永琳の部屋はふすまが蹴破られ、壁も一枚全部が丸窓ごと消し飛んで。非常に風の流れがよくなっていた。
消し飛んだ壁の方は、断面が焦げており。焦げ臭い匂いが室内にもある程度漂っていた。
また、壁一枚を完全にぶち壊したにもかかわらず。残骸は驚くほど少なかった。
どうやら、ふすまを蹴破った時と違って。壁相手には壊したと言うよりは、弾幕で焼き払ったと言った方が良い状態だった。
永琳によって、こちらへ引きずられる鈴仙を見ても、服が焦げ焦げになっており。衣服としての機能をほとんど奪っていた。

その様子に、てゐはゾッとした。もし永琳がふすまを蹴破ると言う工程を省いて。部屋の外から全力で弾幕を放っていたら。
今頃は間違いなく。鈴仙と同じ焦げ焦げの状態になっていたであろう。
ふすまの下敷きにされたのは、不幸中の幸いと言うしかなかった。

かなり乱暴に、転がされるように室内へと運ばれた鈴仙は。座る事もせずにぐてんと言った形で寝転がったままであった。
鈴仙をごろんと転がした後。永琳は滅多に見せないあぐら姿ですわり、頭を抱えたり鈴仙を睨みつけたりしていた。
「あぁ・・・背中が痛い」てゐの方もまた、姿勢を整えることなく足を放り出した形で。
言葉を発さず、うつ伏せで転がる鈴仙と。興奮状態にある永琳を交互に見比べていた。
もう皆姿勢の事など何も気にしていない。とりあえず、銘々の思う楽な形でいたかった。

ふすまは蹴り倒されたままだし、室内の壁は一区画がぽっかりと無い状態である為。
不意に近くを通りかかったイナバが何だこれはと言わんばかりに。ギョッとした目で中を覗くが。
中にいる三人の殺伐とした様子に、すぐに逃げるか。不幸にも逃げるのが遅れてしまい、何だよ?と言わんばかりに睨まれ、短く悲鳴を上げながら去るかだった。

永琳もてゐも鈴仙も、三人共にかなり不機嫌だった。
鈴仙はぶち転がされて、永琳は鈴仙の諦めの悪さと、忠誠と○○を虐めたい願望の板ばさみで。
てゐは鈴仙に負けた事と、思いっきりふすまの下敷きにされた事で。皆機嫌が悪く、酷い目つきをしていた。
壁が一枚消し飛んでいるので、吹きさらし状態なのが。只でさえ悪い機嫌を更に悪くもしていた。


「で、師匠。話って何さ?もう要点だけ言って終わりにしちゃってよ。こっちはずっと待ってたんだから」
話を動かしたのは、てゐだった。もういい加減この二人の争いには関わりたくなかった。
普段のてゐなら永琳相手にこんな悪口は、腹で思うだけで絶対に言わない、後半の憎まれ口も。今の永琳は鈴仙への警戒心で気にも留めることは無かった。
実際、てゐに呼びかけられても。永琳が眼を向けたのはほんの少しで、後は転がる鈴仙をずっとにらんでいた。
今の永琳にてゐのことなど、余り頭に入っていなかった。
鈴仙は何も言わないが、時折兎耳や体がピクンと動くので。意識はあるようだった。


「ねぇ、てゐ。○○には優しくするわよね?」
永琳はてゐの方向を見ずに、鈴仙を睨んだまま口を動かした。
「ああ、その話なら・・・姫様から先に聞いてるから、分かっているよ」
てゐの答えに“もちろん“とか、そういう類の。肯定の意味を表す言葉は完全に省いていた。
嘘はついていない。この”分かっている“と言う言葉も、話の内容を把握していると言う事にしかなっていない。
その話を素直に聞くかどうかはまた別の話だ。

「そうなの、じゃあ大丈夫ね」
普段の永琳なら、まだ言葉を続けたはずだ。てゐの口から完全に肯定の意味を表す言葉を導き出すまで、話を終わらせる事はなかっただろう。
「てゐ。あなたはもう行ってもいいわよ」
呆気に取られる言葉であった。まさかこんなにも早くに、永琳が自分を開放してくれるとは思わなくて。
頭に血が上っていつもの冷静な判断力が落ちてるのか。それとも、はぐらかしている事を分かった上で。
実力行使を隠そうとしない鈴仙の方が、よりむかつくから。敢えて放っておいてくれたのか。

(これは願ったりなんだけど・・・・・・順調すぎて却って気味が悪いね)
永琳との付き合いはそれなりに長い。頭の隅から隅まで冷静さを失えれるのだろうか。
てゐにはそんな師匠の姿が全く思い浮かべる事が出来なかった。
永琳は相変わらず鈴仙のほうばかりを見ていて、てゐには一瞥もしてくれない。もしかしたらこれ事態が罠なのかもしれない。

行ってもいいとは言われ、嬉しい事は嬉しいのだが。素直に喜びを爆発させながら部屋から出て行く気にはなれなかった。
何か罠なりどんでん返しがありそうで。また、永琳が何処まで冷静で、何処まで上せているのかも分からず。
どこが琴線なのか判断が付かず。迂闊に声もかけれなかった。

「どうしたの?てゐ。あなたはもう良いって言ってるのよ」
(居座り続けるのも不味いか)
元々、強攻策を考えていないてゐにとって。今すぐ立場が悪くなる事はなさそうだった。様子見程度なら、いくらでも見せてやればいい。
じゃ、お先に失礼。とだけ言葉を残して、てゐは永琳の部屋を後にした。ふすまはともかく、壁が無いから、この部屋はしばらく使えないだろう。

「・・・・・・」
「そろそろ何か言ったら?起きてるんでしょ、うどんげ」
てゐの足音がそろそろ聞こえなくなったころあいで、永琳刺々しい言葉が鈴仙を刺した。
その言葉で、やっと鈴仙は永琳の方を見た。ただし、見てるだけだった。
顔を少し上げるだけで、体の方は相変わらず寝たままだった。

「良いんですか、師匠?てゐが分かりやすいやり方をしてくれるとは思えないんですが」
「貴女の方が、より危険なのよ。視界から外した瞬間何をしでかすか分からないのよ、今の貴女は」
てゐに、虐めたがりの性癖があるのは、悪戯癖がある時点で永遠亭の住人にとっては周知の事実であった。
永琳も、最初輝夜に自分の心中を喝破された時。てゐに気をつけないといけないと思っていた。
しかし、てゐからのみ耳打ちで。事情は変った。自分が真に悦べる方法を見つけて、暴走していたからだ。

だからと言って。てゐへの警戒心が解かれたり、下がったりしたわけでは断じて無かった。
むしろ上がったてしまったくらいだった。
「全部聞こえてた物、貴女達の口喧嘩。アレを聞いて、警戒しないはずが無いわ」
「“死んで花見を咲かせる趣味は無い”でしたね、確か」
「それで確信できたわ。方法が違うだけで、てゐも貴女と同じ場所を見ているわ」
それ以前に、てゐが素直に部屋を出て行かなかった辺りでも。永琳の警戒心は上がるだけだった。
何も謀が無いならば。てゐは素直に出て行っただろう、あの修羅場を嗅ぎ分ける才能のあるてゐが。
こんなにも分かりやすい修羅場の渦中に、長々といる理由が無い。
「ねえ、鈴仙。私がてゐに出て行っていいわよって言った時。あの庫どんな反応してた?」
「ずーっと師匠の顔見てましたよ。何か不安そうでした」
「そう、やっぱり。計りかねていたのね、私の心中を」
そう言って、部屋の出入り口を見たのはほんの少しだけで。
「でもね、火を隠していない分。貴女の方が爆発しやすくて危険なのよ」すぐにその視線は鈴仙のほうに戻った。

「良いんですか?そんなにてゐへの警戒心をべらべら喋っちゃって」
「あら、貴女。この情報てゐに教えてあげるの?」
「まさか、そんな訳ありませんよ。今回の件に関しては、完全に敵ですもん」
「一人で大丈夫なの?私に勝てるとでも思ってるの?」馬鹿にしたように、鼻で笑いながら。永琳は挑発した。
「そうですね、無理だと思います。真正面からの正攻法じゃ。師匠の一撃で、少し頭が冷えました、有難うございます」
堂々と憎まれ口を叩く鈴仙。どうやら、先ほどの一撃は却って鈴仙に冷静に考える時間を与えたようだ。

「・・・出し抜けるとでも?私と、姫様を?」
“姫様”の部分を永琳は強めに言い放った。輝夜は既に、○○へ好意を伝えた。
“もう夫婦なんだから“多分そんな理由で、輝夜は○○に今まで以上にべったりしてくるだろう。
永琳にはそんな姿が容易に想像できる。忠誠心以外にそれがあるから、○○を虐める事を早々に諦めたのだ。
輝夜の突破は、永琳でさえ難しいのだ。それを鈴仙がやれるなど、到底考えられなかった。

「まぁ根気強く行きますよ」
「私は貴方達の仕事内容も差配してるのに?」
それを聞いて、鈴仙の顔が曇る。痛い所をつかれた。
今でさえ、永琳の個人的な感情で。イナバの○○への接触をほぼ皆無にして。
鈴仙とてゐに関しても、○○の戸の接触が大きく制限してしまっているのだった。
こうやって敵意をむき出しにした以上。その締め付けはより強い物になるのは、当然だろう。
鈴仙が戦う上で、間違いなくこれが一番の障害だろう。
「・・・・・・だからと言って、私が引く姿。想像できますか?」
「出来ないわね。鈴仙、しばらくは私の傍に付きなさい。思いっきり見張ってあげるわ」
「ええ、分かりました。今度は焦げたくないんで、大人しくやりますよ。だから、安心してください」
鈴仙はわざとらしいほどの笑顔で持って返した。
「そう、助かるわ」
そして永琳もまた、笑顔の返答だった。但し両名とも、目は全く笑っていなかった。

ここにまたもう1つ。今度は冷たくない、熱い戦いが発生した。






鈴仙とてゐの引き起こした騒動の振動は、輝夜と○○の入る風呂場にまで伝わってきた。
勿論、大声で喧嘩する様子も。しっかりと届いていた。
折角、○○と楽しく湯船に使って居たのに。せめて今くらいは、要注意人物の事など考えずにいたかったのに。
そう思うと。相当に怖い顔も作ってしまっていた。
“あんの二人・・・”振動を感じ、口喧嘩の内容を聞き取りながら、輝夜はその言葉をドスの利いた声で出しそうになった。

だがそれらは、口を少し開けたところで○○の顔が。
○○の何となく期待にあふれる顔が視界に入った為。輝夜は絶対に最優先すべき事を思い出せた。
○○の前では。被虐嗜好を満足させそうなものは、徹底的に押し殺すと。
「○○、大丈夫?怖い思いしてない?大丈夫だからね。だって私が付いてるんだもの」
「・・・・そう・・・・・・だね」
確かに、輝夜が近くにいれば、まず大丈夫だろう。しかし○○にとっては大丈夫だから、良くないのだ。
てゐと鈴仙が巻き起こした今の大喧嘩ではっきりと分かった。
幸運な事に。どうやらあの二人も、自分を攻めたがっている。それは○○にとってはとてつもなく幸運な事だった。
正直な話、諦めていたからだ。永琳に気付いてもらえただけでなく、自分を虐めて喜んでまでもらえる。
被虐嗜好を何処でどうやって知ったかは知らないが。それに対して肯定的に捕らえてくれているのならば、そんな事は些末だろう。

しかしながら。
「○○、そろそろ上がりましょう。ここより私の部屋の方が安全よ」
今の○○の目の前には。永遠亭の最大の権力者、蓬莱山輝夜が居る。なお悪い事に、実力もある。
彼女に勝てそうな相手は。永遠亭の中では、八意永琳以外に恐らくいないであろう。
果たして、自分は輝夜の隙を付いて。虐めてもらう事ができるのだろうか。
絶望的な程に、分の悪い戦いとしか思えなかった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2012年05月07日 13:40