その後何日もの間、聖は寝食も削り部屋にこもる事となった。
星が心労で塞ぎこみ、ナズーリンがほぼ付きっ切りでなだめている状況の為。対外的な仕事を出来る者が一輪と村紗の二人だけになってしまった。
しかし村紗は今回の一件で、感情の触れ幅がかなり不安定になってしまっている。
一人で行かせれば、爆発した時に止めれる者がいないし。一輪が付き添っても、結局は怒りをためてしまう。
ならば、一輪がその仕事を一手に引き受けるしか無かった。
しかし、一輪の方も里と無理に付き合いたくは無かった。少なくとも、しばらくは顔も見たくないと言うのが本音であった。


「何か用があったらこちらから連絡を入れるわ、しばらくは誰も来ないで」
そう言って門番にナズーリン、村紗、一輪の三人で作った手紙を叩き付けるのが、一輪の行った、唯一の対外的な仕事となった。
手紙の中身は要約すれば。“次に○○が人前に現れた時、昔から命蓮寺にいたように接しろ“だった。
細かい”設定”と必要な動きはその時に逐一指示すれば良い。随分場当たり的な対応だったが、細かい部分を作るには根を詰め、顔を突き合わせ長時間話し合う必要がある。
冗談ではなかった。それが例え、話し合いとは名ばかりの宣下の場であろうとも。
とにかく、顔を合わせなければいけないという状態が嫌だったのだ。

あいつ等の演技の技量に関する事ならば、気にかける必要も無いだろう。
あそこまで動けるのなら、これくらい。訳も無いはずだ。実際、○○は自身が追い掛け回されるまで演技に気づけなかったのだから。
そこまで役に徹しきれる上に。役を降りた途端、昨日までほがらかな笑顔で挨拶を交わした人間を追い詰めれる里に、恐怖を感じるが。

罪悪感などかけらも無いのだろう。あるのは○○を生贄として担ぎ込めて、土着の人間に余計な被害が出なくて済んだ事を喜ぶ気持ちだけだろう。
何と醜い事か。そんな場所に○○はずっと居を構えていたのだ、よくよく考えれば寒気がする思いだった。
ならば、間違いなく。○○は聖の庇護の下、命蓮寺と共にいた方がいい。
それが、○○にとって唯一残された幸せになれる道なのだから。一輪はそう信じて疑わなかった。

そんな内容の話を。
帰ってくるなり始めたヤケ酒の勢いで村紗と、村紗が精神の安定を求めて自分の所に呼び、優しく抱きかかえてもらっている鵺に話した際。
村紗がシクシクと泣き出し。鵺には嘲笑と哀れみを混じらせた目で見られてしまった。
酔いがさめた後、何故そんな反応をされたのか考えたが。やはり理解できなかった。
ヤケ酒で短時間に多量の酒を飲んでいたうえ、詳細な記憶もどこか宙をさまよっていた事もあり。
結局一輪は、その時の疑問は歯牙にもかけず、記憶の隅を通り越し。ゴミ箱に放り投げられる事となった。


聖は○○と主に部屋に篭り。星は寝込み、ナズーリンはそれに付き添い。
一輪は不貞寝とヤケ酒の繰り返し。村紗は鵺に甘えなければ精神の安定を保てず。
ただただ、無為な時間が過ぎていくだけだった。ナズーリンと村紗はその事に気づいてはいたが、動く気にはなれなかった。
星と一輪に至っては・・・気づいているかどうかも怪しかった。

そしてある日。
聖が篭る部屋の方向から足音が聞こえてきた。その音が聞こえてきたのは、東の空にお天道様がとうの昔に顔を出していた頃だった。
本来の命蓮寺ならばこの時間にはもうとっくに活動を開始しているが。ここ最近は下手をすれば昼頃に起きる者もいるくらいだった。


その足音が誰による物かは皆考えるまでも無く理解できた。聖以外の誰だと言うのだ。
本来の彼女達ならば、即座に聖の元に集合できただろう。
しかし。星はほぼ日々の殆どを寝てすごしていた為立ち上がる際足がもつれ、布団の上に倒れこみ。ナズーリンが引き起こした。
満足に動いていない村紗も星ほどではないが、よろける体を鵺に預けていた。
一輪は立ち上がることは出来たが。急激に体を動かした為、連日のヤケ酒の酔いが嘔吐を引き起こし、縁側からありったけをぶちまけていた。

各々が見せるその姿に、以前のような聡明さは微塵も感じられなかった。
それは聖も同じだった。目の下の隈は黒々と異彩を放ち。それだけでも十分なのに髪はボサボサ、風呂にも入っていないからか肌はべたつき。食事も間々ならなかったのか、頬がこけ、頬骨がうっすらと見える。
それでも、聖の表情は満足気だった。
その表情に、ギリギリ平静を保っているナズーリンと村紗は、もう一度深く確認する事となった。
諦めた方が、楽になれると。

縁側から吐しゃ物をぶちまける一輪を、聖は優しくその背中をさする。
さすられながら、吐しゃ物により息も絶え絶えな状況だが。その表情は聖と同じく晴れた物だった。
「上手くいったようね、姐さん」
聖の行いを祝福せんとするその言葉と表情に、二人の先の考えがより強く印象付けられたのは、言うまでもなかった。




「○○を起こす前に・・・皆身だしなみを整えて。それとお掃除もしなくちゃね」
聖は自分が何をやっているか。そこは理解していた。○○の記憶に順ずる様なしぐさを自分たちがとらなければ。
○○に打ち込んだ楔が取れてしまう事を。
その楔をより深く植え込まんとする為の工作を。聖は大層な笑顔で皆に命じた。
笑顔を浮かべているのは一輪も同じだった。「これで元通りになるわ」
そんな訳があるか。村紗はその一言を飲み込むしかなかった。
ナズーリンの方は、笑顔が戻った聖を見て元気を取り戻した星を見て。何かを諦めたようだった。

「村紗・・・しばらく私と一緒に暮らす?」
鵺はそんな村紗をおもんばかって優しい言葉をかけるが。
「いい・・・・・・聖の台本には私の存在もあるはずだから」
その差し伸べられた手を村紗は固辞し続けた。
村紗一人だけが葛藤していた。代案など最早無いのに。


聖が部屋を出て更に数日後。ようやく○○は目を覚ます事となった。
「おはよう○○」
「おはよう聖」
朝の挨拶を交わす聖の顔は直視するのが何となく気恥ずかしく、はばかれるほどの笑顔だった。
いつか夢見たほがらかな朝の風景。見た目だけは確かに取り繕えていた。


朝食の席での聖は、異常な程に○○にべったりだった。聖が一方的に○○の体に触れようとする。
聖は○○を自分の横に座らせ。特に理由も無く○○の手や腰や膝、太ももと言った場所を触っていた。
しかし―


何度目かの、聖が○○に体を預けようとする仕草の際。○○は明らかに、聖を避けた。
もっときつい言い方をすれば。拒絶したと言った方がしっくり来るような動作だった。
まるで羽虫が自分の顔の周りを飛んだときのように。そんな反射的な動きだった。
「あれ・・・?えっと・・・・・・」
○○は自分が何故このような反射的な拒否感を示したのか。理解に苦しんでいる様子だった。
○○は目をぱちぱちと瞬きを繰り返しながら、こめかみを押さえ。先ほどまでの笑顔からどんどんと何かを考える、思い出すような表情へと変って行った。


「・・・ッ聖!食事中は流石にどうかと思うな」
見るに見かねたナズーリンが助け舟を入れた。が、その後どう話を転がすかは彼女もとっさに考え付かなかった。
「・・・そうだったかな?何だろう何か・・・・・・え、でもそんな常識的な事忘れて・・・・・・?」
「酒の席で言われたんじゃなかった?えっと・・・宴会じゃなくて、普通の日の晩酌で飲みすぎて」
真面目だったはずの一輪の口からすぐに酒と言う単語が出てきたことに驚けるのは後になってからだった。
それくらいに、命蓮寺の皆は切羽詰っていた。

「・・・飲みすぎ、何だよ。君達2人は・・・・・・仲が良いのは構わないが。時と場所は・・・だね」
一輪の返しに更に話を転がすナズーリンの言葉はつまり気味だった。
不自然極まりない。そうは分かっていても、落ち着いて舌を回すことができなかった。

「お酒・・・・・・・・・お酒の席・・・・・・宴会は・・・したっけ・・・・・・ここで?」
ぶつぶつ呟きながら、○○は一同を見回す。そして。
「誰?」
鵺を見た○○が呟いた言葉に重要な部分を見落としていた事に今更気づかされた。
○○は、鵺と会った事がない。
例え、聖の作った記憶に「鵺」と言う個人名が刷り込まれていても。その姿かたちを刷り込むのは容易ではないはずだ。


思わぬところから、○○は記憶を取り戻しかけていた。
「宴会は・・・やって・・・・・・・・・・・な―
楔が外れかけたその時、飛び出したのは村紗だった。
そして、村紗の鉄拳が○○を殴り飛ばした。
殴り飛ばされた○○はゴロゴロと転がり。ふすまをぶち破り、隣の部屋で大の字になって気を失ってしまった。

「ご・・・・・・ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!!!」
殴り飛ばしてすぐに。村紗は大きな声で聖に許しを請うた。
事態の悪化を早急に食い止める為とは言え。荒っぽすぎる方法だとは分かったから。

でも「ううん、村紗。悪いのは私の方よ。詰めが甘かったわ」そう言って、村紗を優しく抱きしめ許した。
「姐さん。やり直すの?」
聖と○○を交互に見比べながら、一輪は問うた。その問いに聖はだまって頷いた。
「○○を・・・もう一度あの部屋に戻しましょう。ナズーリン、運ぶのを手伝ってください」
「もう一度・・・・・・方陣などの準備をしないとな。片付けてしまったから」
最早村紗だけだった。心の中につっかえを残しているのは。傍観を決め込んでいた鵺は別として、他の三人は淡々と作業を進めていた。

「鵺。手伝ってください、事情は分かっているでしょう?」
「次は・・・映像も刷り込みます。手伝ってくれますよね?」
後ろを向いていたから。肘がぬえにどんな表情を見せているのか、村紗は確認できなかった。しかし。
ビクンと、大きな身震いをした鵺の様子で。どんな表情かは想像に難くなかった。

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最終更新:2011年11月26日 10:54