気を失った聖を抱きかかえながら、星は考えた。
聖が、自身と奴との会話に質問の方向を向ける前に意識を失って。果たして良かったのか?
自分たちの首が絞まる時間を増やしてしまっただけなのではないか?



あの時星は、奴との会話の始めに。何を話されたのかを言えずに居た。
「もし・・・もし、○○さんが決心をしてしまっていたのならば。我々は今すぐにでもここに連れてこれます」
それは実力行使の宣言だった。
里のほうは相当に焦っているようだった。とにかく早く○○を、命蓮寺に担ぎ込みたがっていた。
荒事を望まない旨だけは、はっきりと伝えはしたが。不信感はぬぐいきれない。
奴から最近の○○の様子は聞いた。
その様子では。外のことを思い出そうとし、里の者に贈り物を配り歩き、大掃除までしているそうだ。
贈り物自体は、一輪から命蓮寺宛に貰っていた。だからこそ、帰還への後腐れを絶つ。という里側の思い違いに星はすぐに気づく事ができた。
○○もふら付いている、こっちと向こうで。それが分かるから、相変わらず静観の構えを解けなかった。
だが、その二人のことを思いやるがために行っていた静観が。時間を与えると言う行為が。
結果的に、二人にとって。最悪と言う言葉ですら生ぬるい方向へ話が動きつつある。


ふと、悪魔が星にささやいた。
このまま里の連中を暴走させて。聖を始めとした命蓮寺に対する○○の好感度を上げればどうか?
連中の謀には我々の方は知らぬぞんぜぬを押し通せばいい。
きっと里のほうも我々に目をつけられたくなく、上手く合わせてくれるだろう。
今ここで、里側に反旗を翻した所で何になる?
どうせ聖が封印された時と同じ結果になるのは目に見えている。

事前に台本を作りたいと言えば、○○に命蓮寺が怪しまれないよう。上手い立ち回りを演じてくれるだろう。
どうせ、もう○○はこの幻想郷から出る事はできない。


いくらか考えた所で星は頭を振り、その悪魔的な考えを振り払った。
危ない所だった。もう少しで堕ちる所だった。




「だから!私が言ったとおりの事になってるじゃないの!!」
聖には話せなかった事を含めた内容を、星は皆に話した。
予測できていた事だったが、荒れに荒れた。特に村紗は顕著だった。
涙声で怒鳴り散らす村紗に、一同は何も言えずにいた。


聖は再び床に伏せってしまっていた。
一度目を覚ましたが。その際星に、一人にして欲しいとの旨を告げられ今は皆と同じ部屋にいる。
村紗が「私が説得してくる」と言って飛び出して行ったが、すぐに帰ってきた。
恐らく星と同じような事を言われてしまったのだろう。

「ねぇ、星。いえ、この際皆に聞くわ」
「里の方から、一番初めの企みを。まだ生贄候補の話しか知らなかった時」
「それを知った時皆どう思った?」
不意に一輪が問いかけてきた。何の脈絡も無く突然に。
その一輪からの突然の問いかけ。虚を突かれたのか、皆目を丸くするだけだった。
そんな面々を一輪はゆっくりと見渡した。

「不快感が半端なかったね・・・・・・私は、その時にはもう・・・全部知ってたけど。」
「やっぱり思い出す度に、ムカムカする」
村紗の発現に一輪の視線が彼女に固定された。
「その後よ」
そう一言。その一言の後、一輪は大きく息をついた。
「不快感については皆同じだと思うのよ・・・私ね、その後にこう思っちゃったのよ」
そして、一輪は自身の感情を吐露し始めた。

「姐さんと一緒にいられる方を選びたいって」
「村紗、貴方も同じでしょう?いえ、私も含めた全員ね」
姐さんと一緒にいられる方。この一言に星は明らかな既視感を覚えた。
数時間前に星が思っていた事を、一輪はかなり前から心中に内包していたのだった。


星から自嘲の笑みが軽く漏れる。
考えて見れば、始めから今の今まで全部。静観と言う方法に拘ったのは、聖の為以上に。
聖が再び封印されたくないからではないのか?

あの時、もう少しで堕ちそうだったと感じていたが。
真綿で半分以上絞まっていた首を、荒縄で止めを刺す。その程度の違いでしかなかったのではないか?
ふとナズーリンの方を見ると。目をつむり、奥歯の方をかみ締めているような表情がその顔に写し出されていた。
ナズーリンにとっても、一輪の指摘は図星だったのかもしれない。

「そうだよ!」
村紗は、一輪の感情の吐露にも似た指摘に対し。全肯定の姿勢を見せた。
「もう嫌なんだよ!聖と一緒にいられないのは!」
「あんなに長い間封印されてたのに、また同じ事になるなんて嫌なの!!」
「今回封印を解けたのだって・・・やっとの思いで成し遂げたのに・・・・・・」
村紗の怒声は徐々に小さくなっていき。それと共に涙の量が増えていった。

村紗の心中は、聖の志からはほど遠い考えであることは火を見るより明らかであった。
しかし、その心中を他の者は痛いほど理解できた。それもまた事実であった。
故に、何も言えなかった。何も出来なかった。何をすればいいのか、分からなかったから。
ただ、村紗の嗚咽だけが、室内に響く。その声を、ただじっと聞くだけであった。







「・・・・・・自分の事は自分で決めますよ」

過干渉と程よいお節介は、紙一重の差であろう。
いつごろからか、○○はこの里の人から受けるお節介を。聖白蓮に関しての事柄については特に。
不愉快に感じる程の過干渉へと、○○の評価が変わってしまっていた。
始めは、こめかみがほんの少し。後から考えて分かる程度にしか動かなかった。

「気にしてくれるのは有り難いと思ってます。でも、踏み込んじゃならない領域はあるはずでしょう」
ねちねちと。そんな擬音が似合うな、そう思いながら。これ以上の干渉を止めて欲しい旨を出来るだけ丁寧に。
だけど可能な限り、威圧感を持って○○は口に出していた。
しかし、この時はまだ敵意は無かった。







聖は未だに自室にこもっていた。
部屋の前に置く食事には箸を付け、時折厠に向かうので生きてこそいるが。
以前のようなフラフラを通り越した。まるで幽霊のようにスーッと動いており。
そしてある時、聖が自室へと運んだ大量の紙と文字を書くための道具。
一体何に使うのか?誰かが声をかけても返事が無く。その様子がより一層不気味さを際立たせていた。

ナズーリンがいわゆる“馬鹿な真似“を危惧してネズミを物見につけているが。
そのネズミからの報告曰く。時折クスクス笑ったりすすり泣いたりしているそうだ。
ただ、すすり泣いていたのは最初の方だけで。段々と笑う方が多くなっているそうだ。
そして、聖の笑い声は皆が聞く事となる。



馬鹿笑い。笑うと言う表現では物足りないほどの豪放な笑い声が、命蓮寺にこだました
その笑い声は本当に楽しそうで、明るくて。心の底からの陽気な笑いだった。
だからこそ背筋にゾクリと来るものがあった。あまりにも、事態にそぐわない色だったから。
その笑い声の合間に、○○の名前が出てきたのは別段驚きこそしなかったが。

ちなみに、この馬鹿笑いのすぐ後。ナズーリンのネズミ達が聖の監視を拒否した。
「何故だ!?」感情をあらわにして怒声を散らすナズーリン。滅多にないその光景にネズミは萎縮しきっていた。
聖に気づかれぬよう、少し離れた縁側でナズーリンは部下達を問い詰めていた。
「・・・・・・死にたくない?どういう意味だ?」
ネズミ達が見せる顔色、命乞いにも似た必死の証言。そこにナズーリンは何かを感じる。
一体何が合ったのか。その話を聞き出そうとした際、言われたとおり話をしようとネズミが顔を上げた際。
ネズミは回れ右をして、わき目も振らず。縁側から飛び降り逃げ去ってしまった。



待て、お前等。そういった意味の言葉を発しなければと考え。
それを発する為の喉すら動いていない時に。ナズーリンの首を強く締め上げられた。
全く予期していない事態、そして―
はっきりと見えたその光景に、ナズーリンの思考は修復不可能なくらいにまで崩壊した。

その光景とは―
ナズーリンの首を絞めていたのが、聖白蓮だったから。


聖は片手でナズーリンの首を絞め上げ、空いているもう片方の手で頭のてっぺんを強く握った。
頭頂部の髪を掴まれた。ナズーリンがそう感じた数瞬後、彼女は縁側の床に叩きつけられた。
その際、ほんの一瞬首を絞める腕が離れたが。間髪をいれずに首絞めはまた再開された。
後頭部への鈍い痛み、そしてその痛みを超える苦痛である、首が絞まる圧迫感。
その圧迫感にナズーリンは死の恐怖を感じた。

命蓮寺の誰かが、しかも聖が。
仲間に死の恐怖を味わわせるくらいにまで苦痛を与えるなんて。
ありえない事態、しかし聖の心に振り下ろされた残酷な真実。
その一撃は、ありえない事態を引き起こした。


「趣味が悪いですねぇ、覗き見なんて。ねぇナズーリン?」
そう言うと。ジタバタともがき苦しむナズーリンを大人しくさせるためか、腹に向かって何発も聖の拳がめり込む。
「私は感心しませんよぉ?ナズーリンにそんな趣味が合ったなんて」
違う。聖が市外をエラ場にか心配だったから。そう声高に叫びたかった。
だが、絞まる首で声帯は圧迫され。腹にめり込む聖の鉄拳から引き起こされる吐き気。
その二つが相まって、ナズーリンは自身の潔白を主張できなかった。

力強く絞められる首、一定の間隔を持って腹に叩き落される鉄拳。
その二つは止むことなく。そして聖の言葉も止まらなかった。
「そりゃあ・・・ナズーリンも年頃ですから色恋沙汰は気になるかもしれませんよ?それは分かります」
「○○さんは、許してくれましたよ。でもだからと言って何も無くただ許すだけってのはちょっと駄目だと思うんですよ」
「流石に、一緒の寝床で寝ようとしている所を覗かれたら私だって怒りますよ?」
一体何を言っているのか全く理解できなかった。
聖の口ぶりはまるで・・・・・・・・・


聖と○○が一緒に暮らしているようだったから。


「さっきだって、私が○○さんと一緒に暮らして何が合ったのかを事細かに書いた思い出帳も覗いてたし」
「いくら付き合いが長いからと言っても、親しき仲にも礼儀ありです・・・よ!」
最後の一言と共に、渾身の一撃がナズーリンの腹に吸い込まれていった。
そして、聖の。ナズーリンに与え続けた責め苦は収まった。
思考が回復するにはかなりの時間がかかった。
腹を豪打し続けられた事による吐き気、空気を欲する体。
息も絶え絶えになりながら。吐しゃ物をぶちまけながら。
ありったけぶちまけた吐しゃ物を避ける体力もなくその上に崩れ落ちたまま。
ナズーリンは、理解した。
聖が壊れた事を。

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最終更新:2011年11月26日 10:57