白い狐と九尾の狐と、白い狼のお話。

ストーリーの関係で相当長くなるので、何回かに分けます。

※椛がかなり黒いです。白い椛が好きな人は、要注意。





“九つの尾が、優しく俺の身体を包む。

それは子供の頃と同じ、懐かしい記憶だが。
あの頃と違うのは、互いにそれなりには大人であり、そして一糸纏わぬ姿であるという事か。


俺は全てを受け入れると決め。
ただ彼女を抱き寄せ、唇を重ねた。

それがかつて、彼女を傷付けた事への後悔からなのか。

それとも純粋な感情からなのかは、今はどうでも良かった。”



妖怪の山には天狗の社会があり、哨戒役として、白狼天狗がいる。

××も、そんな白狼天狗の一人だった。



普通は、長く生きた狼が転じたものが、白狼天狗となる。

が、彼は白い髪も尻尾もあれど、あくまでただの役職の名として、白狼天狗を名乗っているだけであった。


彼は正確には、狼ではなく狐。
妖狐であった。


幻想郷が閉ざされる前、山の近くで行き倒れていた所を、天狗の長に拾われ。
以来、妖狐として産まれてからの名を捨て、白狼天狗として彼は生きていた。


元々、過去と一緒に捨ててしまいたかった名である。
長い流浪の生活にも、疲れ果てていた。

「似たような種族の多いここなら、然したる問題は無かろう?お前は力がある。どうだ、腰を落ち着けてみないか?」
そう天狗の長に勧められ、それからは今の××に名を改め、哨戒役として働いている。


妖狐の身ではあったが、仲間は彼を歓迎してくれた。
そうして日々を過ごす内、いつしか本当の名も忘れかけていた。


ただ、たまに少年の頃の夢を見た。

それは走馬灯の様に、彼が幼い頃の記憶から、独り飛び出すまでの記憶を映す。
その夢の最後には、幼い頃から側にいてくれて、そして愛し合っていた彼女の泣き顔が____




「藍!!!」


叫び声と同時に、彼は目を覚ます。



「…また、か。」




気を鎮める為、水場で顔を洗う。


見上げれば、曇りの無い、黄金色の月。
今夜の様な月を見ると、彼女の髪と尾の色を思い出す。


「ガキの頃は、よくあいつの尻尾にくるまれて、眠ってたっけな。」


___それに、初めて彼女を抱いた時も、そうだった。

子供の頃と同じ、子守唄と共に。


たまに、あの頃と同じ温もりを感じたくなるが___


「…ま、それはムシが良すぎるわな。生きてるかも解らねえし。」


彼は独り言でその思考を断ち切り、布団にくるまった。

“やはりあいつの温もりには、敵わないな”

そう思いながら。彼は夢の内容を思い出す。




まだ幼い頃、彼はいじめられっこであった。


彼の白い髪や尾は、産まれつきのもの。
所謂アルビノであり。


その容貌と親無しな事が元で、同じ妖狐の子供達にいじめられては、毎日傷を作っていた。
アルビノという体質も手伝ってか、当時は余り強くなく、反撃も出来なかった。


「こら!!ダメじゃないかお前達!!
○○もダメだろ!!男なんだから、言い返すぐらいはしなきゃ!!」」


そんな時いつも仲裁に入っていたのが、子供達より年上の、藍だった。


藍は面倒見が良く。
また、若いながらも、妖狐の中でも特に力の強い九尾であったため、よく子供達の守護や世話をしていた。


○○の境遇と体質もあってか、藍は特に彼を心配し、本当の姉の様に接していた。


「離せよー」
「だーめ、ちゃんと治療しなきゃ。」


暴れる○○を無理矢理家に連れ帰り、傷の手当てをする。

妖怪とは言え、やはり幼い子供なのだ。
回復力も力も年上には劣り、つまりはされるがままだ。


治療を受けた後、○○はいつも、部屋の隅でいじけていた。
藍が声を掛けても無視である。

荒んだ環境のせいか、○○は子供ながらにスレた性格だった。
要は、年不相応に甘え下手だったのだ。


そんな時、藍は決まって○○を無理矢理膝の上に乗せては。
その立派な九つの尾で○○を包み込み、澄んだ声で子守唄を聴かせるのだった。


余り表には出さないが、○○はこの時間が好きだった。

母の記憶は無いが、この時間だけは、欠けたモノが埋まる気がして。
そして子供らしい顔で、眠りに就くのだった。


「いつかこの人を守れるぐらいに、強くなりたい。」


そう思いながら。




やがて時が経ち。


まだ少女の面影が強かった藍も、美女と言える容貌になり。
また○○も、まだ少し少年の面影は残るも、大人と言える体躯と容貌に成長していた。


あれから○○は修練を重ね強くなり。
当時のいじめっこの頭と激しい喧嘩をしたものの、ようやく和解を得。
成長した今では、誰も彼を差別しなくなっていた。


人間で例えれば、藍と○○の年の差は、4つ程度にあたるであろうか。


彼も年頃であり。
藍に向ける感情が、姉弟の様な感情から、一人の男としての恋に変わっていたのも、不自然な事では無かった。


ある月の夜、いつもの様に藍は○○の小屋へ来ていた。
○○はどうにもだらしない所があり、藍はよく世話を焼きに来ていたのだ。


○○は内心落ち着かずにいた。
仮にも意中の人と自室に二人きり、嫌でも意識してしまう。

しかし平然と来て世話を焼く辺りに、未だに男として見られていない事を悟り。
少し悲しくなるのであった。


「お前ももう、年頃だろう?意中の妖の一人ぐらいはいないのか?」


不意に藍が訪ねる。


「いいや、今の所はいないし、今は妖狐としての修行が楽しいしな。
大体、まだ身を固めるとか考える歳でも無いだろ?」

まさか目の前の人物だとは言えず、○○は心にも無い嘘をつく。


「そうか…。しかし私としては心配なんだよ。
お前はだらしない所があるし、恋の一つもすれば、お前も少しは妖狐としての力だけじゃなく、威厳にも気を使うようにだな…」


またいつもの“年長者”としての小言が始まった。
それがより彼女との距離を感じさせ、○○は更に落ち込む。


それに気付かず藍は、最後にこう言い放つ。


「お前は弟の様なものだからな。
やはり、立派な妖狐になって欲しいんだよ。」


『弟』


藍の口から出た、今の彼にとっては壁でしかないその単語が、○○の心を一気に黒く染め。

そして一瞬で、彼に決意を決めさせた。
もう我慢の限界だった。


蝋燭の火を落とし、感情のまま、○○は藍を押し倒す。
突然の事に藍は動転していたが、○○は言葉を続ける。


「ふざけんな。
いつまで子供だと思ってんだよ。

なあ、藍。
俺じゃ、ダメなのか?」


ずっと抑え込んでいた感情が溢れ出す。


暫く互いに見つめ合った後、藍は意を決し、言葉を発した。



「私は…。


私も本当は、お前の事が____」




そして彼等は初めて接吻を交わし、互いの身体を繋げた。


窓からの月明かりの下。
藍は幼い頃の様に、○○をその腕と尾で包み、子守唄を唄う。

あの頃と違うのは、○○が藍を守る様に、彼女を抱きしめている事。
そして、藍が○○に向ける視線が、仮初めの姉としてでなく、恋人に向けるそれであった事だった。



それからは、幸せな日々が続いた。
何よりも失いたくないと願う程に。




そう、あの日までは。




ある日○○が山で兎を狩っていた時、一人の農夫を見付けた。
ちょっとした悪戯心から、ちょっかいを掛けてみようと農夫に近付いた矢先。


彼の背中を、激痛が襲った。


振り向けばそこには、先程の農夫。

片手には○○の血の付いた刀を持ち、もう片手には、札を持っていた。
農夫の変装こそしていたが、その武器が、彼が退魔師である事を物語る。


「悪く思わないでくれ。
今の帝は相当にイカれた人でねえ。ここらの妖怪やその里は、見付けたら全て狩れと言われているんだ。

…尤も、俺は楽しませてもらってるがね。」


圧倒的な実力差だった。
瀕死の重傷の中、命からがら逃げ伸びた○○を見付け、藍は呆然とへたり込んだ。


○○の片腕は千切れ、身体中に切り傷。
腹の傷からは、内臓も見えていた。


藍の懸命の看病の甲斐もあり、幸い一命こそ取り留めたものの。未だ意識は戻らず。
妖狐の回復力を以ても、再生に時間の掛かる程深い傷だった。


数日が経ち、漸く○○が目を覚ました時、藍は泣いて彼を抱きしめた。
そして○○は、大怪我に至った過程を藍に話し、こう続けた。


「今の人間の帝は相当にイカレてる。
あの退魔師も、俺が太刀打ち出来ない程強い。

藍、里に一番強い結界を張ってくれ。
それでも“もしも”が起きちまったら、俺の事は放って置けばいい。逃げろ。

間違っても、仕返しはするな。」


「自分を見捨てろ」という意味の言葉にショックを受けた様子ではあったが。
藍は暫く考えた後、「…そうか。解った、まずは長老に話を通す。」と言い残し、○○の小屋から去った。


小屋の戸が閉まるのを見つめ、○○は暫し眠る事にした。
出て行く時に、藍が呟いた言葉に気付かぬまま。



「…そうか、帝と退魔師が…人間どもめ…」



長老に○○の治療を託したのと、「暫く調べものに出る」との言葉を最後に。
その日から、藍は妖狐の里から姿を消した。



何とか新たに腕も生え、傷も徐々にではあるが、回復しつつあった。

しかし、まだ全快には至らず。
藍はもう一月以上行方不明だが、遠くまでは探しに行く事も出来ず、○○は途方に暮れていた。


藍が里に強力な結界を残して行ったのが、せめてもの救いだろうか。
相手が異常な強さの退魔師である以上、用心に越した事は無い。


「あいつは年上ぶるが、本気で怒ると聞かない時があるからな。
バカな真似をして、殺されていなければいいが。」


考えていても埒があかない。
出来るだけ回復が早まるよう、○○は眠る事にした。


突如響いた爆音と悲鳴で目が覚めた。
何事かと飛び出した○○。


そこにはおびただしい血の海と。
子供も老人も関係なく無残に殺された、里の妖狐達の亡骸があった。


その中心にはあの退魔師がおり、その衣服は、返り血で染まっていた。


「おやおや、いつぞやの白狐じゃないか?傷は良いのかい?
丁度暇でねえ。憂さ晴らしに狐狩りとしけ込んでたのさ。

確かに手強い結界だったが…まあ、本気を出せば、何とか破れたよ。
丁度イライラしててねえ、いつもより調子が良いのさ。

どっかのバカな九尾が、帝をたぶらかしてくれてねえ。急に妖怪狩りを止めるとか言い出したんだ。
お蔭さんで、今回の報酬も俺の労力も、全部パーだよ。ムカついてしょうがない。」


「…お前、藍をどうした?」


「藍?ああ、あのバカな九尾か。
なかなか見破るのに手こずったが、いざ見破ったら、速攻で襲いかかって来てねえ。

見た目は好みだったから、とりあえず手足痛めつけて、何度も犯してやったよ。
んで、丁度いい岩があったから、飽きてそこに封印しといた。


ずーーっと誰かの名前呼んでたが、ああ、ありゃお前の事か。」



その瞬間、○○の咆哮が響いた。



「くっ…」

立つのもやっとの中、○○の足元には、退魔師の死体。

何とか勝つ事は出来たが、○○も重傷であった。


「はは…立てねえや」へたり込み呆然とする○○の視界の先に。
封印されたはずの藍が立っていた。

無理やり封印を破ったのであろう、その身体は傷だらけで。
そして、その手には、帝の首。


藍は、泣きながら○○を抱きしめた。

一度は抱き返そうとするが、○○はその身体を離し…


“パシッ”


彼の平手が、藍の頬を叩いた。



「え…?」


「…なあ、言ったよな?仕返しはするなって。

その退魔師が皆を殺した理由はな、お前が帝をたぶらかしたからなんだよ。
お前が仕返しさえしなければ、皆死なずに済んだかも知れなかったんだ。

あいつは強かったし、何より充分イカレてた。だから止めたのに。
お前のした事はな、結局、お前自身を傷付け、里を滅ぼす大義名分を作ったんだよ。

そこまでやったお前の俺に対する気持ちはありがたいが…やり方は全部、間違ってたんだ。

お前が生きていて嬉しいと同時にな。
俺はどうしても、お前を許す事が出来そうにねえ。」



「だけど私は…」


「黙れ!!」


藍はその剣幕に一瞬目を閉じ、再び目を開けた時。
○○は震え、涙を流していた。


「…なあ、どうしたら良いんだよ。


お前が愛おしくてたまらないはずなのに、今は同じぐらい、お前が憎くもあるんだ。

もうお前とは、一緒にはいられないよ。
いつか、お前を殺してしまいそうなんだ。


もう里も滅んだ。
ここで、お別れだ。」


藍は泣き崩れ、光の無い目で彼を見つめる。
うわごとの様に、彼の名前を呟きながら。


それに背を向け、痛む身体を引き摺り、○○は歩き出した。

背後から聴こえる、悲鳴にも似た彼を呼ぶ声に。
唇を噛締めながら。



これが、彼と藍の記憶である。



「二人とも、充分ガキだったな…。」

独りぼっちで、寝酒を一杯煽る。
昔を思い出したせいか、どうにも今夜は眠れそうにない。


藍に告げた感情も事実だが、本当は嫉妬もしていた。

報復の為とは言え、他の男に色目を使った事にも。
犯されたと言えど、他の男に抱かれた事にも。


「あの時、俺がそもそもあの退魔師に出会わなければ。」

何より、藍と里を守るどころか、藍を傷付け、里を滅ぼす切っ掛けを産んだ自分が、許せなかった。

もう、藍の傍にはいる資格は無いと思った。
それならいっそ理不尽を言って、嫌われてしまった方が良いと思った。


そして最後に彼女の心を傷付け、そのまま生き別れた。


その自責の念に、何度死を考えただろうか。



「今思えば、随分自分勝手だな。
結局は、逃げたようなモンだ。

…あの時違う事が言えれば、こうはならなかったかね。」


今も残る後悔を酒で流し込み、眠る事にした。


明日は非番だ。
少しぐらい寝坊して、家でだらだらしてもいいだろう。



__何より、涙で腫れた眼を、誰にも見られずに済む。





数日後。




哨戒役と言えど、異常が無い限りは、実際はあまりやる事が無い。

××はそうした暇な時間を、その日一緒に組む同僚と世間話をするか、将棋を指すかで潰していた。
今日は後輩の椛と一緒だ。


大体彼が同僚から聞かれるのは、天狗として働く前の話だ。
好奇心の強い天狗なら、自然な事なのかもしれない。


元々大陸の産まれだし、旅暮らしも長かった身だ。

藍と別れた後、独りの寂しさ故の一夜の夜伽や、間抜けな失敗、血で血を洗う戦いなども、そこそこに経験した。
ネタには困らない。

「えー、じゃあ結局その人とは遊びだったんですか?先輩、それはひどいですよう。」

「お互い同意の上だっつーの。大人には色々あんだよ。
こんな程度の話でキャンキャン騒ぐから、お前犬扱いされんだぞ?」

「あー!!ひどいですよう。先輩の方が狐だから、私より犬寄りでしょう?」

「バーカ、その狐にからかわれてんのは誰だよ。」

大体その日の相方が女性だと、十中八九この手の話になる。
報道部の鴉天狗の女記者たちも、色恋沙汰のネタの時は、取材に熱が入る。

「この年頃の女はみんなこうか…。」

内心苦笑する。
…尤も、藍の事は、過去に誰にも話した事は無いが。


「そうだ、文さんに誘われたんですけど、今度宴会があるんですよ。報道部の人ばかりですけど。
先輩も仕事以外は余り出歩かないし、良い年こいて独り身ですし。良かったら来ませんか?」


「あー?報道部なんて、酒癖悪い奴ばっかじゃねえかよ。
それと、良い年こいては余計だバカ犬。」

「ああ!!また言ったー!!」

「…まあでも、たまには良いか。」

「ちょっと無視ですかー!!」


そう、その時はほんの気まぐれだった。
この宴会が、藍との再開と、その後の運命へと繋がる事に気付かず。


宴会は酷い有様だった。
まあ、樽で呑む様な連中の巣窟だ。それも仕方あるまい。

天狗暮らしが結構長い××もそれには慣れており、当然泥酔していた。


「××さん!!ひどくやらしい射命丸です!!お話聞かせていただけますか!!」

「今更自己紹介してどーすんだよ!!それと自分のキャッチコピー間違えんな!!大変な事になってるから!!」

何故か取材口調の文が××に詰め寄る。

「いやですねー、天狗になる前は結構遊び人だったと噂のある××さん。
そんなあなたの数少ないであろう純愛エピソードというか、忘れられない女性のエピソードがあれば、お聞かせ願いたいと思いまして。」

「お前絶対ネタ切らしただけだろ。あと面白がってる。」

「あ、バレました?でも結構人気なんですよー?××さん。
過去の武勇伝は数あれど、天狗になってからは、一向に浮いた話もありませんし。
何か忘れられない女性のエピソードがあれば、××さんを密かに慕う女性に、攻略するヒントになるかと思いまして。」

「で、要はそれをネタに発行部数を増やしたいと?」

「そういう事です。」

「そしたらてめえの目の前で焼き鳥喰うぞ。」

酒が入るとこんなやりとりばかりである。軽くいなすのにも、もはや慣れた。

が、先日久々にあの夢を見たのと、酒が回り過ぎているせいか。
つい口がすべってしまった。

「そうだな…無い事もないが…」

「ほう…今なんて言いました?」

「あ。
いや、無い物事は最初から無いぜ?だって無いんだから。」

「言い訳をしない!そこまで言って吐かなかったら、“白狐の哨戒天狗、後輩の美少女白狼天狗と危ない関係か?”とか書きますよ…?」

「やめろ、いや、やめてください。お願いします。

…はあ、わーったわーった。そんかわし、記事にはすんなよ?」


そして××は目を閉じ、今まで誰にも話さなかった事を話し始める。

藍という名前こそ、伏せてはいたが。
その名前だけは、誰にも教えたくなかったから。


「…とまあ、こんな話だ。記事にしても面白くねえし、酒が不味くなるだけだ…ろ?」


××が再び目を開け視線を戻すと、文以外にもずらりとギャラリーが出来ていた。
何故か全員ハンカチを齧り、涙を流しながら。


「悲しいお話じゃないですか~!!
先輩が実はマザコンの素質があって、おまけにウジウジ昔の女の影を引きずってるしみったれ野郎だとしても、悲しいですよ~!!」

「椛、お前ここぞとばかりに日頃の恨みを晴らすな。あと、それ弱み握った嬉し涙だろ。」

「もうこうなりゃ××の未来に良い女が現れるのを願って、乾杯じゃああぁああああ!!」


そして宴会は更に激しさを増した。


それを眺めながら、「ま、案外話してみたら、少しはすっきりしたかな。」
××は一人、そうつぶやいた。

射命丸が、何やら思案顔を浮かべている事に気付かず。



「あったまいてー…」

「おはようございます!!清く正しい射命丸です!!」

「あー初めまして。ひどくやらしい射命丸さんなら僕は知ってますがね。あと頭に響く、大声出すな。」

「まあまあそう言わずに。今日は良い情報を持ってきたんですよ?
八雲紫は知ってますよね?幻想郷の管理者の。」


八雲紫。
自分が余り山から出ない為、実物は見た事が無いが。
大妖怪なので、噂ぐらいは聞いたことがある。


「その八雲紫に仕えている式がいるのですが、その式は九尾の狐でして。
もしかしたら面識があるかなー?と思いまして。」


九尾の狐。


その単語を聞いた瞬間、××は固まる。

“いや、まさかだ。そんなはずは無い。

あの頃二人は大陸にいたのだ。まさかこんな狭い幻想郷にいるはずが無い。
九尾と言っても一人だけでは無いのだ。式にされる間抜けなど、きっと別人だ。”


「…あ、ああ。写真があったら見せてくれないか?」

「はい。こちらですね。」


手渡された写真を見た瞬間、××は驚愕する。



「…藍。」




「やはりそうでしたか。もしやとは思いましたが。」


「生きていたか…良かった。」


思わず××は涙を流した。
生きていた、それだけでも救いだった。


「彼女は八雲紫の補佐をしていて、あとは家事なんかも担当しているようです。
今は藍さんご自身も式を持ち、その子を可愛がっているみたいですよ。」

「あいつは、幸せそうか?」

「ええ、大体の人には、そう見えているようです。」

「そうか…もっとも、今更会える訳でも無いがな。」

「それは、××さん次第だと思います。

…ただ、忘れないでください。貴方にも藍さんにも、それぞれの今があるという事を。」

「…ああ。」


そうして、文は藍の写真を××に渡し、取材に飛んで行った。


“それに、貴方が藍さんとの過去に囚われているように、今の貴方に囚われている者だっているのです。
…気付いてないと思いますが、あなたが昔嫌がってた子供扱いを、今貴方はしているんですよ?貴方と同じように、真っ白なあの子に。”


その言葉は、心の中だけで呟いて。





初めて先輩と出会ったのは、私が哨戒天狗になりたての頃でした。

目付きは悪いし、口調も態度もつっけんどんで、新人だった私をいきなり「バカ犬」呼ばわり。
狐には言われたくないと思いましたし、第一印象は最悪でした。


でも一緒に仕事をしている内に、気付きました。

「ちょっと水飲んでくるわ。」って持ち場を離れると、必ず皆の分の水も用意して来てくれますし。

一緒に将棋を指すと、「相変わらずバカ犬だな」って悪態を付きながら、さりげなく攻略方を教えてくれますし。

それに良くないミスをした時は、親身に怒ってくれるんです。
ストレスをぶつけるんじゃなく、ちゃんと筋道を立てて。

あ、相変わらずバカ犬は入りますけど。


つっけんどんな態度で隠してますけど、本当は優しい人なんですよ。
たまに頭も撫でてくれますし。
…あくまで妹分として、ですけど。


そうやって一緒に働いている内に、気付けば彼に惹かれて行ったんです。



彼は元は大陸産まれの妖狐だったのは、仲間内では有名でした。

天狗は噂好きですから、彼の体験談は、格好の話の種です。
だから質問されるのも、彼にとっては、特に珍しい事では無いようでした。


その流れに乗じて私は、勇気を出して、恋愛について質問をしてみました。

すると返ってきたのは、あられもない関係の数々。

ショックでしたし、悔しかったです。
私の知らない彼の顔が、まだ沢山ある。
その女たちは、それを知っているのですから。


でも何よりショックだったのは、本当に深い思い出を、話してくれない事。

「本気で好きだった人はいないんですか?」って訊くと、彼はいつも適当にはぐらかしては、遠くを見るんです。

愛情と憂いを含んだ眼で。


隠していても、何かあったのはバレバレです。

“きっと遥か昔の女が、彼の中には居座っている。”
私の女の勘が、そう告げました。



おかしいですよね、会った事も無いどころか、存在の確証も無い人に嫉妬するなんて。

でも悔しいじゃないですか?
もし私の勘の通りだったら、彼の中にその人がいる限り、ずっと私は妹分のままなんですから。

先輩の一番の女には、なれないんですから。



ある日、一人で考えるのも辛くなって、文さんに相談しました。

「やっぱりそうでしたか。そうですね…今度宴会があるので、そこに彼を誘ってください。
ガッツリ酔わせて誘導尋問すれば、いくらあの極道ギツネでも吐くと思いますし。
そこはこの、清く正しい射命丸にお任せを!!」



そして宴会で彼の口から出た話は、私の予想を越えていました。

「勝てないかもしれない。」最初はそう思いましたよ。

…でも、気付いたんです。

先輩は気付いていないけど。
その馴れ初めは、今の私達に似ている、って。


…そうですよ、女として見られていないなら、直接教えてあげれば良いんです。

彼はその九尾の女と違って、本当に私の事を妹分としてしか見ていないけど。
大丈夫です、嫌でも意識させてあげますから。


ああ、楽しみだなぁ。

昔は悲劇になってしまったみたいだけど、私はそうはさせませんから。

ずっと側にいてあげられますから。


沸き上がる笑みを抑えて、その日は眠りに就きました。



朝、いつもの様に持ち場に行く途中、遠くに先輩を見付けました。

話し掛けようと思ったのですが、一足先に、文さんが声を掛けていました。
むう…残念。

何やら真剣な話をしているようです。
木陰でこっそり聞き耳を立ててみます。


「…そんな。」


まさかその九尾の女が、あの八雲紫の式だったなんて。

写真を見た時の先輩の顔。
泣いていたけど、あんな優しい笑顔の先輩は、初めて見ました。

ずるい。
悔しい。
いつまで彼を捕らえるんですか。
先輩はあんなに苦しんでいるのに。
また苦しめるんですか。

…いつまで彼の心を、独り占めするんですか?

気付いたら、涙が出ていました。


「…ただ、忘れないでください。貴方にも藍さんにも、それぞれの今があるという事を。」


文さんが彼に告げた言葉で、目が覚めました。

狭い幻想郷。
今までが奇跡だっただけで、いつかは出会ってしまうかもしれない。

…そうだ。
ならその前に、彼の今を、私で埋め尽くせば良い。
もしあの九尾が彼に再会しても、絶望するぐらいに。
入る余地も無いぐらいに。

…いっそ、チャンスがあれば見せ付けてやろうか?



今の彼は、天狗なのです。
天狗は天狗と結ばれるべきなのです。

そうと決まれば、後はどうするべきかを考えるだけでした。


楽しみです。

とても、とても___。





つづく。 



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最終更新:2021年04月10日 13:20