その日、○○は雑貨屋で二冊の帳面を買った。
一冊には、○○は聖白蓮との事を中心に。幻想入りしてから今までの事を事細かに書き記す事にした。
もう一冊には、生まれ育った外での事を出来るだけ詳しく書き記していった
思ったより長くこの幻想郷に滞在していた為、家族や友人、故郷のことを中々思い出せず。どちらも一日や二日では書ききれない量となりそうだった。
命蓮寺へはあれから一度も行っていない。
次に行くのは答えを決めた時だと、○○は心に決めていた。

○○も聖も。気にならないと言えば嘘になる。しかし○○は決心を曲げたくなく、聖も○○の決心を尊重し続けた。

聖以外の命蓮寺の面々は、聖の口から○○の真意を伝え聞いてはいるが。
下手に会わなくなることで、○○も聖も未練を断ち切れると錯覚してしまうのではないか。最悪の状況が思い浮かんだから。

そして、里の方は命蓮寺以上に気を揉んでいた
以前に比べて、○○の表情が比較的穏やかな物になっており、命蓮寺にも足を運んでいないのはこちらも感じ取っていた。
そして。ある種の確認をすることにした。

「おはようございます、○○さん」
いつものように、至って普通に行われる日常の挨拶。
声をかけてきたのは、以前相談相手にもなってくれた男だ。
彼は何かと○○に声をかけたりして世話を焼いてくれる。
「あぁ、おはようございます」
「・・・そう言えば最近○○さんは出かけられてませんね」
その中に、それとなく確認したい事柄を入れてきた。
男はいつもの微笑を絶やさず、○○の言葉を待っていた。


○○はすぐに命蓮寺へ行っていないことだなと理解した。
「ええ・・・・・・あの後色々考えたんです。それから聖さんとも少し話しました」
「その席で、しばらく命蓮寺には行かないと決めたんです」
男は言葉に詰まった、事態が自分達の意図していない方向に動きそうな気配を感じたから。
「それは・・・また何故?○○さんは聖様の事が―
「ええ、好きです」
○○はにべも無く、至って当然だと言う風に答えを返した。
その様子に、男は一層の混乱へと陥った。
「なら・・・だとしたら余計に、何故足を向けないのです?」
「重さが分からないんですよ、自分の心の中にある感情の」
「帰りたいと言う気持ちはまだあります。でも同時に、聖さんと今生の別れをするのもやっぱり辛いんです」
「多分・・・帰りたいと言う気持ちは、聖さんの告白を受ける事を決意しても、消え去る事はないと思うんです」
○○の方は、まだまだ答えを決めかねている状態だった。どちらを選ぶのか、いつ決意できるのか、全く見当が付いていなかった。
しかし、彼はそう思わなかった。○○の心が、外界への帰還へと向いているのではないか?
○○の言葉は、その疑念を生み出し強めるには十分な物だった。
「だから今、見比べているんです。自分で自分の心中を、どちらがより重いか」
「―そうですね、ここを出たらもう会えませんし・・・・・・じっくり考えるべきですよ」
彼は、微笑を維持するのがやっとの状況だった。


そして、更に数日後。里全体が戦慄する行動を○○は起こした。
「―!?こ・・・・・・これは?」
それは、○○にとってはただの感謝の印だった。
「ええ、普段色々とお世話になってましたから。まぁせめてものお返しと言いますか」
○○は、里で親しくしてくれた人間に贈り物をしていた。
贈り物の中身は何てことのない、店で買い揃えたただのお菓子だったが。
○○のこの行動に彼らはうがった見方をした。

―○○が帰る決心をつけたのではないのか?と

○○からすれば、この贈り物に大きな意味は無かった。
ただ、自分のことを振り返っていくと、必然的に彼らから受けた世話に行き当たるから。
そして自分はその世話に対して何もお返しをしていないと思ったから。
ただそれだけの事だった。現に、彼の中では答えはまだまだ出てきてなどいなかったから。

「○○さんは・・・・・・結論の方は・・・?」
その質問に○○は神妙な顔つきをする。
「幻想郷に来た時から今までの事と。外で生まれ育ち、ここに来る直前の事までを今思い返しているんです」
「答えは・・・いつ出せるかは見当も付きません、でも」

「外での事を段々と思い出せるようにはなりました。まだ1人ですが友人の名前をはっきり思い出せました」
その独白で、彼等の心中にある針が振れ始めた。



知らず知らずのうちに、○○は自分で自分の首を絞めていた。
それは二律背反に苦しむのとはもっと別な。直接、肉体的苦痛を伴う形で現れてくる事となる。

ある日、○○は度々里で子供達相手に説法会を開いている一輪の元を訪ねた。
答えはまだ見つけては居ない、それでもこれまで世話になった事への感謝の言葉と印を伝えたかったから。

○○自身でさえも、これからどう自分の心中が動くか。
また答えを決めれた所で、後悔しないかと言われたらどうしても疑問符をつけざるを得なかった。
ズルズルと、幻想郷に滞在する時間だけが増えていっていた。
ただ、帰るにしても挨拶も無いのは失礼だし。残るにしても、何もしないのはやはり礼儀と言う点で問題があるだろう。


そもそも、決めれるのか。
あの時感じた一瞬の安らぎは、ある種の気の迷い。そう感じるようになってしまった。

「―そうですか、所で腹は決まったの?」
お礼もそこそこ、一輪の話題はすぐにそちら側に移った。
その表情は、何とも言えない物だった。
一輪が見せるその表情の中に、様々な感情がこもっているのは分かる。
何となく、泣きそうな顔が混ざっている事は分かったが。それ以外の判別は付かなかった。

「姐さんの事は・・・野暮だったわね、聞かなくても分かるわ」
聖の話題に、○○の動きが止まる。
「姐さんも貴方の事が好きよ。これも本人に聞かなくたって分かるわ」
一輪の話は短かった。しかし○○の心に確実に大きな波紋を作った。
「姐さんと貴方を見ていると・・・結局お互いにとって不幸な道に進んでいるようにしか見えないの」
「今更、忘れられるの?」
暗に何を言っているのか。理解するのに苦労は必要なかった。
「外を忘れろとは言わないわ・・・・・」
「でも、今更聖を忘れられないのも事実でしょう?」
理解者が居るのは嬉しかった。しかしその理解者は、同時に決断を迫ってきた。
帰還を諦め、聖と共に暮らすと言う決断を。
「・・・貴方が思っているほど時間は貴方に味方をしてくれないわ」
ただ。最後に一輪が言い残した言葉の意味だけは。ピンとこなかった。



○○自身も分かっていた。最近の自身の行動の大半が、考えない為の逃げの一手である事は。
だから。
二冊の帳面に書きとめた、外での事と幻想郷での事も。
お世話になった人へのお礼参りも。
そして今やっている部屋の大掃除も。
すべてが時間を潰す為の。考えないでいい時間と言う、免罪符を得たいが為の行動だと言う事も。
○○の心はフラフラと、両方の引力からの影響を受け続けていた。



○○が命蓮寺に足を向けなくなりいくらかの日にちが経った。
最初の方こそ、聖は気丈だった。
しかし、段々と心細くなり。表情も落ち込んだものへと変わっていった。
それでも、聖は○○の意思を尊重し続けた。
考える時間が欲しいと○○が言ったから。聖は彼に会いに行きたいという衝動を抑え、じっと命蓮寺で待っていた。

それでも、待つだけの日々は確実に聖の心身を弱くしていった。
最近では日課のお勤めにも身が入らなくなり、朝も寝坊がちになり。
言動も上の空感が強くなり、立ち振る舞いもフラフラとしていた。
その様子は、命蓮寺の面々だけでなく。説法会の様子や、説法会の回数事態の減少から、他の物も嗅ぎ取っていた。

両名共にフラフラしたこの状況。この状況が歯車を動かしてしまった。


昼食が終わり、何処と無く間延びした時間が命蓮寺に漂っていた。
説法会もここ最近はとんとご無沙汰で。この日も、聖は間延びした時間に心細くなり。くてんと横になっていた。
眠る事はなかったが、ごろん・・・ごろん・・・と不規則に寝返りを打ち。頭の中身は○○の事で一杯だった。
眠らないのは聖の中に残っていた最後の節度だった。
何の因果かその節度が、緊迫した事態を。そしてそこから、事態の核心へと向かう事になってしまった。

「・・・・・・―!」
奥の方で、誰かが何かを話しているような声を捉えた。
「・・・?」
ただの談笑や話し声と言った雰囲気では無さそうだった。
聖は起き上がり、声がする方向へと向かう。


「―何を証拠に!」
まず把握できたのは星の声だった。その語勢に聖は不穏な物を感じた。
星は穏やかな存在だった、その星が声を荒げる。余程の事だ。

何を、そして誰と話しているのだろう?
聖は気づかれないように忍び足で近づき。聞き耳を立てた。
盗み聞きは自分でも感心はしなかった。でも、問いただした所で星が話してくれるかは分からなかった。
星は優しいから、聖に真相を話さず。出来るだけ何とかしようと頑張る傾向がある。
それは他の皆も同じだった。自分を慕ってくれるのは嬉しいが。悩みを抱える癖だけは、心配の種だった。

「確かに、あるかと言われればありません。ですが、○○さんの方が外を思い出そうとしているのは事実です」
星と言葉を交わす者は、聖も知っている人物だった。
いつか、自身から○○への思いを聞き出した、あいつだった。
「・・・・・・聖にとっては辛いでしょう。でも―」
「大丈夫です寅丸様、ご心配なく。手はもう回しております」
「○○さんは、もう幻想郷から出る事はできません」
―どういうこと?その言葉を発するより先に、体が動いた。
バンッ!!と障子が大きな音を立てて開け放たれた。
聖の姿を確認して。星は明らかに顔を歪ませ“しくじった”と言う感情をその表情に滲ませた。
男の方の表情は。一気に固く、緊張した物へと変貌した。

「どういうこと!?」
ここに来てようやく聖の喉が声を発した。
「聖、向こうで話します」
星が聖の両肩をがっしりと握り、無理矢理別の部屋に移動させる。
そして、チラリと。男の方に目をやり、口だけを動かし「帰れ」と。
半分は、真相の更に深い部分を知った聖が、何をするか分からなかったから。もう半分は、個人的に嫌だったから。


真相の更に深い部分を知った聖は、何度も星に聞き返していた。
「ご・・・ごめんなさい、星・・・・・・もう一回説明してくれない?」
聖の体はガクガクと振るえ。目は大きく開け放たれて、説明の度に光が失われた。
そして遂に、聖は意識を失った。

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最終更新:2011年11月26日 10:58