ガラリと開けた、永琳の部屋の中には既に鈴仙が先客として座っていた。
「うう・・・・・・まだ痛みがひかない。兎耳大丈夫かなぁ・・・・・・あ、てゐ貴女も呼ばれたのね」
呻きつつも、鈴仙はしきりに頭上に生えている兎耳の心配をしていた。
鈴仙の背中は、引きずり回された為か。特徴の1つであるブレザー服もボロボロで。特に背中部分がずる向けになっていた。
露出する背中の部分には、赤々と腫れた肌を覗かせており、かなり痛々しい様子だった。

「ねぇてゐ。根元の方、大丈夫よね?」
そう言って、鈴仙は頭をてゐに向って突き出してきた。
永遠亭の主要な面子の中では、今最も冷静でいられている為。兎耳の間に手刀でも放り込んだら面白いな、と。
そんな事が頭をよぎったが、堪える事にした。

「あぁ・・・別に出血とかもしてないよ。だから、変にいじくり回さない方がいいと思うよ」
平時の、こんな状況でない時ならば、間違いなく一発叩き込んでいただろう。
ここまでの絶好の機会。いつもてゐには嵌められてばかりで、常に目ざとく周りを見ている鈴仙が、こんな隙を見せることなどまず無い。
そんな鈴仙が隙を見せる。それぐらいに、今の永遠亭は緊迫感の強い状況であると言える。
鈴仙はてゐへの警戒心を解かざるを得ないくらいに。てゐも、悪戯を最優先にしないぐらいに。永遠亭の空気は変容していたのだ。
○○も永遠亭に連れ戻し、静けさこそは取り戻していたが。
一部の者にしか効力を発揮しない、無味無臭の何かが永遠亭を包んでいるのは。間違いのないことだった。

「そう・・・?良かったぁ」
鈴仙は、ほっと肩を撫で下ろす。背中の事よりも、兎耳の方が気になっていたのだろう。服の破れには余り頓着している様子は無かった。
「あたしねぇ・・・これはやりすぎだと思うのよ」
てゐは、話題が急転直下して、いきなり変ったのを感じた。
いつ永琳が来るか分からないこの状況で、頭が上せている鈴仙とは余り話したくなかった。
流石に、あれだけやられたのだから。多少は冷めていると思いたかったが。

鈴仙の怒りならば、いくら買ったとしても。永琳や輝夜の怒り一回分より遥かにかわいい物だと言う、確固たる物が合ったので。
「引きずり回すなんてさ、愛が無いと思うのよ。やっぱり、愛のある虐め方をしたいのよ」
相槌も打たずに、ただ静かに聞き流していた。内心は、全く平穏ではなかったが。
「さっき、てゐにさ。縄持ってないって聞いたじゃない、やっぱり痛々しいのは駄目よね」
こいつまだ上せてやがる!ピクンと口の端を一回吊り上げるだけで堪える事ができたから良かったが。危うくそう叫ぶ所だった。

「縛るのはまぁいいとしても・・・あんまり痛めつけるやり方はよくないわよね。お互いの為に」
未だに諦めていない鈴仙の姿。この姿に、永琳はどんな反応をもって返すであろうか。
それを想像すれば、面白くない事はないが。同時に永琳が何処まで燃え上がってしまうか、怖い物もあった。
(もういい、放っておこう。師匠も放っておくウサ)
「あ・・・!そうだ、あの春画本。師匠に取られたんだ。惜しいなぁ・・・色々参考になるのに」
「ああ、でもさ・・・○○さんがもっと強くしてくれって言ってきたら。私どうしよう・・・・・・」
てゐは早々に、この戦いを。輝夜との冷戦を一人で戦い抜く決意を固めた。
「ねぇ、てゐ。傷が残らなくてまぁまぁ痛いやりかたってないかしら」
私に聞くなぁ!巻き込むなぁ!!そう叫びたかった。


てゐの方は、まっすぐ前を見据えて。鈴仙の方向など一瞥もしていないのに、楽しそうに喋っていた。
「ただ吊るすだけじゃ面白くないと思うのよねぇ・・・それ以前に、○○さんは道具はあると無いのとどっちが好みなのかしら」
話題の中心は、当たり前だが○○の虐め方についてだった。
てゐはただただ、不動の体勢で前を見ているため。視界の端にも鈴仙の姿は映っていないが。
気配がうるさ過ぎるので。ゆっさゆっさと体を揺らしながら、ついでに兎耳も揺らしながら。
楽しそうに喋っているんだろうなぁと言うのだけは、容易に判断が付いた。

いつ永琳が入ってくるとも知れぬのに。それとも、鈴仙は永琳と戦おうとしているのだろうか。
だとすれば、鈴仙の方が一体何日持つかで賭けが出来る。それ位に分かりきった勝負をしようとしているではないか。

(骨くらいは拾おうか)
喜色満面であろう、視界の外の鈴仙を想像して。てゐは心の中で、拝んでいた。



「遅いなぁ・・・師匠」
普段の永琳らしくない事態であった。人に集合するように言っておいて、当の本人がそれをないがしろにするなど。
「じゃあ私○○さんの所に行って来る」
鈴仙はすくっと立ち上がり、命知らずな言葉を口に出す。何が“じゃあ“なんだと問いかけたかった。
多分、好機だと思っているのだろう。笑顔が妙にまぶしい。
「今姫様と一緒のはずだから。下手な事したら、間違いなく死ぬよ?」
ただ、行動について問いかけるのは面倒くさそうなので。淡々と危険であることだけを伝えた。
姫様と一緒と聞いたら、またすっと座りなおした。輝夜に対する畏怖は忘れていないようだ。


「ちょっと見てくる。私一人で大丈夫だから、鈴仙はここにいてて」
もし鈴仙が付いてきて、永琳相手に挑発まがいの事などされたらたまった物じゃない。
なので、自分ひとりで行くと言う旨は。出来るだけ強く、鈴仙に伝えた。

付いてこないで、と言い残して足早に永琳の部屋を出て行く。
出て行った後も、何度も後ろを振り返り、鈴仙が付いてきていないか確認する。
「よし・・・大丈夫だな」
付いてくる様子が無い事をしっかりと確認して、視線を前に戻す。
見てくると言ってもいくつかの当てである、診察室や薬の調合室にいなかったら本当に何処にいるかは分からないのだが。
元より、真面目に見つけようとは思っていなかったので、ある種の方便だった。今の、思考回路がゆだっている鈴仙から離れる為の。
輝夜に対しては、素直に座った事から実力差や権力の差をまだ見れているようだが。永琳に対しては怪しいと言うしかなかった。
ただ、輝夜との対決に。外野を気にせず注力できると言う意味ではあり難かった。

「見てろよぉ・・・あの食っちゃ寝のお姫様」
拳をパンと手のひらに打ちつけながら、てゐは闘志を燃やしていた。
「うーん・・・でもどうやって虐めようかなぁ、傷が残るのは不味いし」
先ほどまで、喜色満面に鼻息荒くしていた鈴仙とは違い。てゐのほうはまだ冷静に○○の虐め方を思案していたが。
正直な話、てゐもまた同じ穴のムジナである事には、全く気付いていない。




「うふ・・・」
薬臭い部屋の中で、八意永琳は体育座りの格好で。鈴仙から取り上げた本を見てはほくそ笑んでいた。
壁を背もたれに、一枚一枚丁寧に春画本をめくっていた。

めくる度に、本に鼻を近づけて。○○の匂いが残っていないかどうかを、入念に調べていた。
恐らく、この沢山の絵の中に。○○にとってのお気に入りという奴が、絶対に存在するはずだ。
お気に入りの絵は、○○も一人で致す時の。所謂オカズに何度も使っているはず。
ならば、その絵の近くには。○○の匂いが強く残っているのではないか。

そう思って。丹念に丹念に、ほんの隅から隅まで匂いを嗅いでは行っているが。
鼻先にやってくるのは、紙の匂いだけ。自分が一番嗅ぎたい、○○の匂いはどこからも香っては来なかった。

「うーん・・・使ってないはずは無いから。丁寧に使ってるのねぇ○○は、この本達を」
「でも・・・ううう」
○○が宝物のようにこの春画本を扱う光景を考えて。何とも微笑ましい気持ちを、永琳は覚えていたが。
しかし、春画本を見ていると想像してしまうのだ。
輝夜や自分。ましてや、てゐや鈴仙ですらない女が、○○とねんごろになっている様子を。
その事を考えると、胃がむかむかしてきて。表情も、憤怒の形相に変わっていくのが感じ取れた。

しかし、読み進めていく内に思う。この本達は。この本達に描かれている事は、○○の被虐嗜好を深く知る為の貴重な手がかりだった。
なので、怒りのまま破り捨てると言う行為には及べなかった。折角の手がかりを無為にはしたくない。
てゐにこの春画本をどうするのかと聞かれたとき。慌てて資料だと言い張ったが。
幸いな事に、それは当たらずとも遠からずだった。少なくとも嘘はついていない。

そうとは分かっていても。ムカつく物はムカつくからしょうがないのだ。
「・・・・・・どうかしら、気休め程度にはなるかしら」
ぶつぶつと呟きながら、大して期待もせずに。2本の指で本をなぞる。
そのなぞっていた指は、ある所で止まった。
1つは、女の顔に。もう1つは男の顔に。体だけを見せた男女の絵を見ながら永琳は。
「・・・・・・えへっ」
にやけていた。
「ここから・・・こうして、ああして・・・・・・ふふふ、割と何とかなる物ね」
永琳の中にあった、先ほどまでのイラついた感情は、どこかに飛んでいってしまった。
今は、顔を隠した男女の絵を見て。色々と夢想していた。
「ふふふ・・・○○はこんな事されたら、笑うかしら。それともやっぱり、笑いたいのをかみ殺すかしら」
永琳が楽しそうに夢想している内容とは。
「そうねぇ・・・このまま顔を手でなぞったりして、口付けをして・・・あぁ、いきなり体を離して口でなじるのも面白いかも」
何てことは無い。永琳が○○を攻めている場面だった。
顔を隠したのは。頭の中で、男の顔を○○に女の顔を自分に置き換えやすくする為だった。


「ふっ・・・・・・ふふふふふ」
楽しそうに愉しそうに笑っていた。今の永琳は、愉し過ぎて輝夜から○○を虐めるなと強く留め置かれているのを忘れていた。
戸口でてゐが。うわぁ、これ一体どうすればいのかなぁ。と頭を抱えているのにも気付かずに、永琳は自分の世界に没頭していた。
独り言の中身から、てゐには永琳が何をやっているのかはすぐにわかった。
(想像力旺盛だなぁ師匠・・・でも、資料ってのはあながち嘘じゃなかったんだ)

そのまま一分、二分、三分と。出て行く機会を伺っていたが。
「ふふ・・・あんっ、○○・・・・・・はぁん」
永琳の行う夢想と妄想の勢いは全く衰える事を知らなかった。
これならば、始めにさっさと室内に入って行ってしまえば良かった。時間をかければかけるほど、機会が失われていっていた。
永琳から出てくる嬌声は段々と色っぽさ、艶かしさを帯びていく。そのうち果ててしまいそうな雰囲気すらあった。

(あんま人の事言えないけど。この師匠の姿は・・・あんまり見たくなかったかな)
てゐはいつの間にか、頭を片手ではなく両手で抱えていた。

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最終更新:2012年04月28日 23:46