聖は決心と共に朝を迎えた。
そんな聖の心を荒らしたくなく、4人は真相を伝える事ができなかった。
顔を見られれば気づかれるかもしれない、その為気を利かして二人きりにした。
そんな旨の置手紙を残しておいた。
現場に居合わせていない聖に。この手紙に隠された、裏の意味を知る事は出来なくて当然だった。


それを知る由も無い聖は。皆の心配りに感謝の気持ちから涙した。
図らずとも、一組の男女にとって、おあつらえ向きの場が出来上がる事となった。

聖の胸のうちは固まっていた。無論、○○が聖の告白を受け入れてくれるのが最上の結果ではあるが。
たとえ聖の望まない結果であったとしても。聖は○○との思い出を胸に生きていく覚悟も決めていた。

○○を待つ間、皆から聞いた真相が聖の心を揺らす、その波紋は決して聖の中で静まる事はなかった。
何度も何度も、自分は手を引いた方がいいのではないか、そんな考えが浮かんでは消える。

それでも、聖の思考は最終的には思いを伝える方向で固まる。
今ここで、思いを伝えなかったら、それは後々大きな後悔となる、そしてお膳立てをしてくれた皆に会わせる顔もなくなってしまう。
○○が帰りたいと言えば、私は素直に手を引こう。
真相の、更に深い部分を知らない聖の心模様は澄んだ物となっていた。



命蓮寺に足を踏み入れた○○は、すぐ違和感に気づいた。
出迎えてくれた聖以外に人の気配が無さ過ぎるのだ。
聖と会う際、命蓮寺の面々は気を回しているのか周りに近づく事はほぼ無かった。
それでも、敷地内にはいるため。時折誰かが移動するパタパタと言った音が聞こえてはくる。
所が、今日はそういった人の気配、動き、音が感じられない。この命蓮寺には、○○と聖の2人だけだった。

居間に通され、茶を出される。ここまではいつも通りだった。
「・・・○○さん、今日は話したい事があります」
いつもはそこから軽い談笑の後、法力の指南に移るのだったが。
その日だけは状況が、そして空気が違った。正面に座る聖の目は、真っ直ぐと○○を見据えていた。
「○○さん・・・多分私の言う事は○○さんにとって迷惑な事かもしれません」
おおよその見当は○○の中ではもう付いていた。
「○○さん」
○○の考えたその見当は、正面に座る聖が○○の手を取り、握り締めたときに確信へと変わった。


「○○さん、私は貴方のことが好きです」
回り道も、言葉の濁しも無い、真正面からの告白だった。
「今すぐにお返事を・・・とは言いません」
聖の手が更にしっかりと○○の手を握る。
「でも、私はどのような返事であっても、受け入れます」
手を握られている○○は、聖の手が微かに震えているのを確かに感じた。




○○は元は外の人間、帰りたい場所がある。
それは聖もはっきりと分かっている、そして○○が聖の告白を受ける意味も。
そして○○も、自身の置かれている二律背反の状況は、この時最高潮を迎えた。

その日は法力の指南も無く、○○も聖の方も行うような気にもなれず。
○○は命蓮寺を後にし、その姿を聖は見送った。



星達はお堂に居た。
昨晩の星の忠告どおり、覗き見や盗み聞きと言う野暮な真似をする者は誰も居なかった。
そして、星達は○○が聖の告白を受け入れる事を祈っていた。
そうなれば、そういう方向に話が動けば、この後起こるであろう荒事は鳴りを潜めるはずである。
最早、命蓮寺だけでどうにかできる問題ではなくなっていた。

「村紗・・・気持ちは分かりますが、○○に無理強いを強いるような真似は慎んでくださいね」
時折、星が村紗に対して戒めるように声をかける。
真相の更に深い所を知り、皆沈鬱な表情を浮かべていたが。村紗だけは少しばかり様子が違っていた。
腕を組み、あぐらを組み、何かを考えているのが一目で分かる状態だった。
何を考えているかは聞かなくても分かる、聖と○○をくっ付かせる為の思案を巡らせているのだろう。

最早○○に逃げ場は無い、村紗の言う通り聖と結ばれた方がどちらにとっても幸せ。
皆の考えもその方向に向かわざるを得なかった。それでも、それでも荒事は極力避けたかった。
だからと言って。○○にとって、星達の祈りは非常に酷な物だった。
聖と○○が結ばれる。それは、○○が元の世界を諦める事に他ならないからだ。
家族、友人、故郷、それらにまつわる思い出。それら全てを自らの手で捨て去らなければいけないから。


それは捨て去る側である○○の方にばかり重くのしかかる難題だった。
聖白蓮を始めとした命蓮寺の面々はもうこの幻想郷に定住する事で腹をくくっている。
そのくくるための腹の中身にある重さも、命蓮寺勢と○○では大差があった。

この時の○○は涙を流していた、聖白蓮を始めとした命蓮寺の面々。
里の面々、それらの顔は用意に思い浮かぶのに。
外に残した家族や友人の顔に声、故郷やそれらにまつわる思い出、その殆どがおぼろげな物となっていた。
そこに来て聖白蓮からの告白。
今○○の魂はこの幻想郷に引き寄せられ、縛り付けられつつあった。
振り切るにしても、引き寄せられるがままにしても。
どちらにせよ○○の魂に浅からぬ傷が入る事は、もう間違いのない事であった。




数日が経ってもまだ○○は答えを出せずにいた。
聖と別れるには、余りにも多くの思い出を○○は作ってしまった。
どちらも捨て去る事ができなかった。
二律背反にぐらつく○○の様子は、立ち振る舞いにも現れていた。最初の方こそ誤魔化せてはいたが。
第三者から問いただされると、より一層○○の心中は不安定な物となる。いつまでも隠しきれる物ではなかった。
そしてとうとう、第三者に話してしまった。


「―そうですか。○○さんは聖様からそのような事を」
相談相手は幾ばくかの間を取った。、微笑交じりで、ありふれた返事を持って答えた。
その“間“で相談相手が何を考えたか、よそ者の○○には知るよしもない事であった。


「で、○○さんはどうしたいのですか?」
「・・・・・・帰りたい、これは多分本心なはずなんです」
目を閉じうつむきながら出した○○の答えに。相談相手は一瞬こめかみを動かし、それと共に微笑もほんの少し歪ませた。

そしてまた“間”が出来る。その“間”に、○○は次に続く言葉を待ってくれているのだと
好意的に解釈していた。
「ですが・・・私は聖さんと仲良くなりすぎたんです。聖さんと離れたくない、これも間違いなく本心なんです」
続いた答えに相談相手の顔に微笑が戻った。


「そもそも、仲良くなるべきじゃなかったのか。会うべきじゃなか―
「そんな事はありませんよ」
○○の呟きにも近い言葉をさえぎり、相談相手が口を挟む。

「○○さんは、聖様と出会い。聖様と交流をなされて何か嫌な事はありましたか?」
続けて○○に出した問いかけにはまくし立てるような物が、顔にも困惑とも取れる色があった。
「いえ・・・むしろ良い思い出、楽しい物ばかり」
「じゃあ!そんなこと滅多に口にする物じゃありませんよ」
ずいっと身を乗り出し、畳を叩く相談相手に、○○は少しばかり気圧される物があった。

「もうしばらく、考えても良いんじゃないんでしょうか?今の○○さんは少し冷静さを失っているようにも思えます。それに」
「出るのは何とかなるんです。なら少々長めにここにいて、頭を冷やすと言うのも選択肢としてはありでしょう?」
そのまま更なる滞在まで提案された。

「出てしまったら・・・もう二度と、絶対に会えないんですから。もう一度聖様と会われても良いんじゃないのでしょうか?」
完全に押し切られる形だった、答えを見出せないまま○○がもう一度聖の元に行く事は。



聖と会うことに対する感情は嬉しさの方がはるかに勝っていた。
しかし答えを見出せないままにもう一度会うことには消極的だった。
しかし、相談相手の勢いに負けて、次の日○○は命蓮寺へと続く道を歩いていた。
目的地に近づくに連れて、早く会いたいという気持ちと、会って何を話せば良いという気持ちが交錯する。


命蓮寺の境内までもう数歩、と言う所で○○は足を止めた。
答えを出していないのに、容易に会ってしまって良いのだろうか。
法力指南の時にも使う利き腕を。法力指南の際、聖によく握られる利き腕を、○○はもう一度見つめながら握り込む。
その際、聖に教えられたように、力を溜める。
適当な所で、その握りこんだ拳を下に向け、開いた。そうすると足元にある細かい砂利が○○から遠ざかっていく。

やはり、仲良くなりすぎたのだろうか。
ただ世間話をする程度の仲なら、ここまで思い悩む事はなかったのかもしれない。そう○○は考えざるを得なかった。


聖から法力という人知を超えた力の一端を教授してもらったがために。
聖の心に○○が、○○の心に聖の影が深く食い込んでしまった。
そして、問題となった○○が外界の出自と言う事実。
幻想郷出身の者との間の恋仲ならば、絶対に問題にならなかった別離の決意と言う問題。
聖を選べば、家族を友人を故郷を捨て去らなければならない。
外界を選べば、聖とは今生の別れをせねばならない。幻想郷は、時間をかければ戻ってこれるような場所ではない。

気が付けば、○○の腕も震えていた。あの日、告白をした聖の時と同じく。
○○は震える腕を、もう片方の腕で握り締め。目を閉じ考えにふける。
聖が腕を震わせた理由は、○○が外界を選んだ時の事を考えたから。
その時に感じる悲しみを思ってしまったから。
しかし、○○の方は事情が違った。
聖を選んでも、外界を選んでも。○○はどちらを選んでも、容易には得がたい物との別離を経験しなければならなかった。
その事を考えると、震えざるを得なかった。


「○○さん?」
○○の閉じられた目は、急に聞こえてきた聖の声で開け放たれる事となる。
「・・・大丈夫ですか?○○さん」
聖は震える○○の腕を優しく包み込むように、両手で握ってきた。
この時、○○は自身の涙腺が限界を迎えたのを自覚した。どんなに涙腺を閉めようと頑張っても、涙はこぼれていくばかりだった。
そんな○○を聖は抱きしめる事しかできなかった。

「聖・・・さん」
涙と、感極まった感情で。○○の声は震えに震えていた、短い文を喋る事すら間々ならない。
「私は・・・・・・どちらを選んでも・・・絶対に、今生の別れを・・・・・・」
思いの全てを言葉に発して言い切ることも出来ず。
○○の腰は砕け、こぼれ落ちる涙の量は増すばかりだった。



聖は涙で衣服が汚れる事もいとわず、そのまま○○を抱きしめ続けた。
果たしてそれで良いのかどうかは、聖自身も分からなかったが。

聖もまた分かっていた。
○○の心に自分の影が食い込む事の影響を、○○がこんなにも泣く訳を。
そして○○の口から出た“どちらを選んでも今生の別れを”この言葉に、○○が今背負っている苦悩のすべてが凝縮されている事も。
そしてその苦悩を背負わすきっかけを作ってしまったと思い、その事に聖の心は痛み続けていた。
だから。このまま抱きしめ続ける事が、却って○○の苦悩を増大させるだけではないのか。そう考えてしまうが。
だからと言って、○○をこのまま放っておく事も、聖にはできなかった。

結局聖は、○○が落ち着くまでずっと。抱きしめてしまっていた。
「○○さん・・・少し中に入りましょう、ここじゃ体に毒です」
落ち着いた○○を中に招き入れる際、聖は○○と手をつなぎ続けた。
○○の体に触れる喜びと、○○の心にまた自分の影が入り込む事への罪悪感。この両方を織り交ぜながら。


茶を出し、適当な茶菓子も添え。もう何度目かになる○○と一緒の室内。
だが、会話は無かった。
お互い何を話せばいいのか分からなかったから。
茶をすする音と、添えられた茶菓子を持ち上げたりする動作音だけが室内に発生する音の全てだった。
それでも、無言はお互いに気まずく。何か喋るネタを探しながら、お互いが正面に座る相手をチラチラと見たり。
不意に目が合うと、そらすのも失礼な気がするが、されど二人の間に話題は無く。お互いにまごついてばかりだった。
そんな事が何度もあり。ついにはお互い目を閉じるか、目線を下に固定するだけとなった。

「・・・・・・聖さん」
その状態がどれくらい続いたか、ようやく○○の方が声を絞り出した。
「―ひゃい!?」
予期せぬ○○からの言葉に聖が言葉を噛んだ。

この時、ようやく室内に流れる空気がほんの少しだが和らいだ。
「聖さん。少しばかり自分を試そうと思うんです」
その和らいだ空気のお陰で○○の方も次の言葉を思ったよりすんなり出す事ができた。
「・・・試す?」
「はい、自分の本心を・・・もしかしたら自分自身でも分かってないんじゃと思うんです」
和らいだ空気のお陰か、○○の表情は穏やかだった。

「しばらく私は命蓮寺には来ません。それでも、私が聖さんの事を考え続ける事ができたら」
「その時は、私は聖さんのことが本当に好きなんだって事です」
朗々と語る○○の言葉を聖は静かに聞いていた。
「しばらく、ゆっくりと。自分の心中に問いかけてみようと思うんです。どちらがより重いかを知る為に」


○○からの提案、聖に異論は無かった。
聖はいつまでも待つつもりだった。そして○○の出した結論が、聖の望む物でなくても。
聖は受け入れようと言う覚悟を、改めて心に決めた。
その聖が決めた覚悟も、○○が自身に問いかける為に必要な時間も。
水泡に帰してしまう運命であった事を知らないのは、聖と○○の2人だけだった。

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最終更新:2011年11月26日 10:58