「えーっと・・・・・・」
籠の天井を仰ぎ見ながら、輝夜は次の言葉を捜しているが。どうにも言葉に詰まる。
○○も何度か言葉を出そうと口を動かすが。何をいえばいいのか分からず、金魚のようにパクパクとするに留まっていた。
「姫様、もうここで思いを伝えてしまえば宜しいのでは?」
半ば呆れ気味に永琳が提案をしてくる。輝夜は「うー・・・」と唸っている。
「先ほどまでのやり取りは・・・よくよく考えれば面白かったですよ。○○さんはまだ姫様の気持ちを知りませんからね」
白々しい。○○は瞬間的にそう思った。
どうやら輝夜も同じ事を考えたらしく、バツの悪そうな顔で背中の位置にいる永琳に顔を向ける。
「・・・・・・永琳。貴女割と最初の方に気づいてたでしょう。告白してないんだから○○の反応がどうにも悪いってことに」
多分それ以外にも気付いた事はあるはずだ。
○○は、真顔で回答を迫る輝夜からの詰問よりも。どことなく見下した感を演出していた永琳の顔の方に大きな欲情を感じていた。
無論、輝夜に欲情していなかったわけではない。ただ・・・比べるならば、春画を破り裂いた時や、遊郭で激昂をあらわにしていた時の方が。
○○にとっては、性的魅力としての格は上だった。
実際今も、チラチラと茶化すような眼付きで永琳は○○を見てくる。
その眼付きに、○○の心はチクチクといたぶられる。そしてその感覚を、心地いいと思ってしまっている。


もう自分を誤魔化す事はできない。○○は、自分自身の倒錯した思いに気付いてしまった。
被虐嗜好と言う倒錯に。
今も、永琳のこの顔を。輝夜だけではなく、鈴仙やてゐが浮かべたならばどんな顔だろうか。
そんな事を夢想すると。○○は、自分の中の何かが堪らない程に熱く、そして込みあがる物を感じていた。

輝夜はまだ○○のこの倒錯した感情に気付いてはいないが。永琳は、間違いなく気付いている。
「もー・・・馬鹿にして」
輝夜はまだ永琳の浮かべる表情に。微笑ましさ半分、茶化し半分で○○と輝夜の二人を見ていると思っているが。
実態は全く違う。永琳の中ではもう始まっているのだ、この倒錯した遊びに。
そして○○も・・・・・・はっきりとその遊びが始まっている事を自覚しているし、喜んでいた。


「まぁ・・・でも。いつかは絶対伝える事だしね。○○を遊郭から取り戻すことに夢中で忘れてたけど」
輝夜はハァと溜め息を付いて、○○から離れて前に座りなおした。○○もそれに倣って綺麗な姿勢で座りなおす事にした。
場が整うまでの間「もう少し・・・趣を持たしたかったけどなぁ・・・・・・」とブツブツ呟いていた。
「・・・・・・でもまぁ良いわ。告白しなければ始まらないし」
意を決したらしく。輝夜は眼前に座る○○に視線を移した。

立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
恐らくは、蓬莱山輝夜を表現するには。これが最も適当な言葉だろう。そんな美貌が、今は○○にだけ注がれていた。
凛とした力強い瞳はただ真っ直ぐに、○○を見つめ続ける。
「○○」そして、その眼力に勝るとも劣らない通った声であった。
輝夜は○○の名前を一言呼び、○○の手をギュッと力強く握り締めた。言われる内容は分かっていても、緊張は隠し切れなかった。
こういった改められた場であるからだろうか、緊張しているのは輝夜も同じらしい。
きゅっと結んだ口元の奥で、歯を食いしばるのが分かった。
しかし、思いに揺るぎは無い「○○、もう分かりきってる事だけど。私は貴方の事が好きなの」


無論、○○にとって。この告白はとてつもなく嬉しい物であるが。
ここに来てほんの少し。○○は自分と輝夜の身分を照らし合わせてしまった。
「・・・姫様」
「それ、その姫様って呼び方」
しかし、○○の頭によぎったこの考えは。輝夜にとっては無粋でしかない。
「はい?」
「○○。これからは私の事は、姫様じゃなくて。輝夜って呼び捨てにして、後無駄な敬語も必要ないわ」
「私だけ○○の事を呼び捨てじゃ、不釣合いだわ」
最後ににっこりと。それでいて力強い微笑だった。この人はそんな物気にしない。
それを見て○○は、そんな些末で宣も無い事を気にしようとしていた己を恥じた。
この輝夜の微笑を見て、もう答えは完全に固まった。
よぎった考えは、口に出さなくて正解だった。「そんな事を気にしてたの?」となじられるだけだ。
なじられるのも悪くないなとは少し思ったが。余り輝夜を悲しませたくは無かったので、その旨はそっと奥の方に仕舞いこんだ。

「分かったよ、輝夜」
気さくで、飾らない言葉。それが輝夜にとっては最上級の返礼だった。
「○○!有難う!」輝夜の微笑みは大輪の花の様な大きな笑みに変わり、輝夜は○○に抱きついた。
抱きついてきた輝夜を受け止めながら、○○はふとある事を思う。

この選択に間違いがないのは明らかだし。輝夜のこの笑顔は何物にも変えがたい魅力があるのも事実だ。
しかし、興奮するかと言えばそれは少し違う。
今も込みあがる物は感じているが。輝夜からの詰問を受けた際に込みあがっていた物とは全くの別物である。

真っ直ぐ見定められ、度々命令口調が飛び、最終的には押し倒される。
この告白の前に、輝夜が○○に行ったことの全てを思い返す。
今この瞬間、朗らかさは感じている。それもとても良い物ではある、しかしだ。
一度知ってしまった刺激に比べれば、どうにも口当たりが良すぎる。
人間的な感情を損なっている、そういう訳ではないのだろうが。一度自覚してしまった倒錯的な感情は・・・・・・これでは満足し切れなかった。
輝夜が先ほどまで見せていたあの顔、もっと言えば遊郭で見せたような激情の顔。それが見たかったが・・・
輝夜は○○の倒錯を知らない為。ここから先は、○○が敢えて輝夜の虎の尾を踏みにいかねば見る事はできないだろう。

もう一度、遊郭なり春画なりを買いに行けば。間違いなく見る事ができるだろう。
しかしながら、それは望んではいない。周りの無関係な人達を巻き込む恐れが非常に強い。
遊郭街を燃やしつくし、辺りには死々累々。そんな血生臭い物は、行きすぎだとも考えていたから。


恐らくは。○○が感じた今倒錯的な感情、それを意識的に満たせれるのは。
倒錯したこの感情に気付いてくれた、八意永琳であろう。




「おめでとうございます、姫様」
永琳にも、○○同様二つの感情が混在していた。
口から出た言葉の通り、永琳は輝夜の恋心の成就を心の底から祝っていた。
しかし、もう一つの感情は。制御を間違えれば、この折角成ったおめでたい出来事を。ぶち壊しにしてしまう程の威力があった。
表情などと言った、見える場所には現していないが。その心中は尋常ではなかった。

○○には被虐嗜好がある。これに気付いたのは、輝夜が○○を詰問し始めた時だった。
輝夜の意思と芯の強さは、長い付き合いである永琳はよく知っている。
そんな内面からにじみ出た力を。眼力に込めて輝夜は○○に注いだ。
通常ならば、この詰問で幾ばくかの狼狽を見せていいはずだ。
しかしながら。○○はこの輝夜の眼を、そらすことなく捉え続けることが出来ていた。
胆力は・・・・・・ある意味ではあるのかもしれない。
しかし、それは通常の物ではない。
○○は、輝夜の視線を奥歯を噛み締めながら受け止め続けていた。

奥歯を噛み締める。それは何かを堪えているからだ。
一体何を?永琳がこれを考えた時、ある物と似ている事を思い出した。
てゐが悪戯を成功させた時の顔だ。

手塩にかけて用意した悪戯を成功させた時のてゐは。立ち振る舞いこそいつも通りを装っているが。
その心の中では、思いっきり笑いたいと思っていた。
しかし、笑えば全てはご破産と成ってしまう。だから、必死で奥歯を噛み締め、笑みを封じ込める。

そんな状態の顔に似ていたのだ、輝夜に力強く迫られる○○の顔は。
最も、てゐのそれと少し違って。○○が隠していたそれには、類似点は“笑みを隠す”しかなかった。
どちらかと言えば、そう。そう言えば、自分が輝夜の着替えの手伝いをするときや。
○○の目の前で、不意に○○の匂いが鼻を付いた時など。私はこんな顔をしている。

永琳がそれに気付いた時だった、合点がいったのは。
○○は、この状況に欲情を感じていると。はっきりそう思えた。
その推測は、試しに作ってみた軽く見下すような顔を○○に見せたときに。確信へと変わった。

ギリギリと。○○が奥歯を噛み込む強さが、頬肉の変化からありありと見て取れた。
しかし、それは悔しさからの歯ぎしりではなかった。ヒクヒクと動く顔面の筋肉は、全て笑顔を作る為の動きを見せていた。
医療の心得を持って長い永琳にはすぐに分かった。


こうやって、今は自分だけが知る○○の被虐嗜好。
それを刺激しながら。永琳は自身の感情の中で、あるものが大きく込みあがるのを認めざるを得なかった。
それは、○○の匂いを嗅いでいる時と同じ。明らかな、欲情の心を。

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最終更新:2012年03月16日 12:38