」
「今言ったとおり、願いの内容次第だ。万能の力なら誰しも望むもの。
我々だけ願いを叶えて捨てるというのはもったいなかろう」

セイバーは納得していない顔であったがより気になる件を尋ねた。

「それより…はやての病状は良くないようですがシグナム達はどう考えているのです?」

指摘に、俯く。歯を噛み締める音さえ聞こえた。

「聞いて、くれるな!私達には手だてがない…それこそ聖杯とやらに縋るか書を完成させるかしか、な」

その苦渋に満ちた顔を見上げ、セイバーはシグナム自身の願いを初めて聞いた。

「はやてを救う、それがあなたの願いか…もう一つ、書とは何か?」


「今日はどやったかな?」

士郎の背に負ぶさりながら士郎の耳元でこぼれる声は穏やかだった。

「みんなの顔見ればわかるだろ。楽しんだって顔だ」
「あんな、私はが聞きたいんはそうやなくて…」
「俺か?」
「うん、そや」
「まぁ、楽しかったぞ。ただ…」
「ただ?」
「最後の泰山だけは頂けなかった。夕食場所選定の人選をした奴には猛省を促したい」
「あ、はは。いやーごめんな。あんなことになるとは思わんかった」

冬の寒さの中、胸に感じる後ろ身は温かく、足の疼きを気にせぬように、
ただ、響かす声は朗らかに、心地よい時を終わらせぬよう、少女は…静かに祈った。


73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/11(水) 01:39:28 ID:/AbX/rtb
支援


74 :Fateはやてルート65:2008/06/11(水) 01:40:13 ID:2/s9b31J
先頭を行く三人のうち一人がふいに、足を止めた。はやてを背負った士郎はそれに気づき振り返る。
後ろを歩いていた後輩は、苦笑とも微笑みともとれない顔をしていて、小さく、小さく呟いた。
お二人は幸せですか?、と。

「ん、何か言ったか桜?」
「いえ、みんなでこんなに楽しく過ごせる日が続けばいいなと思いました


75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/11(水) 01:44:44 ID:2/s9b31J
冬の風は強く、乾いて吹き荒ぶ。髪を巻き上げる北風に桜は悩ましげに髪を押さえた。

「冷えて、来ちゃいましたね。私、こっちですからここでお別れです」

一行は各家への分岐点たる、交差点まで来ていた。

「物騒ななんだから、桜一人じゃ危ないだろ、送ってく」
「いえ、そんな、悪いです。先輩ははやて先輩を早く家に帰してあげてください」

困ったように笑う桜。様子を眺めていたシグナムは桜のことをぐいっと引き寄せた。

「わっわっシグナムさん!?」
「私が送っていく。それでいいだろう、士郎」
「ああ、若い女の子が一人じゃ心配だったけどシグナムなら全然心配ない」
「…士郎、今日はセイバーも加えて鍛錬といこうか」
「え…?ちょ、なんでさ?」
「ふふ、みなさん、今日は楽しかったです。
先輩、あんまり、シグナムさんを邪険にしちゃ可哀想ですよ。じゃあ、また、明日学校で」

ふんっと鼻を鳴らすシグナムと微笑みを浮かべる桜は坂の上へと消えていった。

「衛宮、では俺もここらで失礼するとしよう」
「一成、あたしがついて行ってやろうか?」

一成はヴィータの提案に面食らったようだった。ただ、ヴィータとしては真剣そのものな意見である。

「あまり、なぶるな。それではあまりに立つ瀬がないではないか。
俺がヴィータを守ってやるというのなら吝かではないが、
それは俺の役ではあるまい」
「だけどさぁ」
「私でもいいのよ、一成君」
「…夜道をシャマル殿と歩くなど、我が身かわいさにできん選択なのだが…」
「い、一成君…それはあんまりよ」

一成は笑い、シャマルは泣き、ヴィータは心配気に士郎、はやても笑顔で、
それぞれ別れを告げ家路へと就く。


76 :Fateはやてルート66:2008/06/11(水) 01:51:03 ID:2/s9b31J
坂の上には古い時代からの建物が散在する。そんな情緒ある通りをシグナムと桜は登っていった。
二人の話題と言ったら桜がしている弓道部関係の話となる。

「しばらく会ってなかったが綾子や慎二は元気にやっているか?あ、いやあの二人の場合
うまくやっているか、と心配すべきところか」
「あの二人がうまくですか?…あはは、難しいと思いますよ。シグナムさんがいる時は
兄さんも美綴先輩もシグナムさんに突っかかっていくんで意外と息があってるんですけど」
「まぁ、私は実演することはできても口で説明するのは苦手だからな。
悪いとは思っている」

苦笑をするシグナムを桜は見上げた。

「もっとうまく説明しろとか言ってますけど、実のところそうでもないんです。
美綴先輩は体で覚えちゃいますし、兄さんは…あの、人にあれこれ指導されてやるというのが嫌いなんで」
「慎二は困ったところがあるが、まぁ、まだかわいい範疇だ」

慎二の素行を思い返しふと笑みを零す。

「シグナムさん、先輩並に変わってますよね」
「鉄拳で教育してやってもいいが、部活は軍でも命が掛かってる所でもないからな。
相当踏み外さないことには私は干渉する気はない。ただの外部顧問だ


77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/11(水) 01:52:59 ID:2/s9b31J
な」

一年以上前、大河に誘われ、ふらり、出掛けた弓道部で士郎と射を競い、
充実した1日を過ごした日、美綴綾子なる士郎と同い年の少女に
じ後も来てくれるように熱烈に頼まれたのが弓道部へ通う始まりとなった。
学校ではそこそこ信頼があるのか、大河がOKを出すと、すぐ、正式な許可が学園から降りた。

間桐の家の麗観な様子が視界に入る頃、二人の会話も酣となる。

「桜、最後に言うが泰山で会った神父の言葉は真に受けるなよ。
あれは変わり者の変質者だ」
「ああ、随分と大きな話してましたよね。冬木をどうにかするだとか」

あはは、とちょっと引いた顔になる桜。

「ああ、何も心配する必要ない。治安が悪化してる現状に乗じて、煽ったり、茶化したり、
している愉快犯なのだろうあの男は」
「心配、ありがとうございます。シグナムさんも、帰り道気をつけてくださいね。
治安が悪いのは事実ですから」

シグナムに手を振り、別れを告げると、広く、ほの暗い家へと桜は足を向ける。
それを確認するとシグナムも来た道へ振り返った。

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最終更新:2008年06月21日 01:54