ある雨の日、気がつくと私は森で横たわっていた。

少年を拾った。
気は失っている、
衣服は乱れ所々に粘液がこびりついている。
大方妖怪……それもスキマだか吸血鬼だかに魅入られたのだろう。
心が壊れた所でこの森に体よく棄てられたという訳だ。

腐った骸や白骨が見つかる事は珍しく無いが、
生きた人間が棄てられているのは珍しいと思い、家に運び込んだ。
ちょうど別の研究が終わってする事も無いし……
壊れた心を直してみようか、
何、これではこの男も人形と変わるまい。



私は男の所持品から○○という彼の名前を知った。
手始めに人形を動かす魔法をかけてみると○○が動き始めてしまったので慌てて解いた。
心神喪失もここまで進行すると人形と認識されるのか。
目安としては魔法が効かなくなったら正気に戻ったって所だろうか。


人形のようとはいえ、人間一人の世話をするのは中々大変だった。
物を自分から食べないので、
私が咀嚼した物を舌で押し込むしか無い。
排泄は紙おむつを使う事にした。
入浴は……排泄の世話をしている為か特別な感情も浮かばない。
そのまま風呂釜に入れ、シャワーで体を洗った。


案外と作業感があるのは最初だけで、
次第にそれは優越感に変わっていった。
--○○は私に生かされているんだ。
私が居なければ死んでしまうんだ。
気まぐれで命を弄ぶという感覚は、不思議と快感だった。

○○は一向に、
正気に戻るどころか意識を取り戻す様子も無い。
いっそ頭を開いて神経を検めれば原因が分かるかもしれないが、
いつしか目的は修理から飼育になっていて、そんな気は起きなくなった。

気がつけば人形への魔力供給を忘れていた。
人形達は自分で自身の手入れはするものの、動力が無ければ動けない。

……そうだ、○○にも久々に魔法をかけてみようか。
人形のままか、人間に戻ったか。
やはり、○○は人形を操る魔法で動いた。
魔力がそう判断したのか、いや、
誰かに「人形であるよう」魔法をかけられていたのではないか?
ふとした思いつきで、魔法を解除してみる。
やはり何者かに魔法をかけられていたのか、
彼の心を縛っていた魔法は破れた。
「う、ん……?」
「よかった、気がついたのね」

ゲームは終わってしまった、
彼は私のペットのままだけど、
彼が彼である以上、あの快感は得られない。
どうしてくれようか。

「自分が誰かわかる?」
どう揺さぶりを掛けようか。
「え、ああ。○○だよ、名前は」
「そう……他に覚えてる事は?」
「何かに追われてて……気を失う前の事はあんまり……」
「そう……」
じゃあ、大丈夫ね。
「私はアリス、倒れてた貴方の世話をしていたのだけど」
「え、あ、そうなの?
 ありがとう、アリス……」

ああ、この人は。
覚えてないんだ、私の事を。
「だから」
続けよう、あの日々をまた。
「あなたの世話を続けたいのだけど」




邪まな笑みを悟られたか、
○○がたじろぐ。
そういえば以前も私から逃げようとしていたか。
もう人形なんだから、私の物にならないと駄目じゃないか。
「あ、アリス……?」
「やっぱり……あなたは人形のままで良いわ」

私に飛び込んで来た○○を受け止めようとしたが、
押し倒され、いや押しのけられ○○は家の外に走り出した。
……まったく、学習しない子供だ。
逃げた所でたどり着く場所も無いのに。
今の魔法の森から歩いて出られる訳が無いじゃないか。
私が魔力を張り巡らしているのに。

「さて」
一通り、彼に使っていた道具を片付けた後。
上海や蓬莱に留守を任せて私は悠々と森へ繰り出した。
「あらやだ……洗濯物取り込んでもらわないと」
黒雲が西の空からゆっくりと近づき、雷鳴が響く。
濡れたく無いし、早くもって帰らないとね。

10分程歩いた所で○○を見つけた。
全身に魔法の糸が絡み付き動けなくなってる。
「く、来るなぁ……」
「酷いじゃない……これまで散々尽くして来たのに」
もはや身をよじらす事も出来ず、
私から目を背ける他無い。
彼の頭を掴み、顔をこちらに向け、
瞼を指で開きこちらを向かせる。
「もっと私を見なさい?」
「ぐ……」
指を離せばこちらを睨み付けてくる。
人形らしく従順でいれば良いのに。
私の魔力を、
注いであげるから。
「!……」
唇を奪い、唾を送り込む。
○○は目を閉じ首を振ろうとするが、
頭をがっちりと掴んでいるので逃げられない。
ああ面倒臭い、先にもって帰って血液を送って……

舌先に激痛が走り、
咄嗟に○○を手放す。
舌を噛まれた。
致命傷にはならないが出血で喋りにくくてかなわない。
「……先に壊した方が良いのかしら、また!」

また?
私は何で、
覚えてる?
○○が、ああ、
既視感はあれだけあったのに、
何で気付かなかった?
そうだ、大好きだったんだ、
○○、ずっと。
ねえ、○○。
「壊れていたのは……!」




あんまり音は響かなかった、
いや、遅れて聞こえた。
頭上から襲った閃光が全身の自由を奪い、
頬に雨の滴るのを感じながら、
私の意識は薄れていった。

ねえ、逃げないで○○、
教えて、壊れていたのは誰?
直そうとしたのは誰なの?
ねえ、逃げないで○○、私は……











ある雨の日、気がつくと私は森で横たわっていた。
少年を拾った。
気は失っている、
衣服には所々切り傷が目立ち、
一部が焼け焦げていた。
スペルカード合戦にでもうっかり巻き込まれたのだろうか、
普段人なんかいない森だ、魔理沙が誤射したとしても不思議では無い。
「まるで人形ね……」
私は彼を連れて帰る事にした。
彼を直してみよう、人形から人間へ。
どこか心の奥底に、
宛ての無い黒い心を潜めながら、
私は彼を連れて帰った。

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最終更新:2010年08月27日 01:06